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2021年9月20日月曜日

ウクライナの石油貯蔵所でドローン攻撃によるタンク火災か

今回は、2021911日(土)、ウクライナのドネツク州地区にある石油貯蔵所の油タンクの屋根で爆発があり、火災が発生した事故を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災施設は、ウクライナ(Ukraine)のドネツク州(Donetsk)のキロフスキー(Kirovsky)地区にある燃料会社ネフテバザ(Нефтебаза)の石油貯蔵所である。

■ 事故があったのは、ドネツク独立派の“ドネツク人民共和国”にある石油貯蔵所の油タンクである。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2021911日(土)午後1230分頃、石油貯蔵所の油タンクで爆発があり、続いて火災が発生した。

■ 発災に伴い、地元の消防署が出動した。

■ この爆発によって1,300kgの石油が失われた。

■ 油タンクの爆発が起こった約5時間前の午前730分頃、石油貯蔵所の燃料油タンクや潤滑油タンクから約50m離れた場所で最初の爆発があったという。

■ この2つの事件の調査過程で、爆発現場で焦げた胴体や翼の一部などが発見された。このことから破壊行動はドローンによる攻撃だったといわれている。爆発のあったタンク屋根には大きな穴が開いていた。ドローンから爆発物が投下され、ドローン自体は爆発によって破壊されたという。その残骸の一部が油タンクの屋根で発見された。


■ 事故による死傷者はいなかった。

被 害

■ 爆発によって油タンクの屋根が大きな穴が開いた。その後の火災で1,300㎏の油が焼失した。

■ 事故による死傷者はいなかった。

< 事故の原因 >

■ ドネツク独立派の“ドネツク人民共和国”は、事故がドローン攻撃によるテロと主張している。

■ ウクライナ政府は事故に関してコメントをしていない。

< 対 応 >

■ 火災は、911日(土)午後410分、消防隊の泡消火によって消された。

■ 912日(日)、ドネツク独立派のドネツク人民共和国の外相は、石油貯蔵所の爆発はテロ攻撃であるといい、「ウクライナの武装勢力は、既存の和平協定、国際法、ヒューマニズムの概念に反した行動を続けている。ドローンを使用して爆発物を投下することはテロリストによって広く採用されている」と述べている。

■ ウクライナ政府はこれらの情報についてコメントせず、過去24時間にわたってロシアの占領軍が停戦に繰り返し違反し、ウクライナ軍に死傷者が出たと述べている。

■ 停戦統制調整センター(JCCC)のドネツク・オフィスから、タンク屋根に開いた穴とドローンの残骸と思われる映像が投稿されている。つぎのユーチューブを参照。

 ●YouTube  На нефтебазе Донецка прогремело два взрыва2012/0912)(ドネツクの石油貯蔵所で2回の爆発が雷鳴)

 ドネツク人民共和国(DPR)の情報省から、消火活動の映像が投稿されている。つぎのユーチューブを参照。

 ●YouTube Пожар на нефтебазе Донецка был полностью ликвидирован в 16:10 - МЧС ДНР2021/09/12)(ドネツク石油貯蔵所の火災は16:10に完全に消火された-DPR緊急事態省)を参照。


補 足

■ 「ウクライナ」(Ukraine)は、東ヨーロッパに位置し、南に黒海と面する人口約4,500万人の国である。天然資源に恵まれ、鉄鉱石や石炭など資源立地指向の鉄鋼業を中心として重工業が発達している。20143月に、クリミア半島についてロシアによるクリミア自治共和国の編入問題があり、世界的に注目された。

「ドネツク州」は、ウクライナの東部にある州で人口は約460万人である。州都ドネツクを中心に、同国有数の工業地帯として知られる。一方、2013年に同国内で親ロシア派と親欧米派の対立が激化し、2014年に州庁舎を占拠した親ロシア派が一方的にドネツク州の一部を「ドネツク人民共和国」の樹立を宣言した。同5月に行われた住民投票では独立支持が多数を占めたが、ウクライナ政権や欧米は投票の正当性を否定しており、情勢は混乱している。 「ドネツク人民共和国」の実行支配地は州の東部で、首都はドネツク市にあり、人口は約230万人である。

「キロフスキー」(Kirovsky)地区は、ドネツク市の市街地にある人口約17万人の地区である。

 なお、ウクライナのタンク事故で過去に紹介したのは、つぎのとおりである。

 ●「ウクライナの石油貯蔵施設でタンク火災後に爆発炎上、死者5名」20156月)

■ 事故のあった石油貯蔵所は燃料油と潤滑油の供給基地とみられる。所有者は“ドネツク人民共和国の情報省”によると、国営企業燃料会社「ネフテバザ」(Нефтебаза)だという。事故のあったタンクの油種や容量などの大きさは報じられていない。グーグルマップで調べると、石油貯蔵所の場所は分かるが、情報不足のため、タンクの特定はできなかった。タンクの大きさはおおざっぱに分けると、直径20mクラスのタンクが8基あり、直径10mクラスのタンクが20基ほどある。直径20mクラスのタンクは容量が3,0004,000KLと思われる。直径10mクラスのタンクは容量が500800KLだと思われる。発災写真を見ると、3,0004,000KLのタンクの大きさとは思われないので、発災タンクは直径10mクラスの容量500800KLの固定屋根式タンクだと思う。

■ 火災は画像が公表されているが、通常の油火災とは異質で限定的である。タンク屋根の穴まわりだけが変色しているだけで、タンク側板などは焼けていない。油種は、軽油以上の重質油または潤滑油だと思う。燃焼した油量は、1,300トンと1.3トン(1,300㎏)の2つが報じられており、1,300トンの火災規模の状況とは思われないので、1.3トン(1,300㎏)を採用した。

所 感

■ 今回の事故は、よく分からないというのが率直な感想である。

 ● 報道の中には、「大規模」なタンク火災という表現もあったが、そのような火災には思えない。

 ● 爆発物でタンク屋根に穴が開くほどの爆発威力があったにも関わらず、タンク側板が焼けるような火災ではない。

 ● タンク液面のベーパーに着火したはずだが、タンク屋根の穴からだけ炎が出るようなタンク火災はありえるのか。状況によっては、ほぼ完全燃焼の状態で煙がほとんど出ていない。類推ではあるが、タンクは空に近く、底部に溜まった油しかなかったのではないだろうか。油が無く、スラッジ分が燃えた事例の画像は「東燃ゼネラル和歌山工場で清掃中の原油タンクの火災」20171月)を参照。

 ● 午前730分頃に石油貯蔵所から約50m離れた場所で最初の爆発があったのに、5時間後の午後1230分頃に再びドローンによるテロ攻撃を受けるような弱体なセキュリティ体制はありうるのか。

■ 設備的な面での疑問点はつぎのとおりである。

 ● 火災を想定したタンクの配置になっていないし、消防車の配置が考慮されていない。

 ● 防油堤が機能する配置になっていない。タンク地区を大きく囲む防油堤はあるが、個々のタンクを対象にした仕切り堤がなく、堤内火災が発生すれば、他のタンクが巻き込まれる。  

 ● 防油堤内に草木が伸び放題になっている。このような堤内の放置は見たことがない。(消火活動時に伐採作業が行われている)

■ 消火活動の面での疑問点はつぎのとおりである。

 ● タンク冷却作業に異常にこだわっている。確かにタンク火災では、火が消えた後も、タンクの残熱は高く、残っていた油によって再出火する可能性はあるが、今回はそのような状況ではない。現在のタンク消火活動では、堤内に過剰な水を入れないし、タンク側板に放射した水が蒸発していなければ、冷却水を止める戦術である。

 ●タンクの消火資機材が整っていない。最終的にはしご車が配備されているが、泡を遠くへ放射できる泡モニターが付いていない。ホースの先端に高発泡ノズルを付けて対応しているが、はしご車の到達能力が不足し、火災の穴に届いていない。仕方なく、手前に泡放射し、屋根伝いに泡を穴に入れようとしている。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Tankstoragemag.com, Claims: Donetsk oil terminal blast caused by Ukraine attack,  September 13, 2021

    Dnronline.su, Two explosions hit an oil depot in Donetsk,  September 13, 2021

    Tass.com, Donetsk foreign minister describes oil depot blast as terror attack,  September 12, 2021

    Topwar.ru, Удар украинского беспилотника привёл к взрыву с возгоранием на нефтебазе в Донецке,  September 12, 2021 

    World-today-news.com, У An explosion thundered at the oil depot in Donetsk,  September 11, 2021

    Urdupoint.com, Explosion Occurs At Tank Farm In Donetsk In Eastern Ukraine - Local Authorities,  September 12, 2021

    112.international, Explosion thundered at oil depot in Donetsk: Terrorist attack announced by occupational authorities,  September 12, 2021

    Iz.ru, Появились кадры последствий взрыва на нефтебазе в Донецке,  September 11, 2021     


後 記: 今回の事故で最初に調べたことは、ウクライナの政情でドネツク州と“ドネツク人民共和国”の関係です。前回のウクライナの事例を紹介したとき、20143月にクリミア半島についてロシアによるクリミア自治共和国の編入問題があり、注目されたことは知っていましたが、今回はドネツク州やドネツク人民共和国が出てくるので、頭の整理が必要でした。前回もテロ攻撃の話が出ていましたが、結局、デマと分かりましたので、今回も疑いから始めました。タンクに穴が開いているのは本当なのでしょうが、これがドローン攻撃によるものなのか、またタンクからの炎は真実のタンク火災なのか確信のもてない事例でした。 

2021年9月16日木曜日

ドイツのレバークーゼンの廃棄物焼却施設で廃液タンクが爆発、死傷者38名

 今回は、2021727日(火)、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州レバークーゼンの工業団地にあるクレンタ廃棄物処理センターで、有害廃棄物焼却プラントの廃液タンクが爆発し、多くの死傷者を出した事例を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州(North Rhine-Westphalia region)レバークーゼン(Leverkusen)のケムパーク(Chempark)と呼ばれる工業団地にあるクレンタ廃棄物処理センターである。

■ 事故があったのは、工業団地の運営会社であるクレンタ社(Currenta)の有害廃棄物焼却プラントのタンク地区である。発災があったのは、容量50KLの廃液貯蔵タンクNo.3で、当時、タンク内には容量の28%の14KLの化学廃液が入っていた。

<事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2021727日(火)午前930分頃、有害廃棄物焼却プラントのタンク地区で爆発が起こった後、火災になった。

■ 発災現場から最初に白い煙が噴き出したあと、黒煙の柱が空高く上がった。爆発音は遠く離れたところでも聞こえ、爆発時の揺れは40km離れた場所でも記録された。

■ 午前946分、ケムパーク内のプラント消防隊が現場に到着した。その後、レバークーゼン消防署が現場に駆け付けた。現場に駆けつけた消防士は、安全のため損傷した電力線が切断されるまで待ったのち、本格的な救助と消火活動を実施した。

■ 午前949分、レバークーゼン市による携帯電話アプリのサイレンと緊急警報が鳴らされた。

■ 午前10時頃、現地警察により高速道路を含む周辺道路が閉鎖された。当局は、地域住民に対し窓とドアを閉め、屋内にとどまるよう勧告した。煤やガレキが周辺地域に広がり、煤が健康に有害であるかどうかが判断されるまで、住民は自家製の果物や野菜を介して煤を摂取したり、衣服を着て家に持ち込んだりしないように警告された。

■ 発災の爆風と火災によって7人が死亡し、31人が負傷した。死傷者はいずれも現場で働いていた従業員だった。

■ タンク地区には、計9基の廃液タンクがあった。タンク内の化学廃液は、有害廃棄物焼却プラントで専門的な処分を行う廃棄物だった。発災は、化学廃液を入れたタンクNo.3が壊滅的に爆発し、その後、2回目の爆発が発生し、塩素系溶剤を含む隣接するタンク地区で火災が発生した。タンクNo.3に加えて、タンク地区にあった別の7基の廃液タンクが損壊した。また、有害廃棄物焼却プラント自体も損傷した。

■ 発災当時、タンクNo.3には、農薬の製造から生成されたホスホロジチオ酸,O,Oジメチルエステル(<50 %)、O,O-ジメチルチオフォッフォテ(<35 %)、テトラメチルチオジウ酸(<25 %)、テトラメチルチオペルオキシオキシリン酸(<15 %)の組成をもった硫黄化合物やリンなどを含む14KLの廃液が入っていた。他のタンクには、濃度の異なるハロゲン、アルコール、硫黄を含む製造プラントからの廃液だった。

■ No.1No.9の各タンクの容量、組成、割合は表のとおりである。

被 害

■ 有害廃棄物焼却プラントの廃液タンク8基が損壊し、このほか廃棄物焼却設備、配管、トラックが被災した。

■ 有害廃棄物焼却プラントの従業員7人が死亡し、31人が負傷した。

■ 周辺住民に窓とドアを閉め、屋内に留まるよう勧告が出された。   

< 事故の原因 >

■ 831日(火)、当局の中間報告が出され、有害廃棄物焼却プラントにおける爆発は廃液タンクの化学反応による暴走とみられる。

■ 中間報告はケルン地方政府によって発表された。報告書では、有害廃棄物焼却プラントのタンクNo.3内の廃液が高い温度で保持されたため、化学反応と自己発熱が発生して温度と圧力が急激に上昇し、タンクの安全装置で処理できなかったという。タンクには、塩素系溶剤が入っていた。圧力がタンクの設計圧力を超え、爆発した。この最初の爆発により、以前にタンクの周りに汲み上げられていた廃液と加熱用油が空気と混合し、引火して2回目の爆発を引き起こし、タンク地区の火災につながった。

< 対 応 >

■ 約360人の消防士が出動して対応し、消火に当たった。ケムパーク内の消火用水の供給能力は35,000 L/minで、消防車両は25台だった。市によると、溶剤の貯蔵タンクが燃えていたが、炎は4時間後に消火されたと述べた。

■ 屋内への退避の勧告は発災から数時間後に解除された。  

■ ノルトライン・ヴェストファーレン州環境局は、初期の調査では、レバークーゼンの化学施設での爆発後、地元住民が毒素にさらされるリスクはないとみられると発表した。しかし、地元の住民は、自分たちの庭で出来た果物や野菜を食べないように警告された。

■ クレンタ社は、道路掃除機を使った街路清掃キャンペーンに着手し、子供の遊び場の汚染された砂を交換し、住民が被害と清掃の必要性を連絡するためのオンラインのクレーム対応を立ち上げた。その後、ノルトライン・ヴェストファーレン州環境局の発表と同様、クレンタ社独自のサンプリングによって、煤には有害なレベルの危険物質が含まれていないことが示された。

■ クレンタ社は同社のウェブサイトに事故に関する爆発状況、現在の対応、今後の取り組みについての情報を掲載し始めた。その中で、クレンタ社のCEO(最高経営責任者)は、「レバークーゼンにある私たちの廃棄物処理センターでの事故は私たち全員を深く揺さぶりました。ここで起こったことはひどい状況です。人の命が失われ、ほかに負傷した人がいます。事故を徹底的に調査するのが私たちの仕事です。私たちは当局を全力で支援します。また、社内調査を開始し、プロセスを見直し、調査結果を当局に公開し、再発しないよう対策を講じていきます」と述べている。(クレンタ社のウェブサイトによる事故状況の報告は、 https://www.currenta-info-buerrig.de/ を参照)

■ 831日(火)、当局は、爆発の原因について決定的な結論を出す前に、さらなる専門家の分析を待つと述べた。

■ 検察庁とケルン警察は「爆発と過失致死罪につながる過失の疑い」の捜査を開始した。

■ クレンタ社のオンラインのクレームは、727日(火)が583件で、最初の4日間は280件を超す対応件数だったが、徐々に減少し、96日(月)は3件となり、通常の電話対応に戻された。クレーム対応件数の経緯はつぎのとおりである。これまで1212件のクレームは建物に関するもの849件(70%)、車両に関するもの238件(20%)などだったウェブサイトで報告している。

■ クレンタ社は、空気質などの環境モニタリングの結果をウェブサイトで報告している。健康リスクの増加を示す結果は出ていないとしている。クレンタ社のウェブサイトには、同社の環境モニタリングの結果のほか、 サードパーティの測定としてノルトライン・ヴェストファーレン州の測定結果や環境保護団体グリーンピースの測定結果を載せている。


■ クレンタ社のウェブサイトには、爆発後の現場の状況(空撮)が掲載されている。 84日と99日の状況はつぎのとおりで、日ごとに整理されている。

補 足

■「ドイツ」(独;Deutschland、英;Germany)は、正式にはドイツ連邦共和国で、中央ヨーロッパ西部に位置する人口約8,300万人の連邦共和制国家である。

「ノルトライン・ヴェストファーレン州」(独;Nordrhein-Westfalen、英;NorthRhine-Westphalia)は、ドイツ西方に位置し、人口約1,800万人の州である。州別で見ると人口はドイツ国内第1位で、欧州を代表する工業地帯であるルール地方があり、ドイツ経済を牽引してきた。

「レバークーゼン」(Leverkusen)は、ノルトライン・ヴェストファーレン州の南西に位置し、人口約16万人の市である。

■「クレンタ社」(Currenta)は、1891年に設立され、レバークーゼン、ドルマーゲン、クレーフェルト-ウアーディンゲンに拠点をもつ工業団地;ケムパーク(Chempark)の運営を担っており、用役供給、廃棄物処理、インフラ、安全・セキュリティ、分析、トレーニングの分野で計70社の企業にサービスを提供している。ケムパークのインフラをサポートするために必要なサービスには、送電網、パイプライン・ネットワーク、道路、鉄道、下水道、ドック、給水システムを含む。「クレンタ廃棄物処理センター」(Currenta’s Waste Disposal Centre)は、有害廃棄物焼却プラントのほか共同下水処理プラントや埋め立て処分地などを有し、ケムパークのすべての企業からの化学廃棄物をリサイクルや処理している。

■「有害廃棄物焼却プラント」は、高温焼却とプラント下流の煙道ガス洗浄により、すべての有機物質を除去する。無機汚染物質、特に重金属はガラス化され、スラグに結合され、埋立地に安全に処分される。廃棄物のエネルギーを利用してプロセス蒸気を製造し、環境にやさしい汚染物質の削減と除去を行う焼却プラントだとしている。

所 感

■ 事故の原因は、廃液タンクの化学反応による暴走だとみられる。最初の爆発直後を撮影した画像を見ると、最初に白煙が上がったのち、黒煙に変わっていることを見ても、通常の油の爆発ではなく、化学反応による暴走を裏付けていると思われる。廃液の中で暴走反応に寄与した組成がなにか明確ではないが、反応抑制剤がわかっていれば、なぜ使用されなかったのかという疑問がある。もしそうでなければ、この廃液について暴走反応を抑制する運転管理の方法はなかなか厄介だと感じる。

■「有害廃棄物焼却プラントのタンクNo.3内の廃液が高い温度で保持されたため、化学反応と自己発熱が発生して温度と圧力が急激に上昇し、タンクの安全装置で処理できなかった」ということから見れば、タンク内の温度が高くなってきた時点で、プラント従業員がタンク近くに観察に行ったために、多くの死傷者(7人死亡、31人負傷)を出したように思う。本事例は、20129月に起こったアクリル酸混じりの廃液タンクが重合反応で爆発し、多くの死傷者(消防士1人死亡、36人負傷)を出した「日本触媒でアクリル酸タンクが爆発・火災、死傷者37人」を想起させる。

■ 事故が起こった後の事業者(クレンタ社)の非常事態対応は良いと感じる。ドイツの事例を取り上げるのは初めてであるが、「道路掃除機を使った街路清掃キャンペーン」や「オンラインのクレーム対応」などの迅速な対策の実行、「ウェブサイトによる事故状況報告」や「CEO(最高経営責任者)の動画による声明発表」など情報公開のオープン化はこれまでほかの国で見たことがない。

備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

  ・Tankstoragemag.com, Chempark blast likely caused by chemical reaction, September 02, 2021

    Afpbb.com,  ドイツ工業団地で爆発 2人死亡、5人不明,  July  28, 2021

    Jp.sputniknews.com,  ドイツ 大規模化学工場で爆発【動画】,  July  27, 2021

    Emergency-live.com,  ドイツ、レバークーゼンの化学工場が爆発:2人の従業員が死亡、5人が行方不明,  July  27, 2021

    Reuters.com, Blast in German industrial park kills two, several missing,  July  27, 2021

    Wsws.org, Fatal explosion at Chempark Leverkusen in Germany,  July  29, 2021

    Thelocal.de, ‘Dark day for Leverkusen’: Two dead and five missing after blast at German chemical park,  July  27, 2021 

    Dw.com, Germany: No toxic fallout from Leverkusen chemical blast,  July  30, 2021

    Euronews.com, Chempark factory explosion in Germany likely caused by chemical reaction,  august  31, 2021

    Euronews.com, Germany explosion: Death toll rises to five after blast at chemical complex in Leverkusen,  July  29, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Tanklager im Entsorgungszentrum Bürrig explodiert – Presseinformation,  July  27, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Explosion fordert weiteres Todesopfer,  July  27, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Einsatz nach Explosion im Entsorgungszentrum Bürrig dauert an,  July  28, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Geruchsbelästigung für Anwohner*innen möglich,  July  29, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Offizielle Analyse-Ergebnisse liegen vor,  July  30, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Offizielle Analyse findet keine Schadstoffe: Stadt Leverkusen hebt Vorsichtsmaßnahmen auf,  August  05, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Currenta veröffentlicht Informationen zu Tankinhalten,  August  11, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Nach Brand in Entsorgungszentrum Bürrig: Letzte noch vermisste Person tot geborgen,  August  13, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Currenta veröffentlicht Analyseergebnisse,  August  26, 2021

    Currenta-info-buerrig.de, Explosion im Currenta-Entsorgungszentrum: Erstes Zwischengutachten enthält Hinweise zur Ursache,  August  30, 2021


後 記: 新型コロナウィルスのパンデミックでメディアや発災事業所の情報公開活動が衰えている中で、久しぶりに以前のような活発な動きのある事例でした。ドイツの事例は初めてでしたが、事例から国情が垣間見えることがあります。日本の廃棄物処理設備や廃棄物焼却プラントとは違い、ドイツの有害廃棄物焼却プラントはかなり高度の化学技術をもっているようです。しかし、その高度さが未知の事象を招いたのかも知れません。一方、情報公開のオープン化は日本も見習うべきものがあります。事業者(クレンタ社)の事故に関するウェブサイトの作り方は参考になると思います。独語で書かれており難儀しますが、目でみる構成などは他国に無いものです。また、事故からわずか1か月で中間報告(正確には初期報告)が出されるなど、公共機関の行動も早いですね。







2021年9月10日金曜日

メキシコ湾の海が燃えている?

今回は、202172日(金)にメキシコ南東部カンペチェ沖のメキシコ湾で海上に巨大な炎の輪が出現し、この現象がSNS上で「炎の目」や「サウロンの目」と呼ばれて話題になった事例を紹介します。

< 状 況 >

■ 202172日(金)メキシコ南東部カンペチェ沖で海上に巨大な炎の輪が出現した。 火炎の輪は海流でウネウネ回りながら約150mに広がっている。

■ 巨大な輪はSNS上で「炎の目」や「サウロンの目」と呼ばれ、オレンジ色の溶岩にも似た画像が拡散し、ゴジラが出てきそうと話題になった。

< 炎 の 要 因 >

■ 炎の要因は深さ78mにある海中ガスパイプラインからのガス漏れである。事故は202172日(金)午前515分頃に起こった。

■ 現場はク・マロブ・サップ(Ku Maloob Zaap)油田のあるメキシコ湾で、メキシコの国営石油企業ペメックス社が運営する石油掘削施設と接続された海中ガスパイプラインである。火災の位置は石油掘削施設と約150m離れたところだった。

■ 火災の要因は石油の流出ではなく、石油掘削施設を構成する海中ガスパイプラインのガス漏れが原因だとペメックス社は説明している。海中ガスパイプラインが破裂してガスが漏れ、海上に出たガスが落雷によって引火したものとみられる。

■ この事故に伴う負傷者はいなかった。

■「炎の目」は、ユーチューブで映像が流れている。(つぎのYou Tubeを参照)

 Fire broke out on a subsea pipeline of the Pemex oil and gas company in the Gulf of Mexico.2021/7/3

 ●Gas pipeline fire boils underwater in the Gulf of Mexico | USA TODAY2021/7/4

< 原 因 >

■ ペメックス社によると、悪天候の影響でパイプラインのガス燃料圧縮装置に問題が発生してガス漏れが起き、海面まで浮き上がったガスに落雷で引火して火災が発生したという。

■ 石油掘削施設内のターボ機械が雷雨と激しい雨によって影響を受けたという。嵐は非常に激しかったため、事故の前に石油掘削施設のポンプ・ステーションは停止していた。

< 対 応 >

■ ペメックス社は、ガス漏れを止めるために直径12インチ径(約30cm)のパイプラインの相互接続用バルブを閉止し、炎を制御するために破裂したパイプラインに窒素を注入したと述べた。

■ 火災は約5時間後の72日(金)午前10時半頃鎮火した。

■ ペメックス社は、パイプラインからの漏れの原因を調査すると述べた。

■ 環境保護団体は、会社の説明に納得しておらず、火災による環境への影響の詳細な調査を求めている。

補 足

■「サウロンの目」のサウロンは、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキンが書いた神話に登場する二代目冥王である。「指輪物語」(ロード・オブ・ザ・リング)では、直接的な姿はほとんど描写されず、「火にふち取られた目」という心象表現として登場する。2001年に映画「ロード・オブ・ザ・リング」(3部作)が製作され、「サウロンの目」が登場する。今回の「炎の目」は、映画の印象から「サウロンの目」と表現する人が出たと思われる。


■「ペメックス社」のク・マロブ・サップ(Ku Maloob Zaap)油田の石油掘削施設は、2021822日(日)午後310分に火災事故があり、従業員4名が死亡し、45名が負傷している。事故の原因は石油掘削施設のメンテナンス不足によるものだという。

所 感

■ 世の中には想像を超える事象が起こるものである。この事象はこれまで見たこともない海上の「炎の目」で、事故というより不可思議なこととしてインターネットで拡散したという稀有な事例である。

■ この事故は直径12インチ径(約30cm)のガスパイプラインの破裂とみられる。石油掘削施設で生産される原油から液体とガスを分離し、ガス成分だけを取り扱っているガスパイプラインと思われる。事故前にパイプラインのガス燃料圧縮装置に問題が発生しており、ターボ機械が雷雨と激しい雨によって影響を受けたという。これがガスパイプラインの破裂にどのように関係しているかは分からない。一方、直径12インチ径(約30cm)のパイプラインから流出しているので、大量のガスで一度火が付いてしまったら、映像のように海が燃えているように映ったのは理解できる。   


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

      Cnn.co.jp,  メキシコ湾に「炎の目」が出現 海中パイプライン火災,  July  04, 2021

      News.yahoo.co.jp,  メキシコ湾が燃えた日。海底パイプラインが破裂、消火に5時間,  July  06, 2021

      News24.jp,  「ゴジラ出現か」海に巨大な炎 メキシコ,  July  05, 2021

      Bloomberg.com, Huge Fire Near Pemex Offshore Platform Was Due to a Gas Leak,  July  07, 2021

      Reuters.com, ‘Eye of fire’ in Mexican waters snuffed out, says national oil company,  July  03, 2021

      Geektech.me,  メキシコ湾で水中火災がどのように発生したか、そしてこれが何につながる可能性があるか,  July  03, 2021

      Washingtonpost.com, Fire on surface of Gulf of Mexico is extinguished, but questions about pipeline leak remain,  July  03, 2021

      Abc.net.au, Gulf of Mexico ocean fire extinguished after Pemex pipeline rupture,  July  03, 2021

      Mexiconewsdaily.com,  Pemex says lightning strike set gas on fire in Gulf of Mexico,  July  06, 2021


後 記: 今回の事例は、731日に起こった「メキシコ・ペメックス社のタンクターミナルで落雷によるリムシール火災」の事故を調べていて、情報としては知っていました。しかし、ガスパイプラインの事故としてブログに掲載するには、「炎の目」や「サウロンの目」の方に話題がいってしまい、事故情報というより、「米国ワイオミング州で硫黄の山の幻想的な災の火災」 20177月)と同様、興味深い話題として取り上げることとしました。しかし、メキシコのペメックス社は、822日(日)に石油掘削施設で火災を起こし、死傷者を出す事故を発生させました。何かがおかしい組織と思わざるを得ませんね。 

2021年9月6日月曜日

事故対応では科学技術を使いこなし、危険予知を活発に行う

 今回は、2021414日付けの“Industrial Fire World”に掲載された「Why Dynamic Risk Assessments Matter」(動的リスク評価が重要である理由)の内容を紹介します。

< 背 景 >

■ 火災を消すための設備を配置したり、ベーパー抑制に供する機器を配備するための訓練は大切である。一方、タンク火災との戦いで勝利するための本当のカギは、事故が発生したときには、すでにダイナミックなリスク評価を完了しておくことである。  

■「あらゆる状況での変化を理解することと、その対応の影響や事故拡大の可能性について認識しておくことが肝要です」と産業緊急事態対応の専門家で市の消防副署長であるシェーン・スタンツ氏はいう。 

■ 「状況の変化への疑問に答えるため、未来を見通せる水晶玉を持っておこうという心構えが大事です。たとえ、あなたが疑問さえ浮かばなかったとしてもです」とスタンツ氏はいい、 「未来を見通せる水晶玉が無ければ、最初から適任の人たち、特にタンク基地で働く人たちを巻き込んでおくことが重要です。この人たちは、あなたが疑問に思ってもいなかったことについて知識・経験を提供してくれるでしょう」と語っている。  

< 現場での対応 >

■ タンク火災が発生したり、タンク火災へ至るおそれのある事故の現場に到着したとき、現場指揮所長はつぎのような要因を迅速に評価しなければならないとスタンツ氏はいう。  

 ● 現場地区に人が残っていないか、そしてすべての人たちが退避したかをほかの作業者といっしょになって確認することによって人員を把握する。

 ● 事故が拡大する恐れはないか、火災に曝露される恐れはないか、追加の支援を頼む必要はないかをただちに判断する。この目的は、事故が複数の事象に拡散しないことや、ほかの設備に広がらないであろうことを確認することにある。

 ● どうしたら問題を軽減できるかをすぐに判断する。たとえば、バルブをコンピューター画面から遠隔で閉止することはできるか?

 ● 事故の影響や広がりを監視するためのデータを提供できる固定式の空気モニタリング装置を探す。

■「現場に固定システムが設置されているか確認することは難しいことではないと思います。しかし、機器を動かしている人たちと話し合って、それが重要な情報であることを共有化することは都合の悪いことではありません」とスタンツ氏はいう。

■「タンク火災と戦うとき、つぎのような考慮すべき事項があるとスタンツ氏はいう。

 ● タンクの設計や建設状況は把握できているか?

 ● タンクの運転状態は把握できているか?

 ● タンク内に貯蔵されている物質の種類。可燃性、爆発性、腐食性、または毒性があるか?

 ● タンク内に入っている液体は重質か、軽質か? 液体はガソリンか、原油か?

 ● タンク内の液体の量はどのくらいか?

 ● タンクは火災になっているか、あるいはベーパー抑制を要する状況か?

 ● 落雷の危険性のある気象条件ではないか? 危険性のあるベーパー類を広がる恐れのある強風の気象条件ではないか?

 ● メンバーが火災を抑えるために展開できる既存の泡消火システムはタンクにあるか? 半固定式泡消火システムの展開は誰が決めるか?

 ● 状況が拡大していく可能性はないか?

 ● 大気モニタリングを実施する必要はないか? モニタリングの結果は消火戦術を変える必要はないか? あるいは泡モニターの台数を増やさなくてもよいか? たとえば、空気質が悪化したり、封じ込めができない場合、特定の道路を閉鎖したり、近隣住民を避難させる必要はないか?

■「タンクの専門家らはタンクに関連する情報を知見としてもっており、解決につながる要因をすばやく識別できるので、その道の専門家に相談すれば、大抵の変化に対処できる」スタント氏はいう。たとえば、タンク関連で働いている人は、タンクが内部型浮き屋根式タンクであるか、固定式のコーンルーフを備えたタンクであるか、外部型浮き屋根式タンクはすぐに分かる。

■「タンクの専門家らはタンクに関連する情報を知見としてもっており、解決につながる要因をすばやく識別できるので、その道の専門家に相談すれば、大抵の変化に対処できる」とスタント氏はいう。たとえば、タンク関連で働いている人は、タンクが内部型浮き屋根式タンクであるか、固定式のコーンルーフを備えたタンクであるか、外部型浮き屋根式タンクはすぐに分かる。

科学技術の進歩

■ 「科学技術は過去10年間で信じられないほどの進歩を遂げました。熱画像カメラを使用すれば、タンクの液位を知ることができます。ドローンを使用していろいろな情報を集めることができますし、ドローンに熱画像カメラを取り付けることもできます」 とスタンツ氏はいい、「以前は、人が歩き回って、地域をいろいろな角度で評価する必要がありました。いまではドローンを使用すれば、その地域の静止画像やビデオ映像を取得できます」と付け加えた。 

■ 科学技術の製品を導入することはひとつの選択肢である。しかし、火災現場の精神的なプレッシャーがかかる中で、技術を適切かつ効率的に使いこなせるかどうかは別の問題である。 

■ 効果的に科学技術を使いこなすために、消防部門は資機材に知るだけでなく、機器を操作する能力を確かなものとする知識と技能を訓練する必要がある。

■「進んでいる訓練計画を実施している消防隊などの緊急事態対応部署では、メンバー各個人の適格性を測っています。彼らは教室に座って解答欄にマークを記載しても証明書や資格を取得することはできません。緊急事態対応部署では、実際の緊急事態時に住民を安全且つ効果的で期待されることを実行できるか対応者全員を対象にして毎年確認しています」 とスタンツ氏はいう。

■ メンバー各個人の適格性を確認するには、技能を習得修了している人たちに観察してもらい、訓練についてテストしなければならない。たとえば、固定モニターの操作方法の適格性は、テストを受ける消防士を観察することになる。

■「メンバーを訓練して適格性があることを確認し、配置する人員に適正なバランスをとり、24時間年中無休で対応できるようにすることです。緊急対応組織にボランティア型消防士の人あるいは生産部門や保全部門から一時的に引き抜いてきた人たちを配置している場合、別な挑戦的課題があります。それらの人たちにとって、消防はフルタイムの仕事ではありません」 とスタンツ氏は説明する。

■ それでも、各メンバーが認定された対応分野について毎年十分な再教育訓練を受けることが重要だとスタンツ氏は述べている。

■「この分野には、事故対応指揮、トレンチレスキュー、ドローン使用の救出のほか、救急医療、危険物質の戦いや消火活動の訓練を受けた人たちが当てはまります」とスタンツ氏はいう。

■ 業界によっては、訓練プログラムが非常に複雑になる可能性があるといい、教える訓練内容を月ごとに細かく分けるのがよいと、スタンツ氏は説明する。ただし、適格性を改善し、維持させていくには、訓練は少なくとも四半期ごとに行う必要がある。

■ 労働安全衛生局(OSHA)では、特定の分野で訓練を受けた人々は、毎年、指定時間数の再教育課程を終えなければならないとしている。

リスクの軽減

■ 「企業やコミュニティは、火災との戦いをしている第一線に立った対応者のリスクや輻射熱などの曝露の状況を減らすために科学技術を使用することは望ましい。しかし、消防士などは必要なときに科学技術の機材を効果的に使用できなければなりません」とスタンツ氏はいう。 

■「私たちが防爆性のある建物の中に座って、操縦桿(そうじゅうかん)やジョイスティックのついたコンピューターを備えた設備を使って作業できるのであれば、それが火災と戦うにはもっとも好ましい方法でしょう。ロボット工学が進歩し、火災抑制に関する科学技術を取り入れた設備と組み合わせることは推進を加速しているようです」スタンツ氏は付け加える。

■ 効果的な訓練プログラムによって、いかなる種類の事故時でも重大なミスを起こすことはなくなる。

■「火災の抑制や漏洩の封じ込めの戦術を展開するときになって事故の想定や疑問点を尋ねるのでは遅く、その前のリスク評価とデータの検証にすべて帰結します」とスタンツ氏はいう。

■ たとえば、静電気放電がリスクだと理解していない人がいれば、そのときはベーパーを抑制しようということが、結局、火災を制御する取り組みに変ってしまうかも知れない。 というのは、ベーパーの抑制を展開する戦術が、燃料を着火させる静電気を形成してしまうからである。

■「だれもができるだけ早く火を消したいと思っています。しかし、最初に冷却作業、疑問点やデータを確認するといった防御的な方法を取ることによって、全員がエリアから確実に抜け出すための時間を稼ぐことができます。また、隣接エリアからの移動や孤立などの問題を悪化させるような状況にならないように追加の対策を講じることもできます」とスタンツ氏はいう。 

■ 火災事故には多くの潜在的なリスクがある。そのため、消防部門は潜在的な事故に対処するための計画を立て、その対応を日常的に実践していくべきだとスタンツ氏は説明した。 

■ たとえば、原油が火災になった場合、ボイルオーバーの発生する危険性が高くなるかもしれない。一般的、タンクには全体を通じて水が存在しており、特にタンク底部には原油の下側に水が存在する。火災時、タンク内には水の沸点よりかなり高温の層が形成され、その層が下降するにつれて極めて危険な状態をもたらすとスタンツ氏はいう。

■「燃えている油の高温の層が下降して水が存在しているところに達すると、いわゆるフロスオーバー(泡立ち)と呼ばれる現象が発生し、場合によってはボイルオーバーの状態になります。そのとき、存在していた水は水蒸気に変わり、燃えている熱い油をタンク上部から噴き出させます」とスタンツ氏は説明した。

■「ボイルオーバーが起こると、燃えている油がタンク外に数百ヤード(数百メール)噴き飛ばされる可能性があります」とスタンツ氏はいう。「そのため、タンク内にどのような種類の液体が入っているかを知ることは非常に重要です。タンク内の液体が原油ならば、それはゲーム・チェンジャーのように大きな影響を与えるものだからです。高温の層が水の層に達して悪夢を引き起こす前に何かをしなければならないため、時間に余裕はありません」

■ 変化の兆候を知ることは、安全な避難経路や距離を判断するのに役立つ。風向きが変わり、汚染物質が人口密集地域に流れそうな場合、別な地域からその地域に人々を避難させることは有益ではないとスタンツ氏は説明した。タンク内の液体が原油の場合、避難はより広範囲で距離をとる必要があり、避難は短時間で実施する必要がある。

■ 輻射熱が他のタンクや可燃性物質の点火源になる可能性があるため、風向きも注意が必要であるとスタンツ氏はいう。

■「このため、空気のモニタリングが大事になります。それは、避難の場所や経路への影響、あるいは近くの物質への曝露に影響を与える可能性があるためです」とスタンツ氏は付け加えた。

■ 日頃からさまざまな対応を行うことで、メンバーが潜在する事象を管理し、大きな問題がさらに大きくなるのを防ぐことができる。

補 足

■「トレンチレスキュー」は、溝状の地形(トレンチ)で周囲が崩れないよう処置を行い、二次災害を防止しながら救助活動を行うことである。工業界の消防部門の人にはなじみはないが、日本の公的消防機関では、トレンチ(溝)レスキューという名称で実際に訓練が行われている。たとえば、「県下4市合同トレンチ(溝)レスキュー(平成27120日・21日)」(小田原市消防本部)や「トレンチ(溝)レスキュー訓練を実施しました」(松戸市消防局)を参照。


■「ボイルオーバー」については、このブログでもたびたび紹介してきたが、主なものはつぎのとおりである。

 ●「貯蔵タンクのボイルオーバーの発生原理、影響および予測」20142月)

 ●「浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー」20144月)

 ●「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」20139月)

 ●「テキサス州マグペトコ社タンク火災のボイルオーバー(1974年)」20142月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」201410月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1) 」201410月)

 ●「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(19838月)」201412月)

 ●「原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略」20163月)

 ●「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」20168月)

 ●「原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバー現象」20169月)

 ●「イエメンでディーゼル燃料タンク爆発、薄層ボイルオーバーか、負傷15名」20192月)

 ●1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー(泡消火剤の搬送)」 20218月)

所 感

■ 今回の資料はトレンチレスキューの訓練が出てきたり、どちらかというと公的消防機関の人を対象にしている。しかし、心構えとして「あらゆる状況での変化を理解することと、その対応の影響や事故拡大の可能性について認識しておくことが肝要」という言葉は工業界の消防隊などの緊急事態対応部署の人にも当てはまる。

■「動的リスク評価が重要である理由」というやや硬い表現であるが、書かれている内容は、科学技術(テクノロジー)を使いこなし、日本でいう“危険予知”を活発に行うということのように思う。

 たとえば、ある原油タンクでリムシール火災が起きたとき、現場指揮所や消防隊のメンバーがどのような対応をとるかである。リムシール火災ならば、既存の固定泡消火システムで対応ができると疑念を抱かず、ほかの対応を取らなかったらどうなるか。固定泡消火システムが途中で停止してしまい、さらに浮き屋根が不調(沈降)になったらどうなるか。テクノロジーの粋を集めた大容量泡放射砲システムの搬送に時間がかかってしまったらどうなるか。そうなれば、資料に書かれているようなボイルオーバーに至る危険性が出る。「火災を消すための設備を配置するための訓練は大切である。一方、タンク火災との戦いで勝利するための本当のカギは、事故が発生したときには、すでにダイナミックなリスク評価を完了しておくことである」という指摘は重い。事前のリスク評価の段階で“危険予知”を働かせ、あらゆる事態を想定しておき、対応の事前計画を完了させておくことだと思う。  

備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com, Why Dynamic Risk Assessments Matter(動的リスク評価が重要である理由), by Ronnie Wendt, April 14, 2021 


後 記: 本資料は事故対応の心構えについて具体例を交えて書かれたものですが、最後に「ボイルオーバー」の事例が出てきます。前回のブログでは、1964年の新潟地震時に起きたボイルオーバー事故を取り上げましたが、やはり、原油のボイルオーバー事例は消防隊など緊急事態対応に携わる人たちにとって不気味な怖さのある事象だという気がします。このブログでは、補足で記載したようにできるだけボイルオーバーに関することを取り上げてきました。ときには、読み返すことも良いのではないでしょうか。