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2017年10月8日日曜日

パキスタン洪水に伴う油流出による環境汚染(2010年)

 今回は、2010年7月下旬、パキスタンのインダス川流域のパンジャブ州ムザファルガル地区にある3箇所の石油貯蔵施設がモンスーンの豪雨による洪水に襲われ、油が流出した事故を紹介します。
(写真はTribune.com.pkから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、パキスタン(Pakistan)インダス川流域のパンジャブ州(Punjab)である。パンジャブ州ムザファルガル地区(Muzaffargarh District) には、 3箇所の大きな石油貯蔵施設がある。パキスタン国営石油(PSO)のメウッド・コット油槽所(Mehmood Kot Depot)とラルピール油槽所(Lalpir Depot) である。もうひとつは、パルコ社(PARCO:PAK Arab Refinery Ltd)のパック・アラブ製油所(PAK Arab Refinery)である。

■ パキスタン国営石油のメウッド・コット油槽所はパンジャブ州とカイバル・パクトゥンクワ州の油供給基地としてディーゼル油、灯油、潤滑油を供給している。ラルピール油槽所は別の施設で、燃料油61,000トンとディーゼル油9,000トンの貯蔵能力を有しており、コット・アッドゥ発電所とAESラルピール発電所へ供給している。 
 パルコ社パック・アラブ製油所は、精製能力10万バレル/日で国内最大の製油所であり、大規模の貯蔵施設を有している。 同製油所は全国にガソリン、ディーゼル油、灯油、潤滑油を供給している。 また、製油所には、貯蔵タンクに各種のケミカルを大量に保有している。
パンジャブ州ムザファルガル地区 (矢印はパック・アラブ製油所の場所 
(写真はGoggleMapから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2010年7月27日からパキスタンにモンスーンによる豪雨が降り始め、7月29日にインダス川流域のカイパル・パクトゥンクワ州で洪水が起こり、それ以降、パンジャブ州、シンド州にも広がった。
■ 激しい洪水の波はパンジャブ州ムザファルガル地区に流れ込み、同地区にある貯蔵施設を襲い、何千トンという油が流出し、100kmの範囲に広がった。この影響面積は50万エーカー(20ha)に及んだ。 
 当局によると、油の混ざった洪水はチェナーブ川近くまで達し、いっしょになった後、インダス川に流れ込み、さらにアラビア海へ注がれたという。

■ パキスタン国営石油によると、パンジャブ州ムザファルガル地区にある2つの油槽所や200箇所の販売店が水に浸かるなど、主要施設の被害が2.9億パキスタンルピー(2.9億円)以上と見込まれる。メウッド・コット油槽所の被害額は、推定42百万パキスタンルピー(42百万円)、製品損失は990百万パキスタンルピー(990百万円)と推定されている。
 ラルピール油槽所は、ムザファルガル運河の溢流後、10フィート(3m)の水の中に沈んだ。その後、ラルピール油槽所の水位はゆっくり下がった。
■ パック・アラブ製油所には、洪水を受けないようインダス川沿いにスーパー堤防(Super Bank)が設けられていたが、8月8日(日)、スーパー堤防が決壊し、洪水による水が製油所まで到達した。

影  響
■ 洪水によって国土の25%が影響を受けた。その広さは150,000km2で、2,000万人以上の住民が家、作物、仕事など生活の基本的なものを失った。この自然災害で、1,600人を超える死者が出ており、さらに推定350万人の子供たちが水系による感染症のリスクに曝された。

■ エンジニアリング・アンド・テクノロジー大学(UET)のケミカル・サイエンス学部長のサリーミ博士は、油を含んだ洪水は通過領域に汚染の影響を与えただろうと語った。博士によると、太陽光線は油の浮いた水面を透過することができない、このことは農業、水生生物、動植物へ影響を及ぼすことになるという。油の混じった水がこの地方から分散や蒸発で無くならなければ、この地域の耕作地は不毛の土地になってしまう。

■ 環境保護論者のアクタル・アワン氏は、油流出と洪水の影響について、油が洪水の中に流出したり、漏洩した場合、風と流れが手伝って極めて短時間に広がっていくといい、「数ガロン(15~20L程度)の油でさえ、2・3エーカー(8,000~12,000㎡)の広さの油流出に広がっていく。石油施設からの油流出は3日で数マイル四方(6~9km四方)に広がっていくだろう」と語った。
 アワン氏によると、油が水に混合し始めると、性質が変化してムース状の粘着性物質になり、触れるものはすべてベタベタと粘っこくなるという。 そして、多くの動物、は虫類および鳥は流出した油を避ける方法を知らないし、場合によっては食べ物と思って近づくものもいるだろうといい、「油が消散したように見えても、地中ではなおも潜み続け、長期間、生態系に重要な影響を及ぼす。これらの影響を受けた生物が他の動物の食べ物となり、何年もの長い間に害毒のサイクルが回り始める」と付け加えた。アワン氏によると、流出が水路の近くで起こっており、深刻なダメージを受けるのは、農業分野およびは虫類や鳥などの動物という異種生態系だという。

被 害
■ パキスタン国営石油では、パンジャブ州ムザファルガル地区にある2つの油槽所や200箇所の販売店が水に浸かるなど、主要施設の被害が2.9億パキスタンルピー(2.9億円)以上と見込まれた。パルコ社パック・アラブ製油所では、石油施設に物損や操業ロスなどの被害が出ているが、被害額は分かっていない。

■ 洪水によって国土の25%が被害を受け、2,000万人以上の住民が家、作物、仕事など生活の基本的なものを失い、1,600人を超える死者が出た。

■ 油流出による環境汚染への被害は分かっていない。

< 事故の原因 >
■ 事故原因は、インダス川流域の洪水による自然災害である。

< 対 応 >
■ パキスタン国営石油は、「洪水のため多くの道路や鉄道が寸断されている状況下で、国内の遠方地域に燃料のサプライチェーンを保持することは至難の技である。しかし、ギルギット-バルチスタンを含む北部の行くことが難しい地方の一部に何とかして石油ローリー車をまわすようにしている」と語った。

■ パキスタン政府は、供給不足を埋めるため、ジェット燃料とガソリンを輸入する計画を発表した。パキスタン国営石油は、9月の販売のため、ジェット燃料35,000トンおよびガソリン105,000トンを購入した。

■ 9月1日(水)時点でも、パック・アラブ製油所は深刻な洪水によって全面的にシャットダウンしていた。プラントは、洪水による製油所の補修が終了し、 9月中旬に再稼働した。
 
■ 9月14日(火)、パキスタン国営石油は、10月・11月販売のため、各月16,500トンのジェット燃料の買い付けを計画した。パキスタンの輸入は、インドネシア国営石油のプルタミナによるスポット購入とともに、過去2週間、アジアのジェット燃料市場へ影響を与えた。
(写真はBbc.comから引用)
(写真はSlideshare.netから引用)
(写真はSlideshare.netから引用)
補 足
■ 「パキスタン」は、正式には「パキスタン・イスラム共和国」で、南アジアに位置し、人口は1億8千万人、首都はイスラマバードである。2010年当時、パキスタンの石油消費は約2,000万トン/年であり、これは40万バレル/日程度に相当する。(2016年時点では、約2,700万トン)
 2010年7月末に起ったカイパル・パクトゥンクワ州の洪水はパンジャブ州、シンド州に広がり、大災害となり、日本からも国際緊急援助派遣法に基づき、8月23日に陸上自衛隊が派遣され、復興活動を行った。
 「インダス川」はチベット高原を源としてアラビア海に注ぎ、全長3,200kmの大河である。 流域はインダス文明が発祥した土地であるが、氾濫農耕で栄えてきた。 しかし、ナイル川と異なり、氾濫の規模が一定でないため、古代文明が衰退した要因の一つといわれている。

■ 「ムザファルガル地区」 (Muzaffargarh District)は、「パンジャブ州」にある人口約430万人の地区(District)で、首都はムザファルガル市である。

■ 「パキスタン国営石油」(Pakistan State Oil;PSO)は、1985年に設立された国策会社で、国の80%超の石油製品を貯蔵するパキスタンの石油マーケットリーダーである。 政府が54%の株を保有し、従業員は2,000人である。ムザファルガル地区にある2つの油槽所(事故前)は写真のとおりである。現在もほぼ同じ形で操業されている。
 ムハマッドコット油槽所                    ラルピール油槽所
写真はGoggleMapから引用)
 ■ 「パルコ社」(PAK Arab Refinery Ltd: PARCO )は、パキスタン政府とアブダビ首長国の共同出資で設立された石油企業である。 2000年にムザファルガル地区に10万バレル/日の製油所が建設され、処理原油はアブダビのアッパーザクムおよびサウジアラビアのライト・アラビアンである。石油貯蔵能力はタンク46基で100万トンである。なお、この製油所は日揮㈱が受注して建設された。
             パック・アラブ製油所   写真はGoggleMapから引用)
                パック・アラブ製油所   写真は同社ウェブサイトから引用)
所 感
■ この洪水による油流出事故は、今年8月下旬に起きた「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」とは少し違った災害である。ハリケーン・ハービーでは、大量の雨が降って広大な平野に起った洪水だった。パキスタンの洪水では、水没するタンクが出るほど浸水が深いという特徴があろう。この点、2011年3月に起きた東日本大震災時の津波による油流出事故と類似性があるように思う。(「東日本大震災時の気仙沼オイルターミナルの壊滅」を参照)

■ オイルタンカーや貯蔵タンクの事故による海域への油流出事故に対しては、対応方法が自治体や企業などでまとめられている。しかし、これらは定常状態時の前提である。大洪水や津波のような災害の真っ只中の状況では、対処の方法が無いのが実情であろう。蒸発、分散、溶解、沈降などの「風化プロセス」に頼るしかない。一方、水を取り込んだ油はムース状のエマルジョンを形成し、油が容積の4倍の量の水を吸収して、粘性が増加し、油が水中や水底に留まることになるという。これらは長期にわたる微生物による「生分解プロセ ス」を待つしかない。2010年パキスタン洪水後の浄化作用や後遺症の影響はわかっていない。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
      ・Tribune.com.pk,  Muzaffargarh Oil Spill Threatens Environment,  August 23,  2010   
      ・Zoneasia-Pk. com, Floods Inflict Rs2.9b Loss on PSO,  Key Depots in Central Punjab Non-Operational,  August 24, 2010  
  ・En.wikipedia.org,  2010 Pakistan floods,  September 30,  2017 
      ・Slideshare.net,  Pakistan Floods July 2010 Case Study,  December 16, 2011

    

後 記: この2010年のパキスタン洪水による事故を聞いたとき、現実離れの災害が起こるものだと驚きました。しかし、これが始まりでした。2011年3月に東日本大震災が起こり、その後、このブログで紹介したハリケーンや集中豪雨によって起った石油施設の事故事例はつぎのとおりです。
 ● 2012年9月、「米国ルイジアナ州の製油所でハリケーン襲来後に油漏出」
 ● 2012年10月、「米国ニュージャージー州でハリケーン襲来後にタンクから油流出」
 ● 2013年9月、「米国コロラド州で洪水によって被災したタンクから油流出」
 ● 2014年6月、「米国コロラド州で洪水によって今年もタンクから油流出」
 ● 2017年7月、「メキシコのペメックス社の製油所で浸水による火災で死傷者9名」
 ● 2017年8月、「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」
 このようにいろいろな災害や事故が起こると、驚くことがなく、物事に関する感性が鈍ってくるように感じています。その意味で初心に帰る事例として紹介することとしました。

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