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2021年2月27日土曜日

ロッテルダムは固定消火システムの代替策としてモバイル・システムを採用

  今回は、オランダのロッテルダムにある統一産業消防本部が、タンク火災に対して固定消火システムの代替策としてモバイル・システムによる消火システムを選択し、実際に資機材と車両を具体化した内容を紹介します。

< はじめに >

■ オランダのロッテルダムにある統一産業消防本部(Unified Industrial Fire Department of Rotterdam)は、タンク火災に対して固定消火システムの代替策として、モバイル・システムによる消火システムに投資し、開発を行っている。

< 開発の背景 >

■ オランダは小さな国かも知れないが、この国には欧州最大の港であるロッテルダム港がある。にぎやかな港には、毎年、多くの貨物を積んだ船が集まっている。その中には、危険物質をいっぱいに積んだ船もある。また、この港は貯蔵タンクのある製油所や化学プラントなどの産業を引き付けている。実際、ロッテルダムには、シェル社が欧州最大の製油所を操業しているほか、BP社やエクソン社の製油所もある。

■ 可燃性や爆発性の液体で満たされたタンクが非常に多いので、管轄エリア(60 km×20 km)の港は大規模なタンク火災や堤内火災の危険性にさらされている。ここで一旦火災が発生すれば、港湾事業が停止し、経済的損失が発生し、環境への悪影響を引き起こす恐れがある。

■ ロッテルダムの統一産業消防本部は、この地域を安全に保つことを任務とする官民合同の消防部署である。この消防部署には、地方自治体、ロッテルダム-レインモンド消防署、ロッテルダム港周辺で危険物を取り扱っている産業が含まれ、都市部に関わらず、輸送ルート沿いの製油所、化学施設、タンク基地における火災や流出事故などに共同で対応する。

■ 統一消防本部のマネジメント・チームのメンバーであるA.J.クレイジェット氏(A.J. Kleijwegt)は、タンク火災からこの地域の安全を保つことは大きな仕事だと話し、つぎのように説明している。

「オランダはまことに小さな国ですが、港湾施設は大きく、企業は互いに近くにあります。都市部も工業地帯に極めて近い状態です。タンク火災を23日間放置することさえ現実にできません。この港では、毎日380,000人が働いています」

■ オランダ政府はリスクを認識し、2016年にタンク火災や堤内火災に関連する新しい規制を設けた。新しい法律は、貯蔵タンクを所有する企業に高価な固定消火システムの設置を要求するものである。 

< 代替案の選択 >

■ 投資コストが高くかかるため、統一産業消防本部のクレイジェット氏に代替案を模索する道を選ぶこととした。 クレイジェット氏は、モバイル・ソリューションの機能が発達してきており、現状を踏まえれば、これが良い選択だということを2019年の後半になって当局に納得させた。「当局は、モバイル・システムによってタンク火災を迅速に低コストで消火できるか確認するために1年の時間を与えてくれました」とクレイジェット氏は述べた。

■ その年の間、クレイジェット氏は、過去のタンク火災とその結果、熱輻射の影響、安全に対応人員を送り込めるかを調査した。クレイジェット氏は、 「私たちは過去の火災の特徴や規模を検討し、そして最終的には、当局にロッテルダム港におけるタンク火災についてモバイル戦略を受け入れるよう説得しました」と言い、「企業も、高価な固定消火システムに投資する必要がないため、この計画に賛成しました」と述べている。

■ 固定消火システムの応答時間は優れており、消火するよう設計された火災だけには対応できる。一方、対照的にモバイル・システムはどんなときにも常に利用可能である。「固定消火システムの応答時間は数秒で、おそらく1分です。それに比べて私たちのシステムの反応が遅いのは事実です」とクレイジェット氏は認めているが、「固定消火システムは常に機能するだろうと仮定しています。しかし、タンク火災が発生するときには、常に理由があります。それは爆発であるか、あるいはほかの理由があります。固定消火システムはどのように反応するでしょうか? 事象が起こったとき、固定消火システムは100%機能するという保証はありません」 と語った。

■ 消防署とモバイル・システムは一日24時間年中無休で活用できる。統一産業消防本部はこの地域で8つの消防署を運営しており、そのうち6つに24時間体制で人員を配置している。これらの消防署から消防隊は6分以内にすべてのタンクに関して事故の対応ができる。

■ タンク火災は複雑な事象であり、消火、冷却、ベーパー発生の抑制のために、大量の水と多くの消火用泡剤が必要となる。共同消防署のマネージング・ディレクターであるジャンウァールス氏は、「モバイル・システムは給水に優れています。それで、私ども消防隊は消火用水と泡を供給する役目を果たすことができます。泡薬剤も私どもは約200KL準備しています」と話している。

 < 新しいモバイル・システムの開発 >

■ 統一産業消防本部は約600万ドル(66,000万円)を投資して、貯蔵タンクやタンク基地のためのモバイル・システムについて資機材と車両に具体化した。

■ 最初に、統一産業消防本部はダイナミックに動ける適応性のある戦略を検討した。システムは、迅速に動き、人員(消防士)にとって通常の業務に近く、そして何よりも安全である必要があった。

■ 消防本部のリーダーは、消防士が給水にすばやくアクセスできる水中ポンプとホース展張システムを含む最善の方法を決定した。消防本部では、過去に他の用途で水中ポンプを使用したことがあった。

■ 統一産業消防本部のクレイジェット氏は、つぎのように説明している。

「水中ポンプは思っている以上に短時間で機能します。私どもはかつて、優れた水源である港湾当局の給水船を使ったことがありますが、それほど早く使えるようになりませんでした。給水の確立に4時間かかったこともあり、これでは余りにも時間がかかり過ぎです。水中ポンプを使えば、1時間以内で給水を確立できます」

■ 統一産業消防本部はドローンを採用した実績もあり、人員を危険にさらすことなく、タンク火災や堤内火災に関する情報を収集するための遠隔操作火災モニターとして配備する予定である。ドローンによって詳細な状況を把握でき、消防隊がタンク火災時の戦略を決めたり、変更するのに役立てることができる。

■ 統一産業消防本部のクレイジェット氏は、つぎのように話している。

「私どもはドローンを2年間使用し、非常に良い経験をしました。ドローンは泡の覆いの状況や効果を私どもに示してくれます。ホットスポットの状況を確認でき、泡モニターの放出効率を把握して、泡モニターの方向を変える必要があるか、あるいは泡モニターを交換する必要があるかを確認できます。ドローンは煙と風向を見極めることもでき、これによって風が煙を遠いところへ運ぶ可能性を知る上で重要です」 

■ 火災からの輻射熱の問題は常に懸念事項であるが、このドローン機器を使用することで、消防隊は安全な距離から無駄なことをせずに火災と戦うことができる。

■ 統一産業消防本部のクレイジェット氏は、つぎのように述べている。

「大規模な火災があれば、火災に近づくことさえ難しい状況になります。しかし、タンク火災を消すのに極端に近づく必要はありません。消防隊は60m離れたところから活動を始め、必要に応じて近づくようにすればよいでしょう。 泡モニターのチームとドローンのチームが協力すれば、この安全性を確保できます」

< 事前の計画と訓練 >

■ 統一産業消防本部のクレイジェット氏は、つぎのように話している。

「私どもの戦略を検討するに際して、ダイナミックで、柔軟かつ迅速な対応ができることに重点を置いています。タンク火災は危険に満ちたシナリオのようなものです。発生する危険性を理解し、安全に対応しなければなりません。このために、ドローンと泡モニターを配備するようにしました。私どもが計画について考えた3番目のことは事前準備です。ロジスティクス(兵站:へいたん)について配慮した計画にしたことです」

■ 消防士と地域の人たちの安全を保つことが最も大きな配慮事項であり、十分に練られ、テストされた事前の計画が必要である。モバイル戦略に移行するに際して、統一産業消防本部は関係機関や企業に対して事前の計画を調整する必要があった。統一産業消防本部のクレイジェット氏は、「私どもはロッテルダム港におけるすべての貯蔵タンクについて事前の計画を立てています。ロジスティクスの計画では、誰がどこに行き、何をすべきか、そしてどのような順序で行うかを示しています。また、身体を使った訓練だけでなく、システム全体に関するトレーニングの年間計画も作成しています」と語っている。

■ 新しい機材が設置されれば、統一産業消防本部は2021年の後半に各メンバーに特別なタンク火災訓練を実施する予定である。統一産業消防本部のクレイジェット氏は、「私どもは、新しい戦略のもとで幹部のトレーニングを行わなければならないし、すべての企業が同じ方向を向くようにしなければなりません」という。

■ 統一産業消防本部は、トレーナー養成計画にもとづいて新しいシステムについて各メンバーをトレーニングする予定である。また、各メンバーは、新しく泡薬剤、ポンプ、ホース、泡モニターの各取扱い方法を学ばなければならない。統一産業消防本部のクレイジェット氏は、「私どもにとって遠隔操作火災モニターはまったく新しい機材なので、すべての担当者が操作できるようにトレーニングしなければなりません」と説明した。

■ ロッテルダムの統一産業消防本部では、大規模なタンク火災に多くは遭遇していない。2017年の製油所火災、リムシール火災、爆発後のタンク全面火災など過去に何件かの事故と戦ったことがある。

■ この地域は幸運だったといえよう。迅速な対応によって大事故にならず抑え込まれてきたが、タンク火災は複雑であり、適切な計画と準備、そして事故時の人員・資機材の配備が必要である。統一産業消防本部は将来起こるであろう大きな事故に対する準備を進めており、安心しているとクレイジェット氏は話している。

 

■「爆発後のタンク全面火災」の事故とは、20177月に起こった「オランダで入荷作業時にメタノール貯蔵タンクが爆発」の事例である。ブログでは、全面火災になっていないのではないかと書いたが、実際には、短い時間だろうが、全面火災になったようである。また、タンクには、サブサーフェース注入式の固定消火システムが設置されていたが、泡が堤内に漏れ出たようである。

所 感

■ ロッテルダムで採用した“モバイル・システム”の消火システムとは、移動式(モバイル)消火設備とドローンに搭載したモバイル機器(カメラなど)を活用したシステムを組合わせたものである。移動式消火設備は日本の大容量泡放射砲システムと同様の構成(泡放射砲、消火用水ポンプと水中ポンプ、泡混合設備、大径ホース)と思われる。

■ この導入の背景には、貯蔵タンクに固定消火システム設置の義務化(法令)がある。法令の不遡及の原則から考えれば、既設の貯蔵タンクに適用されず、経過措置がとられると思われる。しかし、貯蔵タンクの対象基数や一旦発生してしまった火災の影響を考えれば、できる限り早く何らかの代替策をとる方向性になったものであろう。

■ 日本では、固定消火システムや化学消防車など三点セットの設置が法令化されている。しかし、三点セットの化学消防車が有効に機能しなかった事例から、2004年に大容量泡放射砲システム導入の法令化が行われている。一方、日本の状況からみれば遅れているとみえるオランダのロッテルダムでは、さらにドローンに搭載したモバイル機器(カメラなど)を活用した消火システムを導入しようとしている。前回のブログで「放水能力22,700リットル/分を有する大型化学消防車」が登場したことを紹介したが、消火設備は着実に進歩している。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com, The Unified Industrial Fire Department of Rotterdam Invests in Mobile System to Fight Tank Fires,  February 17, 2021

    Kappetijn.eu, Lessons learned Methanol Tank fire, June 26th 2017


後 記: モバイル・システムという言葉を目にしたときは、ドローンによるモバイル機器を活用した消火システムだと思いました。そうではなく、固定消火システムに対する移動式の消火システムでした。最近、言葉のとらえ方が個々人でやや異なり、定義が曖昧になってきたように思います。技術の進歩によって、消火分野の言葉の中には、モバイルのようにどちらを指しているのか迷うものが出てきました。このほかに“モニター”があります。これまでは、泡モニターをいう言葉でしたが、ドローンの出現により、監視モニターを指している場合があります。今回の資料でも、単に“モニター”と言っている場合があり、はっきりと泡モニターとか監視モニターというべきだと感じました。

2021年2月16日火曜日

放水能力22,700リットル/分を有する大型化学消防車

  今回は、米国の消火装置メーカーのサトフェン社が、これまでの記録を更新すると第三者評価を得た6,000ガロン/分(22,700 L/min)の放射能力を有する新機種の消防車を発表したので、その内容を紹介します。


 
< はじめに >

■ 米国の消火装置メーカーのサトフェン社(Sutphen)は、これまでの記録を更新すると第三者評価を得た6,000ガロン/分(22,700 L/min)の放射能力を有する新機種の消防車の試作機を発表した。 

< 新機種の消防車の開発 >

■ 今回の消防車両は、サトフェン社の頑丈なシャーシに304ステンレス鋼製のボディで、産業火災の現場で遭遇する過酷な条件向けに製造された。 ヘイル社製の6,000ガロン/分(22,700 L/min)のダブルサンダーと呼ばれるポンプと直接注入式の泡システムを備えている。

■ 試作機は第三者評価によって6,000ガロン/分(22,700 L/min)の放射能力があるが、産業用ポンプ装置は供給水が正圧だと6,500ガロン/分(24,600 L/min)以上を流すことができる。

■ サトフェン社の販売・マーケティング担当取締役は、「私たちがこの産業分野で革新を続けていますが、今回、記録した装置はサトフェン社を防火産業界のリーダーとして確固たるものにしました」と述べている。

■サトフェン社は、買い手を待っている間、全土でデモ機の展示を行っている。

< 新機種の消防車の仕様 >

■ Sutphen Industrial Pumper, Demo 479, HS #6739

 ● ホイールベース:250” 6,350 mm

 ● 走行車高:11’ – 4”3,453mm

 ● 走行時全長:37’11,277mm

 ● シャーシ: Sutphen Monarch Heavy-Duty Custom Chassis, 62”cab with 15” Raised Roof

    ・ 4ドア、四人乗り

    ・ ダブル・ドメックス・フレーム・レイル(Double Domex Frame Rails

    ・ フロントアクスル&サスペンション:24,000 lbs.

    ・ リアアクスル&サスペンション:35,000 lbs.

    ・ エンジン:Cummins X 15,600HP

    ・ オルタネータ(発電機):Delco Remy 420 AMP

    ・ トランスミッション:Allison Gen 5, EVS4000

 ● ポンプ: ヘール社

    ・ ダブルサンダー 6,000 ガロン/分 (22,700 L/min

         ・ 泡システム:FoamPro 300ガロン/分(1,135 L/min Accumax-II Fury Pump Module

    ・ディスチャージ: (1) 3” Bumper; (1) 3” Rear; (2) 6” Driver Side; (2) 6” Officer Side;

    (2) 6” Rear Top Corner Monitors; (2) 6” Rear Body LDH Outlets;

    (1) 6” Overhead Pump Module Monitor

    ・スピードレイ: (2) 2” Speedlays, 2” Valves, 1 ½” NSTM

    1,000ガロン泡薬剤タンク (3,780リットル)

 ● ボディ:   サトフェン社

    304ステンレス鋼

    ・ロールアップ型ドア

    ・インダストリアル・ボディ

付加装置:

  ・18” Polished Stainless Steel Bumper Extension

  ・Federal Q2B Siren, Recessed into Centerline Front Grille

  ・Voyager Rear and Dual Side View Camera System

  ・9 Bottle Compartments

  ・FRC Spectra, LED Scene Lights

  ・LED Spectra, Front Brow and Upper Driver/Officer Sides

  ・Whelen M6 Super LED

  ・Whelen 72” LED Lightbar

● 泡モニター: アクロン社

  ・Akron Aero Master 3000-GPM 11,300 L/min, Overhead Pumper, Electric Remote and Manual Wheels (3)



 

■「サトフェン社」(Sutphen Corp.)は、米国オハイオ州ダブリンに本拠を置く株式非公開の家族経営の企業であり、1890年以来、頑丈な特注の緊急対応車両を製造している。


所 感

■ 放水能力 22,700 L/min の大型化学消防車を製作するとは、さすが米国だと思う。ただ、詳細をみると、泡モニターは11,300 L/min 3基設置されており、後部に2基、前部に1基を搭載している。従って、泡の最大放射は11,300 L/min の泡モニター2基を使用するものだと思われる。


■ これを日本の法令に照らし合わせると、この大型化学消防車1台で大容量泡放射砲システムが必要な直径34m60mまでのタンク全面火災に適用できることになる。2台であれば、直径75mまでのタンク火災、3台であれば、直径100mまでのタンク火災に適用できる。大容量泡放射砲システムは、泡放射砲だけでなく、大容量ポンプ、泡原液タンク(トート)、泡混合装置、大口径ホースなどが必要で、これらの配置やホース展張に人と時間を費やすので、従来の大型化学消防車と同じような対応できるメリットは大きい。



備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com,  Sutphen Corporation Shatters Industry Record, February 08, 2021

      Sutphen.com, SUTPHEN CORPORATION SHATTERS INDUSTRY RECORD,  2021

      Fireapparatusmagazine.com, Sutphen Corporation Breaks Industry Record, October 29, 2020

      Internationalfireandsafetyjournal.com, SUTPHEN CORPORATION SHATTERS INDUSTRY RECORD, October 30, 2020


後 記: 今回はメーカーの宣伝のようになりますが、米国の消防機材の雑誌やインターネットで話題になっているので紹介しました。2003年北海道十勝沖地震後のタンク火災では、三点セットと呼ばれる放水能力 3,000 L/minの化学消防車や高所放水車がまったくかなわない状況でした。当時、世界(米国)をみると、大容量泡放射砲なるものが存在していることがわかりました。これを契機に現在の大容量泡放射砲システムの導入が法令で決まりました。今回の放水能力 22,700 L/min の大型化学消防車を見ると新たな発想というより、大型化したポンプや泡モニターなどをコンパクトに消防車に配置するという技術の革新性にあると思います。実際の運用にあたってはいろいろな課題や改善を要しそうですが、世界的にみれば、大容量泡放射砲システムは今回のような消防車を配備する形になっていくでしょう。

2021年2月11日木曜日

ハリケーン通過時に被害を受けたタンク施設から大気への流出解析モデル

  今回は、米国ヒューストンにあるライス大学のエンジニアが、ハリケーンのような自然災害時に被害を受けた地上式貯蔵タンク施設の内容物が大気中にどのように広がるかを示すコンピュータ・モデルを新しく開発した話題を紹介します。

< はじめに >

■ 米国ヒューストンにあるライス大学( Rice University )のエンジニアは、ハリケーンのような自然災害時に被害を受けた地上式貯蔵タンク施設の内容物が大気中にどのように広がるかを示すコンピュータ・モデルを新しく開発した。

< 解析モデル >

■ このモデルは、2008年のハリケーン・アイクおよび2017年のハリケーン・ハービーから得られた実データと、米国で最大の石油コンビナートのヒューストン地区から得られた実データに基づいている。ハリケーンのような風はタンクの設置場所からずっと遠いところに化学物質や石油ベーパーを運んでいる。ライス大学ブラウン工科スクールの大気科学者ロブ・グリフィン氏(Rob Griffin)は、モデルを使用すれば、貯蔵タンク施設にとって脅威となる今後来るであろう嵐による影響を予測できると述べている。嵐によって大気質監視システムがダウンした場合、モデルはその後の汚染物質の拡散を推定する唯一の方法となる可能性もある。

■ モデル化の作業は、ジェイミー・パジェット氏(Jamie Padgett)(ライス大学の環境社会工学エンジニア))とサバレティナム・カメシュワー氏(Sabarethinam Kameshwar)(現在、ルイジアナ州立大学の環境社会工学の助教授)による2015年の調査をフォローする形で始められた。研究では、カテゴリー4のハリケーン来襲時に、多くの貯蔵タンクが基礎からずれたり、飛散してきた物体で被害を受けたことが分かり、その結果、暴風による24フィート(7.3 m)の風津波現象によって、9,000万ガロン(340,000KL)超の油や化学製品が放出されると予測された。

■ グリフィン氏によって続いて開発されたモデルとともに、研究チームは、ベーパー類が流出後12時間のあいだ5,000フィート(1,500m)までの高さにおいて風によってどのように運ばれるかを調べた。そうすると、風の通り道に沿って拡散せずに寄り集まったままである有機溶剤の蒸気群(Vapour plumes)よりも、油の蒸気群は広範囲に広がることが分かった。これは、蒸発速度(蒸発率)の違いにより、風下における油の蒸気群が有機溶剤の蒸気群よりも広い領域に広がると推測される。有機溶剤の蒸気群は卓越風の通り道に沿って広がらないままである。蒸発に関する仮定によれば、流出物質の混合比は最大90ppmと予測される。

■ さらに、太陽光や汚染物質などの要因によって、溶剤の蒸気群内にオゾンや二次有機エアロゾルがかなり生成される。オゾン(最大130ppbの増)や二次有機エアロゾル(最大30μg m−3の増)の増加は、風下における溶剤の蒸気群の中で、嵐通過直後の短い時間で発生する可能性があり、その規模は太陽の放射、流出物質の種類、汚染物質の濃度に依存する。これは、風下地域の居住者や作業者が蒸発流出物とその分解生成物に対して脆弱であることを浮き彫りにしている。

■ 渦巻くような風を伴ったハリケーン・アイクに基づいたシミュレーションでは、タンク施設のディーゼル燃料蒸気群が最初の6時間でゆっくりと42 km2に広がっていたことを示した。その前のシミュレーションでは500 km2の範囲に短時間で広がっていた。ハリケーン・ハービーに基づくシミュレーションでは、蒸気群は広がらずに幅の狭い状態でメキシコ湾に吹いていたことを示した。


< 今後への期待 >

■ ライス大学のグリフィン氏は、つぎのように話している。

 「流出があったとした場合、何が流出するかについて仮定を立てる必要がありました。しかし、何にせよ流出した化学物質がまわりの空気中に存在すれば、つぎに何が起こるかについて考えてみることは大切です。これは、“ディープウォーター・ホライズン” (2010年に起きた原油リグの爆発とその後の油流出)のような事故にも当てはまるでしょう。一旦、原油が海面に到達して蒸発すれば、どうなるでしょうか? タンクの所有者がこのモデル使って自分たちの施設について考えてみるのがよいでしょう。環境保護団体の人たちがこの研究に興味をもつと確信しています」

■ このモデルは、地域的なデータをベースにしているため、個々のタンク流出の影響を研究するには適していない。しかし、グリフィン氏は、将来、その目的に適したものができ、大気化学分野の規約に利用できるようになると信じている。

所 感

■ 今回の資料を理解するためには、まずハリケーンによるタンク施設の被害を知っておく必要がある。2017年のハリケーン・バービーによる被害を伝えた「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」の所感では、ハリケーン・ハービーによる石油施設の被害や影響の特徴はつぎのとおりだと書いた。

 ● ヒューストンなどテキサス州のメキシコ湾岸の25,000km2という広い地域で洪水が起こり、製油所など多くの石油施設が浸水や冠水の影響を受けた。

 ● 5日間で最大1,300mmを超える猛烈な降水量の雨が降り、浮き屋根式タンクの浮き屋根が沈降するという事例が多く発生した。

 また、ハリケーン・ハービーは、メキシコ湾から一旦上陸したあと、再びもとのメキシコ湾側に戻るという変則的な進路をとった。

■ ハリケーンの規模や石油コンビナートの規模など日本と状況は異なるので、以前だと米国の特異な話としていただろうが、最近の異常気象や台風の大型化をみると、一概に対岸の火事と言えないように感じる。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Tankstoragemag.com, New model shows leak spread from failed tanks, February 03, 2021

    Sciencedirect.com, Simulation of potential formation of atmospheric pollution from aboveground storage tank leakage after severe storms,  2021


後 記: 本資料は、“Tank Storage” という雑誌のインターネットによるニュース紹介の中にあったものです。資料の原本は“Atmospheric Environment”に掲載され、ハイライトだけはインターネットで見ることができるので、ブログの中に追記しました。タンク屋根が沈降し、ハリケーンが停滞すれば、タンク内液のベーパーがどのような挙動を示すか興味をもち、最近のコンピューターによる解析技術の発達によって、今回の解析事例が出たのでしょう。

2021年2月2日火曜日

ロシア連邦のウファ製油所でガス用タンクが爆発・火災、死傷者2名

 今回は、ロシア連邦のバシコルトスタン共和国の首都であるウファにあるバシネフチ社のウファ製油所で、メタン水素のガス用タンクが爆発し、火災となった事故を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、ロシア(Russia)連邦のバシコルトスタン共和国(Republic of Bashkortostan)の首都であるウファ(Ufa)にあるバシネフチ社(Bashneft)のウファ製油所(Ufa Refinery)である。

■ 事故があったのは、製油所内のプラントの容量25㎥と容量20㎥の2基のメタン水素のガス用タンクである。

<事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2021125日(月)午後7時頃、製油所内のプラントで爆発があり、火災となった。

■ 事故に伴い、ガス分離装置で働いていた2名の作業員に死傷者が出た。一人は死亡し、もう一人は負傷し、病院に搬送された。

■ 午後720分頃、緊急事態省(Ministry of Emergency Situations EMERCON)は、ウファ製油所から構内の貯蔵タンク2基が火災になったという連絡を受けた。

■ タンク1基は損壊し、2基目のタンクは高さ1015mに達する火柱で燃焼しているという。目撃者によると、異常事態の早い段階で爆発音を聞いたという。

■ 発災に伴い、消防署が出動した。

■ 消防活動は、ガス用タンクなどの設備の冷却作業が行われた。火源であるガスの供給は停止し、残存ガスを燃え尽きさせ、火災を局所化して消火させようとした。火災に隣接するプラント内の構造物を冷却するために12台のモニターノズルが配備された。

■ 火災になった装置以外の主要プラントの稼働は続けられた。

■ 監視カメラによる爆発時の映像がユーチューブに投稿されている。

 (YouTubeAn explosion at the Ufaorgsintez plant in Ufa, Russiaを参照)

被 害

■ プラント内のガス用タンク2基が爆発・火災で損壊した。このほかに装置内の配管などの設備が火災で被災したものとみられる。

■ 作業員2名に死傷者が出た。一人は死亡し、もう一人は負傷し、病院に搬送された。

< 事故の原因 >

■ 未確認であるが、爆発は安全規制の違反によって引き起こされたとみられる。

< 対 応 >

■ 消防活動によって、1月26日(火)午前2時頃、火災は封じ込められ、拡大する恐れは無くなった。午前633分に完全に消火した。

■ 火災対応のため、出動した消防士は127名、消防車両44台にのぼった。

■ 消防活動時の映像がユーチューブに投稿されている。

 (YouTubeMassive fire rages at an oil refinery in Russia‘s Ufaを参照)


補 足

■「ロシア連邦」(Russia Federation)は、通常、ロシアと呼んでいる。ユーラシア大陸北部に位置し、人口約14,600万人の連邦共和制国家である。

「バシコルトスタン共和国」(Republic of Bashkortostan)は、ロシア中央西部に位置し、ロシア連邦を構成する沿ヴォルガ連邦管区に含まれる人口約410万人の共和国である。 

「ウファ」(Ufa) は、バシコルトスタン共和国の首都で、人口約112万人の都市である。


 
■「バシネフチ社」(Bashneft)は、バシコルトスタン共和国に本拠地を置くロシアの国営石油会社である。バシコルトスタン共和国、タタルスタン共和国、ロシア連邦沿ヴォルガ連邦管区オレンブルク州などにある160箇所以上の油田・ガス田で生産を行っている。20093月、ロシアの新興財閥系企業システマがバシネフチ株を25億ドルで取得し、支配株主となっている。

 ウファ製油所は19万バレル/日の精製能力を有する。一方、ウファにはバシネフチ社のUfaneftekhim Refinery22万バレル/日)という製油所があるし、発災事業者をウファオルグシンテス製油所(Ufaorgsintez)と報じているメディアがある。このブログでは、発災事業所をウファ製油所としたが、それが正しいか疑問は残る。

■「メタン‐水素」ガスはメタンと水素の混合物と思われる。 このガスをハイタン(Hythane)と呼ばれることもあり、この場合、天然ガス(7090Vol%)と水素(1030Vol%)のガス混合物であり、主に自動車部門で使用される。しかし、発災のあった「メタン水素」の目的や構成割合は分からない。

■「発災タンク」は容量25㎥と容量20㎥のガス用タンクと報じられているが、プロセス装置の圧力容器と思われる。直径約2.5m×長さ4mの横型タンクが容量約20㎥であるので、この規模のタンクであろう。発災時の消火活動の写真(標題)に鏡板が外れたような横型タンクが見られるが、これが損壊したタンクではないだろうか。

所 感

■ 今回の事故は安全規制の違反によって引き起こされたとみられるので、原因は運転ミスの範ちゅうだと思われる。

■ 消火活動はガス火災であるので、防御的消火戦略がとられ、隣接設備の冷却作業が主体だった。火源であるガスの供給を止め、残存ガスを燃え尽きさせるという適切な対応がとられた。それでも封じ込めに7時間ほどかかっている。被災写真を見ると、まわりは積雪しており、消火活動は厳しい環境で行われた。


備 考

 本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com, Storage Tank Fire Reported at Russian Refinery,  January  25,  2021

     Tass.com, One individual dies in fire at Ufa plant,  January  26,  2021

     Tass.com, Fire at plant in Ufa contained,  January  26,  2021

     Tellerreport.com, One person died in a fire at a plant in Ufa,  January  26,  2021

     Reuters.com, Russia's Ufaorgsintez refinery catches fire, one dead,  January  26,  2021

     Redditvids.com, An Explosion At The Ufaorgsintez Plant In Ufa, Russia. Two Containers With Methane Hydrogen Are Burning Right Now,  January  26,  2021

     Worldnews.foredooming.com, Massive fire rages at an oil refinery in Russia’s Ufa,  January  26,  2021

     Hazardexonthenet.net, Refinery explosion kills one, injures another in Russia,  January  26,  2021

     Rbc.ru, На нефтехимическом заводе в Уфе произошел взрыв,  January  25,  2021

     Bashinform.ru, Пожар на заводе ПАО «Уфаоргсинтез» ликвидирован – МЧС,  January  26,  2021

     Ufa.aif.ru, «Недосмотрели?» Почему произошел пожар на нефтехимическом заводе в Уфе,  January  26,  2021


後 記: 今回の事故情報には悩まされる記事が多かったという印象です。別に意図的に隠そうというのではなく、発信源が曖昧な情報を出したのでしょう。まず、発災会社がバシネフチ社以外にロスネフチ社と報じているところがありました。どちらもロシアの石油会社です。「補足」に書きましたが、発災事業所もはっきりしませんでした。発災装置もガス分離装置としましたが、何を分離する装置かよくわかりません。タンク内のガスについてもメタン‐水素ということですが、原料のガスなのか製品のガスなのかわかりません。ひとつの用語を切り口にいろいろ検索して調べてみましたが、結局、詳細は分からずじまいです。コロナ禍の報道はなにか割り切れない内容のものが多いですね。ただ、今回の事故では、映像に関してよく公開されていると思います。