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2023年4月14日金曜日

イエメンの浮体式貯蔵施設から原油移送のため国連がタンカーを購入

今回は、202339日(木)、中東イエメン沖で劣化して腐食が進行している浮体式貯蔵・積出し施設から原油が流出して環境破壊するのを回避するため、国連が大型タンカーを購入して対応するという情報を紹介します。

< 環境汚染のリスク >

■ 国連は、数年前から、イエメン(Yemen)のラス・イッサ(Ras Issa)半島から約9km沖に停泊する劣化した旧大型タンカーのセーファー号(Safer)が紅海とイエメンの海岸線を危険にさらしていると警告してきた。全長360m34個の貯蔵タンクをもつ407,000DWTのタンカーには約110万バレル(175,000KL) の原油が入っており、1989年にアラスカ沖で起きたエクソン・バルディーズ号(Exxon Valdez)の事故の4倍の油を流出させる可能性がある。

■ 1976年に日本で建造されたセーファー号は1980年代にイエメン政府に売却された。1987年にタンカーは浮体式貯蔵・積出し施設(Floating Storage and OffloadingFSO)として改造され、イエメンの紅海オイルターミナルであるラス・イッサに係留されている。2014年に始まったイエメンの内戦により、貧困にあえぎ、タンカーは2015年から積出しはもちろん、メンテナンス作業が中断されたままになっている。乗組員は10名を除いてほとんどがタンカーから引き揚げた。

■ 劣化した浮体式貯蔵・積出し施設のタンカーから油を移送し、貯蔵する代替のタンカーの計画が持ち上がった。しかし、イエメンの国連高官は、状況がかなり落ち着いてきたが、内戦下で使用されることになる代替のタンカーを寄贈する人はおらず、リースを申し出る企業も無かったと語っている。

■ イングランドのソフトウェア企業であるリスクアウェア社(Riskaware)は、セーファー号が油流出を起こした場合の汚染のリスク評価を行っている。リスク評価は、油流出による汚染リスクのほか、火災になった場合の環境汚染のリスクについて分析している。162時間後の油流出の範囲の例を示す。(詳細は、同社のウェブサイトFSO SAFER: Risk Impact Analysis Informationを参照。


< 国連の対応 >

■ 202339日(木)、国連は、環境破壊を回避するため、イエメン沖で係留されて劣化して腐食が進行している浮体式貯蔵・積出し施設から約110万バレル(175,000KL)の石油を移送して貯蔵する大型タンカー(VLCC)ノーティカ号(Nautica)を購入したと発表した。代替の大型タンカーは長さ332mの二重殻構造である。

■ 国連は、流出事故の清掃には200億ドル(26,000億円)かかると述べているが、それでもセーファー号から油を移送するために必要な12,900万ドル(168億円)と、ベルギーの国際海運会社ユーロナブ社(Euronav)から5,500万ドル(72億円)で購入したタンカーの代金を支払うために必要な費用を集めるのに苦労している。

■ これまで、主に各国政府から9,500万ドル(123億円)の寄付の申し出があり、そのうち7,500万ドル(98億円)が実際に支払われた。2022年からはクラウドファンディングも開始され、イエメンの国連高官は仕事を終わらせるためにさらなる資金の提供を望んでいるという。イエメンの国連高官は、一般からの寄付を増やしたいと考えており、米国メリーランド州ベセスダの小学校の生徒たちがレモネードを売って200ドル(26,000円)を集めたことを賞賛している。

■ 国連によるクラウドファンディングの募集については、国連のウェブサイトのUN Plan for the FSO Safer Tanker Stop the Red Sea CatastropheFSOセーファー号タンカーに関する国連計画は紅海の大惨事を阻止)を参照。 

■ 国連によると、すべてのことが計画通りに進めば、5月上旬には実際にセーファー号から代替のタンカーへの移送作業が開始される予定である。

■ 国連によると、実際に誰が石油を所有しているかは明らかではないため、石油を売却して事業の費用を賄うことはできないという。

< これまでの状況 >

■ 国連は、タンカーの構造的な一体性が著しく劣化しており、爆発する危険性さえあると警告している。 大規模な流出事故が起きれば、イエメンの紅海沿岸の漁業で暮らす人たちに壊滅的な打撃を与え、おそらく20万人の生計が即座に絶たれるであろう。さらに、高濃度に汚染された空気によって数百万人に影響を与えるだろう。

■ 2020年時点における点検では、セーファー号のエンジンルームに海水が入り込み、配管が損傷して沈没の危険性が高まっていることがわかった。また、タンカーの一部は錆で覆われ、可燃性ガスが溜まらないようにする不活性ガスが漏れているという。

■ 今回の計画に700万ドル(910百万円)を拠出することを約束した英国の国連大使は、作業は今すぐに始めなければならない。遅らせる時間の余裕はないと語っている。

■ イエメンは、2014年にイランと連携するイスラム教フーシ派武装組織によって首都サナア(Sanaa)から政府側が追い出されて以来、紛争に陥っている。2015年にサウジアラビア主導の軍事連合が政府復活を目指して介入した。

■ 国連は、油移送を何年も前から実施しようとしてきたが、セーファー号が停泊している地域を支配するフーシ派の反政府勢力による障害で進まず、やっと1年前に解決されたばかりだった。昨年まで、フーシ派は交渉の道具としてタンカーを人質に取り、サルベージ専門家が船に乗ることを妨げていた。フーシ派は、資源の権利を保持することを条件に、石油の移送を許可することに同意したといわれている。

■ 代替タンカーのノーティカ号は、改造と定期メンテナンスのために中国のドックに入っていたが、作業が終了し、202346日(木)に、中国舟山からイエメンに向けて出航した。イエメンには 5月上旬に到着する予定である。

■ 20235月上旬から始められる移送作業には約3週間かかる予定で、6月中旬までに移送プロセスが完了する計画だという。

■ 油の移送計画のアニメーションが国連からユーチューブに投稿されている。(YouTube Animation FSO Safer, Transfer of oil cargoを参照)

■ 202348日(土)、8年に及ぶイエメン内戦をめぐり、同国のイスラム教シーア派武装組織は、敵対してきたサウジアラビアとの間で戦争捕虜の交換が実現したことを明らかにした。49日(日)には、サウジアラビアの外交団が仲介役のオマーンの代表団とともにイエメンの首都サナアを訪れ、フーシ幹部との間で恒久的な和平について交渉を始めた。

備 考

■「イエメン」(Yemen)は、正式にはイエメン共和国で、中東のアラビア半島南端部に位置する人口約3,050万人の共和制国家である。首都はサナアで、インド洋上の島々の一部も領有している。産油国ではあるが、 2014年の内戦勃発以来、400万人以上が避難を強いられており、 終わらない紛争と食料難で人道支援を待っている人は2,000万人以上に及び、アラブ最貧国といわれている。

「紅海」(Red Sea)は、地球の裂け目である地溝帯に海水が溜まった場所で、アフリカ・プレートとアラビア・プレートが始新世に裂け始め、現在も拡大している。長さ2,250km、幅最大355 km、平均水深491m、最深部2,211 mで、海水は降雨が少なく、蒸発作用が強く、流入河川が無く、アデン湾との限られた循環などによって塩分濃度は3.63.8%と高い。紅海といっても赤い色をしているのではなく、透明度の高い海である。

 イエメンの事故やサウジアラビアへのフーシ派の攻撃について紹介したのは、つぎのとおりである。

   ● 20191月、「イエメンでディーゼル燃料タンク爆発、薄層ボイルオーバーか、負傷15名」

       ● 20199月、「サウジアラビアの石油施設2か所が無人機(ドローン)によるテロ攻撃」

  ●  202011月、「サウジアラビアの石油流通ステーションの貯蔵タンクをミサイル攻撃」

  ● 20213月、「サウジアラビアの石油ターミナルが無人機攻撃されるが、迎撃される」

■「エクソン・バルディーズ号(Exxon Valdez)の事故」は、1989324日(金)、米国アラスカ沖で起きた原油流出事故である。原油約20万トンを満載し、アラスカのプリンス・ウィリアン海峡で座礁し、約41,000KLの原油を流出させた。事故の概要は保険会社UK P&I のウェブサイトに掲載されているExxon Valdez 座礁事故」を参照。

■ 今回の「浮体式貯蔵・積出し施設」(Floating Storage and OffloadingFSO)は大型タンカーを改造したものであるが、本来は、海洋油田生産方式の固定式プラットフォームに代わる施設として1970年代から使用されたものである。多くは船舶の形をしており、固定式プラットフォームと比較して様々なメリットがあり、現在では海洋石油・ガス生産設備の主流となっている。

 日本の浮体式貯蔵・積出し施設としては、1988年に建設された長崎県にある上五島国家石油備蓄基地がある。この浮体式貯蔵・積出し施設(洋上タンク方式の浮遊式海洋構造物)は世界で最初の洋上石油備蓄システムで、貯蔵船を並列に配置したものである。貯油能力は88KLの貯蔵船が5隻あり、総貯蔵量は440KLである。貯蔵船は二重殻構造で10KLの容量を持つタンクが7つある。各タンクは水封タンクで囲まれ、貯油タンクの内圧よりも水封タンクの水圧を高く保持することにより、油が貯油タンク外に漏れない工夫がされている。

所 感

■ 今回の国連によるタンカー購入と環境汚染のリスク回避の対応は、いろいろ考えさせられる。

 ● 国連が世界的な環境汚染のリスクについて警鐘を鳴らすのは分かるが、国連が資金の寄付を呼びかけ、実際のタンカー購入を行い、油の移送を行うのは、本来の国連の業務なのだろうか。

 ● イエメンの内戦により、イエメンが業務遂行の能力を失っている。

 ● 隣国サウジアラビアには、資金があり、業務遂行の能力もあるだろうが、イエメンの内戦に巻き込まれている。

 ● 仮にサウジアラビアが油移送の業務を実行したら、サウジアラビア国内の石油施設で起こったようにセーファー号がフーシ派の攻撃にさらされるのではないだろうか。

 ● 洋上タンク方式の浮体式貯蔵・積出し施設は、攻撃されれば、海への大きな環境汚染リスクを内在しており、油の基地として妥当な施設なのだろうか。

 ● セーファー号は日本で建造された大型タンカーであるが、今回の国連の対応では、日本の存在感は薄く、国際的に地盤低下が否めない。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

      Reuters.com,  U.N. buys tanker to store oil from decaying vessel off Yemen,  March 10, 2023

      Un.org, Note to Correspondents:  United Nations Takes Major Step Forward to Prevent Catastrophic Oil Spill in Red Sea as UN Development Programme Signs Agreement to Purchase Oil Tanker,  March 09, 2023

      Foxnews.com,  UN agrees to buy stranded Yemeni tanker carrying 1M crude oil barrels,  March 09, 2023

      Voanews.com,  UN Buys Oil Tanker to Begin Salvage Operation Off Yemeni Coast,  March 09, 2023

      Bbc.com, UN buys huge ship to avert catastrophic oil spill off Yemen,  March 09, 2023

      Timesofisrael.com,  UN buys ship to begin removing oil from decaying tanker off Yemen,  March 13, 2023

      Offshore-energy.biz , Race against time begins as Euronav’s former VLCC heads to decaying FSO Safer to prevent catastrophic oil spill,  April 07, 2023

      Apnews.com, UN signs deal to salvage stranded oil from tanker off Yemen,  March 10, 2023

      Forbes.com, UN Could Remove Oil From Stricken Yemeni Tanker By June – But Only If More Funding Arrives,  March 16, 2023

      Tankstoragemag.com, UN buys tanker to store decaying oil,  March 10, 2023

      Riskaware.co.uk, FSO SAFER: Risk Impact Analysis Information,  2022

      Asahi.com, サウジと武装組織、捕虜交換 イエメン内戦めぐり和平交渉,  April  11, 2023   


後 記: 国連がタンカーを購入したという話から情報を調べ始めました。そうすると、イエメンでの旧タンカーの環境汚染リスクについては随分以前から話題になっていたようで、メディアの報道が散見されました。今回、国連がタンカーを購入し、環境汚染を回避しようとする措置をとったことで、世界のメディアが報じています。ロシアによるウクライナ侵攻問題では、国連の機能に疑問符が付けられましたが、今回の措置が本来の国連の業務かどうかは別として、国連の機能が失われていないと感じました。4月初めには、イエメン国内のシーア派武装組織とサウジアラビアとの間で戦争捕虜の交換が実現し、さらにサウジアラビアの外交団がフーシ派幹部との間で恒久的な和平について交渉を始めたというニュースもあり、このようにして国連による世界の恒久的な和平が進展すればよいですね。   

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