2013年9月12日木曜日

原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例

 今回は、原油タンクの火災中に油の熱い層がタンク底に溜まった水と接触し、原油がタンク内から突然、激しく噴き出すというボイルオーバーについて取り上げ、過去にタンク火災の消火活動中にボイルオーバーが起こった3件の事例を紹介します。
 ひとつは、1990年米国テキサス州の原油タンク火災でボイルオーバーが映像で記録された事例です。あとのふたつは、消火活動の状況がよく記録されている事例で、1971年ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェでおきた「チェホビツェ火災-71」と、1983年ウェールズのミルフォードヘーブンでおきた「ミルフォードヘーブン火災-83」です。
1990年、米国テキサス州の原油タンク火災で起きたボイルオーバー 
(写真はYourepeat.com「Crude Oil Boilover Explosion」の動画からから引用)
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・msb.se, Tank Fires   Review of fire incidents 1951-2003,  SP Swedish National Test and Research  Institute
    ・aifpa.org,  Aramco FRPD  Special Operations  Training  Program Crude oil,  Williams  Fire & Hazard Control
  ・vedelem.hu, Experiences and Research  Experiments of Boilover Test in Japan, National Research Institute of Fire and Disaster, Japan,  Hiroshi Koseki    
  ・yourepeat.com, Crude Oil Boilover Explosion,  Histry.com


 <はじめに> 
  「ボイルオーバー」は、原油がタンク内から突然、激しく噴き出す現象で、油の熱い層がタンク底に溜まった水と接触して起こす。燃焼面において出てきた残渣分(燃焼後に残った重質の粒子)はまわりの軽い油に比べて重く、この残渣分が表面レベルからタンクの底の方へ向かって沈んでいく。この燃えた油の比重の重たい熱い層は“ヒート・ウェーブ”と呼ばれ、最終的にタンク底に溜まっていた水の層まで達すると、水は過熱され、つぎに沸騰し、爆発的に膨張して、タンク内液が激しく噴出する。水から水蒸気へ変わるときの膨張率は、温度条件が通常の100℃の場合、1,700:1で、もっと高い260℃の温度条件の場合、膨張率は2,300:1となり、爆発的に膨張して噴出する。
  本ブログで紹介したクレイグ・シェリー氏の「タンク火災への備え」(Storage Tank Fire:Your Department Prepared?)によると、ボイルオーバーが起こると、おおざっぱにいうと、原油はタンク周囲からタンク直径の10倍の距離まで飛び散るといい、例えば、原油タンクの直径が75mの場合、タンクから750mのエリア内に原油が飛び散ると予想される。従って、同氏は、現場指揮所の位置、消防隊の配置、資機材の配備、医療トリアージ(治療優先順位の区分け)、安全区域について十分考えておく必要があると指摘している。

 ここでは、過去にタンク火災の消火活動中にボイルオーバーが起こった3件の事例を紹介する。ひとつは 1990年米国テキサス州の原油タンク火災でボイルオーバーが映像で記録された事例である。あとのふたつは、消火活動に関して調査した「Tank Fires」という資料に掲載された事例で、1971年ポーランドのチェホビツェ-ジェジツェでおきた「チェホビツェ火災-71」および、1983年ウェールズのミルフォードヘーブンでおきた「ミルフォードヘーブン火災-83」である。

原油タンク火災で起きたボイルオーバーの瞬間と逃げ出す人たち 
(写真はYourepeat.com「Crude Oil Boilover Explosion」の動画からから引用)

<事故の状況> 
■ 1990年8月25日、米国テキサス州にある原油タンクで火災が発生した。事故や消火活動の状況はわかっていないが、この事故は、ボイルオーバーが起こったときの映像が記録され、爆発の瞬間とその後に一目散に逃げる人たちがとらえられている。この事故では消防士など22人が火傷を負ったという。
 
■ シェリー氏は、「実際のボイルオーバーを見たことがなければ、その危険性を伝えることは難しい」と言っているが、疑似体験として補完できる映像である。
 映像からとった画面を下記に紹介する。実際の動画は「CrudeOil Boilover Explosion」を参照。










(写真はYourepeat.com「Crude Oil Boilover Explosion」の動画からから引用)

1971年、「チェホビツェ火災-71」の起こった現在のチェホビツェ-ジェジツェ製油所  
(写真はグーグルマップから引用)
<基本情報> 
  ・発災日                1971年6月26日
  ・場 所                ポーランド チェホビツェ-ジェジツェ製油所(Czechowice-Dziedzice)        
  ・着火原因               落雷
  ・タンク形式                コーンルーフ(円錐屋根) 合計4基
  ・直径(D)、高さ(H)、面積(A)   D=33m、H=14.7m、A=854㎡
  ・容 積                12,500KL
  ・油 量                タンクⅠ; 油レベル13.5m (10,200トン) 
                                                  タンクⅡ; 油レベル12.9m (9,670トン)   
                                                  タンクⅢ; 油レベル11.7m (8,770トン)
                               タンクⅣ; 油レベル  3.4m (2,450トン)  
   ・油 種                 原油

 <タンク火災消火活動の関連データ>  タンクⅢの最初の消火活動
  ・泡消火設備のタイプ           3×2,400 L/min モニター
  ・泡薬剤のタイプ               たん白泡
  ・予燃焼時間             1時間10分
  ・泡放射量               8.43 L/㎡/min
  ・ノックダウン時間              消火できず
                      5時間30分後に火炎強さが低下したが、
                                                                        その時(午前01:20)、ボイルオーバーが発生
    ・消火活動時間                  消火できず(5時間30分後にボイルオーバー
    ・泡薬剤の消費量                情報無し

<事故の概要>
■ 1971年6月26日19:50、タンクⅢ(直径33m)に落雷があり、屋根が損壊し、全面火災と堤内への油漏洩が起こった。隣接して4基の原油タンクがあり、各タンクはタンク容量100%+0.6m泡層高さの中仕切り堤で分けられていた。
 19:51、製油所の消防隊が現場に到着し、タンクⅢへの消防活動を開始した。タンクへは2,400 L/minのモニター2基による低発泡で対応(5.6 L/㎡/min相当)、堤内へは2台の手動ノズルによる中発泡で対応(2×25㎥ /min相当)した。
 20:00、製油所消防隊の応援部隊が到着し、タンクⅢとその堤内火災に対して、低発泡の2,400 L/minのモニター1基を追加(泡放射量8.43 L/㎡/minに増加)し、高発泡の200 ㎥ /minの泡発生器1台を追加して対応した。 タンクⅢの堤内へは3トンのドライ・ケミカル・パウダーを使用した。この段階では、これ以外の支援はまだ来ていなかった。
■ 6月27日01:20、火炎強さと火災の大きさが明らかに減少したが、その時タンクⅢでは急激なボイルオーバーが起こり、250m先まで油が飛び散った。数秒後、タンクⅠでは、タンク内の可燃性ガスに着火し、爆発を起こした。火災は、4基のタンク以外に防油堤外の製油所エリアまで広がった。ボイルオーバーによって33人が死亡し、100人以上が負傷した。
■ 半時間後、残った消防士によって消防隊が再編成され、02:20、再び消火活動が開始された。 この時点で、支援はポーランド全土だけでなく、チェコスロバキアからも行われた。27日10:00、タンクと堤内エリアの火災は減少していた。6月27日14:00までに、86台の消防車と55トンの泡薬剤が到着していた。一方、タンクⅢとタンクⅣは座屈し、全被災面積(タンク+防油堤)は12,500㎡に至った。ポーランドとチェコスロバキアからの支援が到着してからも、消火活動は続き、最終鎮火までには6月29日の15:10までかかった。

■ タンクⅠ堤内火災は、高発泡で約20分の消火活動時間だった。タンクⅠ火災は約15分で制圧でき、消火活動時間は50分だった。4基のモニターは各2,400 L/minで、タンクⅠの火災で使用し、泡放射量は11.2 L/㎡/minに相当する。最終的に消火活動が遅くなったのは、損傷パイプからの3D火災の消火が難しかったためである。

■ タンクⅡ堤内火災は4台の中発泡の手動ノズルで消火活動を行った。手動ノズルは各25㎥/minであった。 タンクⅡの火災は、タンクⅠで使用した4基のモニターを用いて消火活動を行った。消火には約15分かかった。
■ タンクⅢ堤内火災は、高発泡で約30分の消火時間がかかった。タンクⅢの火災は、タンクⅠとⅡと並行して消火活動を行った。3基の2,400 L/minモニターを使用して、泡放射量は8.43L/㎡/minに相当する。 消火は50分足らずだった。
■ タンクⅣ堤内火災は、高発泡で約20分の消火活動だった。タンクⅣの火災は約20分で制圧できたが、2,400 L/minモニター 1基、2台×600 L/minの低発泡の泡ブランチ配管、高発泡の泡発生器(200㎥/min)を使用した。消火は約10分だった。
■ すべての火災に対する消火活動が終わった後も、安全の目的で17:00まで泡を堤内へ注入し続けた。
■ 最終消火活動まで、消防隊が使用した量はつぎのとおりである。
   ・低発泡の泡(113トンに相当)のために使用したたん白泡薬剤 90トン(Spumogen)
     ・中発泡・高発泡の泡(20トンに相当)のために使用した合成泡薬剤 15トンMeteor)
     ・消火水 2,000 KL                        
     ・ドライケミカル・パウダー用の重炭酸ナトリウム 3トン

■ 結果としては、低・中発泡の泡は有効だった。一方、高発泡の泡は風や熱によって容易に分散してしまった。 しかし、高発泡の泡は、堤内を迅速に覆ったり、タンクや配管だけの火災を弱めるときに、適量使用すれば有効だった。ドライケミカル・パウダーは、風が非常に強かったため、効果を発揮しなかった。
■ 消火終了後、タンク内に残った油量や最終的に助かった油の量がどれだけあったかは不明である。

1983年、ウェールズのミルフォードヘーブンにあるアモコ製油所のタンク火災  
(写真はyoutube.com「Milford Haven Boilover」の動画から引用) 
<基本情報> 
  ・発災日                1983年8月30日
  ・場 所                 ウェールズ、 ミルフォードヘーブン(Milford Haven)、アモコ製油所(Amoco Refinery)
  ・着火原因               フレアスタックからの火の粉
       ・タンク形式                浮屋根 (カバー無し)
  ・直径(D)、高さ(H)、面積(A)   D=78m、H=20m、A=4,775㎡ 
      ・容 積                  94,110 KL 
      ・油 量                  46,376 トン
      ・油 種                  北海原油

 <タンク火災消火活動の関連データ>                
       ・泡消火設備のタイプ                 スーパー・ジェット・モニター4基
                                                                          (Super Jet Monitor) 
       ・泡薬剤のタイプ                 たん白泡
       ・予燃焼時間                 第1回目; 約27時間
                                                                      第2回目; 約45時間
       ・泡放射量                  第1回目; 2.2 L/㎡/min
                                                                      第2回目; 3.0 L/㎡/min
       ・ノックダウン時間                 第1回目; 約3時間
                                                                      第2回目; 情報無し    
       ・消火活動時間                  1回目; 消火できず
                                                                      第2回目; 約7時間
       ・泡薬剤の消費量                 763,000 L (全消火作業)

<事故の概要>
(写真はyoutube.com「Milford Haven Boilover」の動画から引用) 
■ 19838301048直径78の浮屋根式のタンクNo.011で火災が発生していることがわかった。1105頃の最初の現場確認では、屋根面積の50%に相当するエリアで火の手が上がっていた。油圧式昇降台を用いて、750 gpm (2,800 L/min)モニター(注; 5,000 gpm19,000 L/minという説もある)で泡放射を開始したが、この泡放射では、火災拡大を阻止できなかった。 1120頃、タンクは完全に炎上していた。泡放射は中断し、あとからの十分に準備を整えた泡放射に備えた。
■ 油は他のタンクへ移送を進めたが、この待機中に必要な泡放射量を計算したところ、泡薬剤は約205,000 L、泡放射設備の能力は約182,000 L/minとなった。 ぎりぎりまで待って泡放射を23:30に開始したが、6%たん白泡であるR.A.F.MK9をルーフ・モニターから1線の泡放射流による消火活動を行い、タンクの様子を見た。火炎は割れた形で燃え上がり、堤内にはいくつかの油溜まりが見えた。タンク内の条件を監視し、安定していたので、泡放射を4時間遅らすことを決めた。この間、油を更に移送し、追加の泡薬剤の到着を待った。
■ この決定直後(8月31日00:15頃)、突然、ボイルオーバーが起こった。02:10には、第2回目のボイルオーバーが起こった。この爆発現象によって、タンク側板と底板の接合部が4箇所にわたって破断したため、タンク周囲の防油堤エリアに油が漏洩した。

■ 08:00に、必要な泡放射設備と約305,000 Lの泡薬剤が入ったので、泡放射の消火活動に着手することが決まった。 09:15、防油堤エリア(約90×180m)の消火活動は、流量29,000 L/min(泡放射量2.6 L/㎡/minに相当)で行われ、泡薬剤はAFFF (合成膜泡)であるRAF泡と、2台のトレーラー型スーパー・ジェット・モニターにはFP(たん白)泡を使用した。堤内火災は徐々に制圧でき、14:00に完全に鎮圧した。 

■ 堤内火災の消火活動のあと、ただちに、タンクNo.011の泡放射消火活動(第1回目)に移った。消火活動は、流量10,400 L/min(泡放射量2.2 L/㎡/minに相当)で行われ、ベッセル(槽)で直接混合比を調整する方法で、4基のスーパー・ジェット・モニターを用いて行われた。 1700には、座屈したタンク側板の裏側に3つのポケット(空間)が残っていた。 この部分の火災に対して泡を間欠的に入れることを試みた。 しかし、9月1日0200に泡の供給が尽きてしまい、追加の泡薬剤が来る前に、火災は拡大し、再びタンク全体を巻き込んだ。                                                 
■ 泡薬剤が到着した後、タンク火災消火の第2回目の試みが08:00に開始された。流量は約14,500 L/min(泡放射量3.0 L/㎡/minに相当)で行われ、タンクエリアの消火のため、3台の大型泡放射砲が座屈タンクを越えるように据えられた。9月1日、タンク火災15:00まで消火活動が行われ、22:30に完全に鎮火した。 

補足
■ 日本での「ボイルオーバー発生事故」は2例ある。
 ● 1954年10月15日、三重県四日市にある製油所のC重油タンク(直径32m×高さ11m、容量8,000トン、保管油量7,000トン)が原因不詳の火災を起こし、発災から6時間45分後にボイルオーバーが起こった。防油堤がなかったため、13名の負傷者が出たほか、タンク6基に損壊し、建物に延焼した。
 ● 1964年6月16日、新潟市にある製油所が新潟地震によって大きな被害を受けたが、その中で大型のタンクが火災を起こした。発災から数時間後、原油タンクにボイルオーバーが起こった。この事故では、50基のタンクに延焼し、火災は約4日間続いた。
2003年6月、新潟地震後の製油所タンク火災  
(写真vedelem.hu から引用)

■ ボイルオーバー発生のベースとなる「ヒートウェーブの降下速度」はよくわかっていない。実験によると40cm/h以下であるが、実際の火災ではもっと速い。各機関のデータはつぎのとおりである。平均の降下速度は50~100cm/hと考えるのがよい。
 ● 消火専門会社のウィリアムズ F&HC社(Williams  Fire & Hazard Control)は、ヒートウェーブの降下速度を約2~3フィート/時(60~90cm/h)とみている。なお、同社は、ボイルオーバーが発生したとき、燃焼した油が、20mph(8.8m/s)の速さで、タンク直径の10倍までの距離まで飛び散る恐れがあると言っている。
 ● 1998年と1999年に北海道苫小牧市で国によるボイルオーバーの実験が2回行われ、ヒートウェーブの降下速度について34cm/hおよび40cm/hのデータが得られている。
苫小牧市で行われた原油タンクのボイルオーバー実験  
(写真bousaihaku.comから引用)
 ● 旧石油公団が検討したデータから推算すると、ヒートウェーブの降下速度は44~110cm/hとなる。
 補記; 旧石油公団が2002年に検討した石油タンク等の災害想定の中では、「ボイルオーバーが起こる時間予測をしてみると、例えば、油水が十分に分離した高さ22mの原油タンクでは、火災後20~50時間でボイルオーバーが起こる可能性がある」としている。また、「タンク直径が大きくなる程、高温層形成速度(高温層降下速度と燃焼速度の差)は小さくなり、ボイルオーバーが起こるまでの時間は長くなる。また、その激しさも小さくなる。従って、大規模タンク火災ではなかなか起こらない。また、壁面への注水によって高温層の油が壁面で冷却される場合には、高温層を形成すべき高沸点成分が壁面に沿って下降するため、高温層は成長しない」としている。しかし、実際の事例では、大規模タンク(直径78m)でも起こっているので、一概に大きなタンクでボイルオーバーが起きにくいとはいえない。

■ 「ノックダウン時間」とは、泡消火剤投入後、火勢が急激に衰えた時間をいう。過去のオリオン製油所火災など鎮圧が成功した消火事例から、ノックダウン時間は10~30分という。すなわち、泡放射開始から10~30分で火勢が衰えなければ、火災の鎮圧は難しいということである。

所 感
■ ボイルオーバーの危険性
 ポーランド「チェホビツェ-71」のボイルオーバーでは33人が死亡し、100人以上の負傷者を出している。ウェールズ「ミルフォードヘーブン-83」では、泡薬剤の到着を待っている時間帯であったためか、負傷者の記録はない。米国「テキサス州原油タンク火災-90」では、消防士など22名の負傷者が出ている。シェリー氏らは、ボイルオーバーが起こると、原油はタンク周囲からタンク直径の10倍の距離まで飛び散るといっているが、 実際に、「チェホビツェ-71」のボイルオーバーでは、タンク直径33mに対して7.6倍に相当する250m先まで飛んでいる。 「テキサス州原油タンク火災-90」の映像では、近くで見物していた人が一目散に逃げる様子が映っているが、もっと最前線で消火活動している消防隊(消防士)にとって逃げる時間余裕のないことがわかる。消防活動に当たる人たちは、このことをよく認識しておかなければならない。

■ ボイルオーバーの事前感知
 ボイルオーバーを事前感知するには、2つの方法があるという。一つは、ボイルオーバー直前には、原油の温度が300℃以上になるので、原油温度の推移を注目しておくことである。もう一つは、ボイルオーバーが起こる前にはタンク内部からバチバチとかジューといった水の沸騰に伴う音がするといわれている。ボイルオーバーが起こる危険性を感知したら、退避するのが先決である。

■ 2事例のヒートウェーブ降下速度
 「チェホビツェ-71」では、直径33m×油面高さ11.7mのタンクで、5時間半後にボイルオーバーが発生している。 「ミルフォードヘーブン-83」では、直径78m×油面高さ約12m(油の比重を0.8とし、油量から推算)のタンクで、13時間半後にボイルオーバーが発生している。ほぼ同じ油面高さにもかかわらず、ボイルオーバーが起こるまでの時間には大きな差がある。ヒートウェーブの平均降下速度を計算すると、「チェホビツェ-71」では210cm/h、 「ミルフォードヘーブン-83」では89cm/hである。
 「チェホビツェ-71」では、通常の予測よりかなり早くボイルオーバーは起こっている。堤内火災と重なったため、予想以上に早く起こったものと思われる。「ミルフォードヘーブン-83」では、約13時間を経過した時点で泡放射を開始したが、泡薬剤の供給に不安があるため、一旦中断し、4時間待つこととした。おそらく、ボイルオーバーは20時間前に起こることはないと判断したものと思われる。

■  2事例の燃焼時間
 ボイルオーバーとは関係なく、燃え尽きるまでの時間を推算してみる。原油の燃焼速度は10~30cm/h程度であり、ここでは20cm/hと仮定すると、 「チェホビツェ-71」では58時間、 「ミルフォードヘーブン-83」 では60時間となる。 実際の火災継続時間は「チェホビツェ-71」で約67時間、 「ミルフォードヘーブン-83」では約59時間であり、ほぼ燃え尽きるほど難航した消火活動だったといえる。

■ ボイルオーバーの予測
 ボイルオーバーを予測することは難しい。ひとつの目安としてはヒートウェーブの平均降下速度を100cm/hとして考えてみることである。この推算から算出した時間を経過するまでに大容量泡放射砲、泡薬剤、消火用水の供給確保、人員の配置を終え、泡攻撃を行う必要がある。例えば、油面高さが20mでは20時間であり、 油面高さが10mでは10時間である。泡放射設備が整わなくて、この推算時間を超えるような場合は、原油タンクの火災状況をよく観察するとともに、現場指揮所の位置、消防隊の配置、資機材の配備、医療トリアージ(治療優先順位の区分け)、安全区域について考えなければならない。 




後 記: ボイルオーバーの危険性を以前から取り上げたいと思っていましたが、最近、現実の貯蔵タンク事故が途切れることなく、続きましたので、遅れてやっとまとめることができました。私自身、ボイルオーバーを経験したことがありません。日本でも以前はボイルオーバーの実験をやっていましたが、実験規模の疑似体験では消火活動中における危険性の想像力に限界があるように思います。
2003年9月、ナフサタンク火災の消火活動  
(写真bousaihaku.comから引用)
 このまとめの補足で取り上げた1964年新潟地震後の製油所タンク火災で思い出したのは、2003年十勝沖地震後に北海道製油所で起こった全面火災が原油タンクでなくてよかったことです。全面火災はナフサタンクで起き、原油タンクはリムシール火災(リング火災)でした。もし、直径42.7m×油面高さ21mの原油タンクで全面火災が起こったとし、ヒートウェーブの平均降下速度を100cm/hとすれば、21時間経過以降にボイルオーバーが起こっていたかもしれないのです。原油の燃焼速度を20cm/hと仮定すれば、燃焼時間は105時間(4.3日)と、当時のナフサタンク火災の44時間(1.8日)よりもっと長い時間、燃焼が続いていたことになります。当時、大容量泡放射砲システムは無く、消防隊は既存消防資機材によってタンク周りで懸命に消火活動していたわけですから、考えただけで恐ろしくなりますね。                













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