側板に爆発の痕跡が見えるタンク。枠内はタンク壁に開いた穴を補修する作業員
(写真はBangkok
Post.comから引用)
|
■ 事故があったのは、タイのパトゥムターニー(Pathum
Thani)県ラムルークカー(Lam Luk Ka)にあるタイ・ペトロリウム・パイプライン社(Thai
Petroleum Pipeline Co.)の石油タンク基地である。タイ・ペトロリウム・パイプライン社は、パイプラインによって石油を効率的に輸送する目的で1991年1月に設立され、通常タップライン社(Thappline)と呼ばれる石油会社である。株主はタイ石油公社(PPT)33.19%、エッソ20.66%、シェル14.87%、残りがタイの主要石油企業である。
タップライン社は、タイ国内に2箇所の石油ターミナルを所有している。ラムルークカー石油ターミナルは貯蔵能力17万KLで、タンク19基を保有し、一度に5台のタンクローリー出荷が可能な施設である。
■ 発災があったのは、石油ターミナルから約38km離れたスワンナプーム国際空港(新バンコク国際空港と呼ばれている)へ供給するジェント燃料油用で貯蔵能力22,000KLのタンクである。
タイ・ペトロリウム・パイプライン社ラムルークカー石油ターミナル付近
(写真はグーグルマップから引用)
|
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2010年4月21日(水)午前1時15分頃、タイ・ペトロリウム・パイプライン社のジェット燃料タンクに擲弾(てきだん)が打ち込まれた。擲弾はタンクに当たり、地上で火災が発生した。
■ 作業員が警察に語ったところによると、燃料貯蔵地区で爆発音を聞き、急いで現場へ行くと、タンク番号T-401Dの脇で炎が上がっているのが見えたという。
■ 投げ込まれた擲弾は2発で、うち一発がタンクに当たり、貯蔵地区の地上で火災が起こった。もう一発は不発だった。擲弾の爆発によってタンクには、地上から約1.5mのところに直径約4cmの穴が開いた。しかし、タンクは二重壁構造で防護されていたため、タンク内の燃料油に引火しなかった。攻撃を受けたとき、タンクには9,000KLの油が入っていた。
■ 警察の調査によると、擲弾はM79グレネードで、現場から100mほど離れた自動車道からランチャーで発射されたものとみられる。M79グレネード・ランチャーは約400mの射程距離を有しているという。
被 害
■ 二重壁構造タンクの外板に直径約4cmの穴が開いた。しかし、貯蔵機能は維持されており、タンクの穴は補修して塞がれた。タイ・ペトロリウム・パイプライン社運転部長によると、損害額はそれほど大きくはないと語っている。
■ この事故による負傷者は無かった。
< 事故の原因 >
■ M79グレネード・ランチャーを使用した擲弾による。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。
■ 石油タンクへの攻撃の背景: エネルギー省大臣によると、反独裁民主同盟(UDD)が計画していた集会の前に、エネルギー省は石油基地、製油所、発電所および輸送ラインのセキュリティを最高レベルにするため、会議を開催していたという。大臣は今回の攻撃を破壊工作の事前通告の代わりだと受けとっている。今回のように、石油ターミナル外の距離のあるところからの攻撃を食い止めるのは難しいことだと、大臣は認めた。大臣によると、先週、ワンノイの発電所の伝送設備で破壊工作の試みがあったという。
< 対 応 >
■ 二重壁構造タンクの外板の穴は、補修して塞がれた。
■ エネルギー省大臣は、警察と石油・ガス操業会社に対して施設のセキュリティ対策を強化するよう要請した。
■ タイ石油公社グループの副社長は、グループ幹部を招集し、施設の警備方法について議論するための緊急会議を開くと語った。
別の石油会社の幹部役員は、攻撃者が石油施設を目標にすることについて憂慮していることを認めた。 石油会社の幹部役員は、「実行しようと思えば、多くの手段がある。私はかなり心配しているが、私たちがとるべき最善策はやれる限りのセキュリティー対策を強化することである。監視カメラ、警備員、火災報知器、消防車を含めた消防資機材は24時間体制で配備している。これが私どもができるすべてである」と語った。
補 足
■ 「タイ」(Thai)は、正式にはタイ王国(Ratcha
Anachak Thai)で、立憲君主国家である。国土はインドシナ半島の中央部に位置し、人口は約6,700万人である。タイは政変が多く、2006年に起った軍事クーデターは国王の介入により収拾され、軍事政権が発足したが、クーデター以降は、国民の間でタクシン派(反独裁民主同盟;通称赤シャツ)と反タクシン派が対立し、不安定な情勢にある。このような中で、2010年4月、首都バンコクでタクシン派のデモ隊と治安部隊との衝突を取材中、ロイター社カメラマン村本博之さん(43歳)が銃撃を受けて亡くなるという事件が起き、当時日本でも大きく報道された。
2014年にプラユット将軍率いる国軍が軍事クーデターを起こし、実権を掌握して以来、軍事独裁政権が続いている。
(図はグーグルマップから引用)
|
■ 「擲弾」(てきだん)は投てきして用いる爆弾の意味で、手で投てきするものは一般に手榴弾(しゅりゅうだん)と呼ばれ、擲弾は投射器を使用して遠くへ飛ばすものを指す。「M79グレネード」
(M79 Grenade)は径40mmの擲弾で、グレネードランチャーという携行できる発射装置を使用し、銃身中央に折りたたみ式の照門があり、照準できる距離は最長375mから最短25mの範囲で25mごとに調整できる。ベトナム戦争時に開発されたもので、現在は多くの国で使われており、特にタイでは、度々テロ攻撃に使われており、M79という記号名だけで認識されている。
M79グレネード・ランチャーの例
(写真はWorld.guns.ru
から引用)
|
■ ラムルークカー石油ターミナルの現場から100mほど離れた自動車道からM79グレネード・ランチャーを使用して擲弾が発射されたと言われているが、グーグルマップによると、タンクと道路の距離は約190mである。
ジェット燃料油タンクT-401Dの直径は約42mであり、容量22,000KLから推測すると、高さは約16mである。発射したとみられる自動車道から当該タンクをグーグルマップのストリートビューで見ると、つぎのとおりである。
自動車道から見たタンクT-401D(左から2番目)
(写真はグーグルマップのストリートビューから引用)
|
所 感
■ タンク側板の設計は、通常、液(圧)、風(荷重)について検討されるが、ここにテロ攻撃を想定し、二重壁構造にした先見性に感心する。タイの不安定な政情があるとはいえ、発想と実行力は見事である。少なくとも、テロリストには、M79グレネード級の擲弾によるテロ攻撃では効果がないと思わせたに違いない。さらに、石油ターミナルへのテロ攻撃は成功が難しいのではないかと考えたかもしれない。このように思わせることがテロ対策に有効である。
■ 一方、この2010年のタイにおける事故(事件)以降、このブログで紹介した世界のテロ攻撃をみていくだけでも、攻撃人員や使用武器がエスカレートしていると感じざるをえない。
● 2013年1月、「アルジェリア人質事件・天然ガスプラントの警備状況」
● 2014年7月、「リビアで国内の戦闘によって燃料貯蔵タンクが火災」
● 2014年12月、「リビアでロケット弾による原油貯蔵タンク火災」
● 2015年7月、「フランスの製油所で仕掛けられた爆弾によってタンク火災」
● 2016年1月、「リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災」
● 2016年1月、「リビアの石油施設基地で再び砲撃によるタンク火災」
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Bangkokpost.com, Airport Oil Depot Attacked, Tank Set
Ablaze, April 21, 2010
・Bangkokpost.com, Oil
Depot Hit in Grenade Attack, April 22, 2010
・Pattayatoday.net, No
Aviation Fuel Supply Disruption After Oil Depot Grenade Attack, April 22,
2010
・Pattayadailynews.com,
Suvarnabhumi’s Main Oil Depot Hit by M-79 Grenade
Attack, April 23, 2010
・Mcot.net, No Aviation Fuel Supply Disruption after Oil
Depot Grenade Attack, April 21,
2010
後 記: 今回のタンク事故情報は2010年の発生時点で入手していました。このところのリビアのテロ攻撃をみて、過去のテロ攻撃事例として紹介しようと、内容を見直しました。当時はM79グレネードを手りゅう弾としました。手りゅう弾の訳が正確ではないとわかっていましたが、擲弾という用語ではあまりにもなじみがなく、敢えて手りゅう弾としていました。最近の多くのテロ攻撃から使用武器について正確に伝えた方がよいと思い、“擲弾”としました。(自衛隊や警察の人のように武器の知識をもっている人でないと、擲弾ではすぐに理解できないでしょうが)
しかし、ベトナム戦争で開発されたM79グレネード・ランチャーやロケット砲という武器が簡便さからテロ攻撃に使用されているのは、皮肉なことです。テロ対策上、テロリストがどのような武器を使用するかを考えなければならないのは、嫌な世の中ですね。
0 件のコメント:
コメントを投稿