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2012年12月31日月曜日

最近の石油貯蔵タンク火災からの教訓

 今回は、2012年5月9日に行われた第11回国際燃焼・エネルギー利用会議でBAM (ドイツ連邦材料試験研究所)が発表した「Lessons Learned from Recent Fuel Storage Fires」の資料について紹介します。
 本情報は2012年5月9日に行われた11th Int. Conference on Combusion and Energy Utilization(第11回国際燃焼・エネルギー利用会議)で発表され、インタネットで公表された「Lessons Learned from Recent Fuel Storage Fires」(By Kirti Bhushan Mishra, Klaus-Dieter Wehstedt and Holger Krebs: BAM  Federal Institute for Materials and Testing;ドイツ連邦材料試験研究所 )の資料について要約したものである。
要 旨 
 最近、石油貯蔵施設において起こった大きな爆発・火災発事故の危険性は多くの注目を集めている。規制機関や科学界のいずれも、このような大災害を回避するため、適切な安全対策について大きな関心が寄せられている。この論文は、最近に起こった英国バンスフィールド火災(2005年)、プエルトリコ火災(2009年)、インドのシータプル火災(2009年)の石油貯蔵タンク火災事故において生じた危険性についてまとめたものである。これらの事故が起こった背景にある潜在的な類似性について検討したものである。国際的な基準によって爆発および火災の安全距離を推測するため、各種方法(モデル)の適用性とコンピュータ・シミュレーションについて確認した。爆発と火災の危険性を評価するために、蒸気雲爆発(VCE)および火災の放射フラックスによって生じる過圧力(オーバープレッシャ)について検討した。米国防火協会(NFPA)とヨーロッパ標準(EN)によって定められた基準について焦点を置いた。
Ⅰ.はじめに
■ 工業界における安全は進歩しているにもかかわらず、世界規模で見ると、なおも爆発や火災事故がたびたび起こっている。事故は、設備の誤作動によるものから、人の判断ミスなど、いろいろな要因によって起こり得る。このような失敗によって、例えば貯蔵タンク周辺に、突然、石油が流れ出し、蒸気雲が形成される。燃焼性があって点火源があれば、蒸気雲は大きな爆発、いわゆるプロセス安全分野において言われる蒸気雲爆発を生じる可能性がある。最近10年間でも、貯蔵タンク施設では多くの重大事故が報告されている。しかし、ここでは、3件の重大事故について取り上げる。1番目の事故は2005年のバンスフィールド火災(英国)、2番目は2009年のプエルトリコ火災(USA)、3番目が同じく2009年のシータプル火災(インド)である。本論文の議論は、前記3件の事故のみを対象にしている。これらの事故には類似性が多く見られ、特に重要なことは、蒸気雲爆発のあと、引き続いて火災が起こっていることである。バンスフィールド火災については調査報告書が公表されており、過圧力を導き出すパラメータが得られた。他の2件の火災については新聞や雑誌の記事から得た情報をもとに同様に仮定して導いた。
■ 蒸気雲の結果として形成される過圧力は、2150kPaの範囲にあると推測されている。このような超過圧力は、いろいろ発表されている既存モデルによって推測することができる。しかし、バンスフィールド火災後に推算された過圧力のピーク値が200kPaを超えているということは、これまでの蒸気雲爆発に関する常識から考えられないことだった。このような過圧力が形成するということは、パラメータについて考え直す必要がある。多くの要素の中から、ある主要なパラメータがDDT(爆燃-爆轟遷移)に重要な働きをする。結果としてDDTが出現すれば、爆発による災害はより甚大なものとなる。従って、過圧力の形成に寄与する条件を注意深く追及し、安全対策を見直していく必要がある。前記に挙げた事故に関していえば、いくつかの疑問点が出てくる。例えば、バンスフィールド火災でわかった過圧力は、プロセス安全分野において予想できなかったのか?  蒸気雲に関する既存モデルでは、過圧力を推測することができなかったのか?  このように答えられていない疑問点がいくつかある。この論文では、この点について言及し、数値流体力学(CFD)によるシミュレーションの導入を含め、これまでと別なモデルを適用して分析することを試みた。
■ 本論文の第2章では、爆発後に、たまに起こることのある大規模なプール火災に対する安全距離の推測について論じる。爆発の大きさ、タンクの基数および周辺条件によって、プール火災は1箇所または複数箇所になる。時には、1回目の爆発および/または続いて起こる爆発によって周囲のタンクを巻き込み、猛烈な火災へ至ることがある。このような火災が起こったときには、次々と悪い方向へ向かう。影響の及ぶ範囲は、災害の大きさによって異なり、数mの単位から数kmの規模になることもある。一方、安全距離の基準は、火災が人の生命や施設へ及ぼす損傷特性に基づいて作られた分類によっているのが通常である。このような大きなプール火災からの安全距離(本論文で報告)は、あとで示すような既存と異なったモデルによって推測できる。さらに、数値流体力学を使って安全距離を推測することについて述べる。
大事故の概要
■ この章では、この10年間に起こった重大火災事故の概要について紹介する。多くの大事故が起こっているが、ここでは、A.バンスフィールド火災(2005年)、B.プエルトリコ火災(2009年)、C.シータプル(2009年)だけを取り上げる。表1には、これらの事故の主要な事項について記載している。
A. バンスフィールド火災(2005年、英国)
■ 20051211日の早朝、バンスフィールド貯蔵施設の912番タンクに無鉛ガソリンを過剰(タンク容量より多く)に受入れ、タンクをオーバーフローして、防油堤内に油が溜まった。912番タンクに設置されていた自動安全警報設備が故障していたため、常用運転時の2倍以上の割合で受け入れてしまった。非圧縮性流体の圧力差と流量には、⊿ p V2の関係があり、タンクは、常用運転条件における圧力の2.2倍の液体の過圧力で、オーバーフローしていたことが明らかである。(表1も参照)
1 バンスフィールド火災事故(2005年、英国)
■ この液体の過圧力が、無風に近い条件のもとで蒸気雲の形成に寄与し、さらに爆発の(ガス)過圧力に寄与したことは確かである。蒸気雲爆発の過圧力に関する既存の考え方では、バンスフィールドで生じた実際の過圧力の大きさに対してむしろ過小に評価してしまう。バンスフィールドの蒸気雲爆発について試算してみると、過圧力の平均推定値は5kPaとなり、破壊状況(被害解析の結果)から推測される過圧力 >200kPaと大きな差がある。蒸気雲の直径は391mと推定されており、(最初の)点火源はポンプ室の高速回転機械だと見られている。過圧力の影響は爆発点から2km離れたところでも感じられた。幸いなことに死亡者は出なかったが、重軽傷者の発生は避けることができなかった。
B. プエルトリコ火災(2009年、米国)
2 プエルトリコの貯蔵施設火災事故(米国、2009年) 
■ 2009年10月23日、米国自治領プエルトリコのバヤモンにあるカリビアン石油においてバンスフィールド火災と同様の経緯で事故が起こった。この事故でも、石油製品、特にガソリンの受入れ流量をコントロールできない状況があり、蒸気雲が形成され、最終的に大きな爆発の過圧力(リヒター・スケール2.8)を引き起こしてしまった。事故の状況を図2に示す。事故調査は米国の化学物質安全性委員会(CSB)によって現在も継続中であり、事故の詳細は公表されていない。インターネットおよび新聞から得られた情報の一部は、表1に記載している。目撃者の証言や被災の状況を考え合わせてみても、当該事故はバンスフィールド火災と類似性のあることがわかる。
C. シータプル火災(2009年、インド)
3 シータプルの貯蔵施設火災事故(インド、2009年) 
■ 2009年10月29日、インドのシータプル工業地区(ジャイプールの近く)にあるインディアン石油のガソリン貯蔵所において爆発のあと火災が起こり、延焼して火災は1週間以上続いた。インド石油産業安全局によって事故調査が行われた。この火災事故もバンスフィールド火災と類似性が見られた。ただし、シータプル事故の背景には、オペレータの知識不足・思い違いによる要因があった。しかし、科学的観点から見れば、当該事故も前述2件の事故と類似性がある。すなわち、タンクからのオーバーフロー、静かな大気中(弱い風速)での蒸気雲の形成、ポンプ・発電所による点火源、そして最終的に他のタンクへの延焼である。
ハザード基準
■ 一般に、可燃性液体を貯蔵する施設は、規制機関によって制定された標準的な基準に基づいて設計される。しかし、工業分野によっては自分たちのハザード軽減基準をもっているところもある。いずれにしても、爆発や火災によって生じる被害についてはっきりさせなければならない。最も重要なことは、爆発の過圧力や火災の熱輻射によって人や近隣施設が受ける被害について、建設や操業の前に、定量化させておく必要がある。 この章では、蒸気雲爆発と大規模なプール火災に至るようなガス爆発・火災について科学的に言及する。
A. 蒸気雲爆発(Vapor Cloud Explosion; VCE)
■ 蒸気雲爆発の形成は、多くの要因の組み合わせとみることができる。蒸気雲爆発(ここで論じている事故に関して)によって生成する過圧力は、主につぎのパラメーターに基づいている。 
      1.燃料の可燃性および量(Flammability and Quantity of Fuel) 
      2.空間の封じ込め度/過密度(Degree of Confinement/Congestion) 
      3.点火源および点火の強さ(Source and Strength of Ignition) 
      4.気象条件(Weather Condition)
■ これまでに考えられてきた実験的なモデルは、ほとんどが上記の4つのパラメーターに基づいている。要因の一つが欠ける状況では、発生の可能性や範囲は大きく変わってくる。例えば、ある場所で蒸気雲が形成しても点火源が無ければ、有害性はないかもしれない。あるいは、風速が高い状況であれば、蒸気が拡散し、滞留する危険性は小さくなる。リスク・アセスメント分析では、このような危険性の存在程度や要因に関する組み合わせなどの検討を行う。
■ 以前から多くの研究が行われてきているが、最近では、バンスフィールド火災の蒸気雲爆発による過圧力について解き明かす研究が行われている。これまでは、蒸気雲爆発に関する常識として、異常な過圧力が形成することはないというレポートが多かったが、最近になって高い過圧力が形成するという論文が多数出されている。このような方向性にあるけれども、我々は、今回、利用可能なモデルの適合性について検証してみた。関連文献の中から、蒸気雲爆発の過圧力を推測できるとする6つの異なった方法を選んだ。それぞれについて簡略に説明するとつぎのとおりである。
1.TNT等価法(TNT Equivalent Method)
■ この方法は、蒸気雲爆発によって形成する過圧力を評価するには最も簡単な方法である。燃焼性(炭化水素)物質WHCの体積または重量が与えられれば、TNT火薬の等価重量WTNTがわかる。TNT等価重量によって引き起こされる破壊状況は同じだと仮定したものである。軍時目的によってTNT火薬の爆発特性に関するデータは数多く蓄積されており、TNT火薬のデータから対象物質の特性を推定するというのは簡単である。次式(1)と(2)は同じことを示している。
4 蒸気雲爆発と換算距離から求める過圧力(ベーカーほか)
■ 式(1)の得率ηは現場の過密度によって変わる。R(m)は爆心からの距離である。同式に関して経験に基づく標準的な値は3~5%である。化学量論的な割合にある場合や極めて過密度の高い場所の場合、20%の値になる例が報告されている。図4から換算距離Z(m・kg-1/3)から現場における圧力を表す線を介して過圧力は縦軸の値によって求めることができる。初期評価のためには、この方法が利用できる。
■ 例えば、この方法をバンスフィールト火災に適用してみる。得率を20%と置き、爆発源から距離2kmの場所では、過圧力は~9kPaとなる。得率をもっと小さく3%と置いた場合にも、TNT等価法では、過圧力は約4kPaとかなり高目の値となり、このときバンスフィールド火災で爆発源と見られているポンプ室から2kmの場所でも余り下がらない(0.7~1kPa)。このように過大に評価する傾向にあり、バンスフィールド火災のような事故では、この方法はあまり使用されない。この方法の最大の欠点は、TNT火薬で生じる現場の圧力は>100kPaとかなり高くなるが、可燃性ガス爆発では爆発波が遠くまで伝播するという違いがあるためである。従って、広い空間のある場所では、過圧力を正しく推測できないといえる。
■ この方法をプエルトリコ火災とシータプル火災に適用し、爆発に寄与した可燃性燃料の重量に従って過圧力を推測すると、それぞれ24kPaと13kPaとなる。(表2参照)
2.UKAEA法
■ この方法は、英国原子力機関(UK Atomic Energy Agency)によって考えられたもので、爆発の過圧力を推定するものである。 決定には、点火源の強さ、封じ込め度/過密度に関連するデータが必要である。バンスフィールド事故のように強い点火源(緊急ポンプ室)で、封じ込みがなく、過密度が低いレベル(<30%)の場合、過圧力は10~50kPaの範囲になる。表2も合わせて参照。他の2件の事故について適用し、入力データに従って出してみると、過圧力は同様に10~50kPaの範囲になる。
3.過密度評価法(Congestion Assessment Method; CAM、ケイツ、シェル)
■ この方法は、ケイツとパトックによって考えられたもので、デジション・トリー(決定木)によって推定するものである。(ここではデジション・トリーの詳細を示さないが) この方法では、対象条件のもとで必要な仕様は、点火源の強さ、封じ込め度、過密度、燃料の種類である。ある程度の封じ込め度の中で、激しい点火があった場合、CAM:過密度評価法によると、過圧力は100~800kPaの範囲になる。プエルトリコ火災とシータプル火災に同様な条件を仮定して適用すると、過圧力は約70kPaとなる。
4.ベーカー・ストリーロ法(Baker and Strehlow Method)
■ この方法は、マッハ数(火炎伝播速度)、燃料の反応性、過密度・封じ込め度に基づいている。式(3)、(4)、(5)は最大過圧力を求める式である。
■ ここで、反応性が中位、マッハ数MW0.55 E; 全有効エネルギー(J)、過密度が高レベルの場合、過圧力は50kPaとなる。無次元の圧力PSは、図5の換算距離Rを介して求める。プエルトリコ火災とシータプル火災の2件の事故に関してマッハ数を0.55と仮定(炭化水素に関して一般的に有効な値)すれば、過圧力は同じ値となる。
5 蒸気雲爆発と換算距離から求める過圧力(ベーカーほか) 
5.TNO(Multi Energy Method)
■ この方法はヨーロッパで最も広く用いられている。この方法の良いところは、爆発源の強さを求めることができることである。過圧力を求める式(6)はつぎのとおりである。
ここで、Pmax: 過圧力 kPa VBR:容積閉塞率(%)、Lf:火炎経路距離(m)、D:障害物平均直径(m)、SL:可燃性混合物の層流燃焼速度(m/s
 式(5)の距離と式(4)の無次元の過圧力の関係は図6に示す。
6 蒸気雲爆発と換算距離から求める過圧力(ファンデンベルグ)
■ この方法をバンスフィールド火災に適用し、VBR=4%、 Lf=50m、D=0.3m、 SL=0.52m/s (ブタン)と置けば、過圧力は2,000 kPaを超える値となる。シータプル火災に適用し、VBR=4%、 Lf=50m、D=0.3m、 SL=0.46m/s (ヘキサン)と置けば、過圧力は>2,000 kPaとなる。プエルトリコ火災の場合、火炎伝播速度、容積閉塞率、火炎経路距離がシータプル火災と同じと思われるので、過圧力も同じと推測される。
6.CFD法(Computational Fluid Dynamic Method)
■ 最近の20年間にコンピュータによる計算能力はすごい勢いで進歩している。蒸気雲爆発のプロセスを解明するため、例えば乱流域、燃焼およびそれらの相互作用によるガス爆発現象を表すモデル化が行われてきた。従来、乱流域や燃焼はそれぞれ別なモデルとして考えられてきた。反応性のナビエ-ストークス方程式を解くことによって、流体分野の詳細について、例えば圧力場や速度場で解明することができるようになった。今日、市販の数値流体力学(CFD)パッケージがいろいろ出ている。Ansys、CFX、Fluentは汎用のパッケージであり、EXSIMやFLACSは爆発のシミュレーション用として特に開発されたものである。
■ バンスフィールド火災の蒸気雲爆発について、CFDによるシミュレーションの方法で分析してみる。蒸気雲は直径400m、高さ3mのパンケーキ形とおく。プロパンと空気の混合気が中央で爆発し、爆轟波が障害物無しで通り抜ける場合と領域内に障害物がある場合について分析してみる。表2に示すように、障害物が無い場合のシミュレーションでは、300m地点において過圧力は20 kPaとなった。一方、(蒸気雲の中心から)100m地点に障害物がある場合、過圧力は1,700 kPaとなった。このことは、推測値を見直すべきだと思われ、そのためには実際の現象の詳細を解明する必要があることを示している。
■ 表2に示した変数は、公表されているいろいろな著者の論文や報告に基づいて決めた。UKAEA法では値が過小評価になっている一方、CAMでは過圧力が大きな範囲になっている。推測値としてはTNO法が良いようで、形成された過圧力も予測できないような値ではないことを示している。
■ バンスフィールドにおいて蒸気雲爆発に関するリスク・アセスメントが正しく想定されていたかどうかに関係なく、蒸気雲爆発が現場の封じ込め度/過密度によってDDT(爆燃-爆轟遷移)を形成するということがわかる前に、2件の同様な事故によって示されてしまった。
B.プエルトリコ火災およびシータプル火災へのモデルの適用
■ 前章では、蒸気雲爆発によって生じる過圧力の推測について言及した。表1に示した現場のデータ(本論文を書くまでに入手できたもの)を見ると、表2で示すように蒸気雲爆発の過圧力に影響するパラメーターに大きな差異はないことがわかる。リヒター・スケールによる爆発力の値を比較すると、類似性があることがよくわかる。しかし、燃料の量や反応性、周囲の条件、死傷者や被害額には明らかに差異がある。最も注目していることは、プエルトリコ火災とシータプル火災から得られるビデオや写真には、バンスフィールド火災で見られたような周辺のタンクが巻き込まれた様子のないことである。これは、燃料の反応性が低かったことや爆発の過圧力が小さかったことを示すのかもしれない。しかし、損傷状況の大きさが過圧力が小さかったことを示すとはいえない。このことは、さらに調査して見直さなければならない。
C.火災のハザード基準
■ 火災によるハザードは、通常、人間や施設に対する熱輻射によって分類される。事故として憂慮すべき火災は大きな状態で燃えるプール火災である。プールはメートル単位の直径で大きさをみる。過去の文献の中でかなりの数で研究されているのは、各種炭化水素プール火災における熱輻射に関する報告である。炭化水素の中で主に憂慮されているのはガソリンである。ガソリンによる大きなプール火災(d=8m)から放射される熱輻射量と距離の関係は図7に示す。しかし、8mのプールは、表1に示すように実際の蒸気雲の直径とはかけ離れている。勢いよく燃え上がる火災(d >>1m)の表面から放射される熱輻射が飽和状態にあると仮定することによって、安全距離を推定することができる。過去の文献にいくつかの方法が提起されている。ここで、前記に挙げた事故に適用してみる。
1.実験データおよび相関性
■ ガソリンによる大きなプール火災の実験値(d=8m)が報告されている。放射される熱輻射量(火災からの水平距離⊿yにおける放射状に測定した値)は、130kW/㎡(最も接近位置)から低い方は15 kW/㎡の間で変化している。実験値を曲線に直すと図7のとおりで、数式で表すと下記のように式(7)となる。

7 火災からの換算距離と熱輻射量の関係 
■ 式(7)を用いてd=391mのプール火災について外挿法で安全距離を推測する。 熱輻射限界として1.5 kW/㎡(EN1413)の場合および人間の皮膚火傷限界5 kW/㎡(30秒、NFPA59A)の場合について推測した結果を表3に示す。正確な安全距離を推測するには、d=8mのプール火災では小さいと思われる。バンスフィールド火災の場合には火災の影響は1kmを超えて広がっており、また他の2件の火災を見ても、式(7)はかなり低めに安全距離を推測してしまう。式(7)を適正な式に見直すには、少なくとも d>10mの大規模なプール火災実験を数多く行う必要があると思われる。
2.点源法(Point Source Method)
■  点源法(ポイント・ソース法)を利用して、大規模な火災による安全距離を推測することができる。これは、火災を1つの点と仮定し、逆自乗則によって導く。安全距離はつぎのような式から求められる。
 ここで、frad:輻射率(-)  mf:燃焼率(kg/㎡・s) hc:発熱量(kJ/kg)、  AP:プール面積( E = 1.5kW/㎡ および 5 kW/
 バンスフィールド火災の安全距離について、式(8)を適用すれば、予想限界の範囲内の推測値が得られる。しかし、輻射率fradは油種によって大きく変わってくる。
3.立体火炎モデル(Solid Flame Model)
■  立体火炎モデルとは火炎を固体形(3Dの円筒形または2Dの長方形)として考える方法で、そのように仮定した形の表面積から平均的な輻射を定義することによって安全距離を推測する。このため、つぎのような形態係数ΦF,Rの式を用いる。
 ここで、τ:透過率(-) SEP:平均放射度(kW/㎡)、 b:平均火炎幅(m) H:平均火炎高さ(m)
 式(11)は、安全距離と長方形火炎表面積の火炎特性との関係式である。このモデルをバンスフィールド火災に適用し、熱輻射限界としてヨーロッパ基準をとれば、安全距離は約1kmとなる。同様にしてNFPA49A基準をとれば、表3に示すような安全距離となる。ここで、再び難しいのは、SEPおよび火炎の形をどのように選択するかにある。これらの値は油種によってかなり変化するので、出てきた値を保証するということができない。
4.CFDモデル(Computational Fluid Dynamic Model)
■  コンピュータ・シミュレーションを利用することによって大規模なプール火災の安全距離を推測することができる。平均火炎表面積を反応性のナビエ-ストークス方程式を解くことによって得る。このようにして火炎表面積の平均温度が推定できれば、 SEP(平均放射度)の精度を上げることができる。それから、それぞれの安全距離は式(11)と同様な式によって導くことができ、結果を図8に示す。図8は、熱輻射と換算距離の関係をプロットしたもので、平均火炎表面積温度(~1000K)と高温度域(~1200K)におけるものである。米国基準(すなわちNFPA49A)とヨーロッパ基準(すなわちEN1413)によるそれぞれの安全距離を図8に示す。
 これらのCFDによる予測値は表3に示す。点源法、立体火炎モデル、CFDシミュレーションによる推測の安全距離は>1kmとなっており、これは定量的に合っていると言える。平均的な安全対策について考える限りにおいて、CFDシミュレーションは、特別な安全距離を考慮する上から、満足できる結果を保証し得る。
8 火災からの換算距離とCFDによる推測の熱輻射量の関係 
D.プエルトリコ火災およびシータプル火災への適用
■  同様にしてモデルの結果(EN1413の場合 ⊿y/d ~1.5)をプエルトリコ火災(d=641m)とシータプル火災(d=252m)に適用すれば、安全距離は~1km(プエルトリコ)と0.38km(シータプル)となる。近隣地に住む人たちの安全(EN1413 皮膚火傷限界基準1.5kW/㎡)を考慮すれば、この最低値をとるべきことは明らかである。プエルトリコ火災とシータプル火災については、貯蔵現場、封じ込め度・過密度、燃料供給の状況に関する報告書が現在もいくつか出されている。この論文ではある仮定をして論じたが、新しい報告書によってより正確な推測が得られるようになるだろう。
Ⅳ.結 論
■  この研究では、最近見られた大きな爆発と火災の危険性に関して、いくつかの本質的な要素が得られた。共通的な結論をまとめるとつぎのとおりである。
1. 既存モデルによって過圧力の推測(バンスフィールド火災の場合)が可能である。
2. 実験規模の結果からバンスフィールド火災の過密度や点火源の条件に置き換えることは容易ではない。そのため、爆轟への遷移を容易に推測することができない。
3. リスク・アセスメントの観点で見ると、バンスフィールド火災では、TNO法によって感覚的に近い過圧力の推測値が得られた。
4. 他の2件の事故(米国プエルトリコ火災およびインドのシータプル火災)はバンスフィールド災害と類似性があることがわかった。ただし、燃料の量、周辺条件および因果関係を除く。
5. バンスフィールドの蒸気雲について火災ハザード評価を行なった。その結果、同様な自然条件にあるところでは、安全距離(ヨーロッパ基準)は最低1kmを考慮すべきであることが明らかになった。
6. 安全対策の想定、リスクの想定およびリスク・アセスメントの検討のためには、CFDシミュレーションによって大規模火災の安全距離を推測できることを付け加えておく。


<補 足>
 「ドイツ連邦材料試験研究所」(Federal Institute for Materials and Testing は、 1956年に創立されたドイツ経済技術省の機関で、材料・物質に関わる基礎研究と試験を実施しており、通称「BAM」(Bundesanstalt für Materialforschung und –prüfung )と呼ばれている。ハザード評価の分野では、英国のHESオランダのTNOと並ぶ世界を代表する研究所として知られている。研究所はドイツのベルリンにあり、職員は約1,600名で、うち研究者が約700名である。
■ 「爆発」(Explosion)は、一般的には気体の急速な熱膨張を指す。爆発のうち膨張速度(火炎伝播速度)が音速に達しないものを「爆燃」(Deflagration)、膨張速度が音速を超えるものを「爆轟」(Detonation)と呼んで区別する。これは、爆燃が衝撃波を伴わず、被害が比較的に軽微であるのに対し、爆轟は衝撃波を伴い、甚大な被害を及ぼすからである。発火から爆燃を経て、爆轟に遷移する現象を「爆燃-爆轟遷移」(DDT:Deflagration to Detonation Transition)という。火薬類の爆発はこの典型であるが、可燃性ガスでは起こりにくい。空気中に可燃性ガス(気化したガソリンなど)が充満して、これに着火する場合、爆轟が起きるかどうかは、①気体の濃度、②空間の封じ込め度(密閉強度)、③点火源(着火する際に加えられるエネルギーの大きさ)、④気象条件に左右される。
 爆発に伴い空気中を伝播する圧縮波を爆風と言うが、この爆風のピーク圧力が「過圧力」(Overpressure;常圧より増大している値)である。通常、爆風圧力ともいうが、ここでは原文どおり過圧力(または過圧)とした。 5kPaを超えると、建築物に軽微な被害が生じ、50 kPa(約0.5気圧)を超えると、人の致死率が1%以上になるとされている。爆風は伝播途中の地形や建造物の影響を受け、その他、気温や風向等の気象状況の影響を受けて、強まることもある。

■ この論文では、熱輻射限界(基準値)について、ヨーロッパが「1.5 kW/㎡」(EN1413)、米国が「5 kW/㎡」(NFPA59A)としている。日本は消防庁指針があり、最新の「石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂」(2012年11月21日、財団法人 消防科学総合センター)では、「基準値自体には問題はないと考えられる。旧単位系で切れの良い2,000kcal/㎡・h としており、これを国際単位系に変換し、2.3kW/㎡ に改める」としている。
 なお、同指針改訂では、ファイヤーボールの放射熱の基準値について10,000kcal/ ㎡・h を見直し、人体への影響がファイヤーボールの継続時間により異なることから、想定災害の規模に応じて、5~10kW/㎡ 程度を基準値とするとされている。また、爆風圧の基準値は、現在、高圧ガス保安法に基づく保安距離のベースの一つになっているが、同指針改訂では、既存製造施設に対して11.7kPa(0.12kgf/cm2)、新設製造施設に対して9.8kPa(0.1kgf/cm2)となっているのに対して、建屋の窓ガラスやスレート屋根が破損するなどの二次被害により人が負傷する可能性も考慮し、2~5kPa 程度の値を基準値とするよう見直されている。

■ 爆発に関する解析モデルについて前述の「石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂」では、「現指針で例示されているTNT等価法により概ね妥当な評価を行うことが可能である」としている。
 ただし、補記として、「TNT等価法は簡易に爆風圧を推定することができるが、開放空間における爆轟を前提としており、現実的にはほとんど起こり得ない現象であるとの指摘(AIChE;アメリカ化学エンジニア協会)がある。TNT等価法のほか、爆風圧の算定モデルとしては、TNO Multi-Energyモデル、Baker-Strehlowモデルがよく用いられる。これらは蒸気雲爆発(爆燃)を前提としたモデルであり、より現実的なモデルであるとされている。しかしながら、TNO Multi-Energy モデルでは、可燃性ガスがどの程度の範囲(容積)で爆発するかを設定することで、爆発強度を見積もる必要があり、Baker-Strehlowモデルでは、火炎の拡大方向と障害物の状況により、火炎速度を見積もる必要があることから、適用にあたってはこれらの検討が必要である」と記述されている。

<所 感>
■ 今回の資料(情報)は、可燃性ガスの爆発・火災に関する解析方法について、ヨーロッパの現状を含め、よくまとめられている。特に、最近起こった英国バンスフィールド火災(2005年)、プエルトリコ火災(2009年)、インドのシータプル火災(2009年)の石油貯蔵タンク火災事故の実例を検証しているので、興味深く読むことができた。結論を含めて内容をよく吟味したい資料である。
 確かに、バンスフィールド火災事故を知ったときには、石油(ガソリン)でこのように甚大な被害の出る爆発・火災事故が起こり得るのだと驚いたが、それは極めて稀な事例だと思った。しかし、プエルトリコ火災、シータプル火災と大規模な爆発・火災事故が続き、貯蔵タンクの事故は必ずしも稀ではなかった。爆発分野を専門とする部門を持つドイツ連邦材料試験研究所(BAM)において、これら一連の事故を研究テーマにしたことは必然であったと思う。
■ 今回の情報でドイツ連邦材料試験研究所(BAM)は、爆発に関する解析方法についてヨーロッパで最も広く用いられているTNO(マルチ・エネルギー法)が妥当であることを確認している。また、コンピュータによるCFDシミュレーションによる方法を推奨している。 TNT等価法は、初期評価に利用できるとしているが、現実の爆発事例に合わないという判断である。このように米国やヨーロッパでは、TNT等価法の限界を指摘しており、日本もこの点、見直す時期にあると思われ、爆発や防災アセスメント分野における新しい標準化を期待したい。

後記; 今回のまとめは要約することに加えて、PDFの資料から指数関数などの式や図・表をスクリーン・ショットでコピーして、邦訳分を貼りつけ、さらにスクリーン・ショットでコピーしてまとめ用の資料を作成したり、下付き・上付きの文字入力があったり、結構、手間がかかりました。しかし、以前にも述べましたが、スクリーン・ショットの威力を再認識しました。この機能がなければ、当該資料をまとめる気にならなかったでしょう。年末にキリよく終えることができました。

























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