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2022年11月28日月曜日

群馬県の香料工場の円筒タンクで一酸化炭素中毒、死傷者3名(原因)

 今回は、2022915日(木)、群馬県板倉町にある食品用香料の工場で香料の製造作業に従事していた社員3人が死傷する事故がありましたが、1111日(金)に事故原因と再発防止策が発表されたので、その内容を紹介します。事故直後の状況については、「群馬県の香料工場の円筒タンクで一酸化炭素中毒、死傷者3名」202210月)を参照。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、群馬県板倉町大蔵にある食品用香料などを製造する長谷川香料株式会社の板倉工場である。

■ 事故があったのは、板倉工場抽出第一工場の蒸留装置内にあるクッションタンクと呼ばれる直径約120cm×高さ約170cmの円筒タンク(円柱タンク)である。タンクは、蒸留装置で焙煎されたコーヒー豆に水蒸気を送って香気を得た留出液を貯留するためのものである。このタンクには、上部に直径約45cmの開閉式のふたが付いており、外から薬剤などを導入するために付いている。


<
事故の状況および影響
>

事故の発生

■ 2022915日(木)午前11時頃、工場内で香料の製造作業に従事していた社員3人が体調不良になったという消防署への119番通報があった。

■ 通報にもとづき消防署が出動し、3人の社員は病院へ搬送された。いずれも男性で、48歳の男性が死亡し、30歳の男性は意識不明の重体で、41歳の男性社員は体調不良を訴えた。

■ 3人は、コーヒー豆を蒸留させたベーパーを冷却して香り付きの液体にし、タンクに移す工程で作業していた。 ふたりの男性社員がタンク内に倒れていた。通常はタンク内に入ることはないという。

■ タンク内から高濃度の一酸化炭素が検出されており、警察署は中毒になったとみて調べている。  

■ 1111日(金)、長谷川香料は自社のウェブサイトに事故の経緯について調査結果を掲載した。これによると、事故発生当日は4日間連続的にコーヒー水蒸気蒸留を行う工程の3日目だった。

 ● 48歳の男性社員はクッションタンクに貯まった留出液を次の工程用のタンクに送液した後、空になったクッションタンクに次の留出液を貯める準備を行う工程の作業中、(何らかの理由で)空のタンク内に入り、意識を失った。

 ● 30歳の男性社員は、48歳の男性社員を救出するためにクッションタンク内に入り、タンク内から大声で助けを求めた。

 ● この声を聞いて駆けつけた社員数名が、意識を失った48歳の男性社員をクッションタンク外に引き上げて運び出した。この間に、タンク内に救出に入っていた30歳の男性社員も意識を失った。

 ● 救助に駆け付けた社員がクッションタンク内に空気を送り込み、酸素濃度が18%以上になったことを確認した後、41歳の男性社員がタンク内に入り、タンク内で意識失った30歳の男性社員を救出したのち、自力でタンク外に出たが、頭痛とめまいの症状を訴えた。

 ● タンク内に入った3名の男性社員は救急車で病院に搬送された。48歳の男性写真は同日病院で死亡が確認された。意識を失った30歳の男性社員は治療を終え、その後、職場復帰した。41歳の男性社員は治療を終え、自宅療養している。 

被 害

■ 一酸化炭素中毒で男性従業員3名の死傷者が出た。1名が死亡し、1名は意識不明の重体で、1名は体調不良で病院へ搬送された。意識不明だった男性従業員は治療を終えて、その後、職場復帰した。

< 事故の原因 >

■ 死傷者が出た原因はタンク内に存在していた一酸化炭素の中毒である。通常、香料の製造作業中にタンク内に入ることはなく、当時、なぜ入槽したかの事故要因を調べたが、特定できなかった。

< 対 応 >

■ 916日(金)、長谷川香料は、「亡くなられた社員のご冥福を心よりお祈りするとともに、治療中の社員の一刻も早い回復を願っております」という声明を出した。さらに、板倉工場の社員らで構成する事故調査委員会を立ち上げると発表した。長谷川香料は、関係省庁に全面的に協力しながら 「早期に事故の原因究明と再発防止策を検討していく」としている。長谷川香料は自社のウェブサイトにもプレスリリースを掲載している。

■ 916日(金)、労働基準監督署は工場の立入り調査に入り、安全管理に問題がなかったかを調べる。

■ 916日(金)、長谷川香料によると、板倉工場は事故が発生した設備を除き、稼働を再開しているという。

■ 1111(金)、長谷川香料は自社のウェブサイトに事故の原因と再発防止対策について調査結果を掲載した。

1) 原因物質の特定

 ● 亡くなった48歳の男性社員に一酸化炭素中毒の痕跡が確認されたことから、原因物質として一酸化炭素が疑われたため、再現テストを行った結果、クッションタンク内からは30,000ppmの一酸化炭素が検出された。

 ● 連続的な蒸留工程であることを考慮すると、事故当時のタンク内には30,000ppm以上の一酸化炭素が滞留していたものと推定される。

 ● 計測された一酸化炭素濃度は、厚生労働省のガイドラインで示されている一酸化炭素の吸入時間と中毒症状の関係で13分間で死亡するとされる1.28%(12,800ppm)を超えており、当時のクッションタンク内は一酸化炭素中毒による死亡リスクがあったことが判明した。

2) 直接的経緯

 ● 水蒸気蒸留により焙煎コーヒー豆から放出された一酸化炭素がクッションタンク内に蓄積され、タンク内には高濃度の一酸化炭素が滞留していた。

 ● 亡くなった48歳の男性社員は、クッションタンク内で一酸化炭素中毒の症状を引き起こし、意識不明となった。男性社員がタンク内に入った経緯は特定できず、不明である。

 ● タンク内に入って意識不明となった48歳の男性社員を救出するため、30歳の男性社員がクッションタンク内に入り、一酸化炭素中毒によって意識不明となり、二次災害となってしまった。

 ● さらに、安全基準を上回る濃度の一酸化炭素が滞留していたクッションタンク内に倒れた社員を救出しようと、41歳の男性社員が入ったことによって一酸化炭素中毒を発症した。

3) 間接的経緯

 ● 製造中に一酸化炭素が発生することに加え、クッションタンクのふたの部分の見えやすい位置に一酸化炭素が滞留している注意喚起も表示していたものの、蒸留装置内に致死量の一酸化炭素が発生また滞留するという危険レベルの実態把握が十分にできておらず、一酸化炭素発生の危険レベルに合わせた教育も十分ではなかった。

 ● また、タンク内へ入る際の注意事項や二次災害防止の重要性は認識されていたが、緊急時の一酸化炭素滞留に対する注意事項は整備されていなかった。

■ 事故の発生した設備は発災後にただちに稼動を停止したが、再発防止対策の関係機関の確認が完了した後の20221114日(月)頃を予定しているという。

< 再発防止対策 >

■ 長谷川香料は、1111(金)、再発防止策について検討した結果をつぎのように発表した。

1)一酸化炭素の滞留に対する是正

 ● 製造中にクッションタンクのふたを開ける必要がないよう薬剤(塩)の投入工程を変更した。

 ● さらに、クッションタンクのふたは製造中には施錠し、単独での開錠を禁じることとした。

 ● 加えて、工場内の作業エリアには、送気や局所排気を行い、一酸化炭素の曝露が発生する箇所を無くす対策を講じた。

 ● 焙煎コーヒー豆から一酸化炭素の放出を防ぐ対策はできないが、蒸留装置内へ窒素を供給することによってクッションタンク内の一酸化炭素を500ppm以下にまで滞留の抑制ができた。

 ● これら蒸留装置内外の一酸化炭素の滞留に対する是正と併せて、一酸化炭素の濃度測定器を常設し、滞留の抑制状況を確認すること、呼吸用保護具を準備し、一酸化炭素の発生リスクがある工程には警報装置、監視カメラなどにより、危険を察知できる対策を講じることとした。

2)一酸化炭素に対する危険性や二次災害防止に関する対策

 ● 製造工程での一酸化炭素の危険レベルを評価した上で、今回の検証結果の開示や雇入れ時の教育・職場教育を見直し、改善した作業手順の周知により、危険レベルに応じた安全衛生教育を行うこととした。

 ● また、二次災害防止の観点から、一酸化炭素による事故時における適切な応急措置および退避措置の教育や訓練を実施し、教育内容の周知を徹底する。

 ● これらの注意喚起や教育用資料を整備し、安全教育を実行する。  

補 足

■「群馬県」は、日本列島の内陸東部に位置し、関東地方の北西部にあり、人口約191万人の県である。

「板倉町」(いたくらまち)は、群馬県邑楽郡(おうらぐん)にあり、県の南東部最東端に位置する 人口約13,700人の町で、関東大都市圏に入る。

■「長谷川香料株式会社」は、1903年の長谷川藤太郎商店創業に始まり、1961年に長谷川香料株式会社として設立された。 東京都中央区に本社を置く日本の香料メーカーで、国内2位のシェアを誇り、特に飲料用に圧倒的シェアを持っている。

 「板倉工場」は、1984年に食品部門の香料製造のために建設された。敷地面積:171,316㎡、従業員:231名の工場である。

■「香料の生産方法」は、原料、工程、素材、製品によって各種方法があり、概要を図に示す。


 素材は一般に天然香料と合成香料に分類され、天然香料は動植物から抽出、圧搾、蒸留などの物理的手段や酵素処理して得る。蒸留は「水蒸気蒸留」(Steam Distillation for Essential Oil Extraction)が一般的であり、採油する目的のもの(水に溶けやすいものが少ないもの)を水蒸気蒸留釜に詰め、水蒸気を吹き込み加熱し、熱水と精油成分が留出してくるので冷却して液体に戻し、精油を分離する。香料の水蒸気蒸留プロセスの概念図と水蒸気蒸留装置の例は図に示す。



 長谷川香料()によると、今回、事故のあった抽出第一工場の蒸留装置では、焙煎コーヒー豆を投入した抽出装置に水蒸気を送り、得られたコーヒー香気は熱交換器を通して冷却され、その留出液はクッションタンク(事故発生タンク)に貯められる。クッションタンクのふたを開けて薬剤(塩)を投入して攪拌し、溶解した留出液は次工程用のタンクに送られる。抽出装置では、蒸留終了毎に焙煎コーヒー豆の残滓を排出し、次の焙煎コーヒー豆を投入する。クッションタンクでは、送液終了後の空のタンクに、次の留出液を貯める準備をする。製造工程中にタンク内での作業はない。

 報道では、「3人は、コーヒー豆を蒸留させたベーパーを冷却して香り付きの液体にし、タンクに移す工程で作業していた」とあり、抽出装置の水蒸気蒸留に関わる作業をしていたものである。

■ 抽出法によるコーヒー豆から発生した一酸化炭素で中毒した事例がある。事例は、わかりやすく他社の人向けに作成された資料がある。


 一酸化炭素ではないが、このブログでは、硫化水素などの中毒や酸素欠乏症で起こった
タンク関連の人身災害について紹介しており、つぎのような事例がある。

 ●「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」20186月)

 ●「大阪府のカーペット製造会社でタンク清掃時に転落、2名死亡」20192月)

 ●「北海道のでんぷん工場で男性が点検中にタンクへ転落か、死亡確認」 202010月)

 ●「日本製紙岩国工場においてタンク洗浄中に硫化水素中毒2名」 202112月)

所 感(今回)

■ 前回は、報道記事によって微妙に状況が異なるので、これまでの類似事例から事故状況を類推した。今回は長谷川香料の調査結果にもとづき、感想を述べてみる。

 ● 48歳の男性社員はクッションタンクに貯まった留出液を次の工程用のタンクに送液した後、空になったクッションタンクに次の留出液を貯める準備を行う工程の作業中、空のタンク内で意識を失った。・・・「タンク内にいた理由は分からないというが、タンク内に何らかの支障の出るものを見つけ、それを解消させようとタンク内に入ったのではないだろうか。日本人によくみられる善意の行動が裏目に出たと思われる」

 ● 30歳の男性社員は、48歳の男性社員を救出するためにクッションタンク内に入り、タンク内から大声で助けを求めた。・・・「これもすぐに救出しなくてはという善意の行動だったとみられる」

 ● この声を聞いて駆けつけた社員数名が、意識を失った48歳の男性社員をクッションタンク外に引き上げて運び出した。この間に、タンク内に救出に入っていた30歳の男性社員も意識を失った。・・・「ここで二次災害になってしまった。もし、タンクがもっと大きければ、複数の社員がタンク内へ入り、二次災害が拡大した恐れがあった」

 ● 救助に駆け付けた社員がクッションタンク内に空気を送り込み、酸素濃度が18%以上になったことを確認した後、41歳の男性社員がタンク内に入り、タンク内で意識失った30歳の男性社員を救出したのち、自力でタンク外に出たが、頭痛とめまいの症状を訴えた。・・・「空気を送り込んだ措置は間違いではなかったが、一酸化炭素中毒ではなく、酸素欠乏の対応だった。ここでも、はやく救出しなくてはという善意の行動が先に立っている」

■ 一酸化炭素は、無色・無臭で感知しにくい気体であり、空気比0.967と空気とほぼ同じ重さの強い毒性を有している。前回の類推では、「消防署が駆け付け、タンク内の空気をガス検知器で確認、タンク内から高濃度の一酸化炭素が検出されたので、消防署員は防毒マスクを装着して倒れたふたりを救出した」と思った。しかし、実際は事業所の社員が防毒マスクなしに救出している。直径約120cm×高さ約170cmの円筒タンク内で倒れたふたりを直径約45cmの開閉式のふたから救出するのはかなり難しい作業だったと思う。再現テストによって、クッションタンク内の一酸化炭素の濃度は30,000ppm3%)だったという。濃度3,200ppm0.32%)でも、510分で頭痛・めまい、30分で死に至るといわれており、非常に危険な救出行動だった。

■ この事業所の職場は“善意の行動”が目立っていると思う。“善意の行動”が備わっている人や職場は良いことである。しかし、たとえ“善意の行動”であっても職場で人身災害を起こさないという信念をマネージャーがもつことが肝要で、そのためには、①「ルールを正しく守る」、②「危険予知活動を活発に行う」、③「報告・連絡・相談(報連相)により情報を共有化する」の三つの事項を徹底することだと思う。

  (注;事故の未然防止のための三つの事項は何度も紹介したが、例えば、当ブログの「太陽石油の球形タンク工事中火災の原因」20132月)の所感を参照)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

   Jomo-news.co.jp, 香料工場事故3人死傷 製造作業中、CO中毒か 群馬・板倉町,  September 16,  2022

    T-hasegawa.co.jp, 当社社員死亡事故について(長谷川香料株式会社),  September 16,  2022

    Mainichi.jp, 香料工場で男性作業員死亡 一酸化炭素中毒か 群馬・板倉,  September 15,  2022

    Jomo-news.co.jp, 会社が事故調査委 板倉の香料工場3人死傷事故,  September 17,  2022

    Sankei.com, 香料工場で1人死亡 群馬、一酸化炭素中毒か,  September 15,  2022

    T-hasegawa.co.jp,  当社社員死亡事故について(事故原因、再発防止対策及び稼働状況)(長谷川香料株式会社),  November  11,  2022


後 記: 今回の事故について発災事業所はウェブサイトにプレスリリースを投稿していますので、続報が出ることを期待しました。2か月後、プレスリリースに続報が発表されました。被災者が死亡し、状況を把握している人がいないため、調査は難航したでしょう。続報を期待していたと言いましたが、実は心の中では出ないのではないかと思っていたので、続報が出されたことにびっくりしました。日本人は熱しやすく、冷めやすいと言われ、時が経てばこのような事故情報は意図的に続報を出さないことがあります。(これは日本人に限ったことではないですが) この点、発災を出したとはいえ、長谷川香料(株)の情報公開の経営はりっぱだと思います。

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