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2016年2月20日土曜日

メキシコで内部浮き屋根式タンクに落雷して火災(2006年)

 今回は、石油貯蔵タンク基地などで起った火災事故の消防対応の業務などを行う会社として有名なウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社が公開しているCode Red Archivesの中から、 2006年6月28日、メキシコのベラクルス州のペメックス社系列の製油所にある内部浮き屋根式タンクに落雷があり、全面火災となり、この消火活動にウィリアムズ社が応援で出動した事例を紹介します。
古い施設で輻輳した設備地区、火災を受けたときのタンク構造への影響、発災タンク場所の高低、風の条件、 火炎の挙動や特性などの要因によって対応が難しくなったタンク火災   (写真はWiliamsfire.comから引用)
< 事故の発生 >
■ 2006年6月28日、メキシコのベラクルス州ミナティトラン市を熱帯低気圧が通過中、メキシコ国営石油ペメックス社(Pemex)の系列製油所の古い地区にあるタンクに落雷があり、火災が発生した。発災のあったのは87オクタン・ガソリン用の直径134フィート(37m)×高さ40フィート(12m)の内部浮き屋根式タンクで、まわりには多くの設備が並んでいた。火災が起ったとき、タンクには貯蔵能力の半分ほどの55,000バレル(8,700KL)が入っていた。
キシコのベラクルス州ミナティトラン市にある製油所付近(現在)  (写真はグーグルマップから引用) 
■ 火災発生から9時間後、ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社(Williams Fire & Hazard Control)アメリカ地域担当のフィリップ・ハンハウゼン代理人に発災事業所からの連絡があり、相談とともに現地への支援が可能か聞かれた。ハンハウゼン氏は、施設で保有している泡薬剤をはしご車を使用して“ハイアード・ガン”(Hired Gun)で放射し、 それに放射能力2,000gpm(7,500リットル/分)泡モニターの“パトリオットⅡ” (Patriot II)と泡混合設定装置の“ホットショット・フォーム・システム” (HotShot Foam System )を使って“フットプリント” 法による泡放射方法を確立するのが良いと助言した。

落雷によって貯蔵タンクが火災となり、明るく照らされた夜空
(写真はWilliamsfire.comから引用)  
■ 事業所の消防隊は、当該地域にある系列事業所の消防隊とともに、徹夜で消防活動を行っていた。火災は完全な全面火災になっており、発災初期のすさまじさと火災そのものの大きさに直面しながらも、合同消防隊は火炎に向かって大量の水と泡による攻撃を行い、消火に努めた。午前中までの消防隊の初動活動によって、何回か火災を制圧できそうな状況までいったが、再燃してしまい、この間に泡薬剤は減少していった。

■ この時点で、ハンハウゼン氏は現場での指揮支援の対応と泡薬剤の手配を要請された。ハンハウゼン氏には、泡薬剤の調達先がいくつかあった。ウィリアムズ社テキサス施設にはすぐ出せる泡薬剤があったし、メキシコ国営石油ペメックス社の系列事業所は現場に泡薬剤を置いていた。また、泡薬剤メーカーのアンサル社(ANSUL Inc.)はメキシコにある地方倉庫から泡薬剤3,000ガロン(11.3KL)をすぐに出荷することが可能だった。

■  ハンハウゼン氏が到着した時点で、保有していた泡薬剤がほとんど使い果たされ、消防活動は隣接設備の曝露対策と冷却作業に縮小され、消火活動を継続するためにはかなりの増援が必要な状況だった。ハンハウゼン氏は現場に着くと、多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)の“サンダーストーム”(Thunderstorm)を少なくとも3,000ガロン(11.3KL)を手配するとともに、できれば当該周辺地域からすぐに現場へ持って来れる泡薬剤を要請した。

■ 泡薬剤が来るまでの間に、ハンハウゼン氏が最初に行ったことは火災現場を自分の眼で見て評価することだった。ハンハウゼン氏が現場を観察して気になったことは泡攻撃の場所だった。その時点では確かに風上だったが、防油堤のレベルからおよそ15フィート(4.5m)下であり、まわりにはいろいろな設備が輻輳しているエリアだった。また、タンク堤内の水位が高く、堤壁の割れがかなり気になる点だった。もし、タンクが壊れて油流出が起これば、防油堤が飲み込まれ、周辺エリアに油が漏洩し、泡攻撃している場所も堤内火災に至る恐れも考えられた。ハンハウゼン氏は、単に眼の前で起こっている火災だけでなく、火災自体がどのような経緯をたどる可能性があるかということにも気を配った。

< 消火活動で成功を勝ち取る秘訣 >
■ ハンハウゼン氏はドワイト・ウィリアムズ氏に連絡をとり、現場の観察結果を報告し、印象を聞いた。ドワイト氏は火災を読む不思議な能力がある。彼は、あなたが根気よく火災の挙動を観察することができれば、敵の強みと弱みをつかみ、打ち破るための最適な方法を見出すことができるだろうといった。確かに、眼前で事故に直面している最中に、このような才覚を発揮することは難しい。しかし、攻撃の先頭に立って、手元にある大切な資機材を的確に使いこなすことを求められたときには、この考え方を貫かねばならないという。

■ 火災は、まるで炎が全面火災の中で自由に動き回っているような状況を呈していた。実際、火災の激しい箇所は外周部に2つあり、ときどき噴射されて出てくるような炎の柱を立ちあげた。一方、火災の中心部はおとなしく、内部に障害物があるかのような状況を呈していた。

■ ウィリアムズ社のハンハウゼン・チームにとって運が良かったのは、ドワイト氏が2週間前に同じ状況に直面していたことである。それはオクラホマ州で起きた大きなガソリンタンクの火災で、内部浮き屋根が崩壊し、それに伴う残骸が障害物となっていた。このとき、最初に行った消火活動は、地上から見えない障害物のため、挑戦的な試みだった。ドワイト氏がオクラホマ州で指揮した作戦は「垂直泡攻撃」(Vertical Foam Attack)と称するもので、タンク中央部分にどっと浴びせる“シャワー・ダウン”で、敢然として燃えている全表面を泡で覆った。

■ ドワイト氏がとった作戦と同じように、ハンハウゼン・チームは手配した資機材を使って消火活動を展開した。はしご車から泡モニターを使った泡放射が行われ、地上からはハンハウゼン・チームが指揮する泡モニター“パトリオットⅡ” を使って支援した。ハンハウゼン・チームは“パトリオットⅡ” を使用して“フットプリント”法による泡で覆う方法を確立した。はしご車は高い位置から、死角になる部分に下向きに泡を放射した。火災状況の中で、2台の泡モニターの組合せによる消火活動は、劇的で極めて効果的な結果に導いた。およそ10分ほどで火災を消すことができ、初動で試みた泡攻撃に比較して泡の使用量は非常に少なかった。

■ この火災は非常に変わっていた。状況はタンク構造に直接関連するものであったが、火災自体が他に類を見ないような振る舞いをする火災になった。ハンハウゼン・チームが成功したのは、火災の挙動を根気よく観察し、状況に合った攻撃のやり方を見出したからである。

< ドワイト・ウィリアムズの言葉 >
■ 「この26年の間、ウィリアムズ社が成功した大きな理由は、要請された事故対応に際して火災の挙動に対する観察眼にある。そして、火災の特性に合った戦術を慎重に実施したからである。確かにできるだけ早く火の上に濡れた覆いを掛けたいというのが人間の本性であるが、これまでの経験によると、脅威の本質を見抜くのは意外に短い時間であり、それが的確で、効率的で、効果的な対応方法につながる」


補 足
■ 「メキシコ」(Mexico)は、正式にはメキシコ合衆国で、北アメリカ南部に位置する連邦共和制国家である。人口は約1億2,000万人で、首都はメキシコシティである。
 「ベラクルス州 」(Veracruz) は、メキシコ湾の西岸に位置する南北方向に細長い州で、人口約760万人である。気候は高温多湿で、内陸の丘陵地は多湿であるが、涼しい。6月から10月にかけてはカリブ海などで発生するサイクロンの影響を受ける。
 「ミナティトラン」(Minatitlan)は、ベラクルス州の南東部に位置し、人口約35万人の市である。ミナティトランにある製油所は1906年に建設されたラテンアメリカで最初の製油所である。2003年頃には24万バレル/日の精製能力だったが、現在は16~18万バレル/日程度である。
(図はグーグルマップから引用)
■  「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
 ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
 ウィリアムズ社は、米国ルイジアナ州のオリオン火災(2001年)などのタンク火災消火の実績を有している。当該メキシコのタンク火災の2週間前にあったという事故は、2006年6月12日米国オクラホマ州グレンプールで起ったタンク火災である。当ブログにおいてウィリアムズ社関連の情報はつぎのとおりである。

■ ウィリアムズ社はウェブサイトを有しており、各種の情報を提供している。この中で「Code Red Archives」というサブサイトを設け、同社の経験した技術的な概要を情報として公開している。今回の資料はそのひとつである。

■ タンク全面火災時の「泡の打ち込み方法」の考え方は大きく二つに分かれる。一つは米国グループで、ウィリアムズ社を始めとする実火災の消火経験をベースにしたグループで、もう一つは、FORMSPEXプロジェクトによる泡消火の理論と実験をベースにした欧州グループである。
 ウィリアムズ社は泡の打ち込み方法として「フットプリント理論」を構築した。この「フットプリント理論」は、泡の放射流を油面の中で一つの区域に着水させ、部分的に大きな放射量を確保することによって、泡を急速で効率的に広がることを図るものである。泡放射は基本的にタンク中央付近へ打ち込む。
 一方、欧州グループは、タンク側板近傍端部への泡打ち込み方法をベースにした大容量の泡放射システムである。これは、タンク中央は火災による上昇気流があり、泡を打ち込みにくく、タンク側板近傍部に泡の“橋頭堡”(きょうとうほ)を形成すれば、消火できるという考えである。  
      フットプリントを示す図例             FORMSPEX プロジェクトによる実験の例
 写真はWilliamsfire.comから引用)                       写真Sp.seから引用) 
所 感
■ 今回の資料でウィリアムズ社の「フットプリント理論」の背景が理解できた。内部浮き屋根式タンクが全面火災になった場合の特徴かどうかわからないが、ウィリアムズ社のハンハウゼン氏は「火災は、まるで炎が全面火災の中で自由に動き回っているような状況を呈していた。実際、火災の激しい箇所は外周部に2つあり、ときどき噴射されて出てくるような炎の柱を立ちあげた。一方、火災の中心部はおとなしく、内部に障害物があるかのような状況を呈していた」という。ウィリアムズ・ドワイト氏がオクラホマ州で指揮した作戦は、「垂直泡攻撃」(Vertical Foam Attack)と称するタンク中央部分にどっと浴びせる“シャワー・ダウン”で、燃えている全表面を泡で覆ったという。火炎状況の弱いタンク油面付近に垂直泡攻撃を行うという戦術を「フットプリント理論」として理論構築したものと思われる。

■ 日本では、フットプリント理論ありきというか、ひとり歩きしているように思う。今回のメキシコでのタンク火災の消火成功についてウィリアムズ社のハンハウゼン氏は、「火災の挙動を根気よく観察し、状況に合った攻撃のやり方を見出したからである」と述べ、ドワイト・ウィリアムズ氏も同様に、「ウィリアムズ社が成功した大きな理由は、要請された事故対応に際して火災の挙動に対する観察眼にある。そして、火災の特性に合った戦術を慎重に実施したからである。確かにできるだけ早く火の上に濡れた覆いを掛けたいというのが人間の本性であるが、これまでの経験によると、脅威の本質を見抜くのは意外に短い時間であり、それが的確で、効率的で、効果的な対応方法につながる」と語っている。ウィリアムズ社では、何も考えず、フットプリント法を行うということではない。
 結局、当たり前の話であるが、火災の挙動をよく観察し、敵である火炎の弱点をつく対応方法(泡放射)をとるということが、基本だということが理解できた。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Williamsfire.com,  「 Mexico Lights up!   Internal floating roof tank ignites from lightning strike , Feature , Edited by Brent Gaspard,   CODE RED ARCHIVES, Williams Fire & Hazard Control. Inc.


後 記: 今年になってタンク事故の情報は、リビアにおけるテロ攻撃によるタンク火災以外、入ってきません。本当にタンク事故がないとすれば、良いことです。このため、ウィリアムズ社の公開資料を続いて紹介しています。タンク火災対応の実体験の少ない日本では、貴重な経験談です。ウィリアムズ社が消火支援に出動した2006年のオクラホマ州グレンプールのタンク火災事故は当グログで紹介していましたが、今回のメキシコのタンク火災がオクラホマ州のタンク火災の2週間後の事故で、共通的で関連性のある事例だったことが分かりました。ひと月に2回もタンク全面火災の対応をしているのですから、大変なことだと感心するとともに、これだけの実体験を重ねているのですから勝てないなあ(今風にいうと“やばい”かな?)と実感しますね。

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