(写真はNdtv.comから引用)
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< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、インドのマハラシュトラ州(Maharashtra)ムンバイ(Mumbai)沖のジャワハー・ドウィープ(Jawahar
dweep)にあるバラット・ペトロリアム社(Bharat
Petroleum Corporation Limited:BPCL)の石油貯蔵タンク施設である。
■ ジャワハー・ドウィープ(Jawahar
dweep)は、通称、ブッチャー島(Butcher
Island)という名で知られている島で、発災があったのは石油貯蔵タンク施設にあるタンクNo.13で、高速ディーゼル燃料用の容量32,000KLのタンクだった。タンクはほぼ満杯の30,000KLの高速ディーゼル燃料が入っていた。
石油貯蔵タンク施設は石油製品と原油の貯蔵基地で、貯蔵タンクが8基あり、貯蔵能力は17.9万KLである。施設内のタンクには、オイルタンカーで運ばれてきて保管され、ムンバイにあるムンバイ製油所マハールに移送される原油用の貯蔵タンク1基が含まれている。
ジャワハー・ドウィープ(ブッチャー島)にある石油貯蔵タンク施設付近
(写真はGoogleMapから引用)
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< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2017年10月6日(金)午後5時頃、石油貯蔵地区の8基あるタンクの1基に落雷があり、爆発を起こし、火災が発生した。当時、ムンバイと周辺地区には雷雨が通過しており、目撃者によると、落雷があった後に火災が起ったという。
(写真はNdtv.comの動画から引用)
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■ 発災に伴い、ムンバイ港の管理を司っているムンバイ港組合は島内にいる専門の消防隊を現場に出動させた。また、ムンバイ消防署の消防隊が高速消防艇で海を渡って出動し、対応に当たった。消防隊は、他のタンクへの延焼を防ぐことを最優先とした活動を行った。
■ 事故に伴うケガ人は無かった。激しい火災となり、石油貯蔵タンク施設の従業員は避難した。事故当時、島にはバラット・ペトロリアム社従業員12名のほか、島の管理中央産業保安隊員ら50名いた。
■ 島近くにいた船舶は、発災後、予防措置として島から遠い場所へ移動した。
■ ムンバイ港組合は、激しく燃え続けているタンク火災を見て、バラット・ペトロリアム社に対してタンク内のディーゼル燃料を製油所に移送するよう要請した。ムンバイ当局によると、ブッチャー島におけるモバイル・ネットワークに問題が発生しており、連絡はすべて無線で行っているという。
■ 発災初期には、火災タンクの10フィート(3m)側まで近づくことができたが、10月7日(土)の夜の時点では、二・三百メートル離れたところでも高温を感じるほど激しく燃えていた。
■ タンク内の油の移送計画が検討され、タンクNo.13の油は配管を通じてタンクNo.12とNo.14に移されることになった。
■ 火災はタンクNo.13に限定されていたが、一時火勢が弱まった火災が10月8日(日)午前4時30分頃、再び勢いを増した。さらに、午前11時45分頃、タンクNo.13で爆発事象が発生した。爆発は火炎による高熱で、高速ディーゼル燃料が沸騰し、発生したベーパーに引火して起ったものとみられる。激しい高熱によって、隣接タンクへの影響が懸念され、特に消防隊は近くにある浮き屋根タンクに注意を払った。初期の消火活動では、泡放射を試みたが、高熱の火炎のため、燃焼面を覆うことができなかった。これが、再着火の原因になった。
■ 10月7日(土)時点では、翌10月8日(日)の午前10時頃には消火できる見込みだった。しかし、10月8日(日)、消防隊は、泡放射による消火活動がうまくいかなかったため、火災タンクを制圧下のもとに燃え尽きさせることした。
■ 懸念されたのは、油が海に流出することであったが、火災は発災タンク内に限定され、油流出は免れた。しかし、火災は4日燃え続け、10月9日(月)午後10時50分に消えた。発災から77時間を経過していた。消防隊はタンクの冷却作業を続け、隣接していたタンクNo.12、No.14、No.15、No.16の冷却も行われた。今回の火災による消火活動や冷却活動の消火用水には、海水が使用された。
被 害
■ 火災によって高速ディーゼル燃料タンク(容量32,000KL)が損壊し、タンク内の油(約30,000KL)が焼失した。
■ 事故に伴う負傷者は無かった。
(写真はMindustantimes.comから引用)
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(写真はDdinews.gov.inから引用)
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(写真はMid-day.comから引用)
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(写真はIndiatoday.intoday.inから引用)
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< 事故の原因 >
■ 事故原因は落雷によってタンク上部に形成していた可燃性ガスへ引火したとみられる。詳細は調査中である。
■ 一方、バラット・ペトロリアム社の幹部や消防隊の一部に感じている疑問が報じられている。それは、約2か月前の7月29日にヒンドスタン・ペトロリアム社ヴィサカパトナム製油所で起った落雷による浮き屋根式のタンク火災と違って、今回の火災が固定屋根式タンクで起ったことである。当該の固定屋根式タンクには、雷接地の落雷対策が施されており、ほぼ満杯の状態で激しい雨の降っている最中に落雷による火災が起こるだろうかという疑問である。
< 対 応 >
■ ムンバイ消防署やムンバイ港組合の消防隊のほか、マハラシュトラ州都市開発産業公社やバラット・ペトロリアム社の製油所などの各機関からも出動し、対応に当たった消防士は合計100名近くになった。消防士は4日間を2交代で消火活動を実施した。活動中に消防隊にケガ人は出なかった。
■ 消防隊は、消火活動中、熱画像カメラを使用し、タンク内の液位をチェックした。火災タンクまわりの温度は350℃まで上昇したので、消防隊の活動は安全な距離を保つことにしたという。火災の制圧のために、固定モニター3台、可搬式泡モニター2台が使用された。
■ 10月7日(土)午後までに使用された泡消火剤は5,000リットルで、このほかに使用可能な泡消火剤は15,000リットルだった。
■ 10月10日(火)、火災が制圧された後、インド石油産業安全局の担当者が現地へ立ち入った。
■ 事故後の安全処置として、隣接タンクの油が製油所および他の貯蔵ターミナルへ移送され、内部が空にされたが、これらの対応は10月10日(火)に終了した。
(写真は、左:Indiatoday.intoday.in、右:
Mid-day.comから引用)
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(写真は、左:Indiatoday.intoday.in、右:
Mid-day.comから引用)
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(写真はMid-day.comから引用)
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補 足
■ 「インド」は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸を占める連邦共和国で、イギリス連邦加盟国である。首都はニューデリーで、人口は約12億人で世界第2位である。
「マハラシュトラ州」(Maharashtra)は、インド西部にある州で、人口は約9,700万人である。
「ムンバイ」(Mumbai)は、マハラシュトラ州の中央西部にあり、州都でもあり、人口約1,250万人のインド最大の都市のひとつである。
2017年7月には、インド東部アンドラ・ブラデシュ州のヴィサカパトナムで「インドのヒンドスタン・ペトロリアム社で原油タンクに落雷して火災」のタンク火災が起きている。
インドのマハラシュトラ州周辺
(写真はGoogleMapから引用)
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■ 「バラット・ペトロリアム社」(Bharat
Petroleum Corporation Limited:BPCL)は、歴史のあるインドの国営石油会社で、本社はマハラシュトラ州ムンバイにあり、従業員約13,000人の会社である。。
バラット・ペトロリアム社は、インド西海岸にムンバイ製油所マハール(13.5万バレル/日)とコーチ製油所(19万バレル/日)の製油所を保有している。
■ 「発災タンク」は、高速ディーゼル燃料用の容量32,000KLの固定屋根式タンクである。発災写真とグーグルマップを見比べて調べてみると、北から2番目にあるタンクと思われる。このタンクは直径約49mであり、高さ17mで容量32,000KLとなる。
ブッチャー島にあるバラット・ペトロリアム社の石油貯蔵タンク施設
(矢印が発災した高速ディーゼル燃料タンク)
(写真はGoogleMapから引用)
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■ インドでは、ディーゼル燃料の区分として「高速ディーゼル燃料」(High
Speed Diesel :HSD)と「ライト・ディーゼル燃料」(Light
Diesel Oil :LDO)の2つがある。高速ディーゼル燃料は100%蒸留油で、一般に750rpm以上のエンジンに使用される。ライト・ディーゼル燃料は蒸留油と少量の残渣油のブレンド品である。これらから、高速ディーゼル燃料は日本でいう軽油に相当し、ライト・ディーゼル燃料はA重油に相当するものとみられる。
高速ディーゼル燃料の性状は、引火点:32~96℃、燃焼範囲:0.7~5.0%、自然発火温度:257℃である。
日本の軽油が引火点:40~70℃、燃焼範囲:1.0~6.0、自然発火温度:250℃であり、引火点に差異があると思われる。すなわち、製品によっては引火しやすいディーゼル燃料がありうると思われる。
■ 直径49mの円筒タンクに必要な泡放射量は8
L/min/㎡程度であり、全面火災時に必要な泡放射能力は15,000 L/minとなる。(日本の石災法によれば、直径49mのタンクの場合、20,000
L/minの大容量泡放射砲が必要となる) 消火泡投入後、火勢が急激に衰える時間、すなわちノックダウン時間は、通常、10~30分であるが、鎮火後の再燃防止を考慮して泡の投入時間を60分とおけば、泡の全放射量は900,000
Lである。 1%混合比の泡薬剤の場合、必要な泡原液量は9,000
Lとなる。
所 感
■ 今回の事例について、雷接地の落雷対策が施されたディーゼル燃料の固定屋根式タンクにおいて、ほぼ満杯の状態で激しい雨の降っている最中に落雷による火災が起こるだろうかという疑問が出ることは理解できる。しかし、落雷によってタンク火災は起こりうる。
● 「中国における石油貯蔵タンクの避雷設備」の中で、“注意すべき落雷対策の設備と問題点”に記載されているように、雷接地設備が適切に保守されていなければならない。果たして、雷接地設備は適切な保全が行われていただろうか。
● 今回の油種は高速ディーゼル燃料で、通常のディーゼル燃料より引火性の高い可能性がある。また、2016年4月に起きた「サモアの石油貯蔵施設で石油タンクが爆発して死者1名」の事例のように、本来はディーゼル燃料用のタンクにガソリンが混合していたため、引火して爆発した事例がある。高速ディーゼル燃料の性状から意図的に廃ガソリンを混入させた可能性も否定できない。
● 従来、雷の発生頻度が極めて高いといえないインドで、2017年7月に「インドのヒンドスタン・ペトロリアム社で原油タンクに落雷して火災」が起こっている。日本でも、従来より雷の強さを感じる状況にあり、貯蔵タンクはどこでも落雷によるリスクが潜在しているといえる。
■ 消火戦略は、当初、積極的消火戦略をとり、泡で消火しようとした。その後、この試みがうまくいかず、防御的消火戦略として燃え尽きさせることとした。この戦略選択は妥当ではあるが、つぎのような課題があったと思う。
● 最初の爆発で、固定屋根式タンクの屋根が崩落して、屋根部材が障害物になる「障害物あり全面火災」の様相を呈したと思われる。この種のタンク火災の消火は最も難しい。
● タンクの固定消火用設備や消火用水配管は配備され、使用可能な泡薬剤も20KL保有されていたが、有効に機能しなかったと思われる。
● このような場合、可搬式の消火用設備が必要になるが、整っていなかったとみられる。島にあるため、公設消防などの消防隊は高速消防艇で駆けつけており、適切な消火用設備を搬送できなかっただろう。島内に配備されていた消防隊の消火用設備も十分なものではなかったと思われる。
● 使用された固定モニター(3台)と可搬式泡モニター(2台)は放射能力が小さく、少なくとも15,000 L/minクラスの大容量泡放射砲システムと、障害物による死角部に泡放射できる高所放水車が必要だった。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
。
・Gulftoday.ae, Diesel Tank Catch Fire on Butcher
Island, October 07,
2017
・Ndtv.com, 20 Hours Later Mumbai Butcher Island Fuel
Tank Fire Still Burns on, October 07,
2017
・Timesofindia.indiatimes.com, Butcher Island Inferno Rages on Firemen
Decide to Let It Burn out, May be Doused Today,
October 08, 2017
・Hindustantimes.com, Fire Continues to Rage at Butcher Island, 60
Firefighters Trying to Douse Oil Tank Blaze,
October 08, 2017
・Hindustantimes.com,
Mumbai’s Butcher Island Fire Brought under Control after Three
Days, October 09,
2017
・Hazmatnation.com,
Lightning Strike Causes Floating Tank Fire, October
09, 2017
・Mid-day.com,
Butcher Island Fire: How Did Lightning- Proof Tank Get
Struck, October 10,
2017
・Indianexpress.com, Butcher Island: Four days on,
diesel tank fire continues to smoulder, October
10, 2017
・Thestatesman.com, Butcher Island fire ends after four
days, October 10,
2017
後 記: 今回の事故はインドの大都市近郊で起ったタンク火災のため、比較的情報量の多かった事例です。また、石油基地の当事者と一線を画する港組合が消火活動に関与していたため、いろいろな情報がオープンに話されているという印象を受けました。発災写真も構内のかなり近いところから撮られたものが公開されており、発災状況や消火活動の一端を垣間見ることができました。
インドは、2009年にジャイプールでタンク大火災が起こっています。このように自国で起った事故がありながら、大容量泡放射砲システムへの理解が少ないように思います。ジャイプールの事故は特殊な事例であり、タンク火災は起こらない、起こっても固定消火設備や消防車で十分だという意識があるのではないでしょうか。といっても、十年ほど前の日本の認識がそうでしたね。
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