< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、大阪府和泉市伯太(はかた)町二丁目にあるカーペット製造会社のプレステージ社の工場である。
■ 事故があった設備は、工場にある接着用の薬品タンクである。タンクは直径約2.6m×高さ約5.4mで、上部に直径約50cmのマンホールがある。
事故の発生
■ 2019年2月13日(水)午前8時50分頃、プレステージ社の工場にあるタンクにふたりの男性が転落したという119番通報があった。
■ 通報を受けた和泉市消防本部の消防隊が現場に出動した。
■ ふたりは、尼崎市にある清掃会社;共栄工業の経営者75歳と従業員70歳の男性である。転落の通報は、別の従業員からあった。別な従業員によると、タンクの上にいたふたりの姿が見えなくなり、様子を見に行ってふたりともマンホールから転落したらしいという。
■ 事故当時、タンクの周辺で有毒の硫化水素が検出された。消防隊は、タンク内でふたりが倒れているのを見つけたが、硫化水素の発生で救助は難航した。消防隊は約4時間後の午後1時頃に救出したが、意識不明の状態で病院へ搬送した。
■ タンクは、委託業者によって廃棄に向けた作業をしていた。タンク内には、カーペットの表と裏を貼り合わせるのに使われる接着用の薬品が入っていたが、半年以上使われておらず、清掃会社の従業員らは薬品を抜き取って内部を清掃する予定だった。
■ 警察署は、一時、硫化水素が発生していたため、住民が現場に近づかずかないよう注意した。半径50m以内の周辺住民には、
自宅の窓を閉めて屋内に待機するよう呼び掛けた。近くには、保育園や小学校、高校などがあったが、屋外での活動を取りやめるなどした。規制は午後3時頃に解除された。
■ 事故当時、近くで働く30代の女性は「少し温泉のようなにおいがした」と話し、会社のエアコンや換気扇を切って外気が入らないようにしたという。別な男性は「こんなことは今までなかったので驚いたし、怖いです。危険な物質を取扱うところはしっかりしてほしい」と話していた。
■ タンクに転落したふたりの男性は病院で死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は特定できなかったが、硫化水素による中毒死とみられている。
■ 人的被害として死者2名が発生した。
■ 一時、硫化水素が発生していたため、半径50m以内の周辺住民は自宅の窓を閉めて屋内に待機した。
■ 物的被害や生産・出荷への影響は不明。
< 事故の原因 >
■ 事故の原因は、硫化水素の発生した可能性のあるタンクに防護策をとらずにマンホールを開放したためとみられる。
■ タンクに転落したふたりは硫化水素による中毒死とみられる。
(硫化水素は無色のガスで刺激臭があり、高濃度で吸うと意識混濁や呼吸マヒの症状が現れる)
■ 接着用薬品が長期間放置されることで腐敗し、硫化水素が発生したとみられる。
< 対 応 >
■ 警察で事故の原因を調べている。
補 足
(写真はSankei.comから引用)
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■ 「和泉市」は、大阪府の南部中央の泉北地域に位置し、人口約185,000人の市である。
大阪府和泉市の周辺 (マークが事故のあった現場)
(写真はGoogleMapから引用)
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■ 「プレステージ社」は、和泉市でカーペット(敷物)の製造を営んでいる会社であるが、会社概要は不詳である。大阪の敷物会社を中心として設立された「日本カーペット工業組合」の正会員(30社)の1社である。
(日本カーペット工業組合は、カーペットの需要振興、業界基盤の強化などに取り組んでいる工業組合である)
(写真はGoogleMapのストリートビューから引用)
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■ 日本カーペット工業組合によれば、カーペットの素材による分類および製造方法による分類は図表のとおりである。
「プレステージ社」が、この中でどの素材や製造方法を得意とするカーペット会社か不詳である。
事故のあった「タンクの内容物」について、メディアによっていろいろな言葉が使われており、接着剤、のり、薬品、ゴムの素材などである。分かりやすいように配慮されたものであろうが、製造方法に熟知している人を除けば、イメージが伝わらない。カーペットの貼り付けに使用される接着剤と言っても、どのような形態でタンクに入っているか分からない。接着剤の中に転落したという情報に、インターネットではベタベタしたものの中に落ちたと理解している人が多いように感じた。正しいのがどれかは分からないが、本ブログでは「接着用の薬品タンク」を妥当な表現として採用した。写真を見ると、タンクは攪拌機の付いた攪拌槽と思われる。
カーペットの素材による分類
(表はCarpet.or.jpから引用)
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カーペットの製造方法による分類
(図はCarpet.or.jpから引用)
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タフテッド・カーペットの断面
(図はRakuten.ne.jp
から引用)
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■ カーペットに使用される接着の例は、図のようにパイル糸を植え付けた基布と裏布をラテックス(ゴム)のような接着剤で貼り付けるものがある。今回の事故では、このような接着用の薬品がタンクの中に半年以上使われていなかったので、この間に硫化水素が発生したものだと思われる。「硫化水素」は、空気より重く、無色であるため、発生したことに気づきにくい。発生条件は特殊なものではなく、比較的発生しやすい物質である。汚泥や液体を処理・貯留する施設で、硫酸塩が存在し、酸素が十分に供給されない環境の浄化槽やピット・タンクにおいて発生する。
■ 亡くなった人が75歳と70歳という高齢だったということがインターネットでの話題のひとつになっているが、建設業界の高齢化はかなり深刻である。高年齢者雇用安定法の改正によって65歳までの高年齢者雇用確保措置の導入が義務化されたが、現場では、若手技術者が少なく、高齢者に頼らなければ回らない状況で、70歳以上の人も働いている。実際、建設現場では、高齢化の職人が多く、施工技術者の人材も不足している。建設会社の中には、65歳以上の人に高所の足場作業はやらせないような制限を設けているところもあるが、法令的には、制限の規定はない。高齢者の労働災害が増えていることも事実であり、高齢者への配慮も必要である。70歳以上の人に仕事を任せると、安全管理上で心配なこともあるが、元気な人もおり、多くの現場経験を持ち、丁寧な仕事も得意で、他業者との段取や交渉もうまくやっていくという意見をもつ経営者もいる。
■ 最近、このブログで紹介したタンク内の硫化水素または酸素欠乏による人身事故は、つぎのような事例がある。
● 2018年6月、「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」
この事例では、最初に入った人が倒れたのを見て、助けようと入っていったふたりも
倒れ、3名が亡くなった。
所 感
■ 今回の事故では、タンク上部のマンホールから転落したといわれているが、空気より重い硫化水素がタンク一杯に溜まっていたと思われる。タンク上部のマンホールを開放して、内部がどのような状況になっているのかを確認した際に、ひとりが転落し、もうひとりが転落した人を確認しようとして硫化水素で気を失って落下したものと思われる。
昨年起こった「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」(2018年6月)の事例と異なり、換気が十分でない高さ(深さ)約5mのタンク内へ降りるという酸素欠乏危険作業をとったのではなく、タンク内部の状況(液レベルなど)を事前に確認しようとした行動であろう。ただ、最初に倒れた人を助けようとして二人目がとった行動は何らかの躊躇(ちゅうちょ)があれば、人身災害は回避されていたのではないかと心が痛い。
■ 事故を防ぐためには、つぎの3つの要素が重要で、この3つのいずれがが適切に行われていれば、事故は回避できる。
① ルールを正しく守る
② 危険予知活動を活発に行う
③ 報連相(報告・連絡・相談)を行い、情報を共有化する
事故経緯の詳細は分からないので、上記3つの事項のどこに課題があったかいえないが、あえて指摘すれば、つぎのとおりである。
● タンク内の接着用の薬品が半年以上使われなかった例は過去に無かっただろう。
このため、過去の経験をもとにした通常の作業手順がとられたと思われる。
● しかし、過去の条件と異なり、換気の十分でない高さ(深さ)約5mのタンクを覗く
こと自体が酸素欠乏危険作業の可能性のあることを認識しておく必要があっただろう。
● また、タンク保有者側も、半年以上使われていないことによる硫化水素発生の可能性
について請負者に伝えておれば、違った対応がとられたのではないかと感じる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Mainichi.jp, 大阪・和泉 工場タンクに転落の2人が死亡 搬送先の病院で確認, February
13, 2019
・Mainichi.jp, 工場のタンク内に転落の2人死亡 接着剤、半年以上使われず 硫化水素発生, February
13, 2019
・Mainichi.jp, 工場タンク内に男性2人転落」 硫化水素が発生 大阪・和泉市, February
13, 2019
・Sankei.com, 工場タンクに男性2人転落 硫化水素検出、大阪, February
13, 2019
・Mainichi.jp, 工場タンク転落死、2人の身元判明 硫化水素中毒死の可能性, February
13, 2019
・Nikkei.com, 工場タンクに2人転落、硫化水素発生か 大阪 , February
13, 2019
・Jiji.com, 繊維工場で硫化水素発生=タンク転落、作業員2人死亡-大阪 , February
13, 2019
・Asahi.com, 工場タンクに作業員2人転落か 付近で硫化水素発生 , February
13, 2019
・Yomiuri.co.jp, 作業員2人タンクに転落 大阪の工場…硫化水素が発生 住民ら屋内避難 , February
13, 2019
・This.kiji.is, 工場タンクに2人転落、意識不明 , February
13, 2019
・Nhk.or.jp, 薬品タンクに転落
硫化水素検出 , February
13, 2019
・Tv-osaka.co.jp, 工場タンクに転落2人死亡 硫化水素を検出, February
13, 2019
・Nnn.co.jp, 工場タンクに2人転落、意識不明 大阪、硫化水素検出, February
13, 2019
・Mainichi.jp, 工場タンク転落死、2人の身元判明 硫化水素中毒死の可能性, February
14, 2019
・Jp.reuters.com , 工場でタンク転落の男性2人死亡, February
14, 2019
・Ktv.jp, 有毒な硫化水素が発生した工場での死亡事故、タンクの接着剤は約半年間使われず, February
14, 2019
後 記: 今回の事故の情報を見ていると、日本全国の報道機関が伝えています。しかし、少しづつ内容に差があり、見比べながらつなぎ合わせて、やっと事実らしいものが見えてきました。それとほとんどは事故のあった日だけの報道で、1社だけが続報を出していました。タンク内容物の表現がいろいろありましたが、タンクの大きさ(高さ)にしても最初に消防が報じた8mのままのところもあり、のちに訂正されましたが、報じなかったところもありました。また、亡くなったふたりを従業員だと多くが報じていますが、ひとりは経営していた人(兼作業者)だったようです。とかく、発災の第一報は事故があったということが分かれば良く、内容は続報で事実(らしい)を報告していけば良いと言われていますが、まさにそのとおりの事例です。
大阪ぐらい大きな都市だと、(多分)伝えるべきニュースが多く、発災の第一報だけの記事が多かったですね。この点、地方における事故の方が、地元のメディアによる続報が多く、事実に近づいていると感じます。