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2015年11月8日日曜日

地上式貯蔵タンクの破壊による液流出のモデル化と軽減策の検討

 今回は、2008年国際油流出会議(International Oil Spill Conference)で英国のリバプール・ジョン・ムアーズ大学(Liverpool John Moores University)のアサートン氏ら(W.Atherton, J.W.Ash, R.M.Alkhaddar)が発表した「地上式貯蔵タンクの壊滅的な破壊による液流出のモデル化と軽減策の検討」(The Modeling of Spills Resulting from The Catastrophic Failure of Above Ground Storage Tanks and The Development of Mitigation)について紹介します。
< 要 旨 >
■  地上式貯蔵タンクが壊滅的な破壊事故に遭遇するリスクは極めて低く、その発生確率は5×10/タンク・年程度である。しかし、最近、2004年のベルギー、2005年の英国および米国で貯蔵施設からの大量流出事故が起こっており、タンク破壊事故は決して起らないとはいえない。このような事故の原因はいろいろである。しかし、事故がもたらす結果は同じだと言ってよく、大きな設備損害、環境被害、経済的損失が生じる。

■ このような損害を防止するためにとられる通常の軽減対策は2次封じ込めで、一般には、防油(液)堤や土盛りの方法が用いられている。私たちの研究は、そのような対策方法の信頼性を調査するとともに、封じ込めのロスの観点から理論的かつ実験的の両面から、タンク破壊時の影響について検討した。

■ 英国安全衛生庁(HSE)では、当時利用可能なデータが限られていたが、グリーンスパンとヨハンセン(Greenspan and Johansson)の研究成果(1981年)とその後に出されたトロボジョビックとスレーター(Trobojevic and Slater)の研究成果(1989年)の内容をもとにして、1997年に報告書がまとめられた。その後2003年、英国安全衛生庁(HSE)は、越流の大きさと防油(液)堤にかかる動圧力の定量化のため、大規模な流出モデルのプログラム作成をリバプール・ジョン・ムアーズ大学(LJMU)に委託した。この研究では、タンクと防油(液)堤のいろいろな配置の中から計96通りを選び、軸対称な流出の影響について調べた。

■ 大量の流出事象は予期以上の重大な影響をもたらすということが分かった。いくつかのケースでは、動圧力によって防油(液)堤の構造自体が耐え得るかどうかという疑問も出てきた。従来、流出は一方向性というような前提条件付きのモデルで研究されてきたが、ここでは、実際に起こりうるような汎用的な流出モデルを考えた。

■ 今回のモデルの研究成果から、さらに軽減策を検討してきた。軽減策を進めれば、タンク破壊事象時において損失を少なくでき、究極の最適設計を可能にするだろう。軽減策の方法には、2つあることは明らかである。ひとつは1次封じ込め(タンク)の対策であり、もうひとつは2次封じ込め[防油(液)堤]の構造設計の変更である。

< はじめに >
■ 石油やケミカル類の貯蔵に弱点があれば、環境汚染に対する潜在的な脅威となり、健康と安全への問題を起こすことになる。貯蔵施設の故障について理解するには、設計、製作、建設、運転、定期検査、保全に関する広範囲のマネジメントに関する知識・知見を必要とする。現在、数多くのガイドラインが存在しており、設置される国によって若干差異があるものの、標準化された仕事のやり方や適切な推奨基準が提唱されている。最近(2003年)、英国で発行された書籍「ケミカル貯蔵タンクシステムの好適な標準 CIRIA C598」(Chemical Storage Tank System-Good Practice CIRIA C598)-キャッシー/シール共著(Cassie and Seale)は有用な指針である。この書籍の目的とする対象者は、プロジェクト推進者、設計者、製作者、建設エンジニア、メンテナンス・エンジニア、建設プロジェクト・マネージャ、施設エンジニア、オペレータ、関係監督機関などである。

■ 世界で使用されている地上式常圧貯蔵タンクには、いろいろな種類がある。上部開放式タンクにも浮き屋根があるタイプと無いタイプがあり、屋根付きタンクにも浮き屋根があるタイプと無いタイプがある。EU(欧州連合)では、このようなタンクの設計に関する規程としては、英国規格(British Standard: BS)のBS EN 14015 「地上式溶接型鋼製貯蔵タンクの設計および建設」 (Specification for The Design and Manufacture of Site Built, Vertical, Cylindrical, Flat-bottomed, Above Ground, Welded, Steel Tanks for The Storage of Liquids at Ambient Temperature and Above)がある。この規格と同等なものは、米国石油協会(American Petroleum Institute: API)のAPI Std 620「大型溶接式低圧貯蔵タンクの設計および建設」(The Design and Construction of Large, Welded, Low-Pressure Storage Tanks)とAPI Std 650「石油貯蔵用溶接式鋼製タンク」(Welded Steel Tanks for Oil Storage)がある。

■ 貯蔵タンクの破壊が起こるというリスクは低いといえるが、偶発的な損傷や故意による破壊によって、封じ込めの機能を喪失する可能性は常に存在する。原因に関係なく、大量の液体が施設から流出するという事象は過酷な状況を呈し、環境へ大打撃を与える恐れがある。貯蔵物質の性状や量によっては壊滅的な状態に至る。貯蔵タンクのまわりは、一般に、土盛りや防油(液)堤として知られている擁壁で囲まれている。好適な標準としては英国安全衛生庁(HSE)によって出された「2次封じ込め設備の技術的進め方」(The Technical Measures Document on Secondary Containment)があり、これによれば、複数タンクをひとつの防油(液)堤や土盛りで囲む場合、合計容量を60,000㎥以内に制限している。ただし、液体は性状的に不適合でなく、仕切堤を設けることとしている。

■ 防油(液)堤の設計は、大体、最大タンクの容量の110%を保持できるようにされる。高さの余裕は、概念的にいえば、1次封じ込めであるタンクが壊滅的な破壊をしたときに堤の上部から貯蔵液が越えないような高さとする。最近の英国の指針では、複数のタンクがひとつの防油(液)堤内にある場合、全封じ込め量の25%とすべきだとしている。ただし、その量が110%基準より下回る場合を除く。産業界では110%指針を認めているが、25%基準はまだ幅広く受け入れられていない。2次封じ込めの容量を増やすことになる費用増加に対して根強い反対があるものと思われる。

■ 英国指針による容量増加の推奨事項に沿っていても、満足しないことがある。ザイヤーとジャガー(Thyer and Jagger)は、1977年、大量流出した場合、防油堤の上を越えることがあると論じている。グリーンスパンとヤング(Greenspan and Young)は、1978年、このことをいろいろな研究によって示した。 1981年、グリーンスパンとヨハンセン(Greenspan and Johansson)は、1924年に米国オクラホマ州ポンカ・シティで起きた実際の事例で示した。ラスコースキーとボルタジオ(Laskowski and Voltaggio)は、1988年の米国ペンシルベニア州フローレフェで起きたアシュランド・オイル流出事故の事例で示した。研究によって明らかになったことは、単純に防油堤/土盛りの容量を増やしても大量流出を防ぐことにつながらないということから、防油(液)堤の容量に関してふたつの相反する意見の論争が続いている。2005年、アサートン(Atherton)は、タンク容量の200%の能力をもつよう設計された防油(液)堤でさえ、20%オーダーで垂直壁を越えることがあると論じた。さらに、タンクが壊れた場合、隣接タンクに損傷を与える恐れがあり、ドミノ効果によってさらに封じ込め上の損失が大きくなる。

デラウェア州モティバ・エンタープライズ社の廃硫酸タンク事故
 (写真はCSB.govから引用) 
■ 2001年、モティバ・エンタープライズ社デラウェア製油所で起った事象は典型的な事例で、事故はあっという間に拡大した。複数タンクをひとつの防液堤で囲んでいて、堤内で複数の損壊が起こると、災害規模は何倍にも大きくなる。事故は、6基の廃硫酸タンクをひとつの防液堤で囲んでいた施設で起きた。6基のタンク容量の合計は9,412㎥で、防液堤の容量は1,814㎥だった。これは最大タンク容量1,569㎥の116%に相当していた。しかし、防液堤の受入れ可能量は全貯蔵容量の20%に過ぎなかった。この事故で注目されたのは、適切ではなかった2次封じ込め設備に関する危険性で、特に複数のタンクをひとつの防液堤で囲んでいたことである。1基のタンクで爆発という壊滅的な破壊が隣接タンクの損傷へ波及し、貯蔵していた液の大量流出に至ってしまった。この事故では、2次封じ込めの防液堤から流出した量は4,100㎥に及んだ。 この事故については、2001年、米国化学物質安全性委員会(U.S. Chemical Safety and Hazard Board: CSB)から調査報告書が出されている。

< タンク事故の事例 >
■ 米国環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency: EPA)は、2000年、タンク事故の原因について調査の検討を委託したが、その結果、タンク基地の事故に関する主要な要因はヒューマンエラー(人的ミス)だった。この調査は1990年~2000年の10年間を対象としたが、注目されるのは、貯蔵施設の事故を長期間でみると、事故の件数が比較的一定だということである。この期間で対象にしたタンク基地の事故は312件だったが、そのうち22%が運転ミスによるものだった。タンク破損に関連するものが55%で、その中で取付け部品や継手の機械的損傷によるものが17%だった。特に死亡事故に至った事故の場合、原因は100%ヒューマン・エラーだった。過充填や過圧は内部液漏洩や物的損害につながるが、漏洩に関わる事故のうち原因の88%がヒューマン・エラーであり、物損に関わる事故のうち87%がヒューマン・エラーだった。

■ 10年間の事故の中で、可燃性ガスに引火して大災害になった事故は数件ある。タンク側板の溶接部が割れた事例やタンク基礎から噴き飛んだ事例は数多くある。タンク外部でガスに引火したり、タンク内でのフラッシュバックといった大きな事故の原因の多くは溶接作業である。1997年に米国環境保護庁(EPA)が出した報告によると、これらの事故は、環境汚染の問題とともに、作業員の負傷や死亡事故につながっていることが多い。事故に至った他の原因としては、腐食、疲労、衝突損傷、異常気象時に充填作業を行っていた際の過圧、地震活動だった。

■ タンク事故の主な事例を以下に示す。
ペンシルベニア州アシュランド・オイルのタンク破壊事故
 (写真はHSE.gov.ukから引用) 
 ● 1988年1月、米国ペンシルベニア州フローレフェ; アシュランド・オイルにおいて容量15,000KLの燃料油タンクが破壊し、防油堤内に流出し、別なタンクに損傷を与えたほか、油が防油堤を越えていった。
 ● 1997年3月、米国アイオワ州; 容量3,800KLのりん酸アンモニウムタンクが破壊した。
 ● 1999年7月、米国ミシガン州; 容量3,800KLのポリリン酸アンモニウムタンクが破壊し、他に3基のタンクが損傷した。
 ● 2000年8月、米国オハイオ州; 容量3,800KLの液体化学肥料タンクが破壊し、近くにあった複数のタンクを損傷させた。放出された液の津波はコンクリート製防液堤を突破し、5台のトレーラ・トラックを襲ったほか、オハイオ川に流出した。
 ● 2000年8月、米国オハイオ州; 上記と同じ施設で同月下旬に、容量5,700KLのりん酸アンモニウムタンクが破壊した。他の3基のタンクも損傷し、内部液が漏洩して防液堤を越流した。合計1,700KLの汚染された水が排水系へ流れ、一般飲料水系を汚染する恐れが出た。このため、広域で水のペットボトルを使用することとなった。
 ● 2001年7月、米国デラウェア州; 炭化水素混じりの廃硫酸が入ったタンクが爆発(火気作業による)し、隣接するタンク4基が壊れて内部液が漏洩した。この事故で死者1名、負傷者8名の人身災害となったほか、 3,700KLの酸性液が防液堤内に押し寄せ、うち370KLがデラウェア川に流れ込んだ。
 ● 2005年、ベルギー・アントワープ; タンクの壊滅的な破壊によって、26,000KLの原油が放出され、一部は防油堤を越えた。 
 ● 2005年、米国ルイジアナ州; ハリケーン・カトリーナの通過ルートになった石油基地や製油所の中には、封じ込め設備からの流出を経験した。最も顕著だったのはマーフィー・オイル社で、流出量は10,000KLと推定された。
 ● 2,006年、米国コネチカット州スタンフォード; 壊れたバルブが要因で380KLの燃料油がタンクから放出され、2次封じ込め設備から流出した。流出量は不明である。

■ タンク事故の原因はいろいろであり、失敗要因にもいろいろあるが、重要なことはそのような事故の引き起こした結果である。封じ込め設備から流出すると、経済的損失や環境汚染につながる。環境汚染は、例えば局所的な土壌汚染や水路系の汚染、ひいては飲料水の問題に進展することになる。

< 見直しの必要性 >
■  1次封じ込め設備において液の大量流出に至る破壊事象が数多くあることから、2次封じ込め設備の性能や設計に関して改めて見直してみる必要性のあることがはっきりした。タンクの破壊に至る最初の要因はいろいろあるが、突然、壊滅的な放出が起った場合、ほとんどの例で防油(液)堤が不足していたことが分かった。貯蔵タンクから液が一気に放出されると、防油(液)堤から越流するのは当たり前ともいえる。危険性を感じることが多い部位は健全性の欠ける溶接部であり、これは多くの事例から明らかである。危険性の内在の有無という点で、2001年、米国環境保護庁(EPA)は貯蔵タンクの壊滅的な破壊の潜在性について、つぎのような事項を再評価する必要性があるとしている。
 ● 作業員の技量および試験・検査の品質レベルに関する製作者の詳細と記録
 ● 溶接欠陥の有無と処置に関する記録
 ● 基礎と直接接しているタンク底部における腐食の徴候
 ● 激しい雨や強風に曝されているレベル
 ● タンクの経年変化と使用条件
 ● 他の種類、特に危険性物質を貯蔵するタンクとの距離

■  危険性を低減したり予防するには、適切な設計と建設が直接関係しているほか、潜在している危険な欠陥の早期発見や補修を行う定期検査とメンテナンスが関係している。検査周期については指針などによって異なる。API Std 653(Tank Inspection, Repair, Alteration, and Reconstruction)では、タンク全面検査の周期について5年毎を推奨しており、一方NACE(National Association of Corrosion Engineers; 米国防食技術協会)Internationalでは、2年毎を提案している。これらの指針や提案の基準は、直接的な法規制の要求ではなく、自主的に決めるものである。しかし、不適切な検査が壊滅的なタンク破壊の根本原因のひとつになることがある。例えば、2005年ベルギーのアントワープ事故である。破壊したタンクと同じ封じ込めエリアにある他のタンクについて検査した結果では、すべてのタンクで問題のある基礎であることがわかった。基礎部の過剰な水分を抑えるために水路(みずみち)の考慮をした砕石リングによって生じた底板の大きな溝が、結果的に破壊するまで分からないような局所的な腐食を進展させてしまった。

■ 貯蔵タンクから危険性の液体が放出されたあとの挙動を予測することについて英国安全衛生庁(HSE)が関心をもっていると、ザイヤー/ハースト/ジャガー(Thyer、Hirst and Jagger)は2002年に述べている。英国安全衛生庁(HSE)は、安全に対して責任をもつ法定組織であり、いろいろな環境機関と協力しながら仕事をしている。法定業務は、主に重大事故ハザード規則管理(Control of Major Accident Hazards Regulation)とセベソ指令Ⅱの実行を通じて成し遂げられている。英国の法令のもとでは、リスク・アセスメントをきちんと実施する必要があり、構内から危険物質が流出しないように管理する実際の方法について概説する必要がある。このためには、いろいろな可能性のある想定をもとにした流出の予測をする必要があり、さらに2次封じ込め設備の性能に関する現実的なデータが必要になってくる。ザイヤーとマクミラン(Thyer and MacMilan)が1998年に述べているように、実験的なデータベースに組み入れる一般変数を決めるためには、コンピュータ・ベースのモデルが開発されれば、容易になる。

■ 防油(液)堤からの越流の問題とともに、液の衝突によって防油(液)堤にはかなりの動的荷重がかかる。このため、防油(液)堤に激しいエロージョンが生じたり、場合によっては壊れて、液の流出に至るかもしれない。最初、1980年にクーペラス(Cuperus)が行った研究によると、動的荷重は防油(液)堤の底部にかかる静的荷重の6倍より高くなるかもしれないと言われていた。その後、1983年にレージスキー(Rouzsky)らが行った研究によると、動的荷重は静的荷重の3倍程度だという結論だった。

■ 1998年のザイヤーとマクミランの研究によると、多くの現場において防油(液)堤の強度の余裕率について調べたところ、大きな差(600~2)があった。大きな防油(液)堤では余裕率が小さくとられており、完全に壊れるリスクがあることがわかった。従って、動圧力について正確な評価を行う必要があり、詳細な分析を行って防油(液)堤の安全率を確認する必要がある。

< 流出モデル >
■ 1978年のグリーンスパンとヤングの研究では、擁壁に対する液の衝突やその後の越流に関する問題についてほとんど分かっていないと述べている。このため、グリーンスパンらは問題点について理論的な検討と実験的な調査を行った。

■ 分かった中で大きいことは、越流が主にh/H、すなわち擁壁の高さ(h)とタンクから放出される液高さ(H)の比に依存していることである。そして、L/R、すなわちタンク半径(R)に対する擁壁とタンクまでの距離(L)の比にはあまり依存していなかった。 (図1を参照) 実験は、 0.33 ≦ L/R ≦ 4の範囲において擁壁高さとタンク高さをいろいろな組み合わせで行われた。また、衝突点において盛り上がる液の先端高さは、タンク内の当初の液高さを越えることが分かった。このとき、放出液の先端からほとばしる液滴の高さは、タンク充填液位の3倍に達した。
図1 タンクおよび堤の関係と寸法記号 
■ グリーンスパンとヨハンセンによる1981年の研究では、波が擁壁を越えるかどうかは土盛りや堤の形状によると述べている。液は傾斜した堤を跳び越すかもしれないし、垂直堤の背後にすぐに溜まって越流するかもしれない。実験は軸対称系の装置で、貯蔵タンクから液を瞬間的に放出して実施された。すなわち、静置状態の液の柱が重力作用によって一気に落下し、広がっていくやり方だった。グリーンスパンとヨハンセンの実験で導いた結論として、越流率(0 ≦ Q ≦ 1)を推定する式はつぎのような無次元数の組み合わせで表されるだろうとした。
  Q= ƒ ( h/H, r/H, R/H, θ)           (1)
 ここで、 h/Hが主変数であり、 r/H、R/H、 θ(堤の傾斜角度)は副次的なパラメーターである。

■ 1997年、英国の安全衛生研究所(Health and Safety Laboratory)が調べた結果では、この分野における研究はたくさん行われた一方、検討内容が断片的であり、多くは記録が残っていないという。1998年、ザイヤーとマクミランは、当時、利用可能な情報を調べ、グリーンスパンとヨハンセンによる初期の研究(1981年)に注目した。それは、タンク破壊について軸対称モードと非対称モードの両方が考慮されていた。そのあと、1998年、トロボジェビックとスレーター(Trobojevic and Slater)は、放出された液の衝撃によって2次封じ込み設備に潜在する損傷問題について実験を行った。このような研究歴史から、リバプール・ジョン・ムアーズ大学(LJMU)においてタンク破壊による流出の物理的モデル化を行うことになった。この研究は、2005年、アサートン(Atherton)によって行われ、合計96ケースのタンク/堤配置について検討された。タンクは高い、中間、低いの三種類に分け、堤容量は貯蔵タンク容量の110%~200%の範囲でいろいろな組み合わせを選択し、十分な大きさの規模で行われた。

■ タンク破壊事象の故障モードはかなり複雑であり、割れの進展具合と自由表面における流出液の流れとの間には相互に影響しあう関係がある。そこで、割れは流体の挙動の中で流速に関係していると仮定し、流速が速いほど割れが進展するとした。そして、割れは縦方向と円周方向に同時に進展すると仮定した。従って、タンクは瞬間的に完全な状態を失い、液は封じ込め設備まで移動していくとした。また、円筒柱の液が重力によって崩れていくという仮定も置いた。

写真1 LJMU式モデルタンクと流出部テーブル
■ 壊滅的なタンク破壊をシミュレーションするため、写真1のようなタンク四半部の実験用モデルと流出部のテーブルを製作した。使用したモデルのスケールは1/30とし、摩擦の影響をできる限り排除するために十分な大きさを考慮した。実験レベルでの摩擦の影響は、越流のレベルを過小評価する結果を生じやすく、有害な要因になる。当初のタンク液位と堤における波の高さは、静電容量式プローブによって記録した。堤の壁には動圧力センサーを組み入れ、流出部テーブル上にいろいろな高さと配置を行った堤モデルを設定して実験を行った。

■ 一貫性のあるデータを得るため操作方法に工夫を凝らして、タンク破壊と越流レベルの再現性に問題がないよう研究調査を行った。越流した量と堤に残った液量は、排水部の水を集めた後、物質収支を行って計測した。収集したデータはPDA(携帯情報端末)に入れて、赤外線通信リンクによって“ノートパソコン”へ伝送する。

■ タンク液の高さ、堤部における波の高さ、堤での動圧力、液温などの生データは、ナショナル・インストルメンツ社のLabVIEWソフトウェアを入れたSCXIデータロガーによって集積される。今回の研究の一環として作られたグラフィック・プログラムによって、“リアルタイム”でデータをコンピュータ画面に表示することが可能となった。これによって他のソフトウェア・パッケージを使用して処理する必要がなくなった。越流率を決定するため、データについて統計的分析を行い、無次元数を使用した相関関数とチャートを構築した。動圧力センサからのデータを使用して、堤の壁自体の動圧力グラフを計算で求める。そして、現在の設計目的で用いる静圧力グラフと比較させる。

■ モデル化の適正化と予測の信頼性を上げる試みとして、実験ではタンクの大きさを3つに分け、タンク半径と高さの比率;R/Hを0.5、1.0、2.5の3種類とした。堤は“ハイカラー”(高い襟)と分類される堤を想定し、容量は110%、120%、150%、200%とした。これらの詳細については、2005年に出した研究レポートHSE RR333(An Experimental Investigation of Bund Wall Overtopping and Dynamic Pressures on The Bund Wall Following Catastrophic Failure of A Storage Vessel)を参照。実験の大半は、円環の四分円配置で実施した。これは、長方形配置や四角形配置の堤では流れ特性に差異が生じ、結果として越流や動圧力の大きさに違いが出るためである。

< 軸対称の流出 >
■ 110%容量で設計された堤では、越流する量は状況次第で幅があり、貯蔵液に対する比率で最良の24%から最悪の70%までの範囲を示した。(図2を参照) 動圧力も同様に幅があり、静圧力の1.3倍から16倍の範囲だった。一方、200%容量で設計された堤で実施されたテストでも、越流率はかなり高い値を示した。越流率は低い値の14%から高い値の57%の範囲になった。これに伴う動圧力も幅があり、静圧力の1.5倍から7.5倍の範囲だった。
図2 標準的な軸対称流出モデル
タンクを瞬時移動して重力作用によって崩壊する液
< 非対称の流出 >
■ 英国安全衛生庁(HSE)から委託された研究について視点を変え、破壊の別な代替モード、例えば一方向性流出について調査することにした。これは、実際に遭遇するような破壊の共通モードを考慮するためである。そのような破壊とは、例えば、低い位置にあるフランジやパイプの破損、あるいはタンク壁の小部分における健全性の喪失などである。研究で分かったことは、この破壊モードでは、流体が長い時間に集中的に噴出の影響を受けることによって堤や土盛りが損傷を招く可能性があり、封じ込めの損失がかなり大きくなるという結果となる。(図3を参照)
図3 標準的な非対称流出モデル
タンクの部分破壊によって堤にジェット衝撃を与える液
■ 破壊の代替モードとしては、クラックが円周方向より縦方向に進展する方が速いという事実にもとづき、タンクの縦断面に割れが入り、生じた隙間から液が放出されるものとした。これは非対称破壊モードであり、堤への動的荷重が局所的に増すことになる。しかし、トルボジェビッチとスレータが1989年に論じたように、実際には2つの破壊モードの複合したものが起こると思われる。

■ 1990年のバーンズ(Barnes)による“スピガット・フロー”(Spigot Flow: 栓噴流)や防油(液)堤の設計におけるジェット流損傷の可能性などが考えられていた時代には、突然の流出に関して多くの研究が行われていた。リバプール・ジョン・ムアーズ大学(LJMU)では、部分的な破壊の影響について検討していた。これは、1981年グリーンスパンとヨハンセンによる最初の研究で提案されたようなフランジの機能喪失やタンク壁の局所損傷などで経験され得るものを想定したものである。

■ この破壊モードを調べるためには、実験設備を修正する必要があった。このため、上記の軸対称の流出で述べた可動式壁の前に第二のタンク壁を置くことにした。このタンク壁にガイドを設け、交換可能なプレートを挿入できるようにした。孔を開けたプレートはフランジの機能喪失を想定する場合に使用し、可変式プレートはタンク壁の部分損傷の影響を調べる際に使用した。第二の壁はオリジナルの壁から0.2mm以内に置き、軸対称の流出時と同じ速さでオリジナルの壁を動かすようにした。テストでは、タンクの半径と高さ比率(R/H)について3種類、円形孔のオリフィスについて3種類、長方形(スロット)の開口について3種類を考慮して行った。

< 越流量の推測 >
■ グリーンスパンとヨハンセンによる1981年の研究データにもとづき、 2001年にクラーク(Clark)、2005年にハースト(Hirst)らが越流量を推測する式を導き出そうと試みた。この研究は2005年にアサートンによって達成された。いろいろな破壊モードや配置から得られたデータによって、越流量の推測式の信頼性は格段にあがった。(図表1を参照)
図表1 軸対称のタンク破壊による越流
R/H=1.0、堤の各種角度
■ 軸対称の流出の場合、次式で表される。
  Q = A exp [-B(h/H)]                                        (2)
   ここで、Q: 越流率 (タンク内液に対する越流量の比率)
         AおよびB: 表1から得られる値
             h: 堤高さ   H: タンク液位
 この式は、2001年のクラークによって提案されたものと同じ形である。この式の有効な範囲は、0.66 ≦ (r – R)/R ≦ 5.32 である。ここで注記すべきことは、 “ハイカラー”(高い襟)堤は有効な範囲から外れるということであり、越流率は、通常5%未満で、ほとんど無視できる。“ハイカラー”(高い襟)堤を外すことによって、大きな半径で小さな堤に適した推測式の質を改善することになる。大きな半径で小さな堤では、摩擦力が結果に影響を及ぼし始める。
表1 軸対称破壊モード: タンク内液100%を瞬時放出
■ 非対称のスロット放出の結果は図表2に示す。非対称のスロット流出の場合、式(2)におけるAおよびBは、タンク開口面積比に応じた表2に示すAおよびBの値を用いる。
図表2 非対称および軸対称タンク破壊による越流率の比較
R/H=1.0、堤の角度θ=90°

表2 非対称破壊モード(スロット): タンク内液0.5%を瞬時放出

表3 非対称破壊モード(スロット): タンク内液1.5%を瞬時放出

表4 非対称破壊モード(スロット): タンク内液2.5%を瞬時放出
< 動圧力 >
■ 図表3は、軸対称で開口面積0.5%のスロットおよび円形孔オリフィスからの流出時において堤部にかかる動圧力のレベルを示したものである。動圧力を通常の静圧と比較してみた。この場合の静圧は、高さ120mmの堤モデルを用いて水による値で、高さを%で表示している。
図表3 動圧力の結果
R/H=1.0、堤容量110%、堤の角度θ=90°
■ この結果から明らかになったのは、動圧力の大きさは、越流の規模に左右されるほか、開口面積の形状が重要な因子になっているということである。しかし、四半円スペースのモデルでは、還流現象による問題があり、特に円形孔オリフィスの場合、越流を増やす傾向になる。

< 軽減策 >
■ グリーンスパンやヨハンセンを含めた多くの研究者は、タンクの破壊事象時に越流を減らす方法として2次封じ込め設備の形状をいろいろ変更する試みを提案してきた。2007年にリバプール・ジョン・ムアーズ大学(LJMU)で行われた研究では、1次封じ込めと2次封じ込めの両方について改善可能な範囲を調査し、その詳細内容は2年ほどの間に発表された。この研究は110%の堤容量を前提にしたものに集中した。これは、すでに示したように、2次封じ込め設備の容量を単に増やすだけでは、タンクの破壊事象時に生じる相当量の損失を回避できないという考え方によるものだった。

■ 損失軽減に関する有効なものとしては、MOTIF(Mitigation Of Tank Instantaneous Failure: タンク瞬時破壊の軽減)やCOAST(Catastrophic Overtopping Alleviation of Storage Vessel: 貯蔵容器の壊滅的越流の軽減)がある。MOTIFは貯蔵容器の設計に関する変更である。これは低所に内部バッフルを設置するもので、バッフルの大きさは対象タンクの種類によって変わる。バッフルの目的は、壊滅的なタンク破壊事象時に流出する液の流速を減じることである。 COASTは、堤壁の上部に波の衝撃に耐えるよう特別に設計したデフレクター(波返し)を設置するものである。デフレクターを既設の堤に追加すれば、2次封じ込め設備の総容量を増やす効果もある。デフレクターを新設の2次封じ込めシステムの設計に取り込めれば、110%容量でも十分なものとなる。越流を回避する上で重要なことは、構造物の全体寸法よりデフレクターの形状である。

■ これらの変更を取り入れて得られた典型的な結果を図表4に示す。 COASTのみの場合、15~52%の軽減がみられた。 MOTIFのみの場合、76~79%の軽減がみられた。一方、両方の軽減策を組み合わせた場合、110%の堤容量をベースにして91%の軽減につながることがわかった。
図表4 軸対称タンク破壊に対する越流軽減策の結果
R/H=1.0、堤の角度θ=90°
< 結 論 >
■ はっきりしたことは、貯蔵タンクに壊滅的な破壊が生じた場合、たとえ防油(液)堤が損傷しなくても、貯蔵されていた液の70%を超える量が越流して堤外の環境へ影響を与えるということである。その上、流出液による衝撃に対して、2次封じ込め設備が耐え得るか疑わしい。堤の構造にはいろいろあるが、一般的に設計された堤には、6倍の動圧力がかかるのである。図表3に示す例でいえば、動圧力は破壊の形態によって違うが、円形孔オリフィスの場合、通常の静圧の2倍以上の圧力がかかる。

■ 軸対称破壊の研究を行うリバプール・ジョン・ムアーズ大学(LJMU)では、過去の研究者によるレポートを確認する一方、越流量の推測に関する信頼性を格段に高めた。2005年にアサートンによって発表されたデータは、英国安全衛生庁(HSE)の研究者に認められ、2007年アービングとウェーバー(Irvings and Webber)による国土計画問題で使用するための予測ソフトウェアの開発計画に受け入れられた。タンクの部分破壊と全体破壊の両方に関する予測式の開発は、防油(液)堤で発生し得る動圧力の推測とともに、現在の軽減策を改善する業務に有効なデータを与えることになるだろう。

■ 現在、 MOTIFやCOASTの開発は、概念がシンプルで、初期のテストからの改善が比較的進んでいるということがわかった。さらなる進展と最適化を必要としている中で、施設区域から液が流出する量を劇的に減じたり、まったく無くすことのできる可能性を示しているといえよう。このようなシステム構築のメリットは、環境破壊を制限することになる。そして、これらは資本的損失や物的損失の減少とともに、将来の国土使用計画と密接な関係をもっている。


補 足             
■ 「リバプール・ジョン・ムアーズ大学」(Liverpool John Moores University)は、 英国リバプールの中心部に位置しており、 現在25,000人(留学生:約3,000人)の学生が在籍している。リバプール・ジョン・ムーア大学は1825年に設立された機械学の教育機関を前身とし、1992年に大学として認可された。大学としては比較的新しいが、建築学、電子・電気工学、スポーツ関連学が高い評価を得ているという。

■  「英国安全衛生庁」(Health and Safety Executive;HSE)は1974年に設立され、イングランド、ウェールズ、スコットランドにおける国民の健康と安全を司る国の機関で、日本では「英国安全衛生庁」あるいは、「健康・安全行政部」ともいわれる。 HSEが行った事故調査で有名なものは、2005年12月に起きたイングランドのバンスフィールド石油貯蔵所における爆発火災事故である。ハザード評価の分野では、ドイツのBAM(ドイツ連邦材料試験研究所)、オランダのTNO(応用科学研究機構)と並ぶ世界を代表する研究機関として知られている。

所 感
■ 貯蔵タンクの破壊による液流出のモデル化という日本では見られないテーマを扱った研究レポートで、示唆に富んだ良質な内容だった。 日本では、1974年に起きた岡山県倉敷市の水島のタンク破損による重油流出事故以降、消防法で防油堤に関する規制が強化され、防油堤に関する“安心”神話が生まれている。壊滅的な貯蔵タンクの破壊事故は、水島事故以降、確かに日本では無いが、世界的規模でみると、事例は多いという研究レポートの始まりに興味をひかれた。
 英国は、日本と同様、島国であり、防油(液)堤からの越流が直接大きな環境汚染へとつながる恐れがある。リスク・アセスメントやハザード評価に関心の高い英国で、この研究テーマが選ばれた理由が理解できる。この点、広大な土地を保有する米国とは国情の違いを感じる。

■ 貯蔵タンクが壊滅的な破壊をした場合、防油(液)堤を越流する液量は予想以上に多いという印象をもった。この研究レポートの良さは、単に流出のモデル化で実験データを得ただけでなく、軽減策に言及している点である。日本の石油コンビナートや化学プラントは港湾の近いところに建設されたものが多い。すぐ目の前が海(川や池)に面している石油貯蔵タンクやケミカルタンクは、少なくとも海側の防油(液)堤の壁上部にデフレクター(波返し)を設ける必要性を考えさせられるレポートである。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Ioscproceedings.org, The Modeling of Spills Resulting from The Catastrophic Failure of Above Ground Storage Tanks and The Development of Mitigation,  2008 International Oil Spill Conference,
           W. Atherton,  J.W. Ash,  R.M. Alkhaddar
               Liverpool John Moores University, Faculty of Technology and Environment, School of The Built Environment,
               The Chere Booth Building, Byrom Street, Merseyside, Liverpool L3 3Af, UK


後 記: 今年になって、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省)がまとめているARIA(事故の分析・研究・情報) の資料の中から、過去の注目されたタンク事故について事例紹介してきましたが、事例には壊滅的なタンク破壊による流出事故が少なくなく、この関係で知った今回の研究レポートを紹介することとしました。 取り組み始めたところ、過去の貯蔵タンク破壊事故の中には初めて聞く事例があったり、なじみのない用語などがあり、これらを調べるため脇道にそれることが多かったですね。例えば、デラウェア州の廃硫酸タンク事例の記述では、量につじつまが合わないところがあり、事例原本を調べ、体積単位の換算(ガロン→㎥)の際に間違っていることが分かり、数値を修正しました。(あれだけ合理的な考え方をする米国なのに何を意固地に世界の共通単位にしないのでしょうかね) とまれ、紹介できるところまで来たという感じです。
             

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