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2014年4月24日木曜日

韓国S-オイル社製油所で原油タンクのミキサー破損で油漏洩

 今回は、2014年4月4日、韓国ウルサンにある-オイル社オンサン製油所の原油タンクから油が漏洩した事故を紹介します。
韓国ウルサンのS-オイル社オンサン製油所で原油タンクから油漏洩 
 (写真はEnglish.YonhapNews.co.krから引用)
<事故の状況> 
■  2014年4月4日(金)午後3時30分頃、韓国ウルサン(Ulsan)にある製油所のタンクから油が漏洩する事故があった。事故があったのは、ソウルから南東へ約410km離れた港湾都市であるウルサンのS-オイル社(S-Oil Corp.)オンサン製油所で、容量570,000バレル(90,600KL)の原油タンクから油が漏洩した。

■ 油漏洩の原因はタンクの攪拌用ミキサーの破損と見られている。発災に伴い出動した消防隊は、火災の発生を防止するため、漏れた油の上に泡を放射した。

■ ウルサン広域消防局の当局者によると、発災から3日経った4月6日(日)も油の漏洩は続いているが、週末までには油の漏洩は止まる見通しだと語っていた。当初、漏れ量は20,000バレル(3,200KL)といっていたが、当局によると、6日(日)午前11時時点で、貯蔵タンクから漏れた原油量は138,000バレル(22,000KL)と推定されるが、製油所の構外には漏れていないという。また、海への原油流出の恐れはないと、当局は付け加えている。タンクまわりには高さ約3mのコンクリート製防油堤が設置されており、油の漏洩は堤内に限定されている。 

■ S-オイル社の声明によると、漏洩のあったタンクから近くの別なタンクへ油を移送しているといい、 6日(日)午後3時30分時点で、381,000バレル(60,600KL)の移送が終え、残りは51,000バレル(8,100KL)だという。原油の移送は午後9時頃に終了する見込みだといい、移送作業が完了次第、漏洩の真の原因追及に着手するとS-オイル社は語っている。なお、S-オイル社オンサン製油所は66.9万バレル/日の精製能力を有する韓国内で第3番目に大きな製油所であるが、操業に影響はないという。

記者会見するS-オイル社CEOの
ナセル・アルマハシル氏 
 (写真はKoreanTimes.co.kr から引用)
■ S-オイル社の最高経営責任者(CEO)ナセル・アルマハシル氏は、オンサン製油所の油漏洩について謝罪した。同氏は、漏洩に伴う人身災害はなく、油の封じ込めの状況にあり、油漏洩が構外や海へ流出しないように会社として最善の努力を尽くしていると語った。S-オイル社によると、念のためオイルフェンスを張り、油吸着材を準備しているという。また、S-オイル社は漏洩地区の土壌汚染への対応を必要とする。

■ S-オイル社はサウジアラビアと提携しており、サウジアラビアン・オイル社系列のアラムコ海外共同BVが最大の株主で、約35%の株式を保有している。漏洩のあった原油タンクはオンサン製油所にある15基のタンクのひとつで、同製油所はサウジアラビアから原油輸入して精製している。

■ S-オイル社およびウルサン広域消防局によると、貯蔵タンクからの漏れは6日(日)午後9時に止まったという。漏れ出た油は防油堤内に留まっているが、油回収を終えるには2~3日かかるという。

■ 今回の事故後の展開はウルサンの住民に安堵をもたらした。ウルサンの住民であるキム・チョンヨンさんは、「大ごとにならないようなので、ほっとしています。でも、大気中にはオイル中の有害物質がまだ残っているんでしょう」と語った。今回のような事故は、街の住民が工業地帯の汚染や事故に常にさらされる弱い立場だということを示していると、環境活動家としてのキムさんは語った。
 また、韓国環境運動連合のような地元の市民団体は、プラントで働く労働者や製油所近くに住む市民が安心できるように会社は安全基準を見直すべきだと述べている。

■ S-オイル社は、タンクのミキサーがなぜ壊れたかについて調査を始めた。また、事故のあった貯蔵タンクはわずか5年しか経っていないといわれており、施設が古いということを否定している。

■ 今年初め、韓国で第2番目に大きな製油所で77.5万バレルの精製能力を持つGSカルテックスにおいて164KLの油が漏洩し、海へ流出する事故があったばかりである。

補 足                  
■ 「慶尚南道」(キョンサンナムド、けいしょうなんどう)は、韓国の南東部に位置する行政区で、人口約316万人である。慶尚南道は日本からも近く、山口県と姉妹提携を行っており、NHK山口放送では、毎週木曜の夕方6時台に「キョンサン南道便り」と題して慶尚南道のトピックスを紹介している。
 ウルサン(蔚山 Ulsan)は慶尚南道の北に位置し、人口約108万人の港湾・工業都市である
                  韓国の南部と日本の位置関係  (写真はグーグルマップ から引用
■ S-オイル社(S-Oil Corp.)は、1976年にコーリアン-イラン・ペトロリアム社(Korea-Iran Petroleum Co.)として設立された韓国の石油会社である。双龍セメントがイラン国営石油会社(NIOC)との共同企業として設立したが、1978年のイラン革命によってイラン側が撤退し、1980年に 双龍精油(Ssangyong Oil Refining)と改称した。その後、1991年にアラムコ海外共同BV(Aramco Overseas Co. B.V)が出資して35%の株式を取得し、1999年に双龍セメントの持株28.4%を自社株として買収し、双龍グループから法的に独立して、2000年3月に双龍精油からS-オイルに社名を変更した。ウルサン市のオンサン(温山)に製油所を保有し、当初の精製能力55万バレル/日から、現在は66.9万バレル/日である。
 現在の最高経営責任者は、サウジアラムコのナセル・アルマハシル(Nasser Al-Mahasher)氏が2012年に就任している。
                    ウルサンのオンサン付近     (写真はグーグルマップ から引用
                    S-オイル社オンサン製油所    (写真はKorea Joongang Daily から引用
サイドエントリー型ミキサーの取付け例

■ 貯蔵タンクには、油のスラッジ沈降防止、性状均一化、温度の均一化などの目的から攪拌用ミキサーが設置されるものがある。異種液の混合、溶解等に用いられる化学用タンクでは、タンク上部に立型の攪拌機が設置されるが、貯蔵タンクでは、一般に側板部に取り付けるサイドエントリー型ミキサーが使用される。ミキサーのシャフト部にはメカニカルシール(旧式ではグランドパッキン)を設け、タンク内液の漏れを最小限に留める。シール部からの漏れが多くなった場合、ロック機構(遮断機構)によって漏れを止める構造になっている。このシール構造のメンテナンス時に固定ボルトの締付不足などの保全不良があると、数日経って異常漏れを起こすことがある。 
 通常、シール部から大量漏洩することはないが、1970年代半ばに出光兵庫製油所(現在は閉鎖され、プラントは撤去)の原油タンクにおいてミキサーの設計・製作不良によって構造部品が破損し、シャフト貫通部から原油が大量流出した事例がある。油が流動点の高い大慶原油であったため、漏洩後に固化し、構外に流出することはなかった。

所 感
■ タンクからの漏れ原因は撹拌機用ミキサーとみられるが、大量漏洩に至る要因としては①メカニカルシールの部品破損(部品組込み時の保全不良などによる)、②ミキサーシャフトの折損(設計・製作不良および振動による)が考えられる。メカニカルシール部からの通常より多い異常漏れであっても、ロック機構をセッティングすれば、大量漏洩を防ぐことができるので、今回の事故は日本で起こった事例以来の稀な事例といえる。 1960〜2003年までの43年間に起こった242件の貯蔵タンク事故について分析した「貯蔵タンク事故の研究」の中では、ミキサーが要因の事故例はあがっていない。

■ 今回の事故では、S-オイル社最高経営責任者(CEO)のナセル・アルマハシル氏が率先して事故対応に対処している。記者会見にも応対しており、非常事態後の危機管理としては妥当な対応だったと思われる。油漏洩が堤内に限定されたこともあり、住民や報道関係の受け取り方は比較的冷静である。
 S-オイル社内の組織的な動きや連携状況はわからないが、S-オイル社にはウェブサイトを開設しており、情報公開はウェブサイトを通じて行うと更に良かったと感じる。

■ 堤内への油漏洩に対する消防活動がどのように行われたか興味ある点である。火災の発生防止のため漏れた油の上に泡が放射されたようであるが、消防車による通常泡か、特別な中・高発泡の泡かはわからない。(標題の現場写真でも判別はつかない) このような堤内への油流出時には中・高発泡が有効であり、専用の泡放射ノズルを準備しておくべきである。また、地下への浸透防止の観点から水を張り込み、地面に接触する油をできる限り少なくするのが良いが、このような対応がとられたかは分からない。

備 考
 本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・In.Reuters.com,  S-Oil’s Ulsan Refinery Reports Oil Leak ; Run Unaffected,  April 04, 2014
    BunkerPrtsNews.com, Oil Leak from S.Korea’s S-Oil Crude Tank due to Crack, April 05, 2014   
      ・English.YonhapNews.co.kr, Oil Leak at S-Oil’s Ulsan Refinery Extends Three Days, April 06, 2014
      KoreaTimes.co.kr, S-Oil Refinery’s Oil Leak Placed under Control, April 06, 2014
      ・KoreaHerald.com, Oil Leak at S-Oil’s Ulsan Refinery Extends Three Days, April 07, 2014 
      ・KoreaJoongangDaily.joins.com, S-Oil Tried to Clean up Crude after 3-day Leak, April 08, 2014 




後 記: 韓国といえば、慶尚南道の西に隣接する全羅南道(チョルラナムド、ぜんらなんどう)にある珍島(チンド)沖で4月16日(水)に沈没した旅客船セウォル号のニュースが日本でも連日流されています。新しい情報が出るたびに危機管理のずさんさのひどいのがわかります。
 そのような中、4月19日・20日(旧暦3月20日・21日)は弘法大師の命日に当たり、毎年、山口県の秋穂(あいお)では秋穂八十八ヶ所巡りの「お大師まいり」が行われています。四国八十八ヶ所のお遍路に行けない人のためにもうけられたといわれ、全行程約50km(歩きで2日間)のお遍路で、当日の各札所にお接待が出ます。ということで、初めて「お大師まいり」に歩いてきました。予想以上に盛況というか、自転車で周る人、車で周る人、歩いて周る人が結構多く、特に各札所には近所の方と思われる人がたくさんお接待に出ておられました。近くの小・中学校の生徒でしょうか、スタンプラリーのカードを持って、お接待で出たお菓子を袋いっぱいにして自転車で周っていました。今年は1日だけ28ヶ所(約20kmほど)周りましたので、続きは来年におまいりします。

2014年4月7日月曜日

浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー

 今回は、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ・カンパニー・フォア・オンショア・オイル・オペレーション社(ADCO)のIbrahim M.Shaluf氏らが浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバーについてまとめた「Floating Roof Storage Tank Boilover」を紹介します。
ADCO社で行われたボイルオーバーの実験研究
<要 旨 >
  大量の原油を保管する貯蔵タンク設備は重大危険施設として重要視される。直径の大きな上部開放型の浮き屋根式タンクでは、幾種類かの火災の起こる可能性がある。大型タンクでは、最も危険性の高い火災のひとつにボイルオーバーがある。浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバーによる事故は世界で数多く目撃されている。ボイルオーバーの問題は、経験やモデルを使った実験によってボイルオーバー現象を理解し、どのようにして制御するかについて研究が行われている。アブダビ・カンパニー・フォア・オンショア・オイル・オペレーション社(ADCO)では、コンサルタント機関リソース・プロテクション・インターナショナル(RPI)の支援を得て、ジェベルダーナ・ターミナルの敷地内において実験研究を実施した。直径2.4mと直径4.5mの容器を使用して、大規模な石油タンク火災におけるつぎのような特性について実験研究を行なった。
 ① 原油におけるボイルオーバー現象の基礎知識を得ること
 ② ADCO社で保有している原油でボイルオーバーが起こった場合の実証評価
 ③ ホットゾーンの成長速度および火災発生からボイルオーバーまでの時間
 ④ ボイルオーバーの輻射熱および影響の評価
 この論文では、浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバーに関する全体像について解説する。また、ADCO社が実施したボイルオーバーに関する調査結果について概要を紹介する。

1.はじめに
■ 石油会社、製油所、石油化学工場のような重大危険施設では、貯蔵タンクに大量の原油が保管される。2009年の統計では、米国だけで地上式石油貯蔵施設が65万箇所以上あり、貯蔵タンク数は300万基を超える。貯蔵タンクの大きさは1950年代から1960年代に掛けて変化し、大きなものは直径125フィート(38m)のタンクが現れた。1970年初期には、エンジニアはより大きなタンクを設計し、建設するようになった。タンクの大きさはあっという間に直径が250フィート(76m)を超え、1980年代にはさらに大きくなり、300フィート(91m)に達し、2009年時点では400フィート(122m)を超えるものが現れている。貯蔵タンクは重要な資本的資産であり、場合によっては操業上のクリティカルになることもある。貯蔵タンクの火災は安全や保全の向上によって起こりにくくなってはいるが、火災によってタンクが損壊すれば、人身災害のような災害に結びつくし、環境への影響や経済への影響が出る。リーブは地上式貯蔵タンクの事故原因についてまとめている。1951年~2003年の間、世界では480件のタンク火災事故が目撃されている。

■ 重大危険施設において懸念される重大な危険とは、火災、爆発、有毒物の放出である。もちろん、この3つの中で火災が最も一般的であるが、人身災害や被害という点でいえば特に爆発が重大である。リースは災害の規模を決める要素として、(ⅰ)インベントリー(保有量)、(ⅱ)エネルギー・ファクター、(ⅲ)時間ファクター、(ⅳ)距離との相関要素、(ⅴ)曝露ファクター、(ⅵ)ダメージと負傷強度との関係要素をあげている。

■ 原油タンクには、通常、いろいろな理由からタンクの底部に水の層が存在する。油が燃えると、燃焼面からの熱はまだ燃えていない油の中を水の層がある下方へと伝わっていく。水の層では熱エネルギーを次第に蓄積してゆき、蒸発傾向が始まる。燃焼している油が噴き出す現象には大きく3つの形態がある。 
 (ⅰ) スロップオーバー:タンクの一壁面側から油が不連続に泡立って噴き出す現象
 (ⅱ) フロスオーバー:タンクの壁面を越えて油が連続的に比較的緩やかに放出(泡立ち)される現象
 (ⅲ) ボイルオーバー:タンク内の全量が泡立ち、油が激しく噴き出し、その結果、火災が拡大し、ファイヤーボールが形成する現象
 ボイルオーバーでは、燃えている油が流出するため、周囲の設備や人に対して極めて危険な状況を呈する。ファイヤーボールの影響はタンク直径の10倍の距離に達し、熱いガスと燃える油は20mph (8.9m/s)近い速さで流れる。大規模なタンク火災において、ボイルオーバーは最も危険性の高い現象のひとつとして配慮しなければならない。

■ アブダビ・カンパニー・フォア・オンショア・オイル・オペレーション社(ADCO)とコンサルタント機関リソース・プロテクション・インターナショナル(RPI)は、 ADCO社のジェベルダーナ・ターミナルの敷地内において大型の容器(パン)によるボイルオーバーの実験研究を実施した。この論文では、浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバーに関する全体像について解説する。また、ジェベルダーナ・ターミナルで実施したボイルオーバーの実験研究について概要を紹介する。

2.タンク火災の分類および拡大
■ 大型の上部開放型浮き屋根式タンクにおける火災はいくつか種類に分けられる。全面火災は小さな火災から直接的あるいは間接的に生じる。全面火災を制圧できなければ、ボイルオーバーが起こることがある。図1にタンク火災の分類と拡大を示し、それぞれの概要を以下に示す。
図1 火災の分類および拡大のステップ
(ⅰ) リムシール火災
   リムシール火災はタンク側板と屋根の間のシール部で生じるもので、シール機能が失われ、シールエリアのベーパーに着火して起こる。リムシール火災は浮き屋根式タンクにおいて最も一般的な火災の種類である。火災の大きさは、局部的で小さな範囲からタンクの全周にわたる円環の範囲までいろいろある。
 浮き屋根式貯蔵タンクにおける最も起こりやすい火災のシナリオはリムシール火災だと言われている。世界規模の統計によると、リムシール火災の発生頻度はタンク1基当たり年間1.6×E-3回(0.0016回)である。リムシール火災から全面火災へ拡大する割合は、リムシール火災55件のうち1件だけである。
   
(ⅱ) 屋根上火災
   運転ミス(例えば、過充填)や設備故障(例えば、屋根の損傷または排水の機能不全)などいろいろな要因によって、タンクの屋根上に油が漏洩することがある。屋根の浮力を保持したまま、タンク屋根に漏洩した油に着火することがある。このとき着火源や着火の可能性はリムシール火災と同様(主に落雷)である。ラムズデンは、屋根上火災が起きた場合、全面火災への拡大を回避することが極めて難しいと指摘している。その理由は、大抵の消火システムがリムシール部における火災を前提に設計されているからである。全面火災を前提に設計された固定消火システムが設置されることはない。

(ⅲ) 防油堤内火災
   運転ミス(例えば、過充填)や漏洩(例えば、バルブ、フランジ、ドレン等から)などいろいろな要因によって、タンクまわりの防油堤や防止堤に油が漏洩することがある。このとき着火すれば、地上でのプール火災に至ったり、タンク内のヘッド圧や配管内の圧力によってジェット火災(またはスプライ火災)が生じることがある。火災は限定的で小さな規模の場合もあるし、全防油堤エリアに及ぶ大規模な火災へ拡大して、消火が極めて困難な状況(防油堤内が広い場合)に至ることもある。火炎がタンク側板を直接舐めたり、輻射熱に曝されると、タンク内の油に着火する可能性がある。堤内火災が起こると、同じ防油堤内にある別なタンクへ延焼したり、隣接する風上の防油堤内にあるタンクへ拡大することがある。 “Last Fire” の研究では、防油堤内火災が大きくなれば、全面火災の可能性は高くなるとしている。

(ⅳ) 屋根沈降
      浮き屋根が部分的あるいは全部が沈降して露出した油面に着火すれば、全面火災に至る。浮き屋根が浮力機能を失う例としては、屋根上に雨水や油が貯留してしまった場合、屋根下にガスが蓄積して屋根が傾いた場合、浮き屋根のポンツーンが損傷した場合などである。

(ⅴ) 全面火災
   全面火災は、最初から始まる場合と小さな火災が拡大して始まる場合とがある。隣接するタンクから拡大するケースとしては、例えば火炎がタンク側板や屋根を直接舐めたりあるいは熱輻射でタンクが加熱され、内容液の軽質分が蒸発することによって起こる。このとき着火源や着火の可能性はリムシール火災と同様である。

(ⅵ) ポンツーン内の爆発
   ポンツーンや閉鎖スペースに可燃性混合気が形成し、これが着火すれば、爆発が起こる。このような爆発は、屋根が支持脚によって着底し、屋根下のベーパー空間に可燃性混合気が形成したときにも起こる。2006年10月28日、中国北西部にある独山子(どくさんし)石油化学において原油貯蔵タンクの浮き屋根内部でサビ止め処理の実施中、タンクの第3リング・パーティションで爆発が起き、13人の死者と12人の負傷者が出るとともに、設備的な被害や生産活動の中断といった損害が発生した。

3.ボイルオーバー
■ ボイルオーバーは、原油のような沸点範囲の広い炭化水素混合液を保管している貯蔵タンクで起こる。通常、貯蔵タンクの底部に存在する水が火災による熱の影響によって蒸発すると、大量の水蒸気になり、タンク内容物を伴って激しく噴出する。この結果、タンク外の防油堤や周囲に大量の燃えた油が放出され、火災の規模が増大する。実際のボイルオーバーは爆発的であり、瞬間的に大きな火炎を形成するので、まわりに輻射熱による被害を及ぼす。ボイルオーバーが発生するために必要な要件は3つあり、すなわち、①タンク底部の水の層、②タンク油面上での火災、③燃える油の中でのホットゾーンの形成である。ボイルオーバーが激烈である理由は、水が2,000倍に膨張するためである。ボイルオーバーの大きさは水の層の量によって変わる。水の層が1/4インチ(6mm)であっても、膨張比17,000の大量の水蒸気が形成されることになる。

4.ボイルオーバーの原理
■ ボイルオーバーの問題が実験やモデルによっていろいろ研究されてきて、ボイルオーバー現象そのものが理解されてきた。ロバートソンはボイルオーバー理論について論文にまとめている。
 古積とマルホランドは、1991年、原油のプール火災における燃焼特性を研究するための実験を行っている。その中で、原油は燃焼が速く、熱輻射がヘプタンに比べて小さいと述べている。しかし、水が沸騰したとき、すなわちボイルオーバーのときには、燃焼速度が2倍以上に増加すると述べている。ボイルオーバーの強さは、容器(パン)の直径および最初の油層厚さと相関がある。

■ ブロックマンとシェッカーは、広範囲の油について実験を行ない、油が燃焼しているときの熱移動のメカニズムに注目して観察した。この研究結果では、ホットゾーンが広がっていくのは、先端の境界部において軽質留分が蒸発して泡立ちを起こすことによって強い対流が生じるためだとしている。

■ ボイルオーバー現象を実験的なシミュレーションによって研究した結果、つぎのようなことが分かった。
   ① 水の層がある油タンク火災におけるボイルオーバーの過程は3つの段階に分けられる。すなわち、疑似定常期間、事前兆候期間、ボイルオーバー期間の3つである。
   ② 水の層の上方において液燃料の燃焼過程時に発するマイクロエクスプロージョン(微細爆発)ノイズは、事前兆候期間に発するコンバッション・マイクロエクスプロージョン・ノイズと、ボイルオーバー期間に発するベーパー・エクスプロージョン・ノイズに分けられる。
   ③ コンバッション・マイクロエクスプロージョン・ノイズは、ボイルオーバーに関する顕著な事前現象のひとつである。

■ ホアとファンとリョオは、ボイルオーバーの事前兆候現象に焦点を合わせた実験的研究を行なった。マイクロエクスプロージョン・ノイズの発生に関して調査した結果、ボイルオーバーをいち早く知る方法として有用であり、離れたところから捉えることができることを明らかにした。しかし、実際の状態では、マイクロエクスプロージョン・ノイズがまわりのノイズと混じり合ってしまう。

■ 水を乳化させた原油を用いた大規模なボイルオーバーの実験研究が行われ、ボイルオーバー時の油中の水の影響について調査された。その結果、ボイルオーバーは定常燃焼後に起こることがわかった。ボイルオーバーが始まると、放熱が急速に増大する。ボイルオーバーまでの時間は予想よりはるかに短時間だった。この理由は、油中の乳化した水の存在だと推測される。水の粒子を多く含んだ原油では、乳化した水の存在によってボイルオーバーが容易に起こるものと思われる。(古積、夏目、岩田、高橋、平野、2003年、2004年)

■ 原油を直径5mの容器に入れた大規模なボイルオーバーの実験研究が行われている。この結果、分かったことはつぎのとおりである。
  ① ボイルオーバー時、火炎からの最大輻射熱強度は定常燃焼時の約22倍だった。
  ② 等温層の成長速度、等温層の温度と厚さは時間によって変化する。そして、ボイルオーバー前の燃焼期間は3つの段階、すなわち(a)等温層の形成がはっきりしない期間、(b)等温層が急速に形成する期間、(c)等温層が成長し、ボイルオーバーまでの期間に分けられる。
 これらのことは、別な経験的な方法によって評価され、認識が合意されている。(古積、夏目、岩田、高橋、平野、2006年)

5.ボイルオーバー事例
■ 世界的に見ると、貯蔵タンクのボイルオーバー事故は数多くある。最悪のボイルオーバー事故は1955年8月27日、ホワイティング製油所で起こった事例で、ドミノ効果のように波及して、数度の爆発によって離れた場所にあったフルード・ハイドロフォーマー(流動床接触改質装置)が被災した。爆発箇所から半径1/4マイル(400m)の範囲では、細かいものが雨のように降り注いだ。しばらく立って、火災が拡大し始め、2日間で製油所のタンク地区を焼き尽くした。結局、火災は鎮火までに8日間を要し、67基の貯蔵タンクが被災した。この事故では、1名の死者と22名の負傷者が出た。

■ 1968年1月21日、オランダのシェル社ペルニス製油所にあるスロップタンクに入っていた熱油と水のエマルジョンが炭化水素スロップの揮発分と反応し、ベーパーが激しく放出するとともにボイルオーバーが起こった。火災の猛威は30エーカー(12万㎡)以上に及んだ。この事故では、2名の死者と85名の負傷者が出たほか、製油所の2つのワックス分解装置と80基の貯蔵タンクが損壊または被災した。さらに、構外でも現場から9.5マイル(15km)までの範囲で被害が発生した。被害額は120百万ドル(120億円)以上に昇るとみられた。

■ 1982年12月19日、ベネズエラのカラカス近くにあるトコアの発電所で事故が起こった。三人の作業員がタンクのある場所で定常のはつり作業を行っていた。最初の爆発で二人が死亡した。三人目の男性は20分ほど離れたところにある消防署へ連絡した。消防隊が現場に到着したとき、タンク内の燃料油が明るく輝いていた。タンクが高い場所にあったため、消防活動は難航した。そこで、火災は燃え尽きさせることとした。正午過ぎになると、消防士、プラントの作業員、住民など多くの群衆が集まり、壮観な火災を見物していた。発災から約8時間後、激しいボイルオーバーが始まった。爆発に続きファイヤーボールが発生し、噴き出した油がプラントや住民地区に向かって丘を燃えながら駆け下っていった。この事故によって150人を超える死者が出た。

■ 1983年8月30日、ウェールズのミルフォードヘーブンにあるアモコ製油所でボイルオーバー事故が起こった。直径78mの浮き屋根式原油貯蔵タンクにおいて火災が発生し、12時間の間に浮き屋根が浮力機能を失い、原油の中に沈降したのが、ボイルオーバーに至る要因になった。ボイルオーバーは複数回起こり、最初のボイルオーバーでは、タンク内の液が空中へ3,000フィート(900m)の高さまで噴き上がった。そして、噴き出した液によって防油堤火災が始まり、ウォーターカーテンによる防護も役に立たず、火災の被災範囲は4エーカー(16,000㎡)に及んだ。爆発に伴う死傷者はなく、生産設備に影響はなかったが、被災したタンク設備などを含まず、燃えた油の損害額だけで400万ポンド(当時の金額:14億円)と推定された。

■ 1991年、クウェートのアハマディ・タンク基地が戦争行為によって被害を受けた。火災は直径79mの浮き屋根式原油タンクの全面火災へと進展した。消防隊は、タンクが激しくボイルオーバーを起こしたことを目撃している。最初の兆候としては火災源からの音が大きくなったという。ボイルオーバーによる油は防油堤を越えて周囲に飛び散った。

■ 2001年6月7日、米国ルイジアナ州ノルコのオリオン製油所のタンク火災事故は熱帯性の嵐によって引き起こされた。直径270フィート(82m)で約300,000バレル(47,700KL)のガソリンを貯蔵していたタンクの火災は13時間後に鎮火できた。このオリオン製油所のタンク火災が原油で起こっていたとすれば、ボイルオーバーが発生していた可能性は非常に高かったと言われている。

6.ADCO社ジェベルダーナ・ターミナルにおけるボイルオーバーの実験研究
■ アブダビ・カンパニー・フォア・オンショア・オイル・オペレーション社(ADCO)とコンサルタント機関リソース・プロテクション・インターナショナル(RPI)は、2008年6月2日、ジェベルダーナ・ターミナルの敷地内において大規模なボイルオーバーの実験研究を実施した。実験目的は大規模な油タンク火災の特性を研究することであった。研究の主なねらいは、①原油におけるボイルオーバー現象の基礎知識を得ること、②ADCO社で保有している原油でボイルオーバーが起こった場合の実証評価、③ホットゾーンの成長速度および火災発生からボイルオーバーまでの時間、④ボイルオーバーの輻射熱および影響の評価・・・リスク・ベースのタンク基地レイアウトに活用、⑤モデル確認のための確度の高いデータベースの取得である。

■ 実験ではマーバン原油を使用して行なった。マーバン原油はADCO社で生産され、ジェベルダーナ・ターミナルや他社で貯蔵されている。直径2.4mと直径4.5mの2つの鋼製容器(スチール・パン)を使用して燃焼実験を行なった。燃焼速度の測定にはレベル計を使用した。液の温度変化や火炎の温度は熱電対を用い、センターポールと容器壁に取り付けた。熱電対の指示側はデータ収集制御室につないだ。ビデオカメラを設置し、火災の挙動、ハザードの状況、ボイルオーバーへの推移を記録できるようにした。

■ 予備試験では直径2.4mの容器を用いて実施した。容器には原油を深さ520mm入れ、水の層厚さを40mmとした。原油とは正反対の性質の液、例えば、モノ・エチレン・グリコール(MEG)を少量加えると、ボイルオーバーへの進展を減じられることが分かっている。試験では10%メタノールを原油に加えた。
 試験中を通じて比較的クリーンな燃焼状態が見られた。試験では、数時間しても噴出やボイルオーバーの現象は無いと思われた。火をつけてから約5時間15分後、小さい容器において火炎が大きくなり、ボイルオーバーが起こった。このことは、原油にメタノールを加えれば、ボイルオーバーの起こる時間が遅くなることを示すものである。(原油のコントロール・テストでは27分後に沸騰) 図2に示す一連の写真は、ボイルオーバーの過程と火災の挙動を撮したものである。写真(a)は原油を入れた直径2.4mの容器を示す。
写真(b)は着実な点火を示す。写真(c)(d)(e)は火炎が大きくなった瞬間とボイルオーバーを示す。写真(f)はメタノールを加えたことでボイルオーバーの始まりが遅くなったときのものである。


図2 火災の挙動およびボイルオーバー状況
■ 特記すべきことは、直径4.5mの容器の全面火災において9時間42分から9時間43分のわずかな間に連続して4回の大きなボイルオーバーが起こったことである。続いて、9時間45分にメジャーなボイルオーバーが起こった。図3に示す一連の写真は、直径4.5m容器におけるボイルオーバーの過程と火災の挙動を撮したものである。写真(a)(b)(c)は、直径4.5m容器のセンター部と壁部に取り付けた熱電対、および液面計と原油のレベルを示す。写真(d)は着実な点火を示す。写真(e)(f)(g)(h)は、4回のボイルオーバーの状況と火炎の規模がだんだん大きくなっていく様子を示す。写真(k)は激しい段階のメジャーなボイルオーバーの状況を表したもので、火炎が柱状に大きくなり、制御不能な状態となって、火炎の輻射が非常に大きくなった。



図3 火災の挙動およびボイルオーバー状況
■ 今回のボイルオーバーに関する分析で注目されることは、原油のボイルオーバーが急激で、強烈で、激烈で、複数回起こったことである。原油の定常燃焼の後、4回の大きなボイルオーバーが起こり、その後に最終のメジャーなボイルオーバーが続いた。ホットゾーンの成長速度は2.2m/hと推測された。ボイルオーバーまでの標準的な時間は大体8時間であるが、今回のボイルオーバーは約10時間で起こった。初期のボイルオーバーにおける輻射熱は20kW/㎡(17,200kcal/㎡)を超え、メジャーなボイルオーバー時には約47kW/㎡ (40,400kcal/㎡)と大きく増えた。今回のボイルオーバーでは激しい“レインアウト”現象は見られなかった。油自体は大体防油堤内に限定された。火災の影響範囲は防油堤外に拡大していた。特記しておくことは、火災の影響範囲が容器直径の10倍に及んだことである。タンク間距離を5倍以上にとる必要があるというように、ボイルオーバーによる拡大防止のためタンク間距離を大きくとるという考え方は現実的には難しい。

7.ボイルオーバーの防止および軽減策
■ ボイルオーバーの防止あるいは影響の軽減策はつぎのとおりである。
(1) ホットゾーンが水の層に達する前に火災を鎮火させること。ケミガード社は大型タンクを含む全面火災の消火方法について提案している。
 ケムガード社は、原油のような広範囲の沸点をもつ可燃性液体の場合、8.1 L/min/㎡以上の泡放射量を要するだろうと指摘している。大型原油貯蔵タンクを含む全面火災に関する実経験を考慮すれば、泡放射量を12.9 L/min/㎡以上にするのがより適切だろう。

(2) タンクから水を除去すること。定期的な排水を行なうとともに、消火活動によって入ってくる水を排出する。エイガー自動タンク脱水システムはタンク内の水を完全に排出する設備であるが、現代重工業によってクウェートの原油輸出施設に採用されている。この制御システムには、いくつかの長所があることが指摘されている。それは、①油を同伴することなく、30ppm以下に排水できること、②タンク床より下にある水溜め(サンプ)で水質を制御し、このことによってタンク底板の腐食が抑制できること、③水は水溜めのみに集積されるので、タンクの油保有能力を最大にできることである。火災時の水によるボイルオーバーの発生を避けるためには、このシステムでタンク内の油を10%抜き去る。
 ADCOは、2006年、エイガー自動タンク脱水システムを導入した。このシステムによって効率的に貯蔵タンクの水のレベルを制御している。

(3) ボイルオーバー時のタンク内容液を最小にし、ボイルオーバーが起こったときの影響を減じること。しかし、火災タンクから油を移送することは、熱油を移送することになり、火災拡大の恐れがある。また、最初に水を除去できなければ、ホットゾーンの伝播を加速させることになり、ボイルオーバーを早める恐れがある。

(4) タンク内容液を攪拌し、水をタンク内部で分散させること。これは火災が起こる前に実施しておかなければ、ボイルオーバーを早める恐れがある。

8.まとめ
 この論文では、浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバーに関する全体像について解説してきた。また、ADCO社ジェベルダーナ・ターミナルで実施したボイルオーバーの実験研究について概要を紹介したが、まとめとしてはつぎのとおりである。
(1) 石油会社、製油所、石油化学工場のような重大危険施設では、貯蔵タンクに大量の原油が保管されている。  
(2) 貯蔵タンクは重要な資本的資産であり、場合によっては操業上のクリティカルになることもある。貯蔵タンクを適切に保全や保守することによって、施設の円滑な操業が可能となり、火災や環境破壊を防止する。
(3) タンク内の保有量は、重大危険施設の危険度を決める主要な要素のひとつである。

(4) 貯蔵タンクの火災は安全や保全の向上によって起こりにくくなってはいるが、火災によってタンクが損壊すれば、人身災害のような災害に結びつくし、環境への影響や経済への影響が出る。
(5) 大型の上部開放型浮き屋根式タンクにおける火災はいくつか種類に分けられる。全面火災は小さな火災から直接的あるいは間接的に生じる。全面火災を制圧できなければ、ボイルオーバーが起こることがある。
(6) ボイルオーバーが発生するために必要な要件は3つあり、すなわち、①タンク底部の水の層、②タンク油面上での火災、③燃える油の中でのホットゾーンの形成である。

(7) ボイルオーバーは、大規模な油タンク火災の中で最も危険性の高い現象のひとつである。
(8) 1951年~2003年の間、世界では480件のタンク火災事故が目撃されている。
(9) ボイルオーバー事故からつぎのような教訓を学ぶべきである。
  (ⅰ) トコア事故は、タンクの設置場所、消防活動の方法、ホットゾーン形成のメカニズムについて考慮すべきことを知らしめた事例である。消防士、プラントの作業員、住民など多くの群衆がタンク近くに集まらなければ、多くの死者は出なかった。
  (ⅱ) クウェートのタンク基地の配置はタンク1基毎に防油堤を設けるのが基本に対して、複数基の場合、火災拡大によって被害が大きくなった。クウェートでは、防油堤自体の耐熱性が問題視されている。このため、モニター類の配置は防油堤外に設けるべきである。
  (ⅲ) バンスフィールド事故から学ぶべき教訓のひとつは、緊急事態が起こったとき、石油および石油化学火災消火の専門家をチームとして動員する計画を立てておくことである。長期の火災でないため、このチームはプロセス火災の専門家にすべきでない。短時間で最後の決断を行なうため、タンク火災の専門家にすべきである。

(10) ボイルオーバー問題は実験やモデルの研究によって、ボイルオーバー現象をいかに制御するかに関する理解が深まっている。
(11) 標準的なボイルオーバー過程は経験的に3つの段階、すなわち疑似定常期間、事前兆候期間、ボイルオーバー期間の3つに分けられる。
(12) 浮き屋根式原油貯蔵タンクでボイルオーバーが一旦起これば、激しい火炎の輻射熱と燃える油の噴出を伴って火災は短時間で拡大し、制御不能な状態になる恐れがある。

(13) ジェベルダーナ・ターミナルのボイルオーバーの実験研究の初期評価で特記すべき事項はつぎのとおりである。
  (ⅰ) 原油の定常燃焼の後、複数回のボイルオーバーが発生した。
  (ⅱ) ホットゾーンの成長速度は2.2m/hと推測された。
  (ⅲ) ボイルオーバー発生までの標準的な8時間よりも長く、約10時間でボイルオーバーが起こった。
  (ⅳ) 初期のボイルオーバーにおける輻射熱は20kW/㎡(17,200kcal/㎡)を超え、メジャーなボイルオーバー時には約47kW/㎡ (40,400kcal/㎡)と大きく増えた。
  (ⅴ) 今回のボイルオーバーでは激しい“レインアウト”現象は見られなかった。油自体は大体防油堤内に限定された。火災の影響範囲は防油堤外に拡大していた。特記しておくことは、火災の影響範囲が容器直径の10倍に及んだことである。タンク間距離を5倍以上にとる必要があるというように、ボイルオーバーによる拡大防止のためタンク間距離を大きくとるという考え方は現実的には難しい。
  (ⅵ) 原油にメタノールを加えれば、ボイルオーバーの起こる時間が遅くなることが示された。

補 足                  
■ 「アラブ首長国連邦」は、通称UAEUnited Arab Emirates)といわれ、アラビア半島のペルシア湾に面した地域に位置する7つの首長国からなる連邦国家である。人口は約920万人で、首都はアブダビである。
(写真はグーグルマップから引用)
■ 「アブダビ・カンパニー・フォア・オンショア・オイル・オペレーション社」(Abu Dhabi Company for Onshore Oil Operations; ADCO)は、1971年にアラブ首長国連邦に設立された陸上および浅い沿岸部における原油生産を行なう会社である。ADCOの原油生産能力は約150万バレル/日といわれ、アラブ首長国連邦の約半分を占める。ADCOの生産原油に関する権益保有者は、アラブ首長国の国営石油会社であるアブダビ・ナショナル・オイル・カンパニー(Abu Dhabi National Oil Company)である。
「ジェベルダーナ・ターミナル」は原油生産の輸出基地であり、16基の貯蔵タンクを保有している。同社のウェブサイトによれば、全タンクの液位および温度の指示値は計器室に伝送されているほか、底部オイルと水の界面制御を行っているという。また、浮き屋根シール部に泡消火装置を備えている。グーグルマップからタンクの大きさを推算すると、直径約68m(6万KL級)×3基、直径約52m(4万KL級)×7基、直径32m(1万KL級)×6基の合計16基であり、総貯油能力が50万KLクラスの基地とみられる
                 ADCO社のジェベルダーナ・ターミナル  (写真はグーグルマップから引用)
■ リムシール火災の発生頻度が「1.6×E-3」と表記されている。通常の文章に出てくることは少ないが、Excelなどで使われる指数表記と思われ、1.6×E-3 → 1.6×1/1000=0.0016 とした。これは年間0.0016回、すなわち625年に1回となる。

■ 実験で使用された「マーバン原油」は比較的軽質で、ガソリン収率が高く、硫黄分の低い原油である。日本への輸入量は年間約2,000万KLを超え、サウジアラビアのアラビアン・エキストラライトに次いで多く輸入している。性状は、API度39.2、硫黄分0.80%、ガソリン収率24.3%、灯油収率14.3%、軽油収率17.6%、重油収率43.8%である。

■ ボイルオーバーの実験結果は「ホットゾーン成長速度2.2m/h」であった。ホットゾーン成長速度、すなわちヒートウェーブ降下速度は、一般的に認められている“経験則”によれば、約 1~2 m/hといわれており、ADCO社の実験結果はかなり速い値である。一方、日本の北海道苫小牧市で行われたボイルオーバーの実験(1998年と1999年)では、ヒートウェーブ降下速度は34cm/hと40cm/hのデータが得られている。米国のウィリアムズ F&HC社(Williams Fire & Hazard Control)は、ヒートウェーブ降下速度を約2~3フィート/時(60~90cm/h)とみている。

■ 本論文では、ボイルオーバー発生までの時間について「標準的な8時間」より長い「約10時間」の実験結果だったと述べている。しかし、実験で使われたタンク(直径4.5m)の高さは、写真で見ると、約7mである。高さ7mの条件で、ホットゾーン成長速度2.2m/hとボイルオーバー発生まで10時間の関係がよくわからないという疑問は残る。

■ 「ケムガード社」(Chemguard Inc.)は、消火用泡剤の生産販売を中心にした米国の消防設備会社である。ケムガード社は2010年にウィリアムズ F&HC社を傘下に入れたが、2011年にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入っている。

■ 「エイガー自動タンク脱水システム」(Agar Automatic Tank Dewatering System)は、計装機器メーカーのエイガー社(Agar Corporation)が開発したタンクの自動水切り設備で、韓国の現代重工業とクウェート・オイル・カンパニーが共同で製作販売を行っている。特長は、タンク底板に水溜め(サンプ)を設けて、油と水の界面を検知して自動排水を行なうので、タンク内の水分除去率が良い。
                エイガー自動タンク脱水システム   (写真はエイガー社ウェブサイトから引用)

所 感
■ 原油のボイルオーバーの実験が産油国であるUAE(アブダビ首長国連邦)で行われていることに時代が変わったと感じるとともに、過去の事例を含めてよく研究されていると思った。

■ 実際の貯蔵タンクの操業部門や消防部門の観点から、参考になる事項はつぎのとおりである。
(1) ADCO社のボイルオーバー実験研究結果から
  ① マーバン原油に起因するものかわからないが、ヒートウェーブが下降速さ2.2m/hと速いことがある。
  ② 複数回のボイルオーバーが発生した後、メジャーなボイルオーバーが起こっており、この間は3分程度であり、退避する余裕時間はない。
  ③ 初期のボイルオーバー時の輻射熱が約20kW/㎡に比べ、メジャーなボイルオーバー時は約47kW/㎡ と大幅に増えている。
  ④ 燃える油が雨のように降り注ぐ“レインアウト”現象は激しくなかったが、火災の影響範囲は容器直径の10倍に及んでいる。

(2) ボイルオーバーの防止および軽減策の提言から
  ① 当然ではあるが、ヒートウェーブ(ホットゾーン)が水の層に達する前に火災を鎮火させることとし、ケムガード社の推奨泡放射量を提言している。すなわち、泡放射量は8.1 L/min/㎡以上とし、大型原油貯蔵タンクの場合、12.9 L/min/㎡以上が適切だという。世界の最近の考え方は必要泡放射量を10 L/min/㎡超とする傾向にある。
  ② タンクから水を除去する考え方で、定期的な排水を行なうとともに、消火活動によって入ってくる水も排出する。このため、タンク底板に水溜め(サンプ)を設け、エイガー自動タンク脱水システムを推奨している。日本でも、タンクの自動水切り設備を設けているところは少なくないが、タンク底板に水溜め(サンプ)を設けて脱水することはない。
  ③ タンク・ミキサーの攪拌による水分散の効果は認めているが、火災発生後の攪拌は不可としている。
  ④ マイクロエクスプロージョン・ノイズの観測がボイルオーバーをいち早く知る方法として有用であるが、実際の状態ではまわりのノイズと混じり合ってしまうという課題を指摘している。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Wenku.baidu.com,  Floating Roof Storage Tank Boilover, (Journal of Loss Prevention in the Process Industries),2010
           Ibrahim M.Shaluf,  Salim A. Abdulla
            Abu Dhabi Company for Onshore Oil Operations (ADCO), Abu Dhabi, United Arab Emirates 



地震情報のテレビ画面
後 記: 以前、地元の出光興産徳山製油所が2014年3月で精製プラントを閉鎖する話を紹介しましたが、3月14日未明に発生した伊予灘沖の地震によってプラントを緊急停止したため、再立ち上げせず、原油精製プラントはそのまま閉鎖処置を行なうということです。 3月31日に閉鎖式の行事が行われていますが、、地震前に最後のマンモスタンカーがシーバースに入港して、原油の荷下ろしをしていますので、 あっけない幕切れという感じですね。ところで、地震によってプラントを緊急停止したとき、3基あるフレアースタックから一斉に大きな炎が上がったので、一部で火災発生の誤報が流れたようです。私の自宅も工場に比較的近くですが、それほどの危険は感じなかったものの、夜の炎は空を照らすので、実態より大げさに感じ、思わぬ誤報になったものですね。