今回は、 2020年5月29日(金) 、ロシアのシベリア連邦管区クラスノヤルスク地方のノリリスク郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社が運営する火力発電所で、ディーゼル燃料油タンクの底板が損壊し、一気に油が流出した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、ロシア(Russia)のシベリア連邦管区(Siberia)クラスノヤルスク地方(Krasnojarsk)のノリリスク(Norilsk)郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)が運営する火力発電所である。NTEKは、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル(Norilsk Nickel)の子会社である。
■ 事故があったのは、TPP-3と呼ばれる火力発電所のディーゼル燃料油(軽油)タンクである。TPP-3は天然ガスの火力発電所で、ディーゼル燃料油はバックアップ用の燃料である。
ノリリスク・タイミル・エナジー社が運営する火力発電所付近 (写真はFocusmalaysia.my から引用) |
ロシアのノリリスクの位置 (写真はBbc.comから引用)
<事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2020年5月29日(金)、発電所にある燃料油タンクが損壊し、ディーゼル燃料油21,000トン超が流出した。流出した油は、15,000トンが水路を通じてアンバルナヤ川に、6,000トンが土壌を汚染した。
■ 油は現場から7マイル(11km)以上離れたところの川や湖の汚染が確認されており、川はあかね色に変わっている。
■ 地元当局は発生の2日後の5月31日(日)にSNS(社会交流サービス)の情報を受けて全容を把握したという。
■ 事故による負傷者やエネルギー供給への影響は出ていない。
■ 油が流れ込んだアンバルナヤ川には、応急処置としてオイルフェンスが展張されている。しかし、アンバルナヤ川は水深が浅く、バージ船のオイルフェンスで油膜を囲い込むことがむずかしい上、発電所が辺地にあることから、事故処理に必要な機材などの搬入が難しく、対応が遅れている。
■ ノリリスク・ニッケル社によると、90名の作業員によって汚染水500㎥を除去し、クリーンアップ作業は継続しているという。
被 害
■ 貯蔵タンクが損傷し、内部の燃料油が流出した。
■ タンク内にあったディーゼル燃料油が21,000トン流出した。6,000トンが土壌を汚染し、15,000トンは川を汚染した。
■ 負傷者は出なかった。
発電所の燃料油タンク (矢印が屋根の凹んだ発災タンク) (写真は、左;Headlines.yahoo.co.jp 、右; Washingtonpost.comから引用) |
発電所の燃料油タンク (矢印が屋根の凹んだ発災タンク) (写真はAssiette.ruから引用) |
発災タンクの基礎部 (写真は、左;1prime.ru、右; Mockva.ruから引用) |
発災タンク(屋根部が見えない) (写真はCdnimg.rg.ruから引用) |
< 事故の原因 >
■ タンクの底板部が損壊し、内部の油が漏洩したものとみられる。
(図はbesterra.co.jpから引用) |
■ 北極圏の温暖化は、世界の他の地域に比べ2倍のペースで進んでいるといわれている。実際、シベリア全域での永久凍土の融解は、曲がってしまった道路、倒壊してしまった家屋、伝統的な遊牧や農業における混乱など広範な問題を引き起こしている。
米国国立海洋大気庁によると、シベリアの一部で異常に暖かい気温になっており、1月以降の平均気温が長期平均を少なくとも5.4度上回っているという。
< 対 応 >
■ ロシア大統領は、6月3日(水)、非常事態を宣言し、国主導の除染作業に乗り出した。ロシア大統領は、発電所を運営するノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK)が事故報告を怠ったと異例の厳しい叱責を行い、非常事態省でクリーンアップ作業を行うこととした。
火力発電所は自分たちで漏洩を封じ込めようとし、非常事態省に事故を2日間報告しなかったという。クラスノヤルスク地方の知事は、事故の情報がソーシャルメディアに掲載された日曜日(5月31日)になって油流出を知ったという。
■ 重大犯罪の捜査を担当する連邦捜査委員会は、環境法令違反の疑いで捜査を開始した。連邦捜査委員会が公開した現場のものとされる動画には、燃料油タンクから流れ出す油やフェンスの下を流れる油が映っている。
(Youtube 「ТЭЦ-3. Норильск. разлив саляры !!!」を参照)
■ 環境保護団体グリーンピースは、6月3日(水)、環境被害が60億ルーブル(約95億円)超にのぼる恐れがあると指摘した。
■ アンバルナヤ川にはオイルフェンスが展張され、油がノリリスクから20km離れたピャシーノ湖(Lake Pyasino)、そして更に800km先にある北極海(Arctic Ocean)の一部であるカラ海(Kara Sea)に入らないように図られた。
(図はsiberiantimes.comから引用) |
■ 非常事態宣言を受け、ロシア非常事態省は、燃料の回収と汚染された土壌の入替えを行っている。ノリリスク・タイミル・エナジー社は、ロシア緊急事態省とともに五百人の職員を派遣して早期に混乱を収拾しようとしている。しかし、油の回収は約340トンにとどまっている。 5月29日の事故からすでに5日が経過しており、自然界への影響が心配されている。
■ 当局は、6月3日(水)時点で浄化には少なくとも2週間かかると推定しているという。
■ ノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK) は、事故のあったタンクと同じ構造の他のタンクについて、事故原因とタンク支柱の健全性が明らかになるまで、内液の燃料油を移送して空にすると発表した。
なお、同社によると、事故のあったタンクは2018年に修理が実施され、その後に水圧試験が行われたという。
■ 6月5日(金)、非常事態省は油の拡大を阻止したし、対策本部は「ディーゼル燃料油の拡大を阻止した。すべての方向で食い止められており、これ以上どこにも広がることはない」といっている。
■ 今回の流出事故は、1994年にロシア北極園のコミ地区(Komi)で大規模な油漏れがあったことを思い出させた。この事故では、パイプラインの破裂によって200万バレル(32万KL)の温かい油が流出して、永久凍土層が浸されてくずれやすくなったという。
(写真はTass.ruから引用) |
あかね色に変わった川 (写真はBbc.comから引用) |
オイルフェンスを展張した川 (写真はAfpbb.comから引用) |
欧州宇宙機関によって公開された衛星画像(5月31日撮影) (写真はThehindu.comから引用) |
油の回収作業(6月3日撮影) (写真はAfpbb.comから引用) |
油の回収作業 (写真はCdnimg.rg.ruから引用) |
土壌入替え工事 (写真はenergyland.infoから引用) |
補 足
■「ロシア」(Russia)は、正式にはロシア連邦といい、ユーラシア大陸北部に位置し、人口約1億4,600万人の連邦共和制国家である。
「シベリア連邦管区」(Siberia)は、ロシア連邦の地域管轄区分である連邦管区のひとつで、人口約1,900万人である。
「クラスノヤルスク地方」(Krasnojarsk)は、ロシア連邦の連邦構成主体の一つで、人口は285万人で、中心都市はクラスノヤルスク市である。
「ノリリスク」(Norilsk)はクラスノヤルスク地方の北部に位置し、中央シベリア高原にある人口約135,000人の市である。ノリリスクは、ニッケル鉱山のほか、銅やコバルトなど種々の金属を産し、冶金業を中心にロシア有数の工業都市である。一方、ノリリスクの気候は人間が住むには過酷な環境で、 1年のうち250日ほどは雪に覆われている。冬の寒さは厳しく、2月の平均気温は-35℃に達し、年間平均気温は-9.8℃である。
■「ノリリスク・タイミル・エナジー社」(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)は、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル社(Norilsk Nickel)の子会社で、 5つの発電所を運用する。発電所は、3つの火力発電所(ノリリスク火力発電所1、ノリリスク火力発電所2、ノリリスク火力発電所3)と2つの水力発電所で、合計の発電量は2,246 MWである。
事故のあったノリリスクTPP-3と呼ばれる発電所は1978年に建設され、燃料は天然ガスでバックアップ燃料がディーゼル燃料油である。発電の主目的はナジエジュダの冶金工場の電力を供給するものであるが、冶金生産で利用された蒸気を受取り、効率化を図っている。
ノリリスク・タイミル・エナジー社発電所(左)とTPP-3基礎ピットの建設写真(右) (写真はZavodfoto.livejournal.comから引用) |
■ 油の流出量は報じられているが、「発災タンク」の大きさは報道されていない。グーグルマップで見ると、ノリリスク郊外に発電所施設があり、近くに貯蔵タンクが4基ある。平面で見ると、この4基は同じ直径である。グーグルマップによると、タンク直径は約46mである。タンク写真から高さと直径の比率を調べると、約0.40なので、高さは約18mとなる。従って、容量は30,000KLとなる。ディーゼル燃料油の比重を0.82とすれば、容量30,000KLは24,600トンとなる。これらから、発災タンクは直径約46m×高さ約18m、容量30,000KLクラス級のコーンルーフ式タンクとみられる。タンク内には、バックアップ用のディーゼル燃料油がほぼ満杯に近い状況で貯蔵されており、全量が流出したものだと思われる。
一方、疑問があるのは、4基のタンクのうち発災タンクの側板だけが高くなっている。しかも、側板の下部に保温止めのような円環が付いており、理由は判然としない。また、ほかの3基は屋根の形からドームルーフ式タンクのように見える。発災タンクは支柱があると報じられているので、コーンルーフ式タンクとしたが、タンク型式や構造は断定できない。
発災タンクと隣接タンクのまわり (写真はRia.ruから引用) |
事故前の発災タンクと隣接タンク (写真はGoogleMapから引用)
所 感
■ 今回のタンク事故について、異常な気温上昇の中で永久凍土が溶けたため、タンクを支えていた構造物(支柱)が崩壊したと事業所はみている。地球温暖化が要因であるというのは、興味をひく説である。
しかし、底板が裂けて油が流出した事故はつぎのような事例があり、いずれも底板の腐食とタンク基礎の不良が要因である。
● 2005年10月、「ベルギーで原油タンク底部が裂けて油流出」
● 2007年1月、「フランスで原油タンク底部が突然破れて油流出」
■ 今回のタンク事故は、異常な気温上昇で永久凍土が溶けたという理由ではなく、底板の腐食とタンク基礎の不良が要因で、タンク底板が裂け、油が一気に流出したものだと考える。油が一挙に流出したため、タンクが減圧になり、タンク支柱を含め、屋根部が損壊したのではないかと思う。当該タンクは、2018年に修理をしたということなので、今回の事故に関連していることも考えられる。
■ タンクには、防油堤が設置されているが、容量が少ない上にほとんど有効に機能していない。 保有空地確保の問題ではなく、年間平均気温が-9.8℃で、 1年のうち250日ほどは雪に覆われ、工事期間を短くしたいという厳しい気候の影響であるように思う。また、タンク側板部の状況やタンク基礎部の状態をみると、バックアップ燃料用タンクにはコストをかけないという意識が根底にあるようにも感じる。
■ 油流出対応について緊急事態省は油の拡大を阻止し、これ以上広がることはないといっているが、油の回収作業は難航している。回収作業の写真は発災から5日経った6月3日(火)時点のもので、比較的作業条件の良いところと思われるが、回収がどんどん進んでいるようには見えない。あかね色の油膜に覆われた川は10km先まで続いているようであり、重油でなく比較的取扱いの容易なディーゼル燃料油とはいえ、流域は湿地と沼地が多く、15,000トン(18,000KL)の回収には時間がかかりそうである。
備 考
本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。
・Afpbb.com, ロシアで軽油1万5,000トンが川に流出、プーチン氏が非常事態宣言, June 05, 2020
・Nikkei.com, ロシア北極圏で燃料流出事故、非常事態宣言を発令, June 04, 2020
・Headlines.yahoo.co.jp, ロシア 発電所で大量軽油漏れ…河川を汚染, June 04, 2020
・Yahoo.co.jp, ディーゼル油2万トンが流出 シベリア地方火力発電所から, June 04, 2020
・Aljazeera.com, Russia's 20,000-tonne diesel spill pollutes waterways in Siberia, June 04, 2020
・Nytimes.com, Russia Declares Emergency After Arctic Oil Spill, June 04, 2020
・News.infoseek.co.jp, ロシア・シベリア軽油流出事故、拡大阻止と当局, June 05, 2020
・Bbc.com, Arctic Circle oil spill prompts Putin to declare state of emergency, June 04, 2020
・Themoscowtimes.com, Massive Thermal Plant Fuel Leak Pollutes Siberian River, June 03, 2020
・Cbc.ca, Russia declares state of emergency in Siberia after 18,000 tonnes of diesel fuel spilled Social Sharing, June 04, 2020
・Tass.ru , Режим ЧС ввели в Норильске и на Таймыре после разлива нефти на ТЭЦ, June 01, 2020
・Rbc.ru , «Норникель» уберет топливо из хранилищ типа аварийного резервуара, June 05, 2020
後 記: 今回の事故は、ロシア大統領がTV会議で叱責する場面が注目されすぎて、事故そのものや回収作業の状況が追随していません。6月7日に米国の国務長官が支援の用意があるというコメントを出しましたが、これも政治的なスタンドプレーとしか思えません。肝心の事故の内容より一般受けするためか、最近、この種の話が多いですね。
一方、ロシアの事故としては報道記事や写真は比較的多く、事故の要因を考えるだけの情報はあったといえます。しかし、ロシアの中でもモスクワから遠いシベリアという地方で起こった事故であり、また新型コロナウイリスの影響で現地取材できないメディアが多い所為か、時間が経過しても内容があまり深まらないという印象でした。
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