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2013年3月23日土曜日

米国ウッドブリッジ・タンク火災(1996年)の消火活動

 今回は、過去のタンク全面火災で消火に成功した事例を紹介します。1996年6月11日、米国ニュージャージー州ミドルセックス郡ウッドブリッジにある石油ターミナルの内部浮き屋根式タンクに落雷があり、外部屋根が噴き飛び、浮き屋根が沈没し、全面火災となりました。発災してから28時間の消火活動後、第3次攻撃によってやっと鎮火に成功した事例です。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・FireWorld.com, New Jersey Firefighters Battle 28-Hour Gasoline Storage Tank(1996)
      ・Msb.se, Tank Fires Review of fi re incidents 1951–2003, 2004
      ・MHSwebTVPrintig.tripod.com, Tank Fire, Shell Oil Company, Sewaren Plant, June 11-12,1996
      ・NYTimes.com,  Lightning Bolt Start Blaze in Fuel Tank in New Jersey,  June  12, 1996 

 <事故の状況> 
■  1996年6月11日(水)午後4時45分頃、米国ニュージャージー州ミドルセックス郡ウッドブリッジにある石油ターミナルのタンクに落雷があり、火災を起こした。落雷があったのは、アーバー通り沿いのシェル・オイル社石油ターミナルにある17基のうちの1基で、容量420万ガロン(15,900KL)の内部浮き屋根式タンクで、300万ガロン(11,400KL)を貯蔵していた。落雷後、タンクの大きな鋼製屋根が空中へ舞い上がった後、青黒い煙が立ち昇り、オレンジ色に輝き、真っ赤な炎が150フィート(45m)まで上がった。炎と黒煙は数マイル離れた所からも見えた。
(写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用)
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
■ 百人を超える消防隊がシェル・オイル社の石油ターミナルの現場へ出動した。この中にはニューヨーク市の消防艇も駆けつけた。消防隊の装備では、火災をすぐに消すことができたかったが、消火用水としては近くにあるアーサーキル川からも取水することができ、すでに塗装が剥げ始めた隣接タンクに冷却して、火災の拡大防止に努めた。
■ 当局によると、負傷者は出ていなかったが、石油ターミナルの近くの住民約200人に避難指示が出された。
■ シェル社のプラント監督者であるデイブ・ヒルドレス氏によると、落雷対策としては石油ターミナルの全タンクを接地しており、地中にケーブルを埋めているという。ヒルドレス氏は、16年間勤めているが、落雷によってタンクが火災になった話は聞いたことがないと語っている。
■ 消火活動は難航を極め、28時間のあと、 能力2,000ガロン/分(7,580L/分)の泡放射モニター2台を使用して火災の鎮圧に成功した。

 <消火活動の状況> 
= 基本情報 =
 ● タンク型式          内部浮屋根式タンク
 ● 直径(D)、高さ(H)、面積(A)  D=42.7m、H=12.2m、A=1,430㎡
 ● 容 量               15,900KL
  ●  油 量               11,400KL
 ● 油 種               ガソリン 

= タンク火災消火活動の関連データ =
 ● 設備のタイプ     2,000gpm(7,580L/min)級モニター2基  
 ● 泡薬剤のタイプ   AFFF(水成膜泡)
 ● 予燃焼時間     18~20時間(1回目の泡放射活動までの時間) 
 ● 泡放射量       10.6 L/㎡/min
 ● ノックダウン時間   不詳
 ● 消火活動時間    最終の泡消火活動から2時間(2時間半?)
 ● 泡薬剤の消費量   不詳

=火災の状況=
■ ニューヨーク市消防署のリック・シャスコさんは歴史的な“巨大なコイン” の目撃者となった。シャスコさんは火災のあった石油タンクターミナルの向かい側にあった友人の家を訪問していた。シャスコさんは、「近くに雷が落ちたと思い、すぐに外へ出てみたよ。そしたら、タンクの屋根がはためくように空中に150フィート(45m)ほど上がった。それから、屋根が横向きになってスライスのように降りてきた。ちょうどギロチンみたいにね。そして、元のタンクのところへドンと落ちたと思ったら、まわりが炎と煙に覆われた」と語った。
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
 “巨大なコイン”が着地したことは、ミドルセックス郡ハズマット班(危険物質班)のリチャード・コップ氏にとってある面ラッキーだったといえる。というのも、最終的に28時間に及ぶ激しい火災を鎮圧する上で解決の糸口となったからである。

=消防体制=
■ 84の消防署から消防隊が出動し、中には遠いニューヨーク市から駆けつけた消防隊のほか8社の工場消防隊が応援に加わり、タンクの消火活動に共同で当たった。この中には、コップ氏を含むミドルセックス郡ハズマット班の35名のメンバーもいた。このハズマット班は、約66万人の人口と約4,300工場を抱える330平方マイルのエリアを管轄していた。
 コップ氏は、「公設消防で保有している消火資機材では足りません。限界だと口では言えませんでしたが、実際のところそうでした。私たちは電話をかけまくって、州の中で必要な消火資材をもっていそうなところから取り寄せようとしました」と語った。しかし、コップ氏によると、実際にはコンビナート工場で消防資機材を入手することが難しくなっていたという。工場縮小や閉鎖のため、消防隊を保持する工場の数は減少し、相互応援協定だけに参加しているところもある状況だった。
 コップ氏は、「2・3年前、相互応援で参加できるグループは13箇所ありましたが、今や6つに減り、じきに4つになってしまいます。テーブルは一層小さくなります。この地区で供給できる泡剤や活用できる機材は毎年、少なくなっています。特定プラントの必要仕様に応じたものだけが調達されるようになっており、それは、おそらく、6月11日に発災した石油ターミナルで必要なものよりずっと少ないものでしょう。今回の火災では、はるかに多くの消防資機材が必要でした」と語った。

写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
=消防資材機材の配置=
■ 「最終的に消火へ向かって活動しましたが、いくつかの問題がありました」とコップ氏は話した。
 11日の午後、ウッドブリッジの町を小さいけれども激しい雷雲が通過していき、電力線に雷が落ち、構造物の火災が多発した。午後4時15分、 ウッドブリッジのセヴァアン地区にある17基のタンクを有する石油ターミナルのタンク139番に落雷があった。燃えた油から立ち昇る煙は3,000フィート(900m)の高さにまで達した。石油ターミナルは住宅地と隣接しており、近くの住民約200人が避難を強いられた。さらに悪いことには、この地区を通過した嵐によって近くの製油所で加熱炉火災が起こった。火災はすぐに消火されたが、この影響で石油ターミナル火災に対する消防資機材の配置が遅れてしまった。
■ コップ氏は、「最初の心配事から私は現場におよそ9分ほどいました。消防隊の人たちと話して私が下した最初の結論は、おそらく3日間はここに居ることになるだろうということと、その間に必要な消火資機材を計算すべきだということでした」と語った。
 コップ氏は実際の現状から悲観的な評価を下した。火災となっているのは、直径140フィート(42.7m)、高さ40フィート(12.2m)の鋼製タンクである。鋼製の外部屋根は、爆発によってめくれ、半分は燃えているタンクの内側に横たわっている。内部浮き屋根はタンクの底に沈んでいる。防油堤はタンク単独ではなく、5基のタンクの共通防油堤で、タンク139番はちょうど真ん中に位置していた。隣接するタンクにはガソリンが貯蔵されており、量はそれぞれ異なっていた。この4基のタンクは、真ん中の火災タンクから75フィート(22m)しか離れておらず、すでに輻射熱の影響を受けていた。隣接する4基のタンク内の油を抜くべきかという問題が浮上したが、一旦、油を抜くと、タンク上部に爆発混合気が溜まる恐れがあるという意見によって液位を保持することになった。
写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
■ 防油堤の堤際からタンク139番の中央まで泡を放射するには、270フィート(82m)の距離があった。このことは、持ち合わせの放射モニターでははるかに届かないということであった。州の中で使用可能なすべての消防機材が消防隊によって配置されたのは、発災翌日の午前10時だった。しかし、火炎に対して攻撃できるだけの十分な泡剤はまだそろっていなかった。従って、最初は確実な守備的(ディフェンシブ)戦略がとられた。消防隊は、備え付けの地上放水銃に沿って、放射用モニターを使えるように配置した。全タンクをカバーするため、4つに区分し、各防油堤に1台ずつ配置した。
 各モニターやノズルへの水は公共消火栓ラインおよびアーサーキル川から取り、5インチ径ホースを5本つないで供給した。石油ターミナルの塩水防火システムを補完するため、ニューヨーク市消防から出動した消火艇を近くのドックに繋ぎ、システムへ供給するようにした。しかし、その後、塩水防火システムの配管が壊れたため、消火艇からの供給は配管からホース系統へ切り替えた。

写真はMhswebTVPrintig.tripod.comから引用
=第1次攻撃=
■ 事業所、公設消防、応援の工場消防隊による指揮所の作戦会議の中で、火災を消火する攻撃的戦略をとるプランが決まった。コップ氏はその時のことについて、「われわれ公設消防、事業所、その他のメンバーが一堂に会して、その日の朝、泡による攻撃を行い、物理的に消火させるという決断をしました。うまくいかない可能性もありましたが、消火を試み、元の平常に戻すという決定を行いました」と語った。
 最大のハードルは消火泡の放射距離だった。消防隊は、2,000ガロン/分(7,580L/分)の能力を持つ泡放射モニター2台を防油堤に設置し、別な方向から放射するようにした。最初の攻撃ではかなりの泡が防油堤内に落ちたが、火災の勢いは徐々に弱まっていた。それから、風によって放射した泡が火災面を覆い、火はほとんど消えかかっていた。ところが、供給していた泡用ポンプ車2台のうち1台が機械的な問題を起こし、止まってしまった。この時のことをコップ氏は、「1台だけでは、泡のブランケットを保持できません。泡を無駄にしますが、2台の泡用ポンプ車を停め、修理が済むまで待つという決断をしました」と語った。
2,000gpm(7,580L/min)
泡放射モニターの例 

=第2次攻撃=
■ つぎに、第2次攻撃時に風向きが変わり、泡がほとんどタンク面から消え、攻撃が台無しになった。コップ氏は、「風が変わり、今の泡放射モニターの位置では、作業継続が難しい場所だということがわかったので、2時間ほどかけて泡放射モニターの配置を変え、ホースを展張し直しました」と語った。

=第3次攻撃=
■ 州警察のヘリコプターをタンク上空へ飛ばした後に得た情報から、新しく計画に見直した。第3次攻撃では、消防士を防油堤内へ入れ、泡放射モニターを堤内の地上に配置した。この計画は、消火泡を空中高く弧を描くように放射し、タンクの反対側にある落下して立てかかっている鋼製のタンク屋根を目標とした。消火泡は放物線を描いて空中を飛び、屋根に当たってタンクの中に注ぎ込まれた。第一線の消防士は、輻射熱のため、10分間のローテーションで交代した。午後6時から始めた攻撃は午後8時頃に制圧下に入った。泡薬剤の供給量に不安を抱えていたにもかかわらず、6月12日(木)午後8時30分、火災を鎮火させることができた。タンク内には、300,000~500,000ガロン(1,100~1,900KL)のガソリンが残った。
 コップ氏は、「第3次攻撃はうまくいき、再び穏やかな闇になりました。もし、第3次攻撃がうまくいかなかったら、我々は、一晩中、座って油が燃え尽きるのを待つだけでした」と語った。

=火災消火の助言者=
■ 石油ターミナルの事業者は、火災消火の助言を得るため、ヒューストンから専門家を呼んでいた。ニューヨーク・タイムズ誌によると、コップ氏があげるもうひとりの専門家はウッドブリッジ消防署の署長であるノーマン・リーヒ氏である。リーヒ氏はテキサスA&M大学の石油火災消火コースを受けている。

補 足
■  「ニュージャージー州」は米国東部の大西洋沿岸にあり、人口約880万人で、州都はトレントンである。
州の北東にハドソン川をはさんでニューヨークと接し、南西にフィラデルフィアと隣接しており、古くから2つの都市を結ぶ回廊として発展してきた。
 「ウッドブリッジ」は、正式には「ウッドブリッジ・タウンシップ」で、ニュージャージー州北部のミドルセックス郡にあり、人口約99,000人の郷である。この地区には多くの石油ターミナルがあり、2012年10月に襲来したハリケーン・サンディによってモーティバ・エンタープライズ社セヴァアン・ターミナルから油が流出するという事故は、当ブログでも紹介(「米国ニュージャージー州でハリケーン襲来後にタンクから油流出」)した。

■  「シェル・オイル社」 (Shell Oil Company)は、多国籍石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルの子会社で、米国をベースとし、テキサス州ヒューストンを本拠地とする。社員は約22,000人で、米国内にシェル・ブランドのガソリンスタンドを約25,000箇所有する石油メジャーである。ニュージャージー州ウッドブリッジに石油ターミナルがある。2012年10月のハリケーン・サンディによって油流出したモーティバ・エンタープライズ社のセヴァアン・ターミナルは近くにあり、ロイヤル・ダッチ・シェルとサウジ・アラムコの合弁企業で運営されている。
シェル・オイル社の石油ターミナルで火災を起こしたタンク(矢印)は今では撤去されている。 
現在のシェル・オイル社ウッドブリッジ石油ターミナルの風景
タンクと住宅地が近いことがわかる。また、境界近くの防油堤は土盛りである。
(写真はグーグルマップ・ストリートビューから引用) 
■  「ミドルセックス郡ハズマット班(危険物質班)」 (Middlesex County Hazardous Materials Unit)は、ニュージャージー州ミドルセックス郡庁に所属する機関で、危険物質の緊急事故処理を行う専門部署である。1979年と早い時期に6つの自治体が共同して設立されており、通常、ハズマット隊は消防署に所属するが、ミドルセックス郡では1981年から郡庁のサービス機関として24時間体制をとっている。
ミドルセックス郡ハズマット班の装備車と緊急処理作業の例 
所 感
■ 今回の情報は実際の消火戦略と消火戦術について語ったもので、この種の情報は少なく、参考になる。長時間の消火活動になると、いろいろな難題な条件が出てきて、事例のように第1次、第2次攻撃の失敗後、防油堤内に前進して泡放射モニターを設置するというリスクの是非を判断するような場面も出てくるのである。
■ 今回の消火活動では、従来の化学消防車や高所放水車で鎮火できないという判断があり、大容量泡放射モニターと泡薬剤の到着を待っている。現時点では当然の考え方であるが、1996年時点ですでにこの判断をしていることに感心する。日本が大容量泡放射砲の必要性を知るのは、2003年十勝沖地震後の北海道製油所ナフサタンク火災の経験からである。ウッドブリッジ・タンク火災と北海道製油所タンク火災を比較してみると、つぎの表に示すようにほぼ同じ規模の消火活動だったと思われるが、違いは大容量泡放射砲の有無である。

北海道製油所ナフサタンク火災(2003年)における泡放射の状況 
■ 現在、日本も大容量泡放射砲システムが配備された。しかし、問題ないかというと、必ずしも万全ではないように思う。ウッドブリッジ・タンク火災では、2基の大容量泡放射砲の流量は15,100L/分であり、泡放射量では10.6 L/㎡/minに相当する。この泡放射量でも難航している。最近は、泡放射量を増やす傾向に変わっており、どのタンクでも10.0 L/㎡/minを確保するという考え方もある。この点において、日本の現在の法令では、中規模タンクの必要泡放射量は少ない。例えば、ウッドブリッジの火災タンク規模である直径34~45mの浮き屋根式タンクに必要な大容量泡放射砲は能力10,000L/分×1台である。これは泡放射量として6.2~7.1 L/㎡/min相当である。確かに、米国グレンプール・タンク火災(2006年)では、7.8 L/㎡/min相当の泡放射量で消火できている例もある。日本では地区ごとに大容量泡放射砲システムを配備するようになっており、実際の火災に遭遇した場合、法令の基準だけに頼らず、タンクの大きさ、必要な泡放射量、使用可能な大容量泡放射砲、天候などの情報を元に、的確な戦略の判断が必要である。



後 記: 東北・北海道では大荒れの天候が続いており、地元山口でも寒くて変な天気が続いていたら、急に暖かくなり、桜が開花し始め、東京・横浜では満開というニュースが流れています。例年だと、西から東へ桜前線が流れていくのに、今年は変ですね。家の近くの周南緑地では、山桜は咲きましたが、ソメイヨシノは咲き始めです。梅の花がまだ残って「三春」になりそうだし、黄色の菜の花が急に咲き、同じく黄色いレンギョウが慌てて咲き、何かまだ砂上なのに○○○ミクスに浮かれた花が咲いているような気がして、いつもの日本の春とはいえない三月ですね。






2013年3月14日木曜日

長崎原爆製造後の放射性廃液が貯蔵タンクから漏洩

 今回は、2013年2月15日、米国ワシントン州の放射性廃棄物保管施設であるハンフォード・サイトの放射性廃液タンクから漏洩した事故の情報を紹介します。この放射性廃液は長崎に投下された原子爆弾に使用されたプルトニウムを生産した時に派生した廃液で、今もハンフォード・サイトの地下タンクの貯蔵されています。この情報は米国で広くニュースになっているほか、日本でも一部の報道機関で記事になっています。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・NBCNews.com,  Tank at Hanford Nuclear Site Leaking Radioactive Liquids, Washington Governor Says, February  15,  2013
      ・Inquisitr.com,  Nuclear Tank Leaking at Washington’s Hanford Site, February 16,  2013 
  ・EditionCNN.com,  Tank Storage Radioactive Waste Leaking in Washington, February  16,  2013  
  ・NyDailyNews.com, Radioactive Waste Tank Leaking at Washington State’s Hanford Nuclear Reservation, February 16,  2013
      ・ RT.com, ‘No Immediate Risk’: Nuclear Waste Tank Leaking in Washington,  February 17,  2013 
  ・ FireDirect.net,  US Nuclear Tank Leak Reported at Hanford,  February 21,  2013
      ・ FoxNews.com, 6 underground tanks holding radioactive  waste leaking in Washington state, February 23,  2013
      ・EditionCNN.com,  Governor:  6 Tanks Leaking Radioactive Waste at  Washington Nuclear Site, February  23,  2013
  ・Hanford.gov, Office of River Protection Confirms a Decrease of Liquid Level in Hanford Single Shell Tank, February 15,  2013

 <事故の状況> 
■  2013年2月15日(金)、米国ワシントン州のジェイ・インスレー知事は、ワシントン州の放射性廃棄物保管施設であるハンフォード・サイトの放射性廃液タンクから漏洩があったと発表した。ハンフォード・サイトは米国本土にある放射能汚染箇所の中でも最もひどい地区として知られているが、この施設のクリーンアップが長い間、遅れていることを改めて浮き彫りにした。
■ ハンフォード・サイトは、面積が586平方マイル(1,518平方キロメートル)あり、米国国家の古い核施設で、核兵器用のプルトニウムを製造していた10年間を経た後、放射性廃棄物を保管している。タンクは寿命20年といわれていたが、その期間をはるかに過ぎて今も使用され、高レベルの放射性廃液を多量に保管している。
■ 同金曜に米国エネルギー省は、ハンフォード・サイトの放射性廃液を保管している地下タンク177基のうち1基の液位が減少していると発表した。液位が減少しているのは、Tタンク所にある一重壁(シングル・シェル)型地下タンクT-111で、容量は530,000ガロン(2,000KL)である。同タンクは1943年~44年にかけて建設され、1945年に廃液を受け入れた。
 タンク近くのモニタリング用井戸では高いレベルの放射線は検出していないが、インスレー知事によると、漏洩量は年間を通じて150~300ガロン(560~1,130L)の範囲にあり、長期で見れば地下水や川への汚染が懸念されると述べている。
ハンフォード・サイト
(写真はエネルギー省ハンフォードのHPから引用)
一重壁(シングル・シェル)型タンク
■ インスレー知事は、「漏れた物質はきわめて毒性が強く、ワシントン州の土壌や地下水に放射性物質が漏れ出ることは例外を許さない政策(ゼロ・トレランス・ポリシー)としなければなりません」と述べた。知事は、住民の健康にただちに危険を及ぼすものでないと強調したが、このことが問題先送りの口実にしてはならないとも言っている。
 インスレー知事は記者会見で、「今回のことについて大変驚いています。今回、漏れがわかったタンクだけでなく、その当時に建設された他の一重壁型タンクの健全性に懸念があります」と語った。知事は、「国は何年か前にこのような問題に対処すると約束していたのに、特に議会の予算審議によって歳出削減されてしまった結果、ハンフォード・サイトではさらにリスクが大きくなってしまったのです。連邦政府の優先事項としてクリーンアップを進めなければなりません」といい、さらに「適切な時期に法制度に基づく我々の権利を行使しようと思っています。この問題をはっきりさせます」と語った。インスレー知事によると、米国エネルギー省のスティーブン・チュー長官とは良いパートナー関係だが、高レベルの汚染地区のクリーンアップについて議会が承認するかどうか懸念しているという。
■ 問題のタンクには、固体と液体が混じったドロドロ状のスラッジが約447,000ガロン(1,690KL)入っている。タンクは1940年代に建設されたもので、以前、漏洩していたことはよく知られている。しかし、1995年にすべての液が移し替えのためにポンプで汲み上げられてからは安定していた。
 インスレー知事によると、2005年にハンフォード・サイトの全タンクが安定した以降、液の漏出があったことを明らかにされたのは、今回が最初だという。知事のスタッフによると、連邦政府は他のタンクに問題がないことを確認中だという。
■ 第二次世界大戦の最中の1943年、連邦政府は、ワシントン州東部の町から遠く離れた不毛地帯であるハンフォードに原子爆弾を製造する極秘プロジェクトを立ち上げた。地元住民は立ち退かされ、数千人の作業員がサイトに動員された。この結果、ハンフォード・サイトではプルトニウムが世界で最初に生産され、プルトニウム型原子爆弾の製造に使用された。日本に投下された2発の原子爆弾のうち、このプルトニウム型原子爆弾は1945年に長崎に投下された。これは戦争の終結に効果があった。
 冷戦中も、ハンフォード・サイトでは数基の原子炉が稼働し、プルトニウムの生産が続けられた。最後の原子炉が1987年に停止され、州と連邦政府による大規模なクリーンアップのための努力が払われたが、今日、ハンフォードは米国本土で最も放射能に汚染された地区となっている。クリーンアップのために、これまでの数十年に多額の費用がかけられたが、今後も多額のコストがかかるといわれている。
 シアトル・タイムズによれば、ハンフォード・サイトの面積586平方マイル(1,518平方キロメートル)のうちおよそ10%は汚染されているという。ワシントン州環境庁によれば、トリチウム、硝酸クロム、ストロンチウム90を含む物質が河川へ浸透しているという。ただし、同省によれば、地区の農作物に不安全なレベルのものは見つかっていないという。
■ クリーンアップの中心となっている方策は、古くなった地下タンク177基から多量の毒性の高い放射性廃液の移し替えである。古い地下タンクから廃液が長い間にわたって漏れており、60基を超えるタンクから推定百万ガロン(3,780KL)が漏れていたといわれている。これは、地下水および太平洋北西岸側で最大の水系であるコロンビア川への脅威となっている。
二重壁(ダブル・シェル)型タンク 
 177基の地下タンクのうち149基が一重壁型タンクで、28基が二重壁(ダブル・シェル)型タンクである。エネルギー省は漏れていた一重壁型タンクの廃液を二重壁型タンクへ移し替えを行なった。しかし、現在では、二重壁型タンクの余裕スペースはほとんど使い切っている。
 さらに、123億ドル(1兆1千億円)をかけて安全且つ安定的に廃棄物の処理を行うためのプラント建設が遅れており、予算が大幅に超過する状況にある。プラントは、ガラス固化体プロセスによって放射性廃棄物をガラス・ログにしようとするものである。プロジェクトは技術的な問題で遅れている上に、プラントの設計と安全性について疑問があるとして、最近、何人かの労働者が訴訟を起こしている。
■ ハンフォード・サイトの監視団体である「ザ・ハンフォード・ウォッチドッグ・グループ・ハンフォード・チャレンジ」のトム・カーペンターさんは、「もう待つ時間はない。タンクはすでに壊れ始めているんだ。我々は大きな問題を抱えているんだ」と語っている。 
■ 2月末に迫った強制歳出削減計画は、議会によって停止しない限り、すべての連邦政府機関の支出カットが行われ、ハンフォード・サイトでは作業員が解雇され、これまでの改善の努力が止まってしまうことになると、インスレー知事は心配している。インスレー知事は今回の問題について話し合うため、来週(2月18日の週)、ワシントンD.C.を訪問するという。
漏れていたタンクは1基でなく、6基
■ 2月22日(金)、インスレー知事は、ハンフォード・サイトで漏れていた廃液タンクが1基でなく、6基だったと発表した。先週、知事は住民の健康にただちに危険を及ぼすものでないと強調していたが、この発表は不安を呼び起こすものとなった。
 22日(金)の午後、知事は、「ハンフォード・サイトで6基のタンクから漏れていたという話は、すべての一重壁型タンクの健全性に疑問を呈さざるを得ない」とツイッターで述べている。知事によると、この新しい情報はワシントンD.C.において米国エネルギー省チュー長官との会見で知らされたという。知事は、先週、年間の漏洩量が150~300ガロン(560~1,130KL)の範囲だと聞いていたが、「チュー長官は、その漏れ量には他のタンクからの漏れも含んでおり、エネルギー省の分析データを正しく説明していなかったと話していた」と語った。しかし、知事は漏洩に関して「まだ、健康にただちに危険を及ぼすものでない」と改めて述べている。

補 足
■  「ワシントン州」は、米国西海岸最北部に位置し、人口約670万人で、州都はオリンピアであるが、規模や経済の面で中心都市はシアトルである。 
 放射性廃棄物保管施設のハンフォード・サイトはワシントン州東南部のベントン郡にある。 ハンフォードという町は、核生産施設の土地を確保するため、1943年、当時小さな農業の町だったが、強制的に立ち退かされ、現在は存在しない。町があった場所は、現在のハンフォード・サイトの100F区域である。 

■  「ハンフォード・サイト」は、面積1,518平方キロメートルに及ぶ広大な土地で、コロンビア川がほぼ北から南へ流れるところで、一番近くの町は人口約49,500人のリッチランドである。年間の降雨量は少なく、乾燥地で、砂漠に近い土地である。
 第二次世界大戦中、原子爆弾を製造するマンハッタン計画によって、ハンフォード・サイトは核施設の建設が進められ、1945年8月の戦争終了までに、3基の原子炉と3基のプルトニウム処理施設が完成し、運転された。1946年以降の冷戦中もソ連の核兵器に対抗するため、さらに拡張が図られ、1963年には9基の原子炉がコロンビア川沿いに配置され、5基の処理施設が建設された。その後、1964年から1970年にかけて徐々に活動が停止された。
ハンフォード・サイトの核処理施設19601月)
コロンビア川上流の川岸にあり、手前はN原子炉、すぐ後ろにKE原子炉(2基)とKW原子炉、ずっと後方に世界最初のプルトニウム生産施設B原子炉が見える。   (写真はWikipediaから引用) 
タンク所の配置
(写真はエネルギー省ハンフォードのHPから引用) 
 その後、ハンフォード・サイトは米国で最大の核廃棄物汚染の問題地区となった。1988年、ハンフォード・サイトは4つの区域に分けられ、ワシントン州環境部・米国エネルギー省・米国環境保護庁の3者でクリーンアップが進められている。クリーンアップ・プロジェクトは二つの規制団体の監視のもと、米国エネルギー省が管理し、11,000人の作業員がクリーンアップ作業、廃棄物の移設、建築物の除染、土壌の除染に従事し、年間20億ドル(1,800億円)を費やしている。当初30年以内に完了するとされた浄化計画のうち、2008年時点で終わったのは半分未満だった。近年、廃棄物処理状況を一般が見られるビジター・センターもできたが、汚染物質が地下水へ到達し、コロンビア川に流出することへの懸念は払拭されていない。 
視察で訪れた東京電力に説明するハンフォード・サイト職員
 (写真はエネルギー省ハンフォードのHPから引用)
 なお、エネルギー省ハンフォード・サイトのホームページによると、2013年1月17日に東京電力のメンバーがハンフォードのクリーンアップ技術を福島で応用するためサイト視察に訪れたという。

■ 放射性廃液を貯蔵しているタンク型式は、 「一重壁(シングル・シェル)型タンク」と「二重壁(ダブル・シェル)型タンク」に分けられる。 「一重壁型タンク」は、コンクリート製の側壁と底板に鋼製のライニングが施工され、ドーム型のコンクリート製屋根である。一重壁型タンクには4つのサイズがある。今回、最初に発表された漏洩タンクは、Tタンク所(T Tank Farm)にあるT-111で、直径約75フィート(22m)、高さ約30フィート(9m)、容量約530,000ガロン(2,000KL)で、土被り約7フィート(2.1m)の地中に埋められている。

放射性廃液の貯蔵タンク型式
左上が二重壁型タンクで、他の4つが一重殻型タンク    (写真はエネルギー省ハンフォードのHPから引用) 
 「二重壁(ダブル・シェル)型タンク」は、鋼製のタンクの外側に、鋼製ライニングを施工したコンクリート製タンクの二重構造になっている。サイズは、直径約75フィート(22m) 、高さ約48フィート(14m)、容量約1,160,000ガロン(4,300KL)で、土被り約7フィート(2.1m)の地中に埋められている。ワシントン州環境庁のホームページには、2012年に二重壁型タンクAY‐102の内壁側から漏れた形跡があり、状況を監視しているという情報が掲載されている。
一重壁(シングル・シェル)型タンク 
二重壁(ダブル・シェル)型タンク 

■ 「放射性廃棄物」の問題を幅広く取材した新聞記事として、中国新聞(本社広島市)が2001年9月~2002年7月にかけて38回連載した特集「核時代 負の遺産」がある。この取材の主旨は、第二次世界大戦中の米国の原爆製造から約60年、冷戦終結によって1980年代半ばに約70,000個にも達した核兵器の解体による高濃縮プルトニウムやウランの処理問題、プルトニウム製造工場などでの放射能汚染問題、老朽化した原子力潜水艦や原子力発電所の解体問題、原子力発電所の事故、放射性廃棄物貯蔵所の処理問題など原子力のエネルギーに依存した20世紀から先送りされた「負の遺産」が残されており、その重荷にあえぐ米国と旧ソ連を歩き、実態を探ったものである。ワシントン州のハンフォード・サイトにも訪れ、当時取材した記事が掲載されている。それから10年余、改善されたはずの放射性廃棄物の問題は解決されておらず、今回の漏れ事例のように顕在化した。 「核時代 負の遺産」の記事は、東京電力福島第一発電所の事故を経験したため、現在読んでも、当時の識見は秀逸である。

所 感
■ 広島・長崎原爆投下から約68年、広島・長崎では原爆による人への影響は今も残っている。一方、米国においても、この原爆を製造した際に出た放射性廃液が今も保管され、環境汚染の問題を引きずっている。まさか、このようにして地下タンクからの放射性廃液の漏れ事例を紹介するとは思わなかったというのが率直な感想である。
 当初漏れているタンクは1基という話から6基という情報に変わった。説明が足りなかったという話が出ているが、米国エネルギー省の2月15日に出されたニュース・リリースでは、はっきりとT-111タンクの1基であることが明示されている。その後、同省からニュース・リリースは出ていない。実態が隠されていると思う。

■ 記事中に地下タンクは寿命20年という値がある。タンクの鋼製ライニング厚さや放射性廃液の腐食率はわからないが、仮に厚さをやや厚く10mm、腐食率をやや厳しく0.5mm/年とおくと、寿命は20年となり、この数値自体はおかしいものではないと思う。それが現在も使用されていることは、一般の工業分野では信じられない。原子力分野の異常な常識である。
 それはなぜか。それは、放射性廃液(廃棄物)の浄化戦略が無いからである。戦略の戦いの対象である放射性廃液は、2重壁型タンクへ移そうが、ガラス固化体にしようが、放射能を無くすわけでない。放射性廃棄物は放射能の毒性を保持したまま、形を変えているだけである。これが原子力分野の「クリーンアップ」なのである。 


後 記: 今回、情報を調べていて、米国では、この2月、保有する70,000トンの核廃棄物を地中へ埋めるという判断をしたらしいとの情報がありました。米国エネルギー省は、反対意見があるのもかかわらず、2005年に核廃棄物の再処理を検討し始めていましたが、2011年3月の福島第一原子力発電所の事故を契機に再処理に懸念を示したということです。米国は、原子力エネルギー利用から派生する放射性廃棄物の最終処分を決めず、先送りしてきましたが、結局、以前に凍結した地下への埋設にすることを決めそうです。








2013年3月6日水曜日

東海、東南海地震による東京湾岸のタンク油流出予測

 今回は、2012年2月2日朝日新聞に掲載された「東京湾岸 石油流出の恐れ 長周期地震、タンク被害 早大研究室調査」という東海、東南海地震の長周期地震動によって東京湾岸にある石油タンクからの流出予測に関する情報を紹介します。
 本情報は2013年2月2日朝日新聞に掲載された「東京湾岸 石油流出の恐れ 長周期地震、タンク被害 早大研究室調査」 の情報をまとめたものである。内容を補完するため、消防関係機関の公表した情報を補足にまとめた。
<内 容> 東京湾岸 石油流出の恐れ =長周期地震、タンク被害=
■ 東海、東南海地震で起きるとされる長周期地震動で、東京湾岸にある石油コンビナートから約12万KLの石油があふれ出す可能性があることがわかった。
(図は朝日新聞から引用)
■ 元土木学会会長の浜田政則・早稲田大教授(地震防災工学)の研究室が、神奈川・千葉両県の東京湾岸にあるコンビナートを上空から撮影した画像を分析。確認できた計1,510基の石油タンクの構造、大きさ、容量などを推計した。その結果、3分の1の503基が鍋の落としぶたのように液面に屋根を浮かせた「浮き屋根式」のタンクであると判明した。これらのタンクが東海、東南海地震の連動時に想定される長周期地震動に見舞われたケースをシミュレーションすると、ゆっくりと長く続く揺れとタンク内の石油が共振して波立つスロッシングが発生。115基から大型タンクローリー6,000台分にあたる計118,800KLがあふれ出すとの試算結果が出たという。

■ 2003年9月の十勝沖地震では、北海道苫小牧市のコンビナートにあった浮き屋根式タンクから火災が起きた。屋根ぶたとタンクの壁が接触して火花が散ったことが原因とみられているが、浜田教授は「東京湾岸部でも同時多発的に火災が起きる可能性がある」と指摘。南海トラフ巨大地震が予想される大阪湾岸や伊勢湾岸でも同様の危険性があるとしている。

■ 総務省消防庁によると、浮き屋根式タンクは石油の揮発を抑える長所があり、全国に2,314基設置されている。一方で、オイルフェンスの整備や耐震対策は事業者側に任されており、管理の実態や対策の実効性は十分に分かっていない。
 石油の流出や火災などで市場への供給が止まると、経済に深刻な影響が出る。経済産業省はコンビナートの稼働やエネルギー供給の継続可能性を調べるため、1月に示した補正予算案に43億円を盛り込んでいる。

補 足
■ 「 2003年9月、十勝沖地震における北海道苫小牧の浮き屋根式タンク火災」は、地震直後と2日後の2件起こっている。
30006原油浮き屋根式タンク火災
 1件目は9月26日(金)午前4時51分の地震直後、原油用の30006浮き屋根式タンク(直径42.7m×高さ24.39m、容量32,778KL、出火時31,160KL)で起こったリムシール火災(リング火災)である。火災は浮き屋根シール部周辺だけでなく、防油堤内および北側配管付近の3箇所で起こった。長周期の地震動によりタンク液面のスロッシングが生じ、浮き屋根が大きく揺動して、内部の原油が浮き屋根上や防油堤内へ溢流・漏洩した。この時、浮き屋根が揺動した際に浮き屋根とタンク上部の付属部品の衝突によって火花が発生し、浮き屋根上の可燃性混合気に着火したものと思われる。防油堤内および北側配管付近の火災はタンク火災が延焼したものと思われる。火災は約7時間後の午後12時9分に鎮火した。
沈降帯電と放電のメカニズム
30063ナフサ浮き屋根式タンク火災
 2件目は地震から2日後の9月28日(日)午前10時45分頃、ナフサ用の30063浮き屋根式タンク(直径42.7m×高さ24.39m、容量32,779KL、出火時26,874KL)で起こった全面火災である。長周期の地震動のよって、地震翌日にタンクの浮き屋根が完全に油中に沈没した。このため、ナフサの揮発防止のため消火用の泡を放出し、液面を覆っていた。しかし、当日の強風により、泡が風に押されて南側に片寄ってしまい、北側の3分の2が大気中に露出してしまった。さらに、泡が時間経過とともに消え、水に戻るときに生じる水滴がナフサ中を沈降することによってナフサが帯電(沈降帯電)し、発生した電荷が液面上の泡に蓄積して、泡の電位が上昇し、泡とタンク側板間で放電して着火したと推定される。火災は全面火災となり、固定泡消火システムおよび消防車両による消火活動では対応できず、ほぼ燃え尽きるまで約44時間燃焼し、9月30日(水)午前6時55分鎮火した。

■ 「長周期地震動によるスロッシング」の解析方法について記事では言及しておらず、また早大研究室の発表原文をインターネットで調べたが、見つからなかった。
 石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂に関する調査検討として公表されている「石油コンビナート等における災害時の影響評価等に係る調査研究会報告」(2012年9月12日、財団法人消防科学総合センター)の中で示されている長周期地震動によるスロッシング解析方法はつぎのとおりである。
石油タンクのスロッシング被害の評価
 長周期地震動による石油タンクのスロッシング被害の評価は、想定地震の予測波形から得られる速度応答スペクトルがベースとなる。これをもとに、個々の石油タンクでのスロッシング波高を求め、その大小から災害拡大シナリオに現れる各災害事象の可能性を判定し、災害規模に応じた影響を算定することになる。このようなスロッシング被害に関する評価手順は概ね以下のようになる。
① 速度応答スペクトルの算定
  ● 想定地震の予測波形の入手(長周期成分を含む)
  ● 速度応答スペクトルの算出
② スロッシング波高の算定
 個々のタンクのスロッシング最大波高は、次式により計算する。 
また、上式は微小波高を仮定したものであり、溢流が生じるような大きなスロッシングの場合は、非線形性の影響による波高増分を考慮する必要がある。非線形性を考慮したスロッシング最大波高は、西晴樹・他(2008)により次式が提案されている。
③ 溢流量の推定・流出火災の想定(浮き屋根式)
 スロッシング最大波高(η+)がタンクの余裕空間高(満液時)を上回る場合には溢流ありと判断し、西晴樹・他(2008)の手法(次式)によりスロッシングによる溢流量(Δv)を計算する。
 さらに、 Δv  の大小、油種に応じて流出火災の想定を行う。

■ 記事では、「総務省消防庁によると、浮き屋根式タンクは石油の揮発を抑える長所があり、全国に2,314基設置されている。一方で、オイルフェンスの整備や耐震対策は事業者側に任されており、管理の実態や対策の実効性は十分に分かっていない」と記載されているが、浮き屋根式タンクの長周期地震動に関する対策については、2003年の十勝沖地震によるタンク火災事故を契機に法制化され、対応がとられている。

十勝沖地震による2件の石油タンク火災からの教訓
● リムシール火災(第1火災)は,想定以上の地震動による大きなスロッシングのため,浮き屋根と上部設備が衝突したことが火災発生の原因であり、最高液面(空間高さ)の見直しが必要がある。
●  全面火災(第2火災)では,大きなスロッシングにより浮き屋根が沈没したことが第1の要因であり、浮屋根の浮き機能の確保が重要である。

消防法の改正; 長周期地震動によるスロッシング対策
● 空間高さの確保
 地震動の設定に関しては,特に揺れやすい地域を特定し,それらの地域毎に図の例のように周期の関数としてスペクトルを設定し、長周期地震動に係る地域特性に応じた空間高さ(屋根と側板上端までの高さ)の確保が行われた。(2007年3月31日までに実施済) 
 ただし、法令により規定された空間高さは、守るべき最低限の地震動レベルにより示されたものであり、タンクの液面監視の強化に努めるものとする。
●浮き屋根式タンクの構造強化(一枚板構造のシングルデッキ型浮き屋根)
 スロッシング時における大型の浮き屋根の挙動を解析した結果、浮き屋根は1次モードによる揺れの動きのほか、2次モードによるねじれの動きがあることが解った。この結果に基づき、容量20,000KL以上の貯蔵タンク(または空間高さが2m以上の貯蔵タンク)は、長周期地震動により浮き屋根に作用する荷重に耐えられ構造とすることとなった。(経過措置期間:2017年3月31日までに実施)
●溶接部等の補強
 浮き屋根の浮き機能を確保するため、浮き屋根の母材やガイドポールの溶接部などの箇所について健全性の確認を行い、必要な改修を行う。(保安検査等の定期的な検査の時期に合わせて)
浮き屋根の構造強化の例
石油タンクスロッシング被害予測システムの表示例
●石油タンクスロッシング被害予測システムの導入検討
 地震発生後の点検の優先を判断することが大切であり、貯蔵タンクのスロッシングによる溢流の発生危険性等を事業所において迅速に把握することのできる石油タンクスロッシング被害予測システムの導入を検討する。
 すでに、千葉県や神奈川県の事業所では、システムの導入が行われつつある。

東日本大震災(2011年3月11日)における長周期地震動による貯蔵タンクの被害
津波で移動して倒壊したタンク
● 震災後に岩手県気仙沼市、仙台地区(仙台市、七ケ浜町)、福島県いわき市、茨城県鹿嶋市、山形県酒田市、新潟県新発田市、新潟市、千葉県市原市、神奈川県川崎市の石油コンビナート等特別防災区域における石油貯蔵タンクの被害状況が消防機関によって調査された。この結果、気仙沼市、仙台地区、鹿嶋市は短周期地震動と津波による被害で、長周期地震動による被害はなかった。なお、津波によって4事業所の10基の貯蔵タンクから油流出が発生している。流出油量は11,521KLで、油種は重油、灯油、軽油、ガソリンであった。
● 長周期地震動による被害は酒田市、新発田市、新潟市、市原市、川崎市で見られた。被害はスロッシングによる浮き屋根のポンツーン破損、デッキ上への油の溢流などである。しかし、タンク外への流出はなかった。川崎市の貯蔵タンクでは、スロッシングによる浮き屋根沈没の事例が1件発生した。
浮き屋根が2日後に沈没したタンク
● 川崎市で浮き屋根が沈没したのは製油所の重油用タンクで、直径38.74m、許可容量19,365KL(許可液面高さ16.429m)のシングルデッキ型浮き屋根だった。タンク容量が20,000KL未満であるが、空間高さが2.0m 以上となることから、消防法改正の浮き屋根新基準に適合させることが必要なタンクだった。しかし、新基準の経過措置期間中であることから、地震当時、このタンクの浮き屋根は、まだ新基準には適合していなかった。浮き屋根のポンツーンが一部破損して油が浸入し、徐々に沈下していき、地震発生の2日後に完全に沈没した。なお、当該タンクに実際に発生したスロッシング高さは約1.0~1.5mと推測され、地震当時の条件から算出されるスロッシング高さは約2.7m となり、実際に発生したスロッシング高さは計算上のものより小さかった。

所 感
■ 東日本大震災に続き、東海、東南海地震の起こる可能性があることから、東京湾岸の住民には石油コンビナートにおける貯蔵タンクの危険性について漠然とした不安や懸念があるのは事実である。このような状況下で、今回の情報はマクロ的な視点で興味深いものだといえる。
 ただし、内容には疑問が残る。おそらくコンピュータを駆使したシミュレーションによって算出されたもので、出力(結果)に間違いはないと思うが、入力条件が適切かどうかわからない。補足で解説したように2003年十勝沖地震による長周期地震動によるタンク火災の事例は、それまでわからなかった多くの知見を得て、消防法の改正によって対応がとられつつある。特に、スロッシングによる最大波高がタンク側板を超えないように空間高さの見直しが行われている。実際、東日本大震災時には、東京湾岸の貯蔵タンクは長周期地震動の影響を受け、浮き屋根が沈没する事例やポンツーン内に滞油するタンクがあったが、タンク外へ流出する事例はなかった。
■ それでは問題はないかということになれば、次に来る地震時に貯蔵タンクから油流出事故や火災事故が起きないという保証はない。消防法改正の浮き屋根新基準は経過措置期間中であり、未適合のタンクの損傷が出る可能性はあるし、地震動による被害はタンクだけなく、配管など付属設備の損傷によって事故の起こる可能性があることを忘れないことである。


パキスタン洪水
後 記:今回の情報をまとめているとき、天災によるタンクの被害による油流出事故として思い出されたのが、2010年7月末、パキスタンで大きな洪水が発生し、ムザファルガル地方の主要な3つの石油施設に貯蔵されていた何千トン(多分、もっと多量)という油とケミカルが荒れ狂った洪水に流されてしまい、環境への影響について心配されるという情報を出したエキスプレス・トリビューン誌の記事です。油流出は大きく報道されていませんが、この油分を含んだ水が国土の広範囲に拡大する恐れがあり、アラビア海に達する洪水地域の生態系に影響し、国土に大きな損害を与えかねないというものです。その後、洪水の被害に隠れて環境汚染の実態はわかりません。東日本大震災時に流出した油の環境汚染が話題にならなかったのと同じです。
 3.11から2年経とうとしていますが、ここでもう一つ感じるのは、油汚染に比べ、放射能汚染は時間が経っても改善しないことです。油汚染は回収したり、油の蒸発や微生物による分解で改善する道がありますが、放射能汚染は蓄積し、長い半減期を待つだけです。原子力発電所の安全神話は瓦解し、一旦事故が起こったときの影響は大きく、長く、人間が制御できる範囲を越えており、原子力発電所は人間にとって有用なものではないということです。