今回は、 2020年5月22日(金) 、マレーシアのヌグリ・スンビラン州ポート・ディクソンにあるヘンユアン製油所の原油貯蔵タンクで落雷によってリムシール火災が起こった事例を紹介します。
(写真はCyber-rt.infoから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、マレーシア(Malaysia)ヌグリ・スンビラン州(Negeri Sembilan)のポート・ディクソン(Port Dickson)にあるヘンユアン製油所(Hengyuan Refinery)である。製油所の通油能力は156,000バレル/日である。
■ 事故があったのは、ヘンユアン製油所の貯蔵タンク地区にある原油貯蔵タンクである。貯蔵タンクは直径60m×高さ23mで、容量53,500KLである。
ヘンユアン製油所(事故前)(矢印が発災タンク) (写真はRediff.comから引用) |
ポート・ディクソンのヘンユアン製油所付近(矢印が発災タンク) (写真はGoogleMapから引用) |
<事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2020年5月22日(金)午後4時20分頃、原油貯蔵タンクで火災が起こった。
■ 目撃した人の話によると、火災は落雷をきっかけに発生したという。黒煙が立ち昇り、遠いところからも見えた。
■ 発災に伴い、消防隊が出動した。ポートディクソン消防署のほか、テルックケマン消防署とスレンバン消防署から消防士38名がハズマット隊(Hazmat)の隊員とともに現場に急行した。
■ 炎はタンク屋根と側板の間のシール部で上がっており、リムシール火災であることが分かった。
(写真はfreemalaysiatoday.comから引用) |
(写真はFocusmalaysia.myから引用) |
■ ヘンユアン製油所によると、火災はひとつのタンク地区に限定されているという。
■ 事故に伴う負傷者は出なかった。
■ 製油所の稼働には、火災の影響は無かった。
■ インターネットには、ドローンで撮影した火災状況の動画が投稿されている。
(Youtube 「PortDickson Hengyuan Refinery tangkisimpanan terbakar」を参照)
被 害
■ 浮き屋根式貯蔵タンク1基の屋根シール部が焼損した。このほかに損傷した部品があるとみられるが、詳細はわからない。
■ タンク内にあった原油が一部焼失した。燃えた油量はわからない。
■ 負傷者は出なかった。
< 事故の原因 >
■ 落雷によって浮き屋根シール部の原油ベーパーが着火したものとみられる。
< 対 応 >
■ ヘンユアン製油所の消防隊は25名だったが、近くのペトロン・ポート・ディクソン製油所(Petron Port Dickson Refinery)が相互応援協定にもとづき、消防士10名を派遣し、支援した。
■ 当初出動した消防士は38名だったが、その後増強され現場で活動した消防士は124名に及んだ。
■ 火災はおよそ10時間燃え、消火活動によって5月23日(土)午前1時52分に鎮火した。
■ ヘンユアン製油所は、消防署、警察、マレーシア労働安全衛生省およびその他の地方関係当局に対して、ヘンユアン製油所と協力して火災の消火活動への取り組みに対する深い感謝の意を表明した。
(写真はThestar.com.myから引用) |
(写真はIndustrialfireworld.comから引用) |
(写真はFocusmalaysia.my から引用) |
補 足
■「マレーシア」 (Malaysia)は、中国地方に位置する人口約1,347,000人の県で、県庁所在地は山口市(人口約194,000人)で、最大の都市は下関市(人口約254,000人)である。
「ヌグリ・スンビラン州」(Negeri Sembilan)は、マレー半島の西海岸に位置し、人口約110万人の州である。
「ポート・ディクソン」(Port Dickson)は、ヌグリ・スンビラン州にあり、人口約12万人の市である。
マレーシアの位置と周辺国(図はI-socialdesign.comから引用) |
■「ヘンユアン製油所」(Hengyuan Refinery)は、1960年に設立し、以前はシェル精製会社が所有していたが、2016年に中国の山東省にあるヘンユアン石油化工(Hengyuan Petrochemical Co; 中国では、山東恒源石油化工という)の子会社である。なお、製油所の通油能力は156,000バレル/日である。
■「発災タンク」の大きさはメディアによって異なるが、「直径60m×高さ23mで容量53,500KL」とした。この直径×高さの場合、 容量は65,000KLとなる。グーグルマップで特定した発災タンクは直径約55mであり、高さを23mとすれば、容量は約54,000KLとなる。映像で見ると、発災時の容量はほぼ満杯である。
発災タンク(中央下) (図はGoogleMapから引用) |
■「リムシール火災」は浮き屋根シール部だけの火災で、当ブログで紹介した事例は、つぎのとおりである。
● 2009年7月、「米国テキサス州で浮き屋根式タンクに落雷して火災(2009年)」
● 2018年8月、「テキサス州ウィチタ郡の貯蔵タンク基地でリムシール火災」
所 感
■ 今回のタンク火災について消防活動の詳細な状況は記事になっていないが、ドローンの映像を見て消火戦略・戦術について疑問点や留意事項を列記する。
● タンクには、固定泡消火設備が設置されているように見えるが、機能していない。機能しなかった理由は分からないが、タンクへの泡放出口や配管が有効であれば、消防車の泡混合設備を使って固定泡消火設備で消火を試みるべきである。
● タンクは防災道路に囲まれ、かつ風も穏やかで三方向から放水可能という好条件だった。消防車は3箇所に配置されているが、配置場所が最適とはいえない。また、配備直後のためか、泡放射や冷却放水は行っていない。
● 隣接タンクへの冷却を行うための消防車が1台配置され、この消防車は放水をしている。しかし、距離が遠いためか、タンクの下部に放水しており、有効ではなく、タンク側板頂部に向けるべきである。ただ、一般的には隣接タンクに常時、冷却水を放水する必要はない。タンク側板部に水蒸気が出ていれば、冷却する必要があると見て放水し、水蒸気が出ていない状態であれば、冷却の放水を停止する。タンク側板が再び熱せられた場合、冷却を再開する。
● 撮影は初期の状況だと思われるが、消防車(配備)が不足しており、近隣の消防隊の支援を要請しているのは適切である。
● 消防車の台数が増え、浮き屋根部に大量の消火水を注水すると、浮き屋根が沈降し、全面火災になるので、これを回避しなければならない。
● リムシール火災を消防車の泡放射ノズルで対応する場合、手前側の側板部によって死角ができる。
● 消火活動が長くなると、屋根シール部付近の側板が火災で熱せられ、一旦、消えた炎が再燃することがあり、タンク側板部に消火水をかけ、冷却する。
● これは推定であるが、消防車による消火活動はうまく行かず、最終的にはタンク階段部を確保し、水を噴霧して防護した上でタンク頂部から消防隊が手動の消火泡モニターノズルで火災部を消火したのではないだろうか。
映像では大したことはないように思えるが、意外に長時間(今回の火災では10時間)を要す火災であることを示す事例である。
発災タンクへの消防車の配置状況、隣接タンクへの消防車の配置状況 (写真はYoutube.comから引用) |
隣接タンクへの放水、リムシール火災の状況 (写真はYoutube.comから引用) |
■ タンクの被災映像によると、火災はタンク全周でなく、ところどころから火の手が上がっており、屋根シールはメカニカルシール(メタルシール)の可能性が高い。日本では、ウレタンフォームを圧縮した状態で包み込むフォーム・ログ・シール方式である。メカニカルシールは火花発生の可能性が指摘されているが、リムシール火災時には、火炎放出が限定される利点がある。フォーム・ログ・シール方式では、シール(ウレタン)がすぐに燃えてしまい、大きな全周のリムシール火災になる可能性があることを認識しておく必要がある。
備 考
本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。
・Tankstoragemag.com, Fire at storage tank at Hengyuan Refinery, Malaysia, May 26, 2020
・Industrialfireworld.com, Thunderstorm Ignites Storage Tank Seal Fire in Malaysia, May 22, 2020
・Focusmalaysia.my, Fire at PD oil refinery, no injuries reported , May 22, 2020
・Focusmalaysia.my, Fire at Hengyuan Refining storage tank in Port Dickson put out, May 23, 2020
・Hydrocarbonprocessing.com, Oil storage tank catches fire due to lightning at Hengyuan's Malaysian refinery, May 22, 2020
・Reuters.com, Oil storage tank catches fire due to lightning at Hengyuan's Malaysian refinery, May 22, 2020
・Freemalaysiatoday.com, Oil tank at PD refinery catches fire, May 22, 2020
・Bernama.com, Fire at Hengyuan refining's storage tank in Port Dickson put out, May 23, 2020
・English.astroawani.com, PD oil refinery fire has not affected supply – Nanta, May 23, 2020
・Cyber-rt.info, Lightning strike sparks PD oil refinery fire , May 23, 2020
後 記: 今回の事故で、もっとも火災状況を把握できたのがドローンによる映像です。日本における「ドローンによる貯蔵タンク内部検査の活用」(2020年4月22日)の「プラントにおけるドローン活用事例集」で浮き屋根式タンクの屋根の状態を早期に確認するための撮影の事例(実証実験)を紹介しましたが、その中で、安全対策として防爆エリアへの落下・侵入を回避するため、リスクアセスメントを実施し、離隔距離の考え方をとるため、死角が発生することが述べられていました。しかし、マレーシアのドローンはそんなことはお構いなしで、発災タンクの真上を飛んでいます。「サモアの石油貯蔵施設で石油タンクが爆発して死者1名」(2016年5月)でも、発災タンクの真上を飛んでいるドローンの映像を紹介しましたが、今回のドローンの解像度は飛躍的によくなったと感じる事例です。おそらく、現場にいる非常事態対応の指揮所より把握できているでしょう。
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