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2015年4月8日水曜日

フランスのアスファルト製造所で添加剤タンクが爆発(2002年)

 今回は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省)がまとめているARIA(事故の分析・研究・情報)の中のひとつで、2002年、フランスで起きた「潤滑油・瀝青材精油所における添加剤タンクの爆発」( Explosion of an additive tank in a oil and bitumen refinery )の資料を紹介します。
< 製造所の概要 >
■ 事故のあった製造所は、フランスのノール県ダンケルクにあり、1950年代初期に建設された。施設は、石油精製装置の常圧蒸留残渣および水素化分解残渣から基油(ベースオイル) 、瀝青材(アスファルト)および派生製品を生産しており、従業員は260名である。
 施設の特徴は、工業用ブラスト・タイプ瀝青材の生産装置、舗装用アスファルトとポリマー改質アスファルト生産装置を有しており、特別な添加剤を使用している。原料と添加剤は現場に貯蔵され、使用時に混合される。

< 事故の状況および影響 >
事故の発生
(写真はARIA資料から引用)
■ 2002年5月18日午後3時30分、瀝青材タンク地区にある瀝青添加剤タンクで爆発が起きた。タンクの屋根が噴き飛んだ後、近くに落ちた。火災が起こり、炎が10mの高さまで上がった。社内の非常事態対応計画が実施された。爆発に伴って出動した消防隊は、消火ノズル2台を使用して、10分後には火災を制圧した。

■ 公設の消防署が到着したときには、特に活動する必要はなかった。県は午後440分に類別施設検査官へ連絡した。郡によってまとめられたプレス・リリースが、同日、地方の報道機関へ送られた。

事故による被害
■ 事故による被害者はなく、施設の被害も、タンク自体を除けば、限定的だった。物的損害は発災タンク関係に限定され、事業所による推定損害額は50万ユーロ(65百万円)だった。

■ 事故当時、風は地元の住居地区の方向に吹いておらず、桟橋の方に吹いていた。火災によって失われた原料の量は1KLとみられる。タンクに残った添加剤は別の受取り先へ移送された。消火泡と混ざり合って使い物にならなくなった添加剤は、別の工場で処理された。

■ 事故を起こした添加剤は、現場の発災タンクのみで貯蔵されていた種類だったので、事故に伴い、この関係の製品の注文はキャンセルされた。しかし、この生産量は所内の全生産量に対してわずかな割合だったので、施設における通常の操業に支障が出ることはなかった。 

欧州基準による産業事故の規模
■  19942月、セベソ指令を司るEU加盟国管轄庁の委員会は、事故の規模を特定するために18項目のパラメーターを用いる評価基準を適用した。わかっている情報をもとに検討された結果、当該事故は4つの分類項目に対してつぎのように評価された。
■ タンク爆発に伴う影響が限定的だったため、「危険物質の放出」はレベル1と評価された。
 事業者によって出された設備の被害額から、「経済損失」はレベル1相当に該当する。
 
< 事故の原因 >
■ 出火したタンクには、瀝青材(アスファルト)を製造するための添加剤が入っていた。添加剤は高い引火点のポリマー2種から成っていた。タンクは直径6m×高さ6.5mで、貯蔵能力は185KLだった。貯蔵能力を重量で表すと140トンで、発災時、タンクはほぼ満杯だった。

■ タンクには攪拌機と加熱コイルが設置されており、添加剤を150℃の一定温度に保持している。当該温度より低いと、添加剤の粘度が高くなり、ポンプでの移送ができなくなる。設備の安全性の観点から、タンクには、温度指示計、窒素導入システムおよびベントが設けられていた。温度指示値は計器室コンソールで読むことができた。タンクは185㎥より大きい容量の防液堤内に設置されていた。

■ 事故後の調査で分かったことは、問題の添加剤を構成していた2種のポリマーが、貯蔵温度より低い温度で分解したということである。最初、引火点が50℃より低い物質への分解と、引火点が0℃より低く、可燃性の高いモノマーへの分解が起る。つぎに、可燃性の高いガスが放出する。

■ 事故の発端は、添加剤の2つの構成要素のゆっくりした分解と空気の存在によって、有機過酸化物または自然発火し得る物質が生成したことである。この物質は長い時間をかけて蓄えられ、大量の静電気を蓄積していった。この背景には、事故へ至るまでの何か月間かは、ほとんど添加剤は使われず、貯蔵されたままだった。窒素のフラッシングだけでは、タンクへ入り込む空気を防止するには不十分だった。

< 対 応 >
■ 事故に伴い、検査官の提案に従って、知事は、事業者に対してつぎのような緊急指示書を出し、条項を守るよう要請した。
 ● 詳細な事故報告書を8日以内に提出。(発災物質、貯蔵条件、事故の状況、事故原因に関する仮説・・・)
 ● 事故の原因調査報告書を1か月以内に提出。(爆発の原因、再発防止策の提案) 
 ● 原因と対策がはっきりするまでの間、当該添加物の調達を即時中止。

■ 事業者から提示されたいろいろな要因について検討が行われ、検査官が知事に提案したことは、問題の添加剤を貯蔵タンクに入れて使用するに当たっては、つぎのような安全設備を追加することが条件ということであった。
 ● 貯蔵期間にかかわらずポリマーの熱分解を防止するための自動温度制御。(最高制限温度で遮断) 
 ● 添加剤温度の連続測定装置(直接計測または間接計測)。 計器室に“高レベル”警報を設置。
 ● 攪拌機のモーター電流の連続計測。計器室には遠隔の異常警報を設置。
 ● 加圧制御方式による窒素不活性システム。
 ● タンクのガス雰囲気の連続測定装置。計器室に“低レベル”警報を設置。
 ● 空気の流入を防ぐバルブ型ベント・システム、または同等の機能をもつシステム。(フレームアレスター付きブリーザー弁、・・・)
 
■ 要求された設備を設置した後、事業者は事故前よりも低い温度で添加剤の貯蔵を再開した。

< 教 訓 >
■ 外れやすくした屋根によって底板部が破損することがなく、大量漏洩の事態を回避することができた。

■ 事故原因の調査によって、リスク評価が不十分で、設備的にいくつか足らなかったことがはっきりした。不足していた設備は、自動温度調節、攪拌操作の温度調節装置、窒素不活性装置、その他の付属装置(ベント、ガス雰囲気の圧力計測器、・・・)

■ 当該添加剤のタンク事故の原因が明らかになって、事業所は他の貯蔵タンクについて確認を行なった。その結果、最新の貯蔵条件において熱分解を生じるような製品は無いことが分かった。破損した添加剤タンクと同種の特性を有し、フラッシング型窒素導入システムの付いた可燃性液体貯蔵タンクが他に現場にないか調査し、該当タンクについて、事業者は安全設備を追加するようにした。

補 足
■ フランスのノール県にある「ダンケルク」は、フランス本土最北端に位置し、ベルギー国境から約10kmのところにあり、人口約71,000人の港湾都市である。フランス北部における工業都市であり、鉄鋼、製油、造船、化学工業、食品加工などがある。
 フランスには12箇所の製油所があったが、最近3箇所が閉鎖し、現在は9箇所となっている。ダンケルクには、トタール社(Total)のフランドル製油所(Flandres Refinery)があったが、閉鎖している。

■ 発災事業所は、製油所の近くにある潤滑油および瀝青材(アスファルト)を専門に製造する工場だとみられる。ダンケルクには、このような潤滑油と瀝青材の生産を専門とするSRD社(Société de la Raffinerie de Dunkerque)がある。潤滑油は年間28万トン、瀝青材(アスファルト)は年間30万トンを製造している。従来、 SRD社のオーナーはエクソンモービル社とトタール社だったが、2010年、フランスの舗装会社であるコーラス社(Colas)が買収し、現在はColasグループの傘下になっている。
                 フランスのダンケルクにあるSRD社の事業所   (写真は同社ウェブサイトから引用) 

■ 製造所には、工業用ブラスト・タイプ瀝青材の生産装置、舗装用アスファルトとポリマー改質アスファルト生産装置があると記載されているが、「工業用ブラスト・タイプ瀝青材の生産装置」の詳細はわからない。「ポリマー改質アスファルト」は、改質アスファルトの一種で、SBS(スチレン系熱可塑性エラストマー)などのポリマーを使用したもので、日本でも多くの種類が製造されている。アスファルトに関する基礎知識は、日本アスファルト協会の「入門講座」を参照。
                 ポリマー改質アスファルトの製造の流れの例    (図はAskyo.jpから引用)
■ 「有機過酸化物」とは、分子内に酸素ー 酸素(- O - O -)結合を少なくとも1個持っている有機化合物の総称である。有機過酸化物は、酸素-酸素という過酸化結合を有するため、熱に敏感、分解時に熱を発生、分解により遊離基(フリーラジカル)を発生、異物に敏感、分解時にガス(分解生成物)を発生し、ミストを形成する場合があるなどの特性をもっている。この特性を利用して重合開始剤、硬化剤、架橋剤などに使用されるが、有機過酸化物は自己促進分解を起こさないよう、温度管理、密封性、異物に関して細心の注意が必要な物質である。有機過酸化物の基礎知識は、日本有機過酸化物工業会の「有機過酸化物の特性と安全対策」を参照。
 有機過酸化物による火災事故は多く、事例として「貯蔵中の有機過酸化物の自然発火」(失敗知識データーベース)や「有機過酸化物の火災事故の調査と対策」(Safety & Tomorrow No.91,2003年3月)で紹介されている。

■ この資料では、タンクに窒素が導入されたシステムを「窒素不活性システム」(Nitrogen Inerting System)と呼んでいる。このシステムは、さらに「フラッシング型窒素導入システム」( Flushing Type Nitrogen Sytem)と「加圧制御方式による窒素不活性システム(Nitrogen Inerting System based on A Pressurerisation Slaving and Control System)に分けている。
 単に窒素を定量で流している場合、タンクの息継ぎや出荷時において空気が流入する可能性がある。フラッシングだけのシステムは、日本でも「窒素シール」と称することがあるが、実際にはシール(密封)されておらず、今回のような酸素の存在が異常反応に至る恐れがある場合は、問題のあるシステムとなる。

■  「フランス環境省 : ARIA」(French Ministry of Environment : Analysis, Research and Information on Accidents)は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省 French Ministry of Ecology, Sustainable Development and Energy)がフランスにおいて発生した事故について情報を共有化し、今後に活用するため、1992年から始めた事故の分析・研究・情報のデータベースである。有用な海外事故も対象にしている。

所 感
■ 瀝青材製造のための添加剤が有機過酸化物(または自然発火し得る物質)になり、爆発したという事例であるが、肝心の添加剤の名が書かれていないので、一般的な事例紹介になっている。瀝青材製造の特許に関わるためなのかわからないが、事故事例を活かす観点からすれば、添加剤名を明らかにして再発防止に役立つ内容にしてもらいたかった。また、添加剤タンクが設置されてから相当の期間が経過していると思われ、発災へ至る変化点があったのではないかという疑問にも答えてほしかった。

■ 今回の事例で参考になることは、資料の「教訓」の項と重なるが、つぎのふたつである。
 ● 設計段階でのリスク評価が大切であること、そして運転時には危険予知の感性が必要である。
 ● コーンルーフ式タンクの屋根は放爆構造(接続を弱める)になっていることを確認する。
 これらは、いわゆる常識的な話である。しかし、逆にいえば、基本的なことをきちんと実行することによって事故を回避したり、被害を最小にすることができるということを再認識する事例だといえる。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Aria.development-durable.gouv.fr, Explosion of an additive tank in a oil and bitumen refinery,  May 18, 2002,
Dunkerque [Nord],  France,  DGPR / SRT / BARPI - IMPEL- No. 22459, Sheet updated: February 2008 



後 記: 今回のARIAの資料は、前回のイタリアの事故と同様、国によってまとめ方の差が感じる事例のひとつです。タンク屋根が噴き飛んだだけという被害が小さかった(?)ため、内容はあっさりしているという印象です。貯蔵タンクの事故としては稀な部類に入る事例として紹介しました。
 ところで、地元、山口県周南市の情報です。出光徳山製油所の旧佐保充填所(アスファルトと硫黄の出荷設備)の跡地にスーパーマーケットができます。敷地を広くとるため、スポーツクラブが道の反対側に移転し、残っていた建物の解体が始まりました。バブル期にできただけにりっぱな建物です。




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