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2013年1月8日火曜日

コスモ石油の液化石油ガス爆発火災(2011年)の放射熱解析

 今回は、2011年3月11日、東日本大震災が発生した日に千葉県市原市のコスモ石油千葉製油所で起こった液化石油ガスタンクの爆発火災事故の放射熱解析について紹介します。解析は財団法人消防科学総合センターが行なったもので、石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂に伴って2011年11月21日にまとめられた資料の中に解析事例の一つとして記載されたものです。
 なお、同事故の原因については2012年3月28日の当ブロブ「東日本大震災の液化石油ガスタンク事故(2011年)の原因」で紹介しています。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Fdmago.jp, 石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂(消防科学総合センター)資料2, November 21, 2012 

<ファイヤーボールに関する解析方法> 
(1) 直径・継続時間
■ ファイヤーボールの直径と継続時間に関する算定式には次のようなものがある。   

(2) 放射熱(輻射熱)
① 現指針
 ファイヤーボールから受ける放射熱は、ステファン・ボルツマンの法則に基づいた次式で表される。
 形態係数は、ファイヤーボールを球形と仮定し、球の中心に正対した受熱面を想定すると次式で表される。

 現指針では、ファイヤーボールを1750Kの完全黒体(ε=1.0)として、次式により放射熱を算定するとしている。
② 長谷川・佐藤(1978)
 長谷川・佐藤は、ファイヤーボールから受ける放射熱について、実験に基づいた次式を示している。この式はAIChE ガイドラインにも掲載されている。
③ AIChE
 AIChE ガイドラインには、次のような手法も示されている。
 ここでRf は、ステファン・ボルツマンの法則ではなく、ガスの燃焼によりファイヤーボール表面から放出される熱量として次式により計算される。
 また、透過率τは次式により計算される。
 Ta:気温 (K)

 注) 現指針の手法では、液面火災やファイヤーボールの放射熱計算において大気の透過率は考慮されていないが、海外の手法では無視できないとして考慮されている。

(3) 爆風圧(過圧力)
■ タンクや配管が破損して大量の可燃性ガスが大気中に放出された場合、空気と混合して可燃性蒸気雲を形成し、着火すると大規模な爆発を起こす。そのときの爆風圧の影響を算定するための手法としては、TNT等価モデル、TNO Multi-Energy モデルなどがあるが、一般的に用いられているのはTNT等価モデルであり、現指針でもこのモデルを提示している。また、高圧ガス保安に関わる法令や技術指針もこのモデルがベースになっている。
 TNT等価モデルでは、爆風圧と距離との関係は次式で与えられる。
 注) 爆発係数は、流出して気化したガスのうち爆発に寄与する割合(拡散ガスのうち濃度が爆発範囲内にあるガス量と考えられる)であり、一般的には10%が用いられる。また、TNT収率は、爆轟に寄与した混合気体の総エネルギーと生じた爆風圧に相当するTNT当量のエネルギーの割合であり、一般的には6.4%を用いれば安全側と考えられている。

■ なお、高圧ガス保安法では、式1.1 でγ=0.064、QTNT=1000kcal/kg(4.184×10J/kg)として次式のように表し、Kの値を例えば表1.1.1 のようにガスの種類ごとに示している。(K値に10が掛かるのはWG をトンで表しているためである)
この式では、TNT当量を次のように見積もっていることになる。


<事故事例に基づく試算>
「 コスモ石油・液化石油ガスタンク爆発火災(2011年3月11日)」 
■  2011 年3月11 日の東北地方太平洋沖地震の発生により、千葉県市原市のコスモ石油においてLPG(液化石油ガス)タンクが倒壊し、これによりLPG配管を破損して火災が発生、隣接するタンクが5回爆発し、火災がタンクヤード全体に拡大した。このとき、最初にBLEVE Boiling Liquid Expanding Vapor Explosion)により爆発したタンク(174分に爆発した374 番タンク)について放射熱及び爆風圧の試算を行う。この球形タンクは、容量2,000KLの液化プロパンタンクで、被災時の残量は600KL圧力は1.0MPa であった。

(1) ファイヤーボールの直径・継続時間
■ 被災時、タンク中の液化プロパンの量は600KL(比重0.5 とするとWg=300t)であり、これがBLEVE により蒸気雲を形成し、着火・爆発してファイヤーボールとなった。瞬時に気化して、ファイヤーボールの形成に寄与したプロパンの量は不明であるが、常温で漏洩したときの気化率(フラッシュ率)が0.364であることを考慮すると、100t以上であることが推察される。したがって、可燃性ガス量を100、150、200、250、300tとしたときに形成されるファイヤーボールの直径と継続時間を各手法により計算した。(高温に曝されたとはいえ全量の300tが気化してファイヤーボールを形成したとは考えにくい)
■ 算定結果は表1.1.2 に示すとおりである。実際のファイヤーボールは、当日記録された動画などから直径およそ300m、継続時間20秒程度であったと思われる。表1.1.2 の算定結果から、タンク内の液化プロパン300tのうち150~200tが瞬時に気化して蒸気雲を形成し、これが爆発してファイヤーボールになったと考えるとつじつまが合う。なお、ファイヤーボールの直径と継続時間の算定結果の双方を見ると、AIChE(2010)の手法が最もよく適合しているといえる。
構外から見た爆発直後の画像   (写真はSalonTakahashi.blogから引用) 
(2) ファイヤーボールの放射熱
■ ファイヤーボールの直径(D)を300m、図1.1.2 のような位置関係を想定し、中心直下から任意の距離Xにある地点で受ける放射熱を各手法により計算する。ここで、受熱面はファイヤーボール中心に正対しているとし、ファイヤーボール中心の高さ(Z)はAIChE(1994)により次のとおりとする。

■ 算定結果は図1.1.3 に示すとおりである。現指針の手法については、ファイヤーボール温度を1750K と1500K としたときの値を示している。なお、AIChE の手法では、気温15℃、相対湿度50%として透過率を計算している。

■ また、参考として米国EPA(環境保護庁:Environmental Protection Agency)が開発した影響評価ツールALOHA で算定した結果を図1.1.4 に示す。(このソフトウエアは経済産業省のウェブサイトから無償ダウンロードできる)
 算定条件は、タンク容量2000KL、残量600KLでのBLEVE(ファイヤーボール形成に寄与するガス量は自動計算)、気温15℃、相対湿度50%とした。ALOHAによる算定結果は、図1.1.3 で現指針(1500K)および長谷川・佐藤による値に近いものになっている。
 この事故事例において、実際にどの程度の放射熱を受けたかは不明であるが、現指針に示されたT=1750Kとしたときの放射熱の算定は、予測としては過大評価のように思われる。

(3)  爆風圧
■ コスモ石油のLPG 爆発事故では、爆風圧の影響もあり、事業所内建屋のスレート屋根や窓ガラス、また3km以上離れた民家の窓ガラスが破損するなどの被害が発生している。そこで、前記と同じタンクについて、TNT等価法(式1.1)を用いて蒸気雲爆発に伴う爆風圧の試算を行った。
 算定にあたっては、液化ガスの流出量(WG)をタンク残量の300tとし、K値は放射熱の影響を算定したときの条件(概ね半分が気化して蒸気雲を形成)と合せるため、 表1.1.1 の40~70℃のときの値である97×10 とした(フラッシュ率が概ね0.5)。したがって、爆発時のTNT当量は次のようになる。
 注) 放射熱と爆風圧の算定式はまったく別に開発されたものであり、1つの爆発においてそれぞれで計算されるような影響が同時に起こるというわけではない。どちらの影響が大きいかは、着火したときの蒸気雲の混合状態によって決まるものと推察される。コスモ石油の事故では計5回の爆発が発生しており、どの爆発でガラスが破損したかは不明であるが、1つの試算として上記のような条件を設定した。

■ 算定結果は表1.1.3 に示すとおりである。同表にはClancey(1972)による爆風圧と被害の関係をあわせて示した。(Clancey による爆風圧と被害との関係はAIChE ガイドラインや1994年の消防庁指針にも引用されている)  

■ 一方、コスモ事故報告書によると、事業所内の爆風圧によると思われる被害の発生状況は表1.1.4 に示すとおりである。同表には、被害のあった距離における計算上の爆風圧(WTNT=9542kg としたときの計算値)もあわせて示している。
 これによると、計算上の爆風圧が15kPa を超える約200m以内の範囲でドア(シャッター)・窓枠の破損、安全限界(Clancey による)とされる2.1kPa を超える約900m以内の範囲で室内天井、スレート、窓ガラスなどの破損が見られる。また、爆発タンクから3200m、3300m、3900m離れた民家の窓ガラスが破損しているが、表1.1.3 によると「ガラスが破壊される一般的圧力(1kPa)」が約1500m、2~3km 程度離れても「歪のある窓ガラスが破損される」とされている。これらのことから、爆風圧の算定結果は、実被害と比べて概ね妥当なものといえよう。
 このようなBLEVE による災害事象の事前評価を行う場合、タンク内の液量をもとにファイヤーボールの放射熱や爆風圧による影響算定を行うことになるが、蒸気雲形成に寄与するガス量の想定が重要になってくる。  

爆発とそれを見入る人たち(手前)  (写真はYomiurishinbunから引用)

補 足
■ 「消防科学総合センター」は、総務省消防庁所管の財団法人で、1977年に設立され、本部は東京都三鷹市にあり、災害・火災等に関する科学的調査研究および消防研修に関する業務を行っている。当初は消防科学情報研究センターとして設立され、1982年に消防研修協会と統合して、名称を「(財)消防科学総合センター」に変更された。実施事業として火災原因調査業務を行うことになっていたが、この業務は独立行政法人消防研究所へ移管している。

■ 「BLEVE」(Boiling Liquid Expanding Vapor Explosion)とは、加圧された液化ガスの入った容器やタンクが火災によって熱せられ、大気圧下での沸点より高い温度まで過熱して、内圧が高まった状態で容器やタンクが破損して、圧力が急激に下がると、内容液が突沸して爆発的に蒸発する現象をいう。内容液が可燃性であれば、着火してファイヤーボールを形成することがある。

■  「AIChE」(American Institute of Chemical Engineers)は、1908 年に設立され、化学工学知識を育成して広め、会員の専門的および自己的な啓発を支持し、会員の専門技術を適用して社会への貢献を果たすことを目的とし、化学工学分野でリーダーシップを発揮する4万人以上の専門家の会員から構成されている。AIChEは、日本では「アメリカ化学工学協会」あるいは「アメリカ化学工学技術者協会」などと呼ばれている。

■ 「ALOHA」 (Areal Locations of Hazardous Atmospheres ) は、米国海洋大気庁(NOAA : National Oceanic &Atmospheric Administration)および米国環境保護庁(EPA : U.S.Environmental Protection Agency)が開発した大気拡散予測システムである。破損したタンク等から漏出する化学物質が大気中でどのように拡散するかを予測し、化学物質の漏出事故に対応したり、事故に備えての計画や訓練を担当する人々を補助することを目的として設計された。海上災害防止センターおよび(株)伊藤忠テクノソリューションズが日本語化し、経済産業省のウェブサイトで公開され、入手可能である。
 本来、拡散予測のシステムであるが、「タンク破損のタイプ」で「BLEVE」を選択した場合、「火球での沸騰液膨張蒸気爆発」を予測することができる。

■ 火災による放射熱限界(基準値)としては消防庁指針があり、最新の「石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂」(2012年11月21日、財団法人 消防科学総合センター)では、「基準値自体には問題はないと考えられる。旧単位系で切れの良い2,000kcal/㎡・h としており、これを国際単位系に変換し、2.3kW/㎡ に改める」としている。なお、海外の放射熱限界(基準値)については、ヨーロッパが「1.5 kW/㎡」(EN1413)、米国が「5 kW/㎡」(NFPA59A)をベースとしている。
 同指針改訂では、「ファイヤーボールの放射熱の基準値について10,000kcal/ ㎡・h を見直し、人体への影響がファイヤーボールの継続時間により異なることから、想定災害の規模に応じて、5~10kW/㎡ 程度を基準値とする」とされている。
 また、爆風圧の基準値は、現在、高圧ガス保安法に基づく保安距離のベースの一つになっているが、同指針改訂では、「既存製造施設に対して11.7kPa(0.12kgf/cm2)、新設製造施設に対して9.8kPa(0.1kgf/cm2)となっているのに対して、建屋の窓ガラスやスレート屋根が破損するなどの二次被害により人が負傷する可能性も考慮し、2~5kPa 程度の値を基準値とする」よう見直されている。

■ 今回の試算結果は、放射熱限界(基準値)との関係について言及していない。ファイヤーボールの放射熱の基準値は5~10kW/㎡ である。図1.1.3(ファイヤーボールの放射熱と算定結果;コスモ石油)ではつぎのようになる。
 ・現指針(1750K)では、 5kW/㎡の距離は約1,500mで、 10kW/㎡ の距離は約1,070mとなる。
 ・現指針(1500K)では、 5kW/㎡の距離は約1,110mで、 10kW/㎡ の距離は約770mとなる。
 ・AIChE法では、 5kW/㎡の距離は約960mで、 10kW/㎡ の距離は約690mとなる。
 ・ALOHA法では、 5kW/㎡の距離は約1,200mで、 10kW/㎡ の距離は約900mとなる。
 前述のように「現指針に示されたT=1750Kとしたときの放射熱の算定は、予測としては過大評価のように思われる」としても、他の算出結果から、安全距離は1,000~1,200mが必要となる。前回紹介した「最近の石油貯蔵タンク火災の教訓」(ドイツ連邦材料試験研究所;BAM)では、「バンスフィールドの蒸気雲について火災ハザード評価を行なった。その結果、同様な自然条件にあるところでは、安全距離(ヨーロッパ基準)は最低1kmを考慮すべきであることが明らかになった」としている。爆発・火災の条件は異なるが、安全距離の値は符合しているといえる。

■ 今回の試算結果は、爆風圧の基準値との関係について言及していない。爆風圧の基準値は2~5kPa である。表1.1.3(爆風圧の算定結果)ではつぎのようになる。
 ・爆風圧2kPaの距離は956mである。
 ・爆風圧5kPaの距離は490mである。
 ・300m地点における爆風圧は約9.4kPaである。
 前回の「最近の石油貯蔵タンク火災の教訓」(BAM)では、TNT等価法は実際の火災事故の解析に使えないとし、英国バンスフィールド火災(2005年)事故では、試算していないが、他の2件のタンク火災において爆発に寄与した可燃性燃料の重量に従って300m地点の過圧力(爆風圧)を試算している。その結果、米国領のプエルトリコ火災(2009年)では24kPa 、インドのシータプル火災(2009年)では13kPaとなっている。被害解析(過圧力推測>200kPa)や他の解析手法による結果と大きな差異がある。
 一方、今回の資料では、「爆風圧の算定結果は、実被害と比べて概ね妥当なものといえよう」と述べているが、TNT等価法では、TNT火薬の等価量が地上で爆発する前提である。液化石油ガスが大量漏洩して蒸気雲を形成し、発火源によって爆発した事例と、今回のようなBLEVEによるファイヤーボールを形成する爆発事例が同じように扱われるのには違和感がある。今回の事例では、ファイヤーボールは、中心の地上高さ225mで、半径150mで形成している。爆心をどこにおくのか曖昧である。球形タンク部に爆心をおく場合と火球に爆心をおく場合で異なるのは明らかである。例えば、表1.1.3 (爆風圧の算定結果)によると、球形タンク部を爆心とすれば、距離0mで爆風圧は>70kPaであるが、火球を爆心とすれば、球形タンク部の爆風圧は14kPaに過ぎないことになる。また、表1.1.4(爆風圧による被害状況;コスモ石油)は、球形タンク設置場所からの水平距離だと思われ、解析のための合わせ込みを行うためには、被害状況の詳細と距離(爆発中心点から)について検証する必要がある。
 いずれにしても、TNT等価法は、初期評価以外の実際の爆発事例の解析に用いるのは無理があり、別な手法を用いて解析する必要がある。
球形タンク群の火災状況   (写真はAsahishinbunから引用) 

所 感
■ 日本でも、実際の爆発火災事例に対して輻射熱(放射熱)や爆風圧力(過圧力)の解析を行うようになったという印象を持った。特に、ファイヤーボールの放射熱に関する解析では、現指針による手法だけでなく、AIChEの方法やALOHAによる解析を試みて比較しており、評価できると感じる。
■ 一方、爆風圧(過圧力)はTNT等価法のみの解析であり、物足りないという印象は免れない。また、「石油コンビナートの防災アセスメント指針」を前提にしており、現指針を是とする基本的な思考が背景にあり、解析結果に対して踏み込んだ考察が少ないように感じる。事例の結果と基準値との関係について言及すべきであると思う。
■ コスモ石油の液化石油ガスのBLEVEによるファイヤーボールの放射熱の解析結果からすれば、同じような液化石油ガスの球形タンクを有するところでは、安全距離は1,000~1,200mが必要となる。火災事故では、5回の爆発が発生しており、解析の対象は1回目の爆発で、2回目以降の爆発がどのような状況であったか不明であるが、仮に同じ規模だったとすれば、この結果は重要である。火災写真でわかるように球形タンク群が火の海に包まれ、状況として最悪の状態にも関わらず、ファイヤーボールの放射熱の観点から、安全距離が最低1kmレベルであったことは一つの大きな知見であると思う。


後 記; コスモ石油の液化石油ガスタンク爆発火災事故では、多くの人が避難し、住宅の窓ガラスが割れ、市原市民の人は生きた心地がしなかったということを認識した上で、あえて言えば、ファイヤーボール(輻射熱)の安全距離は予想と異なり、小さいと感じました。もっと、長い距離が必要だと思っていました。最新のグーグルマップの空撮写真では、被災した球形タンク地区には新しい基礎が建設されています。これに対して福島原発事故では、いまも放射能汚染が継続し、住民が帰れないことは勿論、汚染除去もままならない状況です。
 事故当時、コスモ石油のタンク事故も福島原発事故も壊滅的な状況だと感じましたが、原発の事故は、その後の影響度で見る限り、石油の事故と比較にならないほど大きく、長いということです。最近のキーワードは「安全・安心」ですが、ミサイルを保有する北朝鮮に近い日本海側にずらりと原発が並んでいるのは何なのだろうと思いますね。
 







































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