漏れのあった多核種除去設備(ALPS)のバッチ処理タンク (写真は原子力規制庁の資料から引用) |
本情報はつぎのような情報に基づいてまとめたものである。
・Tepco.co.jp, 東京電力報道配布資料;福島第一原子力発電所多核種除去設備(ALPS)バッチ処理タンク2Aにおける水滴の発見について,
June 17, 2013
・Tepco.co.jp, 東京電力報道配布資料;福島第一原子力発電所の状況,
June 20, 2013
・Mainichi.jp,
福島第1原発:試運転のALPS、タンクから水漏れ,
June 18, 2013
・NHK,
原発汚染水漏れ タンクに2つの穴, June 19,
2013
・Minpo.jp, 1系統のタンクに水滴,
June 17,
2013
・Kahoku.co.jp, 福島第1汚染水水漏れ タンク底部に2ヵ所の穴,
June 19,
2013
<漏れ事象の状況>
■ 2013年6月15日(土)、福島県双葉郡大熊町・双葉町にある東京電力福島第1原子力発電所にある放射能汚染水処理装置である多核種除去設備(ALPS)の汚染水タンクから漏れていることがわかった。漏れたのはALPSの前処理設備にあるバッチ処理タンクで、大きさは高さ6m、直径3m、容量約33㎥、厚さ9mmのSUS316Lステンレス鋼製竪型タンクの下部にある溶接部から内液の汚染水がにじみ出ていた。
(図は東京電力の報道配布資料から引用)
■ 東京電力によると、15日午後11時頃、試運転中の多核種除去設備(ALPS)を点検していた社員がA系列の前処理設備にあるバッチ処理タンク(2A)の受け皿に水滴の跡を発見した。タンク内には放射性物質を含む汚染水が入っており、漏洩の可能性があるとして、16日(日)午後6時過ぎ、水滴の確認されたA系列の停止操作に入った。タンク下には受け皿があり、水滴の外部への漏洩はないという。毎日新聞によると、水滴跡発見後、バケツに約370mL溜めて確認し、16日午後11時20分にラインを停止した。前処理設備は、放射性物質を除去する前に、汚染水に含まれる鉄やマグネシウムなどを溶剤で取り除く装置だという。
バッチ処理タンクの漏れ箇所
(図および写真は東京電力HP報道配布資料から引用してまとめ直した) |
■ 東京電力は、18日(火)に漏れたバッチ処理タンク(2A)について水抜きを行ったうえで外面調査を行い、溶接部の浸透探傷検査結果、2箇所の微小孔(ピンホール)を確認したと発表した。
NHKによると、東京電力では、タンクを2012年7月に設置する前に溶接部分に孔がないことを確認しており、溶接作業が不十分だったために孔が開いた可能性があるとみているという。毎日新聞によると、東京電力は製造時か設置時に問題があったとみて調べていると報じている。
■ 東京電力は、20日(木)にバッチ処理タンク(2A)と同様の構造のバッチ処理タンク(1A)について浸透探傷検査を実施した結果、タンク表面の1箇所に液体のにじみがあったことを発表した。1Aタンクにも2Aタンクと同様のピンホールがあるものと考えているという。
補 足
■ 「多核種除去設備」(ALPS:
Advanced Liquid Processing System)は、通称アルプスと呼び、高濃度汚染水から複数種類の放射性物質(核種)を同時に除去する装置で、東芝が開発して東京電力に納入したものである。ALPSは2段階の除去システムを持ち、第1段階で重金属類を、第2段階で各種放射性物質を除去する構成となっている。第1段階は前処理設備と呼ばれ、鉄共沈処理を行い、α核種とCo-60やMn-54などを除去する。続いて炭酸塩共沈処理設備によって次のステップで用いる吸着塔において吸着を阻害するMgやCaイオンを除去する。その後、第2段階として吸着塔において、除去する放射性物質の性質に応じた吸着剤(活性炭や樹脂など)を用いて種々の核種を除去するシステムである。ALPSはトリチウムを除く62種の放射性物質を除去できる。トリチウムは化学的に水に近い状態で、ろ過や脱塩、蒸留を行っても分離するのが難しいのが現状である。
ALPSはA~Cの3系列が建設され、2013年3月末から試運転が行われている。汚染水漏れのあったA系列が先行してホット試験と称する試運転が実施されている。
多核種除去設備(ALPS) (写真はFNNの映像から引用) |
建設中の多核種除去設備 (写真は東京電力の資料から引用) |
■ 「バッチ処理タンク」は前処理設備の鉄共沈処理を行う主要設備で、後段の吸着材の吸着阻害要因となる除去対象核種の錯体を次亜塩素酸によって分解することと、水中に存在するα核種を水酸化鉄により共沈して除去する。このため、次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄を添加した後、pH調整のために苛性ソーダを添加して水酸化鉄を生成させ、さらに凝着剤としてポリマーを投入する。このプロセス工程はバッチ運転で行われるため、
1Aタンクと2Aタンクの2基がある。
バッチ処理タンク(右側) (写真は原子力規庁の資料から引用) |
ALPSに使用する機器の材質選定にあたっては、使用環境条件が設定され、検討されている。「特定原子力施設監視・評価検討会 多核種除去設備に関する補足説明資料」(平成25年2月21日付け 東京電力作成)によると、バッチ処理タンクは、塩化物イオン濃度13,000ppm、常用温度60℃、最大流速1.7m/s、pH7.5~8.5の条件で、SUS316Lステンレス鋼が選定されている。(多核種除去設備全体で主にSUS316Lステンレス鋼が選定されている) 設計段階で材料の適合性について「使用環境を考慮し、孔食や応力腐食割れ等の評価を行い、使用環境に適合していることを定量的に示すべきではないか」という意見が出て、ステンレス鋼(SUS316L)の塩化物応力腐食割れ(SCC)、すきま腐食、孔食、全面腐食について評価された。
この評価結果、「“すきま腐食”が発生する可能性は否定できないため、“すきま腐食”が発生する可能性のある箇所について定期的な点検・保守を行っていく」とされ、「万一の漏えい対策として、当該部位のビニール養生および受けパン設置」の対応がとられた。
なお、ステンレス鋼の塩化物応力腐食割れ(SCC)の評価については、熱交換器用304系ステンレスチューブの塩化物SCCが整理された通称「西野線図」が参考にされている。
「バッチ処理タンク」は、いわゆる貯蔵タンクではなく、共沈処理を行う反応槽または攪拌槽の範ちゅうの機器である。今回、漏れたタンクの下部の写真を見ると、通常、この種の容器に採用される楕円状の鏡板でなく、円錐状になっている。理由は未確認であるが、コスト上の理由ではなく、共沈させたスラッジの抜き出しやすさを考慮して安息角を大きくとったものと思われる。しかし、このため、タンクの下部に溶接線が増える構造になっている。溶接部は工場で水張りによる漏洩検査が行われている。吸着塔系の溶接継手は浸透探傷検査が行われているが、タンク類は水張り試験のみである。
■ 「バッチ処理タンク」系の溶接部損傷事例は初めてではない。2013年4月25日(木)、バッチ処理タンク上部の配管フランジ溶接部から漏洩している。原子力規制事務所がALPSの試運転状況を確認しているが、5月3日(金)に現地確認に入っている。同事務所の報告書によると、漏洩箇所は応急補修材のベロメタルによって補修されており、詳細は確認できなかったとある。配管の仕様や内部流体はわからないが、報告書には漏洩箇所と近傍配管の写真が掲載されている。
タンク上部配管の漏れ箇所(ポリ袋で養生) 近傍の同種配管(口径は異なる)
(写真は原子力規制事務所の報告書から引用) |
所 感
■ 今回の溶接部漏れについて東京電力では、製作工場における溶接品質の問題だという見方を表明しているが、漏れ箇所の写真を見た方は、応力腐食割れ(SCC)ではないかと思われた方が多いのではないか。溶接線において1箇所でなく、2箇所の欠陥(ピンホール)が見つかっており、さらに2Aタンクだけでなく、1Aタンクにも1箇所の欠陥が見つかっている。東京電力は、設計段階において、溶接は工場で行い、高い品質を確保すると述べていた。このように同種溶接線から複数の漏れに至る欠陥が製作工場の溶接作業時に形成されていたとは考えにくい。運転時に起こったと考える方が妥当であろう。
■ バッチ処理タンクの仕様や運転条件を調べてみると、予想以上に苛酷な運転条件であることがわかった。単なる貯蔵タンクではなく、共沈処理を行うための槽であり、おそらく攪拌機が装備されていると思われる。確かに材料選定時に使用環境に応じた評価が行われているが、塩化物イオン濃度13,000ppmのみが腐食要因となっている。しかし、汚染水の中には塩化物イオンだけでなく、いろいろな腐食性物質が含まれていると思われる。また、バッチ処理タンクには、共沈処理のため、次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄を添加した後、pH調整のために苛性ソーダを添加して水酸化鉄を生成させ、さらに凝着剤としてポリマーが投入される。これらの腐食要因については評価されていない。
■ バッチ処理タンクの下部は円錐状になっており、製作上、溶接線が増えた構造になっている。この溶接部には残留応力が形成しやすい。SUS316Lステンレス鋼は高級材料で、塩化物に対する耐食性は良いが、それは無垢の板やチューブの場合であって、今回のような残留応力のある溶接部では、応力腐食割れの可能性はある。
■ バッチ処理タンクの下部には共沈させたスラッジが生成する。溜まったスラッジの中で腐食による損傷が進展する可能性もあろう。タンク内では水酸化鉄を生成させるが、溶接部のわずかな凹凸部で攪拌による侵食の可能性も考えられる。ALPSのメーカーが過去にどの程度の化学プラントに関する運転・保全の経験や知見をもっているかわからないが、試運転から2か月余、これから潜在化していた問題が顕在化してくると感じる。
■ バッチ処理タンクの仕様や運転条件を調べてみると、予想以上に苛酷な運転条件であることがわかった。単なる貯蔵タンクではなく、共沈処理を行うための槽であり、おそらく攪拌機が装備されていると思われる。確かに材料選定時に使用環境に応じた評価が行われているが、塩化物イオン濃度13,000ppmのみが腐食要因となっている。しかし、汚染水の中には塩化物イオンだけでなく、いろいろな腐食性物質が含まれていると思われる。また、バッチ処理タンクには、共沈処理のため、次亜塩素酸ソーダ、塩化第二鉄を添加した後、pH調整のために苛性ソーダを添加して水酸化鉄を生成させ、さらに凝着剤としてポリマーが投入される。これらの腐食要因については評価されていない。
■ バッチ処理タンクの下部は円錐状になっており、製作上、溶接線が増えた構造になっている。この溶接部には残留応力が形成しやすい。SUS316Lステンレス鋼は高級材料で、塩化物に対する耐食性は良いが、それは無垢の板やチューブの場合であって、今回のような残留応力のある溶接部では、応力腐食割れの可能性はある。
■ バッチ処理タンクの下部には共沈させたスラッジが生成する。溜まったスラッジの中で腐食による損傷が進展する可能性もあろう。タンク内では水酸化鉄を生成させるが、溶接部のわずかな凹凸部で攪拌による侵食の可能性も考えられる。ALPSのメーカーが過去にどの程度の化学プラントに関する運転・保全の経験や知見をもっているかわからないが、試運転から2か月余、これから潜在化していた問題が顕在化してくると感じる。
後 記; 今回、東電福島第1原発の汚染水タンクからの漏れという報道を聞き、また仮設用タンクが漏れたかと思いました。しかし、情報を調べていくと、簡単な原因ではないことがわかるとともに、ALPSという設備の運転はなかなか大変そうだということがわかりました。今回のバッチ処理タンクの漏れ事象について、東京電力は製作時の問題という見方を記者会見の場で示したようですが、これは表向きの話でしょう。少なくとも、メーカーの東芝は深刻な問題が潜在していると感じているはずです。ALPSの試運転は昨年の秋に予定されていたものが、やっとこの3月末から始まったばかりです。新しい開発プロセスで、条件が苛酷なALPSの運転がそう簡単にいくはずがないとはっきりいうべきだと思いますね。
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