< 施設の概要 >
■ ベルギー・アントワープ市のカロに建設された石油ターミナルは、7基の貯蔵タンクを保有し、大きな土盛り式防油堤に囲まれていた。タンク間には、低い仕切り堤が設けられていた。
● 4基は原油用タンクで、1基の容量は40,000KLだった。タンク番号:D1、D2、D3、D4
● 2基は多目的用タンクで、
1基の容量は24,000KLだった。使用方法は原油、または原油やスロップ油を含んだ雨水を保管する。タンク番号:D10、D11
● 1基は容量730KLの小型タンクで、休止中であった。タンク番号:D26
■ 原油はロッテルダム港からパイプラインによって移送されている。スケルト川の左岸にあるターミナルのタンクをいくつか経由して、製油所にパイプラインで供給される。川の右岸にある製油所に送られた後、精製装置で処理される。
■ 石油ターミナルは、1991年2月7日に東フランドル州によって2011年2月6日までの期限で認可された。50,000トンを超える石油を保管するため、セベソⅡの適用を受ける。認可は原油貯蔵量208,000KLだった。
■ 2005年9月12日、貯蔵タンクD3において小さな事故が発生した。事故はタンク底部からの原油漏れだった。
2005年10月時点では、調査を始めるためにタンク開放の準備中だったので、
事故の詳しい原因は分かっていなかった。タンクD3で清掃作業が始められたばかりだったときに、タンクD2において大きな事故が起った。
■ 石油ターミナルの運転管理について昼間は常に有人で行われている。夕方から夜にかけての点検は外部の警備会社が行っている。カメラによる常時監視と貯蔵タンクの充填・送り出しの制御は、製油所の計器室によって管理されていた。
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2005年10月25日18時15分頃、タンクD2で大量漏洩が起った。製油所計器室のオペレーターはタンクD2で低液位警報が鳴ったのを確認した。漏洩前、タンクD2には約37,000KLの原油が入っていた。製油所計器室にある制御システムによる液位経歴によると、ほぼ満杯だったタンクの液位は急降下し、15分ほどで流出してしまっていた。事故はセベソⅡ指令附属書Ⅵの基準による“大事故”に該当する。
事故による被害
施設の被害
■ 貯蔵タンクの内液が短時間に放出したので、巨大な原油の波が生じた。この波濤は高さ数メートルの土盛り式防油堤に押し寄せた。幸いにも、防油堤は波のパワーに耐えた。放出した原油は防油堤の全面積(40,000㎡)に溜まり、油の深さは1mに達した。放出後、貯蔵タンクは前方に傾き、タンク基礎の一部が消失していた。
環境の被害
■ 大気への汚染: 堤内に大量の原油が溜まったことによって、石油ターミナル周辺の広い範囲に強い悪臭汚染を引き起こした。夕方からの北西方向の強風によって、オランダとの国境近くにも悪臭があったことが報告されている。発災事業所では悪臭汚染の対策(堤内への砂や泡の投入など)をとったが、事故後、数日間は悪臭の苦情があった。事故から2週間が経った11月11日に別な悪臭汚染の苦情があった。このときは、タンク浮き屋根が着底し、浮き屋根のシール機能が失われたことによる。
■ 地表水の汚染: 周辺の地表水に対する汚染はわずかだった。防油堤が高かったため、堤内から出た原油はわずかで、3KLほどだった。この油による汚染は、ターミナル構外にある干拓地側溝に限定された。
■ 土壌汚染: 防油堤の表層は粘土層だった。建設前、タンクエリアの粘土層の上に約50cmの砂の層が盛られた。この粘土層の下、約1~2mの深さは砂層であった。
事故後、土壌汚染を調べるため、土質サンプルが採取された。このサンプルによって、粘土層が汚染を止めていることが分かった。粘土層より上の部分は堤内全域で汚染されていた。汚染の深さは10cmから1mまで幅があった。
石油ターミナル構外は自然区域になっているため、ターミナルの近くにある道路の反対側でも、土質サンプルが採取された。この区域にある草の中には、流出事故による原油のミストを被っているものがあった。土質サンプルの分析によって、この区域に土壌汚染は無いことが分かった。
■ 地下水の汚染: 地下水の水質調査が行われた結果、事故のよる地下水への汚染は無いことが分かった。当初、タンクD2の近くで測定されたベンゼン濃度が若干増加していたが、汚染土壌の除去後、水質の状態は平常に戻った。
人への被害
■ この事故に伴う負傷者の発生は無かった。
欧州基準による産業事故の規模
■ 1994年2月、セベソ指令を司るEU加盟国管轄庁の委員会は、事故の規模を特定するために18項目のパラメーターを用いる評価基準を適用した。わかっている情報をもとに検討された結果、当該事故は4つの分類項目に対してつぎのように評価された。
■ 約30,000トンの原油が放出されたので、「危険物質の放出」はレベル4と評価された。
負傷者の発生はなかったので、「人および社会への影響」はレベル0である。4ヘクタールの面積における土壌を浄化させる必要があったので、「環境への影響」はレベル3と評価された。浄化のための費用が高かったので、
「経済損失」はレベル5と評価された。
< 事故の発端、原因および状況 >
タンクD2に関する建設時の仕様および経歴
■ 貯蔵タンクは、常圧式で外部浮き屋根とコーン型底部を有していた。タンクの直径は54.5m、高さは17mだった。タンク底部がコーン型になっていたため、原油に含まれている水分はタンク側板側へ溜まっていく。タンクには水の滞留システムが設けられていた。また、タンクには、スラッジを懸濁させるために攪拌機が2台設置されていた。
■ タンクD2の基礎は砕石リング式だった。砕石の大きさは50~150mmだった。砕石リングの高さは約120cmで、一部は地表面より下に埋まっていた。砕石リングの幅は、底部が約340cm、上部が約100cmだった。タンク側板は砕石リングの幅の中央に設置された。砕石リングの内側は締固めた砂で構成されていた。この砂の上には、厚さ5cmのオイルサンド層が盛られていた。タンク基礎は図を参照。
タンク基礎の概要図
(図はARIA資料から引用)
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■ 側板との溶接を行なう底板、すなわちアニュラー・プレートの設計厚さは12.7mmだった。アニュラー・プレート以外の底板の厚さは6.35mmで設計されていた。
■ 石油ターミナルの地中は、3mの砂の層の上に1mの柔らかい粘土層となっていた。
■ 貯蔵タンクは、1971年に建設されており、API
Std 650(Welded Tanks for Oil Storage:石油貯蔵用溶接式タンク)の基準に従って製作された。当時の石油ターミナルは、現在とは別なオーナーが所有していた。1990年、石油ターミナルは製油所に売却された。このとき、すべての貯蔵タンクについて開放による全検査が実施され、必要な補修が行われた。タンクD2は、1990年に全検査が行われ、1991年に運転に供された。
■ 1994年以降、タンクD2については3年毎の外からの検査が実施された。この検査レポートでは、特記事項がほとんど無かった。タンクD2の全検査は、タンクD1の全検査終了後の2006年に予定されていた。3年毎に基礎の沈下測定が実施されていた。2004年に実施された最も新しい測定結果では、異常は認められなかった。
タンク破損後の調査結果
■ タンクD2の調査結果、タンク側板から約1.5m離れた底板部に、細長く、やや円弧を描いた帯状の部分があり、内面腐食によって極めて弱くなっているのが分かった。この帯状部における底板の厚さは、ほぼゼロに減肉していた。帯状部の大きさは、長さが約35m、幅が約20cmだった。
この底板の帯状部には、溝が形成されていた。この溝状部には、内面腐食が見られ、孔食はなかった。底板の帯状部には、外面腐食は見られなかった。底板の他の箇所には、大きな腐食は見られなかった。
貯蔵タンク底部の概要図 (図はARIA資料から引用)
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主要因
■ 貯蔵タンクD2の供用中に、タンク底板に溝が形成されていった。この溝部は、タンク側板から1.5mの距離がある。この溝ができたことによって、沈降した水が排水システムの方へ流れていかなくなった。溝部に停滞して溜まっていった水によって、腐食が促進され、この部分の底板の減肉が進行していった。
■ この大量流出事故は、最初わずかな漏れから始まった。このわずかな漏れによって、タンク底板下の締固め砂が油で飽和し、油と砂によるある種の流砂状態が形成された。小さな漏れは目視で発見できなかった。というのは、砕石リング部には多くのすき間があり、油は最初にこのすき間に充満していくからである。つぎに、この砂床の流動化によって、タンク下の基礎の耐力が部分的に急激に低下していった。そして、底板にかかる原油の静圧に耐え切れず、溝に沿ってタンク底板が裂けた。原油の放出する力は大きく、タンク基礎を破壊し、基礎部の一部を洗い流した。
根本原因
■ 前述のように、溝はタンク壁から1.5m離れた底板部にできていた。この位置はタンク側板と溶接するアニュラー・プレートより遠いところになる。事故時にアニュラー・プレートより遠い通常の底板部が割れた。溝は締固め砂部に当たるタンク基礎部の静置段階で生じた。おそらく、溝は貯蔵タンクの水張り試験時に形成されたものと思われる。
貯蔵タンクに最初の荷重が掛けられたとき、締固め砂部はより固められる。砕石リングに使用されている石は粗く、砕石リング近傍では、建設時に砂床を均等に圧密することは難しい。貯蔵タンクに最初の荷重が掛けられたとき、この部分の砂はさらに圧密されることになるが、砕石リング内には空隙があり、砂の一部は砕石内の空孔部に入り込んでしまう。この現象によって、砕石リング近くの底板部に溝が形成されたとみられる。当該タンクの仕様データと基礎情報をもとに有限要素法による計算を行なったところ、溝が形成されることが予測できた。
■ 底板にできた溝は、1990~1991年に行われたタンクの内部検査時に見つかっていない。これは、検査がタンクに荷重の掛かっていないときに実施されており、底板の弾性によって溝部がはっきり見えなかったものと思われる。
1990~1991年の内部検査は、底板について孔食の目視検査と超音波肉厚測定の抜取り検査が実施されている。肉厚測定は、十字帯パターン、すなわちタンクの交差する2つの軸線上の底板について実施された。孔食のあった底板は補修された。底板の超音波肉厚測定の結果は良好だった。
■ タンク底板上に溝部ができたため、溝に入った水は排水溜めの方へ流れなくなってしまった。溝部に滞留した水によって、溝部における腐食はタンク底板を貫通するほど急速に進展した。
■ 事故後、石油ターミナルにある他のすべての貯蔵タンクの底板が精密に検査された。すべてのタンクにおいて、タンク側板から1.5m離れた底板部に同様の溝ができていた。あるタンクは溝部の長さが2・3m程度だったが、別なタンクでは壊れたタンクD2とまったく同様の状態を示すものがあった。溝部の形状はタンクによって違っていた。溝部を超音波肉厚測定器で計測すると、底板部は局部的に減肉していることが分かった。あるタンクでは、底板に小さな孔が貫通しているものがあり、一方、タンクD1では、底板の溝部の肉厚は最も小さい箇所で4mmだった。
■ この検査結果でいえることは、2005年9月12日に起ったタンクD3の小さな漏れは、タンクD2で起った損傷と同様の要因だったということである。タンクD2と違っていたところは、タンクD3の溝部の長さがかなり短かったことである。ある時点で漏れが止まったのは、おそらく、原油中のスラッジが底板にできた貫通孔を塞いだものと思われる。
< 対 応 >
緊急事態時の対応
■ 製油所消防隊および公設の消防隊は合同の緊急事態対応を始めた。最初に対応部隊が行ったことは、防油堤内を消火泡で覆うことであった。非常に広い防油堤エリアをカバーするためには、大量の泡薬剤が必要で、製油所のほか石油化学工場や消防署などから集められ、その量は214トンに達した。夕方からの強風と防油堤エリアが広すぎたため、堤内全部を泡で覆うことはできなかった。一方、強い風によって、流出域は爆発混合気の雰囲気になることはなかった。原油は着火しなかった。原油の放出によって、周辺の広域に悪臭の問題が生じ、貯蔵タンクの破裂事故は国内メディアによって大きく報道された。
■ 事故後、石油ターミナルに貯蔵されていた原油はすべて製油所に移送され、防油堤内に溜まった油をタンクD10、D11、D4への回収作業が行われた。油回収は、既設の排水ポンプシステムが活用された。すぐにとられた処置は、石油ターミナルのクリーニング作業を安全に行なう方法として実施された。
■ 2005年10月27日の午後には、防油堤内の大部分で油の回収を終えた。10月28日には、悪臭対策が始められた。防油堤内を砂で覆うことが臭いを減じることに有効だった。可能なところは、トラックとブルトーザーによって砂の層を敷いていった。タンクとタンクの間は、砂を吹き付けることで砂の層を作っていった。この作業は、およそ2週の間、続けられた。
■ 全貯蔵タンクの安定性が定期的に測定された。基礎の一部が消失したタンクD2は、4台の大型クレーンを使って吊り上げ、安定性を回復させた。(図を参照)
クレーンによるタンクD2の修復作業 (写真はARIA資料から引用)
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■ 緊急事態対応は、石油ターミナルから油が完全に無くなった2005年11月18日に、正式に終了した。
発災事業所の実施策
■ タンクD2は全体として使い物にならないほど壊れていた。
他のタンクの底板は、厚さや変形についてAPI
Std 653の規定を満たさない箇所の補修が行われた。基礎については、タンクの使用再開に際して十分な安定性をもっているかの確認検査が実施された。使用に当たってすべての原油タンクについて、底板には内面腐食を防止するためのライニング塗装が実施された。
■ 原油貯蔵タンクの底部の水は定期的に排水される。事故後、事業所では、この排水の腐食特性を分析することとした。(排水のpHを測定)
また、事業所はすべての立形貯蔵タンクの検査計画を見直すこととした。内部検査と内部検査の間でアコースティック・エミッション法を実施する計画とした。このアコースティック・エミッション法の結果に基づき、必要ならば、次回の内部検査の日程を調整する予定とした。貯蔵タンクの内部検査時には、タンク底板の状態は目視で調べられる。底板の状態に疑わしいところがあれば、十字帯パターンによる肉厚測定でなく、全底板を調べることとする。この場合、各底板ごとに5点の超音波肉厚測定が行なわれる。
■ 早期漏洩検知のため、事業所は原油タンクについて液位異常変化の警報システムを導入することとした。このシステムは、製油所の製品タンクにすでに導入済みであった。
■ 事業所は、環境汚染の浄化や再生について対応策を実施している。土質サンプルの結果から、堤内4ヘクタールのエリアについて10cm~1mの深さで土の入れ替えを行なった。悪臭対策のために入れた砂を含めて汚染土壌は取り除かれ、処理に回された。浄化作業時の悪臭の問題を回避するため、石油ターミナル周囲に悪臭検知器が数台設置された。流出した原油は、油面を覆うのに使用した214トンの泡を含めて、堤内から回収された。石油ターミナル構外の干拓地の側溝もきれいにされた。地下水の汚染の有無と将来の地下水の水質を監視するため、特別な測定井戸が何本か設置された。
< 教 訓 >
問題点の追及
■ 事故の起こる潜在的な危険性をもったプロセス装置(今回は貯蔵タンク)においては、封じ込めができなくなるより前の兆候を示す現象について認識し、分析すべきである。当該事故では、潜在してはっきりしていなかったのではなく、はっきりとした危険性を示す段階があった。腐食現象の兆候を示していた段階で、調査をすべきだった。必要ならば、この段階で腐食作用を確認するために化学分析(化学成分、pH測定など)を行なうべきだった。
■ 当該事故は貯蔵タンクの底板に溝が形成し得ることを示している。この溝の中では、局所的ではあるが、腐食性物質が均一な腐食を促進し得た。水やその他の腐食性物質がタンク底板の腐食を促進するような場合、底板に形成する溝の問題についても調べるべきである。
■ タンク底板に溝が形成するかどうかは、貯蔵タンクの大きさ、基礎の部分的な圧密性、地下土壌の相対的な弾性の組合せによって左右される。溝は必ずしも目視で確認できるわけではない。地形図調査(トポグラフィック・マッピング)を行なうことで得られる。貯蔵タンクの底板をレーザーで測定して凹凸図(トポグラフィック・マップ)を作成する。
■ 形成された溝部で生じている部分的な均一腐食は、簡単には見つけることができない。底板の肉厚が局部的に減少している場合、十字帯パターンによる底板肉厚測定では見落とす可能性が高い。底板に形成した溝によって局部的な腐食が存在する場合、底板の検査は適切な方法を用いるべきである。この検査技術については次節で述べる。
解決策の選択
■ 形成した溝によって部分的で均一な腐食の問題が考えられる場合、腐食の進展によって起こる事故を回避するため、操業会社は適切な解決策をとるべきである。以下に、操業会社のおかれた状況によってとり得る予防策を列記した。特定の状況によっては、複数の方法をとる必要があるし、ここに記載していない別な方法を考慮する必要がある。
1.沈降するような腐食性物質が無いようにするか、またはその量を少なくする。
2.物質が沈降しないようにする。(異相攪拌)
貯蔵タンク内の内容物を攪拌すれば、溶解しない相の沈降を妨げることができる。または沈降する量を少なくできる。良い結果を得るためには、攪拌をうまく使いこなすことである。
3.沈降する物質を除去する。
沈降する物質を定期的に除去する方法をとることによって達成し得る。注記することは、底部のドレン排出では、底板の溝部から沈降物を除去できる保証はないことである。
4.底部に溝ができないようにする。
既存タンクを持ち上げ、基礎を修復する。この場合、留意しておくことは、基礎は水張り試験を経て完成しており、新たに水を張って静置させなければならないことである。既設タンクの場合、計算に必要なデータを得るため、基礎とタンク地下の土壌を分析しなければならない可能性がある。この計算によって、形成する溝のリスクの有無を明らかにすることができる。新設タンクの場合、設計段階で基礎の詳細計算を実施すれば、溝形成のリスクを減らすことができる。
5.ライニング
ライニングはタンク底板と側板1段目に適用される。密着の良好なライニングは、腐食速度を大幅に低下させることができる。密着の良くないライニングでも、均一的な腐食を減らすことができるが、ライニング裏の孔食を促進させてしまう。ライニングの良好な密着性は、湿気、温度、ライニング種類、施工ステップなどの多くのパラメータに依存する。ライニングの厚さと密着性を確実に保証するためには、層毎に厚さを測定し、導電性試験を行い、無孔度試験を実施する必要がある。API
RP 652(Lining of Aboveground Petroleum Storage Tank Bottoms:地上式石油貯蔵タンクのライニング)には、ライニングの種類と長所・短所が記載されている。
6.腐食速度をベースにした内部検査の計画
● 内部検査の周期は、推定した腐食速度をベースにして決めるものである。これは、API
Std 653(Tank Inspection, Repair, Alteration, and Reconstruction:
タンクの検査、補修、改造、修復)に代表される一般的な考え方である。通常、底板の腐食速度は最も重要な事項のひとつである。局部的な腐食が問題となる場合、もっと速い局部腐食の速度をベースに内部検査の周期を決める。
● 内部の腐食速度は沈降物質を分析することによって決めることができる。建設材料と腐食特性(例えば、pH値)との相関による腐食速度線図にもとづいて、腐食速度を推定することができる。
API Std 653には、貯蔵タンクを安全に使用するための最小板厚について記載されている。沈降残留物の化学成分や腐食特性に大きな差異が予測される場合、これらを分析し、検査周期の計算を定期的に見直していかなければならない。底部の物質を分析することによって、他の腐食現象(例えば、微生物腐食)を把握することができる。
7.内部検査技術による対応
● 超音波肉厚測定を十字帯パターンでのみ実施する内部検査では、局部的な均一腐食を把握することは難しい。タンク底板における肉厚の変化状況を把握するためには、底板を全面的に検査しなければならない。フロアー・スキャン(走査式連続板厚測定)は、底板の局所的な変化(例えば、孔食)を測定するために極めて有効な手段である。しかし、フロアー・スキャンは底板肉厚の徐々の変化を把握するためにも用いられている。
● 貯蔵タンクの底板全面の状態について、フロアー・スキャンで得た情報の信頼性を確保するためには、ある条件を満たさなければならない。フロアー・スキャンによる結果についてライニングによる影響があるかチェックしなければならない。検査前に、フロアー・スキャンの実施者とよく協議して、問題ないことを明確にしておかなければならない。ケースによっては、測定を実施する前に、タンク底板全面をサンド・ブラストしなければならないこともある。この場合、事前にサンド・ブラストに関する基準について協議しておく必要がある。また、フロアー・スキャンを実施する請負者は、底板の清掃状況を確認しておくことが好ましい。
● フロアー・スキャン装置から出力される信号には、ドリフトが生じることがある。孔食を見つけるためにフロアー・スキャンを使用するならば、この現象は必ずしも問題であるというわけではない。孔食を検知した瞬間、ドリフトを含めて信号は大きく変化するので、孔食であることが分かる。しかし、底板における肉厚の徐々の変化をフロアー・スキャンで検知しようとすると、電気信号上のドリフトの影響は非常に大きい。
この問題を解決するには、各底板毎に何点かの超音波肉厚測定を実施することが有効である。フロアー・スキャン装置の信号を各底板の肉測値によって較正することによって、底板肉厚の徐々の変化値の信頼性を高めることができる。
8.外部検査技術の追加実施
● 上記で述べてきた内部検査に加えて、内部検査と内部検査の中間に外部検査を実施することよって、貯蔵タンクの腐食状態を知る新たな情報を集積することができる。これらの検査技術の中で貯蔵タンクの供用中に適用できるものは、腐食現象や腐食速度の状況をつかみきれていない場合には、特に有用である。
● この検査技術の中で一番使用されるのは、アコースティック・エミッション法(Acoustic
Emission Measurement:AE法)である。貯蔵タンクの側板にマイクロフォン(AEセンサー)を設置し、タンクから発せられる音波(AE)をとらえる。音波は集積され、ノイズ源はソフトウェアで処理される。全面腐食作用と関連する音は極めて高い周波数をもっている。データは処理されてマップ化し、AE源の位置や密度がわかるようにされる。AE技術では、腐食作用の評価としてグレードA(極めて小)からグレードE(腐食作用大)までの5段階にグレード分けされている。運用としては、例えばグレードEの評価結果の出た貯蔵タンクは、内部検査をすぐに実施する判断や早める判断、あるいは一定期間後にAE法を再度実施する判断を行なうことになる。
● AE法は漏洩も検知することができる。漏洩のときには、全面腐食作用で検知される周波数とは別な周波数が発生する。この技術によってタンク底板の微小孔を見つけ得る可能性がある。
● 腐食現象の兆候をつかむ別な技術としては、“ロングレンジ超音波探傷”(Long
Range Ultrasonics)がある。この技術は、ガイド波を用いることによってアニュラー・プレート部の状態を定性的に画像化する。底板全体の検知はできない。
● これらの外部検査技術は、腐食速度に関する定量的な情報を収集できるわけでなく、腐食速度にもとづく検査周期を大きく延長することに用いることはできない。
9.漏洩検知技術の適用
● 貯蔵タンクの供用中における底板からの漏洩検知に適用できそうな技術はいくつかある。可能な漏洩検知技術としては、土壌の導電率の変化を計測するものである。タンク基礎部に一定の距離でケーブルを敷設し、導電率の変化によって漏れを検知しようというものである。
● 大きな漏洩であれば、貯蔵タンクの液位の異常な偏差をとらえることによって検知できる。貯蔵タンクに連続液位計測装置が設置されていれば、制御プログラムに特別な警報をインストールすることは可能である。貯蔵タンクが液の出し入れの無い状況において、液位が低下すれば、警報を鳴らすようにする。
補 足
■ ベルギーの原油タンク流出事故は、当時、日本でも注目された事例で、現在、インターネット情報として読むことのできる資料はつぎのとおりである。
● 「ベルギーの油槽所で原油タンク底板が裂けて大量漏えい事故」(危険物技術保安協会、2007年2月15日)
● 「石油基地で原油タンクの底板が裂け大量漏洩」(石油エネルギー技術センター、2008年3月26日)
これらの原典は英国HSE(Health
and Safety Excutive)が出したつぎの安全警告の資料である。
● 「Safety Alert:Ruptureof an (atmospheric) crude oil storage tank」(Version1 November 2006)
今回のARIAの資料もこの原典をベースにまとめられている。
なお、ベルギー・アントワープ市のカロに建設された石油ターミナルには、発災当時、7基のタンクがあったが、現在は発災タンクが撤去されている。
現在の石油ターミナル (写真はグーグルマップから引用)
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現在の石油ターミナル
(写真はグーグルマップのストリート・ビューから引用)
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■ タンク基礎の種類について「砕石リング式」(Crushed
Rock Annular Ring)と称したが、一般には「盛り土基礎」のひとつである。タンク基礎の種類と消防法との関係は「危険物関係用語の解説(第6回)」(危険物技術保安協会、2009年7月)を参照。
■ 「アコースティック・エミッション法」(Acoustic
Emission Measurement:AE法)は、材料中で起こる局所的な変化で生ずる弾性波であるアコースティック・エミッション(AE)を計測し、採取したデータを解析して、部材や構造物の状態や健全性を診断する検査技術である。AE法は50年近くの歴史を持っており、世界
的には広範な工業分野への実用化が進められてきている。貯蔵タンク分野での開発も古く、日本でも基礎的研究が行われてきたが、腐食診断技術としての実用化の確立には至っていない。最近の状況については、「屋外石油タンクの底部腐食損傷のAEグローバル診断法に関するガイドライン」(石油エネルギー技術センター、2012年3月16日)を参照。
一方、欧米では、AE法の実用化に向けた着実な取組みが行われ、データベースが構築されてきた。貯蔵タンク分野でも、AE法による腐食損傷のスクリーニング検査技術として認知されており、規格化が進み、定着化している。
例えば、英国のフィジカル・アコースティクス社(Physical Acoustics Ltd.)では、TANKPACとして市販しており、内容は日本フィジカルアコースティクス㈱のウェブサイト「TANKPACTM試験技術パッケージ:地上置タンク底板のAE法による腐食損傷診断」を参照。この中で、AE試験結果をつぎの5段階のグレード分けの判定を行なうとしている。
A グレード: 腐食損傷は存在しないと考えられる。
B グレード: 80%程度の確率で、腐食損傷は存在しない。
C グレード: 60%以上の確率で、腐食損傷が存在する。
D グレード: 85%程度の確率で、軽微なものを含め腐食損傷が存在する。
E グレード: 90%程度の確率で、腐食損傷が存在する。また、この時、60%以上の確率で大規模な補修あるいは底板の一部交換などを必要とする重大な損傷が存在する。
A グレード: 腐食損傷は存在しないと考えられる。
B グレード: 80%程度の確率で、腐食損傷は存在しない。
C グレード: 60%以上の確率で、腐食損傷が存在する。
D グレード: 85%程度の確率で、軽微なものを含め腐食損傷が存在する。
E グレード: 90%程度の確率で、腐食損傷が存在する。また、この時、60%以上の確率で大規模な補修あるいは底板の一部交換などを必要とする重大な損傷が存在する。
タンクのAE計測の概念図 AE検出データの3次元表示と実際の損傷部の例
(図・写真はPacjapan.comから引用)
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■ 「ロングレンジ超音波探傷」(Long
Range Ultrasonics)は、ロングレンジUTや長距離超音波探傷とも呼ばれ、超音波探傷検査のひとつである。長距離を伝播するガイド波と呼ばれる特殊な超音波を用いて、探触子から遠く離れた腐食部などの形状変化部からの反射を検出して解析する技術である。この検査技術は、パイプラインほか、防油堤貫通部配管や保温配管の外面腐食の検査に応用されている。
ガイド波は平板や配管中を長手方向に伝搬する超音波であり、タンク底板にも応用できるが、アニュラー・プレートと底板はすみ肉溶接(段付き溶接)されているため、この溶接線が障害となり、底板部の減肉検出は難しく、アニュラー・プレートのみに限定される。
ロングレンジ超音波探傷によるタンク検査の概念図 検出データの表示例
(図・写真はEngineering-world.blogspot.jpから引用)
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■ 「フランス環境省
: ARIA」(French Ministry of Environment :
Analysis, Research and Information on Accidents)は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省 French
Ministry of Ecology, Sustainable Development and Energy)がフランスにおいて発生した事故について情報を共有化し、今後に活用するため、1992年から始めた事故の分析・研究・情報のデータベースである。有用な海外事故も対象にしている。
所 感
■ この事故調査レポートは良くまとめられている。タンク本体・基礎の基本仕様が明示され、事故時の状況と対応、事故原因の追及、教訓が的確に述べられている。教訓の中の「解決策の選択」の内容は、タンクにおける腐食対応に関する現在の技術レベルがまとめられている。これだけ総合的な観点で原因調査ができるならば、なぜ事前に事故の予防策がとれなかったのだろうと思ってしまう。
今回のベルギーの事故は極めて稀な事例ではあるが、当該事故の8年前、2007年に類似事故の「フランスで原油タンク底部が突然破れて油流出」が起こっている。これが事故というものである。事故は、設備や人(管理)に潜在している弱点を鋭く突いて、ある日、突然、顕在化するのである。
■ 日本では、消防法による法規制がタンク事故の未然防止に役立っている面があるのは事実である。一方、消防法に功罪があるとすれば、マイナス面のひとつは検査技術の進歩への妨げであろう。アコースティック・エミッション法(AE法)のタンクへの応用が知られてから随分経ち、日本での進展は遅い。国の補助金事業として1・2年AE研究をやっても実用化に至らない。実験室レベルで成功しても、雨・風・騒音などが微妙な外乱になる中では、実機の計測を増やし、実機の内部検査結果との合わせ込みを行なって深化させるしかない。海外では着実に進歩してきた。このような(外部)検査技術の進歩を阻害している要因のひとつは、法規制の存在であるのも事実であろう。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Aria.development-durable.gouv.fr,
Rupture of a crude oil storage tank, 25 October, 2005, Kallo – Belgium , DGPR / SRT / BARPI - IMPEL- No. 30934 , Sheet
updated: May 2007
後 記: 今回のARIA資料は、英国HSEの安全警告の情報をもとに作成されていますが、欧州のセベソ指令や産業事故の規模に関わる事項が追加されていました。このため、環境への被害と土壌汚染への対応について追記されています。事故当時、流出油の回収作業の速さに驚きましたが、今回の資料で堤内について10cm~1mの深さで土の入れ替えを行なったことがわかりました。油回収が速く、粘土質の土壌であったことから比較的入れ替え量が少ないとみられますが、それでも、最大、深さ1mの掘削を要したということです。堤内流出油の地下浸透に対しては、水の張込みが有効といわれていますが、消火泡の投入が水張り込みに寄与したかどうかについては言及されていません。おそらく、油回収を優先し、単独の水張込みは行われていないでしょう。
満ちゃん、よく調べていますね。 材料屋より
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