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2020年7月9日木曜日

米国ニュージャージー州でアスファルト処理工場のタンクが爆発

 今回は、2020年6月30日(火)、米国のニュージャージー州カムデン郡グロスターシティのブルーナイト・エナジー・パートナーズ社のアスファルト処理工場で、アスファルト・タンクが爆発・火災を起こした事故を紹介します。
 < 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、米国のニュージャージー州(New Jersey)カムデン郡(Camden)グロスターシティ(Gloucester City)のブルーナイト・エナジー・パートナーズ社(Blue Knight Energy Partners)のアスファルト処理工場である。 

■ 発災があったのは、ウォーター通りにあるアスファルト処理工場のアスファルト・タンクである。 アスファルト処理工場では、アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)が製造されている。  
 < 事故の状況および影響 > 
事故の発生 
■ 2020年6月30日(火)午前12時50分頃、アスファルト・タンクが、突然、爆発を起こした。 

■ 近くの住民は、大きな音と家が揺れたので、目をさました。住民のひとりは、 「ちょうどベッドにはいって寝ようとしたところ、大きなボーンという音が聞こえました。一瞬、花火かと思いましたが、それにしてはあまりにも大きな音でした」と語った。 

■ 爆発によってタンク上部の保温外装板が引き裂いたようにはがれ、火災となった。 
■ 発災に伴い、グロスターシティ消防署の消防隊が現場に出動した。アスファルトは燃焼性の危険物質なので、カムデン郡のハズマット(Hazmat)隊も現場に駆け付けた。 

■ 一方、消防隊は消火水の供給に課題点があった。この地域はデラウェア川に囲まれており、給水が制限されており、消火栓のアクセスも限られていた。 アスファルトは非常に燃焼性があり、まわりには満杯のタンクが火災に曝されており、また、近くには木造住宅がたくさんあったので、消防署はすぐに避難勧告を出すことにした。
 

■ 当局は、安全が確認されるまで、予防措置として住民を避難させた。3~4ブロックを半径とする地域に住むおよそ30世帯が避難した。約4時間後に住民は帰宅できた。


■ 事故に伴う負傷者はいなかった。


■ ブルーナイト・エナジー・パートナーズ社は、事故後、ただちに運転を停止し、製品の出荷を取りやめた。 


■ 消防隊は消火泡を使用した。アスファルト・タンクの火災は約3時間ほど続いたあと、制圧され、7月1日(水)午前8時に消火が確認された。

■ ブルーナイト・エナジー・パートナーズ社は、タンクの1基でベーパーに引火し、タンク構造物の上部付近で爆発を引き起こしたとしている。事故は従業員がタンクに液を移送していたとき、ベーパーに引火した可能性があるという。


被 害 
■ アスファルト用タンクが爆発・火災で損壊した。屋根部が側板から外れ、タンク内に落ちるように損傷している。 

■ 事故に伴う負傷者の発生はない。 

■ 近くの住民約30世帯が避難した。
 < 事故の原因 > 
■ 事故の原因は調査中である。 

■ ブルーナイト・エナジー・パートナーズ社は、タンクの1基でベーパーに引火し、タンク構造物の上部付近で爆発を引き起こしたとしている。事故は従業員がタンクに液を移送していたとき、ベーパーに引火した可能性があるという。

 < 対 応 > 
■ 現場には、消防や警察のほか、ニュージャージー州環境保護局、連邦環境保護庁、米国沿岸警備隊が立入りを行った。 

■ 爆発によって有害な煙が空気中に放出され、大気を汚染した。これは人間の肺に影響を与え、目や皮膚を刺激し、頭痛やめまいにつながる恐れがある。特に、こどもや呼吸器疾患を持つ人には憂慮すべき問題で留意が必要である。 
補 足 
■「ニュージャージー州」(New Jersey)は、米国の北東部に位置する州で、人口約1,280万人である。   
「カムデン郡」(Camden)は、ニュージャージー州の南西部に位置し、人口約51万人の州である。  
「グロスターシティ」(Gloucester City)は、カムデン郡の西部に位置し、デラウェア川をはさんでペンシルベニア州に接する人口約11,000人の市である。 

■「ブルーナイト・エナジー・パートナーズ社」(Blue Knight Energy Partners)は、オクラホマ州タルサを本拠地として2007年に設立したエネルギー会社で、特に液体アスファルトと原油を中心として物流部門の事業を展開している。は 1,570万バレル(250万KL)の貯蔵タンク、約646マイル(1,033km)のパイプライン、約60台の原油用タンクローリー、26州にある53箇所の液体アスファルト・ターミナルを保有している。 

■「アスファルト・エマルジョン」(アスファルト乳剤)とは、加熱しなくても常温で取扱えるように工夫したものをいい、アスファルトと水に乳化剤を混ぜてアスファルト微粒子を水中に分散(乳化)させ、含まれている水分が蒸発することでアスファルトとしての粘度性能を発揮させる。アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)は、主として舗装の表面処理、安定処理、タックコートなどに使用され、他にも緑化、水利、防水、鉄道の軌道材料などとして用いられている。  
 アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)の製造方法の例は図のとおりである。 
 乳化剤によって、水中にあるアスファルト粒子の表面の電荷が異なり、電荷の違いによりカチオン系(正電荷)、アニオン系(負電荷)、ノニオン系(帯電なし)に分けられる。カチオン系は、接着性に優れることから道路舗装によく用いられており、日本で道路用に使用されているアスファルト乳剤のほとんどがカチオン系で、アニオン系乳剤が使われることは少ない。ノニオン系は、セメント・アスファルト乳剤安定処理混合用として、既設アスファルト舗装を修繕する際、その場で舗装を粉砕して既設の路盤材とともに混合し、路盤を再構築する路上再生工法に使用される。  
 乳化剤は以下のものが使われる。  
 ● カチオン系:牛脂やヤシ油の脂肪酸誘導体のアミンの塩酸または酢酸塩(pH2~5)
 ● アニオン系:高級アルコール硫酸塩(pH12~13) 
 ● ノニオン系:アルキル基(ノニルフェニルなど)にエチレンオキサイドを付加したもの(中性付近) 

■「発災タンク」は、アスファルト・タンクというだけで、容量や大きさなどの仕様は報じられていない。グーグルマップで調べると、発災タンクは直径約19mである。高さを12mと仮定すれば、容量は3,400KLとなる。従って、容量3,000KL級のコーンルーフ式タンクだとみられる。
 
 通常、コーンルーフ式タンクは爆発など内圧が上昇したときには、屋根と側板の溶接線が意図的に弱くした放爆構造で製作されており、屋根板が外れるようになっている。今回の事故でも、屋根板が側板から外れ、一部がタンク内に落下したと思われる。しかし、タンクの保温外装板は引きちぎられたようにギザギザになって破断している。これがタンク側板が引きちぎられたように見える。一般に全面火災時は熱によってタンク側板が内側に座屈するが、今回はタンク保温外装板が火災の熱によって内側に座屈したとみられる。  
 一方、発災タンクだけでなく、隣接しているタンクをみると、大気開放のタンクベントがついていないように見える。住宅地が近いので、不活性ガスの封入あるいは除害装置への連絡管が設置されているのではないだろうか。(爆発しているので、不活性ガス封入ではないと思われる)  
 なお、発災タンクは、アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)を製造する前のアスファルトのタンクなのか、アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)を製造したあとの貯蔵タンクなのかは分からない。5基あるタンク群の中では、小型であり、アスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)の製造過程にあるタンクではないだろうか。 

所 感 
■ 今回の事故は、これまで意外に多いアスファルト・タンクの爆発事例である。爆発例で多いのは、アスファルト内に軽質分が混入して気相で爆発混合気を形成する事故である。しかし、今回はアスファルト処理工場でアスファルト・エマルジョン(アスファルト乳剤)を製造する工程であり、従来の例とは異なるように思う。どのような乳化剤が使用されていたか分からないが、普通で考えれば、爆発混合気を形成するような軽質分が混入することはない。屋根が噴き飛んではおらず、屋根の落下状況を見ると、爆発力は大きくないと思う。しかし、事故が現実に起こっており、乳化剤などの添加剤が関わった運転上の要因に関係しているのではないだろうか。 

■ 消火活動状況は詳しく報じられていないが、消防活動は適切だったように感じる。グロスターシティ消防署だけの対応でなく、アスファルトの燃焼性を考慮してカムデン郡のハズマット隊(Hazmat)を支援に要請している。また、消火活動の準備に並行して、すぐに近隣住民への避難を判断している。消火栓に課題があったといわれているが、解決して大きな問題とせず、消火活動を行っている。このあたりは、事前に仮想訓練をやっていたように感じる。もちろん、その場の状況に応じた即断力も必要だが、訓練(机上あるいは実践)で即断力を養うことは必要だと思う。  
 発災タンクは3,000KL級と比較的小型であったが、タンク屋根が油面上にかぶさり、障害物ありタンク火災の対応となった。はしご車が出動し、上から泡消火剤を放射すれば、消火は困難ではなかったのではないだろうか。

 備 考  
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。   
 ・6abc.com, Asphalt tank erupts into flames in Gloucester City, N.J., forces evacuations, July 01, 2020 
 ・Fox29.com, Hazmat, fire crews respond to asphalt tank explosion in Gloucester City, July 01, 2020 
 ・Nbcphiladelphia.com, Blast Rips Top Off Tank at NJ Asphalt Plant; Neighbors Forced From Homes, June 30, 2020 
 ・Gloucestercitynews.net, Toxic Fumes from The Asphalt Tank Explosion Spread Throughout Gloucester City, June 30, 2020 
 ・Courierpostonline.com, Asphalt storage facility explosion rocks, evacuates Gloucester City neighborhood, July 01, 2020 
 ・Phillyvoice.com, Tank explosion at Camden County industrial plant results in residents being evacuated, June 30, 2020 
 ・Apnews.com, Evacuated residents return after fire in asphalt tank, June 30, 2020 
 ・Nj.com, Asphalt tank explodes in N.J. neighborhood, sending terrified families fleeing from homes, June 30, 2020 


後 記: アスファルトタンクの爆発・火災ということで、これまでも起こったことのある類似事例かと思っていましたが、今回は本格的なアスファルト処理工場における事例でした。アスファルト処理工場のプロセスを調べてみましたが、爆発混合気の形成過程の類推もできず、よくわかりません。ブルーナイト・エナジー・パートナーズ社は、「タンクの1基でベーパーに引火し、タンク構造物の上部付近で爆発を引き起こした。事故は従業員がタンクに液を移送していたとき、ベーパーに引火した可能性がある」と話しており、うすうす原因についてわかっているようにも感じます。

2020年7月3日金曜日

インドで化学工場のスチレンタンクからガス漏洩、死者12名

 今回は、 202057日(木)、インドのアーンドラ・プラデーシュ州ビシャーカパトナムにあるLGポリマーズ・インディア社のスチレン用貯蔵タンクからスチレンガスが漏洩して、構外へ流出し、12名の死亡者を出したほか、多数の呼吸困難や目の痛みなどの被害者を出した事故を紹介します。

< 施設の概要 >

■ 事故があったのは、インド(India)アーンドラ・プラデーシュ州(Andhra Pradesh ビシャーカパトナム(Visakhapatnam)にあるLGポリマーズ・インディア社(LG Polymers India)の化学工場である。同社は韓国の化学会社LG化学のインド法人である。


■ 発災があったのは、化学工場の容量2,400トンのスチレン用タンクである。化学工場はビシャーカパトナムの郊外にあったが、村など住民の密集した地域に近かった。

アーンドラ・プラデーシュ州ビシャーカパトナムのLGポリマーズ・インディア社の位置

(写真はBBC.com から引用)

ビシャーカパトナムのLGポリマーズ・インディア社付近(矢印が発災タンク)

(写真はGoogleMapから引用)

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 202057日(木)午前3時頃、化学工場にあるタンクからガスが漏洩した。


■ 地元住民から、大気中にガスが漂っているという通報があった。漏れたガスは、工場から半径約3kmの範囲に広がったとみられている。漏れたのはスチレンを含んだ有害なガスだった。影響を受けた地域の住民は、呼吸困難・めまい・嘔吐といった症状があったり、ひどい場合は意識を失ったりした。

(写真はNewsmeter.in から引用)

■ 当局は周辺住民に避難指示を出した。化学工場は、3,0004,000人が暮らす村の近くに位置し、事故直後には、工場の近隣地域から約3,000人が避難した。


■ ガス漏れを受け、近隣住民たちはパニック状態で自宅から飛び出した。ソーシャルメディアでは、失神したり意識を失ったりした人々が路上に寝そべる痛ましい場面の画像が拡散した。工場から300mほど離れた場所の住民のひとりは、「目がかゆくて、気だるくなった。目まいがして少し息がしにくくなった」と話している。


■ ガス漏れの発災に伴い、12人が死亡した。約246人が入院しており、約1,000人が呼吸困難や目が焼け付くような痛みなどを訴えた。

(写真は、左;News18.com右;Thehindu.comから引用)

■ 工場内に容量2,400トンのタンク2基と容量3,000トンのタンク1基が並んでいたが、そのうちの1基からガスが漏洩した。タンク内には、1,800トンのスチレンが入っていた。LGポリマーズ・インディア社によると、工場はロックダウン(都市封鎖)を受けて操業を停止していたが、保守点検作業員は常駐しており、夜間シフトの作業員がガス漏れを発見して報告していたという。

(写真はWorld.kbs.co.krから引用)

■ LGポリマーズ・インディア社は、工場内のタンクに保管されているスチレンモノマー(SM)からガスが漏れたとしており、事故要因について「タンクから油のベーパーが漏れて発生したものと推定される」としている。漏れたガスの量は3トンと報じられている。

■ インドでは、新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖令)が3月下旬から実施され、LGポリマーズ・インディア社の工場は3月24日(火)から閉鎖されていた。このとき、工場は無人となっていたと報じられていたが、工場内には一部の従業員はいた。ガス漏れの発生時は、工場を再開するところだった。


■ 翌5月8日(金)未明、再びガスが漏れ、工場の半径5km内にいる住民が避難すると報じられた。しかし、

LGポリマーズ・インディア社は、「ガスの2次流出は事実ではない」とし、「タンク内の温度上昇の憂慮で、万一の事態に備え、警察に住民避難を要請した内容」だっだった説明した。 それとともに、「現在、タンク内に水の投入など必要な措置を進めている」と付け加えた。

被 害

■ 容量2,400トンで、内液1,800トンのスチレン貯蔵タンクからスチレンガスが漏洩し、構外の住民地区に漏れ出し、子供ふたりを含む12名が死亡した。約100人が入院し、約1,000人が呼吸困難やめまいなどを訴えた。死亡原因は、工場から漏出した毒性のスチレンガスの蒸気の吸入だった。

 また、少なくとも32頭の牛、水牛、犬などの家畜が死んだ。


■ 発災場所の近隣住民に避難指示が出され、約3,000人が避難した。 

(写真はBiographydaily.comから引用)

< 事故の原因 >

■ 事故の要因は、スチレン貯蔵タンク内で重合によってスチレンの温度が上がり、毒性のスチレンガスが発生し、タンク外へ漏洩したためである。 漏洩に至った原因は調査中である。


■ 原因は特定されていないが、本来、2022℃以下で貯蔵されるスチレンの温度が上がり、重合によってガスが発生したとみられ、つぎのような要因が考えられる。

 ● 新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖令)のため、タンクは3月下旬から約40日そのままの状態で貯蔵されていた。同工場は停止のための適切な措置を行わず、放置していた可能性がある。

 ● 封鎖令の緩和を受け、再稼働の手順を進められていたが、タンク冷却器の故障で、タンクの冷却がされなかったことにより重合反応が起きて、温度が上昇し、スチレンガスが発生した。

 ● 重合禁止剤の4-tert-ブチルカテコール(PTBC)を当時、保有していなかったとみられる。

 ● タンク内の温度を下げるのに役立つタンク側板に設置されているウォータ・スプリンクラー(水噴霧設備)が使用されなかったとみられる。


< 対 応 >

■ 5月7日(木)夕方、インド首相は、緊急の災害対策会議を招集した。


■ 5月8日(金)、 LGポリマーズ・インディア社は、「現在、被害状況を把握していると同時に、住民や役員・社員の保護のため必要な措置を取っている。工場のガス漏れは、現在、止まっている状態で、すでに漏れたガスを吸い込んで嘔吐・めまいなどの症状がある被害者には治療が迅速に行われるよう、あらゆる措置を講じている」と語った。


■ 5月8日(金)、南部のグジャラート州バピで製造された重合禁止剤;4-tert-ブチルカテコール(Para-tertiary butyl catechol:PTBC)500kgが空輸されて、現地でスチレンガス漏れの影響を中性化し、拡散しないように図られた。

            重合禁止剤の空輸 (写真はtimesofindia.indiatimes.comから引用)

■ 5月9日(土)、環境裁判所は、発生したガス漏れ事故の人命被害などに対する損害賠償に備えて資金を供託するよう命令した。また、事故原因を明らかにするため、5人で構成された真相調査委員会を作ると発表した。


■ 地元州政府は、5月11日(月)、LGポリマーズ・インディア社に事故の原因物質であるスチレン13,000トンを韓国にすべて移すよう指示した。すでに8,000トンと5,000トンが韓国行きの船舶2隻に積まれた。 LGポリマーズ・インディア社は、「指示により、工場などに保管していたすべてのスチレンを韓国に移している」と明らかにした。


■ 漏れは無くなったが、臭いは残っている。工場近くの木々は変色しており、周辺の農場のバナナは黒くなり、石のような感じになっている。当局は、テストのために水、土壌、野菜のサンプルを採取しており、結果待ちだという。市長は、「生鮮食品を食べたり、地下水を使用したりしないように住民に助言した。代わりにタンカーを手配した」と語った。


■ スチレンは容易に蒸発するため、20~22℃の温度でタンクに保管され、通常は冷却されている。また、温度は定期的に監視する必要がある。LGポリマーズ・インディア社化学工場の従業員は約360名だったが、タンク温度を監視する3つの直勤務の1直だけがロックダウン中にも配置されていた。この保守と安全を担当する15名の従業員は仕事に就くための許可が発行されていた。


■ インドでは新型コロナウイリスの流行により3月下旬から約40日にわたり全土都市封鎖が続いており、同工場は稼働停止中であった。タンク内には1,800トンのスチレンがそのままの状態で保管されていた。

都市封鎖措置の緩和を受け、再稼働の手順を進めていたところ、ガス漏れが発生した。スチレンを貯蔵するタンクの冷却器の故障が原因である可能性がある。冷却システムの不具合により、貯蔵タンクの温度が安全なレベルを超えたと考えられている。午前2時30分~3時の間に不具合を直そうとしていたが、この時間帯からガスが漏れ、近隣の地区に流出したとみられている。


■ 一方、 LGポリマーズ・インディア社は、停止のための適切な措置をせずに放置しており、重合禁止剤の4-tert-ブチルカテコール(PTBC)が適切に使用されなかったことや、タンクの冷却がされなかったことなどにより重合反応が起きて、スチレンガスが発生したのではないかという見方もある。また、同社では、5月7日(木)でなく、5月4日(月)からの一部地域における封鎖や規制の緩和を受け、再稼働に向けた準備をしていたのではないかとみられている。


■ 5月7日(木)に気温が大幅に上昇し、致命的な漏洩を引き起こした可能性があるという。


■ 当局は、「ロックダウン中のメンテナンスの面で過失があるようだ」と述べ、「緊急用サイレンも消えていた」と付け加えた。地元住民は、漏洩の朝、サイレンは聞こえなかったと話している。元従業員は、「サイレンは長期間使用されなかったため、機能しなかった」と語っている。


■ BBC(英国放送協会)の取材では、過去の検査レポートを読むと、工場のメンテナンスが不十分だったことがはっきりした。2016年8月付けのレポートによると、6基のスチレンタンクのうち1基のタンクの保護用セメント・クラッド(ライニング)が損傷しており、すぐに交換する必要があると指摘されていた。2019年12月のレポートでは、タンク1基でウォータ・スプリンクラー(水噴霧設備)の配管が腐食していた。このウォータ・スプリンクラーはタンク内の温度を下げるのに役立つものである。また、レポートでは、スチレン・タンクのまわりに防液堤を設置するよう推奨していた。しかし、 LGポリマーズ・インディア社や当局は、この問題点がどのように扱われたかの質問に答えなかった。


■ 専門家がBBC (英国放送協会)に語ったところによると、このスチレンを貯蔵するタンクは古いタイプだと指摘した。今の新しいタンクにはセンサーとモニターシステムが設置されているが、古いタンクにはこれらの先端技術がないという。ただし、不幸中の幸いなことには、タンクベント(安全弁)がうまく機能していた。そうでなければ、事故の規模は壊滅的だっただろう。


■ 漏洩事故後、 LGポリマーズ・インディア社は、2017年以降、必要な環境認可なしで操業していたことが明らかになった。同社は必要な認可なしに操業していたことを認めたが、州の公害防止委員会からの同意を得ていたと述べている。

(写真は、左;Outlookindia.com右;Timesofindia.indiatimes.comから引用)

補 足

■「インド」(India)は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸の大半を領してインド洋に面する人口約13億3,400万人の連邦共和制国家である。首都はニューデリー、最大都市はムンバイである。

「アーンドラ・プラデーシュ州」(Andhra Pradesh)は、インド南東部に位置し、人口約4,900万人の州である。

「ビシャーカパトナム県」(Visakhapatnam)は、アーンドラ・プラデーシュ州の東部に位置し、人口約429万人の県である。


■「LGポリマーズ・インディア社」 (LG Polymers India)は、1997年に韓国のLG化学が現地企業を買収して設立した化学会社である。もとは、「Hindustan Polymers」と称して1961年に、インドでスチレンモノマー、ポリスチレンなどを製造する会社として操業していた。


■「スチレン」は、芳香族炭化水素で化学式はC8H8、特有の臭いがある無色透明な液体で、沸点145℃、引火点32℃、比重0.91で、合成樹脂や合成ゴムの原料などとして使われる。スチレンは蒸発しやすく、蒸気密度は3.6(空気1.0)である。スチレンを含んだ空気を吸った場合、頭痛や吐き気、めまいなどの変調が起こることがある。脈拍異常が起きたり、昏睡状態に陥ったりする場合もある。


■「発災タンク」の貯蔵能力は、2,000トン、2,400トン、5,000トンといろいろな値が報じられており、直径や高さなどの仕様は分かっていない。グーグルマップで工場内と調べると、タンクが3基並んでいるところがあり、発災写真を見比べると、真ん中のタンクが発災タンクである。このタンクの直径は約17mで、高さを13mと仮定すれば、容量は2,900KLクラスとなる。これらから、発災タンクの容量は2,400トン(2,600KL)の値を採用し、直径約17m×高さ約13mクラスのコーンルーフ・タンクだと推測した。タンク内の液量は1,800トンの値を採用した。

 「発災タンク」を近くから撮影した写真は1枚だけあった。事故後に消防などが立入りした際に撮られたものと思われるが、タンク側板まわりにはウォータ・スプリンクラー(水噴霧設備)の配管が見られる。発災時の写真でタンクから白煙(スチレンガス)が出ている際に、散水はされていない。

(写真はCdn.dnaindia.comから引用)

■ 産業保安ポータルサイト「さんぽのひろば」(産業技術総合研究所 安全科学研究部門 爆発利用・産業保安研究グループ)では、注目の化学災害ニュースとして今回の事故を取り上げ、現場の保安の観点で 「新型コロナでロックダウン、そのとき工場はどう動くべきか?」と題して、事故要因の論点と事故を防ぐための「チェックポイント」を提案している。主な点を以下に示す。

 論点1; 重合反応の抑制

【チェックポイント】
 今一度、重合反応をコントロールできるかどうか確認すること。温度管理、重合禁止剤の使用法に落とし穴がある。
 ● 取扱物質の温度上昇による重合危険性について理解し、教育周知しているか?

 ● 温度管理の重要性、温度上昇時の危険性、除熱方法を手順書に明記しているか?

 ● 重合発熱の危険性のある内容物に対して、常時監視する温度計を設置しているか?

 ● タンク内の温度は一様ではないかもしれない。タンク内の一部で温度が上昇していても、それを検出できないような温度計配置になっていないか?

 ● 重合反応を抑制するのに十分な除熱設備(冷却システム)を設置しているか?

 ● 重合禁止剤には、温度の適用範囲があることを理解しているか?

 ● 重合反応で発熱を起こす物質のタンク貯蔵に関して、物質特有の蒸気圧力(温度)と大気圧力との縁切り圧力(温度)や緊急降圧装置の作動圧力(温度)を把握した上で、緊急事態の対応計画を策定しているか?


 論点2; タンク内に大量の物質を残したままロックダウン

【チェックポイント】 

 突然、ロックダウン(都市封鎖)が発令され、プラント停止が要請された場合であっても、プロセス内に残された物質の管理機能を維持できるように準備を整えておくこと。

 ● 生産停止していても、異常事象は起きるかもしれないことを認識しているか?

 ● 教育し、適切な人員を配置しているか?

 ● 異常事象について監視するための機能(計装などのハードウェア)は付いているか?

 ● ロックダウン中は、現場に最小限の人員しかいないことが想定される。異常発生時に、外部に連絡して協力を要請する仕組みはできているか? 緊急時に確実に外部と連絡がとれるよう普段から訓練しているか?

 ● そもそも、タンク等に入っている危険性物質を取り除いてから、ロックダウンに入る方法を検討しているか?


 論点3; 周辺住民への緊急連絡

【チェックポイント】
 事故の発生と避難について、事業所内や周辺住民に速やかに周知するための仕組みを構築しておくこと。
 ● ガスが大気中に漏洩した場合、どのくらいの濃度のガスが、どのくらいの時間で、どのくらいの距離に到達するかシミュレーションしているか? その情報を事業所内で共有しているか?

 ● 事故が発生した場合、周辺住民に知らせるための手順を定めているか? 実際に周知を実行する担当者を(担当者不在の場合の対応も含めて)決めているか?

 ● 行政側(消防・警察など)と協議して作成した緊急対応計画を、緊急時に確実に実行できるよう普段から訓練しているか?

 ● 周知や避難を含む事故発発生時の対応について、普段から周辺住民や行政とコミュニケーションをとり、協力関係を構築しているか?


所 感

■ 今回の事故は、状況は異なるが、2019年5月に起こった「韓国のスチレンモノマー装置でタンクからオイルミスト噴出」の原因と類似している。韓国の事故では、「スチレンモノマー装置における異常な重合によってタンク内圧が上昇し、噴出した。この背景は、スチレンモノマー装置の重合の危険性に対する事業所の認識の甘さのため、タンクの温度・圧力管理が不適切だったとみられる」

 今回の事故では、「本来、20~22℃以下で貯蔵されるスチレンがタンク冷却器の故障で、冷却がされなかったことにより重合反応が起きて、温度が上昇し、スチレンガスが発生した」とみられる。この背景には、スチレンの重合の危険性に対する事業所の認識の甘さのため、タンクの温度・圧力管理が不適切だったといえ、事故の原因は運転管理ミスによると思われる。


■ この点、「補足」で紹介した「産業保安ポータルサイト“さんぽのひろば”(産業技術総合研究所)で列記されたつぎの3つの項目

 ● 「重合反応の抑制」

 ● 「タンク内に大量の物質を残したままロックダウン」

 ● 「周辺住民への緊急連絡」

の指摘は傾聴に値する。

 日本では、新型コロナウイリス対策においてロックダウン(都市封鎖)は発令されなかったが、自粛要請ではなく、緊急に都市封鎖令が発令されたとき、的確に対応できるだろうか。



備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    ・N-seikei.jp, LG化学 インド工場・休業中のスチレンタンクでガス漏れ 11人死亡 1千人呼吸困難に,   May  08,  2020

    ・World.kbs.co.kr, LG化学のインド工場でガス漏れ発生 11人死亡,   May  08,  2020

    ・Bbc.com,  インド工場でガス漏れ、13人死亡 無人状態で化学反応か,   May  08,  2020

    ・Asahi.com,  インド化学工場でガス漏れ、11人死亡 韓国系の施設,   May  07,  2020

    ・Yahoo.co.jp, 「ガス漏れ」のLG化学に5億ルピーの供託金を命令=インド環境裁判所,   May  09,  2020

    ・World.kbs.co.kr, LG化学のインド工場でガス漏れ発生 11人死亡,   May  08,  2020

    ・Donga.com,  インドのLG化学工場でのガス漏れで9人が死亡,   May  08,  2020

    ・Cnn.co.jp,  化学工場のガス漏れで11人死亡、数百人が入院 インド,   May  08,  2020

    ・Japan.ajunews.com, LG化学"インド工場の2次ガス漏れ、事実ではない…住民避難令は先制措置,   May  08,  202

    ・Excite.co.jp,  韓国LG化学工場ガス漏れ事故、インド当局「EUや米国で起きたときと同水準の補償求める」,   May  15,  2020

    ・Afpbb.com,  印工場でガス漏れ、11人死亡 1千人搬送 コロナでタンク放置か,   May  08,  2020

    ・Bbc.com,  LG Polymers: Was negligence behind India's deadly gas leak?,   May  24,  2020

    ・Wikipedia.org, Visakhapatnam gas leak,  June  27,  2020

    ・Timesofindia.indiatimes.com, Glitch in refrigeration unit led to Vizag gas leak: Official,  May 08,  2020

    ・Indianexpress.com, Thick air, pungent smell: How gas leakage tragedy unfolded at Visakhapatnam’s LG Polymers plant,  May 07,  2020

    ・Indiatoday.in, Visakhapatnam Gas Leak Updates: Day after tragedy, gas fumes begin leaking again,  May 08,  2020

    ・Thehindu.com, Visakhapatnam gas leak | Updates,  May 07,  2020



後 記: 今回の事故は、同じインドで起こった「インドの化学工場で硝酸用貯蔵タンクが爆発、死傷者87名」(2020年6月3日発生)より後に紹介することになってしまいました。化学プラントのプロセス事故とみなし、詳しく調べなかったのですが、硝酸用貯蔵タンクの爆発事故を調査していたら、ひと月前の今回の事故情報が混在して惑わされました。硝酸用貯蔵タンクの爆発事故をまとめて、改めてスチレンガス漏洩事故を調べ始めました。

 スチレンガス漏洩事故をひと通りまとめましたが、事故状況やタンクの大きさなどにつじつまが合わず、すっきりしません。情報がオープンなのは良いことなのですが、いろいろな人が必ずしも正確ではない情報をもとに話しているので、全体を通してみると、食い違いが出てきます。そこで、事故情報を調べ直しました。まだ、不明瞭なところは残っていますが、一応整合性はとれてきました。

2020年6月23日火曜日

インドの化学工場で硝酸用貯蔵タンクが爆発、死傷者87名

 今回は、 202063日(火)、 インドのクジャラート州バルーチ地区にあるヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場で起こったケミカルの硝酸用貯蔵タンクの爆発・火災事故を紹介します。

< 施設の概要 >

■ 事故があったのは、インド(India)グジャラート州(Gujarat)バルーチ地区(Bharuch)ダヘジ(Dahej)にあるヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)の化学工場である。


■ 発災があったのは、化学工場で使用するケミカルの硝酸用貯蔵タンクである。

      クジャラート州のヤシャシュビ・ラサヤン社付近 (写真はGoogleMapから引用)

           ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場  (写真はGoogleMapから引用)


< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2020年6月3日(水)の正午頃、化学工場のケミカル用貯蔵タンクで大きな爆発があり、引き続いて火災となった。


■ 爆風によって化学工場の設備が被災したほか、隣接したペトロネットLNG社の事務所の窓ガラスが破損した。爆発は非常に大きかったため、10km離れた村でも聞こえたという。黒煙はカンベイ湾の向こう側にあるバブルガルの村でも見えた。

(写真はThestatesman.comから引用)

■ 発災当時、現場には200名以上の労働者がおり、大半はウッタル・プラデーシュ州(Uttar Pradesh)とビハール州(Bihar)からの移住者だった。工場では合計450人の従業員が働いている。

■ 発災に伴い、消防士11名が6台の救急車で現場に急行した。その後、午後4時までにおよそ15の消防署が火災の消火に携わった。


■ 現場を確認したところ、貯蔵タンク近くで5名の遺体が見つかり、70名以上の負傷した作業員が近くの病院へ搬送された。うち33名は治療を受けて退院した。当局は、予防措置として近隣の2つの村の住民約4,800人を避難させた。


■ その後、死亡者は10名に増え、負傷者は77名となった。


■ 発災場所近くには、水素、二酸化硫黄、キシレン、メタノールを貯蔵するタンクがあり、危険にさらされた。


■ 当初、爆発したのはメタノールとキシレンのケミカルタンクだという情報が流れたこともあったが、発災したのは硝酸用貯蔵タンクだった。


■ 火災は、同日の午後5時30分頃、鎮圧された。


■ 今回の爆発は長期にわたって社会生活への影響が懸念される。ケミカルの燃焼物が雨とともにナルマダー川へ入り、生態系と環境に悪影響を与えることになる。


■ 爆発後の現場の状況がユーチューブの動画で流されている。

  (Youtube 「40workers injured, Masive blast at a chemical factory Gujarat」を参照)

(写真はThequint.comから引用)

被 害

■ 硝酸用の貯蔵タンク1基が爆発で損壊した。

内液の硝酸18トンと硫化ジメチル25トンが混合され、化学反応を生じて爆発し、焼失した。


■ 近くの設備や建物が爆風によって被災した。被災の範囲や程度は不詳である。


■ 事故に伴い、死傷者が87名出た。うち、死亡者が10名、負傷者が77名だった。


■ 発災場所の近隣住民約4,800人に避難勧告が出された。 


< 事故の原因 >

■ 原因はタンカーから貯蔵タンクへのケミカル移送時の運転ミスである。6月2日(火)、タンカーから貯蔵タンクへ荷下ろしする際、硫化ジメチルタンクへ硝酸を、硝酸タンクへ硫化ジメチルを入れ間違いした。

 作業員は間違いを上司へ報告した。しかし、それまでに18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。事業所は、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって、6月3日(水)正午頃、硝酸タンクが爆発してしまった。

(写真は、左; Cdn.24.co.za右;Thelallantop.comから引用)

< 対 応 >

■ グジャラート州政府の労働安全衛生局(DISH)は、事故が発生したヤシャシュビ・ラサヤン社に閉鎖通知を発行し、ダヒジにあるすべての工場の監査を命じた。


■ 6月11日(木)、警察は事故に関する一次情報報告書(First  Information  Report)を出した。それによると、ケミカル用貯蔵タンク内の爆発要因は、発災前日に、硫化ジメチル(DMS)と硝酸(HN03)をタンカーから貯蔵タンクへ移送する際、人為的なミスがあり、貯蔵タンク内で化学反応と爆発が一連で起こったという。


■  報告書では、 事故のあった前日の6月2日(火)午後12時30分頃 、硝酸を積んだタンカーと硫化ジメチルを積んだタンカー2隻が、それぞれ貯蔵タンクへ荷下ろしするため、ヤシャシュビ・ラサヤン社の桟橋に着いた。契約社員であるふたりの作業員は2隻のタンカーと貯蔵タンクへの配管にホースで接続したあと、移送が開始された。その後、ふたりは現場を離れた。

 約2時間後、ケミカルの荷下ろしが完了する少し前に、契約社員のひとりが2隻のタンカーの接続ホースの状況をチェックした。そのとき、硝酸タンクと硫化ジメチルタンクへの接続が逆になっていることに気がついた。契約社員のひとりは荷下ろし作業を止め、工場の上司に間違いをしたことを報告した。


■ その時までに、18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。しかし、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって硝酸タンクが爆発してしまった。


■ この爆発で10名の労働者が死亡したが、そのうち6名は即死で、4名は病院で死亡した。また、爆風によって近くにいた作業員の77名が負傷した。

(写真はYoutube.comから引用)

(写真はYoutube.comから引用)

(写真はYoutube.comから引用)

補 足

■「インド」(India)は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸の大半を領してインド洋に面し、人口約13億3,400万人の連邦共和制国家である。首都はニューデリー、最大都市はムンバイである。

「クジャラート州」(Gujarat)は、インドの西端に位置し、インダス渓谷文明の中心地域のひとつとして歴史があり、人口約6,000万人を超える州である。

「バルーチ地区」(Bharuch)は、グジャラート州の西部に位置し、人口約15万人の地区である。

「ダヘジ」(Dahej)は、クジャラート州バルーチ地区にある貨物専用の港町である。


 昨年、当ブログで取り上げたインドにおける事故は、つぎのとおりである。

  ● 2019年4月、「インドの化学プラントでタンクから無水酢酸が漏洩、被災者55名」

  ● 2019年12月、「インドのクジャラート州でメタノール・タンクが爆発、死亡者4名」

(図はAmeblo.jpから引用

■「ヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)は、化学会社パテル社(Patel)のグループ会社で、1990年に設立し、最初にベータナフトールを生産し始めた。現在は、パラニトロアニリン(PNA)、パラクロロアニリン(PCA)、パラクロロアニリン塩酸塩、2,5ジクロロアニリンなど多様なケミカルを生産している。2005年には、クリーンな技術を開発することを目的として接触水素化設備を稼働させている。


■「発災タンク」は、硝酸用の貯蔵タンクということだけで、タンク型式や形状は分からない。グーグルマップで化学工場内を調べたが、情報が十分でなく、特定に至らなかった。発災タンクには、硝酸液が18トン+硫化ジメチル液25トン=計43トン入っていたことになり、石油タンクのような大きいタンクではなさそうなので、容量50~100KL程度のタンク(または圧力容器)ではないかと思われる。

         ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場のタンク (写真はGoogleMapから引用)

■「硝酸」(HN03)は、無色透明の腐食性の強い有毒な液体で、比重1.50である。濃硝酸は強い酸性で,金・白金を除くほとんどの金属を酸化して溶かす。この強力な酸化力を利用してロケットの酸化剤や推進剤として用いられる。可燃物と混合すると発火・爆発の危険性のあるケミカルである。


■「硫化ジメチル」(DMS) は、化学式はC2H6Sで、無色透明のキャベツが腐ったような特徴的な臭いのある液体で、比重0.84である。強酸化剤と激しく反応し、火災や爆発の危険をもたらす。


所 感

■ 爆発の原因は運転ミスで、2つのケミカルの荷揚げに際して逆のタンクへ移送してしまったことが最初の失敗である。この単純な人為的ミスについて背景を考えてみる。

 ● 2隻のタンカーの着桟が重なってしまった。

 ● タンカーの滞船料を考えて急いで接続ホースをつないでしまった。

 ● 作業は契約社員であった。

 ● 接続を確認する仕組みが無かった。

 ● 常時、危険なケミカルを扱っていたので、混合した場合の危険性の認識が希薄になっていた。


■ 逆につないだことに気がついた後、作業員は上司に報告している。このあとの役職者と経営陣の判断と対応が間違っていたことが爆発に至った大きな要因である。

 失敗をなくすためには、①ルールを正しく守る、②危険予知を活発に行う、③報連相(報告・連絡・相談)によって情報を共有化する、の3つが必要である。今回のような場合、階層ごと(作業員、役職者、経営陣)に、それぞれのルール、危険予知、報連相について考えてみるのがよい。そうすると、どこに抜けがあり、弱点が潜んでいたのか浮き彫りになるだろう。


■ 爆発後の火災は約5時間30分続いている。被災写真では、消防車が遠くから消火(泡)水をかけている様子が見られるが、道路には爆風で近隣設備の破片が散乱しており、近寄ることができなかったと思われる。また、住民に避難勧告を出しており、どのようなケミカルが燃えているのか、あるいは危険性があるのかを把握できなかったと思われる。消火戦略には、「積極的戦略」、「防御的戦略」、「不介入戦略」の3つがあるが、今回の場合、初動の消火戦略としては「不介入戦略」で妥当だったと考える。また、おそらく、実質的に火災は燃え尽きてしまったのではないだろうか。



備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    ・Firedirect.net, India – Blast In Chemical Factory: 8 Killed, More than 50 Injured,   June  05,  2020

    ・Indianexpress.com, Two more die in Bharuch chemical factory blast, toll now 10,   June  05,  2020

    ・Timesofindia.indiatimes.com, T Gujarat: 5 dead, 57 injured as explosion rocks Dahej pestici,   June  03,  2020

    ・Timesofindia.indiatimes.com, Yashashvi Rasayan blast: FIR registered against seven company employees,   June  11,  2020

    ・Thelogicalindian.com, Gujarat: Eight Killed In Chemical Factory Blast, Several Injured,   June  05,  2020

    ・Newsclick.in, Gujarat:FIR Against 7 Officials of Dahei Chemical Company After 10 Works Die in Blast,   June  15,  2020

    ・Downtoearth.org.in, Dahej blast: Industrial accidents will stop only if factories observe rules,   June  10,  2020



 後 記: 今回の事故は、インドのケミカル(薬品)を取り扱っている化学工場で起こったもので、事故の原因は調査中ということで終わるだろうと思っていました。ところが、今回は警察による“一次情報報告書(First  Information  Report)”が作成され、発災からわずか8日目に公表されました。海外の国のなかには、通常、調査ステップが設定され、プレ、中間、最終案、最終報告書の順番で行うところがあります。今回の事故は多くの死傷者が出て、たくさんの住民が避難させられたという社会的影響が大きかった所為もあるでしょうが、一時情報報告書が公表されたものだと思います。警察の報告書ですので、当然ですが、個人名(法違反の容疑者)を出しています。しかし、個人名を出さないようにすれば、一時情報報告書の仕組みは世の中の失敗を教訓に変えるものだと感じます。