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2012年11月30日金曜日

大型浮き屋根式タンクの新しい泡消火モニター

 今回は、2012年に米国ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社から大型の浮き屋根式タンク用に開発された泡消火モニターについて紹介します。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・FireDirect.net, New Tyco Monitor for Floating Roof Storage Tank, October 5, 2012
      ・OMAGdigital.com,  AMBUSH Mega-tank Fire Suppression Solutions, (Eric LaVergne Tyco), Industrial Fire World-Summer 2012  
      ・WilliamsFire.com, Learn about Ground-Baced TypeⅢ Tactics and AMBUSH System-based Applications

 <概 要>
■ ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社は、浮き屋根式タンク用の泡消火モニターを新しく開発したので、この設備について紹介する。

 <設備の内容> 
■  新しく開発された泡消火モニターは、“待ち伏せ攻撃”を意味するアムブッシュ(Ambush)と称し、外部浮き屋根式タンクの全面火災とリム・シール火災に対して効果的な泡消火システムを構築できるように設計されたものである。
新しい泡消火モニター“アムブッシュ”(AMBUSH)
(写真はFireDirect.netら引用) 
■ 全面火災の消火設備としては、過去の経験をもとに多量の水と泡を供給できるよう開発された搬送式の大容量泡放射砲(ビッグ・ガン)がある。この大容量泡放射砲は、火災タンクからある程度距離をとって配置し、“オーバー・ザ・トップ”と呼ばれる側板越えの放射曲線によって安全な消火攻撃が可能である。この地上配置場所からタンク火災表面へ泡混合液を放射するモニターは、“タイプⅢアプリケーション”と呼ばれている。
■ リム・シール火災の消火設備の一つには、固定式泡消火システム(フォーム・チャンバーまたはフォーム・ポアラー)があり、 “タイプⅡアプリケーション” と呼ばれている。この泡消火設備は、タンク自体に取付けた無人のシステムで、泡混合液を滝のようになって流すようになっている。この方法は、屋根のシール部のみを目標にして比較的少量の泡放射で済むようにしている。従って、固定式泡消火システムは全面火災の消火活動には不十分だということがわかっている。
■ タンクの外側から放射する場合、 タイプⅢアプリケーションでは泡がうまく火災面に降下するように配慮しなければならない。風の影響を受けてタンク内側へ届かなかったり、地上からの攻撃では泡放射流が先に従って弱まっていきやすい。タイプⅡアプリケーションのような固定式システムでは、泡放射量すなわちガロン/分/平方フィートを増やすことができる可能性を持っている。
■ “アムブッシュ”をタンク側板上部の縁に取り付けることによって、タイプⅢアプリケーション型のモニターがタンク中心に向かって泡放射して全面火災に対応し、同時にタイプⅡアプリケーション型のモニターがタンク壁沿いを横方向に泡放射してシール部火災に対応することができる。 “アムブッシュ”システムをタンクの縁に設置することで、風の影響を無くしたりあるいは弱めたりすることができ、屋根シール部へは強力に泡放射することができる。このため、結果的には、“タイプⅢアプリケーション”型モニターを使用するよりも消火時間を短縮し、泡混合液の使用量も少なくすることができる。
(写真はWilliamsFire.comの動画から引用)
=開発の理由=
■ 固定式泡消火システムのように “アムブッシュ”システムは固定式であり、搬送式の大容量泡放射砲に比べると、初動の開始時間が速く、必要な人員も少なくて済む。また、固定式“アムブッシュ”システムは必要な泡放射量(ガロン/分/平方フィート)を低く設定でき、必要な流量を少なくすることが可能である。そして、このシステムを使用することによって、特別な訓練が少なくて済み、火災に近い危険な場所で操作する消防士を減らすことができる。

= “アムブッシュ”システムの性能=
■  “アムブッシュ”システムは異なったサイズにすることができる。各サイズの機能は同じである。放射流は4つに分かれる。左右の放射流は、お互いに等しく、タンク壁に対して“アムブッシュ”ユニットの左方向と右方向へ泡を出すようになっている。上向き放射流はわずかに角度を付けており、タンク中央方向へ泡を放出するようになっている。4番目の放射流はタンク側板裏面に対して少量の泡を出し、 “アムブッシュ”ユニットの下部エリアの防護を行う役目になっている。
(写真はWilliamsFire.comの動画から引用)
■ 複数の上向き泡放射流がタンク中央部に向かって集中的に放出し、タンク中央部の火災を消火させる。その後、泡はタンク側板方向へ向かって流れる。同時に、左右の泡放射流はタンク周囲に放出され、タンク側板近くの火災を消火させる。タンク側板部の火災が消火できたら、この左右の泡放射流から放出された泡はタンク中央部の方向へ流れ始め、上向き泡放射流の泡と一緒になり、表面を覆うようになる。そして、タンク全面が完全に泡で覆われる。 
■ アムブッシュ・システムの種類 
     種 類                タンクの大きさ                          流  量
 アムブッシュ3305  160フィート未満  (48m未満)      411~   682ガロン/分(1,553~2,578 L/分)
 アムブッシュ4421  161~230フィート(49~70m)      696~1,154ガロン/分(2,630~ 4,362 L/分)
 アムブッシュ5541   231~310フィート(70~94m)       949~1,573ガロン/分(3,587~ 5,946 L/分)
 アムブッシュ6661  311~360フィート(95~109m)   1,138~1,888ガロン/分(4,301~ 7,136 L/分)
 アムブッシュ6681   361~410フィート(110~124m)  1,328~2,203ガロン/分( 5,020~ 8,327 L/分)
 アムブッシュ8811   411~500フィート(125~152m)  1,708~2,832ガロン/分( 6,456~10,705 L/分)
 (訳者注;本表は1ユニット当たりの流量を示しており、例えば、タンク周囲に6ユニットを設置すれば、必要な流量は上記数値を6倍すればよい)

=開発の背景=
■ ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社は、30年以上にわたって、石油火災の対応分野においてリーダーシップを発揮してきた。特に、タンク火災に関するそれまでの戦術を変え、対応に適した特別な消火設備を開発・製作してきた。
■ ウィリアムズ社は、大型タンクの全面火災に対して、“オーバー・ザ・トップ”と呼ばれるタンク側板越えの泡放射を可能した泡放射モニターの開発に成功し、タイプⅢと呼ばれる放射性能;6,000ガロン/分(22,700 L/分)、10,000ガロン/分(37,800L/分)、15,000ガロン/分(56,700L/分)のモニターを世に送り出してきた。
■ しかしながら、貯蔵タンク建設における最近の傾向は直径400フィート(122m)を超えるものが出てきており、さらに直径500フィート(152m)のタンクが計画されつつある。このような超大型タンクの火災事故に必要な資機材、ロジスティクス、消火戦術は、防火設備に払える代価規模を越えている。また、このような超大型タンクではタンク間距離の低減も検討されている。
■ このような状況変化は、従来の地上からの消火戦術では、消火活動の安全を確保するのが難しくなっている。このため、ウィリアムズ社は、地上式のタイプⅢ泡消火モニターを超大型タンクの側板上部の縁に持ってくる方法を開発した。この新しい泡消火モニターによって、火災時に曝露される消防士を少なくすることができ、必要な消防資機材を減らすことができ、そして全面火災時に必要な泡放射量を確保できるものとした。
地上攻撃では、タンクが大きくなるに従って泡放射砲の許容配置距離が制限される。タンク縁に設置する“アムブッシュ” では、消防士を危険に曝すことなく、泡放射量を確保できる。   (写真はWilliamsFire.comから引用) 
 <解 説> 「Industrial Fire World – 2012」におけるEric LaVergne(Tyco)氏の発表
■ 建設エンジニアリングの発展によって、直径400フィート(122m)を超える浮き屋根式タンクの製作が可能となってきたが、このような原油を貯蔵する巨大タンクにおける防火対策は逆に難しくなっている。タンクの直径が360フィート(110m)、420フィート(128m)と大きくなるに伴って、そのタンク全面火災を有人による地上攻撃で消火するために必要なマンパワー、泡消火薬剤の保管量、展張ホース、供給水量などの資機材は、ローカルで保有する範囲を越えている。最も重要なことは、このような巨大タンクにフットプリント理論に基づいて泡混合液を放射するために、操作する消防士を防油堤内の距離範囲へ入れなければならないかもしれないということである。しかし、これは許容できないことである。
■ このような状況から、最近、ウィリアムズ社はアムブッシュ・システムを開発した。この最新の設備は、タイプⅡとタイプⅢの泡消火設備を組み合わせ、巨大タンクの側板上部の縁に取り付け、リム・シール火災と全面火災に対応できるようにしたものである。必要ならば、この2つを分けて使ったり、一緒に使ったりもできる。
■ リム・シール火災の消火は、従来、タイプⅡに相当するフォーム・チャンバーあるいはフォーム・ポアラーから消火泡を重力でシール部に流し込むか、あるいは消防士がタンクの階段を昇っていき、踊り場に泡モニターノズルを設置し、タンク内を横断して泡放射する方法で対処できていた。しかし、巨大タンク規模の直径では、この人による方法はとれないので、アムブッシュ・システムでは頑丈なタイプⅡの泡消火設備で泡を放射し、巨大タンクのリム・シール火災に対応できるようにした。
■ 全面火災では、地上からタイプⅢの泡放射モニターを使用して消火することが多い。この方法では、搬送式の大容量泡放射砲を火災タンクから離れた安全な位置に設置し、泡混合液を放射する。
 直径が400フィート(122m)近くになるような巨大タンクの場合、大容量泡放射砲の弾道距離の限界によってタンク中心部に泡を放射するためには、大容量泡放射砲を火災タンクに近づけなくてはならず、地上からの攻撃は消防士を危険に曝すようになる。
■ 大規模なタンク火災には、ローカルで保有している資機材では対応できないものもあり、消火活動のためにいろいろな組織・機関の協力を要する。多くの経験を積んだ消防機関でさえ、準備に時間を要することがあり、厳しいタンク火災と戦うには特別な訓練が必要になる。しかし、特にタイプⅢの泡放射モニターを用いる地上攻撃の消火活動については、自治体や一般工場の消防組織では教育や訓練が行われていない。さらに、巨大タンクが建設されている場所は小さな町の外れにあることが多く、地元消防署やボランティア型消防の人たちに重い負荷をかけることになる。アムブッシュ・システムが設置されていれば、消防士への負担は軽くなり、熟練を要する設備からも開放される。
■ 最近、実際の浮き屋根式タンクを使用し、アムブッシュ・システムの有効性を実証するテストがウィリアムズ社によって行われた。このテストでは、直径277フィート(84m)のタンクの側板上部の縁にアムブッシュ・システムが6ユニット設置された。アムブッシュ・システムが完全に機能した状態において、全流量は9,000ガロン/分(34,020 L/分)に達し、これは1ユニット当たり1,500ガロン/分(5,670 L/分)に相当する。アムブッシュ・システムのタイプⅡの放出部でカバーされたエリアの泡放射量は、0.13ガロン/分/平方フィート(5.29 L/分/㎡)となった。これは、米国防火協会(NFPA)の最小必要量より25%多い値である。タイプⅢの放出部による泡放出量は、0.22ガロン/分/平方フィート(8.95 L/分/㎡)に相当し、これはNFPAの基準よりはるかに大きい値である。
(写真はWilliamsFire.comの動画から引用)
■ 一旦、貯蔵タンクで火災が起こると、生命と財産が脅かされ、タンク喪失による事業中断は大きな影響を及ぼすことになる。今日、貯蔵タンクは数十年間にわたって数十億ドルの収入を生み出す源となっており、石油・ガス事業のリーダーには、最も貴重な財産の一つであるタンクが大火災事故に遭った場合の長期間にわたる損失について考えてもらいたい。トップダウンでタンク火災への防護に取り組むべきである。

補 足
■ 「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
 ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
 ウィリアムズ社の名前を世界的に有名にしたのが、2001年米国ルイジアナ州のオリオン製油所において発生した直径82mのガソリンタンクの全面火災に同社が出動し、大容量泡放射砲を使用して65分で消火させた対応である。この事例は、当ブログで2011年10月に「米国オリオン製油所のタンク火災ー2001」として紹介した。

■ アムブッシュ・システムの性能について今回の情報を整理してみる。実証テストでは、タイプⅡ放出部の泡放射量は5.29 L/分/㎡で、NFPAの最小必要量より25%多く、タイプⅢ放出部の泡放出量は8.95 L/分/㎡で、NFPAの基準よりはるかに大きいというのが正しければ、評価は妥当である。ただし、実証テストは、タンク径70~94mに適用される「アムブッシュ5541」を使用したと思われ、この機種の1ユニットの流量は3,587~ 5,946 L/分の性能で、6ユニットでは21,500~35,700 L/分となり、実証テストの34,020 L/分と符合するが、内訳であるタイプⅢ放出部の8.95 L/分/㎡にタンク全面積を掛けると、約50,000 L/分となり、これだけで実証テストの全流量を超えてしまう。詳細はわからないが、おそらく、泡放射量(L/分/㎡)は、タイプⅡとⅢのそれぞれがカバーするエリア(面積)を設定して算出したと思われる。
 なお、日本の法基準(消防法・石災法)では、浮き屋根式タンクの固定式泡消火設備の放出率は8 L/分/㎡と定められており、75~90m径の浮き屋根式タンクは50,000 L/分の大容量泡放射砲を必要とする。従って、現状の法基準上では適用解釈に課題があるといえる。

所 感
■ 今回の新しい泡消火モニターを知って最初に感じたのは、米国らしい技術開発だということである。大容量泡放射砲を開発してきたウィリアムズ社は、おそらく泡放射砲のサイズ拡大に限界を感じていたに違いない。確かに、オリオン製油所の直径82mのタンク全面火災を消火させた実績があるが、このタンクは高さが9.8mと通常より低く、泡放射条件は良かった。それでも、放射死角(放射位置側のタンク内壁付近)に火炎が残り、別な泡ノズルで対応している。そして、さらに直径の大きい巨大タンクの出現を考えると、地上式の泡放射砲では対応できないと判断し、新しい発想に基づき、“アムブッシュ”システムを開発したのだと思う。リム・シール火災においてタンク上に昇り、泡ノズルで消火する実経験がないと、打ち込む形のタイプ泡放射方法は思いつかないし、思考の根底に消火戦略と消火戦術の思想があるから生まれるアイデアだと感じる。
■ 日本では、固定式泡消火設備や3点セットといわれる高所化学消防車などは全面火災に対して機能せず、大容量泡放射砲システムの導入を法制化して、34mを超える浮き屋根式タンクの保有事業者へ義務付けた。配備後、大容量泡放射砲システムを使用するようなタンク火災はなく、幸いである。しかし、現実の大型タンク全面火災に有効に機能するか、一抹の懸念はある。日本で最大のタンク直径は100.1mである。法律上は80,000 L/分の大容量泡放射砲(複数可)で消火できることになっている。今回の資料でも指摘されているように消防士(防災要員)への教育・訓練、搬送やホース展張の課題、そして輻射熱曝露対策など実際の運用に関する課題は少なくない。
 この点、 “アムブッシュ”システムは興味深い消防設備である。全面火災時の火炎にどのくらい耐えるか、地震時の屋根スロッシングに衝突しないように設置できるかなどの疑問はあるが、特に、日本では石油貯蔵タンクに固定式泡消火設備の設置が義務付けられており、放出口を除く泡消火配管や泡混合設備など既存設備が転用可能ならば、都合の良いシステムといえよう。 

後記; 日本では、10年前、大容量泡放射砲システムは見向きもされませんでした。2003年の十勝沖地震に伴う出光興産北海道製油所のタンク全面火災事故を契機に、既存の消火資機材では対応できないことがわかり、日本でも大容量泡放射砲システムが導入されることになりました。それまで、国内メーカーでは大容量泡放射砲(システム)を製作できるところはなく、急きょ開発・製作に取組みました。あっという間に海外と同じような大容量泡放射砲システムを作ることのできる日本の技術は素晴らしいと思います。
 今回の情報について、消火戦略・消火戦術に関連していても、日本の法基準に合わないような消火設備には関心を払われないだろうな、というようなことを思いながらまとめました。




 









2012年11月22日木曜日

コスモ石油千葉のアスファルトタンク漏洩事故の原因

今回は、2012年6月28日、千葉県市原市のコスモ石油千葉製油所で起こったアスファルトタンクの破損に伴うアスファルトの海上流出事故の原因について紹介します。事故後、同社で行われた原因調査結果に基づき、まとめました。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Cosmo-oil.co.jp, 千葉製油所屋外タンクからのアスファルト漏洩事故調査委員会の経過報告, August 7, 2012
      ・Cosmo-oil.co.jp, 千葉製油所屋外タンクからのアスファルト漏洩事故調査委員会の経過報告(続報), August30, 2012
      ・Cosmo-oil.co.jp, 千葉製油所屋外タンクからのアスファルト漏洩事故調査委員会の結果報告, September 14, 2012
 当該情報は事故原因のプレス・リリース用として出されているが、社外者から見ると、理解しずらい点があり、一部表現を代えている。

<事故の状況> 
■  2012年6月28日(木) 7時18分頃、千葉県市原市にあるコスモ石油千葉製油所においてアスファルトタンクが破損し、貯蔵していたアスファルトが外部へ漏洩する事故があった。発災したのは容量1,000KLの505番タンクで、漏洩したアスファルトは防油堤内に溜まったが、一部は排水溝を通って海上へ流出した。
タンクの位置図  (写真はコスモ石油HPから引用) 
タンク上部の開口部  (写真はコスモ石油HPから引用)
■ 発災したアスファルトタンク は、当時、点検および腐食開孔部の補修を目的に、常温だったアスファルトを6月14日(木)から加温し、他のアスファルトタンクに移送する準備をしていた。
 事故発生の直前に、タンク上部から相当量の白い蒸気が出ているのを従業員が目撃していた。事故発生時には、タンクから鈍い破裂音が発するのを聞いている。これらの目撃証言、現場検証、再現実験結果、シミュレーション結果から、アスファルトタンク内に浸入した水の沸騰に伴い、アスファルトが上部へ押し上げられて、タンク上部の気体が通気口(ベント)から吐ききれず、タンクの内圧が上昇し、コーンルーフ式タンクの放爆構造であるタンク屋根と側板部の溶接線が破断し、上部が開口したものである。
■ 発災した505番アスファルトタンクの仕様:
   タイプ: コーンルーフタンク  公称容量: 1,000KL
   直径(内径): 11,620mm × 高さ(側板): 10,660mm
   発災したタンクのアスファルトは、製品アスファルト(比重1.02~1.04)を生産する際にブレンド材として使用するもので、製品アスファルトよりも密度が小さく、比重は 0.97であった。
アスファルト生産工程図  (図はコスモ石油HPから引用

<事故原因> 
■ タンク内に水が混入した原因
 屋根板および側板上部付近の保温材下において、外面腐食による開孔が確認されたので、この開孔部から雨水がタンク内に混入したものである。当該タンク内のアスファルトは水よりも密度が小さく、水が混入した時は、製品アスファルトと異なり、アスファルト内に沈み込む。タンクは通常170℃に保持しているが、精製装置の稼働停止に伴い、1年以上常温の期間があったため、内部へ混入した雨水はアスファルト内に沈み込んだ状態であった。
■ タンク屋根が腐食開孔に至った原因
 アスファルトタンクの検査計画の策定に不備があった上、計画の確認手順にも不備があり、タンク屋根板の検査が適切に実施されなかった。
■ タンク内に水が入ったまま、加温した理由
 保温取外し時に、タンク屋根の腐食状況がわかり、腐食開孔部は応急処置を行った。この際、腐食開孔部の影響について、タンク内に水が浸入していたとしても少量であり、加温中に蒸発すると判断し、特に対応しなかった。
■ タンク上部が開口してアスファルトが流出した原因
 当該タンクは、点検を目的として、常温状態であったアスファルトを加温して別タンクに移送する準備をしていた。加温に伴い、アスファルト内に沈み込んでいた水が底部に滞留、その後沸騰し、水蒸気によりアスファルトが上部へ押し上げられ、タンク上部の放爆によって、水蒸気とともにアスファルトが流出した。タンク開口までのメカニズムは図を参照。
タンク開口までのメカニズム  (写真はコスモ石油HPから引用) 

■ 海上へアスファルトが流出に至った原因
 アスファルトタンクの敷地には、防油堤を設置していたので、構外へ出ることへの危険認識が薄かった。定常運転時には、アスファルトが漏洩した場合を想定して、アスファルトタンクの敷地内に留まる量の在庫運用を計画するが、計画実行の前段階である移送作業の準備中であるため、運用しなかった。実際の漏洩事故時には、アスファルトの一部が防油堤を越えて近くの排水溝に流入した。 また、アスファルトタンクの敷地内にある油水分離槽の入口弁が開状態であったため、排水溝に流入したアスファルトが海上に流出してしまった。

<再発防止策>
■ アスファルトタンク屋根板の寿命予測を厳格に実施し、補修基準に達する前に検査を実施する。また、検査履歴を整備し、保全計画が抜けなく管理できる手順・要領・役割分担を具体的に明示した基準とする。
■ アスファルトタンク内に水がある状態で加温する危険性について運転管理基準に明示する。また、この危険性と基準について関係者へ周知し、教育を実施する。
 なお、今後、常温まで冷却されたアスファルトを再加温する際には、水の沸点を超えない運用とし、他のタンクへ移送する。
■ 関係者に油水分離槽の設置目的および運用方法を周知徹底する。万が一、アスファルトが漏洩してもアスファルトタンクの敷地内に留まる容量で在庫運用する。
 また、アスファルトがアスファルトタンクの敷地外に漏洩しても、海上に流出しないようにつぎの対策を実施する。
 ● 排水溝および側溝の密閉化
 ● 側溝へのシャッター設置
 ● 排水口へのオイルフェンスの常設化
■ 今回のアスファルト漏洩事故では、人身災害が発生しなかったが、アスファルトタンクの敷地内に人がいた際に同様な事象が発生した場合でも、速やかに避難できる歩廊を増設する。

所 感
■ 前回、当該事故情報を紹介した際、所感で「アスファルトタンクで注意すべきことは、軽質油留分の混入、運転温度の上げすぎ、屋根部裏面の硫化鉄の生成などであるが、最も基本的な留意点は水による突沸である。原因は調査で明らかになると思うが、水があっても徐々に加熱すれば、水は徐々に蒸発していくという予断があったのではないだろうか。まさに事故は弱点を突いてくるという印象を持つ事例である」と述べた。今回の原因調査結果を見ると、「タンク内に水が浸入していたとしても少量であり、加温中に蒸発すると判断」しており、まさに水の突沸に関する危険予知の不足であった。
 水の突沸による危険性は誰もが認識しているはずである。しかし、当ブログで紹介した「安全警告;タンクの過圧」事故と同様、ちょっとした盲点や予断によって事故は起こっている。
■ 海上へ流出してしまったことに対して、前回の所感では「アスファルトタンク地区の排水系統も問題だった。防油堤内に留まっておれば、海上汚濁問題へは発展しなかったが、おそらく、ここでもアスファルトは漏れても固化して、排水系統から海へ流れることはないという予断があったのではないだろうか」と述べた。今回の原因調査結果の中に、「アスファルトタンクの敷地内にある油水分離槽の入口弁が開状態であったため、排水溝に流入したアスファルトが海上に流出してしまった」とある。今回の事故では、タンク上部の開口(放爆)に伴い、アスファルトがかなり多量に飛散してしまったため、再発防止策の中に排水溝や側溝の密閉化などが入っているが、重要なことは「関係者に油水分離槽の設置目的および運用方法を周知徹底する」という事項だけだと思う。
■ 今回の事故調査結果には、原因に関わる人の心理の背景が書かれており、貴重な情報である。近年、日本の製造業や建設業などの現場では、「危険予知活動(KY活動)」が行われ、実効が上がっている。今回の事故原因を見ていると、一人ひとりの「危険予知」を働かせることでしか、事故を防ぎえないと感じる事例である。

後記; アスファルトの海上流出事故の対応では、国や自治体の環境保護部署の動きが鈍かったことを思い出しましたが、先日、新聞に「環境関連4法改正し、放射能汚染も対象に」という記事が目に止まりました。海外では、環境保護法の対象に放射能汚染が入っています。放射能によって大気や水質や土壌の汚染が起こっているのに、日本では環境省の管轄外という矛盾から改正されることになりました。実際、福島の原発事故では、官庁の縦割り行政によって対応が機能していませんでしたからね。そのような状況を見ているのですから、本来は、立法府である国会の議員から法改正の行動があるべきだったのです。政治主導とは、法律に従って動く官僚を適切に導く法の制定・改正を行い、国民目線に立った政治を行うことでしょう。放射能汚染も環境保護法にやっと組み込まれるという遅い対応のニュースを見て、一歩前進かなと思っているところです。







 


2012年11月20日火曜日

安全警告;タンクの過圧

 今回は、今月初めに紹介した「英国石油産業協会」(United Kingdom Petroleum Industry Association ;UKPIA)の安全警告の第2弾として「タンクの過圧」事例を紹介します。
本情報は「英国石油産業協会」(United Kingdom Petroleum Industry Association ;UKPIA)が提供した「安全警告」についてつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・UKPIA.com, Process Safety Alert 002, Tank Overpressure, November 16, 2009

 <概 要>
 この安全警告は、石油貯蔵タンクにおいて起こった事故から、熱水によるタンクの過圧に関するリスクについて提起したものである。

 <事故の状況> 
■  大型の貯蔵タンクに重質燃料油の受入れ準備をしていた。
■ タンクに設置されている受入れバルブを開けた途端、オペレータはタンクが膨らみ、基礎から浮きあがったのを見た。
■ タンクの側板が床面に着地したとき、タンク円周の四分の一にわたって溶接線が破断し、内液の水混じりの油が約25㎥流出した。
■ 幸い負傷者は出なかったが、タンクと付属設備には大きな被害が出た。

=事故の原因=
ベントと屋根の損傷状況 (写真はUKPIA Process Safety Alert002から引用
■ 考えられている原因は、閉じ込められた状態で熱水が蒸発して大きな圧力が形成され、その後急速に凝縮して水に戻ったものだと思われる。その過程はつぎのとおりである。
 ● タンクと受入れ配管内の油の中に、かなりの量の遊離水が存在していた。
 ● 受入れ配管はスチーム加熱によって数時間加温されていた。このため、水と油の混合液は100℃を超える温度になっていた。
 ● タンクへの受入れ配管系統のバルブが開けられ、熱水がタンク内へ激しく入り、極めて短時間に水の蒸発が起こった。
 ● 水からスチームへ変化して1,600倍に増加した容積はタンクのベントから抜け切らず、タンク側板が膨らんでしまった。
 ● 目撃者とタンクの損傷状態から、タンク内のスチームが急速に冷却されて水に戻ったため、タンク内の圧力が急降下し、負圧状態になったものと思われる。

 <教 訓>
■ 油の中の水の蓄積に注意すること。
■ 配管の加熱調節と制限値に注意し、水が存在する場合、100℃未満に保持すること。
■ 職員にはスチームの危険性についての理解を徹底させること。 特に、槽内で水が短時間で蒸発した場合、圧力が急上昇すること、そしてスチームが凝縮すると、急速な圧力降下の恐れがあること。
            1バレルの水が100℃で蒸発すると、 ・・・   1600バレルのスチームになる! 
                                         (図はUKPIA Process Safety Alert002から引用)

補 足
■ 「英国石油産業協会」(United Kingdom Petroleum Industry Association UKPIA)は、英国の石油産業の下流部門に携わっている9社の会員会社による団体で、石油製品の精製、流通、販売に関して非競争領域における一般的な問題について共有化するために設立された。UKPIAでは、安全警告(Process Safety Alert)など英国の石油産業の下流部門に貴重な情報を提供している。

■ 「重質燃料油」は原文では「Heavy fuel oil」となっており、詳しい性状はわからない。一般に重油と同意語として使われている。日本では、重油の規格は3種あり、最も重質なC重油は、通常、4070℃に予熱しておく必要がある。海外では、燃料油を6グレードに分類する傾向にあり、この場合、5番燃料油(No.5 Fuel Oil)または6番燃料油( No.6 Fuel Oil)が重質燃料油に該当するものと考えられ、 5番燃料油の必要な予熱温度は77104℃、 6番燃料油はさらに高粘度の残渣重油で、予熱温度は104127℃を要する。
 従って、「重質燃料油」は日本の重油より高粘度の重い燃料油と思われ、タンク内の保持温度が100℃を超えるケースもありうる。日本でも、一般商用のC重油より重質の残渣油が工業用加熱燃料油として使われており、この場合のタンク内の保持温度は100℃を超える。 

所 感
■ 今回の事例は、結果を見れば、水が蒸発するときは容積が増大するという常識的な話である。しかし、この事例は、過去の話ではなく、最近の2009年に先進国である英国で起こっている。盲点があるとすれば、受入れ配管中に存在していた水が起因していたことであろう。また、定常時のタンク保持温度が100℃未満で、水による突沸現象のリスク認識が薄かった可能性もある。事故は定常運転でなく、非定常運転に伴うものが多いと言われるが、今回の事例も定常運転へ移行するときの非定常状態時の事象だと言える。いずれにしても、英国石油産業協会(UKPIA)は、重質燃料油を扱うところや高温のプラントでは共通的な問題として、水の危険性について警告を発するべきと判断したに違いない。
■ 今回の事例では、内圧が上がったとき、タンク屋根と側板の溶接線が破断せずに、底板と側板部の溶接線が破断している。屋根の放爆構造が機能せず、タンク側板部が膨らんで、側板下部がリフティングしたあと、床面に着地したため、底板と側板部の溶接線が破断したものであろう。膨らんだタンクの写真を見ると、側板の左下部が一部黒くなっており、ここが破断して油が流出した箇所と思われる。現場にはオペレータがいたようだが、この破断場所にはいなかったと思われ、ケガ人が出なかったのは幸いだった。

後記; 今回の安全警告の事例を紹介したのに続いて、次回は2012年6月に起こった「コスモ石油千葉でアスファルトタンクから漏洩して海へ流出」した事故の原因を紹介する予定です。アスファルトタンクの事故原因は、コスモ石油が同社のホームページのニュースリリースにおいて8月から経過報告を出しており、最終的に、9月14日に事故調査委員会の結果報告が公表されています。状況は違いますが、英国石油産業協会(UKPIA)が指摘した安全警告の類似事故だったことがわかります。









2012年11月16日金曜日

米国ニュージャージー州でハリケーン襲来後にタンクから油流出

 今回は、米国にハリケーン・サンディが襲来し、2012年10月31日、ニュージャージー州にある石油ターミナルのタンクが損傷して、油が流出し、その一部が公共水路に出るという事故を紹介します。
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいて要約したものである。
  ・Reuters.com, Motiva: At least Two Diesel Tanks Damaged at Sewaren Terminal, November  1, 2012
      ・Reuters.com, 2-Fuel Spill Reported at NJ Refinery after Sandy, November  5, 2012
      ・English.Capital.gr, Clean-Up Efforts Continue at Motiva7s Sewaren Terminal Spill Site in N.J.-Shell , November  1, 2012   
      ・BeforeIt’sNews. com, Post-Sandy Oil Spill at Motiva Enterprises Oil Terminal, New Jersey, November  5, 2012
      ・SkyTruth.org, Post-Sandy Oil Spill at Motiva Enterprises Oil Terminal, New Jersey,  November  1, 2012  
      ・MotivaEnterprises.com, Summary of Impact on Motiva Terminals in NJ and NY: Hurricane Sandy, November  1, 2012 
      ・MotivaEnterprises.com, Fact Sheet: Motiva Sewaren Diesel Spill, November  7, 2012

<事故の状況> 
■  2012年10月31日(水)、米国ニュージャージー州セヴァアンにある石油ターミナルから油が流出するという事故があった。事故は、ロイヤル・ダッチ・シェルとサウジ・アラムコの合弁企業として設立されたモーティバ・エンタープライズ社のセヴァアン・ターミナルがハリケーン・サンディの襲来によって、2基のタンクが被災を受け、約300,000ガロン(1,100KL)のディーゼル燃料油が流出し、その一部が公共水路に出たものである。
 モーティバ社のセヴァアン・ターミナルは石油製品500万バレル(80万KL)の貯蔵能力があるほか、エタノールの供給を鉄道と水上輸送の両方で行っている。
■ ロイヤル・ダッチ・シェルの子会社であるシェル・オイル社が11月1日(木)に発表したところによると、モーティバ・エンタープライズ社のセヴァアン・ターミナルにおいて2基のタンクが損傷し、このため約6,600バレル(1,050KL)のディーゼル燃料油がウッドブリッジ・クリークへ流出したが、現在、クリーンアップに努めているという。
 シェル社の広報担当であるケーラ・マッケさんによると、事故対応部隊の活動によってキルバンカル水路に通じるウッドブリッジ・クリークへの漏れは止めることができたという。キルバンカル水路はニューヨーク港とニュージャージーにとって重要な水上交通のひとつである。
■ 現場では、アメリカ沿岸警備隊、ニュージャージー州環境保護庁および郡当局の調整によってクリーンアップ作業が進められていると、マッケさんは語った。 130名が動員され、スキマーやバキューム車を使用して、オイルフェンスによる2次封じ込めエリアから貯蔵タンクへ油と水の混合液の移送が続けられている。
 沿岸警備隊のラッセル・ティベッツ氏がCNNの記者に語ったところによると、事故はタンクが壊れたことによって起こったもので、ディーゼル油の大半は封じ込めの設備内に留まっているという。
     ニュージャージー州で油流出のあったセヴァアン付近   (写真はグーグルマップから引用)
■ セヴァアンの施設のほか、モーティバ社のニューヨーク・ターミナルがハリケーン・サンディによって洪水に遭い、停電になっているという。 マッケさんによると、「地元自治体の援助のもと、モーティバ社はニュージャージー州のセヴァアンを含めてすべての石油ターミナルについて検査を行い、被害の評価を実施中です。すべての従業員に連絡をとった結果、ハリケーンによってケガした人はいなかったと報告を受けています。被害の評価結果が出れば、操業再開の見込み時期がわかると思います」とEメールで回答している。
■ 11月5日(月)までに、当局は流出したディーゼル燃料油378,000ガロン(1,430KL)のうち約322,000ガロン(1,220KL)を回収したと、ニュージャージー州環境保護庁の広報担当のラリー・ラゴニーズ氏が語っている。精製された油が流出した場合、重質原油に比べると、かなり早く消散してしまうので、比較的クリーンアップは容易だと言われている。ラゴニーズ氏は、「会社側と沿岸警備隊は、実際よく対応してくれました。会社側が雇った請負者によるクリーンアップ作業で、漏れ出た油はほとんど処理できていますし、あとは海上に浮遊している残りの油分を処理するだけです。それにしても、私たちが経験した中では大きな流出事故でした」と語った。
■ 沿岸警備隊によれば、モーティバ社のターミナルの油流出では、約14,800フィート(4,500m)のオイルフェンスが張られ、457,519ガロン(1,730KL)の水混じりの油が回収されたという。

■ 沿岸警備隊が11月5日(月)に発表したところによると、 ハリケーン・サンディ襲来後、ニュージャージー州リンデンにあるフィリップス66のベイウェイ製油所から7,700ガロン(1,220KL)の油が流出したといい、ニューヨーク港石油取引ハブにおいて2番目に起こった漏洩であることは明らかであるという。ニュージャージー州ベイヨン近くの住民からディーゼル臭がするというクレームから漏洩していることがわかった。ニュージャージー州環境保護庁の担当者によると、住民はベイウェイ製油所で少量の油漏れがあったことに気がついていたという。製油所から漏れた油の種類が何か、そしてどのように封じ込めが行われているかははっきりしていない。この件についてフィリップス66の広報担当に問い合せたが、回答はなかった。フィリップス66のベイウェイ製油所における漏洩が、この地域で主要なガソリン生産の拠点である製油所の操業に影響を与えるのかどうかはっきりしていない。
■ 沿岸警備隊は、ニュージャージー州のキンダー・モーガン社のパースアンボイの石油ターミナルから油水混合液780,000ガロン(2,950KL)を回収したと発表している。キンダー・モーガン社は、自社のタンクからの油でなく、川の上流にある別なターミナルにおけるクリーンアップ作業から出た液だと言っている。 沿岸警備隊によると、クリーンアップ作業の請負者もまた近くのバックアイ施設から流れてくるキラキラの油膜を調べていたという。
 
■ モーティバ社ターミナルの油流出に伴い、沿岸警備隊はアーサーキル川を通る海上通行を規制していたが、11月1日(月)には解除され、船はゆっくりと航行できるようになった。 
■ 流出事故後、NOAA(米国海洋大気庁)による空撮写真が撮られ、スカイ・トゥルースが事故前のグーグルマップの写真と比べ、ハリケーンによる被害の状況がよくわかる。写真によってひどい被害を受けている構造物や浸食されている海岸の様子がわかった。また、油による環境汚染の状況もわかった。11月2日および3日に撮られたNOAAの空撮写真では、アーサーキル川、近くの海岸および工場施設内に多くの油膜が見られる。このうちのいくつかはモーティバ社の油流出によるものと思われる。セヴァアン・ターミナルを撮った写真に見ると、2基の貯蔵タンクが基礎からずれて、部分的に壊れかかっているのがわかる。これが流出の原因だと思われる。
■ 環境団体のスカイ・トゥルースは、ハリケーン・キャサリンやハリケーン・アイクのような過去の大きなハリケーン来襲時に見られたように、沿岸のオイル取扱い施設は洪水や高潮に脆弱であるといい、つぎのように指摘している。科学者の予測では、海洋の温暖化によってたびたび大きなハリケーンが発生するようになって来ているという。そして、二つ政党の政治家も海洋での石油掘削の開発を進め、オイル取扱い施設を沿岸に建設することを推し進めてきた。このような油流出事故は、これからもたびたび眼にすることになるだろう。

<モーティバ・エンタープライズ社のニュース・リリース>
「モーティバ・セヴァアンのディーゼル燃料油の流出」のファクトシート(2012年11月7日)
■ モーティバ・セヴァアン・ターミナルはハリケーン・サンディによってどのように被害を受けたのか?
 モーティバ・セヴァアン・ターミナルおよび近くにある別な施設は、洪水に遭い、電源が喪失し、強風による被害などを受けました。

■ 貯蔵タンクはどのような被害を受けたのか?
 ディーゼル燃料油のタンク4基が高潮によって損傷し、そのうち2基からタンク内液が漏れ出ました。

■ タンク内の油の種類は何か? また、どのくらいの量が漏れたか?
 油は超低硫黄ディーゼル燃料油です。漏洩した正確な量は、2基のタンクの検査を安全な状態で実施した後、調べることとしています。

■ 流出した油はどこへ流れたか?
 漏れ出たディーゼル燃料油の大半は貯蔵タンクまわりの防油堤と2次の封じ込めエリア内に留まり、いくらかの油が構外のウッドブリッジ・クリークへ流出しました。

■ 流出を止めるためにどのような対策をとったのか?
 私どもは、ただちに社内の緊急時対応計画を実行しました。これにより2次の封じ込めエリアからウッドブリッジ・クリークへの漏れを止めることができました。地域住民と緊急対応メンバーの安全確保がモーティバ社の最優先事項です。なお、安全計画は過去からの経験を積み重ねて作成したものです。

■ ハリケーンによってケガをした従業員はいなかったか?
 ありがたいことに、ハリケーンによってケガをした従業員はいませんでした。

■ 流出の対応に当たってクリーンアップはどのように実施するのか?
 事故対応の現場指揮系統を確立し、約150名の対応者を動員し、オイルフェンス14,800フィート(4,500m)、オイルスキマー14台、バキューム車9台、平底のはしけ3隻、作業ボート18隻、ディーゼル燃料油を回収するための吸収パッドと吸収型オイルフェンスを使用してクリーンアップ作業を実施しています。必要があれば、資機材を追加して対応します。
 作業はまず囲い込みを行い、封じ込めエリアに漏れた油と水の混合液の回収を行い、さらにウッドブリッジ・クリーク、スミス・クリーク、アーサー・キル川、ターミナル・ドック付近に浮いた油を水と一緒に回収しています。

■ クリーンアップについてほかに誰が作業しているか?
 アメリカ沿岸警備隊、ニュージャージー州環境保護庁、アメリカ海洋大気庁(NOAA )および地方の関係機関と密接に連携して作業を行なっています。また、ウッドブリッジ・タウンシップの担当部署と常に連絡を取り合っています。

■ ディーゼル燃料油とはどんな油で、水と接触するとどうなるのか?
 ディーゼル燃料油は、軽質で精製された石油製品です。水に流出した場合、ディーゼル燃料油は極めて短時間で広がり、薄い膜状すなわち油膜になります。大抵は2・3日以内で蒸発したり、自然消散すると思われます。さらに、ディーゼル燃料油は適当な風の条件において消散しやすい傾向にあり、そして1~2か月の間には、自然界にある微生物によって完全に分解してしまいます。(出典;NOAA科学支援チーム)

■ 近くの住民がディーゼル臭を感じているが、人の健康に対して害はないのか?
 ディーゼル臭で住民の方にご不便をお掛けしていることについて深くお詫び致します。スミス・クリーク近くの地区でモーティバ社とUSCG(沿岸警備隊)が実施した既設計測器による空気モニタリングでは、事故時にも平常と変わらない数値で、特に異常に高くなった成分は認められませんでした。従って、この地区に漂うディーゼル臭が人の健康に影響を及ぼすことはないと思います。

■ 油流出は、鳥などの野生生物へどのような影響があるか?
 現場対応はトライ-ステート鳥類救護・研究センターと密接に作業を進めています。これまでに油まみれになった鳥12羽が救護され、リハビリのためデラウェア州ニューアークにある施設に移送されました。そのうち4羽の鳥が死んでしまいました。

■ 流出事故によって損失や被害が発生した場合の対応について
 流出事故が原因で損失や被害が出た場合、モーティバ社はいつでもクレームを受付け、正当なクレームに対しては補償致します。 
■ 改めて、事故に伴い、地域社会へご迷惑・ご心配をおかけしたことを深くお詫び致します。モーティバ社のターミナルは1930年代から操業をしてきており、地域社会にも深いつながりの歴史をもってきました。私どもは、近隣にご迷惑をお掛けすることがないように、日々、ターミナルの操業に努めて参ります。

油流出事故のあった地区付近の空撮写真(2010年)では、数多くのタンクが見える。
  (流出事故があった場所は左上のタンク群) 
(写真はグーグルマップを使用したSkyTruth.orgから引用) 
アーサーキル川沿いにあるモーティバ・セヴァアン・ターミナル。
上は事故前の
2010年写真、下が事故後の113日の写真。報告では4基が被災したという。写真ではあきらかに2基がタンク基礎からずれているのがわかる  (写真はSkyTruth.orgから引用) 
NOAAによる空撮写真では、アーサーキル川の支流口に設けられたオイルフェンスが見える。
しかし、油の帯がアーサーキル川本流側へ流れているのがわかる。
(写真はSkyTruth.orgから引用)
NOAAによる空撮写真では、支流口より南のアーサーキル川本流に別な油膜が流れているのが見える。
発生源は不明。  
(写真はSkyTruth.orgから引用) 

NOAAによる空撮写真では、上の場所より更に南の旧工業地区前のアーサーキル川に幾筋もの油膜が見える。
発生源は不明。  
(写真はSkyTruth.orgから引用) 

補 足
■  「ニュージャージー州」は米国東部の大西洋沿岸にあり、人口約880万人で、州都はトレントンである。
州の北東にハドソン川をはさんでニューヨークと接し、南西にフィラデルフィアと隣接しており、古くから2つの都市を結ぶ回廊として発展してきた。
 2012年の米国大統領選挙にも大きな影響を与えたハリケーン・サンディは10月29日にニュージャージー州南部に上陸し、多大な被害が出た。米国における死者は120名以上、被害総額は500億ドルを超えるといわれている。
 「セヴァアン」は、ニュージャージー州の中部に位置し、ミドルセックス郡にあり、人口約2,800人の町である。

■ 「モーティバ・エンタープライズ社」( Motiva Enterprises, LLC )は、ロイヤル・ダッチ・シェルの子会社であるシェル・オイル社とサウジアラムコの合弁企業の石油会社である。本社はテキサス州にあり、メキシコ湾岸に3つの製油所を持ち、合計74万バレル/日の精製能力を有している。石油ターミナルは41か所で合計315万KLの貯蔵能力を持っている。ニュージャージー州にはセヴァアンに石油ターミナルがある。

■ 「アメリカ海洋大気庁」 (National Oceanic and Atmospheric Administration;NOAA)は、米国商務省の機関の一つで、海洋と大気に関する調査および研究を専門とする。ハリケーン通過後、NOAAは沿岸部および浸水区域に航空写真調査飛行を行い、関係の画像が一般に利用可能となっている。

■ 「スカイ・トゥルース」(Sky Truth)は環境保護団体の一つで、保有しているリモート・センシングとデジタル・マッピング技術をハリケーンなどによる環境汚染の状況調査に適用し、ウェブサイトで航空写真画像を公開している。2012年8月末のハリケーン・アイザック襲来時に公開した情報は、当ブログに「米国ルイジアナ州の製油所でハリケーン襲来後に油漏出」(2012年9月)に紹介した。

■ 「トライ‐ステート鳥類救助・研究所」(Tri‐State Bird Rescue & Research Inc.)は、1982年に設立された非営利環境保護団体で、本部は米国デラウェア州ニューアークにある。設立のきっかけは、1976年デラウエア川近くでリベリアの石油タンカーが座礁して油流出事故を起こし、野生動物、特に鳥類に被害が及んだ事例を活かそうとしたものである。 特に、石油流出の影響を受けた野生動物のリハビリテーションの実施と研究は世界的に注目されており、全米の事故対応だけでなく、世界における事故や会議にスタッフが派遣されている。
 2012年1月11日に起こったニュージャージー州ワシントン・タウンシップにおける「米国で地下タンクからの油流出によって環境汚染」事故において、トライ‐ステート鳥類救助・研究所が活動したことは、当ブログ(2012年2月)でも紹介した。

所 感
■ ハリケーン襲来による米国の油流出事故は、201292日、ハリケーン・アイザックによってルイジアナ州のフィリップス66社アライアンス製油所において起こった油漏出事故に引続くものである。
 今回はハリケーンによる多くの被害が出た中での情報のため、報道にも混乱がみられる。例えば、流出源のタンク基数について「少なくとも2基」あるいは「1基のみ」と報道によって違いがあったりしている。実際、現場での取材は余り行われていないようで、記事だけでははっきりしなかったが、「スカイ・トゥルース」の公表した写真を見ると、オイルフェンスを越えて流れている油膜のほか、発生源がはっきりしない油膜も確認されている。油まみれになって死んだ鳥がいることをみると、汚染の程度は小さくなかったと思われる。
■ 今回のタンク損傷は、洪水(高潮)と強風の相乗効果によるものと思われる。冠水だけであれば、タンクが移動する可能性は小さいが、タンク内液が少ない状態で冠水し、強風に曝されると、今回の事故ようにタンクが基礎からずれて、移動するということを認識させられる事例である。  
■ 大きな自然災害が伴った場合、今回のような貯蔵タンクからの油流出事故の情報は埋没しやすい。  20107月末にパキスタンで大きな洪水が発生したが、エキスプレス・トリビューン誌によると、「ムザファルガル地区の油流出は大きく報道されていないが、この地方の主要な3つの石油施設に貯蔵されていた何千トンという油とケミカルが荒れ狂った洪水に流されてしまい、環境への影響について心配される」と1か月後に報道した。 
 2010311日の東日本大震災では、総務省消防庁によって危険物施設に関する調査が行われ、この報告によると、津波によって4事業所の10基の屋外タンク貯蔵所から流出した油量は11,521KLとなっている。この油流出による環境汚染の問題について言及した報道はない。また、環境省が調査した様子もない。なお、東日本大震災における貯蔵タンクなどの被害の概要は危険物保安技術協会がインターネットに公表している。  (注記; 「東日本大震災における危険物施設の被害概要」 Safety & Tomorrow誌 20117月号)  http://www.khk-syoubou.or.jp/pdf/guide/magazine/138/contents/138_16.pdf  

後記; ここで2回にわたって紹介したので、ついでにもう一度紹介しておきます。出光興産徳山製油所の旧アスファルトタンク解体工事でついに最後の1基が解体されています。時代の流れとはいえ、衰退していく石油精製工業の象徴のように見えます。
 しかし、タンクが無くなれば、すっきりして空が広くなりました。製油所が閉鎖されるのは、日本だけでなく、米国でもそうでした。そうでしたと過去形で言うのは、状況が変化してきています。“シェールガス革命”です。テレビや新聞で報じられているように米国では、シェールガス・シェールオイルの生産が活発化しており、近い将来に米国は石油輸入国から輸出国になるという推測も出ているようです。実際、閉鎖した製油所をシェールオイルの精製用として再稼動しているところもあります。今後、どのように進んでいくのでしょうね。明るい方向に行ってもらいたいものです。