今回は、2021年7月27日(火)、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州レバークーゼンの工業団地にあるクレンタ廃棄物処理センターで、有害廃棄物焼却プラントの廃液タンクが爆発し、多くの死傷者を出した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州(North
Rhine-Westphalia region)レバークーゼン(Leverkusen)のケムパーク(Chempark)と呼ばれる工業団地にあるクレンタ廃棄物処理センターである。
■ 事故があったのは、工業団地の運営会社であるクレンタ社(Currenta)の有害廃棄物焼却プラントのタンク地区である。発災があったのは、容量50KLの廃液貯蔵タンクNo.3で、当時、タンク内には容量の28%の14KLの化学廃液が入っていた。
<事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2021年7月27日(火)午前9時30分頃、有害廃棄物焼却プラントのタンク地区で爆発が起こった後、火災になった。
■ 発災現場から最初に白い煙が噴き出したあと、黒煙の柱が空高く上がった。爆発音は遠く離れたところでも聞こえ、爆発時の揺れは40km離れた場所でも記録された。
■ 午前9時46分、ケムパーク内のプラント消防隊が現場に到着した。その後、レバークーゼン消防署が現場に駆け付けた。現場に駆けつけた消防士は、安全のため損傷した電力線が切断されるまで待ったのち、本格的な救助と消火活動を実施した。
■ 午前9時49分、レバークーゼン市による携帯電話アプリのサイレンと緊急警報が鳴らされた。
■ 午前10時頃、現地警察により高速道路を含む周辺道路が閉鎖された。当局は、地域住民に対し窓とドアを閉め、屋内にとどまるよう勧告した。煤やガレキが周辺地域に広がり、煤が健康に有害であるかどうかが判断されるまで、住民は自家製の果物や野菜を介して煤を摂取したり、衣服を着て家に持ち込んだりしないように警告された。
■ 発災の爆風と火災によって7人が死亡し、31人が負傷した。死傷者はいずれも現場で働いていた従業員だった。
■ タンク地区には、計9基の廃液タンクがあった。タンク内の化学廃液は、有害廃棄物焼却プラントで専門的な処分を行う廃棄物だった。発災は、化学廃液を入れたタンクNo.3が壊滅的に爆発し、その後、2回目の爆発が発生し、塩素系溶剤を含む隣接するタンク地区で火災が発生した。タンクNo.3に加えて、タンク地区にあった別の7基の廃液タンクが損壊した。また、有害廃棄物焼却プラント自体も損傷した。
■ 発災当時、タンクNo.3には、農薬の製造から生成されたホスホロジチオ酸,O,Oジメチルエステル(<50 %)、O,O-ジメチルチオフォッフォテ(<35 %)、テトラメチルチオジウ酸(<25 %)、テトラメチルチオペルオキシオキシリン酸(<15 %)の組成をもった硫黄化合物やリンなどを含む14KLの廃液が入っていた。他のタンクには、濃度の異なるハロゲン、アルコール、硫黄を含む製造プラントからの廃液だった。
■ No.1~No.9の各タンクの容量、組成、割合は表のとおりである。
被 害
■ 有害廃棄物焼却プラントの廃液タンク8基が損壊し、このほか廃棄物焼却設備、配管、トラックが被災した。
■ 有害廃棄物焼却プラントの従業員7人が死亡し、31人が負傷した。
■ 周辺住民に窓とドアを閉め、屋内に留まるよう勧告が出された。
< 事故の原因 >
■ 8月31日(火)、当局の中間報告が出され、有害廃棄物焼却プラントにおける爆発は廃液タンクの化学反応による暴走とみられる。
■ 中間報告はケルン地方政府によって発表された。報告書では、有害廃棄物焼却プラントのタンクNo.3内の廃液が高い温度で保持されたため、化学反応と自己発熱が発生して温度と圧力が急激に上昇し、タンクの安全装置で処理できなかったという。タンクには、塩素系溶剤が入っていた。圧力がタンクの設計圧力を超え、爆発した。この最初の爆発により、以前にタンクの周りに汲み上げられていた廃液と加熱用油が空気と混合し、引火して2回目の爆発を引き起こし、タンク地区の火災につながった。
< 対 応 >
■ 約360人の消防士が出動して対応し、消火に当たった。ケムパーク内の消火用水の供給能力は35,000 L/minで、消防車両は25台だった。市によると、溶剤の貯蔵タンクが燃えていたが、炎は4時間後に消火されたと述べた。
■ 屋内への退避の勧告は発災から数時間後に解除された。
■ ノルトライン・ヴェストファーレン州環境局は、初期の調査では、レバークーゼンの化学施設での爆発後、地元住民が毒素にさらされるリスクはないとみられると発表した。しかし、地元の住民は、自分たちの庭で出来た果物や野菜を食べないように警告された。
■ クレンタ社は、道路掃除機を使った街路清掃キャンペーンに着手し、子供の遊び場の汚染された砂を交換し、住民が被害と清掃の必要性を連絡するためのオンラインのクレーム対応を立ち上げた。その後、ノルトライン・ヴェストファーレン州環境局の発表と同様、クレンタ社独自のサンプリングによって、煤には有害なレベルの危険物質が含まれていないことが示された。
■ クレンタ社は同社のウェブサイトに事故に関する爆発状況、現在の対応、今後の取り組みについての情報を掲載し始めた。その中で、クレンタ社のCEO(最高経営責任者)は、「レバークーゼンにある私たちの廃棄物処理センターでの事故は私たち全員を深く揺さぶりました。ここで起こったことはひどい状況です。人の命が失われ、ほかに負傷した人がいます。事故を徹底的に調査するのが私たちの仕事です。私たちは当局を全力で支援します。また、社内調査を開始し、プロセスを見直し、調査結果を当局に公開し、再発しないよう対策を講じていきます」と述べている。(クレンタ社のウェブサイトによる事故状況の報告は、 https://www.currenta-info-buerrig.de/ を参照)
■ 8月31日(火)、当局は、爆発の原因について決定的な結論を出す前に、さらなる専門家の分析を待つと述べた。
■ 検察庁とケルン警察は「爆発と過失致死罪につながる過失の疑い」の捜査を開始した。
■ クレンタ社のオンラインのクレームは、7月27日(火)が583件で、最初の4日間は280件を超す対応件数だったが、徐々に減少し、9月6日(月)は3件となり、通常の電話対応に戻された。クレーム対応件数の経緯はつぎのとおりである。これまで1212件のクレームは建物に関するもの849件(70%)、車両に関するもの238件(20%)などだったウェブサイトで報告している。
■ クレンタ社は、空気質などの環境モニタリングの結果をウェブサイトで報告している。健康リスクの増加を示す結果は出ていないとしている。クレンタ社のウェブサイトには、同社の環境モニタリングの結果のほか、 サードパーティの測定としてノルトライン・ヴェストファーレン州の測定結果や環境保護団体グリーンピースの測定結果を載せている。
■ クレンタ社のウェブサイトには、爆発後の現場の状況(空撮)が掲載されている。 8月4日と9月9日の状況はつぎのとおりで、日ごとに整理されている。
補 足
■「ドイツ」(独;Deutschland、英;Germany)は、正式にはドイツ連邦共和国で、中央ヨーロッパ西部に位置する人口約8,300万人の連邦共和制国家である。
「ノルトライン・ヴェストファーレン州」(独;Nordrhein-Westfalen、英;NorthRhine-Westphalia)は、ドイツ西方に位置し、人口約1,800万人の州である。州別で見ると人口はドイツ国内第1位で、欧州を代表する工業地帯であるルール地方があり、ドイツ経済を牽引してきた。
「レバークーゼン」(Leverkusen)は、ノルトライン・ヴェストファーレン州の南西に位置し、人口約16万人の市である。
■「クレンタ社」(Currenta)は、1891年に設立され、レバークーゼン、ドルマーゲン、クレーフェルト-ウアーディンゲンに拠点をもつ工業団地;ケムパーク(Chempark)の運営を担っており、用役供給、廃棄物処理、インフラ、安全・セキュリティ、分析、トレーニングの分野で計70社の企業にサービスを提供している。ケムパークのインフラをサポートするために必要なサービスには、送電網、パイプライン・ネットワーク、道路、鉄道、下水道、ドック、給水システムを含む。「クレンタ廃棄物処理センター」(Currenta’s Waste Disposal Centre)は、有害廃棄物焼却プラントのほか共同下水処理プラントや埋め立て処分地などを有し、ケムパークのすべての企業からの化学廃棄物をリサイクルや処理している。
■「有害廃棄物焼却プラント」は、高温焼却とプラント下流の煙道ガス洗浄により、すべての有機物質を除去する。無機汚染物質、特に重金属はガラス化され、スラグに結合され、埋立地に安全に処分される。廃棄物のエネルギーを利用してプロセス蒸気を製造し、環境にやさしい汚染物質の削減と除去を行う焼却プラントだとしている。
所 感
■ 事故の原因は、廃液タンクの化学反応による暴走だとみられる。最初の爆発直後を撮影した画像を見ると、最初に白煙が上がったのち、黒煙に変わっていることを見ても、通常の油の爆発ではなく、化学反応による暴走を裏付けていると思われる。廃液の中で暴走反応に寄与した組成がなにか明確ではないが、反応抑制剤がわかっていれば、なぜ使用されなかったのかという疑問がある。もしそうでなければ、この廃液について暴走反応を抑制する運転管理の方法はなかなか厄介だと感じる。
■「有害廃棄物焼却プラントのタンクNo.3内の廃液が高い温度で保持されたため、化学反応と自己発熱が発生して温度と圧力が急激に上昇し、タンクの安全装置で処理できなかった」ということから見れば、タンク内の温度が高くなってきた時点で、プラント従業員がタンク近くに観察に行ったために、多くの死傷者(7人死亡、31人負傷)を出したように思う。本事例は、2012年9月に起こったアクリル酸混じりの廃液タンクが重合反応で爆発し、多くの死傷者(消防士1人死亡、36人負傷)を出した「日本触媒でアクリル酸タンクが爆発・火災、死傷者37人」を想起させる。
■ 事故が起こった後の事業者(クレンタ社)の非常事態対応は良いと感じる。ドイツの事例を取り上げるのは初めてであるが、「道路掃除機を使った街路清掃キャンペーン」や「オンラインのクレーム対応」などの迅速な対策の実行、「ウェブサイトによる事故状況報告」や「CEO(最高経営責任者)の動画による声明発表」など情報公開のオープン化はこれまでほかの国で見たことがない。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Tankstoragemag.com, Chempark
blast likely caused by chemical reaction, September 02, 2021
・Afpbb.com, ドイツ工業団地で爆発 2人死亡、5人不明, July
28, 2021
・Jp.sputniknews.com, ドイツ 大規模化学工場で爆発【動画】, July 27, 2021
・Emergency-live.com, ドイツ、レバークーゼンの化学工場が爆発:2人の従業員が死亡、5人が行方不明, July
27, 2021
・Reuters.com, Blast in German industrial park kills two, several
missing, July 27, 2021
・Wsws.org, Fatal explosion at Chempark Leverkusen in Germany, July
29, 2021
・Thelocal.de, ‘Dark day for Leverkusen’: Two dead and five missing
after blast at German chemical park,
July 27, 2021
・Dw.com, Germany: No toxic fallout from Leverkusen chemical
blast, July 30, 2021
・Euronews.com, Chempark factory explosion in Germany likely caused by
chemical reaction, august 31, 2021
・Euronews.com, Germany explosion: Death toll rises to five after
blast at chemical complex in Leverkusen,
July 29, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Tanklager im Entsorgungszentrum Bürrig
explodiert – Presseinformation,
July 27, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Explosion fordert weiteres
Todesopfer, July 27, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Einsatz nach Explosion im
Entsorgungszentrum Bürrig dauert an,
July 28, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Geruchsbelästigung für Anwohner*innen möglich, July
29, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Offizielle Analyse-Ergebnisse liegen
vor, July 30, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Offizielle Analyse findet keine
Schadstoffe: Stadt Leverkusen hebt Vorsichtsmaßnahmen auf, August
05, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Currenta veröffentlicht Informationen zu
Tankinhalten, August 11, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Nach Brand in Entsorgungszentrum Bürrig:
Letzte noch vermisste Person tot geborgen,
August 13, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Currenta veröffentlicht
Analyseergebnisse, August 26, 2021
・Currenta-info-buerrig.de, Explosion im Currenta-Entsorgungszentrum:
Erstes Zwischengutachten enthält Hinweise zur Ursache, August
30, 2021
後 記: 新型コロナウィルスのパンデミックでメディアや発災事業所の情報公開活動が衰えている中で、久しぶりに以前のような活発な動きのある事例でした。ドイツの事例は初めてでしたが、事例から国情が垣間見えることがあります。日本の廃棄物処理設備や廃棄物焼却プラントとは違い、ドイツの有害廃棄物焼却プラントはかなり高度の化学技術をもっているようです。しかし、その高度さが未知の事象を招いたのかも知れません。一方、情報公開のオープン化は日本も見習うべきものがあります。事業者(クレンタ社)の事故に関するウェブサイトの作り方は参考になると思います。独語で書かれており難儀しますが、目でみる構成などは他国に無いものです。また、事故からわずか1か月で中間報告(正確には初期報告)が出されるなど、公共機関の行動も早いですね。
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