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2016年1月9日土曜日

燃えているタンク内に油を入れる消火戦術

 今回は、石油貯蔵タンク基地などで起った火災事故の消防対応の業務などを行う会社として有名なウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社が公開しているCode Red Archivesの中から、2004年9月16日、米国オクラホマ州クッシングにあるエンブリッジ社石油タンク基地の原油用浮き屋根式タンクが落雷によって火災となり、この消火活動にウィリアムズ社が応援で出動した事例を紹介します。
落雷による浮き屋根シール火災発生
■ 2004年9月16日の朝、米国オクラホマ州クッシングにおいて雷が断続的に鳴る中、エンブリッジ社(Enbridge Inc.)の石油タンク基地にある直径116フィート(35m)の原油用浮き屋根式タンクの屋根に雷が落ちた。午前6時47分、最初に現場に到着した消防署のマイク・マイゼンハイマー隊長は、落雷があったことと、原油タンクにおいてリムシール火災が発生して全周の75%に及んでいることを確認した。消防署のデニス・フィッシャー署長には、午前6時55分、リムシール火災になっていることが報告された。

■ エンブリッジ社(Enbridge Inc.)は、防災訓練を受けている従業員の全員に火災発生の緊急連絡をし、事業所へ集合するようにした。事業所の統括者は、ただちに緊急事態対応基準にもとづき、現場指揮系統を確立し、初期対応を実施した。クッシング消防署とクッシング警察が最初に現場に到着し、危険区域の設定を行うとともに、エンブリッジ社と共同の現場指揮所を立ち上げた。

■ 事業者として最初にとるべきことは、火災区域の縁切り化であり、発災現場への対応に必要なものを決めることであった。つぎに考慮することは、操業の中断を最小にすることであった。

■ クッシング消防署の消防隊は、初期対応として能力1,250ガロン/分(4,700L/分)の大型化学消防車E-ONE Pumperと4,200ガロン(15KL)の泡薬剤搬送車を使用した。初めに現場の状況を見極めた後、消防指揮所は相互応援で出動したドラムライト消防署とチャンドラー消防署の支援活動を始めさせた。クッシング安全協議会の緊急連絡網を使用して、近隣の全石油会社に緊急警報が流された。

■ クッシング安全協議会は相互応援の加盟会社と活用可能な資機材のリストを持っており、タルサ・サノコ製油所(Tulsa Sunoco Refinery)にクッシング安全協議会を通じて泡の支援要請が行われることとなった。この連絡は、石油会社の保有する支援可能資材として認識しているクッシング消防署によってすぐに行われた。この支援は、エリア内の相互応援として泡放射消防車と泡薬剤搬送車の形で行われた。

■ 事業所の従業員は、関連設備の動力源や二次的な引火源と縁切りさせるため、入構制限・危険標示の措置を始めた。一方、現場施設に近い門を開き、応援の消防隊などが到着したときの誘導員が配置された。

■ このような事故は極めて希であり、近隣工場の消防隊にとって近くで経験してみたいという思いから、周辺地域から大勢の消防隊が集まった。また、ストラウド消防署、グレンコー消防署、スティルウォータ消防署など地方消防署の代表者がクッシング消防署を支援するために現場に来ていた。

■ 相互応援の消防隊が現場に揃ったところで、すべての消防活動が午前9時15分に実施された。迅速な対応と封じ込めによって、落雷による発災タンクが他へ拡大することはなかった。他の施設へ波及する恐れはなく、発災タンク以外の設備によって通常の操業が継続された。

■ 消火活動は、水タンクの確保と泡放射を行うためのホースへの水供給系統の保持に注力された。

■ 最初の消火活動がおよそ80%進んだところで機材が故障してしまい、消火チームはタンク屋根区域から撤退し、状況を見直さざるを得なかった。この時点で、共同現場指揮所はウィリアムズ・ファイヤー&ハザード・コントロール社(Williams Fire & Hazard Control Inc.)に相談するため連絡をとると決めた。午前10時30分、デニス・フィッシャー消防署長がドワイト・ウィリアムズ社長に電話を行い、状況について説明した。

ウィリアムズ・ファイヤー&ハザード・コントロール社による応援
■ 現場における解析によると、最初の泡攻撃を行ったとき、高さ60フィート(18m)のタンク内には約4フィート(1.2m)しか油が入っていなかったという。浮き屋根は高さ約5フィート(1.5m)で支持脚によって着底し、屋根と油面の間には気相部が形成していた。全表面露出の状況として対応することとされた。

火災対応についてエンブリッジ社と
打合せするドワイト・ウィリアムズ氏(左)
   (写真・解説はWilliamsfire.comから引用)
■ エンブリッジ社の関係者と打合せした結果、ドワイト・ウィリアムズ社長と彼の隊員はクッシングの現場で活動することに同意した。タルサ・サノコ製油所のジョー・ベネット消防課長は、支援として1KLトートを14個送ることに同意していた。落雷のあった9月16日の午後4時頃、消火薬剤とウィリアムズのチームはクッシングの現場へ到着した。

■ 泡放射を待っている間、地元の消防隊は事業所内にある貯水池を利用した水供給系を整えた。全面火災に必要な消火水を供給するため、能力1,250ガロン/分(4,700L/分)の消防車2台と能力1,000ガロン/分(3,700L/分)の消防車2台を使用した。

■ ウィリアムズ社長、フィッシャー消防署長、エンブリッジ社の代表者によるミーティングの席上、ウィリアムズ社長はこの特殊な状況下でユニークな方法を提案した。ウィリアムズ社長は、「私はかねてから、燃えているタンクの中に原油をポンプで戻すべきだと思ってきた。しかし、これまでそのような状況はなかった」と語っている。エンブリッジ社の経営陣はこの戦術を進めることを決めた。屋根を再浮上させて気相部を無くすだけの油量を計算し、タンク内に油がポンプ移送された。屋根が浮き上がったので、内部火災は消火され、残ったシール部火災は2台の泡放射銃とタンク上部に設置されている2台の泡モニターDaspit Toolを使って安全に攻撃することができた。

■ 消火薬剤は多糖類添加耐アルコール泡“サンダーストーム ATC 1×3 1%”が使用された。クッシング消防署は、午後9時10分に鎮火したと発表した。
 (写真はWilliamsfire.comから引用)
リムシール火災の消火に安全で有効な泡モニターとしてタンク上部に設置された“Daspit Tool
   (写真・解説はWilliamsfire.comから引用)
シール火災部に泡モニター“Daspit Tool”で放射する間、
再引火することのないようタンク側板を冷却する相互応援隊
   (写真・解説はWilliamsfire.comから引用)
成功した消火活動の背景
■ この事故では、現場指揮所の早い確立が有効だったことが証明された。このような緊急事態には、多くの対応者と必要な資機材の確保とともに、的確な支援をしてくれる消防専門家のネットワークが有効だったことは明らかである。そして、これは今も共通的なことである。クッシング安全協議会が消防活動中のコミュニケーション、安全、工場のサポートについて有効に機能した。

■ 今回のような火災では、適切な泡薬剤、消火用水、特別に設計された消防設備が不可欠な資源であることがはっきりした。また、想定される懸念から相互応援を必要とするようなところでは、共同の対応訓練を行っておくことが不可欠であるといえる。最近行われたFBIによる野外演習は、多くの緊急事態対応者や会社関係者にとって効率的な方法を知るのに有用だった。共同のトレーニングや演習は緊急事態対応者に役立ち、緊急事態対処計画に反映することによって実際の緊急事態時の対処時間や状況を改善することができる。クッシング安全協議会は相互応援組織の作業部会を継続し、今後のための指揮統一、新たなトレーニング、コミュニケーションのあり方などについて検討している。


補 足
■ 「オクラホマ州」(Oklahoma)は米国南中部にあり、人口約375万人の州である。最大都市は州都であるオクラホマシティ(人口約54万人)で、タルサ(人口約38万人)がこれに次ぐ。オクラホマ州は、原油・天然ガスのほか農業の生産高が高く、また航空機、エネルギー、通信、バイオテクノロジーの産業も盛んである。
                          オクラホマ州の位置      (図はグーグルマップから引用)
 「クッシング」(Cushing)は、オクラホマ州中央部のペイン郡にある人口約7,800人の町である。クッシングには、原油中継のためのタンク基地やパイプライン施設が数多く設置されている。原油の貯蔵量は8社のタンク基地の合計で約85百万バレル(1,350万KL)といわれている。
                         オクラホマ州クッシング周辺       (図はグーグルマップから引用)
■  「エンブリッジ社」(Enbridge Inc.)は、カナダのアルバータ州カルガリーに本社を置き、原油と天然ガスの輸送を行う石油会社である。1949年に設立し、11,000人の従業員を擁し、カナダと米国の両方に敷設された世界最長のパイプラインを持っている。クッシングには、原油タンク87基で貯蔵能力20百万バレル(320万KL)のタンク基地を有している。
 エンブリッジ社は、2010年に大きな流出事故を起こしている。エンブリッジ・ノーザン・ゲートウェイ・パイプラインにおいてエドモントンにある監視オペレータが、漏洩警報が鳴ったにもかかわらず、17時間の間、対応しなかったため、20,000バレル(3,200KL)の油流出に至った事故である。当ブログで紹介したエンブリッジ社に関連する情報はつぎのとおりである。
エンブリッジ社のクッシング・タンク基地 
  (写真はEn.wikipedia.orgから引用)
■  「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
 ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
 ウィリアムズ社は、 米国テネコ火災(1983年)、カナダのコノコ火災(1996年)、米国ルイジアナ州のオリオン火災(2001年)などのタンク火災消火の実績を有している。当ブログにおいてウィリアムズ社関連の情報はつぎのとおりである。

■ ウィリアムズ社はウェブサイトを有しており、各種の情報を提供している。この中で「Code Red Archives」というサブサイトを設け、同社の経験した技術的な概要を情報として公開している。今回の資料はそのひとつである。

所 感
■ 燃えているタンク内に内部液を入れることがある。例えば、 「タンク火災への備え」(クレイグ・シェリー氏)の中で、「タンク火災が起こった際、施設の関係者からはタンクに入っている液を移送するよう提案があるかもしれない。注意すべきことは、すぐにタンク内液を移送することは最善の策とはいえないことである。火災になっているタンク(または火炎に曝露されているタンク)から内容液を移送するということは、火災に曝されるタンク鋼板部を増やすことになる。タンク内に液が入っている場合、その液は熱吸収源のように働き、火炎に直接曝されているタンク側板部を保護する役目を果たしている。この観点でいえば、タンク内液を移送すべきでないし、場合によってはタンク内に液を入れる判断をすべきである。現場指揮所の考えとしてタンク内に液を入れようとする場合は、施設の運転関係者に相談する」と述べている。
 今回の事例で、燃えているタンク内に油を入れる具体的な例が分かった。リムシール火災状況から浮き屋根が支持脚で着底してしまったら、シール部だけでなく、屋根のベント部からも火炎が上がっていたに違いない。ドワイト・ウィリアムズ氏はいろいろな火災ケースの消火戦術について熟考しており、今回のタンク火災に際して、かねてからの考えを提案したものとみられる。
 一方、日本で同じような状況(リムシール火災状況から浮き屋根の支持脚が着底)になった場合、油を入れる提案が出てくるだろうか、また油を入れる判断を誰が行うのだろうか。

■ 消火戦術の点でいえば、上記のほかに日本と異なると思われる対応がある。ひとつは、消防士がタンク上部へ昇り、泡モニター(Daspit)を使用して泡放射を行うことである。ふたつめは、堤内に入ってタンク側板の冷却放水を行っていることである。米国でも、防油堤内に入らないことを基本としているが、油が堤内に漏れて来ないと判断した場合、リスクを覚悟して危険な消火戦術をとる。戦術に関する敵(油)への意識が根底にある。今回のタンク火災は、現場指揮所(または指揮本部)のあり方や判断力について考えさせられる事例でもある。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Williamsfire.com,  「 Lightning  Strikes  Enbridge Crude  Tank,  ThunderStorm® Strikes Back !」, Field  Report, Edited by Brent  Gaspard,   CODE RED ARCHIVES, Williams Fire & Hazard Control. Inc.


後 記: 当資料の原題は、「落雷がエンブリッジの原油タンクを直撃」(Lightning Strikes Enbridge Crude Tank)でしたが、消防活動に特徴があるので、「米国オクラホマ州の浮き屋根火災における消防活動(2004年)」という題にしようと思いました。しかし、中途半端な気がして、もっと端的に「燃えているタンク内に油を入れる消火戦術」としました。
 リムシール火災状況から浮き屋根の支持脚が着底した場合、油を入れることは当然なことのように思いますが、これは結果論からの話です。現場では、標題写真のようにタンク上から火炎が上がっていることは分かりますが、状況ははっきりと掴めません。タンク液位は計器室からの情報で分かりますが、屋根がどのような状態になっているのか、屋根上の火災はどうなっているかは現場指揮所として最も知りたいところです。これまでは、ヘリコプターを使用する方法やスクアート車の先端にカメラを搭載する方法が考えられていますが、今だったらドローンの活用でしょうね。

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