ロシア・シベリアの石油施設において炎上する原油タンク
(写真はtheMoscowTimes.comの動画から引用) |
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・theMoscowTimes.com, Oil
Reserves Fire in Irkutsk Forces
Evacuations, August 22,
2013
・RT.com, Oil Storage
Tank on Fire in Eastern Siberia, August 22,
2013
・Itar-Tass.com, Oil Tank near Irkutsk Catches Fire,
Spill, August 22, 2013
・Itar-Tass.com, Oil
Tank Afire Irkutsk Region, July 03,
2013
・english.CCTV.cn, Oil
Tank Fire Leaves 2 Missing in Russia’s Siberia, July 03, 2013
<事故の状況>
■ 2013年8月21日(水)午後12時過ぎ、ロシアのシベリアにある石油施設のタンクで火災の起きる事故があった。事故があったのは、シベリアのイルクーツク州アンガルスク地区にあるディテコ社の石油施設で、容量5,000KLの原油タンクから火災が発生した。
シベリア・イルクーツク州のアンガルスク地区にあるディテコ社の石油施設
(写真はグーグルマップから引用) |
■ 緊急事態省の地方事務所は、ディテコ社が操業している石油施設で、8月21日(水)午後12時8分、容量5,000KLの原油を保管する貯蔵タンクが火災を起こしたと発表した。貯蔵タンクには3,000KLの油が入っていた。
当局によると、この火災発生に伴い、従業員約300名が強制的に避難させられた。緊急事態省のアンドレイ・シュトフ氏によると、火災によるケガ人は出ていないという。しかし、ロシアメディアのRTは、火災によって少なくとも7名の負傷者が出たと報じている。
■ ロシアのインテルファックス通信は、火災タンクから600m離れたところを走っているバイカル連邦高速道路が燃えている油から発生する濃い煙によって通行の中断を余儀なくされたと伝えている。内務省広報担当によれば、流れてくる煙によって道路上の視界がさえぎられ、地元の交通警察がバイカル連邦高速道路を規制しているという。
■ 緊急事態省のシュトフ氏は、火災現場から最も近いアンガルスクの住宅地は15km離れており、住民への危険は無いと強調して語った。
■ 石油施設にはタンクが10基あり、そのうちの1基から火災が起き、火炎に近いタンクは3基あった。近くの各消防機関から出動してきた消防士が消火活動を行なった。消防隊は、隣接するタンクに放水して冷却を行い、その間にメインの火災と戦う準備を行なった。RTでは、消火用水の不足と消防車の迂回ルート不足のため、火災は1日以上続いたと報じている。ロシアのイタルタス通信は、緊急事態省の地方事務所の広報担当の話として、火災タンクは10時間以上燃え、莫大な熱を受けて損壊し、燃えた油が流出したと伝えている。出動した消防隊は、消防士ら115名、消防車両35台にのぼった。
■ 火災の原因について予備的な調査によると、作業規則の違反が要因だと、RTは報じた。
タンク火災における消防活動の状況 (写真はtheMoscowTimes.comの動画から引用)
|
タンク火災における冷却放水の状況 (写真はtheMoscowTimes.comの動画から引用)
|
タンク火災状況と長時間の消防活動 (写真はRT.comの動画から引用)
|
タンク火災に対する消防活動 (写真はRT.comの動画から引用)
|
隣接タンクへの消防活動 (写真はRT.comの動画から引用)
|
可搬式泡放射砲を運び込む消防士 (写真はRT.comの動画から引用)
|
複ノズル型泡放射砲による消火活動 (写真はRT.comの動画から引用)
|
中・高発泡放出ノズルによる消火 (写真はRT.comの動画から引用) |
■ 「ロシア」は、正式にはロシア連邦で、ユーラシア大陸北部に位置する大統領制の共和制国家である。人口は約1億4,300万人で、首都はモスクワである。1991年、ソビエト連邦の崩壊によってロシア連邦が成立した。ロシア連邦は、ソビエト連邦構成国の連合体である独立国家共同体加盟国のひとつとなったが、ソビエト連邦が有していた国際的な権利(国連の常任理事国など)や国際法上の関係を基本的に継承して大国としての影響力を保持している。
「イルクーツク州」は、シベリア連邦管区(人口約2,080万人)南部に位置するロシア連邦の州(オーブラスチ)で、人口約230万人、州都はイルクーツク市である。州都イルクーツク市は人口約59万人で、首都モスクワからシベリア鉄道で繋がっており、ロシア極東地域とウラル・中央アジアを繋ぐ東部シベリアの経済・交通の要衝である。
ロシア・シベリア周辺の地図 (印A部がイルクーツク州アンガルスク地区付近)
(写真はグーグルマップから引用) |
「アンガルスク」は、イルクーツクから北西へ40kmの位置にあり、人口は約25万人である。第2次世界大戦の1948年にドイツ軍捕虜によって工業都市として建設が行われ、近郊には大規模な油田があり、石油化学コンビナートが建設されている。アンガルスクには、ロマネフチ社の所有する38.5万バレル/日の製油所がある。
アンガルスクでは、2013年7月2日(火)、石油地下タンクで火災の起きる事故があった。事故があったのは、イルクーツク州アンガルスクの工業地区にあるデルタコム社の石油施設で、容量500KLの石油地下タンクから火災が発生した。消火活動中に爆発が起こり、負傷者が発生した。火災は午前8時30分に発生し、午前11時34分に鎮火した。火災は、作業員が石油タンクの圧力を検査しているときに起こったというが、事故の原因はわかっていない。
2013年7月2日、アンガルスクにある石油地下タンクで発生した火災
(写真はau.news.yahoo.comから引用) |
■ 「ディテコ社」(Diteco)は、ロシアの非公開型株式会社(ZAO)の石油会社である。イルクーツクに精油精製プラントをもち、熱分解によってナフサを生産し、販売している。ナフサは石油化学産業で使用されている。おそらく油田から生産した原油を原料に石油化学用ナフサの生産に特化した石油施設と思われるが、詳細はわからない。
ディテコ社の石油施設のタンク地区
注:写真からタンク直径は約25m、タンク間距離はタンク直径×0.7であることがわかった。
(写真はグーグルマップから引用) |
■ 「RT」は、以前は「ロシア・トゥデイ」(Russia Today)の名前で知られているロシアのテレビ放送局である。
2005年に開局したニュース専門局で、ロシア政府が所有する実質国営メディアである。モスクワを拠点にしているが、ワシントン、ロサンゼルス、ロンドン、パリ、テルアビブなどに支局がある。米国では、BBCニュースに次いで多くの視聴者を持っている。
「イタルタス通信」(ITAR TASS)は、以前は「タス通信」の名前で知られているロシアの国営通信社である。1992年にイタルタス通信として開設された。
「インテルファックス通信」(Interfax)は、1989年に設立したロシアの非政府系通信社である。モスクワを拠点にヨーロッパとアジアに関わる記事に注力している。日本語では「インターファックス通信」と表記されることもある。
所 感
■ 火災原因は作業規則の違反という他に情報はないので、ここでは、消火活動の観点から当ブログで紹介した「火災への備え」を参考にしながら考えてみる。
発災タンクは原油タンクであるが、浮き屋根式でなく、固定式コーンルーフ型(または内部浮き屋根式)である。タンクの仕様は、情報から、直径25m、高さ10m、容量5,000KL、液量3,000KL、液高さ6mである。
標題の写真を見ると、屋根部材が一部垂れ下がっているので、おそらく最初に爆発的火災があって屋根がめくれたものと思われる。このため「障害物あり全面火災」になっており、消火活動の難しいパターンの一つである。
■ 石油施設は、住民の居住区から離れている場所に建設されているが、出入口道路は2箇所あり、曲がりくねっておらず、消防車両の通行に問題はない。タンクの配置と施設内の防災道路のアクセス性はよくない。しかし、丘の上の道路の下に発災タンクがあり、消火活動上、悪いとはいえない。タンク間距離はタンク直径×0.7程度であり、現在の標準であるタンク直径×1.0からすれば、タンク間が近く、延焼しやすい。
■ タンクの大きさから推奨される泡放射量は6.7L/min/㎡以上であり、泡放射砲の必要能力は3,300L/min以上となる。消火までに必要な時間を60分とすれば、全泡溶液量は198KLとなる。泡剤の混合率を3%とすれば、消火泡剤の必要量は6KLとなる。
発災タンクは、日本の法令によっても大容量泡放射砲システムを必要としないタンク規模であり、可搬式泡放射砲と高所化学消防車で消火できる火災規模だった。写真を見ると、可搬式泡放射砲や特殊な複ノズル型泡放射砲が使用されたにもかかわらず、完全には制圧できなかったようだ。この要因としては、①
「障害物あり全面火災」であり、必要な泡放射量がもっと大きかった(泡放射量は10L/min/㎡とすれば、泡放射砲の必要能力は6,300L/minとなる)、②泡放射が単発的で、泡剤を無駄に消費し、有効な消火戦術が遂行できなかった、③防災道路のアクセス性が悪く、消火機材の適正な配置ができなかったなどがあげられる。
■ 輻射熱の曝露対策として隣接タンク(直径25m)に必要な冷却水量は1基当たり1,850L/minである。従って、3基に必要な冷却水量は5,550L/min=330KL/hとなる。これに必要な泡溶液量192KL/h (198KL/h×97%)を加えると、泡放射時間帯に必要な消火用水は522KL/hとなる。さらに、泡放射砲の必要能力が6,300L/min(378KL/h)の場合、必要な消火用水は708KL/hとなる。このように、必要な消火用水と泡薬剤の供給が確保できると判断した場合に、泡放射を始めなければならない。
一方、隣接タンクに常時、冷却水を放水する必要はない。通常、タンク側板部に水蒸気が出ていれば、冷却効果があると見て放水を継続し、水蒸気が出ていない状態になれば、冷却の放水を停止する。タンク側板が再び熱せられた場合、冷却を再開する。このようにして消火用水の量を管理することによって、消火用水や排水の量を減らす。また、写真で見ると、タンクはすべて保温がしてあると思われ、曝露に対する耐力はある。(ただし、外装鋼板が外れる恐れはある)
発災の前半の冷却水の放水状況の写真を見ると、必ずしも適切な放水と思えず、結果的に延焼を免れたといえよう。冷却水の使い方については当ブログ「タンク火災時の冷却水の使い方」を参照。
■ 原油の燃焼速度は油種や条件によって異なるが、一般には10~30cm/hであり、ここでは20cm/hと仮定すると、液高さ6mでは、燃焼時間は30時間となる。火災は1日以上続いたとあるので、おそらく泡放射で制圧できず、燃え尽きたものと思われる。
■ 火災後半で、タンクが損壊し、燃えた油が流出したという情報がある。古いリベット式タンクでは、火災の熱ですきまが生じ、油が漏れ出ることがあるといわれる。当該タンクがリベット式だったかはわからない。通常、タンク側板は熱によって内側へ座屈していくが、風向きによって均等(同じ高さ)ではない。今回の火災では、冷却の不足した側が液面以下に座屈した結果、漏れ出たことが考えられる。写真によると、中・高発泡放出ノズルによる泡放射が見られるが、おそらく、漏れた油の地上火災に対応しているものと思われる。この点は適切な消火機材が使用されている。
■ 大容量泡放射砲が無くても消火できた火災規模である。いろいろな理由があるにせよ、消防隊は混成チームで、的確な行動ができなかったと思う。この点、訓練が重要であるが、この石油施設での混成チームの消防隊による訓練は行われていなかったと思われる。
後 記: ロシアのタンク火災情報はめずらしく、ロシアのメディア業界から出される情報を初めて扱いました。また、グーグルマップで初めてロシアのシベリア地方を調べました。タンクに使われている保温外装鋼板も見たことのない種類ですし、消防機材の複ノズル型泡放射砲も見たことがありません。いろいろな消防機材が登場しますが、消防活動に一貫性がないように感じました。それでも延焼もせず、よくボイルオーバーも起こらなかったものだと思います。情報量は少なかったのですが、消火活動について考えるためのデータだけはそろいましたので、推測を混じえてまとめることにしました。何もかもがめずらしい火災事例でした。
ところで、2011年11月に山口県周南市にある東ソー南陽事業所で起きた「東ソーの塩ビモノマー製造設備で枕型タンクへ抜き出し中に爆発火災」について業務上過失致死や業務上過失激発物破裂などの疑いで書類送検されていた東ソーの社員3人は不起訴処分になったという報道がありました。当時の所感に述べたとおり、刑事事件として扱うには無理があり、事故原因を明らかにし、今後に活かされれば、それでよいのではないかということに落ち着きました。しかし、この結論に至るまで長すぎますね。
0 件のコメント:
コメントを投稿