今回は、2022年3月24日(木)、米国アラスカ州のアリエスカ・パイプライン・サービス社は、バルディーズ・マリン・ターミナルで2月中旬~3月中旬に降った大雪によってタンクの付属設備が損傷したと発表した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、米国のアラスカ横断パイプラインを運営するアリエスカ・パイプライン・サービス社(Alyeska Pipeline Service Co)のバルディーズ・マリン・ターミナル(Valdez Marine Terminal)である。
■ アラスカ州(Alaska)バルディーズにあるバルディーズ・マリン・ターミナルには14基の原油貯蔵タンクあり、被害があったのはこの原油貯蔵タンクである。各貯蔵タンクは直径約71m×高さ約19mで、容量は約81,000KLである。
< 事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2022年3月24日(木)、アリエスカ・パイプライン・サービス社は、2月中旬~3月中旬、バルディーズ・マリン・ターミナルで4フィート(120cm)以上の雪が降り、この大量の降雪によってタンクの付属設備が損傷し、石油ベーパーが環境に放出されたと発表した。
■ アリエスカ・パイプライン・サービス社は、石油貯蔵タンクの上に積もった大量の雪に対処するため、応援人員を呼び出した。アリエスカ・パイプライン・サービス社によると、作業員10人で各タンクから雪下ろしをするのに、最大で2週間かかるが、必ずしもすべてのタンクから雪を完全に取り除くのが目標ではないと語っている。
■ アリエスカ・パイプライン・サービス社は、複数のタンクを使用停止に追い込まれが、これまでのところ石油輸送に影響は出ていないと話している。
■ 被害拡大を防ぐため、アリエスカ・パイプライン・サービス社は、請負会社に派遣を要請し、呼吸器を装着した作業員数十人による懸命な除雪作業を行った。作業員は24時間体制で作業を行っているが、タンク上部張った親綱で体を固定し、除雪機や電動工具を使えないため、雪のブロックをのこぎりで切り落とし、端から滑らせて雪下ろしをしているという。
■ 積雪により貯蔵タンクのうち少なくとも4基で、屋根の上端に沿って設置されたベントバルブがタンク周囲に向かって押し下げられ、使用不能に陥った。このバルブは、石油から発生するベーパーを管理するために使用されるシステムの一部で、タンク内の圧力が上がり過ぎたり、下がり過ぎたりするのを防ぐ。
■ アリエスカ・パイプライン・サービス社によると、 「損傷したベントバルブはタンク内のベーパー圧力を制御している設備で、
大気圧あるいはタンク外と同じ圧力になるように、あるいはベーパーがタンクから逃げるのを防ぐためわずかに負圧になるように制御している。ベントバルブの漏れが確認されると、オペレーターはタンク内の圧力を大気圧またはわずかに負圧に調整する。これによって大気中に放出されるベーパーを最小限に抑えることができるが、従業員はベーパーを検出できる特別な装置でこれを確認することができる」という。
■ この冬にタンクに積もった雪がバルブを押し下げるのに十分な下向きや外向きの力を生み出したとみられる。さらに、今年の晩冬の雪質は湿っていて、その後凍結したため、ターミナルの建物などへの影響が悪化したという。
バルディーズ地域では、この冬、過去10年間で最も多い降雪量と積雪深さを記録した。バルディーズでは、今年の2月15日から3月15日まで期間で、10日間のピーク時の降雪が4フィート(120cm)を記録し、積雪深さは21インチ(68cm)増加した。1985年以来、町は68インチ(172cm)以上の10日間降雪を3回記録している。
■ しかし、この雪の量はここ数年では特に異常であったが、前例がないわけでもない。特にバルディーズは、海抜に近いアラスカの町の中では平均降雪量が最も多い町である。バルディーズの気象に詳しい人によると、「アリエスカ・パイプライン・サービス社の人たちは不意を突かれ、このようなことが起こるとは思ってもいなかったでしょう。しかし、私たちが住んでいるバルディーズはアラスカの雪の中心地ですから、こんなことはありえないとは言えません」と話している。
被 害
■ 積雪により貯蔵タンクのうち少なくとも4基で、屋根の上端に沿って設置されたベントバルブがタンク周囲に向かって押し下げられ、使用不能に陥った。
■ 雪下ろし中に作業員が転倒して応急処置を行ったことが4件発生した。
■ この雪による設備損傷で原油のベーパーを環境に放出し、アラスカ州の規制当局は大気浄化法違反であるとしている。
< 事故の原因 >
■ 事故の原因は大量の降雪によるタンク付属設備の損傷である。
< 対 応 >
■ ターミナルでの問題に対処するため、作業員は破損したバルブの代わりに仮のキャップを取り付けた。
■ ターミナルのタンクは、もともと、パイプライン内を流れる原油の温度が高く、タンク屋根上の雪が溶けるように設計されていた。しかし、ノース・スロープで生産される原油の量が減少するにつれ、状況が変わってきていた。
■ 冬の終わりに降雪が急増する前に、アリエスカ・パイプライン・サービス社では約40人の従業員で除雪を行っていた。その後、請負会社から80人以上の作業員が昼夜を問わず働いており、さらに追加で人員を投入する予定だという。
■ 雪下ろしをしている作業員は、壊れたバルブからベンゼンなどの炭化水素が放出されるため、呼吸器を装備している。ベンゼンは高レベルの曝露で危険な発がん性化学物質である。
■ 一方、アラスカ環境保全省(Alaska Department of
Environmental Conservation)は、少なくとも7基のタンクから大気中に石油ベーパーが放出されており、大気浄化法に違反しているとみている。
■ また、作業員は牽引装置を装着し、ロープでタンクに固定することで、転落を防いでいる。しかし、アリエスカ・パイプライン・サービス社によると、雪下ろし中に作業員が転倒して応急処置を行ったことが4件発生しているという。
■ 10年前、バルディーズで特に雪が多い冬に、2人の作業員がタンク屋根から転落したという。幸い、大きな怪我ではなかった。それ以来、アリエスカ・パイプライン・サービス社では、除雪手順に安全性を重視した変更を加えた。作業員は、タンクの端から上に向かって作業するのではなく、まずタンクの上部から雪のブロックを切り出し、つぎに雪のブロックをシュートに滑らせるようにした。
補 足
■「アラスカ州」(Alaska)は、米国の最北端に位置し、アリューシャン列島を含み、米国本土とはカナダを挟んで飛び地になっており、人口約73万人の州である。
「バルディーズ」 (Valdez)は、アラスカ州の南東部に位置する人口約4,000人の港町である。バルディーズは、 1989年3月24日にプリンス・ウィリアム・サウンドで座礁したエクソン・バルディーズ号による大量油流出事故の近くにある。
■ 「アリエスカ・パイプライン・サービス社」(Alyeska Pipeline Service Co)は1970年に設立し、石油企業のコノコ・フィリップス社(ConocoPhillips)、エクソンモービル社(ExxonMobil)、ヒルコープ社(Hilcorp)によって共有されており、アラスカのノース・スロープ(North Slope)の原油を800マイル(1,287km)のパイプラインを介して約50万バレル/日(79,500KL/日)輸送している。
■ 「バルディーズ・マリン・ターミナル」(Valdez Marine Terminal)はバルディーズにあり、原油の積み出し港で、18基の原油貯蔵タンクがあり、そのうち14基が稼働中である。各タンクの容量は510,000バレル(81,000KL)で、コーンルーフ式の固定屋根が61本の内部支柱で支持されている。貯蔵タンクは、2基がペアとなった防油堤で囲まれており、両方のタンクの容積の110%を保持する容量である。この防油堤は水と雪を溜めることもできる。このタンクは、輸送されてきた原油の一時的な貯蔵の役目を果たすとともに、原油から発生する炭化水素ベーパーが発電施設によって管理され、バルディーズ・マリン・ターミナルで必要な電力の50%をまかなっており、残りは超低硫黄ディーゼルで発電している。また、ターミナルには、2つの荷役用バースやバラスト水処理施設を保有している。■「被害のあったタンク」は原油用であり、通常、浮き屋根式タンクを使用するが、バルディーズ・マリン・ターミナルの原油タンクは固定屋根のコーンルーフ式タンクである。この設計思想は明示されていないが、アラスカの自然環境に配慮し、ベーパー・リカバリー・システムで原油ベーパーを回収する設備にしたものと思われる。そして、タンクのベントバルブ(ブリーザー弁)には、プレッシャー/バキューム・リリーフバルブ(圧力/真空リリーフバルブ)形式の制御システムを採用しているのではないかと思われる。通常のプレッシャー/バキューム・リリーフバルブではなく、ベーパー・リカバリー・システムの圧力検知の機能をもった計装機器とみられる。雪のない時期に撮影された貯蔵タンク群の写真を見ると、タンク屋根の中心部には、ブリーザー弁やプレッシャー/バキューム・リリーフバルブは見当たらず、タンクの半周に10個ほどの機器が付いている。これらがベーパー・リカバリー・システムとプレッシャー/バキューム・リリーフバルブを兼ね備えた機器とみられる。
所 感
■ この事例そのものは特殊な設備被害だという印象である。 被害のあったタンクは原油用であり、通常、浮き屋根式タンクであるが、バルディーズ・マリン・ターミナルの原油タンクは固定屋根のコーンルーフ式タンクとベーパー・リカバリー・システムを採用している。このため、特殊なプレッシャー/バキューム・リリーフバルブを使用しているため、降雪に対する弱点として顕在化したものと思われる。
■ この事例から設備に関する一般的な教訓はないが、最近の異常気象に関していえば、日本でも大量の降雪によってタンク設備に被害が起こらないか北国のタンク貯蔵所では考えておく必要はあろう。日本でも、2021年1月に起こった「岩手県のシオノギファーマで貯蔵タンクの排出弁が落氷で開になり、漏洩」といった思わぬ事故がありうる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Ktoo.org, Snow pileup damages
Alaska pipeline company’s massive Valdez oil tanks, March
25, 2022
・Kinyradio.com, Heavy snow in
Valdez causing damage to oil tanks,
March 26, 2022
・Alaskapublic.org, Crews
remove snow from damaged Alaska pipeline oil tanks, March
25, 2022
・Usnews.com, Crews Remove Snow
From Damaged Alaska Pipeline Oil Tanks,
March 25, 2022
・Tankstoragemag.com, Snow damages Alyeska Valdez tanks, March
25, 2022
・2news.com, Valdez Snow Oil Tanks,
March 25, 2022
・Tankstoragenewsamerica.com, Snow Pileup Damages Alaska Oil
Tanks, March 31,
2022
・Countryjournal2020.com, Valdez Oil Terminal Tanks Damaged By Heavy
Snows; Require Digging Out By Hand,
March 25, 2022
後 記: アラスカの万年雪が残るような山の麓にコーンルーフ式の大型原油タンク群があるなどとは思ってもいませんでした。一方、メディアの記事だけでは、タンク設備の損傷状況が理解できませんでした。多くの報道の情報では、バルブがせん断されたとあり、プレッシャー/バキューム・リリーフバルブのような設備がたとえ氷結した降雪でもせん断されることはないだろうとモヤにかかったような気持ちでした。そのような中で、「タンク周囲に向かって押し下げられ、使用不能に陥った」という記事を見つけてやっとモヤが晴れました。しかし、それでも設備が分かっていないので、すっきりした気分ではありません。
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