(写真はFacebook.com
から引用)
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< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、シンガポールのジュロン(Jurong)島にある石油化学会社ジュロン・アロマティクス社(Jurong
Aromatics Corp)の石油貯蔵施設である。
■ ジュロン・アロマティクス社は、58ヘクタールの敷地を有し、パラキシレン、ベンゼン、キシレンの芳香族化合物を年間150万トンの生産能力で2014年9月に操業開始した。原料は液化天然ガス(コンデンセート)で、芳香族製品のほかジェット燃料、超低硫黄軽油、軽質ナフサ、LPGなど年間250万トンの石油製品の生産能力がある。貯蔵施設は地上式のタンクのほか地下岩盤貯蔵タンクを有しており、コンデンセートを貯蔵している。ジュロン・アロマティクス社の主要株主は韓国財閥のSKグループで30%を保有している。しかし、最近の原油や天然ガス価格の下落の影響を受けて、生産施設は2014年12月から休止していた。
■ 事故のあったのは、芳香族化合物生産プラントへ供給するための原料ナフサの貯蔵用タンクである。タンクの大きさは直径約40m×高さ約20mで、発災時、貯蔵容量(25,000KL)の約10%に相当する2,500KLほどのナフサが入っていた。
タンクまわりは、高さ2mで幅100m×長さ150mの防油堤が設置されている。
ジュロン・アロマティクス社の工場付近(矢印が発災タンク) (写真はグーグルマップから引用)
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< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年4月20日(水)午後3時前、石油貯蔵施設にあったナフサタンク1基が火災を起こした。タンクから立ち上げる炎は対岸から視認できた。
■ ジュロン島で作業していた目撃者の話によると、火災は午後2時45分頃に起ったといい、「当時、激しい雨が降っており、雷も鳴っていました。建物が揺れるのを感じました」と語っている。別な目撃者は、「ちょうど落雷があったときに、数百メートル先から黒煙と炎が上がりました。石油タンクのひとつから火の手が上がったのです」と語っている。爆発的な様相を呈した火災だったとみられ、火炎の高さは60mに達していたという。
■ 発災に伴い、シンガポール市民防衛庁(Singapore
Civil Defence Force: SCDF)が現場へ出動した。SCDFの消防隊が現場に到着したときには、
CERT(Company Emergency Response Teams:
シンガポール企業緊急対応チーム)の一員であるジュロン・アロマティクス社の自衛消防隊が地上式の水モニターで対応を始めていた。
■ 火炎の勢いが激しく、タンクの側板半分が座屈して折りたたまれた状態になった。発災から約1時間後に、周辺にある事務所の人たちへジュロン島から避難するよう連絡がまわった。
■ 消防活動の結果、発災から約5時間後の午後7時45分に火災は制圧された。この消防活動中、
SCDFの消防士1名が熱疲労で病院へ搬送された。
被 害
■ ナフサ貯蔵タンクが火災によって損壊し、タンク内(約2,500KL)に入っていたナフサが焼失した。このほかの被害の程度は分かっていない。
■ 消火活動中、消防士1名が熱疲労で病院に搬送された。
(写真はYoutube.com
から引用)
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< 事故の原因 >
■ 原因調査中である。事故は落雷による可燃性ガスへの引火による可能性が高い。
< 対 応 >
■ SCDF(シンガポール市民防衛庁)は、午後3時にジュロン島テンブス通り沿いにあるタンクが火災になっているという通報を受け、7つの消防署の消防隊150名が38台の消防車両で現場へ出動した。現場に到着した消防隊はすさまじい熱を感じた。消防隊長によると、タンク近くの温度は700℃ほどだったという。
■ 火災を制圧するため、放射能力6,000ガロン/分(22,700L/分)の大容量泡放射砲(泡モニター)を配置し、このほか、隣接タンク2基を冷却するためドレンチャーシステムなどを配備した。
消防隊によると、大容量泡放射砲は高い水圧を必要とするので、ときどき他の放水を停止して、大容量泡放射砲の水圧を保持したという。
■ 午後5時30分時点でジュロン島の西部にいた報道カメラマンによると、炎と煙の勢いは弱くなっていたという。
■ 発災から約5時間後の午後7時45分に火災は鎮火した。
SCDFの関係者は、「タンクが座屈し、まわりに広がるのを防ぐ必要があり、消火活動は時間との戦いだった」と語っている。
座屈が急激に進行する瞬間
写真はSingapore.coconuts.co
から引用)
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(写真はStraitsatimes.com
から引用)
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(写真はFacebook.com
から引用)
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(写真はFacebook.com
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(写真はFacebook.com
から引用)
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(写真はFacebook.com
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(図はTNP.sp
から引用)
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補 足
■ 「シンガポール」(Singapore)は、正式にはシンガポール共和国で、東南アジアの主権都市国家かつ島国で、人口は約540万人である。マレー半島南端に位置し、同国の領土は菱型の本島であるシンガポール島および60以上の島から構成される。
「ジュロン」(Jurong)は、シンガポール西部にある地区で、1960年代に職住近接型の工業団地・ニュータウンとして開発され、人口は約35万人である。南の沖合に石油化学工業地区として造成されたジュロン島がある。
シンガポールでは、最近、つぎのような火災事故が起こっている。
● 2011年9月28日、プラウ・ブコム島にあるロイヤル・ダッチ・シェル系列のシェル・イン・シンガポール製油所において貯蔵タンク地区のパイプラインから火災が起こり、鎮火までに32時間かかった。火災原因はナフサタンクへの接続配管のメンテナンス作業のミスによるものであった。100名を超す消防隊が出動して消火活動を行った。この事故に伴う死者は出ていない。「シンガポールのシェル製油所のタンク地区で火災」(2011年10月)、「シンガポールのシェル製油所火災-2011 その後の情報」(2012年9月)を参照。
● 2007年5月3日、ジュロン島の工業地区で2件の火災が起った。ひとつはジュロン島にあるエクソンモービル社のシンガポール製油所で起ったもので、死者2名と負傷者2名が出た。もう1件は、ジュロン・オイル&ケミカル・プラントで起った火災事故で、火傷によって1名の死者が出た。
シンガポールのジュロン島周辺 (写真はグーグルマップから引用)
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■ 「SCDF」(Singapore Civil Defence
Force:シンガポール市民防衛庁)は、シンガポール政府の内務省に属する機関で、火災や災害時の消防、救援・救助、緊急搬送などの業務を行なうほか、火災予防、市民保護に関する規制を策定し、実施する任務を担っており、職員数は約6,000人である。
■ CERT(Company Emergency Response Team企業緊急対応チーム)は、シンガポールの企業で異常事態が発生した際に適切な対応が行なうことができるように設立されたもので、
これをまとめる団体がA-CERT(Association of Company Emergency
Response Teams (Singapore):シンガポール企業緊急対応チーム協会である。A-CERTには企業会員のほか、個人会員も参画できるようになっている。2005年、石油および可燃性物質の防火に関する法律が制定されたことから設立されたものであるが、この背景には公設消防が来る前の企業による緊急対応能力を促進させようとするもので、SCDFが強力に推進し、CERTの訓練や教育を支援している。
A-CERTは、つぎのような教育(資料)を公表している。
● 2012年9月、「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」
● 2012年9月、「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 -事例検討(その1)」
● 2012年9月、「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 -事例検討(その2)」
■ 「消火泡および冷却水」 の基本について、A-CERTの「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」ではつぎのように述べている。
● 消火泡は、NFPA11によれば、火災面積当たり4.1
L/min/㎡、フォームダムでは12.2 L/min/㎡を基本とする。
● 移動型泡モニターでは、泡の自然消滅、火炎の上昇気流、風によって供給量の25%がロスするとみておく。
● 泡放射はフットプリント法による。
● 冷却水は、NFPAによれば6.5
L/min/㎡を基本とする。
これによれば、直径40mのタンクでは放射能力5,200L/min以上の泡モニターを要することになる。日本の法令では、直径40mのタンクの場合、放射能力10,000L/minの大容量泡放射砲を必要とする。実際には、放射能力22,700L/minの大容量泡放射砲が使用されているので、泡モニターの能力としては問題ない。(泡放射能力18L/min/㎡ に相当)
一方、ナフサの燃焼は激しく、原油やガソリンと比べて燃焼速度が速い。日本の実験では、ガソリンの0.33m/h、原油(アラビアライト相当)の0.29m/hに対して、軽質ナフサは0.62~0.87m/hというデータがある。今回のナフサタンク(高さ20m)には貯蔵容量(約25,000KL)の約10%のナフサが入っており、油の深さは約2.0mとなる。ナフサの燃焼速度を0.62m/hと仮定すれば、約3.2時間で燃え尽きることになる。
所 感
■ 今回の事故原因は調査中となっているが、落雷によるものと思われる。プラントは操業されておらず、タンク内のナフサも運転停止時の液位で動いていないと思われる。気温の上下でタンク内の気相部に空気が入り、爆発混合気になっていたのではないだろうか。このため、ドーム式屋根の一部を破壊するような爆発的な燃焼が起こり、全面火災に近い状況になったものと思う。また、火災によりタンク側板が座屈しているが、燃焼の途中で急速に進行する座屈現象があったようで、ナフサ燃焼のすさまじさを示すものであろう。
■ シンガポール市民防衛庁(SCDF)は情報の公開に開放的な組織である。今回も、どのような消火戦術をとったか、写真や状況図を含めて事故後の早い段階で公表している。(状況図の解説は不鮮明で残念ながら判読できないが)
石油貯蔵タンク火災の消火戦略を確立させているだけに、対応は基本どおり行われている。しかし、タンク屋根が内部に落下して「障害物あり全面火災」になったとみられることと、ナフサの燃焼力が激しく、早期の消火には至っていないと思われる。幸いなことに液位が2mほどで、燃焼が弱まって燃え尽きる状況になったのが約5時間ほどで消火できたものと思われる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
・In.Reuters.com,
Oil Tank at Singapore’s Jurong Island Catches Fire, April
20, 2016
・Icis.com, Fire Hits JAC Naphtha Storage Tank in
Singapore, April 20,
2016
・Channelnewsasia.com, Oil
Tank Catches Fire on Jurong Island, April
20, 2016
・Todayonline.com, Oil Tank Blaze at Jurong
Island, April 20,
2016
・Tnp.sg, Jurong
Island Fire Was at Light Crude Oil Tank,
April 21, 2016
・Hawkesfirefire.co.uk, Singapore – Crude Oil Tank Fire, Jurong
Island, April 22,
2016
・TNp.sg, Firefighters Recount Tackling Jurong
Island Oil Tank Fire, April 23,
2016
・Businesskorea.co.k, SK Stops Operation of Chemical Plant in
Singapore to Cope with Oil Price Drop,
January 22
後 記: 今回の事例は事故情報の連絡を受けて知りました。最近、タンク事故が無いと思っていたら、この事例のほかに矢継ぎ早に世界でタンク事故が起こっています。日本でも、昭和40年代(1970年代)に石油コンビナート事故が続発しました。熊本地震のように大分の方まで影響して地震が起きているというのは、地質学的に理解できますが、何ら関係のない国や企業で事故が続いて起こるのは、なぜでしょうか。
ところで、熊本地震は一向に収まる様子ではありません。私も九州生まれで心が痛みます。しかし、地震前の4月3日に放映されたNHKの「巨大災害 MEGA
DISASTER Ⅱ 日本に迫る脅威 地震列島 見えてきた新たなリスク」を観ていましたので、変に納得していました。GPSによる日本列島の動きを分析すると、2011年3月の東日本大震災以降、どこでも巨大地震が起こっても不思議でないという指摘がまさに当たっています。