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2014年7月26日土曜日

米国コロラド州で洪水によって今年もタンクから油流出

 今回は、昨年起こった米国コロラド州で洪水によって被災したタンクから油流出」に続いて、今年2014年6月20日にコロラド州で起こった洪水によるタンクからの油流出事故の情報を紹介します。
洪水によって油流出のあったノーブル・エナージー社の原油タンク施設 
 (写真Denver.CBSlocal.comから引用
 <事故の状況> 
■ 2014年6月20日(金)、コロラド州ウェルド郡(Weld County)にある石油貯蔵タンクが洪水によって被災し、キャッシュラ・プードル川へ原油が流出する事故が起こった。事故があったのは、ウェルド郡とラリマー郡のホームルール自治体であるウィンザーの町の郊外にあるノーブル・エナージー社(Noble Energy Inc.)の所有するタンクで、流出した量は7,500ガロン(28KL)とみられる。
コロラド州ウェルド郡のキャッシュラ・プードル川付近 
 (写真はグーグルマップから引用)
■ コロラド州天然資源部によれば、ノーブル・エナージー社の所有するタンク施設に洪水が襲い、防油堤内に流れ込み、バルブを壊してタンク内の油が漏洩した。油は約1/4マイル(400m)下流の植生域に流れて集まった。当局は、漏洩は止まっていると発表した。清掃部隊が川岸に付着した油の除去作業をバキューム車や吸着剤を使用して開始した。当局によると、地域の飲料水への影響はないという。今のところ、流出域における生態系への悪影響が現れるかどうかは不明である。しかし、流出したタンクまわりのエリアにある植物の中には変色しているものがある。

■ ノーブル・エナージー社は6月20日(金)の午後に油流出を発見し、その後その旨をコロラド州石油・天然ガス資源保全委員会および関係機関に報告した。漏れた量はタンク内の全量で、約178バレル(28KL)だという。タンク近くにある油井は閉止された。隣接する別なタンクは損傷しなかったが、安全かどうかは確認できていない。ノーブル・エナージー社は予防措置として、損傷タンク隣りの被災しなかったタンクから油の抜取り作業を行なった。

■ コロラド州天然資源部広報担当のトッド・ハートマン氏は、6月21日(土)もノーブル・エナージー社の清掃部隊と環境保護機関当局者がキャッシュラ・プードル川の現場で清掃作業を行っていると語った。さらに影響を受けた土壌を除去する準備を始めたという。

■ ノーブル・エナージー社は6月21日(土)、同社社員はクリーンアップを適切に行うため環境サービス会社の協力を得て作業中であり、潜在的な環境への悪影響を軽減するため、関係機関と密接に連携して進めるという声明を出した。

■ 流出のあった油井とタンク施設は、コロラド州の水系に極めて近い場所にある何千という個所のひとつであるが、これまで環境保護団体はコロラド州の湖や河川を保護するため州の規制を見直すよう働きかけていたにもかかわらず、事故が起こった。

■ コロラド州では、洪水によって油の流出する事故が続いている。昨年秋、歴史的な洪水によってコロラド州は大きな痛手を負ったが、この時は原油・天然ガス施設のタンクが被災し、少なくとも10箇所から油流出があった。2つのタンク施設から約5,225ガロン(20KL)の油がサウス・プラット川へ流出し、プラットヴィル近くでは多くのタンクから約13,500ガロン(51KL)の油が流出している。国内で最も掘削密集地域のひとつに洪水が押し寄せ、10月には、流出の全貌がはっきりしないが、公式発表の数字では43,000ガロン(162KL)の油が流出し、18,000ガロン(68KL)以上の破砕用水が流出している。米国内に豪雨によって洪水を起こさせるような異常気象は、原油・天然ガス施設の関係者にとって新たな脅威になっている。

 コロラド州の油流出のニュースは環境保護団体エンビロンメント・アメリカ(環境アメリカ)が出したレポートも話題になった。レポートでは、2012年の一年間でコロラド川に放出された毒性ケミカルが849,610ポンド385トン)にのぼるというものである。硝酸カリ汚染は農業事業から出る典型的な環境汚染で、最も一般的な形態で放出され、コロラド水系に藻類ブルームが異常繁殖して死の水域に至らせる。

■ エンビロンメント・アメリカの上席法定代理人のジョン・ランプラー氏は、「私たちが川の中の酸素を全部吸い取ったら、魚がいなくなり、私たちの川は生物のいない川になってしまいます。 この有毒物質の汚染は、私たちがクリーン・ウォータ・アクト(Clean Water Act)活動を推進して強力な保護を行なう必要性を知らしめているのです」と語っている。
   (写真Denver.CBSlocal.comから引用)                        (写真はUSAtoday.comから引用)   
補 足                                                        
■ コロラド州は、米国西部に位置し、州の南北にロッキー山脈があり、州全体の平均標高が全米で一番高い山岳地帯の州である。州の西部はコロラド高原、東部はグレートブレーンズ(大平原)である。人口は約500万人で、州都および最大都市はデンバーである。コロラド州は石油・天然ガス資源に恵まれており、米国天然ガス田100傑のうち7か所、油田100傑のうち2か所がある。天然ガスの生産量は国内生産量の5%を超えている。オイルシェールの埋蔵量は石油換算で1兆バーレル とされているほか、石炭(瀝青炭、亜瀝青炭、褐炭)もかなりの埋蔵量が見つかっている。
 「ウェルド郡」 (Weld County)は、コロラド州北東部に位置し、比較的平坦な地域にあり、人口約25万人である。ウェルド郡はコロラド州の中でも牛・穀物・テンサイの生産量が多く、ロッキー山脈の東側では最も裕福な農業郡でもある。ウェルド郡では、2013年に洪水があり、石油タンク施設から油流出の事故があった。「ラリマー郡」はウェルド郡の西に隣接する郡である。
 「ウィンザー」は、ウェルド郡とラリマー郡のホームルール自治体で、人口は約18,600人の町である。ホームルール自治体は米国における地方自治のひとつの形態で、ホームルールとは地方自治体が州政府など外部から加えられる統制を最小限にとどめ、自らの問題を自ら解決していくことのできる権限である。
 
■ 「ノーブル・エナージー社」(Noble Energy,Inc.)は、1932年に設立された米国の石油・天然ガス探査・生産で、テキサス州ヒューストンに本拠を置く。特に、1990年代から飛躍し、現在ではフォーチュン1,000社にランクされる企業となっている。メキシコ湾を中心に事業を展開し、米国内陸地の探査・生産も行っているが、コロラド州の事業はマイナーの位置付けである。同社ウェブサイトでは、今回の事故情報はニュースリリースの対象としてなっていない。
コロラド州ウェルド郡のキャッシュラ・プードル川付近のタンク施設 
 ×印がタンク施設の場所。今回の流出の該当施設は見当たらず、おそらく新しい施設とみられる
(写真はグーグルマップから引用)
                キャッシュラ・プードル川付近のタンク施設の例     (写真はグーグルマップから引用

所 感
■  昨年の油流出事故の所感では、「米国コロラド州で記録的な豪雨(100年に1度)によるタンクから油流出する事故で、世界的に見ると、異常気象による集中豪雨や洪水が、異常な出来事ではないように思える」と述べた。2年続けて洪水が起こり、まさにいつでも起こる災害になった感がある。

■ 州政府や地方自治体、あるいは石油会社は、おそらく昨年のような事態は起きないだろうという予断があったと思う。この地区の1箇所当たりの原油タンク施設は小規模で、タンクの防油堤は土盛り式で高さも低く、洪水の水圧や流れで簡単に壊れるに違いない。河川近くにある原油タンク施設は洪水が起こりうるという前提条件で配管や防油堤を設計する考え方に変える必要があるのは確かである。

<備 考>  
  本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・USAtoday.com, 7,500 Gallons of Oil Spills in Colorado River,  June 20, 2014 
   ・Fox21news.com, Crews Cleaning up after Colorado Oil Spill, June 21, 2014 
   ・EcoWatch.com,  Noble Energy Spills 7,500 Gallons Crude Oil into Colorado’s Poudre River, June 21, 2014
   ・Denver.CBSlocal.com,  Oil Spill Cleanup Underway in Windsor, June 21, 2014
   ・ThinkProgress.org,  Damaged Storage Tank Spills 7,500 Gallons of Oil into River in Colorado, June 23, 2014



後 記: 自然災害を理由に事故を大目に見る時代ではありませんね。今回のコロラド州の油流出事故を見ても、昨年より厳しい見方になっています。地方政府や石油会社の対応に問題ありますが、政治的な批判記事のところは少し控えました。
 ところで、夏休みに入り、甲子園を目指す高校野球地方大会が始まり、自宅のすぐ近くにある周南市野球場(津田恒美メモリアムスタジアム)でも、球音と声援がセミの鳴き声といっしょに聞こえてきます。あまちゃんのテーマ曲も応援歌で登場しています。グランドでは、本当に一生懸命に野球をやっています。コールドゲームになりそうでも、ひたむきにプレーしているのはいいですね。しかし、この高校野球も多くの人の支援の中で行われています。試合前のほか、5回が終わった段階で、写真のようにたくさんの人が荒らたグランドを整備しています。高校野球は夏の風物詩のひとつですね。



2014年7月21日月曜日

大型石油タンクのハザード評価の方法

 今回は、 ギリシャ・アテネ国立技術大学のアルギュロプロス氏(C.D. Argyropoulos)らが発表した「大型石油タンクのハザード・アセスメントの方法論(A Hazards Assessment Methodology for Large Liquid Hydrocarbon Fuel Tanks)」(2012年)について紹介します。内容は石油貯蔵タンクのハザード評価の方法ですが、日本で一般的に使われているリスクアセスメントやリスクマネジメントを念頭にして読まれるのがよいと思います。また、大型タンク(Large Tank)と表現されていますが、日本の油槽所にあるような石油タンクの大きさを対象にしています。
(写真はIslamtimes.orから引用)
<要 旨 >
 本論文は、事故の原因とその対策に関するチェックリスト方法およびセベソ指令の考え方を適用して、石油貯蔵タンクのハザード評価の方法について系統的にまとめたものである。ギリシャの産業安全の手法に関する研究は活発ではなかったので、筆者らは、ギリシャにおける専門家の組織化を行なって取組んだ。ここでは、これまでに検討してきた結果について述べ、リスクの主要因を判定するためのハザード評価の方法を提示し、分析の方法や安全対策を考える上で役立つものだと思う。

1.はじめに
■ 石油タンク火災の発生はそれほど多くはないが、施設、環境、作業員や地元住民の健康に対して予期せぬ展開に進むことがある。クレッツ氏(Kletz)が述べたことを言い換えれば、「産業安全の進歩はひとつひとつの事故の歴史である」といえる。実際、最近でも重大なタンク火災が起きている。例えば、2005年11月11日のバンスフィールド石油貯蔵所事故、2009年10月23日のカリビアン製油所における大規模なタンク火災事故である。これらの事故は施設に大きな損害を与え、環境へ悪影響を及ぼしたことに間違いはないが、一方、ピットブラド氏(Pitblado)によって類似事故の防止に必要な対策が示された。

■ チャン氏とリン氏(Chang and Lin)は、貯蔵タンクで起こった事故に関する統計分析を実施するため、多くの文献から有用な情報や資料を集め、広範囲な研究を行っている。このほか多くの科学者や技術者のグループが、大規模な石油タンク火災に関する物理的特性や現象を調査し、解明しようと、徹底した研究に取り組んでいる。これらの調査の中には、毒性汚染物質(例えば、煙、二酸化硫黄、一酸化炭素、芳香族炭化水素、揮発性物質)の分散の推算式によって高度での濃度や地表での濃度を推測するものや、地表濃度を既定の安全しきい値と比較して危険ゾーンを特定しようと試みたものがある。

■ 現在、石油化学施設における安全分析に関する標準的な方法は定量リスク分析(QRA)であり、それ以前はいわゆる定性リスク分析と呼ばれるものが先行していた。しかし、定性リスク分析はネグタリング氏とパスマン氏(Knegtering and Pasman)によって長所と短所が明らかにされた。

■ 定性的な方法としてよく知られているのは、チェックリスト方式、 FMEA (Failure Mode and Effects Analysis:故障モードと影響解析)、 HAZOP(Hazard And Operability Study)が使用されてきた。チェックリスト方式は、化学設備の経験が豊富であれば、ハザードを識別するのに最も簡単なツールである。しかし、実際、有効な経験が無ければ、ハザード評価の中で適切な判断ができない。さらに、定量的な方法では、システムや設備に関連するリスクレベルあるいは安全レベルを明確にすることが試みられている。この方法はモンド氏やダウ氏らが取組んできたようにすでにいろいろなものが存在しており、確立したものとしてはフォルトツリー法(FTA)やイベントツリー解析(ETA)がある。この延長線上に、地震地域におけるオフショア設備、大型石油輸入ターミナル、ファイヤー・マネジメント、石油化学工業におけるドミノ効果に関する専用のリスクアセスメント法が作られてきた。しかし、我々の中では、石油貯蔵タンクに関するリスクアセスメント法が欠けているという見解である。この方法が確立すれば、貯蔵タンク設備の安全操業とともに関連する安全の検討や評価に役立つ。

■ これまでの研究から、石油貯蔵タンクの操業に関して適切な運転基準を提示するとともに、ハザード評価の方法を系統的に説明していく。提案の方法は、ギリシャのある石油タンク基地を対象に予備研究として検討し、実施した。これは、ギリシャ開発省に代わって、欧州法規である「セベソ指令」による解析を行なった。1983年以降、EU(欧州連合)ではセベソ指令を実行することによって、経験について多くの情報が蓄積され、さらに、この指令が遂行される地域や支援方法が注目された。その中のひとつに、比較的単純で広く受け入れられたツールの存在がある。このツールは、セベソ検討における評価や成果についてよく理解している専門家の間ではよく知られている。そして、この方法の欠点を見直して改善するため、方法の提案者である筆者らはギリシャ石油化学工業会で経験を積んだエンジニアとともに組織化し、討議を行なった。

■ この論文では、2節で貯蔵タンクの分類と起こりうる事故の種類、3節でハザード評価の方法の提案、4節でギリシャにおける専門家による議論の内容、5節で提案した方法に関する一般的議論と結果について解説する。

2.貯蔵タンクの事故
2.1 貯蔵タンクの分類
■ 石油精製・石油化学工業において、原材料および中間製品または最終製品の保管には大型貯蔵タンクが使用される。貯蔵タンクは、通常、生産施設とは別に限定された区域に設置される。リース氏(Lees)は主要な安全パラメータについて詳細な情報を提示した。化学技術者協会(ICheE)では、燃焼性や可燃性の石油を貯蔵するタンクを大きく3つに分類している。図1を参照。
(1) 固定屋根式またはコーンルーフ式タンク
(2) 上部開放型浮き屋根式タンク(シンプル・ポンツーンまたはダブルデッキ)
(3) 内部浮き屋根式タンク
図1 石油貯蔵用タンクの分類
■ 固定屋根式またはコーンルーフ式タンクは立型円筒の側壁と固定したコーン形の屋根から構成され、それぞれは溶接されている。米国石油協会のAPI規格によれば、この種のタンクは屋根と側壁の溶接継手部を弱く作って、内部爆発時に対処できるようにしている。すなわち、屋根部がタンクから外れ、火災はタンク内の油面部だけに限定される。この型式のタンクは、通常、重油、アスファルト、残渣油のような黒ものと呼ばれる重質油の貯蔵に用いられる。従って、貯蔵油を液状に保つため、この型式のタンクには保温を取付け、スチームコイルなどの加熱源を必要とする。

■ 上部開放型浮き屋根式タンクは、円すい屋根タンクと同様、地上式の立型円筒形である。しかし、円すい屋根の代わりに、ポンツーン型の浮き屋根構造になっており、液面の変化に従って上下に移動する。この構造によって大量の油のベーパーが大気へ放散することを防いでいる。さらに、浮き屋根と側板の間のスペースにはリムシールが設置される。このリムシールは、一般に灯油留分の油で満たされたゴム製のチューブとなっており、火災が発生し始めるのは大抵この部分である。

■ 内部浮き屋根式タンクは、上記2つの型式のタンクを組み合わせたもので、円すい屋根のタンクの油面に直接浮かぶ内部浮き屋根または内部浮きパンを有したタンク型式である。この型式は内部の浮きが引火の可能性を減少させ、タンク火災の発生を回避させることができる。

■ 浮き屋根式および内部浮き屋根式のタンクは、原油および白油製品(ジェット燃料、ディーゼル燃料、ガソリン)のような高揮発性の油に使用される。これらの型式のタンクで重要なパラメーターは、適切な容量をもった防油堤を有し、タンク間あるいは他の施設間に安全距離を有していることである。これらによって油流出時にまわりの施設にある発火源と隔離することができる。

2.2 タンク火災事故への進展
■ タンク事故において進展する可能性のある火災についてはLASTFIRE(2001年)に記載されている、(図2参照)
(1) リムシール火災
(2) 屋根上火災
(3) 全面火災
(4) 防油堤内火災
(5) ポンツーン爆発
(6) ボイルオーバー
図2 タンク火災のシナリオ例
■ 最も激しい事故が全面火災とボイルオーバーである。上記の火災についてはクリッパ氏(Crippa)らが行なった研究の中で言及されている。 LASTFIREプロジェクトのデータによれば、タンク事故の中で最も共通的で多いのは“リムシール火災”であり、その事故原因で多いのは“落雷”である。チャン氏(Chang)とリン氏(Lin)の研究によれば、タンク事故の原因として最も多いのは落雷であり、タンク事故のうち85%は火災・爆発だという。

■ 一方、事故としては極めて稀であるが、全面火災が時としてボイルオーバーへ進展するということは重要である。 LASTFIREおよびペルソン氏とロンネルマルク氏(Persson and Lonnermark)の文献資料によれば、大規模なボイルオーバーとして記録が残されているのは、四日市(Yokkaichi/日本、1955年)、ペルニン(Pernin/オランダ、1968年)、フィンドリー(Findlay/米国オハイオ州、1975年)、タコア(Tacoa/ベネズエラ、1982年)、ミルフォード・ヘーブン(Milford Haven/英国、1983年)、テッサロニキ(Thessalonica/ギリシャ、1986年)、ポート・エドゥアール・エリオ(Port Edouard Herrot/フランス、1987年)、スキクダ(Skikda/アルジェリア、2005年)である。しかし、ボイルオーバーの可能性に関する科学的な見解について言及されたものはほとんどない。LASTFIREやシャルフ氏とアブドラ氏(Shaluf and Abdullah)の研究によって述べられているような前兆現象があるにしても、ボイルオーバーは危険な事象だといえる。

2.3 蒸気雲爆発
■ バンスフィールド事故について、ハーバート氏はタンク火災事故としての新しい見方を提示した。ジョンソン氏の言う、典型的な空間封じ込めのない状況下での爆発としてこれまでになかった新しい現象だというのも妥当な見方である。石油・天然ガス業界では、可燃性物質の漏洩によって形成する蒸気雲は、通常、障害物に影響されるが、その火炎加速や過圧力の危険性の大きさには経験的に気がついていた。障害物とは、主に多くの施設内で見られるような設備、配管、その他の構造物であるが、バンスフィールド事故では、空間封じ込めのない土地における爆発の様相を呈していた。そこでは植物(木ややぶ)だけの領域における火炎加速の状態にあったと考えられ、このため当該事故が激しい爆発に至ったものとみられる。

■ 実際、石油貯蔵タンクの爆発事故の事例に関して調査した結果では、つぎのような結論が導き出されている。
 (a) 爆発はガソリンの漏洩が続いた状態で起こる。
 (b) その主要因はタンク過充填である。
 (c) 蒸気雲の引火場所は近くである。(漏洩点から50~300m)
 (d) 漏洩が始まってから引火に至るまでの時間は20~90分である。
 (e) 事故前はほとんど無風の条件である。
 (f) 世界的にみると5年間のうちに、この種の事故(壊滅的でないにしろ)が再発している。
 タンク過充填(バンスフィールド型の事例)によって炭化水素の蒸気雲が放出された場合、おそらく爆発事故に至ることは明らかである。このため、関係施設をチェックする必要があり、特に適切な安全保護システムのない商用のタンク基地(石油貯蔵所)では調査すべきである。

3.石油貯蔵タンクのハザード評価
3.1 一般的なステップ
■ 石油燃料を貯蔵するタンク基地は、火災発生の可能性が大きいハザードを有する特別なタイプの化学施設である。ハザード分析は、サントス-レイエス氏とベアード氏(Santos-Reyes and Beard)が提言したような一般的な項目すべてについて行なうべきである。
 ● 全体地図を含めて、地方エリアに関する項目
 ● 保護すべき環境領域とともに、エリアにおける水理地質学的データ、水路学的データ、気象学的データに関する事項
 ● 豪雪や豪雨に関する気象データ
 ● 周辺における危険施設のリスト
 ● プロセス・フロー図とともにプラントおよび/またはタンク基地の平面図
 ● プラント全体計画における生産プロセスに関する項目
 ● 保管するハザード物質のMSDS(物質安全性データシート)の内容とともに、“セベソⅡ”による化学物質の特性

3.2 タンク精査用に提案する方法
■ 本格的な定量分析を論ずる前に、ここでは危険性物質の放出の結果による火災の始まりを容易に識別できる方法について提示する。その方法とは、第1節で述べたチェックリストの考え方である。
 実際、提案したチェックリストはタンクの不具合へ至る原因の一覧に基づいて作成しており、さらに、貯蔵タンク事故を回避する予防的な対策方法や防護的な対策方法のリストを付けている。この2つのリストはタンクの運転と保全に関する過去の経験から抽出されたもので、安全に関わる問題を無くすために必須の条件を考慮している。ある施設がこれらの基準を満たしている場合、総合的なリスクを負うことなく、事故の起こる可能性は極めて低いといえる。時間と資源(人・ツール)がある場合、施設について本格的な定量的リスク分析を実施することができる。付け加えるならば、この方法は政府機関のツールになり得ることででき、前者のチェックリストは、プラント所有者による時間のかかる安全性分析のチェックに役立つ。

3.2.1 タンク事故の失敗原因
■ 固定屋根式および浮き屋根式タンクにおける一般的な失敗原因は、表1に示す見出し項目のように分類できる。詳細は以下に示す。
表1 事故の直接原因
(1) 運転上のエラー
■ これらにはつぎのような事項を含む。
 (a) 荷役作業時において液位計測システムの故障またはヒューマン・エラーによるタンク過充填
 (b) ドレン弁が偶発的に開いたままになったために起こる油の放出
 (c) 固定屋根式タンクにおいて荷役作業中にベント弁が閉止
 (d) 運転ミスによる油漏洩
 (e) 高温の製品油の受入れ
 (f) 禁じられている滞留池への排出
■ 要因(a) (b) (d) (f)では、防油堤内への油漏洩に至り、可燃性混合気の形成につながる。このため、発火源があれば、容易に引火し、防油堤内全体へのプール火災になりうる。要因(c)では、負圧によってタンクが座屈し、このためタンク破損や油漏洩に至ることがある。 要因(e)では、タンク内の温度が上昇し、油のベーパーが放出されることにつながる。

(2) 設備/計器の故障
  この分類にはつぎのような事項が入る。
 (a) 浮き屋根が沈降すると、タンクの全面を覆うような猛烈な火災に至ることがある。
 (b) 液位計器の故障はタンクの過充填に至ることがある。(前記参照)
 (c) 出口弁の故障
 (d) ベント弁の固着で閉止状態になると、前記のような事象に至ることがある。

(3) 落雷
  落雷はつぎのような状態のときに重大な事故の発端になる。
  (a) 直撃雷に対して機能するよう付けられたタンク接地の不良
  (b) 落雷によって火災に至る恐れのある可燃性液の漏れやリムシールの漏れ
 (c) 故障や油漏れにつながるようなタンク側板への直撃雷

(4) 静電気
  静電気によってつぎのような状況に至る。
 (a) 浮き屋根のゴム製シールが切れた状態で、静電気による火花が発生すれば、間違いなくタンク屋根火災に至る。
 (b) 固定屋根式タンクの接地が不良の状態で、生じた静電気はタンク側板とのチャネリングによってベーパーに引火する。
 (c) タンクへの張込み時に、液体(主に白油系)の流れによって生じる静電気は火花発生に至ることがある。特に通常より配管径が細いために流速が速い場合。
 (d) 不適切なサンプリング方法(例えば、適切でない作業靴、手袋、VHF装置)によって生じた静電気も火花を発生させ得る。

(5) 保全上のミス
  保全上のミスが事故の原因に至ることがあるが、例えば、つぎのような例である。
 (a) 防護措置をせずに、火花を発する溶接や切断作業
 (b) 非防爆型のモータやツールの使用
 (c) ケーブルの短絡
 (d) 変圧器のスパーク
 (e) 溶接設備の接地不良
 (f) 汎用および防爆仕様機器の保全不良

(6) タンク本体の破損および割れ
  つぎのような要因によるタンク本体の破損および割れは事故の原因になり得る。
 (a) 溶接不良
 (b) 側板の歪みや凹み(前記参照)
 (c) 屋根や側板の腐食、地盤沈下

(7) 配管系の破損および漏れ
   配管系の損傷はつぎのような事象へつながることがある。そして、いずれの場合も液体の流出(小規模の場合や大量漏洩の場合がある)に至り、引火すれば、プール火災になる可能性がある。
 (a) バルブまたはポンプの漏洩
 (b) ガスケットからの可燃性液体の漏洩
 (c) 配管材の破損
 (d) 請負者の失敗
 (e) 液体膨張による配管破損

(8) その他の要因
 (a) 地震
 (b) 異常気象
 (c) 配管への車両衝突
 (d) 近くでの裸火またはタバコの残り火
 (e) 別な装置からの影響(ドミノ効果)
 (f) 燃料移送配管系で起こった事故の影響
 (g) 破壊活動または放火(故意の損害)

(9) 安全支援システムの不調
   安全支援システムの不調にはつぎのような事項がある。
 (a) 電源システムの喪失
 (b) タンクの破損へつながるタンク冷却系の喪失
 (c) 消火用水の供給システムの喪失
 (d) 消火水の配管系統の凍結

3.2.2 予防方法および防護方法
 上記に述べた要因に対して、その発生を制限したり、予防したりするための防護方法はある。表2はその方法を示したもので、解説を以下に示す。
表2 対策方法
(1) タンク設計
 (a) 国際的な規格に準拠すべきである。例えば、API(American Petroleum Institute)、ASME(American Society of Mechanical Engineers)、NFPA(National Fire Protection Association)には、材料選定、製作、据付け、検査、補修、安全管理について規定されている。
 (b) タンク上部は過充填防止構造とし、液がタンクへ戻るように改造すべきである。
 (c) 現地の土質や地震などに関するデータを明らかにする現場の検査を含めるべきである。
 (d) 安全距離の基準を尊重すべきである。または、付加すべき防護方法を取り入れる。
 (e) 操業前にタンク容量を明確に定義すべきである。そのことによって操業管理上の過充填防止を図る。

(2) 保全
 (a) 正しい方針に基づく日常検査を行なうべきである。
 (b) 過充填防止システムについては、高液位警報、計測装置、遮断システムなどの定期的な確認テストを実施すべきである。
 (c) ドレン設備とともにベント設備について予防的な点検を行なうべきである。
 (d) 設備(例えば、バルブ)や非防爆ツールは国際的な規格や指針(欧州ATEX指令)に則ったものを使用し、適切な管理のもとに使用すべきである。
 (e) 会社側と請負者の双方にとって適切な火気作業許可システムを管理していくべきである。
 (f) 請負者の手抜きが無いよう、作業計画を適切にチェックすべきである。

(3) 設備
 (a) すべての規格や基準に合致させるべきである。
 (b) 避雷設備(例えば、近くの丘に避雷針)を設置すべきである。
 (c) タンク過充填対策として多重システム(例えば、高高レベルスイッチとレーダー式液位計)をとり、特別な配慮をすべきである。
 (d) 荷役中には、液受取り側が最終的にコントロールできることを確保すべきである。
 (e) 遮断弁はファイヤセーフ型の遠隔で操作できるようにすべきである。
 (f) 配管系は液封対策を講じるとともに、外力、腐食、振動、異常高温、静電気防止(例えば、液入口部のディフューザ)に対応したものとする。

(4) 安全支援システム
      電源、計装空気、警報システムなどタンク基地における主要なユーティリティの供給は、中断することのないよう確保しなければならない。この安全支援システムはつぎのとおりである。
 (a) 火災検知(連続)および注意喚起装置(警報システム)は各タンクに設置し、発災時に計器室へ伝送して警告を発するようにする。さらに、タンク地区には火災警報器を設置し、火災発生時に消防隊がすぐに対応できるようにしておくべきである。
 (b) 消防支援ネットワークには、火災事故時に必要な水供給ポンプ、タンクの冷却系、消火用配管を含む。(水供給はタンクおよび防油堤内を含む) 水の供給系統は、規定された時間内において流量および圧力を連続的に確保できるように設置サイズを決める。消火器は消防支援ネットワークのひとつとして位置づけ、タンク入口プラットフォームや防油堤内の通路に配備する。
 (c) 大型タンク火災(直径>40m)では、消火泡剤の供給・搬送システムを確立しておくべきである。このシステムには、水モニター、水ポンプ装置、 泡モニター、泡ポンプ装置、泡剤搬送車またはコンテナー、大口径ホース、水供給源を含む。(IChemEも参照) 
 (d) 各タンクには冷却システムを装備し、隣接火災からの曝露を防ぐようにする。
 (e) 消火用水タンクおよびディーゼル駆動ポンプの予備を設ける。
 (f) 消防支援ネットワークの配管系統は凍結防止対策を施す。
 (g) 過充填防止システムには、ガス検知システムを付加することは重要である。
 (h) 監視カメラを設置すると、タンク近傍で何が起こっているかを直接見ることができ、計器室のオペレータにとって異常時の対応に役立つ。
 (i) 緊急時対応計画を事前に制定しておく。この中には、過去の成功例や対応事例から基づいてまとめられた個人用保護具やMSDS(化学物質安全性データシート)の知見を含む。

(5) その他
   一般的に配慮すべき事項はつぎのとおりである。
 (a) 侵入防止対策としては、施設エリア境界柵のセンサー、構内監視、訪問者の入構管理、電源施設のセキュリティ高レベル化を行なう。
 (b) タンクへの供給電源の無停電電源装置の付加
 (c) タンク近くでのタバコ厳禁
 (d) 異常気象現象時の防護対策
 (e) 車両衝突への防護対策
 (f) 配管の外力からの防護対策
 (g) 隣接装置からのドミノ効果への対策
  (h) 架空電線の防護対策
  (i)  適切な標示および交通標識
  () 含油排水の適正管理方法
 (k) 消火用水の適正管理方法
 (l) 雨水の適正管理方法
 (m) 5Sにもとづく建物の適正管理
   (5S:整理、整頓、清掃、清潔、躾;Sort, Straighten, Shine, Standardize, Sustain)

3.3 タンク安全評価のためのチェックリスト
■ 上記の解説は研究チームによってまとめられたプロトタイプのチェックリストから引用したものである。このチェックリストは前記のような問題解決に役に立ち、安全専門家や設備所有者にとって有用なツールである。このリストは、表1表2の項目のほかに「評価」および「所見」を記載できるようにしたもので、事故要因を認識し、タンク基地所有者に事故防止方法の実行を促すことができる。評価と所見の欄はタンクの精査を実施する担当者が書き込んでいく。

■ この際、「評価」の欄に精査担当者は実施状況に応じた記号(A、B、C、X)を記入していく。実施状況は、分析に伴って判明したことや提案する防止方法によって判断する。各記号の意味はつぎのとおりである。
 A :全記載済(安全に関する検討において失敗の要因を特定し、防止対策について詳細に記述)
 B :記載に不足あり(安全に関する検討では、失敗の要因または防止対策について完全に記述されていない)
 C :不十分(安全に関する検討は終わっておらず、失敗の要因や防止対策について記述されていない)
 X :不適当(当該設置計画では、失敗の要因特定や防止対策の検討は適用できない)
 「所見」の欄には、失敗の要因特定や防止対策に関して重要だと思われる精査担当者のコメントを記載する。

4.対策方法の検討
■ 対策方法の健全性を確証するため、開発チームはギリシャの大きな製油所やタンク基地における専門家に集まってもらい、対策方法の重要点について議論し、有用な見解をまとめた。グループは運転部門と安全部門の専門家(各現場から2~3名)で組織し、集団討議してもらった。検討チームは、表1・表2の項目と構成について説明し、専門家にいろいろな意見を出してもらい、彼らの見解や提案を記録していった。
各グループの討議は1時間半から2時間行われたが、専門家にはあとで書面で意見を送ることができるようにした。

■ 専門家の貴重な意見書を含めた討議結果によって、失敗要因と対策案の順序付けができるようになったが、これは実際の施設における最新の方法の中で、何が重要かということに基づいたものである。参加した人の多くは多国籍企業(シェル、エッソ)や国際的な企業の所属であり、討議結果がギリシャ以外の国にも適用可能だと研究チームは考えている。何人かの施設所有者に聞いたところ、バンスフィールド事故以降の国際的な方法として、ほとんどの安全問題に対して的確であることが確認できた。なお、専門家の討議では、文献に書かれていることや新たな提案について話し合われ、つぎのような事項を確認した。
 (a) すべての専門家が極めて重要だと位置付けているのは、統合型自動システムの過充填防止である。すなわち、緊急遮断弁の連動有無にかかわらず、独立型の自動レベルスイッチ高-高およびレベルスイッチ低-低システムである。 
 (b) 雷に対する防護策は極めて重要で、各タンク個別に十分効果的な接地システム(帯水層に達する)を設けることは不可欠である。この際、タンク基地内に適切な高さと距離をとった避雷針との組合せが有効である。
 (c) ガソリン、原油、ケロシンの貯蔵に使用される浮き屋根式タンクで最も頻度の多い火災要因はリムシール火災とみている。その特徴のひとつは比較的燃焼時間が短かいことであるが、一方、燃焼中には、かなり大きな熱的負荷が生じている。
 (d) 固定屋根式タンクの頂部に取り付けられるベント装置は、鳥の巣などの理由によって容易に閉塞する可能性があるので、定期的に点検すべきである。
 (e) 耐風設備は計画的な保全を行なうようにし、耐風強度を確保する。
 (f) 浮き屋根の沈降(比較的容易に起こる)は絶対回避しなければならないので、ポンツーン、リムシール、屋根排水システムの一体的な点検を定期的に実施する。
 (g) 事故が起こったとしても、常時の運転監視とタンクから適時の水抜きを行えば、製油所においてボイルオーバー事故が起こることはほとんどないと言えよう。しかし、商用のタンク基地で適正な管理ができていなければ、起こらないとは言えない。
  (h) 突然の集中豪雨のような異常気象現象は、含油排水系の溢流原因になることがあり、その結果、環境へ炭化水素汚染を広げることになるかもしれない。
 (i) 油を高温で受け入れただけでは、それが事故の原因になることはないとみている。

■ 一方、石油貯蔵タンクの安全性を世界規模で保証するという観点から、将来的に考慮すべき見解について専門家の中でも分かれた事項がある。その事項はつぎのとおりである。
 (a) 防油堤の壁、底部、継目部の安全保護の必要性。ひとりの専門家は、堤内エリアへの特定仕様設計車以外の車両乗入れを禁止すれば、タンク側壁への衝突という事態は回避できるという意見だった。
 (b) 蒸気雲爆発シナリオの事前検討。バンスフィールド事故調査委員会によって明確に推奨されているからといって、このようなシナリオを安全性検討の標準として考慮すべきかどうかという意見である。
 (c) 貯蔵タンクに冷却システムを設置することの是非。タンクに冷却システムの設置が絶対必要だという見解を強く支持する専門家はわずかであった。一方、他の専門家は、ギリシャの法令で遡及適用されていないこともあり、必要条件とは考えないという。逆に、タンクの壁側に使用した冷却水から消火泡の層を守る必要のあることが指摘された。燃料のガス相を覆っている泡の層に浸入するということは、マスキング効果を失わせることになるからだという。
 (d) 貯蔵タンク上部や防油堤境界に設置する火災検知システムに対する過小評価。このシステムは誤発報がたびたび起こるので、設置してもすぐに信頼性を失ってしまう。  
 (e) 処理を誤ると環境への重大な脅威になりうる消火排水の回収方法と処理方法については議論にならなかった。(実際の対応方法が定められていないところもあり) 
 (f) 実際的な現行規則(NFPA)が無い時代に建設されたタンク基地では、貯蔵タンク間距離を補完するために義務化された冷却システムのような特定安全基準に則ることが無いこと。

5.  まとめ
■ 本論文では、石油貯蔵タンクのハザードに関する網羅的な説明と有効な対策について述べ、石油タンク基地においてリスク評価の方法を適用する際の参考になることを期待した。特に「セベソ指令」などEU規制の適用を受ける対象国を念頭においた。方法の説明では、潜在するリスクについて施設所有者にとって有用な知見を示し、タンク事故の進展に伴うリスクの重大性について順位付けの考え方をとった。

■ 石油貯蔵タンクにおいて事故に至る最も共通的な起因現象についてリスト化するとともに、予防対策と防護対策を示した。本研究の中で革新的なところは、安全エンジニアや安全評価担当者に有用なチェックリストの考え方を示したことであり、これによって、容易にリスクの主要因を明らかにでき、詳細な分析を進めることができる。

■ リスク評価の方法に関する提案をした筆者らは、ギリシャ石油化学工業界から経験豊富な安全エンジニアを招き、いくつかのグループ討議の場を設定して、提案した方法に不足している点の修正や改善を試みた。この試みは非常に有効で、専門家チームの聞き取りから石油貯蔵タンクの操業における多くの知見や経験を得ることができ、タンク施設の操業の裏に潜む重要な点を正確に知ることができた。専門家たちも、この対策方法が石油貯蔵タンクの安全操業の評価を行なうのに簡単で大いに役立つとみている。討議された中で付け加えておくべきことは、専門家の見解で上位にランクされなかった問題にも、やはり注目しなければならない事項があり、安全評価のセベソⅡタイプの枠組みの中で検討すべき事項があった。特に、蒸気雲爆発シナリオは徹底的に分析して追加すべき予防対策や防護対策を提起すべきである。これによって、結果として大災害に至るような事故の可能性を最小にすることができると思っている。

■ さらに、安全対策や専門知識が大規模な製油所のものに匹敵しないような商用のタンク基地では、安全管理について、例えば監視カメラによるタンク受入れ時のモニタリングなど、追加の手段をとるべきである。

■ 筆者は、提案したハザード評価の方法が安全エンジニア、安全評価担当者、安全監察官、プロセス会社の人たちにとって有益で、石油貯蔵タンクの安全検討に関する準備や評価に携わる際に役立つことを望む。

補 足                 
■ 「セベソ事故」は1976710日、イタリアのミラノ郊外セベソにある化学工場で、猛毒物質であるダイオキシンの放出事故が起こった。バッチ作業の終了時に、運転指示書を無視した条件で停止した。そのため、温度上昇と暴走反応によるダイオキシンの大量生成、さらに破裂板が作動し、ダイオキシンを含む内容物が大気に拡散した。1,800ヘクタール(東京都新宿区に相当)の土壌が汚染され、22万人が被災し、後遺症に苦しんだ。暴走反応やダイオキシンの発生ついて正しい知識が研究者や工場になかったことが原因である。
 親会社の研究所では5日後にダイオキシンの存在を確認したが、直ちに地元自治体に連絡しないで、さらにその5日後に再度の確認ができてから漏洩物がダイオキシンを含んでいる旨を地元自治体に連絡した。連絡が遅れたため、この間、周辺住民はダイオキシンに被ばくし、被害が拡大した。 直接取られた対策は汚染範囲1,800ヘクタールの表土を全て除去して、そこに客土をした。汚染土壌は大きな穴を掘って埋め、さらにコンクリートで覆った。

■ 「セベソ指令」とは、セベソ事故を教訓として当時のEC(欧州共同体)が定めた化学工場の安全規制である。1982年、EC(欧州共同体、現在の欧州連合EU)は、有害物質による汚染を減らし、人々の安全を守るための規制である「特定産業活動による大規模事故災害に関する理事会指令(82/501/EC)」(「セベソ指令」と呼ぶ)を発行し、1985年までに実施するよう加盟各国に求めた。
 その後、1996年に改正された「大規模事故災害防止指令(96/82/EC) 」(セベソ指令II)が採択されている。この指令の目的は、危険物質を伴う大規模災害を予防し、災害が発生した際の人間や環境への危害を最小限にすることにある。対象となるのは、特定の産業活動に従事する者および一定量の危険物質を保管する者で、対象者は安全管理計画および事故時計画を策定しなければならず、公衆へこの情報を公開しなければならない。対象となる施設の新設または改築においては、設置場所が加盟国により管理され、交通の要衝、人口密集地からは遠ざけられる。加盟国は対象となる施設を年1回立入り調査することになっている。
 「セベソ指令Ⅱ」に関しては、英国安全衛生庁(Health and Safety Executive:HSE)の化学工業部Tom Maddison博士による講演「化学工業における重大事故の管理 欧州の法制度と適切なリスク評価テクニックの利用」が行われており、その概要が日本語訳で紹介されている。

■ 「ハザード」と「リスク」は一般に以下のように分けられる。
 「ハザード」とは、対象物が持っている火災爆発の危険性、人の健康障害の原因となる有害性、環境への影響をいい、「ハザード評価(ハザードアセスメント)」とは、そのハザードを分類し、その程度を評価することをいう。 「リスク」とは、ハザード評価の結果に加えて対象物の製造・取扱条件、使用条件、人の曝露、環境への排出を考慮した場合に生じる危害をいい、「リスク評価(リスクアセスメント)」とは、リスクの程度を解析・評価することをいう。「リスクマネージメント」とは、リスク評価により把握されたリスクが許容される水準を超えないよう適切に管理することをいう。許容される水準を超えるおそれのある場合は、積極的に有効かつ実効性のあるリスク低減対策を実施する。
 一方、本論文では、貯蔵タンクをハザードの対象とし、ハザードの評価、リスクの評価、リスクマネジメントを対象とした対策方法を含めた取組みを「ハザード評価の方法」(Hazard Assessment Methodology)と称している。従って、上記でいう「リスクマネージメント」の概念に近い。
 「ハザード」(Hazard)も「リスク」(Risk)も日本語では「危険」と訳され、区別が曖昧であるが、たとえとして、ライオンはハザードであるが、ライオンだけではリスクは伴わない。ここに人間が居れば、リスクが生じるという話はイメージしやすい。

■ 「リスクアセスメント」は、狭義にいうと、リスクの程度を解析・評価するまでであるが、日本でよく言われているリスクアセスメントの手法には、リスク低減策の検討まで含まれている。リスクマネジメントに関するガイドラインはいろいろ出されているが、インターネットで入手できて参考になる資料は、「メーカのための機械工業界リスクアセスメントガイドライン」(社団法人 日本機械工業連合会、2010年3月)、「リスクアセスメント・ハンドブック(実務編)」(経済産業省商務流通グループ製品安全課、2011年11月)がある。
リスクアセスメントおよびリスク低減の概念図の例
(図は「メーカのための機械工業界リスクアセスメントガイドライン」(日本機械工業連合会)から引用)

所 感
■ 最初はハザードアセスメントやセベソ指令など日本の貯蔵タンク分野ではなじみのない用語が出てくるので、取っ付きが悪いが、「補足」の資料を併読していくと、なかなか興味深い内容である。特に、リスク評価から始めるのではなく、設置場所、気象条件、配置図、保管物質など一般的なハザードの分析から始めるという網羅性にある。既設の貯蔵タンク施設が当時の関係法令・規格に準拠して建設されているとしても、これが安全性の保証にはなり得ない。その後の事故などの情報から法令や規格が改正されても、遡及適用されなければ、施設の安全性は過去と変わっていない。見過ごされた事故があれば、リスクが潜在したままとなる。
 本論文のようなハザード評価を一度、行っておけば、既設の貯蔵タンクの安全レベルを認識することができる。法令や規格の改正あるいは新規の事故情報があったとき、既設施設の安全レベルに与える影響を知り、弱点とリスク低減策を知ることができる。この取組みは相当な労力を要するとみられるが、将来へ続く安全性を確保する観点から見れば、非常に有用な方法(評価)になると思う。

■ もうひとつ印象的なことは、欧州にとって英国バンスフィールド事故(2005年)の影響が大きいということである。著者はギリシャの人であるが、タンクの過充填と蒸気雲爆発シナリオの事前分析に過度と思えるくらいのこだわりがある。それほどバンスフィールド事故の蒸気雲爆発はありえないと思っていたことが、現実には起こったことを示しているように思う。この点、日本では、欧州から遠く離れているせいか、タンクの過充填や蒸気雲爆発の危険性への感度が鈍いように感じる。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Elsevier.com, A Hazards Assessment Methodology for Large Liquid Hydrocarbon Fuel Tanks, Journal of Loss Prevention in the Process Industries, 2012
         Authors
            C.D. Argyropoulos (National Technical University of Athens, CFD Unit, School of Chemical Engineering)
            M.N. Christolis (National Technical University of Athens)
            Z. Nivolianitou (National Centre for Scientific Research “Demokritos”)
            N.C.Markatos (National Technical University of Athens)


後 記: 石油タンク施設に対して、ハザード評価やリスクアセスメントを行なうことは有用だと感じています。それは、蒸気雲爆発の事前分析を行うか否かは別として、石油タンクの持つハザードやリスクは限定的であるからです。確かに、石油タンクは火災発生の可能性の大きいハザードを有する特別な施設です。限定的とは、原子力発電所(放射性物質)の持っている制御不能で何年も消えることにないハザードやリスクと比べてということです。最近、日本の原子力発電所が“新しく” 「確率論的リスクアセスメント」 (PRA:Probabilistic Risk Assessment)に取り組むという報道記事が出ています。しかし、別に新しいものでなく、以前から世界の原子力分野では知られた手法です。
 本来の確率論的リスクアセスメントは、事故の起こる確率の高い要因のリスク低減対策に活かすことと、過酷事故時の放射性物質飛散に伴う被害予測と避難計画の立案に活かすためのものです。英国では、比較的シビアに運用しようという考えがありますが、米国では、過酷事故には触れず、事故の起こる確率が低いという結果を出し、原発推進のための理由に利用してきました。日本でも、昔から推奨されていましたが、運用されてこなかっただけです。東京電力福島原発の過酷事故発生によって、確率論的リスクアセスメントの手法が破綻しているのは自明です。このような状況の中で、倉の中のほこりをかぶった古い資料(お宝?)を引っ張り出してきた感じは拭いきれませんね。