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2016年3月7日月曜日

原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略

 今回は、 International Fire Protection Magazine(IFP)に掲載されたMarcelo D’Amico氏の「原油貯蔵施設のリスクベース防火戦略」(Risk Based Fire Protection Strategy in Crude Oil  Storage Facilities)を紹介します。
    タンク火災の輻射熱影響域の3次元(3D)解析の例 (図はIfpmag.mdmpublishing.comから引用)
< タンク火災の影響 >
■ 原油タンク火災が起こると、施設所有者と事業者にとって運転および経営上、難しい判断を迫られることになる。というのは、火災が進展してボイルオーバーへ至る可能性があるため、火災への防護と緊急対応をどうするかという問題があるからである。確かにタンク全面火災の発生頻度は極めて小さい(約9×10ー5/年)が、ボイルオーバーのもっている壊滅的な特性は、施設被害、人身災害、事業停止、環境破壊といった問題を引き起こすことになる。

■ 大規模タンク火災(直径82mガソリンタンク)において消防隊の消火活動によって成功を収めた事例もあるが、産業界では、この種のタンク火災によって大量の油を焼失し、死傷者を出すという事故をたくさん経験してきた。例えば、英国のバンスフィールド火災事故(2005年)、インドのジャイプール火災事故(2009年)、プエルトリコ火災事故(2009年)、シンガポール火災事故(2011年)、そして最近ではブラジルのサントス火災事故(2015年)などである。

< 原油タンク火災の防護対策の検討方法 >
■ 施設所有者と事業者が起こりうる原油タンク火災への対策を検討する場合、火災への防護と緊急対応に関するガイドラインはいくつかある。これらのガイドラインは、規範的な基準や規格の形でまとめられているもののほか、リスクベースの検討手法がある。

■ 規範的な基準や規格は、施設所有者と事業者に役に立つ情報を提供することができるが、原油施設を防護する方法の検討過程で重要な現地特有の要因について考慮されているわけではない。この要因に含まれるものは、構内のリスク(例えば、専有建物、ほかのプロセスなど)や構外のリスク(例えば、隣接施設、地域社会など)、設置場所、対社会関係、経済的損失、会社のリスク耐力、環境への影響などである。さらに重要なことに、 規範的な基準は一般によく知られている重大な要素について言及していない。この重大な要素とは原油貯蔵施設の防護戦略に不可欠なもので、例えば全面火災から放射される輻射熱のレベル(隣接タンク、建物、プロセス装置への影響)、地元の緊急対応能力と限界、ボイルオーバーの発生時間などである。

■ 規範的な基準と規格は原油貯蔵施設に対する包括的な防護戦略に関する記載が不足しているという点からすると、最も良い方法はリスクベース手法あるいはパフォーマンスベース手法である。

■ 原油貯蔵施設を防護するベストの戦略を検討するに当たっては、つぎのような3つの基本的な選択肢がある。
 ① 消極的防護: 消火活動は行わず、貯蔵されている燃料油はいかなる介入もせずに燃え尽きさせる。
 ② 防御的防護: 火災に曝露されている設備(例えばタンク、プロセス装置、構造物など)に対して冷却を行い、火災の拡大を防ぎ、発災タンクを燃え尽きさせる。
 ③ 積極的防護: 固定消火設備や可搬式消火設備によって、攻撃的に火災の消火を試みる。
                    固定式泡消火設備の例  (写真はIfpmag.mdmpublishing.comから引用)
< ボイルオーバーの危険性 >
■ 火災の拡大やボイルオーバーの起こる恐れがある場合、タンク火災を燃え尽きさせることは許容される選択肢ではない。特に、人への被害や他の設備への拡大が考えられる場所では、許容できない。ボイルオーバー現象は、一般に十分解明されているとはいえない火災科学分野のひとつである。ボイルオーバーに至るメカニズムについては仮説が立てられ、徐々に分かってきているが、ボイルオーバーのすべての事象が十分に解明されてはいない。

■ 最も危険な状況になるのは、タンク内で油より比重の大きい層で生じる蒸発によって燃えている原油が噴き出されるときである。この層は油より比重が大きいが、沸点が油より小さい液体で、一般的には水である。この層は、通常、タンク内に存在する水から形成される。この水は、結露効果、原油の生産や輸送時の混入、あるいは原油中に含有される成分の一部として形成されるものである。比重が大きいため、水はタンクの底部に滞留し、工業的な方法では完全に除去することができない。火災の間に、油面下の液は加熱されて水の沸点を超えるような高温になる。この高温層は軽質分が燃えたあと、沈降し始める。この高温層が水の層に達すると、水は蒸発し始める。水から水蒸気に変化すると、急激な体積膨張が起こり、油がタンクから放出される。
 原油タンクの全面火災時にタンクから油の放出される形態は、図に示すように3つに分類される。「スロップオーバー」(Slop over)は、タンクの片方から油が断続的に泡立つようにこぼれる現象で、消火活動の放水によって起こるものとみられる。「フロスオーバー」(Froth over)は、激しさを伴わずに燃えている油が連続的に泡立つように流れ出る現象で、密度の違う油をタンクに充填する時に起こることのある、いわゆる「ロールオーバー」(Roll over)と関連することがある。
                     激化した火災の例   (図はIfpmag.mdmpublishing.comから引用)
■ 火災が進展したときに、最も危険な形態が「ボイルオーバー」である。ボイルオーバー時には、激しく油が放出し、タンク内液のすべてが泡立ち、火炎が大きく舞い上がり、ファイアボールが生じることになる。激しい輻射熱と流出する油によって、まわりのプラントと消防隊員は極めて危険な状態に陥る。ボイルオーバーが起これば、タンク直径の10倍の距離(深く研究された訳ではないが)まで液を放出し、他のところで火が出たり、緊急対応しているメンバーが危険にさらされる恐れがある。このように、あっという間に制御できない壊滅的な状況に進展してしまうので、ボイルオーバーに至ることは避けるべきであるし、少なくとも被害を最小に留めなければならない。

■ ボイルオーバーへ至るメカニズムは十分解明されていないが、ボイルオーバーがどのようにして、いつ起こるかという点については、いろいろな条件が影響しているということだけは言える。消火水のわずかな量を入れただけでも、すぐにボイルオーバーの原因になることもある。ポンプダウンがボイルオーバーの条件に影響するかもわからない。温度など多くの要素がボイルオーバーの要因になっている。ヒートウェーブは約1~3フィート/時(30~90cm/h)でタンク内を下がっていくといわれており、油の深さによっては4~5時間程度の短い時間でボイルオーバーが起こりうる。

■ 貯蔵タンク火災の消火には、多くの適切な資機材(水、泡、放射装置など)、十分練られた事前準備計画、よく訓練の行き届いた消防隊や緊急対応メンバーなど総合力を必要とする難しい活動である。

< 輻射熱解析(放射熱解析) >
■ タンク全面火災の及ぼしうる影響を完全に理解するには、第一ステップとして施設の輻射熱解析を行うことである。輻射熱解析では、タンク全面火災からの輻射熱を算定し、周辺にあるタンク・設備・建物・構造物への影響を考察する。この解析は、標準的に、2D (2次元)フォーマットと3D(3次元)フォーマットの両方の実施が可能である。2Dフォーマットでは、経験的なデータを使用するが、風向・風速や障害物のような環境データは考慮されない。3Dフォーマットでは、コンピュータによるファイア・モデリング・ツール、例えば、ファイア・ダイナミック・シミュレーター: Fire Dynamics Simulator(FDS)などを活用する。この場合、障害物はもちろん環境データも考慮される。

■ 輻射熱解析では、原油貯蔵タンクの危険輻射熱レベルの最大オフセット距離(すなわち、影響域)を決めることができる。この危険輻射熱レベルは、 防護濠にいる人間の最大曝露輻射熱が4.7kW/㎡である。隣接タンクの最大曝露輻射熱が12~19kW/㎡であり、熱流束にもよるが、このような状況時には13時間以内に冷却を要する。 19~35kW/㎡であれば、ただちに冷却を必要とする最大曝露輻射熱である。

■ 輻射熱解析結果は、隣接タンクや構造物などの曝露対策としての冷却水量だけでなく、発災タンクの消火のために必要な泡放射量を見積もるためにも用いることができる。
           輻射熱影響域の2次元(2D)解析の例  (図はIfpmag.mdmpublishing.comから引用)
< 防護対策の検討 >
■ 最悪ケースの必要な泡放射量が算出できれば、施設についていろいろな火災の防護システムの方法を選択できるようになる。工業的な標準システムはつぎのとおりである。
 ● 固定式泡消火設備: 泡消火薬剤原液タンク(ブラダ/ダイヤフラム式圧力タンクまたは常圧タンク)およびタンク頂部に設置した泡放出装置(例えば、フォームチャンバー、フォームポーラー)を使用する泡消火システム
 ● 半固定式泡消火設備: タンク頂部に設置した泡放出装置へ化学消防車など移動式装置で送り込む泡消火システム
 ● 移動式または可搬式泡放射装置: 大容量の泡モニターのような移動式または可搬式の装置でタンク上部越しに泡放射
 ● 複合型制圧システム: タンク中央部への泡放射を行うとともに、タンク壁沿いへの泡放出装置を使用する泡消火システム(通常、直径60m超の大型タンクに使用)

■ 原油貯蔵ターミナルの火災防護システムの設計は米国防火協会のNFPA11「Standard for Low-, Medium-, and High-Expansion Form」(低・中・高発泡泡消火設備の規格)の基準を適用して進められることが多いが、現地のレイアウト(輻射熱に関連)、ボイルオーバーの可能性、緊急事態対応の能力について十分に理解されていないままに行われている。リスクベースの防護対策は、現地特有の条件やハザード・モデルを考慮して行われる優れた進め方である。

■ 全面的なタンク火災には、火災と戦うための要員として100名以上の人たちが必要である。そして、このための活動や訓練は重要な課題である。タンクにおける火災では、火災に伴う特異な気象変化を生じ、特に熱による上昇気流は重要である。放射装置の正確な性能特性は、特に高い流量時や既製品の場合などにおいて把握されていないことがある。これらの技術的課題のほかに複雑な問題を含んでおり、適切なエンジニアリングをしっかりと実施した上でシステムをインストールする必要がある。このようにして意図した機能を発揮できるようにしていれば、システムは妥当な時間で実施できるようになる。

補 足
■ 最近のタンク火災事例が列記されているが、このブログで取り上げた事例はつぎのとおりである。

■ 輻射熱(放射熱)の曝露限界について記載されているが、日本では、「自衛防災組織等の防災活動の手引き」(危険物保安協会、2014年)の中で、「人体が単位時間に受ける輻射熱の許容限界として 2.3kW/㎥(2,000kcal/㎥・h)程度の値が用いられることが多い」としている。このほかの輻射熱の影響は表を参照。
              輻射熱の影響   (表はfdma.go.jp から引用)
■ 石油タンクの「固定式泡消火設備」の一般的な系統例を図に示す。「複合型制圧システム」(Hybrid Suppression System)は大型タンクを対象にし、タンク中央部への泡放射を行うとともに、タンク壁沿いへの泡放出を行う泡消火システムとあるので、例えば、ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社のアムブッシュ(Ambush)のような泡消火設備と思われる。



                     固定式泡消火設備の系統の例 (図はkhk-syoubou.or.jp から引用)
                   複合型制圧システムの例  (写真はWilliamsFire.comの動画から引用)
所 感
■ 日本のように消防法などによってタンクの消火設備が細かく規定されているところでは、今回の資料は分かりづらい。まず法規制がなく、石油(原油)タンクに消火設備などが設置されていない前提で読んでみる必要がある。資料では、防護戦略として3つの選択肢があると述べられている。仮に砂漠の真ん中に石油タンクを設置する場合、消極的防護戦略(消火活動は行わず、油は燃え尽きさせる)の選択肢をとれば、消火設備などは備えず、建設費を低くすることができるということである。
 リスクベース手法は、対象案件に関連する重大なリスクを見える化し、どのように対応するかを検討する手法である。法規制は効果がある一方、法ではリスクについて言及しておらず、リスクが曖昧になる。この資料では、「規範的な基準や規格は、施設所有者と事業者に役に立つ情報を提供することができるが、原油施設を防護する方法の検討過程で重要な現地特有の要因について考慮されているわけではない」といい、基準や規格に書かれていないリスクを考える必要性を説いている。日本では、法による規則を満足していれば、それで良いという風潮(考え方)があるが、この点において興味深い指摘である。

■ 原油タンクでは、ボイルオーバーという大きなリスクがあり、タンク火災を燃え尽きさせる選択肢を許容できないので、積極的防護戦略を行うことになる。そこで Fire Dynamics Simulator(FDS)などの輻射熱解析を活用して防護対策(消火設備)の検討を勧めている。この点は重要なことである。例えば、以前の法であれば、三点セットといわれる大型化学消防車などを配備すれば、万一のタンク全面火災に対応できるとされていた。しかし、実際の火災では制圧できなかった。リスクが明確にされていなかったからである。現在は大容量泡放射砲システムの導入が法制化され、一見、問題は無くなったようにみえる。確かに直径82m(高さ約10m)のガソリンタンクの火災を消火できた実績はある。しかし、直径100mの原油タンクの火災を大容量泡放射砲システムで本当に消火できるのであろうか。テロ攻撃のように堤内火災を伴うタンク火災に対応できるのであろうか。この資料を読むと、基本に立ち返って、リスクの本性や防護戦略を考える必要性を問われているように感じる。


備考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・ Ifpmag.mdmpublishing.com ,  「 Risk Based Fire Protection Strategy in Crude Oil  Storage Facilities 」, International Fire Protection Magazine(IFP), By Marcelo D’Amico, December 15, 2015



後 記: 面白い資料でした。原題は「原油貯蔵施設のリスクベース防火戦略」(Risk Based Fire Protection Strategy in Crude Oil  Storage Facilities)ですが、日本語ではなじみのない用語が続き、わかりづらいので、少し長めですが、「原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略」としました。また、原文の標題写真は英国バンスフィールド火災事故で、原油と関係なく、しっくりこないので、カットし、資料途中に出てくる輻射熱解析の3Dの図にしました。
 なじみのない用語が出てきても、前後関係で推測がつくことがあります。しかし、ボイルオーバーの説明時に出てくる「ポンプダウン」(Pump-down)の用語は単発で出てきて、説明がないので、悩んだ言葉のひとつです。調べてもはっきりしませんので、そのままカタカナにしておきました。(おそらく、油移送のことだと思いますが)

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