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2019年3月19日火曜日

ソロモン諸島の世界遺産海域近くで貨物船が座礁、油流出

 今回は、2019年2月5日(火)、南太平洋のソロモン諸島のレンネル島カンガバ湾のリーフ(礁)で、貨物船ソロモン・トレーダーがボーキサイトを積載したまま座礁し、油が流出した事故を紹介します。座礁した場所の近くは、世界で最大の隆起サンゴ礁の島としてユネスコの世界遺産に登録されています。
(写真はWhc.unesco.orgから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、香港のキング・トレーダー社(King Trader)の運航する貨物船「ソロモン・トレーダー」(Solomon Trader)である。
 貨物船は1995年に建造され、全長225mで、現在は香港のサウス・エキスプレス社(South Express Ltd)所有で、インドネシアの鉱業会社ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社(Bintan Mining Solomon Islands)がチャーターして、アルミニウム原材料のボーキサイトを輸送していた。

■ 発災があったのは、南太平洋のソロモン諸島のレンネル島カンガバ湾(ラギュ湾)である。
 レンネル島はソロモン諸島の首都ホニアラから南方に約240km離れた島であり、イースト・レンネルは世界で最大の隆起サンゴ礁の島として1998年にユネスコの世界遺産に登録されている。
             ソロモン諸島のレンネル島   (写真はWhc.unesco.orgから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年2月5日(火)、レンネル島カンガバ湾のリーフ(礁)で貨物船ソロモン・トレーダーがボーキサイトを積載したまま座礁した。

■ 貨物船は、サイクロン「オマ」の接近中にボーキサイトの積込みを試みていたときに、風に流されて動けなくなった。さらに、サイクロン・オマが来襲して状況は悪化し、貨物船は礁の奥に押し込まれ、船体側部とエンジンルームがリーフで損傷した。

■ 船から油が漏れ出し始めたのは、2月15日(金)からだとみられる。

■ 座礁時には、燃料用の重油が700トン以上あったが、流出した油量は70~100トンとみられている。残る約600トンの重油が流出すれば、海洋汚染が一層深刻化する。

■ 2月25日(月)~26日(火)の航空監視画像では、座礁して3週間が経っても貨物船の周囲にオイルフェンスは展張されておらず、船の状況は事故のあった2月5日(火)からほとんど進んでいない。
            油流出の226日の状況    (写真はAfpbb.comから引用)
■ ガンガバ湾周辺には、300人ほどの住民がいるが、新鮮な魚を手に入れることができずにいて、いつまで続くかわからない状況である。住民は、「漁師は汚れた海で魚をとることをやめた」といい、魚が海面に浮かんでいるのを見たという。また、「油が流出して以来、海から採った魚を食べていない」という。「子どもたちには、海岸の砂が油で覆われているので、泳ぎにいかないよう言っている」と語った。

■ 事故から1か月が経っているが、今もリーフに乗り上げたままになっている。オーストラリア海上保安当局が上空から行った調査では、同船から大量の重油が流出し、約5〜6kmの範囲に拡散して海岸に漂着し始めていることを確認した。

■ 流出は世界遺産のすぐ外側で発生し、世界遺産に影響が及ぶ可能性があるほか、地元住民の生活も影響を受け始めている。3月8日(金)の地元ラジオ放送では、すでに環境への影響は出始めており、ソロモン諸島の災害管理当局が死んだ魚やカニが海岸に漂着し、ニワトリや鳥類にも影響が出ていると語った。

■ 3月11日(月)、レンネル島にいる1,500人の住民は油流出の影響を感じている。油の蒸気によって汚染されている恐れがあるため、タンクに集めた雨水を飲むことは避けるように言われている。また、住民が頭痛などの症状を訴えているという。

被 害
■ 貨物船から重油が70~100トン海へ流出し、海域へ環境被害が出た。世界遺産のサンゴ礁の海域への影響は不明である。
 (海洋生態学者は、油流出事故は長期にわたってサンゴなどの生態系に重大な被害をもたらす恐れがあるといい、サンゴが油と直接接触すると、サンゴのポリプを死滅させるか、繁殖や成長に影響を及ぼす恐れがあるという)
(写真はAfpbb.comから引用)
■ 流出油が海岸に漂着し、自然環境が汚染され、海域に住む魚やカニが死んだほか、ニワトリや鳥類にも影響が出ている。

■ 住民は、新鮮な魚を食することができないほか、頭痛などの症状を訴えている。

■ 貨物船が損傷し、船体に割れが発生している。

< 事故の原因 >
■ 事故要因は、貨物船がサイクロンが接近する中で無理な積出しを試みて、風に流され、リーフに座礁したことにある。
 (座礁した原因について、当時乗組員が持ち場を離れていたという報道や酒に酔っていたという噂の報道があったが、突風によって流されたものとみられている)

■ 貨物船の油流出の原因ははっきりしていないが、座礁してから約10日後に油が漏れ始めたということから、座礁した貨物船をタグボートで無理に曳航しようとして、船体がリーフで破損し、エンジンルーム内の燃料油が漏れたものとみられる。

< 対 応 >
■ ユネスコは、2月20日(水)、 イースト・レンネルは1998年に世界遺産リストに登録され、世界最大の隆起サンゴ礁だと声明を出し、油濁除去の必要性を訴えた。

■ 鉱業会社ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社は、貨物船をチャーターしているだけで、油流出に対する法的責任を放棄し、事故に対する責任がないと主張した。ビンタン社は、「我々は船をチャーターしただけで、事故発生以来、船主と引揚げ専門家を調整したり支援したりしてきた。我々ができるのは今後もそこまでである」という。実際、ビンタン社は座礁している船のいる湾に入港してボーキサイトの積出し作業を続けており、油をかき混ぜ、問題を悪化させている。

■ ソロモン諸島政府は、同船の引き揚げと環境被害を食い止める責任は、同船を所有する香港企業のサウス・エキスプレス社と保険会社の韓国のKP&I社(Korea Protection and Indemnity Club)にあると指摘した。

■ サウス・エキスプレス社は、タグボートを使って貨物船を動かそうとしたが、船をリーフの奥へ押しやってしまい、状況を悪化させた。また、天候が悪く、貨物船へ近づくことが困難だったり、時にはまったく無理な状況になっているといい、水中の外部検査をしていないことに非難が出ている。

■ ソロモン諸島政府は2月中旬にオーストラリアに援助を求めた。

■ ソロモン諸島と密接な関係にあるオーストラリア政府はソロモン諸島と協力して、環境被害を食い止める対策に当たっている。オーストラリアは当初、流出監視のために専門家を派遣したが、3月3日(日)には外相が努力を強化し、貴重種の生物が住むレンネル島への被害を封じ込めるための機器、船舶および専門家を派遣すると述べた。

■ ユネスコは、3月4日(月)、つぎのような声明を出した。
 「現在、油流出の影響を評価し、緩和することが優先事項となっていますが、長期的には地域社会のために、そして地域社会によって持続可能な生計を立てることが重要です。木の伐採とボーキサイト採掘が、地域社会にとって数少ない収入源の一つになっていることは事実です。このような中で、世界遺産を保全し、ポリネシア社会の伝統や文化的価値を活かして利益を得ることができるように中小企業を成長させ、エコツーリズムを推進していくことが将来に続く鍵です。2018年、世界遺産委員会は国際社会に対し、ソロモン諸島の地域社会が持続可能な生活をできるように支援するよう要請しています」

■ サウス・エキスプレス社とKP&I社の両社は、3月6日(水)に謝罪の声明を発表し、貨物船に残った600トンの重油を別の船に移すなどの対応を予定していると発表した。

■ 3月上旬の状況は、貨物船が左舷に大きく傾いているので、船内に残っている燃料油をバラストタンクに移して、バランスを取り戻して、船体を浮上させようとする作業を行っている。

■ KP&I社は、3月6日(水)時点で、オーストラリアやニュージーランド、バヌアツ、米国、シンガポールや欧州から特殊器材を持ち込んだり、専門家を派遣しているという。

■ 貨物船の所属国籍である香港海洋局は、環境問題として世界的な懸念となっている油流出の封じ込めについて貨物船の所有者と連絡をとっているという。

■ 3月8日(金)、貨物船では、破損した燃料タンクから油を健全なコンテナーにポンプで移送する作業を始めた。 3月11日(月)、移送が終え、座礁した貨物船の破損タンクからの燃料漏洩は止まった。残りの燃料油は、バージ船のタンクにポンプで移送されることになっている。

■ 3月11日(月)、オーストラリア海事安全局は、ブリスベンから運んできたオイルフェンスを設置し、海に流出した油のクリーンアップを始めた。

■ 3月14日(木)、 KP&I社は、油流出が予想以上に深刻かもしれないといい、「当初の推定では70トンの油が海に出たと考えていたが、現在、流出した量はもっと多いと思われ、対応が進むにつれてはっきりするだろう」と話している。

■ サウス・エキスプレス社は、以前、船内に残った600トンの油を安全なタンクに移すと言っていたが、3月14日(木)、残った燃料油の半分ー約230トンーをバヌアツから運搬してきたタンク・バージ船に移したと発表した。このあと数日以内に燃料油の移送を完了したいという。しかし、天候や機器の修理のために中断が発生する可能性がある。

■ 貨物船のボーキサイトの積み荷を移すことは、引揚げ専門会社がソロモン・トレーダーの甲板上にクレーンを載せることができない限り、困難な状況になっている。
(写真はDfat.gov.au から引用)
(写真はYoutube(ABC) から引用)
(写真はTheguardian.comから引用
(写真はSbs.co,.auから引用)
(写真はAfpbb.comから引用)
補 足
■ 「ソロモン諸島」(Solomon Islands)は、南太平洋にあり、島々を国土とする人口約54万人の国家で、イギリス連邦王国のひとつである。オーストラリアの北東、パプアニューギニアの東に位置し、北にナウル、東にツバル、南東にフィジー、南にバヌアツがある。首都はガナルカナル島にあるホニアラである。
 「レンネル島」(Rennell Island )は、ソロモン諸島のレンネル・バローナ州に属し、人口約1,500人の島である。レンネル島は、主に隆起したサンゴの石灰岩から成っており、イースト・レンネルと呼ばれている東側にはテンガノ湖があり、1998年にユネスコの世界遺産に登録されている。
       ソロモン諸島とまわりの国々(写真はGoogleMapから引用)
ソロモン・トレーダー 写真はVesselfinder.comから引用)
■ 「ソロモン・トレーダー」(Solomon Trader)は、香港のサウス・エキスプレス社(South Express Ltd)が所有し、香港企業キング・トレーダー社(King Trader)が運航管理する貨物船で、全長224m×幅32m、73,592DWTである。1994年に韓国の現代重工業(ヒュンダイ)が建造したもので、船舶ではよくあるように転売されており、過去には、オーシャン・アンバー(2017年/香港)、ノーブル・ユニオン(2011年/香港)、ヌエバ・ユニオン(2007年)、ドリック・チャリオット(2005年)と呼ばれていた。 

レンネル島のボーキサイト鉱山
(写真はSbs.com.auから引用)
■ 貨物船ソロモン・トレーダーの所有者の「サウス・エキスプレス社」、チャーターしたインドネシアの鉱業会社である「ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社」(Bintan Mining Solomon Islands)、および船舶の運航管理会社の「キング・トレーダー社」について調べたが、詳細は分からなかった。
 なお、レンネル島におけるボーキサイド採掘は1970年頃から始められ、一時閉鎖されていたが、現在は再開されている。 レンネル島の鉱山は写真を参照。

所 感
■ 2018年3月にあった「インドネシアのボルネオ島で海底パイプラインから油流出、死者5名」の事故では、海上流出油時の緊急事態対応が不適切で、後手後手の対応になってしまったが、今回の対応はそれよりも悪い。貨物船の事故対応の悪さが目立つが、事故はつぎのような経緯で進んだものと思われる。
 ● 2月5日、サイクロンが近づく中、貨物船が無理な積出しを行い、風に流され、リーフに座礁した。
 ● 座礁の事故責任について船のチャーター会社、船の運航管理者、船の保険会社の中でもめ、対応を主管する部署が明確にならなかったと思われる。
 ● 座礁した船を曳航しようと、タグボートで無理に引き出そうとしたため、逆に貨物船船体を傷つけた。
 ● 貨物船から油が流出してしまった。(2月15日) この事故責任について船の所有者を含めた4社でもめ、流出油汚濁防止の主管部署がすぐには決まらなかったと思われる。
 ● 流出油汚濁防止は船の所有者と船の保険会社で処置することになったが、現場で主導する組織が弱体だったので、対応が進まなかった。
 ● ソロモン諸島政府には、このような事故対応を現場で主導できる部署はなく、オーストラリアに支援を求めた。オーストラリアは監視などの支援を行っていたが、流出油汚濁防止の対応を行う体制でなかった。
 ● 2月下旬から3月上旬にかけ、世界のメデイアが世界遺産海域での油流出事故を報じ始めた。
 ● 船の所有者と船の保険会社の油移送の体制が整い、また、オーストラリアの油拡散防止の体制が整ってきた。(3月10日過ぎ)

■ 今回の事例で、船舶の安全管理体制に大きな弱点があることが分かったことである。
 ● 船舶は、船の所有者、船の運航管理者、船のチャータ会社、船の保険会社と多層な組織が関連しており、安全管理体制が曖昧で、事故が起こったときの対応が進まない。
 ● 船舶には、船の所属国籍があるが、所属国の安全管理体制への関わり方は曖昧で、事故時にはほとんど有効に機能しない。
 ● 船舶が遠い国で事故を起こした場合、現場対応の体制が無く、初動対応はとれない。 

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Abc.net.au, Environmental Disaster Looms at Heritage-Listed Solomon Islands Site after Oil Spill,  February  27,  2019
    ・Sbs.com.au , An environmental disaster looms at heritage-listed Solomon Islands site after 60 tonnes of oil spilled into waters,  February  27,  2019
    ・Maritime-executive.com, Solomon Trader's Bunker Spill Continues Without Containment,  February  28,  2019
    ・Time.com,  A Grounded Ship Is Leaking Oil Into the Pacific Near a UNESCO World Heritage Site,  March 01,  2019
    ・Pina.com.fj , 80 tonnes oil spill affects people’s livelihood in Solomon Islands,  March  03,  2019  
    ・Whc.unesco.org ,  Concern for Oil Spill near East Rennell, Solomon Islands, in Central Pacific,  March  04,  2019
    ・Afpbb.com, 世界遺産海域で石油流出、座礁した貨物船所有の香港企業が謝罪,  March  07,  2019
    ・News.goo.ne.jp,  座礁船から重油流出、世界遺産脅かす ソロモン諸島(CNN),  March  08,  2019
    ・Nikkaibo.or.jp,  深刻な油濁被害が進むソロモン諸島,  March  06,  2019
    ・Nytimes.com,  Oil Spill Threatens a Treasured Coral Atoll in the South Pacific,  March  06,  2019
    ・Hazmatnation.com , Oil Spill Threatens UNESCO Heritage Site in Pacific,  March  04,  2019
    ・Npr.org,  Oil Spill In Solomon Islands Threatens World Heritage Site,  March  06,  2019
    ・Express.co.uk,  World Heritage Site AT RISK after MAJOR Oil Spill by Pacific Coral Reef - 'Deep Concern‘,  March  04, 2019
    ・Theguardian.com,  Alarm over Failure to Deal with Solomon Islands Oil Spill Threat,  March  01,  2019
    ・Theguardian.com,  Ship Owner Apologises for ‘Totally Unacceptable' Oil Spill in Solomon Islands,  March  06,  2019
    ・Smithsonianmag.com, Month-Long Oil Spill in the Solomon Islands Threatens World’s Largest Coral Reef Atoll,  March  11,  2019
    ・Business.financialpost.com, Grounded Ship Leaks 80 Tons of Oil near UNESCO World Heritage Site in Solomon Islands,  March  06,  2019
    ・Sbs.com.au,  Second Time Unlucky for Solomon Islands Oil Spill Bulk Carrier,  March  07,  2019
    ・Hellenicshippingnews.com , Solomon Islands Oil Spill Worse than First Thought, Say Owners of Hong Kong-Flagged Tanker, as Three-mile-long Slick Threatens Unesco World Heritage Site,  March  15,  2019
    ・Vesseltracker.com,  SALVORS SUCCEED IN CONTAINING SOLOMON TRADER SPILL,  March  11,  2019
    ・Vesseltracker.com, DAMAGED TANK PUMPED OUT,  March  11,  2019 
    ・Vesseltracker.com,  OIL SPILL WORSE THAN EXPECTED,  March  14,  2019
    ・Newsforkids.ne, Oil Spill Threatens Solomon Islands,  March  09,  2019



 後 記: 今回の事故情報を調べ始めて最初に感じたことは、なぜ発災から1か月も放置されていたかということです。2月下旬から流出事故が報じられるようになり、3月上旬になって世界のメデイアが世界遺産の海域での油濁事故を取り上げるようになりました。この時点では、発災時の経緯がはっきりしていませんでした。遠い国のソロモン諸島の事故ですから、現場に行って確認している訳ではないので、仕方ないことですが。2月の状況を把握することを諦めかけていたとき、ひとつだけ現地を訪問した記事が出てきました。この中で油流出は2月15日にあったことが掲載されていました。これで事故後の対応遅れの経緯について合点がいきました。

 船舶の事故といえば、昨年10月下旬に地元山口県の周防大島で貨物船が橋に衝突した事故がありました。貨物船は船の上部クレーンが倒れるくらいの衝撃を受けていますが、そのまま広島まで航行しています。海上保安庁の指摘が無ければ、さらに先へ航行したでしょう。貨物船は周防大島大橋に敷設されていた水道管を壊し、1か月余、島(住民約15,000人)は断水になり、山口県では、連日、給水や生活の不便さのニュースが流れました。現在、復旧にかかった金額より少ない補償額の提示がドイツの保険会社からあり、交渉している段階です。この事故で船舶について疑念があったのですが、今回の事故を見て船舶の安全管理体制がひどい状況であることを痛感しました。


2019年3月11日月曜日

新しいアプローチによる石油貯蔵タンク施設のリスク評価

 今回は、2016年10月に開催された第66回カナダ・ケミカル・エンジニア会議で発表されたジェネシス・オイル&ガス・コンサルタント社によるA Novel Approach for Risk Assessment of Large Oil Storage Tanks(大規模石油貯蔵タンクのリスク・アセスメントに関する新しいアプローチ)の資料(パワーポイント)を紹介します。
 < 概 要 >
 この資料(パワーポイント)は、つぎのような事項についてまとめたものである。
 ● はじめに
 ● 貯蔵タンク施設におけるプロセス・ハザードおよびそれ以外のハザード
 ● リスク計算法
 ● 許容基準(個別リスクおよび環境の耐用性)
 ● リスク検討の確率変数
 ● 発生頻度の評価
 ● ハザード結果に対する評価
 ● リスクの計算・・・ドミノ効果
 ● まとめ

< はじめに >
■ 石油貯蔵タンク施設のためのリスク評価は、プロセス・ハザード分析やそれ以外のハザード分析をよく吟味するが必要がある。

■ 今日まで、火災、爆発、毒性ガス、竜巻、落雷、地震、封じ込めの失敗(防油堤の機能喪失など)、山火事などのハザードから生じるいろいろなリスクに対処できるような広範囲の検討は行われておらず、また工業的なガイドラインや技術出版物も出されていない。 

■ 産業界では、プロセスの安全性、先進的な構造解析、正確性や信頼性に関するいろいろな知見を組み合わせて対処するようなことが無いために、いろいろなハザードから環境に影響するような重大な設備損傷のリスクを見逃している。

■ ひいては、多重事故や壊滅的な事故が同時に始まったり、あるいは互いの事象が極く近いところで起こる場合、ドミノ効果(連鎖)を含めた分析を考える必要がある。

■ まとめとして言えることは、広く全体を見た検討を行うことによって、石油貯蔵タンク施設においてドミノ効果に至るようなリスクを見極めることができる。

< プロセス・ハザードおよびそれ以外のハザードの潜在性 >
■ 潜在するハザードにはつぎの項目を含む。
 ● 火災(プール火災、タンク全面火災、噴出火災、フラッシュ・ファイヤー、ボイルオーバー)
 ● 蒸気雲爆発(VCE)
 ● 毒性ガス漏洩
 ● 防油堤の損傷やオーバーフローによる封じ込め機能の喪失
 ● 地震
 ● 竜巻、ハリケーン
 ● テロ攻撃など

<タンク施設における潜在的火災シナリオ >
■ 最も激しい事故は全面火災とボイルオーバーである。全面火災は、タンク屋根が浮力を失い、タンク内の液面が露出して火災になったものである。
■ タンク事故の中で起こりうる火災シナリオはつぎのようなものである。
 ● リムシール火災
 ● 屋根上に油流出した屋根火災
 ● 全面火災
 ● 堤内火災
 ● ポンツーン内での爆発
 ● ボイルオーバー

■ 図で示すように、屋根の上で始まった比較的小規模の火災がタンクの全面火災に至ることがある。タンクの全面火災を消火できなかった場合、ボイルオーバーのような激しい火災シナリオにつながる可能性があるし、隣接するタンクを全面火災に至らせる可能性がある。

< 過去の火災ハザード >
< 爆 発 >
■ 蒸気雲爆発は、タンク地区で地上式貯蔵タンクから燃料や可燃性液体が流出した結果として起こることがある。流出を誘発する要因としては、つぎのようなものがある。
 ● 過充填
 ● 経年劣化や腐食による漏洩
 ● 配管の破損による堤内への漏洩
 ● 貯蔵タンク内に保管されている可燃性液体から生じた爆発混合気の形成

< 過去の爆発例 >
< 地震によるハザード >
■ 地震ハザードは貯蔵タンクにとって自然界から受ける最も厳しい脅威のひとつである。地震は火災や爆発といった事故の拡大という最悪の事態に至る可能性がある。
< 地震時における貯蔵タンクの挙動 >
■ “象の足” のような座屈が生じることがある。
< 毒性ガスの煙 >
バンスフィールド火災事故
■ 燃焼している石油からは煙が出るほか、毒性ガスが形成される。
 ● この事象が拡大する結果、人の健康には窒息や火傷の問題が生じる。
 ● 煙は風によって火災から遠く離れた場所に流れていき、広い地域にハザードを引き起こす。
 ● 無風や濃霧の状態の場合、煙は地面近くにとどまるため、消防活動の支障になって人の命を危険にさらす。
 
■ 煙と毒性ガスによるハザードは、つぎのような事項によって変わる。
 ● 煙の分散速度
 ● 煙の高さ
 ● 毒性物質の地上濃度
 ● 気象状況

ウクライナのヴァスィリキーウ
■ 煙には、二酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO)、多環芳香族炭化水素(PAHs)、揮発性有機化合物(VOCs)のような毒性汚染物質を含んでいることがある。煙に二酸化硫黄(SO2)が含まれていて2km離れたところで感じられれば、人の健康に潜在的な懸念がある。
■ 住宅地が有毒な硫化水素(H2S)に曝されれば、ただちに人命にかかわる状況になる。

< 竜巻の影響 >
■ 竜巻は、局地的で、短時間の激しい嵐である。激しい風速の竜巻がタンクにぶつかり、タンク構造物に集中的な圧力がかかる。

■ 竜巻の風で飛ばされてきた物の破片が、貯蔵タンクに損傷を加えることもある。
竜巻フジタ・スケール
■  竜巻による被災例
 ● 1970年テキサス州で発生したラブロック竜巻の通過後、天然ガス貯蔵タンクがつぶれて裂けていた。
   注記; この貯蔵タンクに関する竜巻の影響について参照できる文書の記録はない。しかし、被災写真によると、油が流出していたことが分かる。2基のタンク(多分、空だった)はひっくり返っていた。立っていたタンクは破片の打撃によって損傷していたものとみられる。
1970年テキサス州でラブロック竜巻の通過後の天然ガス貯蔵タンク
 ● 20135月オクラホマ州ムーアで発生した竜巻の通過後、油井用タンクがブライアウッドまで吹き飛ばされ、損傷した。
20135月オクラホマ州ムーアで竜巻の通過後の油井用タンク
  ● 1987年エドモントンで発生した竜巻(スケールF4)の通過後、空の石油タンクが飛ばされた。
1987年エドモントンの竜巻(F4)の通過後、飛ばされた空の石油タンク
< 封じ込め機能の喪失 >
■ 火災、爆発、地震、油流出、タンク過充填、消防活動の注水の入れ過ぎの要因によって生じるタンク破損が封じ込めの機能喪失につながることがある。

■ 封じ込めの機能が喪失すれば、住民や環境を害したり、資産の損失やクリーンアップ費用などの負担を課し、会社の評価を下げることとなる。
< 貯蔵タンク施設における潜在的なハザード:封じ込め喪失 >
■ 封じ込めが喪失する理由は、つぎのとおりである。
 ● 火災、爆発、地震によるタンク破損
 ● 豪雨による洪水
 ● 消防活動
< テロ攻撃 >
■ 2014年リビアのエスサイダーで起こったタンク火災は、テロ攻撃によるものだった。
リビア・ドーン(イスラム教徒とミスラタン民兵の同盟)から発射されたロケットによってエスサイダーにある大型貯蔵タンクが火災となった。
■ 20165月、イラクの首都バグダッドの北20kmにあるタジで起こったタンク破壊は、テロ攻撃によるものだった。
バグダット近くの天然ガス工場にイスラミック・ステート(IS)武装組織によるテロ攻撃があり、少なくとも14名が死亡した。
< リスク評価のフロー図 >

< リスク算出 >
■ 貯蔵タンク施設および周辺におけるハザードによるリスクは、望ましくない事象そのもののリスクと、望ましくない事象の拡大(すなわち、ドミノ効果)のすべてのリスクを足し合わせたものである。

< 個別のリスク許容基準ーカナダ主要産業事故協議会(MIACC) >
■ 土地の使用方法によって、年間の個々のリスク基準は異なる。

< 環境リスクの許容度(区分定義)ー封じ込めの機能喪失 >

< 環境リスクの許容基準 > 
注; ALARPAs Low as Reasonably Practicable)とは、リスクは合理的に実行可能な限り、
できるだけ 低くしなければならないという欧米で提起されている安全の考え方
< まとめ >
■ 貯蔵タンク施設に関するリスクの検討では、次のようなプロセス・ハザードとそれ以外のハザードを考慮する必要がある。
 ● 火災(プール火災、タンク面火災、噴出火災、フラッシュ・ファイヤー、ボイルオーバー)
 ● 蒸気雲爆発(VCE)
 ● 毒性の煙、毒性ガス
 ● 2次封じ込め設備におけるオーバーフローまたは破損の結果による封じ込め機能の喪失
 ● 地震、竜巻、ハリケーン、テロ攻撃など

■ ドミノ効果の要因になる石油貯蔵タンク施設の内外の危険性を決めるには、広範囲で全体的な検討が必要である。

■ この資料で示したアプローチは産業界のギャップを埋め、プロセス安全、新しい解析方法、信頼性に関する知識を結びつけるとともに、プロセス・ハザードやそれ以外のハザードから個別のリスク、環境へのリスク、施設の損害リスクを正確で信頼性のある推測ができるようになる。

■ リスクの検討でかなり低い結果に至るような場合でも、ドミノ効果を考慮した場合、全体のリスク評価に重大な影響を与えることがある。

補 足                                   
■  「ジェネシス・オイル&ガス・コンサルタント社」(Genesis Oil and Gas Consultants Ltd)は、1988年に設立したエネルギー関連企業で、エネルギー業界にエンジニアリング・サービスを提供している。英国のロンドンを中心にして、米国ヒューストンなど世界の14都市に活動拠点をもつ。従業員は1,000名以上で、11か国で事業展開している。

■ 「アリ・サリ博士」(Ali Sari, Ph.D.)は、ジェネシス・ヒューストンの構造および定量分析マネージャー(Structural and Quantitative Analysis Manager)である。本資料は、2016年10月に第66回カナダ・ケミカル・エンジニア会議(66th Canadian Chemical Engineering Conference)で発表されたパワーポイントの資料である。作成者はアリ・サリ博士のほか、Amir Arablouei, Ph.D.、Umid Azimov, P.E.、Watsamon Sahasakkul、Sepehr Dara, Ph.D.である。

■ 「ALARP」(As Low as Reasonably Practicable)とは、リスクは合理的に実行可能な限り、できるだけ 低くしなければならないという欧米で提起されている安全の考え方である。 ALARPを含め、日本と欧米との安全に関する考え方は、「日本と欧米との安全管理について」(中村昌允)を参照。この中で向殿氏がまとめた両者の違いを表に示す。

■ この資料が発表された2016年は、その前の10年ほどの間に世界で貯蔵タンクの大災害が起こり、その教訓を活かさなければならないとする機運が高まっていた。このブログで取り上げた次の3つの事例はいずれもドミノ効果によって大きな損害を被っている。
 そして、この教訓を活かすため、2012年5月に行われた第11回国際燃焼・エネルギー利用会議でBAM (ドイツ連邦材料試験研究所)がつぎのような発表を行っている。

■ この資料は、石油貯蔵タンク施設に関して新しいアプローチによるリスク評価を提起している。このブログで「リスク評価」を取り上げたのは、つぎのとおりである。
 ● 「事故は避けられない?」 (2015年12月)
 日本では、従来、「災害は努力をすれば、二度と起こらないようにできる」という考え方のもとに、欧米のリスク評価のような考え方は受入れられなかったが、東日本大震災以降、変化してきた。例えば、総務省消防庁からつぎのような指針が提起された。
 ● 「石油コンビナートの防災アセスメント指針」(消防庁特殊災害室、2013年3月、169頁)
 この指針にもとづき、各都道府県で検討され、例えば、神奈川県ではつぎのような調査報告書が出されている。
 ● 「神奈川県石油コンビナート等防災アセスメント調査報告書」(神奈川県石油コンビナート等防災対策検討会、2015年3月、520頁)

所 感
■ 本資料はパワーポイントでまとめられ、主要項目だけで詳細事項が書かれていないので、分かりずらいところはあるが、リスク評価を考える上で興味深い。この新しいアプローチの特徴は、つぎのような事項であろう。
 ● 貯蔵タンクの単独火災のような事故だけを考えるのではなく、実際に起こった英国バンスフィールド火災、カリビアン石油火災、インド・ジャイプール火災のような複数タンク事故を前提に考える。
 ● テロ攻撃、竜巻、地震など過去の事例を網羅的に検討する。
 ● 環境へ大きな影響のある封じ込め設備(防油堤)の機能喪失に至るような事故を検討する。
 ● ドミノ効果が起こりうるという前提でリスクを検討する。

■ 一方、補足で紹介したように「日本と欧米との安全に対する考え方の違い」がある。日本では、「災害は努力をすれば、二度と起こらないようにできる」というのに対して、欧米では「災害は努力をしても、技術レベルに応じて必ず起きる」という違いがある。この思考の差異は、リスク評価を行う場合、意外に大きい。事故が起こった場合、日本では「絶対、二度と起こらないようにします」と答えるが、欧米では「事故が起こるのをできる限り最小にする」と答える。日本的な考え方が根底にあるようでは、リスク評価は成り立たない。リスク評価を行う場合、まず日本的な「事故を二度と起こらないようにする」という思考方法を捨てて取り組むことが大事だと思う。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Cheminst.ca , A Novel Approach for Risk Assessment of Large Oil Storage Tanks, Ali Sari, Ph.D., P.E., Amir Arablouei, Ph.D., Umid Azimov, P.E., Watsamon Sahasakkul, Sepehr Dara, Ph.D. ,  Genesis Oil and Gas Consultants Ltd, October 16-19, 2016



後 記: 今回は「新しいアプローチによる石油貯蔵タンク施設のリスク評価」を紹介しましたが、リスク評価を行うには、「日本と欧米との安全に対する考え方の違い」を抜きには語れないと思い、補足で述べました。日本の考え方は、本人が自覚しているか、していないか関係なく、綿々と受け継がれています。
 東日本大震災の東京電力福島原子力発電所の事故責任について裁判が行われていますが、この中で日本の安全に関する考え方が如実に表れていると思います。ざっくりというと、この事故で事業者は「二度と起こらないようにします」と答える一方、「津波の高さは想定外だった」ので責任はないといいます。住民や環境が受容できなくても関係ないということになります。欧米の「災害は努力をしても、技術レベルに応じて必ず起きる」という考え方であれば、想定のレベルに関係なく、住民や環境が許容できない重大事故が起これば、そのような管理システムにしてしまったことに問題(責任)があるということです。本来、原子力業界はリスク評価に長(た)けていると思っていましたが、想定外(?)でした。日本でリスク評価を行うには、かなり頭の発想を変える必要がありますね。