(写真はIran-daily.com
から引用)
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< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、イラン西部のケルマンシャー県(Kermanshah)ケルマンシャー市街地から東に約15kmのところにあるビスツーン石油化学社(Bistoon
Petrochemical Company)の貯蔵施設である。
■ ビスツーン石油化学社は、直鎖型アルキルベンゼン(LAB)と重質アルキレート(HAB)の石油化学製品を製造・販売する会社である。ビスツーン石油化学工業社は、イランの国営会社であるナショナル・ペトロケミカル・カンパニー(National
Petrochemical Company: NPC)の管轄下にある。
■ 発災があったのは、ビスツーン石油化学社の軽質基材を貯蔵するタンクである。
ケルマンシャー郊外のビスツーン石油化学社付近 (写真はGoogle
Mapから引用)
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< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年7月29日(金)午後2時半頃、ビスツーン石油化学社の貯蔵タンクから出火した。貯蔵タンクには軽質基材(ベンゼンとみられる)が入っており、保有していた量は少なかった。
■ 事故は、タンク屋根の下に可燃性ガスが蓄積し、火花によって引火して爆発したものとみられる。
■ 発災に伴い、消防隊とともに赤十字であるイラン赤新月社(Iran’s
Red Crescent Society: IRCS)が出動し、火災の消火活動に努めた。イラン赤新月社は救援用ヘリコプターを伴って現場へ到着した。イラン赤新月社は消火活動に従事している隊員もいるという。
■ イランでは、3週間前にフーゼスターン県にある別な石油化学会社で火災事故があったばかりである。
■ 消防隊による火災タンクへの泡放射と隣接タンクへの冷却作業が行われた。
■ しかし、炎上しているタンクの火災を消そうと何度か試みたが、うまくいかず、当局はタンク内液を抜き出して、残りの液を燃え尽きさせる決定を行った。
(火災と消防活動の状況を報じる動画は、「TASNIMNEWS للبتروكيماويات في كرمانشاه فيديوهات .. السيطرة على حريقشركة 」を参照)
■ 火災による構外への影響はなく、近くを走る公共道路への通行制限も行われなかった。
■ 県当局によると、火災は7月29日(金)午後7時頃に鎮火したという。
■ ナショナル・ペトロケミカル・カンパニー(NPC)によれば、当該タンクは1週間前に補修作業が完了したばかりだったという。
被 害
■ 貯蔵施設の貯蔵タンク1基が火災で焼損した。そのほかの被災の範囲や程度はわかっていない。
(隣接タンクに爆発したタンクの噴き飛んだ際と思われる損傷がみられる)
■ 事故に伴う死傷者はいなかった。
(写真はTasnimnews.com
の動画から引用)
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(写真はTasnimnews.com
から引用)
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(写真はTasnimnews.com
ら引用)
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隣接タンクの冷却放水 (写真は8.irna.ir
から引用)
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< 事故の原因 >
■ 事故の原因は、タンク内部に爆発混合気が形成し、火花によって引火・爆発したものとみられる。火花の原因はわかっていない。
■ 一方、貯蔵タンクの1基で電気系統(送電系統という情報もある)の不具合が出火の原因と報じられたり、静電気が火災の原因である可能性を報じているところもある。
< 対 応 >
■ 発災に伴い、ケルマンシャー県の消防隊のほか近くの4つの県から応援の消防隊が出動した。また、近隣工場の消防隊も応援で出動した。
■ イラン赤新月社は救援用ヘリコプターを伴って現場へ到着したが、負傷者を搬送することなく、待機していた。
■ 火災が鎮火したことによって、ビスツーン石油化学社は、一時中断していた直鎖型アルキルベンゼン(Linear
Alkyl Benzene: LAB)製造設備の生産を再開した。
(写真はTasnimnews.comから引用)
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発災タンク(奥)から噴き飛んだ屋根 (写真はTasnimnews.com
から引用)
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(写真はShana.ir
から引用)
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補 足
■ 「イラン」(Iran)は、正式にはイラン・イスラム共和国で、西アジア・中東のイスラム共和制国家である。世界有数の石油産出国であり、人口は約7,500万人で、首都はテヘランである。
「ケルマンシャー」 (Kermanshah)は、ケルマンシャー県(州)の県都で、人口約82万人の都市である。
イランのケルマンシャー県(州)周辺 (写真はGoogle
Mapから引用)
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■ 「ビスツーン石油化学社」(Bistoon
Petrochemical Company)は、イランで直鎖型アルキルベンゼン(Linear Alkyl Benzene: LAB)を製造するため、2001年に設立された会社である。LAB製造設備は、フランス石油・新エネルギー研究所(IFPEN)のグループ企業であるアクセンス社(Axens)のプロセスで、建設はスペインのテクニカス・ルーニダス社(Technicas
Reunidas)である。原料はケロシン(灯油)とベンゼンを使用し、年間50,000トンのLABを生産するとともに、年間6,480トンの重質アルキレート(Heavy
Alkylate : HAB)を生産する能力を有している。ビスツーン石油化学のLAB製造プロセスは図を参照。
なお、「直鎖型アルキルベンゼン」は、主に直鎖アルキルベンゼンスルフォン酸(LAS)の原料であり、LASは洗浄性に優れ、粉体特性も良いため、合成洗剤(衣料用粉末洗剤)の主成分として使用されている。
ビスツーン石油化学 (写真はNipc.irから引用)
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ビスツーン石油化学のLABプロセスの流れ (図はNipc.irから引用)
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■ 発災タンクの仕様は発表されていないが、グーグルマップによると、直径が約30mであり、高さを約15mとすれば、容量10,000KLクラスのコーンルーフ式タンクと思われる。また、隣接タンクは直径約30mの同形のタンク1基と直径約35mのタンク2基である。発災タンクの油種は、プラントの基材(Basic
Materials)あるいは軽質原料液(Light Crude)と表現されており、爆発するほどの可燃性であるので、ベンゼンだと思われる。なお、ベンゼンタンクの事故としては、つぎのような事例がある。
● 1972年1月、「ベンゼンタンクでの試料採取中の爆発・火災」
発災タンク(矢印) (青丸は噴き飛んだタンク屋根の落下位置) (写真はGoogle
Mapから引用)
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■ 現場の防油堤はタンク4基に対して共有されているが、タンク配置に対していびつ(隣接タンク側では、堤端とタンク側壁の距離が極めて近い)で、発災タンク側では、堤端から発災タンク中心までの距離は遠く、約30~35mある。 大型化学消防車の放水距離は30m程度であり、消防車の泡モニターでは発災タンクの中央部に泡を打込むことはできないと思われる。大型高所放水車であれば、放水距離は70m程度あり、発災タンクへの泡を打込みは可能だったと思われる。
所 感
■ 事故状況の写真を見ると、タンク屋根が噴き飛ぶ爆発・火災事故である。50m以上飛んでいるので、相当激しい爆発だったと思われる。タンク内に液(ベンゼン)を張り込み始めて、タンク空間部に大量の爆発混合気が形成し、何らかの発火要因(静電気など)で爆発したものとみられる。タンク補修後のスタートアップ運転に問題があったと思われる。前回の「イランの石油化学工場でナフサ貯蔵タンク火災」で非定常運転に関する問題点を挙げたが、今回も同類の要因が潜在しているように感じる事例である。
■ 今回もタンク火災の消火活動に失敗しているが、その大きな要因は泡モニターの放射距離の能力不足である。直径約30mのコーンルーフ式タンクの屋根が噴き飛び、障害物が少ない状態のタンク火災であり、消火は比較的容易な条件だった。消火活動の写真(動画)を見ても、タンク側壁を越える有効な泡放射が行われておらず、大型泡モニターや高所放水車などの消防機材が無かったものと思われる。これは前回のナフサ貯蔵タンク火災と同じで、イランでは共通して、タンク火災に対する適切な消防資機材と消火戦略への認識不足があるといえよう。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
・Tasnimnews.com,
Fire Breaks Out at Iranian Petrochemical Complex ,
July 29, 2016
・Iran-daily.com, Local Official Declare Electricity Failure
Cause of in Bistoon Petchem, July
29, 2016
・Theiranproject.com, Fire
Breaks out at Iranian Petrochemical Complex,
July 29, 2016
・Shana.ir, Fire Fully Contained, July
29, 2016
・8.irana.ir, Fire
Contained at Iran’s Petchem Complex in Kermanshah, July
29, 2016
・Shana.ir, Governorate General Office Thanks All for Bistoon
Extinguishing, July 30,
2016
・Tasnimnews.com,
Iranian Petchem Complex Resumes Output after Fire
Contained, July 30,
2016
・Iran-daily.com, Petrochemical Complex Resumes Production
after Fire Extinguished, July 30,
2016
・Mobashrrin.co, Company Resumes Activity after Fire, July
31, 2016
・En.eghtsadonline.com,
Iran Petrochemical Industry Hit by 2nd Fire in 1 Month, July
31, 2016
・Nipna.ir,
Bistoon Petchem
Co. Facing No Threats by Fire: Official,
July 31, 2016
後 記: 今回の事故情報も、火災は制圧している、施設への影響は小さい、という事実に反する(と思わざるをえない)ものが多かったですね。イランの国情から経済優先という印象です。そのような事故情報の中でも、ときどき正しい(と思われる)記事が含まれています。これを重ねていくと、真実が見えてきます。今回の報道では、「爆発」という言葉がまったく出てきません。「蓄積した可燃性ガスに引火して火災になった」という記事は一つだけですが、被災写真を見れば、明らかに爆発が起こっています。今回のブログでは、「爆発した」という文章にしました。
一方、本文中には載せなかったものが、ひとつあります。ひとつというより1枚の写真です。だれを対象にした記念写真(?)かわかりませんが、日本でこのような写真を撮れば、不謹慎だという声が聞こえそうです。しかし、これが本当の世情や国民性を表しているのかも知れませんね。
(写真はShana.irから引用) |
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