< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、大分県大分市にある九州石油(株)大分製油所である。大分製油所は精製能力155,000バレル/日で、原油タンク13基(約97万KL)、製品・半製品タンク90基(約103万KL)を有している。
九州石油大分製油所(現:JXエネルギー大分製油所)付近 (矢印が事故タンク)
(写真はGoogleMapから引用)
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■ 発災したのは、製油所のタンク地区にある灯軽油用スロップタンクである。タンクは1974年に建設され、浮き屋根式の直径約40m×高さ約20m、容量25,000KLで、発災当時、内部には15,400KLのスロップ油が入っていた。浮き屋根はシングルデッキ式でタンク中央にもポンツーンのあるセンター・ポンツーン型であった。
シングルデッキ式浮き屋根タンクのポンツーンの種類
(図はFdma.go.jp から引用)
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< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2005年2月19日(土)、製油所の従業員がスロップタンクの浮き屋根上に油が漏洩しているのを発見した。
■ このため、2次災害を防止するため、タンク浮き屋根上に消火用泡を投入した。しかし、浮き屋根が徐々に沈降し、浮き機能を果たすポンツーンがマンホール部から浸水し始め、浮き屋根が傾斜しながら最終的に沈没した。
■ 事故に伴う負傷者や火災の発生は無かった。
被 害
■ 灯軽油用スロップタンクの浮き屋根が損壊した。
■ 大気にスロップ油のベーパーが放散されたが、その量や被害の有無は不詳である。
< 事故の原因 >
■ 浮き屋根が沈降した原因は、浮屋根のルーフドレン配管(雨水排水配管)の閉塞およびポンツーン天板の腐食開口部という不具合の放置による日常的な維持管理の不適切である。
注記:事故発生の直近において、定期点検および日常点検が行われ、点検結果はいずれも「異常なし」だった。しかし、「異常なし」とされた設備の機能に支障が生じていたことから、適合状況の確認が適切に行われておらず、維持管理が不適切だった。
■ 沈降に至った推移はつぎのとおりである。
● タンクのルーフドレン配管(雨水排水配管)が閉塞していたため、数日前に降った雨が排出せず、浮き屋根デッキ上に滞留した。閉塞の原因は、浮き屋根上などで発生した錆、塗装片、泥などが配管に流入して堆積したことによる。
● さらに、ポンツーン部の天板(上面)に腐食が進行して開口していたため、この腐食開口部から雨水がポンツーン内部に浸入し、浮き屋根が傾斜した。
● また、非常用排水設備(エマージェンシー・ドレン)近傍の浮き屋根デッキ板に局部的な変形による沈み込みによって油面の喫水線が非常用排水設備の上端を越えるとともに、非常用排水設備の油流出防止の水封機能不備が加わり、非常用排水設備から油の逆流が生じて、浮き屋根上に油が漏洩した。
● このような状況下で消火用泡(水)の投入を実施した。浮き屋根デッキ板上の消火用泡の水と油は非常用排水設備を通って屋根下部のタンク内へ流下するが、タンク内への流入よりも水の投入量が多く、浮き屋根上の重量が浮力を上回っていった。
● 加えて、ポンツーン部の天板の腐食開口部からもポンツーン内部に消火用泡の水が浸入し、浮き屋根の浮力が低下していった。
● この結果、ポンツーンのマンホール部からの浸水が始まり、複数のポンツーンが浮力を失い、浮き屋根は次第に傾きながら、完全に沈降していった。
< 対 応 >
■ 浮き屋根沈降後、2次災害防止のため、消火用泡で油面を覆う作業を実施するとともに、隣接タンクへ油を移送する作業を実施した。さらに、泡消火薬剤の確保のための手配を行うとともに、タンクの警戒体制をとった。
浮き屋根が沈降したタンクの警戒体制(消防車両の配備)
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■ 浮き屋根の着底時の悪影響を避けるため、タンク下部から水を入れ、ルーフドレンから油を抜く作業を試みた。水への置換の終了は発災日から5日後の2月24日と見込んだ。しかし、ルーフドレンからの油抜取りが順調に進まず、この計画を断念した。計画を変更し、タンク側板上部に穴をあけ、そこからホースを使用して油を抜き取ることとし、2月25日にこのための足場を設置した。
油抜き取り用の足場
(タンク側板の塗装がスラッジ清掃時の火災で剥離している)
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■ その後、3月には、タンク内の油を他のタンクへ移送する作業が完了した。つぎにタンク底部に残っているスラッジを除去する作業が行われた。この作業に移っていた4月1日、内部清掃工事中に火災が発生した。火災の原因は、スラッジ内の硫化水素とタンク内の鉄分で硫化鉄の成分が形成され、自然発火したものとみられる。この火災によってタンク側板の塗装が一部剥離した。
■ タンク浮き屋根沈下事故の反省から、九州石油はつぎのような改善を行うこととした。
① タンク施設の点検表の見直し (点検内容をより具体的なものとした)
② 点検の頻度を増やす (機能上、特に重要な部位は1か月に1度点検する)
③ ルーフドレン(雨水排水配管)の定期的な通水を実施 (6か月に1度実施する)
④ 点検結果の補修要否判断の明確化
⑤ 防錆対策 (塗装の徹底など)
■ 同年10月3日、総務省消防庁は各都道府県の消防防災主管部署へ「浮屋根式屋外タンク貯蔵所の保安対策の徹底について」という通知を出し、類似事故の再発防止を図った。
< 教 訓 >
■ 総務省消防庁が出した通知の中では、つぎのような留意事項が示された。
① 浮き屋根に腐食・変形等がないことの確認を徹底するとともに、腐食の発生が認められた場合には、塗装等による補修を行うこと。なお、腐食の進行が著しく早い場合には、点検頻度の見直しを行うなどの適切な対応を図ること。
② すべての浮き屋根のポンツーン(浮き室)部分については、雨水等が滞水していないこと、およびマンホールが確実に閉鎖されていることを定期的に確認すること。
③ 浮き屋根のルーフドレン(雨水排水設備)については、詰まりなどによって排水能力に問題が生じていないことを定期点検時のほか降雨時に確認するなど、機能確認の徹底を図ること。また、非常排水設備における油流出防止装置の機能に支障が生じていないことについても具体的な確認の徹底を図ること。
④ 点検の実施状況を点検実施者以外の者が確認するなど、点検の確実な実施体制について十分留意すること。
補 足
■ 「大分県」は九州地方の東部に位置し、人口約166万人の県である。
「大分市」は、大分県の中部にあり、人口約48万人の県庁所在地である。
九州地方の大分県周辺
(写真はGoogleMapから引用)
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■ 「九州石油」 (Kyushu
Oil Co., Ltd. )は、1960年に設立された石油会社で、大分市鶴崎に精製能力155,000バレル/日の大分製油所を有していた。独立系石油元売り会社であったが、2008年、業績の悪化から単独での経営を断念して新日本石油(現在:JXエネルギー)との統合を行い、新日本石油精製の系列会社となった。現在、製油所はJXエネルギー大分製油所(精製能力136,000バレル/日)となっている。
■ 当該事故とほぼ同じ原因の事故「浮き屋根式ナフサタンクのポンツーンの浸水と屋根の雨水滞留による浮き屋根の沈下」が1987年10月岡山県倉敷市の製油所で起こっている。この事故の直接原因はつぎのとおりである。
● ルーフドレン配管がゴミにより閉塞して浮き屋根上に大量の雨水が滞留した。
● ポンツーンのノズルのキャップを閉め忘れていたため、ポンツーンに浸水して異常な荷重がかかった。
間接原因として「日常点検および異常気象時の点検基準が不明確であった」とされている。この反省にもとづき、つぎのような対策をとることとされた。
● 日常点検の見直し(点検作業基準の見直し)
① 浮き屋根の異常の有無 (1回/週)
② ルーフドレン配管入口の堆積物の点検掃除 (1回/月)
③ 浮き屋根上の掃除の強化 (1回/年を1回/3か月とする)
● 異常気象時の点検
新たに「気象予警報発令時の措置基準」を制定し、各部署が決めた項目に従って点検を行う。
① 浮き屋根の異常の有無 (1回/週)
② ルーフドレン配管入口の堆積物の点検掃除 (1回/月)
③ 浮き屋根上の掃除の強化 (1回/年を1回/3か月とする)
● 異常気象時の点検
新たに「気象予警報発令時の措置基準」を制定し、各部署が決めた項目に従って点検を行う。
■ 当該事故では、「浮き屋根が沈没した後の対応」はポイントしかわからない。浮き屋根上部の油は既設配管を使って抜くことができず、側板に穴を開けてホースで油を回収している。
2012年11月に起きた「沖縄ターミナルの原油タンク浮き屋根の沈没事故」では、浮き屋根沈没後の対応はかなり詳しく公表されている。さらに、「自衛防災組織等の防災活動の手引き」(危険物保安技術協会、2014年2月)では、沖縄の事例をもとに「原油タンク浮き屋根沈降時の安全対策や油抜取り方法」がまとめられている。
なお、浮き屋根が沈降した海外事例としては、
2007年7月に起きた「フランスで原油タンクのダブルポンツーン型浮き屋根が沈没」がある。
■ 浮き屋根が沈没した後、油面の全面曝露への対処について過去の事例をみると、つぎのとおりである。
発生年月 場所 油種 対処方法
① 1987年10月 倉敷市 ナフサ 二酸化炭素を導入、その後消火用泡に切替
② 2003年09月 苫小牧 ナフサ 消火用泡 → 消火用泡投入による沈降帯電で火災発生
③ 2005年02月 大分市 スロップ油 消火用泡
④ 2007年07月 フランス 原 油 投入せず(高性能消防車の配置)
(消火用泡の静電気による引火を懸念)
⑤ 2011年11月 沖縄県 原 油 二酸化炭素(注入装置の設置に6日間かかる)
「自衛防災組織等の防災活動の手引き」(2014年2月)では、基本的に二酸化炭素の導入を推奨している。しかし、消火用泡の導入による方法は否定しておらず、泡の沈降帯電による火災の発生の可能性を考慮する必要性と導入方法の注意事項(完全に全面を泡で覆うことなど)を記載している。
油種について考えると、精製されたナフサ、ガソリン、ケロシン(灯油)などは電気伝導度が小さく、静電気を蓄積し易く、電荷の消散が遅く、高電位を維持して火花放電を発生する恐れが多い。精製されていない原油は内液に水分を含有しており、静電気を蓄積する恐れは少なく、消火用泡投入に対して過剰に拒否反応を示すことはない。ケロシンは、通常、固定屋根式タンクに貯蔵され、浮き屋根式タンクが使用されることはないが、当該事例のような灯軽油スロップ用の浮き屋根式タンクにケロシンが移送され得ることを認識しておく必要があろう。
所 感
■ 発端は、浮き屋根のルーフドレン配管(雨水排水配管)の閉塞とポンツーン天板の腐食開口という不具合の放置であるが、この不具合を認識していないため、消火用泡(水)を投入する判断が浮き屋根を沈没までに至らせてしまった。 地震によるタンクスロッシング以外で浮屋根上に漏洩油を発見した場合、その要因をよく考える必要がある。安易に消火用泡を投入すると、状況を悪化させることがある事例といえよう。
■ 当該事例では、発災場所は違うが、過去に同じ事例があり、反省事項(教訓)が出されていたにも関わらず、過去の事例が活かされなかった。おそらく、事例の公表が十分に行き渡らなかったか、知っていても自分たちの施設では起こらないという予断があったのだろう。
通常は事故原因(要因)が公表されて終わりであるが、今回の事例は設備の点検が形骸化していると見られ、消防庁から「維持管理不適切」という厳しい通知が出た上、点検に関して細かい指導事項が出された。失敗事例の活用がいかに容易でないかということを示す事例でもある。
備 考
本情報はつぎのような情報に基づいてまとめたものである。(このほかに参照した情報があるが、出典の記録なし)
・消防庁災害情報,
「九州石油㈱大分製油所 漏えい事故」, February 21, 2005
・ 「産業と保安」(2月28日号),
February 28, 2005
・ 「産業と保安」(3月14日号), March 14, 2005
・ 消防庁から公表された漏洩事故原因, 2006
・
「安全と健康」Vol.7, No.6, 2006
後 記: 当該事故は発災当時に入手した情報にもとづいてまとめ直したものです。当時は消防庁が点検について異様なほど細かい指導を出しているという印象しか持ちませんでした。現時点で考えると、教訓としてはほかにもあると感じています。それは、過去を含めていろいろな浮き屋根タンクの沈没事例の情報を知ったからです。当時は浮き屋根の沈降という観点から消火用泡(水)を投入することが誤判断だったと思っていたのですが、タンクは灯軽油スロップ油を対象にしたものあり、今はさらに沈降帯電の起こり得る油種かどうかの判断もしなければならなかったと感じています。この点をまとめて「補足」で記載しました。
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