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2015年9月22日火曜日

フランスで内部浮き屋根式タンクの清掃工事中に爆発(2001年)

 今回は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省)がまとめているARIA(事故の分析・研究・情報)の中のひとつで、2001年、フランスで起きた「炭化水素貯蔵タンクの爆発」(Explosion of a hydrocarbon storage tank)の資料を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 施設はフランスのレスピナスにある石油貯蔵タンク基地である。基地は1972年に操業を開始し、当時の従業員数は9名だった。現場は、レスピナスの北方に位置し、ガロンヌ川と並行に流れている運河の間にあり、西に鉄道、東に国道RN20高速道路がある。施設はセベソ指令に基づいており、セーフティ・レポート(安全報告)の提示を行う条件になっている。

■ 施設には9基のタンクがあり、固定屋根または内部浮き屋根付きの固定屋根のいずれかであった。石油製品は鉄道で供給され、そしてトラックで出荷される。施設の許可容量は約57,000KLである。
                 レスピナス石油基地付近(発災前)   (写真はImpel.euから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 事故のあった対象タンクは容量5,000KLで、1991年に建設された。タンクの型式は内部浮き屋根付きの固定屋根タンクだった。事故当時、タンクは清掃作業中だった。タンクは、通常、プレミアム・ガソリンを貯蔵していたが、事故当日は空だった。

■ 清掃作業は外部の請負会社の作業員によって実施されており、残留していた沈殿物を除去するため、タンク底部のこすり落とし作業をしていた。タンクの浮き屋根部は約1.2mの高さところにあった。この場合、作業スペースとしては限界だった。 

■ 2001年2月20日午後4時頃、爆発が起った。タンク内には請負会社の作業員が2名おり、重傷を負った。ふたりは自力でタンクから出てくることができたが、救急隊が到着した後、病院へ搬送された。ふたりとも火傷を負ったが、特にひとりは重度だった。

■タンクは完全に壊れていた。タンク基地は約2か月間操業が停止された。事故に伴うドミノ効果は生じなかった。

事故による被害
人の被害
 ● 請負会社の作業員2名が重傷を負った。

経済的損失
 事故に伴う損失費用はつぎのとおりである。
 ● 施設の被害額    100万ユーロ(130百万円)
 ● 操業損失           60万ユーロ( 78百万円)
 ● 解体作業費用     20万ユーロ(  26百万円)

欧州基準による産業事故の規模
■  1994年2月、セベソ指令を司るEU加盟国管轄庁の委員会は、事故の規模を特定するために18項目のパラメーターを用いる評価基準を適用した。わかっている情報をもとに検討された結果、当該事故は4つの分類項目に対してつぎのように評価された。

■ 爆発の影響が会社構内に限定されたので、「危険物質の放出」はレベル1と評価された。
 爆発によって請負会社の作業員2名が重傷を負う被害が出たので、「人および社会への影響」はレベル2と評価された。
 事故に伴う物質的な損害が120万ユーロ(156百万円)にのぼったので、「経済損失」はレベル2と評価された。
 環境に関して目に見える被害が出なかったので、「環境への影響」は評価されなかった。

< 事故の原因 >
■ 事故の起きたタンクには、マンホールが1箇所しかなかった。清掃工事はつぎのような状況下にあった。
 ● ベントはすべて開ではなかった。
 ● 燃料のベーパー分を排除するための換気装置は、入槽に邪魔になるため、停止されていた。
 ● 可燃性ガス濃度がLEL(爆発下限界:Lower Explosive Limit)の10%未満になる前に、作業が開始された。

■ 好ましい状態でないスペースの中で、作業員が動くには限界だった。

■ 引火源として作業員の工具類(金属製スクレーパー、靴底のピン、金属製フックなど)だった可能性が高い。爆発性雰囲気の中では、これらのいずれかが引火源となって、爆発が起ったものとみられる。

< 対 応 >
■ 事業者は、社内の緊急事態対応計画に基づいて行動した。消防隊が現場に到着し、45分後には事故を制圧した。近くを走っている高速道路の通行は2・3分止まっただけだった。

■ 事故当日に現場への立入りを行った類別施設検査官の提案では、操業を再開する前に、つぎのような緊急措置を実施することを要請するという長官の意向を伝えた。
 ● 事故の正確な原因と状況の検討
 ● 今回のような事象の再発を防止するための方法の決定
 ● 隣接設備を含め関連設備の安全性の確認

< 改善策 >
■ 事業者は、当該施設に対して、つぎのような事故の再発防止策をとった。
 ● 石油タンクの内部におけるメンテナンスおよび作業に関する手続きの見直し
    ○ 現場への立入りおよびタンク内への入槽の許可方法を見直した。 (一概にタンクと
      言っても、すべてのタンクが設備状況に関して同一というわけでなく、作業前の事前確認
      の方法について見直された)
    ○ 清掃作業・ガス除去作業(デガッシング)は、基地のマネージャーまたは代理者による
      承認後に、実施する。
    ○ タンク内でメンテナンスや作業を実施する前に、基準で規定されたベーパー濃度に
      なってこと。(推測の禁止)
    ○ 換気方法について、配管接続部の開放、バルブの取外し、ほかのマンホール部の
      開放などを 行うという改善
    ○ 開放期間中は強制換気を実施
 ● タンクのメンテナンスや作業を実施する外部請負者の安全優先を基本とする考え方の徹底

< 教 訓 >
■ 事故を受けて、フランス石油化学工業協会はワーキンググループを設け、新たなルールを策定した。このルールをもとに「石油製品供給ターミナルのための安全指針」という冊子を作り、内部浮き屋根を有する固定屋根のガス除去作業時に適用するようにした。その概要はつぎのとおりである。
 ● ベーパー濃度を低レベルまで排除すること、できれば強制換気が望ましい。
 ● 毎時必要換気回数を2回とし、換気のための流入速度は20m/s以上とする。
 ● 圧縮空気用電源設備は、コンジット装備とし、タンク構造物とともに接地設備を有するものとする。
 ● 屋根部および浮き屋根部は開放系になっていること。
 ● 自給式呼吸器を使用した作業は許可制とする。ただし、気温が低く、爆発下限界(LEL)が10%未満であること。
 ● ガス検知器での測定は計測場所に十分留意すること。(スラリーより30cm上方、マンホールから遠い所など)

■ まとめると、対象空間における個々の安全性は、火気許可のための基準書などを用いて、作業エリアの空気条件の確認を適切に行うことによって確保されるということである。作業の行われている期間中、作業環境についてモニタリングを行い、管理されている状態にしなければならない。

補 足
■ 「レスピナス」(Lespinasse)は、フランス南西部のオートガロンヌ県(Haute-Garonne)にあり、人口約2,400人の町である。

■ 発災のあった石油貯蔵タンク基地は、トタール社(Total)の「レスピナス石油基地」(Dépôt pétrolier de Lespinasse)である。同社のウェブサイトによると、現在の総貯蔵能力は54,700KLとなっている。当時、施設のタンク基数は9基となっているが、グーグルマップによると、現在も9基のタンクを保有している。タンク直径が44m×1基、28m×1基、22m×1基、19m×3基、16m×2基、14m×1基の計9基であるので、25,000KL級×1基、10,000KL級×1基、5,000KL級×1基、3,000KL級×3基、2,500Kl級×2基、2,000KL級×1基のタンク基地である。総貯蔵能力は56,000KL級となり、本資料に記載されている57,000KLと符号する。なお、 5,000KL級タンクとみられる跡地があり、爆発で損壊した5,000KLタンクが撤去され、別なエリアに新たに1基追加したものとみられる。
                       現在のレスピナス石油基地     (写真はグーグルマップから引用)
■  「フランス環境省 : ARIA」(French Ministry of Environment : Analysis, Research and Information on Accidents)は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省 French Ministry of Ecology, Sustainable Development and Energy)がフランスにおいて発生した事故について情報を共有化し、今後に活用するため、1992年から始めた事故の分析・研究・情報のデータベースである。有用な海外事故も対象にしている。

所 感
■ 工事中のタンク事故は多い。「貯蔵タンク事故の研究」によると、1960〜2003年までの43年間に起こった242件の貯蔵タンク事故のうち、原因が保全・工事の事故件数は32件と全体の13%に相当する。原因別の割合では、落雷(80件:33%)に次いで2番目に多い。タンクの工事中における人身事故が減らないことから、米国CSB(化学物質安全性委員会)は安全資料「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」(2010年2月)をまとめている。
 
■ 今回の事故は換気不足が原因で10年以上前に起った事例であるが、米国CSBがまとめた安全資料の中でも、「たとえ作業エリアが可燃性雰囲気の予想されない場合でも、火気工事前と工事中には、正しく校正されたガス検知器で作業エリアの可燃性ガスをモニタリングすること」ということが教訓のひとつに挙げられている。そして、タンク型式が違うが、2012年には、日本において「たとえ作業エリアが可燃性雰囲気の予想されない場合」に該当するような事例「太陽石油の球形タンク工事中火災」が起こっている。事故に古い、新しいはないと感じる。

■ 今回の事例の中で、興味ある事項は「教訓」に述べられている「毎時必要換気回数を2回とする」ことである。工事前(中)のタンクの換気に関して定量的に毎時の必要換気回数について言及しているものはない。屋内での塗装工事などにおける必要換気をもとに設定したものと思われるが、ひとつの参考データである。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Aria.development-durable.gouv.fr, Explosion of a hydrocarbon storage tank, 20 February, 2001,  Lespinasse ,  France,  DPPR / SEI / BARPI - No. 19979 , Sheet updated: October 2006 
   ・ Impel.eu, Lessons Learnt from  Industrial Accident,  Classified installations / IMPEL inspectors, Meeting – Bordeaux, June, the 11th and 12th, 2002



後 記: 最近、タンク関連の事故が続いていましたが、落ち着いたようですので、再び、ARIAの資料による事故情報を紹介しました。今回の事故では、爆発によってタンクが完全に損壊しましたが、グーグルマップによると、タンクを解体したらしい跡地には何も立っていません。事故の跡地に再びタンクを設置する気持ちにはならないのでしょう。このように事故のあったタンク跡地をそのままにしている例は他にも見ます。人間のゲンかつぎの意識は国が変わっても同じなのでしょうかね。(意外にドライで、単にタンク再建の工期短縮が理由だったりするかもしれませんが)
 それにしても、インターネットの検索能力は素晴らしいと思います。ARIA資料では会社名が書かれていませんが、検索していくと会社名までたどり着きました。事故の教訓が大事で、会社がわかっても大きな意義はありません。ある面、自己満足ではありますが、文章に「不明です」と書かなくても済むので、気持ちはすっきりしますね。


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