今回は、2023年6月24日(土)、ロシアのボロネジにある石油貯蔵所がロシアの軍組織から攻撃を受け、航空用燃料タンクが爆発・火災を起こし、12時間にわたって燃え続けた事例を紹介します。この事例はワグネル民間傭兵グループ創設者の反乱というニュースで広まりましたが、ここではタンク火災の観点から見ています。
< 発災施設の概要 >■ 発災施設は、ロシア(Russia)ボロネジ(Voronezh)にあるロシアの石油会社ロスネフチ(Rosneft)系のボロネジネフテプロダクト社(Voronezhnefteprodukt)の石油貯蔵所である。
■ 発災があったのは、デミトロフ通りにある石油貯蔵所の容量5,000KLの航空用燃料貯蔵タンクである。
< 事故の状況および影響 >事故の発生
■ 2023年6月24日(土)午後0時30分頃、石油貯蔵所の航空用燃料貯蔵タンクが爆発し、火災となった。
■ 火災現場の上空には黒煙が立ち昇っており、ボロネジ市内の各所から見ることができた。
■ 発災に伴い、消防隊が出動した。出動したのは、消防士97名と31台の消防車両や消防資機材である。
■ 火災は航空用燃料の貯蔵タンクのほか、堤内 800㎡の面積で堤内火災となった。
■ 石油貯蔵所のあるデミトロフ通りは交通制限された。
■ 発災に伴う死傷者は出なかった。
■ ボロネジ市の地域センターは、大気中の有害物質やその他の燃焼生成物の含有量をモニタリングした。汚染物質の濃度は衛生基準の要件を満たしていた。
■ 石油貯蔵所の火災によって、燃料が不足するのではないかという情報がボロネジ住民の間に広まった。同地域の知事は、石油貯蔵所での火災によって地域の燃料が不足することはないと発表した。しかし、当局の発表にもかかわらず、ボロネジと周辺地域のガソリンスタンドでは大行列ができている。一部のガソリンスタンドはこの状況に乗じて燃料価格を大幅につり上げたところもあるという。
■ 発災状況の動画がインターネットに投稿されている。
● Youtube.com「Опубликованы
кадры тушения жуткого пожара на нефтебазе в Воронеже」(ボロネジの石油貯蔵所で起きたひどい火災の映像が公開)(2023/6/24)
●Youtube.com「Удар
по нафтобазі у Воронежі」(ボロネジの石油貯蔵所で発災)
■ 容量5,000KLの航空用燃料タンクが損壊した。内液の航空用燃料が焼失した。
■ 死傷者は出なかった。
■ 火災と黒煙が立ち昇り、環境汚染が出た。(地域周辺の汚染汚染物質の濃度は衛生基準の要件を満たしてはいた)
< 事故の原因
>
■ 戦争(内戦)による軍事行動である。(平常時の“故意の過失”に該当)
< 対 応
>
■ 消火活動を始めたとき、放水ノズルからの水はタンク側板に当たる前に蒸発し、消火泡をタンク上部から注ごうとしたが、火炎の上昇気流の勢いで吹き飛ばされた。
■ 消防隊は、火災の延焼を防ぐため、隣接するタンクや近くに配置した消防車両には絶えず放水した。
■ ボロネジ地域の民間防衛・防火局は、6月24日(土)午後8時までに鎮火する予定だと語っていた。
■ 消火のためには、消火用の給水がなければ意味がない。状況の深刻さを認識した貯蔵所の従業員が消火栓内の圧力を最大まで上げた。さらに、この状態をボロネジ水道事業所が12時間維持し続けた。
■ ロシア鉄道の支社であるサウスイースタン鉄道は、石油貯蔵所の火災現場に消火用水183トンと泡消火剤3トンの消防車両を追加で出動させた。
■ 火災は、12時間後の6月25日(日)午前0時40分頃、消された。
■ 交通制限されていたデミトロフ通りは解除され、一時、市バスの路線が変更されていたが、元に戻った。
■ タンク火災発生前日の6月23日(金)、ワグネル民間傭兵グループ創設者は、軍指導部がワグネル民間傭兵グループのキャンプを砲撃したと非難した。ロシア国防省は、砲撃に関するワグネル民間傭兵グループの発言は虚偽であり、挑発であると主張した。6月24日(土)、武装反乱の組織に関する条項(ロシア連邦刑法第279条)に基づき、ワグネル民間傭兵グループの創設者に対して刑事訴訟が起こされた。
■ 火災はワグネル民間傭兵グループの部隊が近隣のボロネジ地域を制圧したとの報道の中で発生した。 ロシアのKa-52攻撃ヘリコプターが石油貯蔵所付近から飛び去った後、石油貯蔵所から炎が噴出した。この事件は、ワグネル民間傭兵グループの反乱に対して、モスクワがこの地域で軍の戦闘作戦に参加すると発表したのと時を同じくして起こった。ワグネル民間傭兵グループに燃料が届かないように、ヘリコプターが石油製品のタンクを攻撃したのではないかとみられる。
■ 一方、ロシアでは、ワグネル民間傭兵グループがヘリコプターでタンク施設を攻撃したという話が出回っている。別な話は、ワグネル民間傭兵グループがKa-52攻撃ヘリコプターで石油貯蔵所の上空を飛んでいるとき、ロシア軍が防空ミサイルで狙ったが、軌道を逸脱し、石油貯蔵所の敷地内に落下して爆発したというのもある。ロシア非常事態省を含め、公式にはどこも火災の理由を発表していない。
■ 地元住民は、火災の前に戦闘ヘリコプターが石油貯蔵所上空を飛行していたと語り、動画を発表している。動画は2種類ある。ジャーナリストらは攻撃ヘリコプターが石油貯蔵所を爆撃したものと推測している。
● Twitters.com 、「Seems a RuAf helicopter bombed the fuel base at Voronezh.」(ヘリコプターがボロネジの燃料基地を爆撃したとみられる)
●Youtube.com 、「Момент взрыва нефтебазы в Воронеже. Рядом виден пролетающий вертолет,」(ボロネジの石油貯蔵所爆発の瞬間。飛行するヘリコプターが近くに見える)
■ 「ロシア」(Russia)は、正式にはロシア連邦といい、ユーラシア大陸北部に位置し、人口約1億4,600万人の連邦共和制国家である。2022年2月24日(木)、ロシアが、突如、ウクライナに侵攻し、軍事衝突が起こった。
「ボロネジ」(Voronezh)は、ヴォロネジまたはヴォロネシとも呼ばれ、ロシア南西部にあるボロネジ州の州都で、人口約105万人の河港市である。街は中央ロシア高地の東、ボロネジ川の両岸に広がり、ボロネジ川は12km下流でドン川に合流している。モスクワの南465kmに位置している。
■「ロスネフチ社」(Rosneft)は、1993年に設立されたロシア最大の国営石油会社である。ソビエト連邦時代のソ連石油工業省を母体に設立された。ロシア国内のサハリン、シベリア、ティマン=ペチョラ行政区、チェチェンを含む南ロシアにおいて原油と天然ガスを生産している。このブログでロスネフチ社のタンク事故を紹介したは、つぎのとおりである。
●「ロシアのベルゴロド石油貯蔵所にヘリコプターによる攻撃(4月1日)」( 2022年5月)
■「ボロネジネフテプロダクト社」(Voronezhnefteprodukt)は、ロスネフチ系の会社で、ボロネジ地域の市場で事業を行っている。事業の詳細内容はわからない。
■「発災タンク」は、航空用燃料で容量が5,000KLと報じられているほかは分からない。グーグルマップで調べると、石油貯蔵所の位置は分かり、被災写真と見比べると、発災タンクの位置が特定できた。グーグルアースでタンク直径を割り出すと約23mとなる。高さをやや高めに12mと仮定すれば、容量は約5,000KLとなる。高さを10mと仮定すれば容量は4,100KLとなる。従って、発災タンクは固定屋根式コーンルーフ・タンクで、直径約23m×高さ10~12mの容量4,000~5,000KLクラスのタンクとみられる。
発災状況は、被災写真によると、ヘリコプターの爆弾でタンクが爆発し、屋根が噴き飛んだとみられる。また、タンク火災とともに堤内火災が起きており、爆弾でタンク側板に穴があいて内液が流出し、堤内火災になったのではないかと思われる。
■ 直径23mであれば、日本の法令では大容量泡放射砲システムは必要なく、三点セット(大型化学消防車、大型高所放水車、泡原液搬送車の3台1組; 1台当たり最低放射能力3,000L/min)でよいことになっている。しかし、今回、消防隊は「消火泡をタンク上部から注ごうとしたが、火炎の上昇気流の勢いで吹き飛ばされた」と語っている。使用した泡モニターの放射能力は分からないが、大型高所放水車が泡放射している写真があり、実際、有効な泡放射状況ではない。タンク直径が小さくても、大容量泡放射砲システムが必要だと理解できる事例である。
航空用燃料(灯油)の燃焼速度は分からないが、燃焼速度を20~30cm/hと仮定すれば、12時間で液位は2.4~3.6m下がることになる。おそらく、堤内火災で消費された油を含めて、ほとんど燃え尽きて消えたものとみられる。
■「ワグネル民間傭兵グループ」は、民間軍事会社、傭兵ネットワークなどと表現されており、創設者はエフゲニー・プリゴジンで、ロシアのサンクトペテルブルクに本部を置く同国の軍事組織である。本来、民間軍事会社(PMC;Private Military Company)とは、要人警護や施設・車列などの警備、軍事教育、兵站などの軍事的サービスを行う企業である。ロシアでは、民間軍事会社の設立が禁じられており、法の枠を越えて活動している。日本では、ワグネルを民間軍事会社と呼んでいるところもあるが、欧米の民間軍事会社とは異質なため、ワグネル民間傭兵グループと言うところが多い。本ブログでも「ワグネル民間傭兵グループ」とした。
所 感
■ 石油貯蔵所の従業員や消防隊にとってやりきれない気持ちの事例である。ロシアの軍組織(ロシア軍あるいはワグネル民間傭兵グループ)による自国の貯蔵タンクへの攻撃で火災となり、12時間の消防活動を強いられた。本来、石油貯蔵所など重要施設のテロ対応では最後の砦になるべき軍が自らテロ攻撃するわけであり、軍の組織としての機能を無くしているといえよう。
■ 消火戦略としては、①積極的(オフェンシブ)戦略、②防御的(ディフェンシブ)戦略、③不介入戦略の3つのうちいずれかを選択する。今回は、泡放射を用いて対応し始めたが、火災の勢いと保有する消火資機を考慮して、防御的戦略をとったとみられる。
タンク直径は23mであり、日本の法令でも大容量泡放射砲システムは必要なく、三点セットでよいことになっているが、タンク直径が小さく、燃焼性ではナフサやガソリンに劣る航空用燃料(灯油系の石油燃料)の火災でも、大容量泡放射砲システムが必要なことを理解できる事例である。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Reuters.com, Voronezh region,
says governor, June 24, 2023
・Rferl.org, Russia's Voronezh Regional
Governor Confirms Oil Depot Fire, June
24, 2023
・1lurer.am, Explosion and a fire at
Voronezh oil depot, June 24, 2023
・Latestly.com, Russia Oil Depot Fire
Videos: Russian Helicopter Bombs Fuel Base in Voronezh, Viral Clip
Surfaces, June 24, 2023
・Mil.in.ua, An oil depot on fire in
Voronezh: it was hit by a Ka-52 helicopter,
June 24, 2023
・Tass.com, Oil depot ablaze in Voronezh
Region, says governor, June 24, 2023
・Oopstop.com, Fire at oil depot in
Voronezh extinguished 12 hours later – Kommersant, June 24,
2023
・Moe-online.ru, Предотвратили
апокалипсис: воронежские спасатели рассказали, как тушили сложнейший пожар
на нефтебазе, June 24, 2023
・Interfax.ru, Второй пожарный поезд
направлен на тушение возгорания на нефтебазе в Воронеже, June 24,
2023
・Rbc.ru, Воронежский губернатор
попросил не создавать панику из-за топлива,
June 24, 2023
・24tv.ua, Пригожин уехал, пожарные
остались: нефтебазу в Воронеже тушили всю ночь,
June 25, 2023
・Vestivrn.ru, Пожар на нефтебазе в
Воронеже запланировали потушить к 20:00,
June 24, 2023
・Vrn.mk.ru, В Воронеже ночью полностью
ликвидировали пожар на Нефтебазе, June
25, 2023
・Obozvrn.ru, Пожар на нефтебазе
ликвидировали спасатели в Воронеже, June
25, 2023
・ Gordonua.com, Пожар на нефтебазе в
Воронеже продолжался до поздней ночи. Уничтожен резервуар на 5 тыс. м³ с
авиационным керосином. Видео, June 25, 2023
後 記: 最初は、題名を「ロシアがワグネル傭兵グループの反乱対応で石油貯蔵所のタンク火災を実行か」にしようかと思いました。軍は自国の石油貯蔵所を攻撃してタンクのひとつやふたつが火災になっても、戦術上、当然だと思う組織なのでしょう。国民の命と財産を守るのが軍の使命ですが、今回の事例は本音が現れ、ある意味一線を越えているので、今後、ロシア軍部の意見が強まるのではないでしょうか。
今回の事例を調べていて感じたのは、ロシア国内のメディア報道が発災写真を除いてほとんど機能していないことです。だれでもタンク火災の原因について考えるでしょうが、まったく原因について言及しているところはありません。SNS(ソーシャルネットワークサービス)では、いい加減な話が出回っている一方、攻撃ヘリコプターが上空を飛んでいたという動画を発信していることは救いです。