今回は、2021年7月12日(月)、宮城県牡鹿郡女川町にある東北電力の女川原子力発電所の放射性廃棄物処理建屋にある洗濯廃液タンクから硫化水素が漏れ出し、協力会社の作業員7人に体調不良者が出た事故を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、宮城県牡鹿郡(おしか・ぐん)女川町(おながわ・ちょう)と石巻市にある東北電力の女川原子力発電所である。
■ 事故があったのは、原子力発電所1号機の放射性廃棄物処理建屋にある洗濯廃液タンクである。
< 事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2021年7月12日(月)午後2時30分頃
、1号機の放射性廃棄物処理建屋の地下にある洗濯廃液タンク内で硫化水素が漏れ出し、排水管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだ。
■ 2号機の制御建屋内の1・2階にいた協力会社の作業員7人に体調不良者が出た。汚染空気を吸い込んだのは20~50代の作業員で、このうち50代の女性1人がめまいや吐き気を訴え、石巻市の病院に救急搬送された。この女性は中毒症状と診断されたが既に退院した。他の6人は頭痛や不快感を訴え、うち40代の女性1人が経過観察のため、翌13日(火)に新たに入院した。
■ 2号機建屋は3階建てで、1、2階にいた作業員らが体調不良を訴えたが、3階の中央制御室で体調不良者はいなかった。
■ 1号機の放射性廃棄物処理建屋では、事故当時、放射線管理区域内で使った作業服(防護服)などを洗ったときに出る廃液(洗濯廃液と呼ばれる)を溜めるタンクから発生する硫化水素を少なくするため、タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていた。しかし、発生した硫化水素がタンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだとみられる。硫化水素が流れ込んだ制御建屋内では、50ppmを超える値が観測され、めまいや吐き気といった中毒症状を生じる状況にあった。
■ 東北電力によると、硫化水素は洗濯廃液の処理過程で加える硫酸と、皮脂などを分解するバクテリアが反応して発生する。この硫化水素発生を抑えるため廃液タンクに空気を注入する作業をしていたという。空気攪拌(かくはん)の作業中に何らかのトラブルが起き、ガスが排水管を通って漏れ出したと推定している。
■ 7月15日(木)、女川原子力発電所長は、「関係者や地域の皆さんにご心配をおかけしたことをおわび申し上げる」と陳謝し、「設備維持管理の手法を検証し、改善していく」と述べた。
被 害
■ 協力会社の作業員7人に硫化水素による体調不良が出た。
< 事故の原因 >
■ 事故原因は調査中である。
■ 1号機の放射性廃棄物処理建屋において、放射線管理区域内で使った作業服(防護服)などを洗ったときに出る洗濯廃液を溜める廃液タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていたが、何らかのトラブルが起き、発生した硫化水素が廃液タンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだとみられる。
< 対 応 >
■ 7月15日(木)、原子力安全協定に基づき、宮城県などが立ち入り調査をした。立ち入り調査には宮城県、女川町と石巻市に加え、原子力発電所から30km圏内の登米市、東松島市、美里町の担当者が参加した。県の担当など計10人が保守点検記録や操作手順書を調べた後、硫化水素が流出した1号機の放射性廃棄物処理建屋の洗濯廃液タンクを視察した。また、2号機の制御建屋への流出経路とみられるタンクをつなぐ排水管の配管設備を確認した。
■ 硫化水素は防護服を洗濯した廃液などの処理過程で発生し、通常はタンク内に空気を送って発生量を抑えるという。立ち入り調査では、発生源とみられる場所や経路を確認したほか、タンクへ空気を送り込む作業が手順通り行われていたか、あるいは設備に異常が無かったかなどを調べた。手順書に基づいて実施されていることは確認した。しかし、これまで硫化水素の漏れ出たことが起こらなかったのに、今回起こったところについては原因がつかめなかった。
■ 立ち入り調査に入った宮城県原子力安全対策課の課長は、「有毒ガスによる人的被害という看過できない事象で、発電所の安全性にも影響を及ぼすので、再発防止を徹底するよう強く要望する」と語った。東北電力は引き続き事故の原因を調べ、特定した際は速やかに公表するとしている。今後は、労働基準監督署の指導を受けながら、制御建屋に流れ込んだ原因を調べるという。
■ 立ち入り調査についてテレビで放映した 内容がユーチューブに投稿されている。
(YouTube、「女川原発 硫化水素の外部漏出原因特定できず」(2021/07/15)を参照)
補 足
■「宮城県」は、日本の東北地方の太平洋側に位置し、人口約228万人の県で、県庁所在地は仙台市である。
「牡鹿郡」(おしか・ぐん)は、宮城県の東部に位置し、太平洋に面した人口約5,600人の郡である。
「女川町」(おながわ・ちょう)は、牡鹿郡にあり、1郡1町の町である。三陸地方南部に位置し、日本有数の漁港である女川漁港があるほか、女川原子力発電所が立地している。
「石巻市」は、宮城県の東部に位置し、人口約138,000人の市で、県内第二の人口を擁する。
■「東北電力」は、宮城県仙台市に本店を置く電力会社で、東北地方、新潟県、関東地方などで電力小売事業や発電事業等を行っている。発電所は計230箇所、1,817万kWの発電能力を擁している。
■「女川原子力発電所」は、宮城県牡鹿郡女川町と石巻市にまたがる東北電力の原子力発電所である。1984年に1号機が運転開始された。型式は沸騰水型軽水炉で3基建設されたが、1号機は廃炉になっている。2号機(1995年運転開始)・3号機(2002年運転開始)はそれぞれ82.5万kWの発電能力を有している。
■「洗濯廃液」は、原子力発電所の放射能汚染管理区域内で装着する作業服(防護服)などの専用洗濯設備から発生する廃液をいう。この洗濯廃液は、原子力発電所から出る放射性廃棄物の中で、液体廃棄物処理として扱われる。洗濯廃液は、廃液タンクに集められ、前処理し、さらに蒸発濃縮し、濃縮水はドラム缶内で固化するのが本来の処理方法である。(図を参照)
しかし、洗濯廃液は放射能濃度が低いので、懸濁物をろ過後、逆浸透膜処理装置等で処理し、再使用したり、放射能濃度を監視しながら環境(海)に放出してもよいことになっている。2003年に廃炉になった福井県の「ふげん発電所における洗濯廃液系統」の改造書類がインターネットに公開されている。改造目的は、「定期検査に伴い発生量が増大する洗濯廃液を円滑に処理するため洗濯廃液処理系の能力を増大する」ことにあったという。洗濯廃液タンクに集めた原液は前置きストレーナー、洗濯廃液フィルターを通り、洗濯廃液サンプルタンクに送り込む。この処理を終えた洗濯廃液は、放射能濃度を測定し、規定値以下の場合は、復水器冷却水で希釈して海へ放出される。
● 硫化水素のもとである硫黄化合物があること。
● 硫酸塩還元菌(バクテリアの一種)が存在すること。
● 嫌気性の環境(酸素がまったくない条件)が存在すること。
一般のビルでも、地下に汚水や雑排水を一時的に貯留する排水槽がある。ビルの地下排水槽はこの三つの条件がそろっている。さらに、排水を長時間、排水槽内に滞留させると高濃度の硫化水素が発生する。排水槽内の排水が静止している状態では、硫化水素は空気中に出ないが、排水をポンプで排出したり、かき混ぜると、硫化水素が一斉に空気中に放出される。そこで、硫化水素を発生させないために、定期的な清掃と点検が肝要となる。
この排水槽に溜まった排水が貯留中に腐敗し、硫化水素が発生し、下水管を伝わって周囲に拡がる。これを防止するために、水を長時間貯留しないよう頻繁に排水することや、定期的な清掃、タイマーを取り付けて槽内滞留時間を短縮したりする。硫化水素の濃度は排水槽に貯留された水量と時間に比例する。すなわち、水量を少なくすれば、悪臭(硫化水素)の発生は抑えられるので、排水槽のポンプの停止水位を下げることで排水残量を少なくし、同時に起動水位を下げることで有効容量が減少して短い間隔でポンプを起動させ、硫化水素の発生が抑えられる。注意すべきことは、休日や夜間などに排水の流入量が少なくなると、貯留時間が長くなり硫化水素が発生しやすくなる。
過去のブログで硫化水素による事故を取り上げたのは、つぎのとおりである。
● 2018年6月、「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」
● 2019年2月、「大阪府のカーペット製造会社でタンク清掃時に転落、2名死亡」
所 感
■ 今回の事故は一般にはなじみの無い“洗濯廃液タンク”であるが、硫化水素による事故としてはビルの地下排水槽や下水管で起こる事象と類似の事例だとみられる。通常時から硫化水素が発生しており、硫化水素が発生する三つの要因、すなわち、①硫化水素のもとである硫黄化合物があること、②硫酸塩還元菌(バクテリアの一種)が存在すること、③嫌気性の環境(酸素がまったくない条件)が存在することの条件がそろっていると思われる。この洗濯廃液を長時間、廃液タンク内に滞留させて高濃度の硫化水素が発生したとみられる。
さらに、かき混ぜると、硫化水素が一斉に空気中に放出されるといわれており、事故時には、廃液タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていたことで、発生した硫化水素が廃液タンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだと思われる。
硫化水素発生の観点で考えると、洗濯廃液タンク内の滞留時間の管理、廃液タンクへの酸素(空気)を送り込む攪拌作業などにおいて運転手順書が不適切だったと思われる。今まで硫化水素が漏れ出たことは起こらなかったのはたまたまそうであって、リスクは常に潜在していたと思う。
■ 今回の事故と直接関係はないが、放射性廃棄物の処理についても疑問がある。事故の状況では語られていないが、本来、洗濯廃液は蒸発濃縮したあと、ドラム缶内で固化して放射性廃棄物の処理を行うのが筋である。しかし、洗濯廃液は、最終的に、放射能濃度を監視しながら環境(海)に放出していると思われる。高度成長の時代は一般企業でも環境汚染物質を希釈して薄めれば良いと考え方があったが、公害が激しくなり、総量規制などが始まり、今は希釈する考え方はない。原子力分野では、いまも放射線廃棄物は希釈して薄めれば良いという時代に合わない考え方が続いている。洗濯廃液の持っている放射能は建設から30年以上海へ放出され続け、その総量はどのくらいの量になっているのだろうか。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Yews.yahoo.co.jp,硫化水素漏れ7人体調不良、宮城 女川原発の廃液タンク, July 13,
2021
・Khb-tv.co.j p, 宮城・女川原発 硫化水素漏出の理由は特定できず, July 15,
2021
・Tohoku-epco.co.jp, 女川原子力発電所2号機の制御建屋内における体調不良者の発生について, July 13,
2021
・Tokyo-np.co.jp,排水管から硫化水素漏れか 女川原発の制御建屋内で作業員7人が体調不良, July 13,
2021
・Nhk.or.jp,排女川原発で作業員7人搬送 原因は硫化水素か, July
13, 2021
・News.goo.ne.jp,女川原発の作業員7人、硫化水素吸い込み搬送, July
13, 2021
・Kahoku.news, 硫化水素流出のタンク調査 宮城県と立地市町、女川原発立ち入り, July 16,
2021
・Nordot.app,女川原発に立ち入り調査 作業員が硫化水素を吸い込んだ事故を受け, July
15, 2021
後 記: 今回、“洗濯廃液” という耳慣れない言葉が出てきました。しかし、調べていくと、洗濯廃液は、原子力発電所の放射能汚染管理区域内で装着する作業服(防護服)などの専用洗濯設備から発生する廃液をいい、原子力発電所から出る放射性廃棄物の液体廃棄物であるということが分かりました。この放射性の液体廃棄物から硫化水素の問題になっていった訳で、原子力発電所に関係した人でなければ、一度、聞いただけでは理解できないでしょう。洗濯廃液はいろいろ問題があると指摘する人もあり、根本的な見直しが必要だと思いながら、硫化水素の事故について考えました。
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