火災になったガソリン用タンクNo.559には、側板に大きな穴がみられる。 (写真はTheHindu.comから引用)
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< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、インドのアッサム州(Assam)ティンスキア(Tinsukia)にあるインディアン・オイル社(Indian
Oil Corp.)ディグボイ製油所である。ディグボイ製油所は1901年にインドで最初に建設された製油所で、現在操業している製油所では、世界最古の部類に入るといわれている。
■ 発災があったのは、タンク地区にある燃料を貯蔵するタンク13基のうちの1基である。タンク地区にはおよそ25,000KLの油が貯蔵されていた。発災タンクは容量5,000KLの内部浮き屋根式タンクNo.559で、当時タンク内には約4,500KLのガソリンが入っていた。
インドのアッサム州にあるインディアン・オイル社ディグボイ製油所付近
(写真はグーグルマップから引用)
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< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2003年3月7日(金)午後11時45分、ガソリンを貯蔵していたタンクNo.559で火災が起こった。タンク火災はアッサム統一解放戦線(United
Liberation Front of Assam: ULFA)が迫撃砲による攻撃を行ったためである。迫撃砲はタンクから約200m離れたところで発射されたとみられる。
■ 火災の炎は一時100m以上の高さに舞い上がり、夜空を照らした。その後も高さ10mの炎を上げて燃え続けた。この火災に伴い、周辺地区の住民約3,000人が避難した。
■ 火災に伴い、消防隊が出動し、泡放射を始めたが、消火用資機材が不足したため、中断した。そして、近くにある12基のタンクへの火災拡大を回避するため、隣接タンクの冷却に注力した。
■ 3月10日(月)朝、消火用資機材が揃ったので、再び泡放射を開始し、昼過ぎに火災は鎮火した。火災後にタンクに残った油は深さ1mほどだった。
被 害
■ 内部浮き屋根式タンク1基が火災により損傷した。
この火災によって約4,500KL入っていたタンク内のガソリンは、深さ約1m分を残して焼失した。インディアン・オイル社によると、概算損害額は1億ルピー(2.5億円)と推定された。
■ この火災による死傷者は出なかったが、地域住民約3,000人が避難をした。
< 事故の原因 >
■ 迫撃砲の被弾によってタンク内で2箇所が破壊され、火災になったとみられる。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。
■ 石油タンクへの攻撃の背景: 1979年、インドのアッサム州の分離独立を目指して「アッサム統一解放戦線」(United
Liberation Front of Assam: ULFA)が設立された。組織的には政治部門と軍事部門があり、軍事部門は武装闘争を経て目的を達しようとし、各地でテロ攻撃を繰り返している。2003年3月7日には、製油所の石油タンクのほか、警察の交番、パイプラインなどがテロ攻撃を受け、2名の死者、6名の負傷者が出た。インド政府はテロ組織に指定して掃討作戦を展開し、組織は小さくなっているが、現在もバングラデシュ、ブータン、ミャンマーとインドとの国境地域に拠点を有しているとされる。
< 対 応 >
■ テロ攻撃後、州全体に警戒警報が発令された。
■ 発災に伴い70名の消防隊員が出動し、初動で泡放射を行ったが、資機材が不足したため、中断した。消防隊は、火災拡大を回避するため、隣接する6基のタンクの冷却作業に奮闘した。
■ 発災から56時間を経過した3月10日(月)の午前8時45分、消火用資機材が揃ったので、再び泡放射を開始した。泡消防車8台、泡投入装置6台、3,750L/min
(1,000gpm)級モニター3台が火災に対して一斉放射された。 タンク火災はおよそ3時間半後の午前12時45分、鎮火した。
■ 使用された泡薬剤は、3%水成膜泡(AFFF)および3%フッ素たん白泡(FP)で、泡放射活動時の4時間で消費された量は合計65,000リットル(65KL)だった。
■ インディアン・オイル社は一時的に製油所の操業を中断したと言われていたが、3月8日(土)、製油所の精製装置は火災タンクの場所と離れており、安全が確保できるので、操業を続けていると発表した。
補 足
■ 「インド」(India)は、南アジアに位置し、インド亜大陸を領有する連邦共和制国家である。1947年に独立し、インダス文明に遡る古い歴史を持つ国で、約13億人と世界第二位の人口を持つ。首都はムンバイである。
「アッサム州」(Assam)は、インド北東部にある人口約2,600万人の州で、北東インドの中核となっている。
「ディグボイ」(Digboi)は、アッサム州の北東に位置するティンスキア(Tinsukia)地区の人口約20,000人の町である。ディグボイは、19世紀後半にアジアで最初に原油が発見されたことで知られている。1901年には製油所が建設され、操業を始めている。
インド北東部のアッサム州まわりの国々 (写真はグーグルマップから引用)
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迫撃砲の例
(写真はSeesaawiki.jp
から引用)
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■ 「迫撃砲」(はくげきほう:Mortar)は、弾体と発射薬が一体化された砲弾を簡易な構造で発射できる火砲である。迫撃砲で使用される砲弾は榴弾(りゅうだん)のほか、発煙弾、照明弾、焼夷弾などがある。迫撃砲は砲弾を砲身内に落とし込むだけで発射ができ、少人数での携行が可能で、操作も簡単である。射撃時の反動を地面に吸収させ、機構を簡素化させているため、射角は高くとり、砲弾は大きな湾曲の弾道を描く。 このため、命中精度が低く、射程は長くないが、軽量で大きな破壊力をもち、速射性に優れた火砲である。口径60mmクラスの軽量迫撃砲で射程距離は約3,000mである。持続射撃において毎分10発前後を発射でき、着弾時の角度は垂直に近くなる。
当該事例の使用武器が「迫撃砲」であれば、内部浮き屋根式タンクの外部屋根に速射で発射されたものとみるのが妥当であろう。このため、外部屋根および内部浮き屋根が損壊し、油面火災になったものと思われる。しかし、使用された武器は迫撃砲のほかにロケット砲あるいは擲弾(てきだん)という情報もある。標題の発災写真には側板に大きな穴が見られるので、ロケット砲や擲弾も使用された可能性はある。
■ 「発災タンク」の場所は、主要精製装置地区の構外にある公道を越えたタンク地区ではないかと思われる。グーグルマップによると、このタンク地区には貯蔵タンクが13基あり、まわりは木々に囲まれている。そのうち1基は供用されていないとみられる。このタンクに隣接するタンク数は6基になる。報道された情報と合う。これが発災タンクだとすれば、直径は約23mであり、容量5,000KLクラスとなる。(発災タンクの大きさを推定した情報には、直径50m×高さ15mというのがあるが、これは30,000KLクラスになる)
この容量5,000KLタンクに4,500KLのガソリンが入っていたとすれば、液面の高さは10mである。ガソリンの全面火災時の燃焼速度を30cm/hと仮定すれば、燃え尽きる時間は約33時間となる。実際には深さ1mを残して鎮火するまで約60時間かかっており、燃焼速度は15cm/hとなる。おそらく、内部浮き屋根の沈降によって「障害物あり全面火災」の状況ではなかったと思われる。
ディグボイ製油所精製装置の構外にあるタンク地区付近(現在)
(右下端のタンクは供用されていないようにみえる)
(写真はグーグルマップから引用)
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所 感
■ この事故は、石油タンクがテロ攻撃の標的になったものの中では、発災状況と消火活動内容が比較的明らかな事例である。それでも、タンク直径(液の表面積)がはっきりしないので、泡放射量(L/min・㎡)が推測できない。56時間燃え続けたのち、消火資機材が揃ったのを機に消火活動を再開し、3時間半の時間をかけて消火しているが、残りの油面が深さ1m程度であり、ほとんど燃え尽きる状況だったと思われる。
消火泡投入後、火勢が急激に衰える時間を「ノックダウン時間」というが、通常、ノックダウン時間は10~30分である。すなわち、泡放射開始から10~30分で火勢が衰えなければ、火災の鎮圧はむずかしく、泡放射モニターの増強や配置を見直すべきである。さもなければ、泡消火薬剤を無駄に消費させることになる。今回の事例が現場でこのような再検討が行われたかどうかは分からない。
■ このブログで紹介した世界のテロ攻撃はつぎのとおりで、規模がエスカレートしている。
● 2010年4月、「タイで石油タンクに擲弾(てきだん)によるテロ攻撃」
● 2013年1月、「アルジェリア人質事件・天然ガスプラントの警備状況」
● 2014年7月、「リビアで国内の戦闘によって燃料貯蔵タンクが火災」
● 2014年12月、「リビアでロケット弾による原油貯蔵タンク火災」
● 2015年7月、「フランスの製油所で仕掛けられた爆弾によってタンク火災」
● 2016年1月、「リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災」
● 2016年1月、「リビアの石油施設基地で再び砲撃によるタンク火災」
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Sp.se,
Tank Fires Review
of fire incidents 1951-2003, SP Swedish
National Test and Research Institute,
・Rediff.com, ULFA Terrorists on Rampage in Assam, March
08, 2003
・TheHindu.com, Blaze
in Digboi Refinery as ULFA Attacks Oil
Installations, March 09, 2003
・Tribuneindia.com, ULFA
Ultras Bomb Digboi Refinery, March 09, 2003
後 記: 今回のタンク事故情報は「Tank
Fires」という資料で知りました。過去のテロ攻撃事例として紹介しようと、内容を見直し、フランス環境省のARIA(事故の分析・研究・情報)の記載項目に沿ってまとめ直しました。当時はグーグルマップを知りませんでしたが、今回、ディグボイ製油所付近の地図を見ていくと、報道記事に合うタンク地区のあることが分かりました。「補足」で述べたように発災タンクと思われるのですが、立証できませんので、断定は避けました。
最近は事件があると、テレビニュースの中で現場の地図が紹介されますが、Googleの文字が添付されており、グーグルマップから引用したことが分かります。このブログでも必ずグーグルマップで確認することにしています。文字情報では分からない状況や雰囲気を感じることができます。グーグルマップで世界旅行をしているようなもので、便利な世の中です。