今回は、 2020年5月29日(金) 、ロシアのシベリアのノリリスク郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社が運営する火力発電所で、ディーゼル燃料油タンクから大量の油が流出した事故について、2020年9月、原因に関する情報が報じられたので紹介します。
(前回のブログ「ロシアのシベリアで発電所の燃料タンク底板部から大量流出」を参照)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、ロシア(Russia)のシベリア連邦管区(Siberia)クラスノヤルスク地方(Krasnojarsk)のノリリスク(Norilsk)郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)が運営する火力発電所である。NTEKは、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル(Norilsk Nickel)の子会社である。
■ 事故があったのは、TPP-3と呼ばれる火力発電所のディーゼル燃料油(軽油)タンクである。TPP-3は天然ガスの火力発電所で、ディーゼル燃料油はバックアップ用の燃料である。
事故の発生
■ 2020年5月29日(金)、発電所にある燃料油タンクが損壊し、ディーゼル燃料油21,000トン超が流出した。流出した油は、15,000トンが水路を通じてアンバルナヤ川に、6,000トンが土壌を汚染した。
■ 油は現場から7マイル(11km)以上離れたところの川や湖の汚染が確認されており、川はあかね色に変わっている。■ 地元当局は発生の2日後の5月31日(日)にSNS(社会交流サービス)の情報を受けて全容を把握したという。
■ 事故による負傷者やエネルギー供給への影響は出ていない。
■ 油が流れ込んだアンバルナヤ川には、応急処置としてオイルフェンスが展張されている。しかし、アンバルナヤ川は水深が浅く、バージ船のオイルフェンスで油膜を囲い込むことがむずかしい上、発電所が辺地にあることから、事故処理に必要な機材などの搬入が難しく、対応が遅れている。
被 害■ 貯蔵タンクが損傷し、内部の燃料油が流出した。
■ タンク内にあったディーゼル燃料油が21,000トン流出した。6,000トンが土壌を汚染し、15,000トンは川を汚染した。
■ 負傷者は出なかった。
< 事故の原因 >
■ タンクの底板部が損壊し、内部の油が漏洩したものとみられる。
■ 事故当初、ノリリスク・タイミル・エナジー社は、発電所が永久凍土の上に建設されており、近年の温暖化の影響で地盤が沈下していることが懸念されており、最近の異常な気温上昇の中で永久凍土が溶けたため、タンクを支えていた構造物(支柱)が崩壊したとみていた。
■ 2020年9月、ノリリスク・タイミル・エナジー社は、事故原因についてつぎのように記者発表した。
● タンク建設時の不適切な施工が事故の原因である。
● 本来、タンク基礎の杭は岩盤に800mm打ち込まれるはずだったが、実際には岩盤から約1m上で止まっていた。このため、杭は砂と粘土の層にとどまっていた。(この事実はタンクを撤去するときに判明した)
● タンクが1981年に建設されたとき、土壌は固く凍っていたため、杭はあるべき深さになっていなかったと思われる。
● 永久凍土の融解は、タンク流出の要因のひとつではあるが、タンク破損の寄与要因だった。
● タンクは2018年に修理されたが、州の検査で安全として合格していた。
< 対 応 >
■ ロシア大統領は、6月3日(水)、非常事態を宣言し、国主導の除染作業に乗り出した。ロシア大統領は、発電所を運営するノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK)が事故報告を怠ったと異例の厳しい叱責を行い、非常事態省でクリーンアップ作業を行うこととした。
火力発電所は自分たちで漏洩を封じ込めようとし、非常事態省に事故を2日間報告しなかったという。クラスノヤルスク地方の知事は、事故の情報がソーシャルメディアに掲載された日曜日(5月31日)になって油流出を知ったという。
■ 重大犯罪の捜査を担当する連邦捜査委員会は、環境法令違反の疑いで捜査を開始した。連邦捜査委員会が公開した現場のものとされる動画には、燃料油タンクから流れ出す油やフェンスの下を流れる油が映っていた。(Youtube 「ТЭЦ-3. Норильск. разлив саляры !!!」は動画再生ができなくなっている)
■ 環境保護団体グリーンピースは、6月3日(水)、環境被害が60億ルーブル(約95億円)超にのぼる恐れがあると指摘した。
■ アンバルナヤ川にはオイルフェンスが展張され、油がノリリスクから20km離れたピャシーノ湖(Lake Pyasino)、そして更に800km先にある北極海(Arctic Ocean)の一部であるカラ海(Kara Sea)に入らないように図られた。
■ 非常事態宣言を受け、ロシア非常事態省は、燃料の回収と汚染された土壌の入替えを行っている。ノリリスク・タイミル・エナジー社は、ロシア緊急事態省とともに五百人の職員を派遣して早期に混乱を収拾しようとしている。しかし、油の回収は約340トンにとどまっている。 5月29日の事故からすでに5日が経過しており、自然界への影響が心配されている。6月3日(水)時点で、浄化には少なくとも2週間かかると推定しているという。
■ ノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK) は、事故のあったタンクと同じ構造の他のタンクについて、事故原因とタンク支柱の健全性が明らかになるまで、内液の燃料油を移送して空にすると発表した。
なお、同社によると、事故のあったタンクは2018年に修理が実施され、その後に水圧試験が行われたという。
■ 2020年9月時点、ノリリスク・タイミル・エナジー社は、汚染された水を川から汲み上げ、鉱滓(こうさい)でつくったダムに溜め、油を分離するまで貯蔵しているという。河岸や周辺地域のクリーンアップ作業は継続している。
補 足■「ロシア」(Russia)は、正式にはロシア連邦といい、ユーラシア大陸北部に位置し、人口約1億4,600万人の連邦共和制国家である。
「シベリア連邦管区」(Siberia)は、ロシア連邦の地域管轄区分である連邦管区のひとつで、人口約1,900万人である。
「クラスノヤルスク地方」(Krasnojarsk)は、ロシア連邦の連邦構成主体の一つで、人口は285万人で、中心都市はクラスノヤルスク市である。
「ノリリスク」(Norilsk)はクラスノヤルスク地方の北部に位置し、中央シベリア高原にある人口約135,000人の市である。ノリリスクは、ニッケル鉱山のほか、銅やコバルトなど種々の金属を産し、冶金業を中心にロシア有数の工業都市である。一方、ノリリスクの気候は人間が住むには過酷な環境で、 1年のうち250日ほどは雪に覆われている。冬の寒さは厳しく、2月の平均気温は-35℃に達し、年間平均気温は-9.8℃である。
■「ノリリスク・タイミル・エナジー社」(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)は、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル社(Norilsk Nickel)の子会社で、 5つの発電所を運用する。発電所は、3つの火力発電所(ノリリスク火力発電所1、ノリリスク火力発電所2、ノリリスク火力発電所3)と2つの水力発電所で、合計の発電量は2,246 MWである。
事故のあったノリリスクTPP-3と呼ばれる発電所は1978年に建設され、燃料は天然ガスでバックアップ燃料がディーゼル燃料油である。発電の主目的はナジエジュダの冶金工場の電力を供給するものであるが、冶金生産で利用された蒸気を受取り、効率化を図っている。
一方、疑問があるのは、4基のタンクのうち発災タンクの側板だけが高くなっている。しかも、側板の下部に保温止めのような円環が付いており、理由は判然としない。また、ほかの3基は屋根の形からドームルーフ式タンクのように見える。発災タンクは支柱があると報じられているので、コーンルーフ式タンクとしたが、タンク型式や構造は断定できない。
■「鉱滓ダム」(こうさいダム、Tailings dam)とは、鉱山の選鉱・製錬工程で発生するスラグ(鉱滓)を水分と固形分とに分離し、その固形分を堆積させる施設である。今回、鉱滓をつかったダムを使用しているというが、油と水の分離に対して効果があるのか不詳である。
所 感
■ 前回の所感では、事故原因について「異常な気温上昇で永久凍土が溶けたという理由ではなく、底板の腐食とタンク基礎の不良が要因で、タンク底板が裂け、油が一気に流出したものだと考える。油が一挙に流出したため、タンクが減圧になり、タンク支柱を含め、屋根部が損壊したのではないかと思う。当該タンクは、2018年に修理をしたということなので、今回の事故に関連していることも考えられる」と書いた。
今回の発表で、タンク基礎の杭が岩盤に達しておらず、「タンク基礎の不良」だったことが分かった。
2018年の修理ではどのような補修を行ったか分からないが、側板の下部に保温止めのような円環が付いており、タンクをジャッキアップして補修したのかも知れない。底板の腐食はなかったと思われるが、ゆるゆるのタンク基礎で、再びタンク底板部が変形して損壊に至ったのだろう。
■ タンク事故の経緯の詳細は報じられていないが、底板が裂けて油が流出したつぎのような事故の類似例である。
● 2005年10月、「ベルギーで原油タンク底部が裂けて油流出」
● 2007年1月、「フランスで原油タンク底部が突然破れて油流出」
■ 油流出対応について緊急事態省は油の拡大を阻止し、これ以上広がることはないといっているが、油の回収作業は難航している。前回の所感で「流域は湿地と沼地が多く、15,000トン(18,000KL)の回収には時間がかかりそうである」と書いたが、発災から3か月を経過した9月初めでもまだ、クリーンアップ作業が続いていることが分かった。油流出事故の影響が大きいことを示している。
備 考
本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。
・Afpbb.com, ロシアで軽油1万5,000トンが川に流出、プーチン氏が非常事態宣言, June
05, 2020
・Nikkei.com,
ロシア北極圏で燃料流出事故、非常事態宣言を発令, June
04, 2020
・Headlines.yahoo.co.jp, ロシア 発電所で大量軽油漏れ…河川を汚染, June
04, 2020
・Yahoo.co.jp,
ディーゼル油2万トンが流出 シベリア地方火力発電所から, June 04,
2020
・Aljazeera.com, Russia's 20,000-tonne diesel spill
pollutes waterways in Siberia, June 04,
2020
・Nytimes.com, Russia Declares Emergency After
Arctic Oil Spill, June 04,
2020
・News.infoseek.co.jp, ロシア・シベリア軽油流出事故、拡大阻止と当局, June 05,
2020
・Bbc.com,
Arctic Circle oil spill prompts Putin to declare state of
emergency, June 04,
2020
・Themoscowtimes.com, Massive Thermal Plant Fuel
Leak Pollutes Siberian River, June 03,
2020
・Cbc.ca,
Russia declares state of emergency in Siberia after 18,000 tonnes of
diesel fuel spilled Social Sharing,
June 04, 2020
・Tass.ru , Режим ЧС ввели в Норильске и на Таймыре
после разлива нефти на ТЭЦ,
June 01, 2020
・Rbc.ru , «Норникель» уберет топливо из хранилищ типа аварийного резервуара, June 05,
2020
・Tankstoragemag.com , Collapsed Nornickel diesel tank was wrongly
built, September 15,
2020
後 記: 前回、ロシアの事故としては報道記事や写真が比較的多く、事故の要因を考えるだけの情報があったと後記で書きましたが、続報で原因に関する情報が出るとは思いませんでした。この事故のあとの7月25日(土)にモーリシャス沖で、日本の長鋪汽船(ながしき汽船)の子会社が所有し、商船三井が傭船していた貨物船“わかしお号”が座礁して重油約1,000トンが流出して環境汚染を起こす事故があり、世界中で報じられました。船舶の流出事故は責任体制があいまいで、いまも原因や対応で引きずられ、9月18日(金)に日本から調査団が派遣されるという話です。一方、シベリアで起こった事故の流出量は21,000トンで、モーリシャス沖で流出した量よりはるかに大量です。シベリアという遠くて、いまは人がいけないところなため、日本ではニュースになりませんが、対応はシベリアの方が大変だと思います。
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