今回は、 2020年6月3日(火)、 インドのクジャラート州バルーチ地区にあるヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場で起こったケミカルの硝酸用貯蔵タンクの爆発・火災事故を紹介します。
< 施設の概要 >
■ 事故があったのは、インド(India)グジャラート州(Gujarat)バルーチ地区(Bharuch)ダヘジ(Dahej)にあるヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)の化学工場である。
■ 発災があったのは、化学工場で使用するケミカルの硝酸用貯蔵タンクである。
クジャラート州のヤシャシュビ・ラサヤン社付近 (写真はGoogleMapから引用)
ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場 (写真はGoogleMapから引用) |
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2020年6月3日(水)の正午頃、化学工場のケミカル用貯蔵タンクで大きな爆発があり、引き続いて火災となった。
■ 爆風によって化学工場の設備が被災したほか、隣接したペトロネットLNG社の事務所の窓ガラスが破損した。爆発は非常に大きかったため、10km離れた村でも聞こえたという。黒煙はカンベイ湾の向こう側にあるバブルガルの村でも見えた。
(写真はThestatesman.comから引用) |
■ 発災当時、現場には200名以上の労働者がおり、大半はウッタル・プラデーシュ州(Uttar Pradesh)とビハール州(Bihar)からの移住者だった。工場では合計450人の従業員が働いている。
■ 発災に伴い、消防士11名が6台の救急車で現場に急行した。その後、午後4時までにおよそ15の消防署が火災の消火に携わった。
■ 現場を確認したところ、貯蔵タンク近くで5名の遺体が見つかり、70名以上の負傷した作業員が近くの病院へ搬送された。うち33名は治療を受けて退院した。当局は、予防措置として近隣の2つの村の住民約4,800人を避難させた。
■ その後、死亡者は10名に増え、負傷者は77名となった。
■ 発災場所近くには、水素、二酸化硫黄、キシレン、メタノールを貯蔵するタンクがあり、危険にさらされた。
■ 当初、爆発したのはメタノールとキシレンのケミカルタンクだという情報が流れたこともあったが、発災したのは硝酸用貯蔵タンクだった。
■ 火災は、同日の午後5時30分頃、鎮圧された。
■ 今回の爆発は長期にわたって社会生活への影響が懸念される。ケミカルの燃焼物が雨とともにナルマダー川へ入り、生態系と環境に悪影響を与えることになる。
■ 爆発後の現場の状況がユーチューブの動画で流されている。
(Youtube 「40workers injured, Masive blast at a chemical factory Gujarat」を参照)
(写真はThequint.comから引用) |
被 害
■ 硝酸用の貯蔵タンク1基が爆発で損壊した。
内液の硝酸18トンと硫化ジメチル25トンが混合され、化学反応を生じて爆発し、焼失した。
■ 近くの設備や建物が爆風によって被災した。被災の範囲や程度は不詳である。
■ 事故に伴い、死傷者が87名出た。うち、死亡者が10名、負傷者が77名だった。
■ 発災場所の近隣住民約4,800人に避難勧告が出された。
< 事故の原因 >
■ 原因はタンカーから貯蔵タンクへのケミカル移送時の運転ミスである。6月2日(火)、タンカーから貯蔵タンクへ荷下ろしする際、硫化ジメチルタンクへ硝酸を、硝酸タンクへ硫化ジメチルを入れ間違いした。
作業員は間違いを上司へ報告した。しかし、それまでに18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。事業所は、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって、6月3日(水)正午頃、硝酸タンクが爆発してしまった。
(写真は、左; Cdn.24.co.za、右;Thelallantop.comから引用) |
< 対 応 >
■ グジャラート州政府の労働安全衛生局(DISH)は、事故が発生したヤシャシュビ・ラサヤン社に閉鎖通知を発行し、ダヒジにあるすべての工場の監査を命じた。
■ 6月11日(木)、警察は事故に関する一次情報報告書(First Information Report)を出した。それによると、ケミカル用貯蔵タンク内の爆発要因は、発災前日に、硫化ジメチル(DMS)と硝酸(HN03)をタンカーから貯蔵タンクへ移送する際、人為的なミスがあり、貯蔵タンク内で化学反応と爆発が一連で起こったという。
■ 報告書では、 事故のあった前日の6月2日(火)午後12時30分頃 、硝酸を積んだタンカーと硫化ジメチルを積んだタンカー2隻が、それぞれ貯蔵タンクへ荷下ろしするため、ヤシャシュビ・ラサヤン社の桟橋に着いた。契約社員であるふたりの作業員は2隻のタンカーと貯蔵タンクへの配管にホースで接続したあと、移送が開始された。その後、ふたりは現場を離れた。
約2時間後、ケミカルの荷下ろしが完了する少し前に、契約社員のひとりが2隻のタンカーの接続ホースの状況をチェックした。そのとき、硝酸タンクと硫化ジメチルタンクへの接続が逆になっていることに気がついた。契約社員のひとりは荷下ろし作業を止め、工場の上司に間違いをしたことを報告した。
■ その時までに、18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。しかし、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって硝酸タンクが爆発してしまった。
■ この爆発で10名の労働者が死亡したが、そのうち6名は即死で、4名は病院で死亡した。また、爆風によって近くにいた作業員の77名が負傷した。
(写真はYoutube.comから引用) |
(写真はYoutube.comから引用) |
(写真はYoutube.comから引用) |
補 足
■「インド」(India)は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸の大半を領してインド洋に面し、人口約13億3,400万人の連邦共和制国家である。首都はニューデリー、最大都市はムンバイである。
「クジャラート州」(Gujarat)は、インドの西端に位置し、インダス渓谷文明の中心地域のひとつとして歴史があり、人口約6,000万人を超える州である。
「バルーチ地区」(Bharuch)は、グジャラート州の西部に位置し、人口約15万人の地区である。
「ダヘジ」(Dahej)は、クジャラート州バルーチ地区にある貨物専用の港町である。
昨年、当ブログで取り上げたインドにおける事故は、つぎのとおりである。
● 2019年4月、「インドの化学プラントでタンクから無水酢酸が漏洩、被災者55名」
● 2019年12月、「インドのクジャラート州でメタノール・タンクが爆発、死亡者4名」
(図はAmeblo.jpから引用) |
■「ヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)は、化学会社パテル社(Patel)のグループ会社で、1990年に設立し、最初にベータナフトールを生産し始めた。現在は、パラニトロアニリン(PNA)、パラクロロアニリン(PCA)、パラクロロアニリン塩酸塩、2,5ジクロロアニリンなど多様なケミカルを生産している。2005年には、クリーンな技術を開発することを目的として接触水素化設備を稼働させている。
■「発災タンク」は、硝酸用の貯蔵タンクということだけで、タンク型式や形状は分からない。グーグルマップで化学工場内を調べたが、情報が十分でなく、特定に至らなかった。発災タンクには、硝酸液が18トン+硫化ジメチル液25トン=計43トン入っていたことになり、石油タンクのような大きいタンクではなさそうなので、容量50~100KL程度のタンク(または圧力容器)ではないかと思われる。
ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場のタンク (写真はGoogleMapから引用) |
■「硝酸」(HN03)は、無色透明の腐食性の強い有毒な液体で、比重1.50である。濃硝酸は強い酸性で,金・白金を除くほとんどの金属を酸化して溶かす。この強力な酸化力を利用してロケットの酸化剤や推進剤として用いられる。可燃物と混合すると発火・爆発の危険性のあるケミカルである。
■「硫化ジメチル」(DMS) は、化学式はC2H6Sで、無色透明のキャベツが腐ったような特徴的な臭いのある液体で、比重0.84である。強酸化剤と激しく反応し、火災や爆発の危険をもたらす。
所 感
■ 爆発の原因は運転ミスで、2つのケミカルの荷揚げに際して逆のタンクへ移送してしまったことが最初の失敗である。この単純な人為的ミスについて背景を考えてみる。
● 2隻のタンカーの着桟が重なってしまった。
● タンカーの滞船料を考えて急いで接続ホースをつないでしまった。
● 作業は契約社員であった。
● 接続を確認する仕組みが無かった。
● 常時、危険なケミカルを扱っていたので、混合した場合の危険性の認識が希薄になっていた。
■ 逆につないだことに気がついた後、作業員は上司に報告している。このあとの役職者と経営陣の判断と対応が間違っていたことが爆発に至った大きな要因である。
失敗をなくすためには、①ルールを正しく守る、②危険予知を活発に行う、③報連相(報告・連絡・相談)によって情報を共有化する、の3つが必要である。今回のような場合、階層ごと(作業員、役職者、経営陣)に、それぞれのルール、危険予知、報連相について考えてみるのがよい。そうすると、どこに抜けがあり、弱点が潜んでいたのか浮き彫りになるだろう。
■ 爆発後の火災は約5時間30分続いている。被災写真では、消防車が遠くから消火(泡)水をかけている様子が見られるが、道路には爆風で近隣設備の破片が散乱しており、近寄ることができなかったと思われる。また、住民に避難勧告を出しており、どのようなケミカルが燃えているのか、あるいは危険性があるのかを把握できなかったと思われる。消火戦略には、「積極的戦略」、「防御的戦略」、「不介入戦略」の3つがあるが、今回の場合、初動の消火戦略としては「不介入戦略」で妥当だったと考える。また、おそらく、実質的に火災は燃え尽きてしまったのではないだろうか。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Firedirect.net, India – Blast In Chemical Factory: 8 Killed, More than 50 Injured, June 05, 2020
・Indianexpress.com, Two more die in Bharuch chemical factory blast, toll now 10, June 05, 2020
・Timesofindia.indiatimes.com, T Gujarat: 5 dead, 57 injured as explosion rocks Dahej pestici, June 03, 2020
・Timesofindia.indiatimes.com, Yashashvi Rasayan blast: FIR registered against seven company employees, June 11, 2020
・Thelogicalindian.com, Gujarat: Eight Killed In Chemical Factory Blast, Several Injured, June 05, 2020
・Newsclick.in, Gujarat:FIR Against 7 Officials of Dahei Chemical Company After 10 Works Die in Blast, June 15, 2020
・Downtoearth.org.in, Dahej blast: Industrial accidents will stop only if factories observe rules, June 10, 2020
後 記: 今回の事故は、インドのケミカル(薬品)を取り扱っている化学工場で起こったもので、事故の原因は調査中ということで終わるだろうと思っていました。ところが、今回は警察による“一次情報報告書(First Information Report)”が作成され、発災からわずか8日目に公表されました。海外の国のなかには、通常、調査ステップが設定され、プレ、中間、最終案、最終報告書の順番で行うところがあります。今回の事故は多くの死傷者が出て、たくさんの住民が避難させられたという社会的影響が大きかった所為もあるでしょうが、一時情報報告書が公表されたものだと思います。警察の報告書ですので、当然ですが、個人名(法違反の容疑者)を出しています。しかし、個人名を出さないようにすれば、一時情報報告書の仕組みは世の中の失敗を教訓に変えるものだと感じます。
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