今回は、 2018年11月4日(日)、中国福建省泉州市にある福建東港石油化工実業社の桟橋で船出荷時にC9芳香族炭化水素が海上に流出した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、福建省(ふっけん省/フーチェン省)泉州市(せんしゅう市/チュエンヂョウ
市)泉港区(せんこう区/チュァンガン区)にある福建東港石油化工実業社(福建东港石油化工实业有限公司)の石油化学工場である。
■ 発災があったのは、福建東港石油化工実業社の桟橋にある出荷設備である。同社の貯蔵タンク能力は384,000KLで、桟橋は3基保有しており、事故があったのは2,000DWT級桟橋である。
泉州市泉港区の福建東港石油化工実業社付近
(写真はGoogleMapから引用)
|
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2018年11月4日(日)午前1時頃、泉港区ある福建東港石油化工実業社の桟橋でC9芳香族炭化水素が海上に流出した。
タンカー天桐1号
(写真はCnss.comから引用)
|
■ 貯蔵タンクから桟橋を経由して、タンカー「天桐1号」(タンロン)にC9芳香族炭化水素を移送するためつないでいたローディングホースの不具合で、C9芳香族炭化水素6.9トンを海上へ流出させたという。海面への流出した直接面積は約600,000k㎡(約770m四方)だった。
■ 桟橋近くにある湄洲島の漁村では、11月5日(月)朝、強い臭気で目覚めた。湾が濃い黄色で汚染されていた。漁師たちは大きなバケツや洗面器などを持ち出し、いかだやカゴを守るため、黄色い層の油汚れを取り除こうとした。漁師たちは黄色い層が何か、有毒かどうかは知らなかった。地方自治体は黄色い汚れは油だと漁師たちに言った。近くには製油所や石油化学の工場があり、この地域では油漏れは珍しいことではなかった。
海上流出のイメージ図の例
(図はNewssx.tvから引用)
|
■ 泉港区は、11月5日(月)午後6時までに、延べ100隻以上の船と延べ600人以上の人員を動員し、油吸着マット600袋近くを回収し、基本的に除去作業を完了させたと発表した。大気中の揮発性有機化合物(VOCs)濃度は、
4.0mg/㎥以下の安全値に対して午後6時には0.429mg/㎥まで低下したと付け加えた。
■ 地元環境当局は11月5日(月)午後までに海水の浄化作業が終了したと述べたが、依然として強い異臭があるほか、地元漁師たちは魚が死んでいると苦情を申し立てた。
■ 11月6日(火)、泉港区は空気は安全で、海水は養殖に適していると発表した。しかし、地元の漁師は、養殖場の発泡スチロールが油で侵され、多くの魚が死んだり、逃げ出しているという。ある漁師は、生簀(いけす)の魚は誰も食べないので、魚が売れないと語っている。
■ 当初、泉港区の人々は流出したのは油類だと安易に考えていたが、11月8日(木)になって初めてそれが単なる油類ではなく、C9芳香族炭化水素という有害化学物質だと知った。
C9芳香族炭化水素は、石油製品のひとつで接着剤、印刷用インク、塗料に使用されるが、人体には有害化学物質である。
■ 近くにあるシャンヤオ塩工場は、11月4日(日)の事故を聞き、海水の取水を止めたという。工場は通常どおり操業しており、海水の安全性が確認できれば、取水をすると11月8日(木)に語った。しかし、近くのスーパーマーケットでは、塩を買い求める住民によって塩を置いている棚が空になっているという。
■ 事故が起こった4日後の11月8日(木)、刺激性のガスを吸い込んだ後、めまい、吐き気、嘔吐、呼吸困難といった症状を訴えた住民10人が病院に入院している。結局、この事故に伴って52名が病院で検査を受けている。影響を受けたのは沿岸部の住民で、入院したうち1人は汚染された海に落ちて肺炎を起こしたという。この人は魚養殖の生け簀(いけす)から気を失って水中に転落した漁民だったが、その後病院で診察を受けたところ、肺炎と診断されて入院したという。ただし、肺炎とC9芳香族炭化水素流出の関連性は不明である。
(写真はEworldship.comから引用)
|
(写真はChinadailyhk.comから引用)
|
被 害
■ C9芳香族炭化水素の流出量は、当初、約6.9トンとされた。しかし、実際の漏洩量は69.1トンだった。
■ 住民52名が病院で診察を受けた。うち、10名は入院した。
■ 流出事故によって、地元の漁師に数百万ドル(8億円)の収入損失をもたらしたという。
< 事故の原因 >
■ 桟橋からタンカーへ移送するため、つないでいたローディングホースの不具合で、C9芳香族炭化水素を海上へ流出させたという。原因は、接続フランジの緩みやローディングホースの劣化によるものだといわれ、明確な原因は分からなかった。
■ 11月25日(日)の泉州市の事故調査結果によると、明らかな人為ミスだった。
桟橋用クレーンが長期故障していたため、オペレーターが規則違反し、ローディングホースに力が掛かる状態で油配管とつなぎ、貯蔵タンクから移送ポンプを通じてC9芳香族炭化水素の船積みが開始した。事故当日は潮位が低く、船積みして船が重くなると、タンカーはさらに沈み、ローディングホースに引張りの力が掛かった。ローディングホースが過剰な引張り力によって破断し、C9芳香族炭化水素が流出した。
< 対 応 >
■ 泉港区は事故の調査作業を始めた。水質、海産物に対するサンプル測定を専門機関に委託し、各関係部門の協力のもとに、法規に照らして適切に処理するとした。
■ 台湾海峡への黄色い流出油はクリーンアップされているが、泉州師範大学の化学者チェン・カイハンさんは、養殖場近くの海水中に残ったわずかな化学物質でも、数か月または長い場合は数年にわたって残存する可能性があると述べている。
■ 11月8日(木)の午後、泉港区は400隻の船と2,500人を動員して、クリーンアップ作業を実施した。
クリーンアップの取組みは、岸辺や漁具に残った流出物を取り除くことに焦点が当てられた。同日、流出地点から離れたところの水質は良好な状態に戻ったという。
■ 11月8日(木)、福建東港石油化工実業社は事故について謝罪し、漁師に補償すると約束した。
■ 11月12日(月)、地方自治体のウェブサイトで公表されたところによると、現場で集積された使用済の吸着マットの総量は20.73トンだったという。リサーチ24Hコンサルティング・グループの推算によれば、回収された油回収量は18.67トンとみられている。
■ 11月14日(水)、泉港区当局は、重大な事故を引き起こした過失罪で、福建東港石油化工実業社の3名とタンカー「天桐1号」の乗組員4名が拘束されたと発表した。
■ 流出は7.4エーカ(30万㎡)の養殖場に影響が出ており、泉州区は流出によって被害を受けている152箇所の養殖場に対して補償問題の解決を開始するとしている。
■ インターネットでは、流出油が中枢神経系統に影響を及ぼし、頭痛、めまい、吐き気などの症状が出ていることから、流出油にキシレンを含んでいる可能性があるという意見が出ている。
■ 事故が起こって2週間以上経過しているが、インターネット上で大きな議論になっているのは、C9芳香族炭化水素の本質的な危険性でなく、むしろ、中国ネット・モデレータによって、ソーシャル・メディアなどのポストを削除して流出に関する詳細について情報を隠そうとする異様な試みについてである。
泉州市の記者会見
(写真はSohu.comから引用)
|
■ 11月25日(日)、泉州市は事故について調査した結果を記者会見で発表した。概要はつぎのとおりである。
● 2018年11月3日午後4時頃、寧波舟山通州船務社(宁波舟山通州船务有限公司)の「天桐1号」が福建東港石油化工実業社の桟橋に到着した。午後6時30分頃、桟橋の配管からC9芳香族炭化水素の船積みの準備作業を始めた。桟橋用クレーンが長期故障していたため、オペレーターは規則違反し、ローディングホースに力が掛かる状態で油配管とつないだ。午後7時12分、貯蔵タンクから移送ポンプを通じてC9芳香族炭化水素の船積みが開始された。
● 11月4日(日)は潮位が低く、船積みして船が重くなると、タンカーはさらに沈み、ローディングホースに引張りの力が掛かった。午前0時58分、ローディングホースに過剰な引張り力によって破断し、C9芳香族炭化水素が流出した。午前1時13分、オペレーターは流出に気がついた。ただちに、ポンプを停止させ、午前1時21分に流出は止まった。流出してから止まるまでに23分間かかった。
● C9芳香族炭化水素の流出量は、当初、約6.9トンと報告された。しかし、実際の漏洩量は69.1トンだった。 「船舶に起因する汚染を防止に関する国際条約」によれば、小規模漏洩は7トン以下、中規模漏洩は7~700トン、大規模漏洩は700トン以上となっている。福建東港石油化工実業社は、小規模漏洩にみせるため、漏洩量を6.9トンと虚偽報告した。
(写真はChinadailyhk.comから引用)
|
(写真はShine.cnから引用)
|
(写真はEpochtimes.comから引用)
|
(写真はShanghaiist.comから引用)
|
(写真はYicaiglobal.comから引用)
|
補 足
中国福建省(図はAbysse.co.jpから引用) |
■ 「中国」は、正式には中華人民共和国で、1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家である。人口約13億8千万人で、首都は北京である。
「福建省」(ふっけん省/フーチェン省)は、中国の東南部に位置し、中華民国と台湾海峡で接する人口約3,700万人の省である。
「泉州市」(せんしゅう市/チュエンヂョウ 市)は、福建省の東部に位置し、海に面する人口約812万人の地級市である。
「泉港区」 (せんこう区/チュァンガン区)は、泉州市の港地区あり、人口約36.5万人の市轄区である。
■ 「福建東港石油化工実業社」(福建东港石油化工实业有限公司)は、2005年に設立された石油化学工場で、貯蔵タンクの総量は384,000KLで、能力3万DWT級の桟橋1基、2,000DWT級の桟橋を2基保有している。事故があった桟橋は2,000DWT級の桟橋である。
福建東港石油化工実業社の工場
(写真はMmzwgk.gov.cnから引用)
|
2000DWT級桟橋 (矢印が事故のあった桟橋)
(写真はGoogleMapから引用)
|
■ 「芳香族炭化水素」は、ベンゼン、トルエン、キシレンを代表とする高沸点溶剤(芳香族系炭化水素溶剤)で、高い溶解力から、樹脂の溶解、塗料、インキ、農薬等の用途に適している。正六角形の環状構造であるベンゼン(C6H6)環をもち、炭素数が9つの芳香族炭化水素が「C9芳香族炭化水素」である。C9以下の芳香族炭化水素系溶剤は一般的に毒性が強く、多量摂取すると中毒を起こす危険性がある。
「C9芳香族炭化水素」は無色の液体で、密度は0.80~0.95で刺激的な匂いがある。引火点は>35℃、初留点140℃、自然発火温度>400℃である。
日本でいうソルベントナフサ(C9-10芳香族炭化水素)の一種で、この物質を取扱うときには危険性が高いので、火気や高温の場所から遠ざけ、換気のよい場所でのみ行う。保護手袋や保護作業着を着用し、ベーパー、フューム、ミストを吸わないように必要に応じ保護メガネや顔面保護具を着用する。事故時に、体調が悪くなった場合、医者に連絡し、皮膚や髪に付着した場合、ただちに汚染された衣服をすべて脱ぎ、水またはシャワーで洗う。吸い込んだ場合、新鮮な空気の場所へ移し、休息させることが肝要である。
■ 桟橋からの船積みの接続は、ローディングアームまたはローディングホース(カーゴホース)を使って行われる。今回の船積みにはローディングホースが使用されている。事故では、桟橋用クレーンが長期故障していたため、オペレーターが規則違反し、ローディングホースに力が掛かる状態で油配管とつないだとしたが、実際の接続方法ははっきりしない。タンカー天桐1号は2,000DWT級桟橋より低い位置で着桟していたと思われる。本来、潮位、風、積載荷重を考慮して船積み時のローディングホースには、片寄った力が掛からないようにクレーンを使ってホースに余裕を持たせる。しかし、事故では、ローディングホースをロープで固定したため、船積みして船が重くなると、タンカーは沈み、ローディングホースが制限を受け、過剰な引張り力によって破断したと思われる。
(写真はNews.cctv.comから引用)
|
ローディングホースの接続方法の例
(図はSailor-ru.narod.ruから引用)
|
所 感
■ 当初、桟橋からタンカーへ移送する際、ローディングホースの不具合によって海上流出したらしいことは分かったが、不具合の要因ははっきりしなかった。しかし、泉州市が行った事故の調査結果で、潮位が低いときにタンカーが桟橋に着桟し、ローディングホースをつないで移送を開始したが、船積みしてタンカーが沈み、ローディングホースに過剰な引張り力がかかり、破断したものとみられることが分かった。
この直接原因について、つぎのような間接的な要因があったと思われる。
● 桟橋用クレーンの故障を長期に補修しなかった。
● 無理にローディングホースをつないだ。(それまでの経験では問題が顕在化しなかった)
● 潮位の変化について危険予知がされていない。
● 積込みを始めたら、船体が沈むことへの危険予知がされていない。
● 深夜の船積みで流出発見が遅れた。
■ 今回の事故では、つぎのような事故後の対応のまずさが大きな騒ぎになった。
● C9芳香族炭化水素の有害性に事業者や地方自治体(泉港区)の認識が希薄だった。
● 深夜の事故で異常事態対応部署が適切に機能していなかった。
● 予防措置としてオイルフェンスをきちんと展張していない。
(事故後、オイルフェンスを使用してはいる)
● 流出量を低く見込んだ対応になってしまった。(油回収の人員・資機材動員のひとつの目安)
● 流出油が養殖場に拡大してしまった。
● 事業者とともに地方自治体(泉港区)が事故の規模を小さく見せようとした。
● インターネットの情報公開に制限をかけた。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
・Jqknews.com, Fujian Quangang
Chemical Raw Materials Leakage Continued: Fishermen Lost Millions of Aaquatic
Products Stopped Selling, November 6,
2018
・Afpbb.com, 有害化学物質が海に流出、52人が体調不良
中国福建省, November 9,
2018
・Reuters.com, Chinese City Reassures Public after Chemical Spill
Dissolves Fishing Nets, November 9,
2018
・Voanews.com, Chemical
Spill Leaves 52 Ill in East China,
November 8, 2018
・Globaltimes.cn,
Fujian Chemical Leak Sickens 52 residents, Causes Salt
Panic-Buying, November 8,
2018
・Caixinglobal.com, Chemical
Leak Hospitalizes 52 in Fujian, November
9, 2018
・Yicaiglobal.com, Chemical Spill in Fujian Is Contained, Quanzhou
Government Says, November 9,
2018
・Newsx.tv, Four
Employees under Investigation over
Fujian Chemical Spill, November 11,
2018
・Chinadailyhk.com,
4 Probed in Fujian Over Toxic Leak,
November 12, 2018
・Business.nikkeibp.co.jp,中国の化学物質流出、漁業、製塩業に大打撃, November
16, 2018
・Scmp.com , China
Chemical Spill: 7 Arrested as Fishermen Wait for News on Compensation, November 15,
2018
・Straitstimes.com, Seven
Detained over East China Chemical Spill,
November 15, 2018
・Hazmatnation.com, 7
Arrested after Chinese Chemical Spill,
November 15, 2018
・Shanghaiist.com, 7
Arrested over Massive Chemical Spill in Fujian Province which Made 52 Local
Villagers Sick, , November 15,
2018
・Shine.cn, 7
arrested for chemical leak in Fujian,
November 15, 2018
・Chemlinked.com,
Suppression of Information on Fujian Chemical Spill Enrages Chinese Netizens, November 22,
2018
・Jzghxkb.com, 石油化工船舶泄露大量碳九 涉事公司发承诺书致歉, November 5,
2018
・Zghxkb.com, 福建泉州碳九泄漏 专家:影响近海至少持续1到2月, November 9,
2018
・Dzzq.com.cn, 泉港碳九实际泄漏量69.1吨 还有多少你不知道的事?, November 26,
2018
・News.zijing.org, 福建泉港碳九泄漏69.1吨 企业违规操作刻意隐瞒, November 26,
2018
・Caixinglobal.com,
Fujian Chemical Spill Was 10 Times Larger Than Initially Reported, November 26,
2018
・ Jp.sputniknews.com , 中国の有害化学物質流出量、発表の10倍だと判明, November 27,
2018
・Eworldship.com, “天桐1号”泄漏事故调查报告公布, November 26,
2018
・Sohu.com, 泉港碳九泄漏事件还原:船方知道存安全隐患,与码头方隐瞒泄漏量, November 25,
2018
・Zh.wikipedia.org, 2018年福建泉港碳九泄漏事件, November 28,
2018
後 記: このブログでは、事故の原因を明らかにし、再発防止に役立てるのがひとつの目的ですが、その趣旨はかなわないかと思っていたら、3週間後に原因に関する報道が出てきました。また、当初発表の流出量と実際の流出量が倍半分どころじゃないことも分かりました。もやとしていた中で、これらの事実が発表され、原因についてはややすっきりしました。
一方、地方自治体は事故当事者ではありませんが、事態を早く終わらせたいと思うのか、事故を小さくみせるということについて事故当事者と一致したようです。これは、「中国・青島の死者62名が出た原油パイプラインの爆発事故(2013年)の原因」などで中国に関して感じていたことですが、なかなか改まっていないと思いました。しかし、今回は市民の反響が大きいため、泉港区ではなく、泉州市が迅速な事故報告を出し、日曜に記者会見を行うという事態になりました。ただ、世の中の政治や企業の虚偽報告を考えてみれば、これは中国の話だけでなく、現代では日本を含めた世界共通の意識なのかも知れません。
教訓としては、火災事故と異なり、真夜中のタンカー油流出事故という漏れの情報があいまいな中で、適切に対処するにはどうすればよいかを考えるよい事例なのかも知れないと思っています。
0 件のコメント:
コメントを投稿