< 概 要 >
この資料(パワーポイント)は、つぎのような事項についてまとめたものである。
● はじめに
● 貯蔵タンク施設におけるプロセス・ハザードおよびそれ以外のハザード
● リスク計算法
● 許容基準(個別リスクおよび環境の耐用性)
● リスク検討の確率変数
● 発生頻度の評価
● ハザード結果に対する評価
● リスクの計算・・・ドミノ効果
● まとめ
< はじめに >
■ 石油貯蔵タンク施設のためのリスク評価は、プロセス・ハザード分析やそれ以外のハザード分析をよく吟味するが必要がある。
■ 今日まで、火災、爆発、毒性ガス、竜巻、落雷、地震、封じ込めの失敗(防油堤の機能喪失など)、山火事などのハザードから生じるいろいろなリスクに対処できるような広範囲の検討は行われておらず、また工業的なガイドラインや技術出版物も出されていない。
■ 産業界では、プロセスの安全性、先進的な構造解析、正確性や信頼性に関するいろいろな知見を組み合わせて対処するようなことが無いために、いろいろなハザードから環境に影響するような重大な設備損傷のリスクを見逃している。
■ ひいては、多重事故や壊滅的な事故が同時に始まったり、あるいは互いの事象が極く近いところで起こる場合、ドミノ効果(連鎖)を含めた分析を考える必要がある。
■ まとめとして言えることは、広く全体を見た検討を行うことによって、石油貯蔵タンク施設においてドミノ効果に至るようなリスクを見極めることができる。
< プロセス・ハザードおよびそれ以外のハザードの潜在性
>
■ 潜在するハザードにはつぎの項目を含む。
● 火災(プール火災、タンク全面火災、噴出火災、フラッシュ・ファイヤー、ボイルオーバー)
● 蒸気雲爆発(VCE)
● 毒性ガス漏洩
● 防油堤の損傷やオーバーフローによる封じ込め機能の喪失
● 地震
● 竜巻、ハリケーン
● テロ攻撃など
<タンク施設における潜在的火災シナリオ
>
■ 最も激しい事故は全面火災とボイルオーバーである。全面火災は、タンク屋根が浮力を失い、タンク内の液面が露出して火災になったものである。
■ タンク事故の中で起こりうる火災シナリオはつぎのようなものである。
● リムシール火災
● 屋根上に油流出した屋根火災
● 全面火災
● 堤内火災
● ポンツーン内での爆発
● ボイルオーバー
■ 図で示すように、屋根の上で始まった比較的小規模の火災がタンクの全面火災に至ることがある。タンクの全面火災を消火できなかった場合、ボイルオーバーのような激しい火災シナリオにつながる可能性があるし、隣接するタンクを全面火災に至らせる可能性がある。
< 過去の火災ハザード
>
< 爆 発 >
■ 蒸気雲爆発は、タンク地区で地上式貯蔵タンクから燃料や可燃性液体が流出した結果として起こることがある。流出を誘発する要因としては、つぎのようなものがある。
● 過充填
● 経年劣化や腐食による漏洩
● 配管の破損による堤内への漏洩
● 貯蔵タンク内に保管されている可燃性液体から生じた爆発混合気の形成
< 過去の爆発例 >
< 地震によるハザード
>
■
地震ハザードは貯蔵タンクにとって自然界から受ける最も厳しい脅威のひとつである。地震は火災や爆発といった事故の拡大という最悪の事態に至る可能性がある。
< 地震時における貯蔵タンクの挙動
>
■ “象の足” のような座屈が生じることがある。
< 毒性ガスの煙 >
バンスフィールド火災事故
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■ 燃焼している石油からは煙が出るほか、毒性ガスが形成される。
● この事象が拡大する結果、人の健康には窒息や火傷の問題が生じる。
● 煙は風によって火災から遠く離れた場所に流れていき、広い地域にハザードを引き起こす。
● 無風や濃霧の状態の場合、煙は地面近くにとどまるため、消防活動の支障になって人の命を危険にさらす。
■ 煙と毒性ガスによるハザードは、つぎのような事項によって変わる。
● 煙の分散速度
● 煙の高さ
● 毒性物質の地上濃度
● 気象状況
ウクライナのヴァスィリキーウ
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■ 煙には、二酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO)、多環芳香族炭化水素(PAHs)、揮発性有機化合物(VOCs)のような毒性汚染物質を含んでいることがある。煙に二酸化硫黄(SO2)が含まれていて2km離れたところで感じられれば、人の健康に潜在的な懸念がある。
■ 住宅地が有毒な硫化水素(H2S)に曝されれば、ただちに人命にかかわる状況になる。
< 竜巻の影響 >
■ 竜巻は、局地的で、短時間の激しい嵐である。激しい風速の竜巻がタンクにぶつかり、タンク構造物に集中的な圧力がかかる。
■ 竜巻の風で飛ばされてきた物の破片が、貯蔵タンクに損傷を加えることもある。
竜巻フジタ・スケール |
■
竜巻による被災例
● 1970年テキサス州で発生したラブロック竜巻の通過後、天然ガス貯蔵タンクがつぶれて裂けていた。
注記; この貯蔵タンクに関する竜巻の影響について参照できる文書の記録はない。しかし、被災写真によると、油が流出していたことが分かる。2基のタンク(多分、空だった)はひっくり返っていた。立っていたタンクは破片の打撃によって損傷していたものとみられる。
1970年テキサス州でラブロック竜巻の通過後の天然ガス貯蔵タンク
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● 2013年5月オクラホマ州ムーアで発生した竜巻の通過後、油井用タンクがブライアウッドまで吹き飛ばされ、損傷した。
2013年5月オクラホマ州ムーアで竜巻の通過後の油井用タンク
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● 1987年エドモントンで発生した竜巻(スケールF4)の通過後、空の石油タンクが飛ばされた。
1987年エドモントンの竜巻(F4)の通過後、飛ばされた空の石油タンク
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< 封じ込め機能の喪失
>
■ 火災、爆発、地震、油流出、タンク過充填、消防活動の注水の入れ過ぎの要因によって生じるタンク破損が封じ込めの機能喪失につながることがある。
■ 封じ込めの機能が喪失すれば、住民や環境を害したり、資産の損失やクリーンアップ費用などの負担を課し、会社の評価を下げることとなる。
< 貯蔵タンク施設における潜在的なハザード:封じ込め喪失
>
■ 封じ込めが喪失する理由は、つぎのとおりである。
● 火災、爆発、地震によるタンク破損
● 豪雨による洪水
● 消防活動
< テロ攻撃 >
■ 2014年リビアのエスサイダーで起こったタンク火災は、テロ攻撃によるものだった。
リビア・ドーン(イスラム教徒とミスラタン民兵の同盟)から発射されたロケットによってエスサイダーにある大型貯蔵タンクが火災となった。
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■ 2016年5月、イラクの首都バグダッドの北20kmにあるタジで起こったタンク破壊は、テロ攻撃によるものだった。
バグダット近くの天然ガス工場にイスラミック・ステート(IS)武装組織によるテロ攻撃があり、少なくとも14名が死亡した。
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< リスク評価のフロー図
>
< リスク算出 >
■ 貯蔵タンク施設および周辺におけるハザードによるリスクは、望ましくない事象そのもののリスクと、望ましくない事象の拡大(すなわち、ドミノ効果)のすべてのリスクを足し合わせたものである。
< 個別のリスク許容基準ーカナダ主要産業事故協議会(MIACC)
>
■ 土地の使用方法によって、年間の個々のリスク基準は異なる。
< 環境リスクの許容度(区分定義)ー封じ込めの機能喪失
>
< 環境リスクの許容基準
>
注; ALARP(As
Low as Reasonably Practicable)とは、リスクは合理的に実行可能な限り、
できるだけ
低くしなければならないという欧米で提起されている安全の考え方
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< まとめ >
■ 貯蔵タンク施設に関するリスクの検討では、次のようなプロセス・ハザードとそれ以外のハザードを考慮する必要がある。
● 火災(プール火災、タンク面火災、噴出火災、フラッシュ・ファイヤー、ボイルオーバー)
● 蒸気雲爆発(VCE)
● 毒性の煙、毒性ガス
● 2次封じ込め設備におけるオーバーフローまたは破損の結果による封じ込め機能の喪失
● 地震、竜巻、ハリケーン、テロ攻撃など
■ ドミノ効果の要因になる石油貯蔵タンク施設の内外の危険性を決めるには、広範囲で全体的な検討が必要である。
■ この資料で示したアプローチは産業界のギャップを埋め、プロセス安全、新しい解析方法、信頼性に関する知識を結びつけるとともに、プロセス・ハザードやそれ以外のハザードから個別のリスク、環境へのリスク、施設の損害リスクを正確で信頼性のある推測ができるようになる。
■ リスクの検討でかなり低い結果に至るような場合でも、ドミノ効果を考慮した場合、全体のリスク評価に重大な影響を与えることがある。
補 足
■
「ジェネシス・オイル&ガス・コンサルタント社」(Genesis Oil and Gas Consultants Ltd)は、1988年に設立したエネルギー関連企業で、エネルギー業界にエンジニアリング・サービスを提供している。英国のロンドンを中心にして、米国ヒューストンなど世界の14都市に活動拠点をもつ。従業員は1,000名以上で、11か国で事業展開している。
■ 「アリ・サリ博士」(Ali
Sari, Ph.D.)は、ジェネシス・ヒューストンの構造および定量分析マネージャー(Structural
and Quantitative Analysis Manager)である。本資料は、2016年10月に第66回カナダ・ケミカル・エンジニア会議(66th
Canadian Chemical Engineering Conference)で発表されたパワーポイントの資料である。作成者はアリ・サリ博士のほか、Amir
Arablouei, Ph.D.、Umid
Azimov, P.E.、Watsamon
Sahasakkul、Sepehr
Dara, Ph.D.である。
■ 「ALARP」(As Low as Reasonably Practicable)とは、リスクは合理的に実行可能な限り、できるだけ
低くしなければならないという欧米で提起されている安全の考え方である。
ALARPを含め、日本と欧米との安全に関する考え方は、「日本と欧米との安全管理について」(中村昌允)を参照。この中で向殿氏がまとめた両者の違いを表に示す。
■ この資料が発表された2016年は、その前の10年ほどの間に世界で貯蔵タンクの大災害が起こり、その教訓を活かさなければならないとする機運が高まっていた。このブログで取り上げた次の3つの事例はいずれもドミノ効果によって大きな損害を被っている。
● 2005年12月、「英国バンスフィールド油槽所タンク火災における消火活動」
● 2009年10月、「カリビアン石油タンクターミナルの爆発・火災(2009年)の原因」
● 2009年10月、「インド・ジャイプールのインディアン石油でタンク火災(2009年)」
そして、この教訓を活かすため、2012年5月に行われた第11回国際燃焼・エネルギー利用会議でBAM (ドイツ連邦材料試験研究所)がつぎのような発表を行っている。
● 2012年5月、「最近の石油貯蔵タンク火災からの教訓」
■ この資料は、石油貯蔵タンク施設に関して新しいアプローチによるリスク評価を提起している。このブログで「リスク評価」を取り上げたのは、つぎのとおりである。
● 「大型石油タンクのハザード評価の方法」(2014年7月)
● 「事故は避けられない?」 (2015年12月)
● 「貯蔵タンクにおける事故の発生頻度」(2015年12月)
● 「米国の石油貯蔵タンク基地におけるハザード評価」(2016年1月)
● 「タンク施設におけるサイバーセキュリティの危険性」(2018年5月)
● 「ボウタイ分析による貯蔵タンクの危険性と軽減策の検討」(2018年12月)
日本では、従来、「災害は努力をすれば、二度と起こらないようにできる」という考え方のもとに、欧米のリスク評価のような考え方は受入れられなかったが、東日本大震災以降、変化してきた。例えば、総務省消防庁からつぎのような指針が提起された。
● 「石油コンビナートの防災アセスメント指針」(消防庁特殊災害室、2013年3月、169頁)
この指針にもとづき、各都道府県で検討され、例えば、神奈川県ではつぎのような調査報告書が出されている。
● 「神奈川県石油コンビナート等防災アセスメント調査報告書」(神奈川県石油コンビナート等防災対策検討会、2015年3月、520頁)
所 感
■ 本資料はパワーポイントでまとめられ、主要項目だけで詳細事項が書かれていないので、分かりずらいところはあるが、リスク評価を考える上で興味深い。この新しいアプローチの特徴は、つぎのような事項であろう。
● 貯蔵タンクの単独火災のような事故だけを考えるのではなく、実際に起こった英国バンスフィールド火災、カリビアン石油火災、インド・ジャイプール火災のような複数タンク事故を前提に考える。
● テロ攻撃、竜巻、地震など過去の事例を網羅的に検討する。
● 環境へ大きな影響のある封じ込め設備(防油堤)の機能喪失に至るような事故を検討する。
● ドミノ効果が起こりうるという前提でリスクを検討する。
■ 一方、補足で紹介したように「日本と欧米との安全に対する考え方の違い」がある。日本では、「災害は努力をすれば、二度と起こらないようにできる」というのに対して、欧米では「災害は努力をしても、技術レベルに応じて必ず起きる」という違いがある。この思考の差異は、リスク評価を行う場合、意外に大きい。事故が起こった場合、日本では「絶対、二度と起こらないようにします」と答えるが、欧米では「事故が起こるのをできる限り最小にする」と答える。日本的な考え方が根底にあるようでは、リスク評価は成り立たない。リスク評価を行う場合、まず日本的な「事故を二度と起こらないようにする」という思考方法を捨てて取り組むことが大事だと思う。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Cheminst.ca
, “A Novel Approach for Risk
Assessment of Large Oil Storage Tanks”, Ali Sari, Ph.D., P.E., Amir Arablouei,
Ph.D., Umid Azimov,
P.E., Watsamon Sahasakkul,
Sepehr Dara,
Ph.D. , Genesis Oil and Gas Consultants
Ltd, October 16-19, 2016
後 記: 今回は「新しいアプローチによる石油貯蔵タンク施設のリスク評価」を紹介しましたが、リスク評価を行うには、「日本と欧米との安全に対する考え方の違い」を抜きには語れないと思い、補足で述べました。日本の考え方は、本人が自覚しているか、していないか関係なく、綿々と受け継がれています。
東日本大震災の東京電力福島原子力発電所の事故責任について裁判が行われていますが、この中で日本の安全に関する考え方が如実に表れていると思います。ざっくりというと、この事故で事業者は「二度と起こらないようにします」と答える一方、「津波の高さは想定外だった」ので責任はないといいます。住民や環境が受容できなくても関係ないということになります。欧米の「災害は努力をしても、技術レベルに応じて必ず起きる」という考え方であれば、想定のレベルに関係なく、住民や環境が許容できない重大事故が起これば、そのような管理システムにしてしまったことに問題(責任)があるということです。本来、原子力業界はリスク評価に長(た)けていると思っていましたが、想定外(?)でした。日本でリスク評価を行うには、かなり頭の発想を変える必要がありますね。
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