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2016年5月28日土曜日

米軍・相模補給基地の保管倉庫の爆発・火災(2015年)の原因調査

 今回は、2015年8月に起った在日アメリカ陸軍の相模総合補給廠にある倉庫の爆発・火災事故について、2015年12月に原因調査の情報を日本の防衛省・外務省が発表したと相模原市が公表していますので、その内容について紹介します。(事故の内容については米軍・相模補給基地で保管倉庫が爆発・火災(海外報道)」参照)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、神奈川県相模原市中央区にある在日アメリカ陸軍の相模総合補給廠(U.S. Army Sagami General Depot)である。この施設は太平洋戦争時の相模陸軍造兵廠の敷地と施設を接収して、1945年から米軍が横浜技術廠 (Yokohama Engineering Depot)相模工廠として使用し、現在は兵站業務の補給施設として使用されている。相模総合補給廠は工場用地として補給関連の保管倉庫や修理工場などが設置されている。

■ 発災があったのは、相模総合補給廠内の倉庫で、鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)平屋建である。 米軍によると、保管物は酸素ボンベ、消火器等であり、管理状況としては換気扇、スプリンクラー設備、自動火災報知設備(煙感知器)が設置されていたという。

< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2015年8月24日(月)午前0時45分頃、米軍相模総合補給廠の平屋の倉庫が突然、爆発を起こした。爆発に伴いファイヤーボールが形成され、立ち昇る炎は遠くからも見えた。爆発が複数回起こり、火災は夜の空を照らした。

■ 発生した火災は、6時間以上くすぶり続けたのち、次第に消えていった。在日米陸軍の消防隊および相模原市の消防隊が消火活動を行い、8月24日午前7時9分に鎮火したと、米軍は発表している。
     相模原市の米軍・相模総合補給廠の発災場所 (写真は防衛省・外務省発表資料から引用)
被 害
■ 事故に伴う人的被害は無かった。

■ 倉庫の天井の一部が崩壊、倉庫の建具(扉や通風口等)や各種設備の大半が破損した。
 米軍は、大気中に危険な物質は放出されていないという。 
      酸素ボンベ撤去前(左)と撤去後(右)  (写真は防衛省南関東防衛局の発表資料から引用)
< 事故の原因 >
■ 米軍によると、調査は在日米陸軍、米海軍犯罪捜査部、太平洋施設管理司令部、相模原市消防局で行われ、、最初の火災調査は8月24日に始まり、太平洋施設管理司令部が火災の技術的な調査から開始し、9月4日に終了したという。相模原市消防局は、8月25日の初期の火災や緊急活動の現地調査および8月27日の共同調査に関与した。

■ 米軍による調査結果はつぎのように発表された。
 ● 現時点において、確実な火災原因を特定するまでには至っていない。
 ● 放火および故意の破壊行為は原因の可能性として考えられない。
 ● 稲妻のような自然現象、電気設備の機能不全および建物構造そのものが原因ではない。
(写真は防衛省・外務省発表資料から引用)
 ● 調査員によると、酸素ボンベの1つに欠陥のあるガスケットまたは機能不全のバルブがあったことが火災の原因として最も可能性が高い。ガスケットまたはバルブの小さな穴から漏れ出す酸素であっても、発火するのに十分な摩擦を生じさせることがあり、これが初期の炎の原因となって、火災および酸素ボンベの爆発に繋がったと見られる。

< 対応 >
■ 米軍によって発表された再発防止策はつぎのとおりである。
 ● 相模総合補給廠内の全ての倉庫の消火設備について点検を実施した。
 ● 相模総合補給廠内に保管している損傷のない全ての酸素ボンベについて点検し、安全であることを確認した。
 ● 相模総合補給廠内への酸素ボンベの輸送を全て保留した。

■ 米軍の今後の対応としては、米側において今後も引き続き事故の調査を実施しつつ、契約した業者が倉庫内のボンベやがれき等について安全に撤去を実施する。今後、原因を特定するような新たな情報が得られた場合には、日本側に速やかに情報を提供するという。

■ この情報提供を受け、相模原市は国に対し、次の趣旨について、米軍に申入れを行うよう要請した。
 ● 引き続き原因究明に努め、その結果を報告すること。
 ● 基地内の安全対策について万全な措置を講じるとともに、今回の再発防止策について、米軍の立会いのもと、消火設備等の安全点検の状況を市(消防局)に確認させること。

補 足
■ 米軍による調査について、日本当局から将来に事故の起こる機会を最小にするよう要請を受けて行われていると報じたメデイアがあった。米軍の計画では、最終調査報告書を日本政府と共有するとされているが、提示時期について設定されていなかった。「調査の期間は様々であり、爆発の原因の可能性を調査しようとすると、多くの時間を必要とするだろう」と、8月25日、米軍は話していた。
 通常は調査ステップが設定され、プレ、中間、最終案、最終報告書の順番で行われるが、日本政府はこの点について指摘していなかった。今回の2015年12月4日付けの発表は、防衛省と外務省によって行われているが、「情報提供」の位置付けであり、どのステップの報告書か不明である。米軍による調査レポートの原文は公表されていない。

■ 消火活動について、相模原市消防局は“危険物質”を保管しているといわれている米軍の基地で夜中に爆発があったという通報を受け、消防隊を出動させたという。米軍と相模原市の消防隊は、倉庫内にある内容物がはっきり分かっていなかったので、水で消火活動を行うのではなく、炎が燃え尽きるのを待ったという。

■ 神奈川県警は、基地構内で起こった火災であるから、事故原因は米軍によって調べられることになると語っている。神奈川県警によると、日本の当局は日米地位協定(Japan- U.S. Status of Forces Agreement)により米軍の基地や施設における事故の調査に関する管轄権をもっていない。ただし、施設構外へ損害があった場合のみ、日本の捜査当局が参加できるという。
 「日米地位協定」の内容は外務省ウェブサイト「日米地位協定及び日米地位協定の環境補足協定」 に掲載されている。この協定の中で第三条が「施設および区域内外の管理」の項で、「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる」と規定されている。

■ 8月27日、相模原市消防局の職員5人が火元の倉庫に立入った。米軍敷地内の立入り調査は日米地位協定で米国側の同意が必要で、市の調査は1964年に「消防相互援助協約」を結んでから初めてである。市によると、米軍側は26日に消防局長に手渡した文書で「調査対象は火元や発火物質、火災原因の特定」としているが、具体的な作業の内容は示していない。在日米陸軍は「調査は米軍が主導し、市消防局に捜査権を付与するのではない」としている。27日の立入りは、分析などの本格的な調査ではなく、3時間ほどの現場確認レベルだった。

■ 12月4日付けの発表(防衛省・外務省)を受け、相模原市消防局は「一般的には考えにくい火災原因」とし、市は米側が引き続き原因究明に努めることや、再発防止のためには市が米軍施設の消火設備などを確かめることが必要だとして、政府が米側に申し入れるよう要請したと報じている。

■ 「酸素ボンベ」の取扱い方の注意事項は、過去の知見をもとにまとめられている。例えば、酸素ボンベの製造者の「酸素ボンベの正しい取扱い方法」や高圧ガス保安協会の「酸素の取り扱いについて」がある。後者の資料の中で、「貯蔵上の注意点」としてはつぎのように述べられている。
 ● 容器置場の周囲2m以内においては、火気の使用を禁止し、引火性、発火性のものは置かない。
 ● 容器は、温度40℃以下に保つ。(直射日光を避ける)
 ● 容器は、地震などに備え、チェーン等で転倒防止の措置を行う。
 ● 充てん容器等には、湿気、水滴等のよる腐食を防止する措置を講じる。
 ● 車両等に固定(または積載)した容器により酸素を貯蔵しない。
 これらは一般的な高圧ボンベの注意事項と変わらない。

一方、酸素ボンベの「使用上の注意」として特記すべき事項はつぎのとおりである。
 ● 容器バルブは、十分注意しながら静かに開閉する。
 これは、酸素ボンベの充填圧力約14.7MPaのガスが調整器内に一気に進入すると、調整器内でガスが圧縮され、断熱圧縮熱によって20℃だっ た調整器内部が約900℃以上に上昇する。この時、調整器内部に塵、アルミニウム粉、油分などが存在すると、発火源・可燃物となり、調整器の爆発・発火につながる恐れがあるためである。実際に、急速にバルブを開けて発火した事例がある。
 この酸素ボンベのバルブ急速開による発火事故は米国でも同様にあり、ASTMなどが注意喚起している。酸素高濃度雰囲気での固体の摩擦による発火実験例はあるようであるが、酸素ボンベのガスケットやバルブに開いた孔からの発火(実験)例は見い出せなかった。

所 感
■ この調査結果では、酸素ボンベを倉庫に保管していると、火災・爆発の可能性があるといっていることになる。確かに酸素ボンベを急速に開けると、圧縮熱によって調整器内が高温になり、発火する可能性があるが、倉庫に保管していた酸素ボンベのガスケットまたはバルブの小さな穴から漏れ出す酸素が発火し、さらに爆発に至るという理屈はあまりにも合理性に欠ける。このような調査結果を日本で反映するとすれば、火災・爆発の可能性があるので、酸素ボンベを倉庫に保管してはならないということになりかねない。

■ 前回のブログ「米軍・相模補給基地で保管倉庫が爆発・火災(海外報道)」の所感で、火災や被災状況から感じた疑問点を述べたが、今回の情報でひとつも疑問を払拭した事項はない。米国らしい合理的な調査レポートが感じられない。今回の情報は防衛省と外務省がまとめたものであり、米軍内部の調査レポート原文(事実)を知りたいと感じる内容である。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・City.sagamihara.kanagawa.jp, 相模総合補給廠における火災に係る米軍の調査状況及び本市の対応について, December 04, 2015  
    ・City.sagamihara.kanagawa.jp,   相模総合補給廠の火災現場における酸素ボンベ等の撤去について,   2016
    ・Asahi.com,  爆発原因「ボンベ酸素漏れ」 相模原の米軍火災,   December 05, 2015  
    ・KHK.or.jp,   酸素の取り扱いについて   
    ・Koike-medical.co.jp,  酸素ボンベの正しい取扱い方法,  December 18, 2012
    ・ASTM.org,  Fire Hazards In Oxygen Systems
    ・Hq.NASA.gov,   Safety Standard for Oxygen and Oxygen Systems,  January,  1996
    ・Labour.gov.on.ca,  Alert: Fire and Explosion Hazard – Opening Oxygen Cylinder Valves,  February 13, 2015
    ・Mofa.go.jp,  日米地位協定及び日米地位協定の環境補足協定


後 記: 今回、貯蔵タンクでない米軍・相模補給基地の事故続報を取り上げたのは、沖縄で地位協定の見直し要求のニュースが出たので、その後、相模原の話がどうなったかと気になったからです。新しい情報が出てから約半年経ってしまっていました。しかし、今回の対応も最初のボタンの掛け違い、すなわち日米地位協定による米軍の管轄案件として幕引きするというミス(米軍からすれば正しい判断)から不信感が生じているように思います。軍事基地があるわけですから、危険物のないはずがなく、事実から認識を共有していくべきでしょうが・・・。今回程度の調査結果(情報提供)が米軍から日本政府に出されているとすれば、やはり、幕末時の未開の国という意識が続いているのでしょうね。
 一方、「今後、原因を特定するような新たな情報が得られた場合には、日本側に速やかに情報を提供する」という文章は、問題先送りが常套のどこかの省が付け加えたものでしょう。調査が終わっており、「新たな情報」が生まれる素地がないのに、このような情緒的な文章は合理的ではありません。米軍から事実の調査レポートが政府に出されているとすれば、「特定秘密保護法」扱いになっているでしょうね。何か閉塞感が残ったままの情報でした。




2016年5月25日水曜日

イラクで天然ガス工場にテロ攻撃、球形タンク爆発・炎上

 今回は、2016年5月15日、イラクのタジにある国営の天然ガス工場にイスラミック・ステート(IS)の武装グループがテロ攻撃を行い、工場内の3基の球形タンクが爆発・炎上し、死者14人・負傷者29人が出た事例を紹介します。
写真Youube.comの動画 から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、イラク(Iraq)の首都バグダッド(Baghdad)の北20kmのタジ(Taji)にある国営の天然ガス工場である。この工場では、調理用ガスや発電用ガスなどを製造してユーザへ供給していた。

■ 工場には、11基の貯蔵用球形タンク(球形ガスホルダー)があった。
             タジの天然ガス工場付近(矢印が発災場所)  (写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年5月15日(日)午前6時頃、イスラミック・ステート(IS)の武装グループ8人が3台の自動車に乗って天然ガス工場を襲撃し、正門で一人が爆弾を積んだ自動車とともに爆発したあと、施設内に侵入した。警備に当たっていた警官などの警備部隊と武装グループが銃撃戦になった。
 イラク軍の治安部隊が到着すると、武装グループは駐車していた車の爆弾を爆発させ、自爆用ベストを身に付けた3人が自ら爆発させた。この自爆によって、工場内の3基の球形タンクが爆発や炎上したほか、製品配管の1本が破損した。

■ タンクが爆発したときに、大きなファイヤーボールが舞い上がった。工場の近くに住んでいた従業員によると、ものすごい爆発音が聞こえたあと、工場内から炎と黒煙の上がるのが見えたという。そのあと、警察と軍隊の車両が何台も、1時間ほど続いた銃撃戦のあった現場へ急行したという。
  
■ 治安部隊は2機の軍用ヘリコプターを飛ばすなどして事態を鎮圧した。爆発によって発生した火災は消防隊によって制圧下に入れられた。この襲撃やタンク爆発によって工場の従業員6人と警備部隊8人の計14人が死亡し、少なくとも29人が負傷した。自爆以外の武装グループメンバーは銃撃戦で死亡した。

■ テレビでは、炎と黒煙が工場から立ち昇る映像や、工場から炎が上がったあと、タンクのカバーが飛んでくる様子の映像を流している。 (YouTube 「CamerasCapture Islamic State Gas-Plant Explosion」

■ イラク石油省は、この攻撃によって天然ガス工場の生産に影響が及ぶことはないと語った。しかし、イラク電力省は、タジからのガス供給が止まったことによって、近くにある2基の発電所の運転が停止したと語った。

被 害
■ 貯蔵エリア内のタンク3基が損壊した。このほかに施設内の配管など設備に損害が出ている。 被害状況は政府の調査官が調べている。

■ テロによる攻撃によって死者14人、29人以上の負傷者が出た。テロリスト8人は自爆または銃撃戦で全員死亡した。
(写真ABC13.com の動画から引用)
  2箇所で上がる爆発の炎(左)、飛んでくるタンクのカバー(右) (写真はWSJ.comの動画から引用)
< 事故の原因 >
■ 貯蔵タンクの爆発・炎上は、武装グループの自爆用ベストによるテロ攻撃である。
  
■ 事件の背景: イスラミック・ステート(IS)は、イラクの北部と西部の重要な領域を制圧しているが、最近の戦場における痛手を転じようとして、前線から遠くて人口の多い場所への攻撃を増やす戦法をとっているとみられている。  

< 対 応 >
■ テロ攻撃を受けたあと、治安部隊が増強され、銃撃戦は1時間ほど続いたあと、事態は鎮圧された。爆発によって発生した火災は消防隊によって制圧下に入れられたあと、鎮火した。

■ テロ攻撃を受けてから2日後の5月17日(火)、天然ガス工場での作業を再開したと石油省は発表した。工場内の3本の製品配管によって運転を再開したという。被災しなかったタンクや配管によって、調理用ガスボンベの充填は、従来の30,000本/日に戻すという。
(写真Energylivenews.com から引用)
(写真Youtube.comの動画 から引用
(写真Youtube.com動画から引用)
(写真Youtube.com動画から引用)
(写真News.xinhuanet.com から引用)
(写真AFPbb.comから引用)
 (写真WST.com から引用)
補 足
■ 「イラク」(Iraq)は、正式にはイラク共和国で、連邦共和制国家である。古代メソポタミア文明を受け継ぐ土地にあり、人口約3,300万人で、世界で3番目の原油埋蔵国である。フセイン政権崩壊後、内政は混乱が続いている。
 「タジ」(Taji)は、バグダッド州にあり、イラク首都のバクダッドから北へ約20kmにある人口約40万人の都市である。
                  イラク周辺  (図はグーグルマップから引用)
■ 「天然ガス」は、産出される場所によって組成に違いがあるが、主にメタン・エタンを主成分とする炭化水素である。特性としては、揮発性が高く、常温では急速に蒸発する。空気より軽いため、大気中に拡散しやすい。この点で、空気より重く、低い場所に滞留しやすいプロパンやブタンに比べれば、取扱い上の危険性は低いといえる。

■ 国営の天然ガス工場は「タジ・ガス充填会社」(Gas Filling Company–Taji)と思われる。会社の詳細は分からないが、天然ガス田から産出された天然ガスを精製し、調理用ガスボンベに充填したり、発電用ガスとしてパイプラインで供給する事業だとみられる。
                 タジ・ガス充填会社のタンク群  (写真はグーグルマップから引用)
■ 工場内の「球形タンク」(球形ガスホルダー)は、グーグルマップでは10基あり、建設中の基礎が1基ある。被災状況の写真によれば、この基礎に球形タンクが建っているので、タンク数は11基とみられる。
 グーグルマップによれば、直径13mの球形タンクが8基、直径約16mの球形タンクが2基である。従って、直径約13mのタンク容量が約1,000㎥級、直径16mのタンク容量が約2,000㎥級と推測される。
 被災したのは、直径約13m(容量約1,000㎥級)の球形タンク3基とみられる。被災写真とマップを見比べると、被災タンクは写真のA、B、Cの3基で、被災状況はつぎのとおりだと思われる。
 ● タンクA: タンク支持柱が折れ、タンク頂部が開口しており、爆発があったと思われる。
 ● タンクB: 支持基礎部にタンクがないので、タンクは爆発・破裂して噴き飛んだものと思われる。破片の一部は矢印のように飛んだとみられる。
 ● タンクC: タンク支持柱が折れて横転している。 火災は起こっているが、爆発に至ったかどうかはわからない。
                  被災したタンクの位置  (写真はグーグルマップから引用)
所 感
■ テロ攻撃は、ソフトターゲットのほか、石油・天然ガス施設が目標にされやすいことを示す事例(事件)だといえよう。これまでは、ロケット砲などの砲撃によるテロ攻撃だったが、今回は爆弾を身に付ける自爆ベストが使用された。しかも、正門突破には爆弾を積んだ自動車が使用された。今の日本では考えずらい方法であるが、テロ攻撃の想定には、今回のような戦法がとられることを認識しておく必要があろう。
 なお、イスラミック・ステート(IS)の関係した貯蔵タンクへのテロ攻撃については、つぎのような事例がある。

■ 今回の事例では、球形タンク(球形ガスホルダー)を狙ったテロ攻撃なので、確かに大きなファイヤーボールを形成し、犠牲者も出たが、被災写真を見ると、印象としてまわりへの影響が大きくないと感じた。これがプロパン・ブタンの液化石油ガスの球形タンクだった場合、タンクや配管から漏れた液化石油ガスが地上に滞留したあと、爆発や火災が起こり、周囲の設備へ延焼していっただろう。この点、今回は天然ガスだったので、漏れたガスが上方へ拡散していき、隣接タンクへの影響が比較的小さくなったと思われる。

■ これは想像であるが、テロリストは東日本大震災時のコスモ石油の液化石油ガスタンクの爆発火災(「東日本大震災によるタンク被災(海外報道)」「東日本大震災の液化石油ガスタンク事故の原因」「コスモ石油の液化石油ガス爆発火災の放射熱解析」を参照)あるいは「フランス フェザンのLPGタンク爆発・火災事故」を知っていて、壊滅的な破壊を期待したのではないだろうか。球形タンクのテロ攻撃では、内液によって被災の状況が異なることを示す事例であるといえよう。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
    ・3.NHK.or.jp, イラク 武装グループがガス工場終劇7人死亡,  May  15,  2016 
  ・Jiji.com,  ガス工場で自爆、11名死亡=IS、犯行認めるーイラク,  May  15,  2016
  ・News.TBS.co.jp, イラク 天然ガス工場でテロ、少なくとも14人が死亡,  May  15,  2016  
  ・FNN-news.com,  イラクの工場で爆弾積んだ車突っ込む 「イスラム国」が犯行声明,  May  15,  2016
    ・AFPbb.com,  イラク、ガス工場襲撃で7人死亡 IS犯行声明、劣勢で自爆増加か,  May  15,  2016
    ・Gibraltarglobe.com,  ISがバグダッド西部攻撃、北部ではガス施設炎上 イラク,  May  15,  2016
    ・Reuters.com,  Islamic State Attacks Gas Plant North of Baghdad, Killing 11,  May  15,  2016
    ・ABC13.com,  ISIS Sets off Fiery Explosion at Iraqi Natural Gas Plant,  May  15,  2016
  ・USAtoday.com, Bloody Sunday in Iraq: 5 Attacks, at Least 29 Dead,  May  15,  2016
    ・WSJ.com,  Islamic State Attacks Iraqi Gas Plant,  May  15,  2016
    ・TheGuardian.com,  Suicide Bombers Launch Attack on Iraqi Gas Plant near Baghdad,  May  15,  2016
    ・Aljazeera.com, Iraq Death Toll Rises Coordinated ISIL Attacks,  May  16,  2016
    ・CP24.com,  Iraq Resumes Work at Gas Plant Two Days after IS Attack,  May  17,  2016


後 記: 今回の事故(事件)は、日本のテレビ局でもニュースとして報じています。インターネットでもたくさんの報道情報がありました。しかし、貯蔵タンクの事故というとらえ方ではなく、テロという事件として伝えていますので、タンクの仕様(大きさなど)について言及したものはありません。また、どのような正門管理(警備)をしていたのか、テロリストの侵入経路はどのようなものだったのかなど、テロ対策を考える上で参考になるような情報が少なかったですね。(そのような情報を求める方が無理?)  天然ガス工場の名称さえ明らかでなく、第一、テロリストの人数や自爆ベストを着用した人数も記事によって異なっていました。いろいろ調べたり、読み比べたりして最も妥当だと思われる内容でまとめました。

2016年5月20日金曜日

インドのバイオ燃料製造施設で火災、タンク12基に延焼

 今回は、2016年4月26日、インドのアーンドラ・プラデーシュ州ヴィシャーカパトナムにあるバイオマックス・フューエル社バイオ燃料製造施設の貯蔵エリアで火災が起こり、12基のタンクに延焼した事故を紹介します。
写真NDTV.com から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、インド(India)南部のアーンドラ・プラデーシュ州(Andhra Pradesh)ヴィシャーカパトナム(Visakhapatnam)の特別経済区にあるバイオ燃料製造会社のバイオマックス・フューエル社(Biomax Fuel Ltd)の施設である。施設は、いろいろな原料から年間50万トンのバイオディーゼル燃料を生産する能力を有し、インド国内で最大級のバイオ燃料プラントのひとつである。

■ 施設内の貯蔵エリアには、2010年に建設された原料油用とバイオ燃料用の貯蔵用タンクが18基設置されている。原料用貯蔵タンクは12基あり、1基当たりの容量は約3,000KLで、発災時、各タンクには50~70%の原料油が入っていた。精製製品のバイオ燃料用貯蔵タンクは6基あり、1基当たりの容量は約6,700KLである。このほか、このタンク地区から約200m離れたところに、1基当たりの容量が400トンのメタン用タンクが4基ある。
ヴィシャーカパトナム特別経済区のバイオマックス・フューエル社付近(矢印が発災場所)   
(写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年4月26日(火)午後7時15分頃、バイオ燃料製造施設の貯蔵エリアで火災が起った。黒煙が空に向かって立ち昇った。当時、発災現場近くに人はいなかったが、構内にいた15人ほどの作業員は安全に避難した。

■ 火災はタンクNo.9またはタンクNo.4から起ったとみられ、数分もたたずに他のタンクへ延焼していった。バイオマックス・フューエル社の自衛消防隊が消防活動をし始めたとき、タンクNo.4で爆発が起った。なお、同社には、専属の消防士を置いておらず、消防車も保有していなかった。

■ 火災になった原料油タンクには、パーム脂肪酸蒸留物(Palm Fatty Acid Distillate: PFAD)が入っていた。

■ 市消防に通報があったのは午後7時35分で、消防隊が現地へ到着したのは午後8時10分だった。
消防隊が駆け付けた後も火災によって6基のタンクで爆発が起ったという。当日午後10時には、火災タンクは11基に広がった。

■ 近くにある住民地区では騒ぎとなり、一部で避難する状況となった。

■ 消防隊の懸命な活動にもかかわらず、翌日になっても、火は衰えることなく、燃え続けた。結局、施設にあった18基のタンクのうち12基に延焼した。

■ 発災から40時間を超えた28日(木)正午の時点でも、タンク1基で火災が続き、ほかの1基からは煙が上っていた。この2基を除けば、ほかの10基は内部の油が燃え尽きた状況だった。消防隊は火災を制圧下に置くため、泡と水の放射を続けた。夕方になって火災は鎮火した。火災に伴う負傷者は出なかった。

■ 今回の火災は、1997年地元のヒンドゥスタン・ペトロリアム・コーポレーション社(Hindustan Petroleum Corporation Limited)で60人の犠牲者を出した製油所火災事故を思い出させるほど、火の勢いが強かった。しかし、今回の場合、幸いなことに死傷者が出なかった。 インドの産業界では、火災事故は増加傾向にあり、特に化学・製薬工場では、2012年以降30件の事故が起こっている。

被 害
■ 貯蔵エリア内のタンク12基が火災によって損傷した。タンク内にあった15~20トンの原料油が焼失した。損害額は9~10億ルピー(15~16億円)と推定されている。

■ 火災に伴う負傷者は無かった。近くの住民が一部避難した。
(写真はThehindu.comから引用)
(写真はTelugustoday.com から引用)
(写真はBehindwoods.comの動画から引用)
< 事故の原因 >
■ 原因は調査中である。
  火災は、タンクに接続されているポンプの電動機で短絡があったために起ったとみられている。また、火災から爆発に至ったのは、タンクから内部液が漏れていて、これに引火して火災になり、最終的にタンクが爆発した可能性があるという見方も出されている。
(なお、この地区の産業界における事故の70%は電気的な短絡によると報じられている)

■ 国家災害対応・消防庁によると、施設が国家建築基準(2005年)の火災安全システムに合致しておらず、貯蔵タンク間の保安距離が不足していたので、隣接タンクへの延焼が早かったとみているという。当該施設のタンク間距離は6mだった。

< 対 応 >
■ 発災に伴い、市消防のほか、海軍の消防隊数十名が現場へ出動した。

 現場には、ヒンドゥスタン・ペトロリアム・コーポレーション社の製油所と海軍の消防隊から消防車8台が駆け付けた。うち2台は泡放射の可能な化学消防車だった。

■ 27日(水)には、さらにヴィシャーカパトナム鉄鋼や港湾組合からの応援で駆け付け、合計150名の消防士と45台の消防車で消火活動が行われた。泡薬剤は各消防隊から集められ、10KL超の泡薬剤が消火のために使用された。

■ 12基のタンク内の油が燃え尽きて制圧下に入るのは、27日(水)夕方と予測された。消防隊は、貯蔵エリアの別な場所に設置されている6基のタンクへの延焼を避けることに努めた。

■ 海軍は、火災の状況を把握するため、2機の飛行機を飛ばした。また、救急車と医療チームを現場に配置した。

■ 発災から3日目の28日(木)夕方になって火災は鎮火した。
(写真はThenewsminute.comから引用)
(写真はNDTV.comから引用)
(写真はScoopnest.com から引用)
(写真はThenewsminute.com から引用)
(写真はNewindianexpress.com から引用)
補 足
■ 「インド」は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸を占める連邦共和国で、イギリス連邦加盟国である。首都はニューデリーで、人口は約13億人で世界第2位である。
 「ヴィシャーカパトナム」(Visakhapatnam)は、インドのアーンドラ・プラデーシュ州にあり、人口約173万人の都市である。インドの東海岸にあり、ベンガル湾に面した港湾都市で、重工業が盛んなほか、インド海軍の拠点都市でもある。
                                      インド中部付近  (図はグーグルマップから引用)                      
■ 「バイオマックス・フューエル社」(Biomax Fuel Ltd)は、2005年に設立したバイオ燃料製造会社で、非政府系企業である。インド国内に2つのバイオ燃料製造施設を有しており、最も大きいのが年間50万トンのバイオディーゼル燃料の生産能力を有するヴィシャーカパトナムの施設である。
 貯蔵タンク地区にあるタンクの大きさを報道容量とグーグルマップから推定すると、原料油タンクは直径約14m×高さ20m×容量3,000KL、バイオディーゼル燃料タンクは直径約19m×高さ約23m×容量6,700KLとなる。

■ 「バイオディーゼル燃料」は、植物油を原料とし、化学処理などの方法により製造されたディーゼルエンジン用の液体燃料である。ディーゼルエンジンは、もともとピーナッツ油等の植物油を燃料としていたが、原油による軽油が主流となっていた。しかし、1970年代のオイルショックを契機に、再びバイオディーゼル燃料が注目されるようになった。
 バイオディーゼル燃料の原料は、欧州では菜種油・ひまわり、米国では大豆油、東南アジアではパーム油が主な原料になっている。日本では、廃棄物の有効利用の観点から、廃食用油が用いられている。バイオマックス・フューエル社のウェブサイトでは、いろいろな原料から製造しているとあり、通常の原料油は明らかにしていない。今回の事故時にはパーム油と報じられている。
 製造方法にはいろいろな種類があるが、一般的な方法としては、アルカリを触媒としてメタノールと化学反応させることにより、原料油を脂肪酸メチルエステル(バイオディーゼル燃料)にする方法である。副産物としてグリセリンが発生する。バイオマックス・フューエル社のウェブサイトでは、製造方法は明らかでない。バイオ燃料製造プロセスの例を図に示す。
                   バイオ燃料製造プロセスの例  (図はCampomexicano.gov.mxから引用)
■ 「パーム脂肪酸蒸留物」(Palm Fatty Acid Distillate: PFAD)はパーム原油(Crude Palm Oil)の精製過程で得られる脂肪酸蒸留物である。規格はなく、性状例としては、密度約880kg/㎥、引火点約200℃、自然発火点約350℃、爆発はしないといわれている。火災時にはドライケミカル、泡、炭酸ガスによる消火を行い、水は使用しない。

所 感
■ 事故の状況や原因に関する情報は比較的出そろっているが、つぎのような疑問があり、総じてよく分からないというのが、率直な印象である。
 ● パーム脂肪酸蒸留物の入っていた原料油タンクが爆発を起こすのか。
 ● 爆発を起こすような軽質留分はどのようにして入っていたのか。
 ● 発火源が電動機の短絡というが、何に着火したのか。
 ● 全12基の原料油タンクの火災による損傷程度に大きな差があるのは、内液の違いか。
 本来爆発を起こすような液でないので、原料油タンクの運用に問題があったことは間違いない。受入れるべき原料油で問題のあった事故としてはつぎのような事例がある。
 
■ 一方、火災に対する消火活動にも、つぎのような疑問があり、対応が適切だったかよく分からない。
 ● どのような消火戦略がとられたのか。(積極的戦略、防御的戦略、不介入戦略の選択)
 ● 消防士150名、消防車45台、泡薬剤10KL超の人員・資機材で、燃え尽きる前に消火できなかったのか。
 ● 消防隊は、燃えている原料油のMSDS(化学物質安全性データシート)を認識していたのか。
 ● 混成チームの消防隊の内部統制(指示命令系統)は機能したのか。
 確かに消火の容易な条件の火災ではないが、現場での的確な判断が行われず、成り行きで進んでいったように感じる。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・Hindustantimes.com, Blaze at Visakhapatnam Bio-Diesel Plant, Fire Tenders Rushed,  April  27,  2016 
  ・Foxnews.com,  Biofuel Manufacturing Plant Catches Fire in Southern India,  April  27,  2016
  ・Indianexpress.com, Fire Continues to Rage at Biomax Fuel in Visakhapatnam, 41 Fire Tenders at Spot,  April  27,  2016  
  ・Indiatoday.intoday.in,  Massive Fire at Bio-diesel Factory in Visakhapatnam, 12 Tanks Still Ablaze,  April  27,  2016
    ・Khaleejtimes.com,  Biofuel Manufacturing Plant Catches Fire in India,  April  27,  2016
    ・Dnaindia.com,  Fire at Bio-diesel Plant in Visakhapatnam SEZ Put Out,  April  27,  2016
    ・Thehindu.com,  Fire Ravages Bio-Diesel Unit at SEZ in Visakhapatnam,  April  27,  2016
    ・Business-Standard.com,  Fire at Bio-diesel Plant in Visakhapatnam SEZ Put OutApril  27,  2016
  ・Fibtimes.co.uk, Visakhapatnam: Fire Rages on at Biodiesel Unit in South India,  April  27,  2016
    ・Newindianexpress.com,  Vizag SEZ Fire: 40 Hours on, Fire Continue to Rage Biomax Tankers,  April  28,  2016
    ・Thenewsminute.com,  Day 3 of Vizag Bio-diesel Fire: Officials Still Dousing Flames,  April  28,  2016
    ・Thehindu.com, Visakhapatnam Bio-diesel Plant Fire Spreads Fast as System Fails,  April  28,  2016
    ・NDTV.com,  36 Hours and Counting: Factory Fire Near Visakhapatnam Rages on,  April  28,  2016
    ・Firedirect.net,  Biofuel Manufacturing Plant Catches Fire in Southern India,  April  28,  2016
    ・Newindianexpress.com,  Vizag Fire: Fuel Fcility Did Not Have Proper Hydrants?,  April  28,  2016
    ・Newspapad.com,  A Major Fire Incident at a Biofuel Plant near Visakhapatnam,  April  28,  2016
    ・Kostalekha.com,  Biomax Fire Accident – A lesson Learned from ill-equipped Industries,  May  18,  2016


後 記: 今回の事故の情報提供者(インドのメディアも情報源を明らかにしている)は多くいたようで、情報数は少なくないのですが、施設を理解していないのか、又聞きのためか、内容やデータに違いが見られ、正しい(らしい)と見極めるのに悩まされました。発災時間、発災タンク数、タンクの大きさ、タンクの内容物、出動した消防士の数、消防車の台数など肝心なものでさえ記事を見比べ、正しいと思われるものを選んでいきました。初期の記事では、バイオディーゼル燃料のタンク火災という思い込みがあったと思います。そのうち、原料油タンクの火災ということが分かり、一応、まとまった内容になりましたが、所感に記載したようにいろいろな疑問が残ったままになりました。消防関係による発表では、火災は制圧しているというコメントが毎日続き、結局、鎮火した正確な時間は分からないままになりました。
 報道という意味では、大きな事故で3日間も火災が続いているにかかわらず、住民の声がまったく報じられていません。また、現場で苦労したと思われる消防士の声も聞こえてきません。このため、臨場感の欠ける淡々とした内容になってしまいました。このあたりがインドの国情を物語るものでしょうか。