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2017年10月21日土曜日

テキサス州バレロ社のタンク浮き屋根沈降による環境汚染

 今回は、8月27日(日)、テキサス州ヒューストンにあるバレロ・エナージー社のヒューストン製油所において、ハリケーン・ハービーの豪雨によって原油貯蔵タンクの浮き屋根が沈降し、環境汚染について問題になった事例を紹介します。
バレロ・エナージー社のヒューストン製油所
(写真はReuters.comから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、テキサス州(Texas)ヒューストン(Houston)にあるバレロ・エナージー社(Valero Energy Corp.)のヒューストン製油所である。

■ テキサス州南部にハリケーン・ハービー(Hurricane Harvey)が上陸し、各所の石油施設が被災したが、ヒューストン製油所のタンク施設でも影響を受けた。事故が起ったのは、タンク地区にある直径190フィート(58m)の浮き屋根式の原油貯蔵タンクである。

< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2017年8月25日(金)、米国テキサス州南部にハリケーン・ハービーが上陸した。上陸時の勢力は中心気圧938hPa、最大風速58m/sで、ハリケーン分類の上から2番目に強い「カテゴリー4」だった。上陸後、勢力は弱まったものの、速度が落ち、テキサス南部に停滞した。ヒューストン周辺では、5日連続で雨が降り続き、総降水量が米国本土の最高記録である1,318mmに達し、多くの石油施設に影響が及んだ。

■ バレロ・エナージー社ヒューストン製油所では、豪雨により浮き屋根式タンク1基の浮き屋根が沈降し、貯蔵されていた原油が防油堤内に漏洩するとともに、油面が曝露してベーパーが大気へ放出した。漏洩した油量は分からないが、堤内に留まり、クリーンアップ作業が行われた。

■ 8月27日(日)、バレロ・エナージー社は、第一報として、貯蔵タンクの屋根の部分的な陥没によって、ベンゼン6.7ポンド(3kg)、不特定な揮発性物質3,350ポンド(1,520kg)が放出されたと米国環境保護庁(The U.S. Environmental Protection Agency: EPA)へ報告した。

■ これに対して、米国環境保護庁は、東ヒューストンのマンチェスター地区に放出された量をかなり過小評価していると指摘した。調査が完了するまで、正確な量は公表しないと語った。この件についてバレロ・エナージー社からは何のコメントも行われていない。

■ 以前、住民地区にあるヒューストン市と環境保護団体の大気モニターがベンゼン濃度(短時間曝露)について国の規制値を超えて2倍の値を測定していたことがある。ベンゼンは原油やガソリンに含まれている発がん性物質である。

■ バレロ・エナージー社ヒューストン製油所から放出されたベンゼンは、ハリケーン・ハービー通過後にヒューストン地区にある大気モニターによって検出された有毒化合物質の中で最も高い濃度の値だった。一方、この傾向は他の都市のベイタウンやポートアーサーでも同様に見られた。

■ 環境保護団体によると、9月4日(月)に検出されたベンゼン濃度は324ppbで、国の許容値である180ppbの2倍近かった。これは連邦政府が労働者に特別な呼吸装置を推奨するレベルを上回っている。

■ 米国環境保護庁は、9月5日(火)、「タンク屋根の事故時点におけるタンク内に入っている油の量からすれば、屋根陥没後にすぐにタンクから大量に放出される。当該事業所はタンク内容物の移送を行って減量に努めるとともに、泡の投入によって放出される量をできるだけ抑えるようにすべきである」と語った。

■ 直径190フィート(58m)の貯蔵タンクからは、9月8日(金)の時点でも、“中規模”の放出が続いていることが米国環境保護庁の調査で明らかになった。バレロ・エナージー社は、ポンプを使用して当該タンクから原油を抜き取っている最中であり、さらにタンク内に沈降した屋根を撤去する安全な方法を検討していると米国環境保護庁へ回答した。

被 害
■ 原油貯蔵タンクの浮き屋根が沈降してしまうような物損が出た。また、操業ロスなどの被害が出ているが、被害額は分かっていない。

■ 原油貯蔵タンクの油面が大気に直接曝露して、大気に環境汚染物質が放出された。 バレロ・エナージー社の第一報では、ベンゼン6.7ポンド(3kg)、不特定な揮発性物質3,350ポンド(1,520kg)が放出されたと報告した。しかし、米国環境保護庁は過小評価だと指摘した。

< 事故の原因 >
■ 事故の直接原因はハリケーン・ハービーによる風水害である。
 間接原因としては、原油貯蔵タンクの屋根の雨水排水系の保守が十分でなく、何らかの要因によって閉塞し、豪雨時の雨水が排出できずに、屋根が部分的陥没したものとみられる。

< 対 応 >
■ バレロ・エナージー社は、事故が豪雨の所為であり、タンク屋根の雨水排水系から漏洩した油を事業所員が迅速な行動で封じ込めた点は評価されるべきと反論した。さらに、クリーンアップの状況は米国沿岸警備隊が確認しているし、タンクからの放出に関するモニタリングについては州と米国環境保護庁に協力していると述べた。

<ハリケーン・ハービー襲来によるテキサス州の環境汚染 >
■ ハリケーン・ハービー襲来後、テキサス州において有害な化学物質が流出したと各機関に報告されている。8月23日(水)~9月3日(日)の間に、油、ケミカル、廃水などが流出したという報告は96件にのぼっている。

■ 米国環境保護庁によると、流出した化学物質の正確な量を推定することは難しいという。第一報は目視で観察した結果が報告されており、米国環境保護庁や他の機関が確認のため現場に到着したときには、クリーンアップが終わっているケースや、すでに構外のどこかに流れ出てしまっているケースもある。けれども、米国沿岸警備隊は、油流出やケミカル流出の事故報告について追跡調査し、結果を公表することができる。

■ 環境保護団体によると、米国環境保護庁などに出されている事故報告は氷山の一角にすぎないと指摘する。キンダー・モルガン社(Kinder Morgan)は、 8月27日(日)に500バレル(80KL)ものガソリンを流出させ、報告を出しているが、大きな問題になっていない。キンダー・モルガン社は流出した油を泡で覆い、公共の地区には出ていないという。 

■ 米国環境保護庁や自治体当局は、洪水の水に細菌や毒性化学物質が含まれている可能性があると警告しているが、その発生源や量についてはほとんど言及していない。各所における下水や廃水処理系からの流出は少なくとも80件にのぼる。
 環境保護団体は、住民が洪水後の清掃作業を行い、家屋の修復を始めると、汚染水に接触し、病気にかかる可能性があると指摘している。

■ テキサス州ハリス郡には、ダイオキシン類、鉛、ヒ素、ベンゼンなどの有害物質に汚染されてスーパーファンド・サイトの対象になっている工業団地が被災しているが、少なくとも14箇所がハリケーン・ハービーによって洪水で浸水したり、損傷を受けている。米国環境保護庁によると、13箇所について評価し、2箇所に改善努力が必要という結果だった。これらのスーパーファンド・サイトでは、重大な健康上のリスクを伴っており、サイトの多くは石で覆われた防水シートによって防護されているにすぎない。 

■ 環境保護団体によると、洪水によってスーパーファンド・サイトに存在する毒性物質が地域社会へ拡散することになり、汚染水に直接接したり、汚染された魚介類を食べることによって住民が病気にかかる恐れがあると懸念している。 
ハリケーンによる被災状況
左のタンク浮き屋根は沈んでいるように見える)
  (写真Chron.comから引用)
ハリケーンによる被災状況
(タンク地区がすべて浸水している)
  (写真Whio.comから引用)
                 ハリケーンによる被災状況  (写真Huffingtonpost.comから引用)
                ハリケーンによる被災状況  (写真ocregister.comから引用)
補 足
米国の主な都市とヒューストンの位置
(写真Ameblo.jpから引用)
■ 「テキサス州」(Texas)は、米国南部にあり、人口約2,780万人の州で、州都はオースティンである。
 「ヒューストン」(Houston)は、米国テキサス州の南東部に位置し、ハリス郡にある人口約210万人の都市である。

■ 「バレロ・エナージー社」(Valero Energy Corp.)は、1980年に設立された石油を主としたエネルギー会社で、テキサス州サンアントニオを本部に米国、カナダ、英国、カリブ海で事業を展開している。
 ヒューストン製油所には、精製能力10万バレル/日の製油所を保有している。
 バレロ・エナージー社は今年8月下旬に襲来したハリケーン・ハービーによって影響を受け、テキサス州にあるポートアーサー製油所、コーパスクリスティ製油所、ヒューストン製油所、テキサスシティ製油所、スリーリバーズ製油所の5つの製油所の運転停止または減産を強いられた。

■ 「発災タンク」は、直径190フィート(58m)の浮き屋根式の原油貯蔵タンクである。 ヒューストン製油所タンク地区をグーグルマップで調べてみると、直径の異なったタンクが多いのがわかる。その中で直径58mのタンクに該当するのがある(写真の矢印のタンク)が、被災写真がなく、発災タンクと判断する根拠としては薄い。 
バレロ・エナージー社のヒューストン製油所
(写真はGoogleMap から引用)

所 感
■ ハリケーン・ハービーの豪雨によって、テキサス州でタンク浮き屋根が沈降した事例は少なくとも11件ある。(「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」を参照) 
 この中でバレロ・エナージー社ヒューストン製油所の事例だけが耳目を集めることになった。おそらく、米国環境保護庁へ提出したタンク曝露面からの汚染物質の放出推定量が他の箇所よりも格段に小さく、米国環境保護庁の不信感を募ってしまったのではないだろうか。

■ タンク浮き屋根が沈降した事故で、教訓として参考になる事例はつぎのとおりである。
 ダブルポンツーン型浮き屋根でも、屋根沈降が起こり得ることを示す事例である。この事故は「危険物質の放出」の分類でレベル6段階中、レベル4と評価されている。大気へ発散させた汚染物質の量が報告されており、揮発性の有機化合物の量は3,185トンで、うちベンゼンは55トンである。
(期間や条件が異なるが、今回のバレロ・エナージー社の報告は、ベンゼン3kg、不特定な揮発性物質1,520kgとしている)

 本事例は、浮き屋根沈降の経緯、事故発見後の対応、再発防止策などについて詳細な事故報告書が公表されており、参考になる。

 本事例の事故報告者では、浮き屋根沈降の反省からタンク点検の改善点が示されている。また、類似事故の再発防止の観点から、総務省消防庁が「浮屋根式屋外タンク貯蔵所の保安対策の徹底について」という通知を出した事例である。なお、紹介したブログの「補足」の中で、沖縄の事例をもとに原油タンク浮き屋根沈降時の安全対策や油抜取り方法をまとめた自衛防災組織等の防災活動の手引き」(危険物保安技術協会、2014年2月)を紹介している。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
      ・Chron.com, Valero "significantly underestimated" benzene leak at Houston refinery,  September  14,  2017
      ・ Nytimes.com , High Levels of Carcinogen Found in Houston Area After Harvey,  September  06,  2017 
  ・Hazmatnation.com, Valero “significantly underestimated” benzene leak at Houston refinery,  September  14,  2017   
      ・Chron.com, Air monitors detect cancer-causing compound as environmental concerns grow in east Harris County
,  September  06,  2017 
      ・Hazmatnation.com, Dozen of Active Spills being Worked in The Wake of Hurricane Harvey,  September  12,  2017 



後 記: 8月下旬、テキサス州に襲来したハリケーン・ハービーによる石油施設の被害(事故)について「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」で紹介しました。ハリケーンの被害が広範囲で深刻なものが多く、個々の事故に関する情報は埋もれているような状況で、浮き屋根沈降や油流出に関する詳細な内容はほとんど分かりませんでした。
 そのような中で、バレロ・エナージー社ヒューストン製油所の浮き屋根沈降に関する事故が大気汚染の過小評価という観点から多くのメディアが報じていましたので、取り上げることとしました。しかし、その後、大気放出量の第一報以降の修正値が報じられることはなく、タンク事故状況の内容が深まったとはいえませんでした。一方、テキサス州ヒューストン周辺における石油・化学施設の「光と影」の影の部分、すなわち東京都豊洲市場どころではない環境汚染問題が見えてきました。

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