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2012年10月8日月曜日

日本触媒でアクリル酸タンクが爆発・火災、死傷者37人

 今回は、2012年9月29日、兵庫県姫路市にある日本触媒姫路製造所のアクリル酸製造プラントでアクリル酸タンクが爆発し、火災となって消防活動中だった消防隊員1人が死亡し、このほかに従業員、消防隊員、警察官ら36人が重軽傷を負うという事故を紹介します。紹介内容は、海外メディアが報じた記事、日本の報道メディアが報じた内容、およびこの事故要因に関してインターネットに掲載された識者の意見の3つに分けてまとめています。
海外の報道=  
 本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
    ・Reuters.com, Japan’s Nippon Shokubai’s Acrylic Acid Tank Explodes-Media,  September  29, 2012
    ・NBCNews.com, Chemical Plant Explosions in Japan Kill One, May Cripple Global Diaper Output,  October 1, 2012
  ・News.Xinhuanet.com,  Explosions at Chemical Plant in Western Japan Kill One,  September  29, 2012
    ・LiveMint.com,  World Diaper May Take a Hit from Blast at Japan Plant,  October 1, 2012 
      ・Deutsche.Welle.dw.de, Japanese Chemical Plant Explodes,  September  29, 2012 
      ・News.com.au, A Firefighter Has Died and 21 Others Have Been Injured in an Explosion・・・, September  29, 2012  

<事故の状況>  
■  2012年9月29日(土)午後、日本の兵庫県にある㈱日本触媒の工場でタンクが爆発して火災になる事故が起こった。事故のあったのは、兵庫県姫路市にある日本触媒㈱姫路製造所のアクリル酸製造装置のアクリル酸タンク2基とトルエンタンク1基である。午後2時40分にアクリル酸タンクが爆発し、隣接していたタンクに延焼して火災になった。この爆発事故により、消防士1名が死亡し、30人以上が負傷した。

■ 爆発は、消防士が消防活動を試みようとしたときに起こった。28歳の消防士が全身火傷で死亡し、このほか30人が負傷した。そのうち数人が重体だという。姫路消防の広報担当は、「我々の仲間の一人が死亡し、5名が重傷、16人が軽傷を負いました。爆発の正確な状況や工場からの緊急連絡の第一報の理由などはまだはっきりしていません」と語った。警察は、日本触媒にあるタンク1基が午後2時5分に爆発したと発表している。
(写真はNBCNews.comから引用

■ 工場の従業員は、最初の爆発した際、大きな音と振動を感じたと語っている。 近くの住民がNHKに語っているところによると、少なくとも2回の爆発音を聞き、最初の爆発時には家や事務所が揺れ、大きな地震のようだったという。
 テレビ映像では、工場の火災場所から炎が上がり、煙が立ち昇り、配管類が折れ重なっており、消防士が炎と戦っているのが見える。

■ ジャパンタイムズによると、異常な化学反応を示した後、午後2時頃に火災が起こったと伝えている。ジャパンタイムズは、日本触媒の発表を受けて、最初の爆発は、午後2時40分頃、消防士がアクリル酸タンクを水で噴霧しているときに起こり、続いてすぐ後に2回目の爆発が起こったと伝えている。爆発によって消防車1台が炎上した。

■ 日本触媒は、同社のウェブサイトによれば、アクリル酸や高吸収性樹脂(SAP)などの製造を行っている化学会社で、姫路製造所は同社の主力工場だという。日本触媒は、アクリル酸分野では世界の最も大きな生産会社の一社である。世界のSAPの約20%を生産し、アクリル酸は世界の10%を供給している。
 プラントの操業は長期間停止する可能性が高く、他のSAPメーカーも現在フル生産が続いており、バックアップする生産の余地はわずかだろうと、9月30日(日)の日経ビジネスデイリーは伝えている。日本のメディアは、紙おむつに使用されている生産品であるため、この市場に世界的な影響を及ぼすのではないかと伝えている。
 今年3月、ドイツ最大の化学会社の一つであるエンボック社がルール地方のマールにある工場で火災を起こし、2名の死者を出す事故があった。この火災事故によって自動車業界は合成樹脂材料の不足に直面している。

■ 事故のあった姫路市は、 17世紀に建造され、世界文化遺産に指定されたお城があるところで知られている。 

日本の報道= 
 本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・朝日新聞、日本触媒の事故に関する報道記事、2012年9月29日~10月1日
  ・読売新聞、日本触媒の事故に関する報道記事、2012年9月29日~10月1日
    ・産経新聞、日本触媒の事故に関する報道記事、2012年9月29日~10月1日
      ・日本経済新聞、日本触媒の事故に関する報道記事、2012年9月29日~10月5日
    ・神戸新聞、日本触媒の事故に関する報道記事、2012年9月29日~10月6日
      ・Blog.knak.jp, 化学業界の話題ー日本触媒・姫路製造所で爆発事故、2012年10月1日
  ・NHK、日本触媒の事故に関する報道、2012年10月6日

 <事故の状況> 
■  2012年9月29日(土)午後2時30分過ぎ、㈱日本触媒・姫路製造所で爆発があり、消防活動中だった消防隊員1人が死亡し、このほかに従業員、消防隊員、警察官ら30人が重軽傷を負った。
 同社によると、姫路製造所は敷地面積約90万㎡の主力工場で、紙おむつ向けの高吸水性樹脂と、その原料となるアクリル酸を製造している。事故が起こったのは、アクリル酸の純度を上げる精製工程に入る前に一旦貯蔵する中間貯蔵タンクで、南北に3基並んだタンクのうち一番南側のアクリル酸貯蔵タンクだった。タンクは容量70KL(直径4.2m、高さ5.6m)、1985年に設置されたステンレス鋼製で、当時60KL入っていたという。なお、10月3日付け消防庁の発表した「日本触媒姫路製造所爆発火災(第11報)」では、「アクリル酸混じりの廃液(第4類第2石油類)」を一時貯蔵するタンクが異常な温度上昇により爆発炎上、隣接しているアクリル酸タンクとトルエンタンクに延焼したとある。

■ 同社によると、29日午後1時頃、従業員がタンク付近から白煙が上がっているのを確認した。姫路市消防局によると、午後150分頃、同社から連絡を受け、午後210分頃には正門前に消防車が到着した。すでに同社の自衛消防隊の放水車がアクリル酸タンクに放水していたため、市消防の消防車も放水の準備をしていたところ爆発したという。 

■ 爆発は工場から約1km離れた民家の窓を揺らした。敷地から100mほど離れた運送会社では建物が揺れたといい、男性従業員(26歳)は「地震かと思った。工場から黒煙が空高く上がっているのが見えた」と話した。周辺住民は「爆発音は2回聞こえた」という。 
■ タンク近くには、焼け焦げた消防車から炎が上がり、消火作業は難航し、夜まで炎と黒煙が高く上り続けたが、火災は29日午後10時35分頃、鎮圧状態になった。
 姫路市消防局は、現場の火災は9月30日午後3時半、爆発から約25時間ぶりに鎮火したと発表した。
 兵庫県警網干署によると、当初負傷者は30人とは発表していたが、30日に新たに消防隊員5人の負傷が判明し、負傷者は消防隊員23人、警察官2人、従業員10人(うち一人が重体)の計35人となった。その後、消防隊員1人の負傷が確認され、負傷者は36人となった。
■ 29日の土曜日、アクリル酸製造プラントを運転する作業員は12人が出勤し、管制室などで勤務していた。午後1時頃、現場近くの従業員がタンク頂上部のベント(排気口)から白煙が上っているのを発見した。このため、作業員で冷却作業を行い、その後、自衛防災隊が放水を始めたが、状況が変わらず、市消防へ通報することとした。
 午後1時51分、姫路市消防局に工場のホットラインから「異常反応で煙が出ている。アクリル酸の重合反応の可能性がある」という通報があった。午後1時58分には、「工場内で過熱により蒸気が上がり、くすぶっている状態。消防活動で水をかけている。確認のため警察官も来てほしい」と姫路市網干署にも一報が入った。
 午後2時5分、警戒出動した消防隊員から「冷却の必要がある」との出動要請が市消防局へ入った。市消防局はコンビナート火災を想定し、消防車や救急車など9台を現場に急行させた。このとき「爆発の恐れがある」との報告を受け、市消防局は9台の出動を指令したとする報道もある。
 応援で出動した50代の消防隊員の話によると、午後2時25分頃、現場に到着したが、すでに冷却のための放水が始まっていたという。タンクから数m離れた道路上に大型高所放水車が配置され、遠隔操作で放水をし、隊員の多くは数十m離れて見守っていたが、何人かの隊員がタンクのそばで別の放水車の準備をしていた。死亡した隊員はこの放水車の誘導をしていたとみられるという。
 市消防局情報指令課の山田邦彦主幹は2時間半後に現場に入ったが、その時点でも「近づけない身の危険を感じた」と語っている。後日、山田主幹は出動した隊員から聞き取り調査を実施したが、その結果、殉職した山本永浩・消防副士長(28歳)ら網干消防署の隊員が最初に現場へ到着した際、すでに放水していた日本触媒の自衛防災隊の大型高所放水車などを避けるため、放水場所を当初予定したタンク南側から西側約20mへ変更し、その準備中に爆発に巻き込まれたという。
 50代の消防隊員によると、間もなく、高さ5.6mのタンク頂上部から、黄色っぽい液体が噴水のように噴き出し始めたのを見たという。「タンクの中で異変が起こっている」と感じ、確認のために20~30mまで近づくと、タンク底部からも黄色い液体がジャブジャブあふれ出していたという。午後2時33分頃、液体のことを従業員に尋ねようと後ろを振り向いた直後、爆発音がとどろき、タンクが爆発したという。 50代の消防隊員は、自分を含め、周囲にいた消防隊員や従業員に高温の液体が振りかかったといい、作業服を脱ごうとした際、両手に液体が付いて、3週間の火傷を負った。

■ 一番南側のアクリル酸タンク(容量70KL)が爆発し、北隣のアクリル酸タンク(同100KL)とトルエンタンク(同50KL)に延焼したとみられる。 近くにいた男性従業員によると、火のついた液状のアクリル酸が周囲に飛び散り、消防隊員の消防服が燃え、近くの路面も炎に包まれ、消防車にも延焼した。付近にいた従業員、消防隊員、警察官らは一斉に逃げ、現場は大混乱に陥ったという。
 (写真はmatome.naver.jpから引用) 
■ 姫路市消防局の消防車が放水を予定していた場所が約20mと「近すぎたのではないか」という疑問視する声があるが、市消防局山田主幹は「危険な場所からは距離を開けるべきという考えは当然あるが、1015mだった自衛防災隊の消防車とタンクの距離が目安になったはず」と説明した。その上で、化学物質が燃えるような特殊な事情の場合、「事業所側(の情報)に頼らざるを得ない」と述べ、情報の提供が不十分だったとの認識を示した。

■ 兵庫県警によると、亡くなった山本消防副士長は、通報を受けて現場に一番乗りし、放水準備中に爆発に巻き込まれたが、死因は全身やけどだった。山本さんは通常の装備で出動し、化学防護服を着用していなかったとみられる。現場の消火活動に厳密な規定はなく、各消防署の判断に委ねられている。市消防局の幹部は「現段階では適切な活動だったとしか言いようがない」と語った。29日夜に会見した市消防局の中川勝正次長は、「配置や指示にミスはなかったのか」との質問には「詳細は確認できていない」と繰り返した。 
 室崎益輝・関西学院大教授(都市防災学)は、「事業者と消防で危険物のデータを共有することが必要」とし、「危険物に近づきすぎたのだろうが、早く火を消さなくてはとの使命感もある」と現場判断の難しさを指摘した。
(写真は毎日新聞から引用) 
(写真は毎日新聞から引用)
■ 9月29日の日本触媒の会見において「管制室で温度に関する指示(値)は常時出ている。温度が上がってきているのは認識していたということです」と話しており、「タンクの温度が上昇して爆発した」という表現で一部報道されていたが、9月30日の日本触媒本社の会見で、タンク内の温度管理は管制室で把握する体制ではなく、タンクに取り付けられている温度計を目視で行うシステムだったことが分かった。同社によると、「爆発前は温度計を読んでいない。アクリル酸の臭気で近づけなかったのではないか」という。実際には、タンク頂上部のベントから白煙が上がる状態であったので、タンク内は100℃を超えていたという見方も出ている。
 同社の説明によれば、事故前日の28日(金)昼の目視では常温(約60℃)だったというが、事故当日のチェックの有無について「把握できていない」という。同社によると、アクリル酸は重合反応で発熱するため、貯蔵タンクに入れる前の過程で重合禁止剤という安定剤を投入するなどして、タンク内の温度は60℃前後で管理しているという。
(写真は日本経済新聞から引用) 
■ 複数の専門家は「温度上昇に気づくのが遅い」と指摘し、製造者側の監視体制を問題視している。専門家によると、アクリル酸の異常発熱の要因となる重合反応は、開始直後の温度上昇はほとんどなく、白煙が出るほどの高温になるには数時間かかると指摘し、監視体制さえ整っていれば、白煙が出る前に異常な温度上昇に気づけたとしている。
 大木道則・東京大名誉教授(有機化学)は「温度監視が重要。白煙発生前に異常に気づけば、二重三重の対策が打てたのではないか」と話している。
 (写真は毎日新聞から引用) 

■ 一般的にアクリル酸が酸素と結合すると、膨張してタンク内圧が上がり、温度が上昇する。高温になると、異常発熱の要因となる重合反応が連鎖的に進むとされる。同社は、タンク内を常に60℃前後に保つとともに窒素ガスを封入し、酸素濃度の上昇を防ぎ、重合反応を抑えるようにしているという。 
  重合反応を抑えるには、一般に反応を弱める重合禁止剤などを使う方法もある。しかし、同社は「薬剤の投入は重合反応の開始直後は効果的だが、一定以上進行すると限定的になる。現場の判断だが、今回はすでにタンクが高温で、投入は考えなかったのだろう」と説明している。

■ 日本触媒姫路製造所では、9月中旬から電気系統のメンテナンスのため全設備を順次いったん停電させて復旧させる作業を実施していた。爆発したタンクでは、事故の6日前に作業が終わり、その翌日にアクリル酸を入れ始めた。同社によると、電気点検は2年に1度実施しており、停電は918日(火)~20日(木)で、爆発したタンクは23日(日)までに通電を完了し、24日(月)からアクリル酸を入れ始めた。火災が起きた29日も別の設備の復旧作業をしていたという。同社は爆発との影響について「考えづらい」としているが、県警は作業の手順などに問題がなかったか調べるという。

■ 死傷者37人を出した爆発事故で、タンクの爆発前に現場到着した姫路市消防局員29人のうち、約9割の25人が死傷していたことが、 105日の市消防局への取材で分かった。負傷者搬送のため待機していた救急隊員3人も含まれ、現場が一時、壊滅的な状態だったことがうかがえる。市消防局は初動隊員のほとんどが死傷したことを重視し、被害が拡大した原因究明に向け、出動した約160人に直接聞き取り、タンクに近づいた経緯や負傷した場所の特定などを進めている。
 市消防局によると、9月29日午後1時50分ごろ、日本触媒からの通報を受け、最寄りの網干消防署から死亡した山本永浩さん=2階級特進で消防司令補=ら5人が警戒出動した。その後、消防隊員21人が消防車など7台で出動、救急隊の3人も爆発前に到着したという。山本さんらがタンクから15m前後に止めてあった同社の放水車近くで準備作業中に、突然タンクが爆発し、市消防局の25人のほか、同社従業員10人と県警網干署員2人が高温のアクリル酸を浴びたという。
 消防庁によると、過去10年で消防隊員が火災現場で死傷したのは、2003年6月の神戸市西区で起きた民家火災での4人死亡(重軽傷は9人)が最悪という。今回は、死傷者数で神戸市の火災を上回る規模で、同庁担当者は「負傷者数はここ10年で最悪。それ以前についてもこれだけの規模の被害は記憶にない」と話す。

■ 事故当日、通報を受けた市消防局が現場に到着したあと、煙が上がるタンクの状況を確認しようと日本触媒の工場側の現場責任者を探したものの見つからず、しばらくの間、連絡が取れなかったことが消防への取材で分かった。日本触媒の現場責任者と合流後、消防隊員が「この先どうなるのか」と尋ねたところ、現場責任者は「分からない」と答えたあと、「最悪の場合、爆発の可能性がある」と伝えられたが、間もなくしてタンクが爆発したという。これについて日本触媒に問い合せたが、「現場のやり取りは答えられない」と回答されなかった。

■ 105日(金)、日本触媒は爆発事故を受けて事故調査委員会を設置したと発表した。安全工学の専門家など外部の有識者4人を含む計7人で構成する。委員長には安全工学を専門とする田村昌三・東京大学名誉教授が就く。荒井保和・高圧ガス保安協会元理事も名を連ねている。日本触媒からは生産・技術部門を統括している尾方洋介取締役専務執行役員らが加わった。近日中に1回目の会合を開き、事故の原因究明や再発防止策の策定に乗り出す。

■ 事故は106日(土)で発生から1週間経つが、広範囲に飛散したアクリル酸の除去方法がなかなか決まらず、タンクやパイプラインに残ったアクリル酸を抜く作業に時間がかかり、現場検証は実施できないままで、県警は「早くとも来週以降になる」としている。

■ 日本触媒姫路製造所では、19763月にも製品のアクリル酸エステルを入れた製品タンクが爆発し、生産設備が全面的に停止する事故が起きている。

■ 日本触媒姫路製造所では、アクリル酸とそれを原料にしたアクリル酸エステル、高吸水性樹脂(SAP)を製造している。SAPは紙おむつの生産に使用される。 事故があったのはアクリル酸などの貯蔵設備で、SAPなどの生産設備には損傷はなかったが、姫路市の石見市長は9月29日付で消防法に基づく危険物施設の緊急使用停止命令を出した。安全が確認できるまで、危険物施設すべての使用ができなくなり、同製造所の操業は事実上ストップする。再開には 事故調査や原因究明、再発防止策の策定まで「半年かかる可能性が高い」とされ、長期の製造休止は避けられそうにない。同社のSAPの生産能力は世界シェアの3割にあたる年47万トンで、日本では32万トンを姫路製造所のみで生産している。在庫はSAPが0.8か月、アクリル酸が2週間程度あるが、いずれも構内にあるため、同命令の解除まで出荷が不可能だという。

識者の意見= 
 本情報はインターネットに掲載された情報に基づいてまとめたものである。

<有機化学美術館・分館> (サイエンスライター佐藤健太郎氏のブログ) 
「アクリル酸の爆発事故」 (2012年9月30日)
■ アクリル酸は図に示すような物質で、二重結合からカルボン酸が生えた形の単純な構造です。融点12℃の無色の液体で、かなりきつい悪臭があります。 アクリル酸自体を重合させたポリマーも、紙おむつ用などとして大きな需要があります。カルキボキシ基を多数持つため親水性が高く、また陰電荷同士の反発によってぐっと広がり、多量の水を抱え込むので、極めて吸水性が高いのです。
 アクリル酸はあまり安定ではなく、空気中に放置しておくと酸素などの影響で重合を開始し、すぐポリマーになってしまいます。このため、アクリル酸には「重合禁止剤」と呼ばれる物質(ヒドロキノン誘導体など)を添加し、これにラジカルを吸収させることで重合を防ぐことが行われます。

■ 重合の際には熱を発生しますし、体積も大きく変化しますので事故の元になります。1969年には、この重合による爆発事故が起きています。ドラム缶に入っていたアクリル酸を加熱し、液体になったものを汲み出して使うことを繰り返しているうち、重合禁止剤が液体部分にほとんど移ってしまい、残ったアクリル酸が重合したことが元で爆発したと見られています。(失敗知識データベース ;「ドラム缶に入ったアクリル酸の小分け後の保管中の爆発」)
 今回の事故でも、まずアクリル酸のタンクの温度が上がって煙が出始め、消防隊が消火に当たっているうちに爆発したとのことですから、同様に重合熱が原因であった可能性も考えられそうです。

<田辺コンサルタント・グループ> (生涯現役エンジニア ブログ)
「日本触媒ー爆発ーアクリル酸 (1)~(3)」 (2012年9月29日~30日)
■  アクリル酸はラジカル重合を起こしやすい液体の一つです。従って、貯蔵に際しては重合禁止剤(inhibitor)を添加します。ベンゼン環にヒドロキシ基(-OH)が二基ついたカテコールやヒドロキノンなどにその効果があります。これを使用する際、対象物質との溶解性を考慮してアルキル基(-R)をベンゼン環にくっつけます。しかし「禁止」の言葉で安心してはいけません。重合が始まって禁止剤が消費されると後は野放しです。通常80℃を超えると、重合反応が激しくなって、禁止剤が短時間で消費されてしまいます。この時点でカテコールやヒドロキノンを再投入しても、後の祭りでしかありません。その温度では、重合禁止できないのです。あとは「あれよ、あれよ」と眺めるだけです。眺めているのは危険ですから、逃げなければなりません。

■ 報道された当日の状況から、つぎのように推察します。
① 当日は、大掛かりな修理作業(定期修理等)の最中だった。
② 修理中ではあったが、60KLアクリル酸タンクは充満していた。
③ 減圧蒸留に空気の漏れ込みが通常より多く、重合量がいつもより多かった。
④ 冷却が追いつかなくて管理温度60℃を超えて上昇した。
⑤ 添加している重合禁止剤(ハイドロキノン系)の有効温度上限(おそらく80~100℃)を超えた。また、重合によって消費しつくされた。
⑥ もっと高温で機能する重合禁止剤(硫黄など)は準備していかなった。

⑦ 温度がアクリル酸の沸点141℃を超えた。
⑧ アクリル酸が沸騰し始め、タンクの安全弁が吹いて外気へ勢いよく放出された。
⑨ 消防隊が到着した際は、このアクリル酸の蒸気が「煙」のように見えた。
⑩ だから、消防隊はその「煙」に向かって放水を始めた。
⑪ その際、爆発が発生した。 これは、アクリル酸蒸気(気体)がタンク上空に直径数十mの「爆鳴気」の雲のような塊を形成し、これに内部で発生する静電気の放電スパークによって着火し、ファイアボールとなって大爆発した。

■ 市消防局への連絡が遅れたから、災害が大きくなったというものではありません。アクリル酸タンク温度が管理限界を超えた時点では、どんなに消防隊が努力しても、その温度上昇を止めることはできません。福島原発に対してヘリコプターや消防車で放水していた姿を思い出してください。アクリル酸の重合反応をストップさせる新たな量と質の重合禁止剤が必要なのです。
 初期の段階で、もっと高温で有効な重合禁止剤が準備され、注入されていたら、何事もなく済んだでしょう。しかし、投入するタイミングが重要であり、遅れるとダメです。この投入決断はなかなか難しい。というのは、投入すると中間貯蔵タンクに入っていた60KLのアクリル酸だけでなく、その下流の製品がすべて不良品になるので、決断は難しい。しかし、躊躇している間に、温度がどんどん上昇して「あれよ、あれよ」という状態になってしまいます。

<神戸新聞の社説> 
「姫路の工場爆発/二次災害防ぐ対策が要る」 (9月30日)
■ 姫路市にある大手化学メーカー、日本触媒の姫路製造所で大規模な爆発事故があり、消火作業中の消防隊員1人が巻き込まれて死亡した。ほかにも消防隊員や警察官、工場の従業員ら約30人がけがを負う大惨事となった。痛ましい限りだ。

■ 気掛かりなのは、兵庫で消防隊員の殉職が続いていることだ。2003年には、神戸市西区で起きた民家火災で消火・救出活動中の消防隊員4人が崩れ落ちた家屋の下敷きになって死亡し、9人が負傷した。さらに2009年にも、神戸市東灘区の食品工場火災で、消火作業中の隊員1人が火炎に巻き込まれて死亡している。4人が犠牲になった2003年の惨事を受けて、神戸市消防局は現場指揮と兼務していた安全対策要員の専従化や、大規模火災時に安全管理の専門部隊を現場に派遣するなど再発防止策を導入した。検証結果は、全国の消防本部にも送られた。

■ こうした教訓は、生かされているのだろうか。国内では、石油類など危険物の貯蔵・製造施設での火災事故などが多発している。昨年の東日本大震災でも、千葉県の石油コンビナートで火災や爆発が起こり、けが人が出た。化学事故では、火災の発生メカニズムや残留ガスなどの危険への対応、消火の方法など高度な知識と技術が求められる。今回の爆発事故で、そうした情報を事業者と消防、警察などで共有できていたかなどの検証が必要だ。消防隊員らは、二次災害の危険と直面しながら、救急や消火活動に当たっている。現場での安全確保策をあらためて見直さねばならない。

補 足 
■ 「㈱日本触媒」は、1941年に創業し、触媒技術を核に事業を拡大し、酸化エチレンやアクリル酸などの製造を行う化学会社である。特に、紙おむつに使われる高吸水性樹脂は1983年から製造し、現在、世界1位のシェアを有している。本社は大阪で、姫路と川崎に製造工場をもっており、従業員は約3,700人である。

■「アクリル酸」(Acrylic Acid)は、化学式が CH2=CHCOOH で、無色透明の液体で特有の刺激臭を有する。比重1.05で、融点12℃、沸点141℃、引火点54℃の可燃性液体である。ベーパーは空気より重く、空気と混ざると、爆発限界2.4~8.0vol%の爆発混合気を形成する。加熱あるいは光、酸素、過酸化物のような酸化剤の影響下で容易に重合し、火災や爆発の危険を伴う。
 曝露した場合、皮膚は吸収される可能性があり、水泡や痛みを生じる。吸入した場合、気道に腐食性を示し、息切れ、灼熱感、せき、痛みなどの症状が遅れて現れる。
 火災時には、刺激性あるいは有毒なフュームやガスを放出する。火災時の対応は水を噴霧し、容器類を冷却する。消火剤は水溶性液体用泡消火剤、粉末消火薬剤、二酸化炭素で、爆発の恐れがある場合、安全な場所から消火作業を行う。
 貯蔵はステンレス鋼、アルミニウムあるいはポリエチレン被覆容器に入れる。漏洩した場合、自給式呼吸器付きの完全保護衣を着用し、こぼれた液を密封式の容器に集める。残留した液は砂または不活性吸収剤に吸収させて安全な場所に移す。
 アクリル酸は高機能性の原料として用途が拡大しており、精製アクリル酸の中で吸水性ポリマーは紙おむつや土壌改良・止水材、機能性樹脂は複写機のトナーインクや高分子凝集剤、アクリル酸エステルは粘着剤・接着剤、塗料、アクリル繊維などに使用されている。

■「アクリル酸の製造」は過去アセチレンから作られていた時代があったが、1970年、日本触媒がプロピレンの直接酸化法で製造する工業化に成功し、現在では広く用いられている。日本触媒では、プロピレンを金属触媒を充填した反応管の中で酸素を導入して酸化させてアクロレインとし、さらにもう一段階の酸化によりアクリル酸とする二段酸化法をとっている。 
 酸化反応工程におけるプロセスの留意点としてプロピレン爆発範囲の回避があり、流量測定の冗長化とインターロック機構の組込みがとられている。また、暴走反応の回避については酸化反応熱を確実に除熱するようにされている。
 精製工程のプロセスの留意点としては、アクリル酸が非常に重合し易い物質であり、重合防止に関して様々な方法が実施されている。そのほとんどは、重合禁止剤と呼ばれる安定剤の添加による重合防止法である。しかし、製造工程において安定剤を添加することで、装置の運転上、支障のない程度に重合を防止することはできるが、完全に重合を防止することはできず、その結果、アクリル酸中には微量の重合物が存在する。これらの重合物の存在は、安定剤が十分に存在していても、重合を引き起こす要因となる。

 製造プロセスにおいて重合物を取り除く方法がとられているにも関らず、精製したアクリル酸を貯蔵タンクにて保管していると、時間が経つにつれて重合物が増え、精製アクリル酸の純度が低下するという問題が起きていた。このように貯蔵タンクに入れるアクリル酸中に重合物が存在した場合は、当該重合物がさらに重合物の生成を助長させる。このため、粗アクリル酸と精製アクリル酸を濾過し、貯蔵タンクに入れるアクリル酸中の重合物を徹底して除去する方法がとられている。
 プロピレンやアクロレインの酸化は発熱を伴う反応であり、反応管で局部的な異常発熱部すなわちホットスポットが発生しやすく、長期間の反応の間に触媒が粉化や崩壊して飛散や昇華が生じ、触媒の性能や寿命が低下するという課題もあり、アクリル酸製造装置は難しいプラントの一つである。
 また、液が漏洩すると、臭気が拡散する問題が生じるため、ガスケット交換やリークテストに注意を払う必要がある。フィルターやストレーナーの開放清掃時には、アクリル酸による薬傷防止に努め、臭気の拡散防止のため特別な運搬容器を使用するなどの配慮が必要である。
(本項は、アクリル酸製造方法に関する㈱日本触媒の特許内容および大分ケミカル㈱の安全活動事例発表資料を参考にした)

■ 「高吸収性樹脂」(Superabsorbent Polymer)はアクリル酸から製造される。日本触媒では、アクリル酸のエステル化の研究を行っていて、偶然にアクリル酸ポリマーがゲル化し、これに吸水性のあることがわかり、これをきっかけに高吸水性樹脂の生産へと展開した。これが紙おむつなどに用途が広がった。
 日本触媒のSAPの最大需要家はP&G社(プロクター・アンド・ギャンブル)で、アジア向け紙おむつについて日本触媒から全量調達している。 同社は代替品調達などの対応策を固める方針だが、 SAPの各メーカーは紙おむつ需要拡大でフル生産が続き、代替生産する余地が少ないとされる。また、紙おむつメーカーによってSAPに求める吸収スピードや保水力などが異なり、調達先をすぐに切り替えることは難しい。
 紙おむつメーカーとSAP供給メーカーの組み合わせは、[P&G= 日本触媒・BASF]、[キンバリー・クラーク= 三洋化成・Evonik][ユニ・チャーム =住友精化・三洋化成(サンダイヤ)][花王= 内製]である。

所 感
■ まず、事故によって亡くなられた方のご冥福をお祈りする。また、負傷された方が早く快復されることを望む。

■ 今回、消防隊員が亡くなられたのは“善意の行動”である。消防士である使命感の発露による善意の行動である。しかも、今回の事故では、緊急出動した部隊の9割の隊員が負傷している。市消防局の組織としては、第一線で立ち向かう消防隊員の安全防護を考えるべきで、たとえ善意の行動であっても命を無くしたり、負傷したりする人が出ないようにしなければならない。
 この点、つぎのような問題点がある。
① 「警戒出動」で出た消防隊が危険な放水を行うことについての指示(あるいは許可)は誰が行ったか。
② 警戒出動した消防隊員から「冷却の必要がある」との出動要請が市消防局へ入り、消防車や救急車を現場に急行させたが、なぜ、この本隊が到着するまで放水作業を待つよう指示しなかったか。
③ コンビナート火災を想定して出動したと言っているが、実際、化学プラントの異常状態に面して消防隊はなぜ爆発・火災を想定した行動をとっていなかったか。
④ なぜハズマット隊を出動させなかったか。(姫路市消防局にはハズマット部隊は組織されていないようだが、教育・訓練を受けた隊員はいるはず)
⑤ 本隊到着後、なぜ現場指揮者は「安全区域」で隊員を待機させ、工場側の現場責任者と状況を確認しなかったか。 
⑥ 本隊(現場指揮者および参謀)は、どのような戦略を考えていたのか。
⑦ 2003年消防活動中の殉職の惨事を受けて、神戸市消防局がとった改善策(現場指揮と兼務していた安全対策要員の専従化や、大規模火災時に安全管理の専門部隊を現場に派遣するなど再発防止策)は「見張り役」をおくことであるが、放水の準備作業を行っている隊員に対して見張り役はなぜ退避を命じなかったか。

 従来、消防署は情報開示に積極的でない。これまでの事故事例に際して、当ブログでは、情報を公開し、他の部署や関係者が疑似体験を行えるようにすることを期待してきた。今回の事故は消防庁が重要視しているようだが、一過性の対処でないことを期待する。

■ 消防活動の戦略には、
①「不介入戦略」:これは実質的に行動しないことで、介入することによるリスクが大きく、許容できない場合である。すべての人間は安全区域にとどまる、
②「防御的(ディフェンシブ)戦略」:防御的戦略では、“事故”をある程度認めた対応をとることとし、消火戦術は事故対応を制限して、火災の曝露対策と事故の拡大防止策に限定、
③「積極的(オフェンシブ)戦略」:積極的戦略では、消火戦術において“事故”を制圧するため、火災に対して攻撃的で、直接的な消火方法を使用、 
の3つがある。今回の事故では、「不介入戦略」をとるべきだった。結果論だから言えるのではなく、第一線で立ち向かう消防士の命を考えるならば、不介入戦略という考え方があるということを消防署だけでなく、市民も認識する必要がある。

 今回の事故を知って、当ブログの2012年9月に紹介した「タンク火災への備えは十分ですか?」に指摘されている「消防戦略」のほか「見張り役」、「脱出経路」、「安全区域」などの考え方は示唆に富んでいると改めて感じている。

■ 今回の事故の原因は、多くの識者が指摘しているように異常な重合が起こったものであろう。しかし、報道の情報をもとに、アクリル酸製造プラントの生産工程の中に位置する「中間タンク」という前提での意見であるが、気になる点は、消防庁が出しているニュースリリースでは「アクリル酸混じりの廃液を一時貯蔵するタンク」となっていることである。これは、通常運転のプロセスから外れた「廃液タンク」である。 日本触媒姫路製造所では、9月中旬から電気系統のメンテナンスのため全設備を順次いったん停電させて復旧させる作業を実施中で、事故のあったプラントは918日~20日に停電作業を行い、24日からアクリル酸を入れ始めたという。
 事故は、このプラントが一度、停電で停止し、再稼動し始めたことと関係しているように思う。この運転再開時に事故のあったタンクが使用され、定常運転に入って、このタンクは切り離され、日常運転の管理下から余り気にされない対象になっていたのではないだろうか。 この運転再開時に、「アクリル酸混じりの廃液を一時貯蔵するタンク」が数日間経ってから異常な重合が起こるような非定常作業が行われたのではないか。
 今回の事故では、土曜の午後という操業管理者が出勤していない時間帯であったにしても、日本触媒姫路製造所の操業管理者が状況をまったく把握できていない。アクリル酸製造プラントの運転は順調であり、異常な兆候はなかったと思う。操業管理者は状況を把握できない(現場でも事実が何かわからない)まま、事故後の記者会見に臨むしかなかったと思われる。このようにして「中間タンク」、「温度計」などのミス情報が出たものであろう。

■ 仮に数時間前から異常の兆候がわかっていて、対応がとられていたとすれば、日本触媒姫路製造所の緊急(異常)事態時の対応は余りにもお粗末である。おそらく、午後1時にタンクの異常が発見されて爆発が起こるまで、プラントを運転していた従業員以外の工場関係者は状況を知らず、緊急事態時の体制すらとられていなかったと理解する。 日本触媒のウェブサイトには事故に関するニュースリリースが発表されている。今後、事故原因の調査が行われるが、現在のような内容の乏しいものでなく、他の人にとって事故の未然防止や緊急時対応に役立つ情報公開を望む。



後 記; 今回の事故情報を整理していくと、報道の焦点が変化していき、断片的で、且つ報道によって微妙な差があり、事実(らしい)をまとめるのに時間がかかりました。最初の焦点は、アクリル酸というなじみのない液体の重合という性質と事故原因に関することでした。つぎに消防士の殉職という悲惨な話に関することでした。
 日が経つと、日本触媒の異常事態時の対応のまずさに関することで、続いて、姫路市消防局から初期の段階で出動した隊員の9割が負傷するという対応のまずさに関することでした。大方、整理がついた最後の頃に消防庁のウェブサイトに事故情報が掲載されていることを知り、チェックしてみると、発災タンクが「中間タンク」でなく、「アクリル酸混じりの廃液を一時貯蔵するタンク」ということがわかりました。何かどんでん返しにあったような気持ちでした。
 そして、現時点では、新たな情報は出てこない(公表されない)と思われ、所感をまとめることにしました。所感にしては長すぎたのですが、緊急事態時の対応として最悪の事例に言葉が多くなりました。













    
    


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