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2016年1月31日日曜日

リビアの石油施設基地で再び砲撃によるタンク火災

 今回は、2016年1月21日、リビアのラスラーヌーフにある国営石油公社ナショナル・オイル・コーポレーションの子会社であるハリュージュ・オイル・オペレーション社の石油施設基地がイスラミック・ステート(IS)の武装勢力に襲撃され、複数の石油貯蔵タンクが火災になった事故を紹介します。
(写真はDailymail.co.ukから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、 リビアの北海岸のラスラーヌーフ(ラスラヌフ:Ras Lanuf)にある国営石油公社のナショナル・オイル・コーポレーション(National Oil Corp.:NOC)の子会社であるハリュージュ・オイル・オペレーション社(Harouge Oil Operations)の石油施設基地である。施設には原油貯蔵用の石油タンクが13基あり、貯蔵能力は650万バレル(100万KL)である。

■ ラスラーヌーフ石油施設基地は“ラスラーヌーフ・ターミナル” と呼ばれている石油輸出施設で、1964年に操業を開始した。貯蔵タンクは港湾エリアから陸側に約9km入ったところに設置されている。原油パイプラインが3本走っており、標高約100mのところにある石油貯蔵タンクに供給される。原油貯蔵タンクから港には重力の自然流を利用して送ることができる。港には4つのバースがある。No.1、No.2バースは海岸から約1.6km沖合にあり、海底パイプラインで接続され、水深18mで着桟能力30,000~100,000DWTである。 No.3、No.4バースは海岸から約3.2km沖合にあるシングルブイ係留で、30,000DWTまでのオイルタンカー用である。

■ ラスラーヌーフは、首都トリポリ(Tripoli)の東640kmにあり、リビア最大の石油港であるが、2014年12月以降、港の機能は停止している。 2016年1月4日(月)、ラスラーヌーフ石油施設基地と近くにあるエスサイダー(エスシデル:Es Sider)石油施設基地は、イスラミック・ステート(IS)の武装勢力による砲撃を受け、ラスラーヌーフで2基、エスサイダーで5基のタンク火災があったばかりである。火災は1月8日(金)に鎮火している。なお、2週間前の戦闘によって、石油施設警備隊(PFG)では、結局18名の隊員が亡くなっている。
(注:1月4日の襲撃によるタンク火災は、「リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災」を参照)
前回のラスラーヌーフ石油施設の火災状況を示す衛星写真15日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団はリビア東部にあるシルテを支配下に入れ、さらに約200km離れたラスラーヌーフとエスサイダーの石油施設基地を攻撃目標にしていた。

< 事故の状況および影響 >
■ イスラミック・ステート(IS)の武装勢力が、1月21日(木)の夜明け前、ラスラーヌーフの石油施設基地を急襲した。攻撃によって4基の石油貯蔵タンクが火災になった。火災になったタンク4基には、合計で約200万バレル(32万KL)の原油が入っていた。

■ ナショナル・オイル・コーポレーションは、火災から立ち昇る巨大な黒煙によって“環境的な大惨事”に直面していると発表した。住民や工業地区へ供給している電力線も被害にあっているといい、「住民は、主要道路を守るとともに、ガス配管や水配管へ火災の影響が及ばないようにバリアを構築しようとしている」と広報担当のモハメド・アルハラリ氏は語った。

■ 火災になったタンクのうち1基の火炎の勢いは激しく、制圧できるような状況ではなく、いつか崩壊するのではないかと懸念された。消防隊は、ほかの3基の火災への対応作業を行った。

■ 攻撃にはロケット砲(Fired Rocket)が使われたとみられる。1月21日(木)の午後遅い時点で、火災タンクは5基に増えた。うち1基のタンクは崩壊に近いという。

■ 消防隊が消火活動に努めているが、ナショナル・オイル・コーポレーション広報担当は、「しかし、我々は火災を消すのに十分な手段を持ち合わせていない。これはもう災害(ディザスター)です」と語っている。

< 事故の原因 >
■ ロケット砲による攻撃でタンク火災を起こした。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。火災は砲撃で開口したタンク側板からの漏洩油が堤内で燃え広がったものとみられる。

■ 石油タンクへの攻撃の背景: イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクで行った石油産業への攻撃戦略を再現しようとしているとみられる。イスラミック・ステート(IS)の前身であるイラクのイスラミック・ステート(Islamic State of Iraq)は、イラク西部地方において油田やパイプラインの操業を妨害したり、攻撃を行った。これらの施設が損害を被ると、防護するだけのリスクを掛ける価値が低下し、施設を手放すことになり、イラクのイスラミック・ステート(IS)が施設を支配下に入れていった。   
    121日、ラスラーヌーフ石油施設から空へ立ち昇る黒煙 (写真はDailymail.co.ukから引用)
    ラスラーヌーフ石油施設の火災で消火作業を行う消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
                石油施設から立ち昇る巨大な黒煙  (写真はDailymail.co.ukから引用)
< 対 応 >
■ ナショナル・オイル・コーポレーションのムスタファ・サナーラ会長は、1月21日(木)、首都トリポリで、 ラスラーヌーフ石油施設基地は前回と今回21日の攻撃による被害のため、長期間閉鎖したままになるだろうと語った。 サナーラ会長によると、最近のリビアの原油生産量は362,000バレル/日で、2011年の160万バレル/日の四分の一に下がっている上、この2週間でさらに影響が大きくなっているという。

■ リビア政府は、1月21日(木)、武装組織を撃退するため欧米の空爆を要請した。

■ 攻撃によって発生したタンク火災から2日目の1月22日(金)も、消防隊は石油施設で懸命に火炎と戦っている。

■ ナショナル・オイル・コーポレーションによると、前回の砲撃によるタンク火災のために喪失した原油量は130万バレル(20万KL)にのぼるが、今回の襲撃によって300万バレル(47万KL)を損失するリスクがあるという。 2週間前に、ナショナル・オイル・コーポレーションは損害をできるだけ回避しようと、タンクに残っている油を移送するためオイルタンカーを送ろうとしたが、石油施設警備隊(PFG)はセキュリティ上の懸念を理由に荷役作業に反対したという。

■ 1月23日(土)時点でも、消防隊は消火活動を続けた。石油施設基地の13基のタンクのうち少なくとも5基が被災しており、うち1基は完全に崩壊したという。
      火災から3日目の123日、地表に泡を放射する消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
        火災から3日目の123日、消火活動を行う消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
      123日、石油タンクまわりの地面に沿って広がる火災 (写真はDailymail.co.ukから引用)
 ラスラーヌーフ石油施設の火災の前に立つ消防士(123日) (写真はJordantimes.comから引用)
■ 1月25日(月)、ナショナル・オイル・コーポレーションは、1月24日(日)の朝、消防隊がラスラーヌーフ石油施設基地で起った全火災タンクについて制圧し、消火したと発表した。消防隊は、過酷な作業環境と厳しい治安状況の中で、72時間(3日間)継続して5基の火災タンクの消火活動を行った。ハリュージュ・オイル・オペレーション社のウェブサイトでも、1月25日(月)、ラスラーヌーフ石油施設基地の火災について消防活動が終ったことを発表し、消防士が歓喜している絵を掲載している。
ハリュージュ・オイル・オペレーション社がウェブサイトに掲載した絵 
 (写真はHarouge.comから引用)
補 足
■  「リビア」は、地中海に面する北アフリカに位置し、人口約640万人の共和制国家である。原油はリビアの主要な天然資源であり、埋蔵量はアフリカ最大の480億バレルと推定されている。
 2011年、カダフィ打倒を旗印にしたリビア国民評議会とカダフィ政権側の間でリビア内戦が勃発し、10月に42年間続いたカダフィ政権は崩壊した。しかし、カダフィ政権崩壊後も内政は混乱し、特に内戦によってリビアの原油生産量は2011年当時の160万バレル/日の1/4~1/3に低下しているという。
                  リビアの原油・天然ガス施設  (図はNews.yahoo.comから引用)
■ 「ナショナル・オイル・コーポレーション」(National Oil Corp.NOC)は1970年に設立されたリビアの国営石油会社で、石油・天然ガスの掘削・生産のほか、製油所・石油化学工場を有する。通常、各石油施設基地はナショナル・オイル・コーポレーションの子会社で操業されており、ラスラーヌーフ石油施設は「ハリュージュ・オイル・オペレーション社」(Harouge Oil Operations)が運営している。

■ 「ラスラーヌーフ石油施設」は、グーグルマップによれば、直径約80m×13基の浮き屋根式タンクが設置されている。ハリュージュ・オイル・オペレーション社のウェブサイトによれば、貯蔵能力が100万KLだとされているので、タンク高さが約15mで1基当たりの容量は77,000KLとみられる。

所 感
■ 今回の砲撃によるタンク火災は、威力の高いロケット砲が夜明け前の暗い中で正確に使われたとみられる。前回の襲撃時の報道と異なり、今回は石油施設警備隊が応戦したという記事がみられない。あっと言う間に、砲弾によって4基のタンク側板が開口して、そこから油が噴き出し、堤内火災になったものと思われる。着弾場所とタンク内液量(液高さ)によって火災の規模が異なっているとみられ、1基のタンクはタンク全体を火炎が覆うような激しいものになり、火災の熱で側板が座屈していったものと思われる。

■ 施設地区は交戦状態になく、石油施設警備隊の制圧下にあったとみられ、消防活動上の制約はなかったと思われる。しかし、5基のタンク火災(堤内火災)への対応は人員・資機材からいって難しい状況だっただろう。激しい火災になっているタンク1基は、燃え尽きるのを待つ不介入戦略をとるしかない。
 堤内火災については中(高)発泡ノズルが有効と思われるが、消防活動の写真を見ると通常の低発泡ノズルを使用しているとみられる。リビアでは、2年前から砲撃によるタンク火災が起こっており、消火戦術上、最適な消火資機材を導入しておく必要があったと思う。
 日本でもテロ対策が謳(うた)われているが、テロ攻撃によるタンク火災がどのようなものかリビアの事例で明らかになってきた。複数タンク火災や堤内火災に関する想定と対応について考えておく必要がある。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
      ・Reuters.com, Militants Attack near Libya’s Ras Lanuf Oil Terminal,  January 21,  2016
      ・News.yahoo.com, Fires Rage as Jihadists Attack Libya Oil Facilities,  January 21,  2016
      ・Oilandgasinvestor.com, Islamic State Sets Libya Ras Lanuf OIL Tanks on Fire,  January 21,  2016
      ・Timesofmalta.com, Fires at Libya’s Ras Lanuf Terminal after IS Attack,  January 21,  2016
      ・News.yahoo.com, Firefighters Battle Libya Oil Facility Blaze,  January 22,  2016
      ・Reuters.com, Fires still Raging at Major Libyan Oil Terminal after Attack,  January 22,  2016
      ・Libyaprospect.com, Ras Lanuf Tanks are still under Fire,  January 23,  2016
      ・En.alalarm.ir, ISIS Libya Attacks Oil Terminal, Firemen Fight to Extinguish Massive Fire,  January 24,  2016
      ・Jordantimes.com, Fires Put Out at Major Libyan Oil Termnal,  January 24,  2016
      ・Dailymail.co.uk, Firefighters Battle to Quell Massive Oil Terminal Fire after ISIS libya Attack Which Will Cost 3 Million Barrels of Oil,  January 24 ,  2016 
      ・Earthobservatory.NASA.gov, Oil Tanks Fires in Libya: Image of the Day,  January 7,  2016
      ・Noc.ly,National Oil Corporation Statement Regarding the Humanitarian and Environmental Catastrophe in Ras Lanuf, January 21,  2016
      ・Noc.ly,The National Oil Corporation statement regarding the completion of extinguishing the fire at the storage tanks of Ras Lanouf Terminal,  January 25,  2016
      ・Harouge.com,  Thanks, The Management Committee and the employees of Harouge Oil Operations…, January 25,  2016


後 記: 貯蔵タンク事故情報を調べていると、その国の国情の一端を垣間見ることがあるという話をしていますが、今回もそうです。前回のリビアのタンク事故の紹介の後記で、「推測の余談ですが、イスラミック・ステートの攻撃戦術はエスサイダー石油施設を集中砲撃して大きな損害を与え、ラスラーヌーフ石油施設は最小の損害にとどめるというものだったのではないでしょうか」と書きましたが、間違っていました。しかし、信じられないことですが、ナショナル・オイル・コーポレーションが、「損害をできるだけ回避しようと、タンクに残っている油を移送するためオイルタンカーを送ろうとしたが、石油施設警備隊がセキュリティ上の懸念を理由に荷役作業に反対した」と石油施設警備隊を非難する声明を出したのは、襲撃の1週間前、1月14日に同社ウェブサイトに掲載しているのです。国営石油公社などリビア政府側の混迷ぶりをさらけ出しているようなものです。この声明をイスラミック・ステート側が読めば、どう感じたでしょうかね。そんな脇道に外れながらまとめました。

2016年1月26日火曜日

米国の石油貯蔵タンク基地におけるハザード評価

 当ブログで紹介した「事故は避けられない?」(2015年12月)は、石油ターミナル計画の環境影響報告書の中の記載事項について意見をまとめたものですが、今回はその環境影響報告書の中で貯蔵タンクの「ハザード評価」(ハザード・アセスメント)の箇所について紹介します。
< ウェスト・パック・エナージー・ピッツバーグの石油ターミナル計画の概要 >
■ ウェスト・パック・エナージー・ピッツバーグ(WesPac Energy–Pittsburg LLC)は、ウェスト・パック・エナージー社がオイルタンキング・ホールディング・アメリカ社(Oiltanking Holding Americas, Inc.)と合弁事業で設立した石油ターミナル会社で、カリフォリニア州ピッツバーグ市にある既設の石油貯蔵・輸送・桟橋施設を近代化する改造・改修の計画をしている。
 計画は2015年末までに許可を得て、2016年半ばに着工し、 18か月の建設期間が予定されている。貯蔵タンクは16基の改造・改修が計画されている。この計画に伴い、2013年7月に環境影響報告書が作成され、ピッツバーグ市のウェブサイトに公開されている。

■ 貯蔵タンクの新設・改造計画はつぎのとおりである。
  =南タンク地区=
  ● 既設500,000バレル(79,500KL)の原油用コーンルーフ・タンク5基を内部浮き屋根式へ改造するとともに、底板を取替える。(タンクT8、T9、T13、T15、T16)
  ● 既設500,000バレル(79,500KL)の原油用外部浮き屋根式タンク3基を撤去し、新たに200,000バレル(31,800KL)の内部浮き屋根式タンクを設置する。(T10、T11、T14)
  ● 既設500,000バレル(79,500KL)の原油用コーンルーフ・タンク1基を撤去し、新たに200,000バレル(31,800KL)の内部浮き屋根式タンクを設置する。(T12)
  ● 既設54,000バレル(8,590KL)の外部浮き屋根式タンクを底板の取替えなどの改修を行う。(T17)
  =東タンク地区=
  ● 既設162,000バレル(25,700KL)の原油コーンルーフ・タンク6基を内部浮き屋根式へ改造するとともに、底板を取替える。(タンクT1~T6) 既設コーンルーフ・タンク1基は残す。(T7)
貯蔵タンクの設計仕様
< 石油タンクの配置計画 >
■ 石油ターミナルにおける貯蔵タンクの配置は、東タンク地区にタンクT1~T6までの6基、南タンク地区にタンクT8~T17までの10基に分かれている。東タンク地区の各タンクは、高さ15フィート×厚さ8インチ(高さ4.5m×厚さ20cm)の補強コンクリート製防油堤で囲まれている。南タンク地区のタンクT9、T15、T16は土盛り製の防油堤で囲まれている。南タンク地区にある残りのタンクは、雨水排水ベースン区域の防止堤内にある。
 各防油堤には、手動操作の排出弁または排水ポンプがある。防油堤と雨水排水ベースンの構造・仕様は、流出防止法の該当規則を満たしている。法規制では、油が構外へ流出しないように、防油堤や防液堤の2次封じ込めエリアのバルブは閉止するようにしている。ポンプを外す場合は、ポンプ点検した後にエリア内の雨水を排出しておく。

■ タンク設備は、適用法令に合致しているとともに、API Std 650(Design of Welded Steel Tanks for Petroleum Storage )などの規格・基準に準拠している。
石油ターミナルのタンク配置計画
< タンクから油流出の原因 >
■ 石油貯蔵タンクの事故は、人の健康、環境、経済的損失、社会的責任に重要な影響を及ぼすものとして広く研究されたきた。火災、爆発、設備故障は石油タンクで起こる流出事象の主要因であり、多くの石油貯蔵タンクで起こっている事故の原因でもある。

=火災・爆発=
■ 世界で過去に起った石油貯蔵タンクの流出事故の原因は、主に火災または爆発に関連している。2006年のチャン氏とリン氏の研究によれば、米国の105の施設において1960~2003年の間に起きた石油貯蔵タンクの流出事故について調査した結果、事故の85%が火災または爆発に関連していることが分かった。

■ 事故の原因で最も多いのが落雷によるものであり、事故の33%を占める。電荷を分散する接地が不適切な場合、石油貯蔵タンクへの直撃雷あるいは近傍の地面への落雷によって被害が出たり、事故になったりする。API規格とNFPA基準によって設計したタンクは、直撃雷や近接雷があっても事故に至ることなく、耐えるとみられる。しかし、爆発範囲の可燃性ガスが存在する箇所にアークが発生すれば、事故になる可能性はある。例えば、適切なメンテナンスが行われていない浮き屋根のシール部にアークが発生する場合である。このような事故の事象は広範囲であり、油損失や環境汚染が少なく比較的制圧可能な小火災(例えば、浮き屋根のシール部火災)のものから、重大な環境破壊あるいは人身災害に関わるような大きな火災・爆発やタンク破損に至るものまでいろいろある。落雷による火災は、外部浮き屋根式タンクの“リムシール”で起こることが大半である。2008年のシェリーの研究によると、この種の火災は標準的な消火設備によって火を消すことが比較的容易で、大事故に至ることはないという。

■ 当タンク計画では、すべて地上式の内部浮き屋根式タンクとしてAPI規格とNFPA基準に準拠した設計が行われる。内部浮き屋根式タンクは、外部浮き屋根式に比べ、落雷による火災、流出、その他のタンク損傷に至ることが少ないといわれている。当該計画で取扱う油種に対して、内部浮き屋根式タンクは安全面において手堅い設計だといえる。内部浮き屋根式タンクは、通常、ガソリンのような揮発性の高い精製油を貯蔵するのに用いられている。

■ 当該タンク計画の地区は雷のリスクが高い地域ではない。2013年の米国地質学会の研究によれば、南極を除いて世界中で最も落雷の少ない地域である。世界的にみると、落雷頻度の少ないところは北極・南極の近くと大海原上であり、最も高いところは低緯度の熱帯大陸性気候の地域である。ヴァイサラ(VAISALA)の米国雷検知ネットワークの2012年雷データによれば、1996~2000年の5年間における雷光密度は0~0.25回/km・年だった。ちなみに、米国内で最も雷光密度の高いフロリダでは、当タンク計画地区の60倍である。従って、落雷に伴って起こる火災あるいは流出事故の可能性は、この資料で引用している公表の調査結果よりはるかに小さいものになると思われる。というのは、取扱い油種に対して手堅いタンク設計を選択しており、さらに最新の設計規格を採用するからである。タンクを使用する期間内に落雷によって火災や流出事故が起こる確率は、統計的に極めて小さいといえる。

■ タンク計画地区の電光密度が比較的小さいにもかかわらず、タンク型式として内部浮き屋根式を採用し、最新の接地設計を行うので、火災や油流出に至るような落雷事故に遭遇する可能性は大幅に減少するといえる。

■ 石油貯蔵タンクの油流出に関連する火災・爆発の原因としては、落雷の次が人為ミス(ヒューマン・エラー)である。2006年のチャン氏とリン氏の研究によると、人為ミスによる原因は30%である。タンク過充填および溶接や機械的な摩擦(例えば、グラインダー)を含めたメンテナンス・エラーが、事故の主な原因である。タンクの過充填は当該タンクから2次封じ込め設備である防油堤内へ油を流出させる原因となる。過充填によって油流出があれば、可燃性ガスを形成して引火する恐れがある。可燃性ガスの雰囲気の中では、溶接作業は引火源になりうるし、同様にグラインダーや電気工具などの火花も引火源になる。これらの要因は人為ミスとして防止できるハザードと考えられている。そして、関連の規則や基準が予防手段として位置づけられ、これらのハザードに対する適切な取扱いについて規定されている。この種の人為ミスが起こるのは、オペレータやメンテナンス作業員が安全なやり方を逸脱するためである。当タンク計画では、このような人為ミスが起こるのを最小にするため、該当の規則や基準、例えば、過充填防止に関する基準:API RP 2350「Overfill Protection for Storage Tanks in Petroleum Facilities」、火気作業に関する規格:NFPA 51B「Standard for Fire Prevention During Welding, Cutting, and Other Hot Work」などに準拠する。

=設備故障=
■ 過去における石油貯蔵タンク事故の研究によって、設備故障を起因としたタンクからの流出事故が起こっていることが明らかになっている。例えば、浮き屋根の沈降、タンクの割れや破裂、配管の漏れや損傷、バルブ故障、加熱器の不調、温度調節器の故障などである。

■ 屋根沈降による油流出事例の多くは、外部浮き屋根が雨水排水のために外気に露出しているからである。当タンク計画では、外部固定屋根と内部浮き屋根の組合せの構造で、浮き屋根を雨水系統から切り離しており、この種の油流出の可能性を大幅に少なくしている。

■ 疲労、地震動、地盤沈下によってタンクに割れが入ることがある。この場合、大抵は底板や溶接端部で発生することが多い。また、タンク底部、側板、屋根部は内外面に腐食の影響を受ける。タンク基礎部と接している底板には腐食を発生することがあり、外気に曝されているタンク側板や屋根部の外面にも腐食の問題がある。タンク側板、屋根部、底板の内面は、水分や硫化水素など貯蔵する石油製品中の腐食成分による腐食の影響を受ける。APIの点検方法に従って検査をしていれば、割れや腐食は発見することができる。

■ タンクT10、T11、T12、T14は新規建設することとし、油流出に至る初期欠陥が生じないように品質保証/品質管理(QA/QC)計画に基づいて建設を行うこととしている。 計画中の残りのタンクは、API Std 653「Tank Inspection, Repair, Alteration, and Reconstruction」に従って検査を実施し、貯蔵タンクとして必要な補修、取替え、改造を実施する。この規格は、タンクを良好な状態で操業できるように厳しい検査内容や修理条件を定めている。建設工事の品質保証/品質管理(QA/QC)計画とAPI Std 653に従った検査と修理が実施されれば、タンクは供用に適合していることが保証され、運転に入ることができる。運転に供される前に最終確認として、タンクは水による健全性のテストが実施される。操業に入ってからは、 API Std 653の規定に従って定期的に検査とメンテナンスを実施すれば、タンクの健全性が継続される。この際、 API Std 653による詳細検査は、タンクを一時的に縁切りし、内容液の排出、内部の清掃、内部ガスの除去を行って実施する。

=自然災害=
■ 石油貯蔵タンクの油流出について統計的にみれば、自然災害は頻度の高い原因とはいえない。2006年のチャン氏とリン氏の研究によれば、石油貯蔵タンクの油流出が自然災害に起因している事故は3%に過ぎない。石油タンク事故に至った自然災害は地震とハリケーンである。

■ 当タンク地区は地震活動の活発な地域である。タンクの構造設計は風による最大荷重を考慮している。石油タンクは、建設地における風に耐えるために必要な値より高い設計値の構造設計を行っているので、地震荷重にも耐えるとみている。石油タンクが地震動によって被害を受けるかどうかは、地震動の揺れ方、地盤の条件、タンク構造、地震が起ったときのタンク内液の種類と量など多くのファクターに依存する。当該タンク計画では、新設タンクについて最新の地震安全基準に合致する構造としている。改造する既設タンクも最新の地震設計基準に合致していることを確認する。最新の地震基準に照らし合わせて、必要ならば、タンクへの最大貯蔵量を制限して操業することとしている。

■ アメリカ国立標準技術研究所(U.S. National Institute of Standards and Technology)が委託した1997年のクーパー氏の研究によれば、 一般的に石油貯蔵タンクは地震動に対して無理なく追随した動きをすることがわかった。特に直径/高さ(d/H)の比率が2より大きいタンクで顕著だった。当タンク計画で使用する石油貯蔵タンクの直径/高さ(d/H)比は、1基を除いて、3より大きい。タンクT17(貯蔵量54,000バレル=8,590KL)は直径/高さ(d/H)比が1.8である。

< タンク油流出の規模 >
■ 石油貯蔵タンクからの油流出ケースは幅広く、油損失や環境への影響が小さく対応も容易な2次封じ込めの防油堤内に留まる小規模流出ケースから、タンク破壊による爆発や火災、あるいは大量の油損失や環境への重大な影響を及ぼしたり、人身災害を伴うような大事故のケースまでいろいろある。

■ 当タンク計画では、タンクによってもたらされるリスクを評価するため、潜在的な事故の可能性とその影響を考慮した検討を行っている。比較的小規模な油流出事故は、潜在的に起こる可能性が若干の頻度でありうるが、人の健康や環境に重大な影響を与えることはないとみられる。一方、大量流出は一度の事故でも重大な影響を及ぼすことになる。過去の石油貯蔵タンク油流出に関する研究から、流出事故の規模による発生確率(発生頻度)を示したのが表1である。流出規模は小規模漏洩からタンク全破壊や火災までの範囲である。
表1 タンク油流出の発生確率
=小規模流出=
■ 小規模流出の発生確率は2.5×10 /タンク1基・年と推定されている。 2.5×10 /タンク1基・年という発生確率は、ある石油貯蔵タンク1基について1,000年に2.5回の小規模流出事故が起こることを意味する。すなわち、平均してタンク1基当たり400年に1回の小規模流出があることになる。別な言い方をすれば、あるタンクがある年に小規模流出事故を起こす確率は1/400ということである。当タンク計画では、流出の可能性のある石油貯蔵タンクの数は16基であるので、石油ターミナル全体の発生確率は、タンク16基の総和となり、年間約16/400(=1/25)となる。この値はかなり大きいが、当タンク計画における小規模流出の想定条件として妥当な推定値とみるべきであろう。

■ 当該貯蔵タンクは2次封じ込め設備内に設置されており、小規模流出がタンク地区外に出たり、ひ弱な野生生物に影響を与えることはない。クリーンアップ作業は公的な管轄機関の基準に従って実施される。また、米国安全衛生労働局(OSHA)の基準によって危険物質に曝されるクリーンアップ作業者を安全レベルに保護する必要がある。流出油は回収して清掃されるので、長期間にわたって深刻な影響が残ることはない。従って、流出事故に伴う住民や環境への危険性は重大なものにはならない。

=大規模流出=
■ 大規模流出の発生確率は1×10 /タンク1基・年と推定されている。 この発生確率は、ある石油貯蔵タンク1基について10,000年に1回の大規模流出事故が起こることを意味する。別な言い方をすれば、あるタンクがある年に大規模流出事故を起こす確率は1/10,000だということである。当タンク計画では、流出の可能性のある石油貯蔵タンクの数は16基であるので、石油ターミナル全体の発生確率は、タンク16基の総和となり、年間約16/10,000(=1/625)となる。当該タンク施設の寿命と比較して625年というのは極めて長いので、大規模流出事故は起こらないといえよう。事故は起こりそうにないが、大規模流出はカリフォルニア州天然資源庁の指導する想定条件として考慮する。

■ 当該貯蔵タンクは2次封じ込め設備内に設置されている。2次封じ込め設備は大規模流出に対応できており、周辺地区に影響が出たり、ひ弱な野生生物に影響を与えることはない。しかし、大規模流出があれば、 2次封じ込め設備内に大量の油の溜まり、修復に数日から数週間かかるとみられる。クリーンアップ作業は公的な管轄機関の要求に従って実施される。また、米国安全衛生労働局(OSHA)の基準によって危険物質に曝されるクリーンアップ作業者を安全レベルに保つ必要がある。
 流出範囲は安全なタンク計画地区に限定されるので、住民や敏感な環境資源が直接的に曝されることはない。流出した油は回収されるが、流出油の溜まった量が多い場合、油溜まりに近い場所では、油が回収されるまでの間あるいは油の蒸発を何らかの方法でコントロールしなければ、油のベーパーの影響を受ける可能性がある。
 大規模流出の場合、流出油の池が広くなることがあり、気象条件によってはタンク計画地区における空気質が不安全なレベルになる可能性がある。さらに、油の池が広い場合、周辺地区は可燃性ガスによる切迫した危険に曝される可能性がある。可燃性ガスへの引火の恐れがなくなるまで、タンク地区の周辺地域は避難する必要があるかもしれない。この場合、住民の健康に危険が迫っているとして、地域社会警戒システムが発動される。地域社会に脅威をもたらすような油流出事故が起った場合、該当地域には緊急事態を知らせるサイレンが流され、住民は避難所などへ移動したり、身を守る行動をとることができるようにする。地域社会警戒システムでは、必要に応じ、テレビやラジオを通じて最新の情報を流すことができる。それにもかかわらず、2次封じ込め設備内で起った大規模流出に重大な危険性が生じた場合、周辺住民地区に短期間の対応策が検討される。このようなリスクは問題ではあるが、避けがたいことである。地域社会警戒システムにおいて想定されている軽減策の対応がとられることになる。このようにして発生したハザードを最小にとどめる。

■ 2002年のコーネル氏とベーカー氏や2006年のチャン氏とリン氏などが行った過去の貯蔵タンク事故に関する研究によると、適用基準や規格が厳守されていれば、多くの事故は避けることができるという。

=火災を伴う小規模流出=
■ 火災を伴う小規模流出の発生確率は9×10 /タンク1基・年と推定されている。 この発生確率は、ある石油貯蔵タンク1基について100,000年に9回の火災を伴う小規模流出事故が起こることを意味する。別な言い方をすえば、あるタンクがある年に火災を伴う小規模流出事故を起こす確率はおよそ1/11,000だということである。当タンク計画では、流出の可能性のある石油貯蔵タンクの数は16基であるので、石油ターミナル全体の発生確率は、タンク16基の総和となり、年間約16/11,000(=1/690)となる。当該タンク施設の寿命と比較して690年というのは極めて長いので、このような事故は起こらないといえよう。事故は起こりそうにないが、火災を伴う小規模流出はカリフォルニア州天然資源庁の指導する想定条件として考慮する。

■ 火災を伴う小規模流出は2次封じ込め設備内に限定されるので、流出事故がタンク地区外に拡大したり、ひ弱な野生生物に影響を与えることはない。火災が伴うので、煤や金属分などの微粒子に加えて、ナフタレン、多環式芳香族炭化水素類、二酸化硫黄、二酸化炭素、一酸化炭素、窒素酸化物、揮発性有機化合物などの毒性燃焼生成物が生じ、大気へ放出される。通常の大気条件であれば、火災からの熱い煙はタンク地区から上方および遠方へ流れて分散し、健康に直ちに有害な濃度の高いものが漂うことはない。石油ターミナル内で発災した場所と気象条件によっては、近隣地区において燃焼で放出された健康によくないガスの影響を受けるかもしれない。
 さらに、火災を伴う小規模流出の事故が拡大すれば、危険性が大きくなる。タンク地区の周辺地域では、差し迫った脅威が無くなるまでの間、避難を要するかもしれない。これらの要因を考慮すると、火災を伴う小規模流出事故が起これば、大きなハザードになる可能性がある。このようなハザードは問題ではあるが、避けがたいことである。地域社会警戒システムにおいて想定されている軽減策の対応がとられることになる。このようにして発生したハザードを最小にとどめる。前述のように、過去の貯蔵タンク事故に関する研究によると、適用基準や規格が厳守されていれば、多くの事故は避けることができたという。

=火災を伴う大規模流出=
■ 火災を伴う大規模流出の範囲は、2次封じ込め各エリアまたは全エリアになる。タンク容量の100%以上の能力で設計された2次封じ込め設備内にタンクがあったとしても、最悪の場合、火災を伴う大規模流出が起これば、2次封じ込め設備から油が流出して周辺地域に重大な影響を与える可能性がある。また、燃焼生成物によって、短期間ではあるが、深刻な大気汚染の状態になることがある。火災に伴い、煤や金属分などの微粒子に加えて、ナフタレン、多環式芳香族炭化水素類、二酸化硫黄、二酸化炭素、一酸化炭素、窒素酸化物、揮発性有機化合物などの毒性燃焼生成物が生じ、大気へ放出される。
 大規模流出の火災は数日間ほど燃え続けるかもしれない。通常の大気条件であれば、火災からの熱い煙はタンク地区から上方および遠方へ流れて分散してしまう。一時的に、地表レベルでは、大気が汚染されて健康に悪い状況になったり、場所によっては微粒子が降ってきて物的損害が出たりする。また、火災からの熱放射も大きなハザードとなる。火災を伴う大規模流出事故が起これば、周辺地域には健康、安全、環境について差し迫った脅威が生じて、おそらく避難を要する事態になるだろう。周辺の住宅エリア、近くの野生生物、水資源が影響を受けるだろう。人への危害の恐れや建物などの資産が危険な状況になる可能性がある。地域社会警戒システムにおいて想定されている軽減策の対応がとられることになる。このようにして発生したハザードを最小にとどめる。

■ 操業を始める前に、施設対応計画(Facility Response Plan:FRP)を検討してまとめ、最悪ケースの流出事故への必要な資機材や準備をしておくことになる。この中には、カリフォルニア州の流出油対応機関(Oil Spill Response Organizations:OSRO)との契約やその他の対応に有効な人員資機材の手配に関する内容を含む。

■ 火災を伴う大規模流出の発生確率は6×10 /タンク1基・年と推定されている。 この発生確率は、ある石油貯蔵タンク1基について1,000,000年に6回の火災を伴う大規模流出事故が起こることを意味する。別な言い方をすえば、あるタンクがある年に火災を伴う大規模流出事故を起こす確率は6/1,000,000だということである。当タンク計画では、流出の可能性のある石油貯蔵タンクの数は16基であるので、石油ターミナル全体の発生確率は、タンク16基の総和となり、年間約96/1,000,000(=1/10,400)となる。当該タンク施設の寿命と比較して10,400年というのは極めて長く、このような事故はカリフォルニア州天然資源庁の指導する想定条件とならない。

=タンクの全破壊=
■ 満杯の石油貯蔵タンクが完全に破壊するという事故は稀なことであるが、例えば、火災、爆発、材料損傷、自然災害などの要因によって結果として起こることがある。タンクが全破壊すると、油の津波が生じ、2次封じ込め設備を壊したり、溢流したりして、流出域の環境に重大な影響を及ぼすことがある。タンク全破壊に火災が伴う場合、短期間であるが、燃焼生成物による重大な環境汚染を生じる可能性がある。タンク全破壊に伴う火災は、火災を伴う大規模流出の項で述べたように、数日間ほど燃え続け、大きな影響を及ぼすものとみられる。タンク全破壊事故では、周辺地域の健康、安全、環境に差し迫った脅威が生じるだろう。周辺の住宅エリア、近くの野生生物、水資源は深刻な影響を受けるだろう。住民が危機感をもつような重大な状況になるかもしれない。

■ 操業を始める前に、施設対応計画(Facility Response Plan:FRP)を検討してまとめ、最悪ケースの流出事故への必要な資機材や準備をしておくことになる。この中には、カリフォルニア州の流出油対応機関(Oil Spill Response Organizations:OSRO)との契約やその他の対応に有効な人員資機材の手配に関する内容を含む。

■ タンクの全破壊事故の発生確率は低いと考えられるが、火災を伴う大規模流出と同程度の発生確率とみられる。発生確率は極めて小さく、このような事故はカリフォルニア州天然資源庁の指導する想定条件とならない。

< タンク計画のハザードのまとめ >
■ これまで述べてきたタンク流出事故の影響に関するまとめを表2に示す。
表2 タンク流出事故の発生確率と影響
補 足
■ 「ピッツバーグ」(Pittsburg)は、米国カリフォルニア州のサンフランシスコの東に位置するコントラコスタ郡にあり、人口約66,000人の市である。

■ 「ウェスト・パック・エナージー社」(WesPac Energy LLC)は、1998年に設立され、石油・天然ガスの物流を担うエネルギー会社である。カリフォルニア州アーバインを本拠地に、北米で石油・ガスの物流施設を所有し、操業している。

所 感
■ 欧米におけるハザード評価の具体例がどのようなものか理解できる。情報公開という観点からこのようなハザード評価を行い、情報の共有化を図ろうとしているとみられる。
 設備的には最新の規格・基準に準拠して建設し、事故の起こらない施設を作る。これだけではハザードは無いが、施設に石油を入れることによってハザードが生まれる。このため、事故は起こりうるという考え方から、事故の規模を分類し、事故の影響を最小限にとどめる対応策を検討していくことは合理的な考え方だと思う。
 
■ 特に興味深いのは、過去の事例から事故の発生確率(発生頻度)を明確にし、タンク計画について評価していることである。日本では、石油ターミナルの計画書にこのような内容が書かれることはないだろう。規制基準に準拠していれば、事故は起こらないという安全神話のもとに、事故発生のことについて言及を避けたがる。日本では「事故の絶滅」という表現が一般的に使われるが、欧米では「事故の最小化」という。工業社会で活動をしている限り、事故はゼロになりえない。「ハザード評価」の概念をもとに、日本でも事故について正面から向き合い、 「事故の最小化」という表現に慣れる時期にあると感じた。

注記1:ハザード評価については、当ブログの「大型石油タンクのハザード評価の方法」を参照。
注記2:事故発生確率の別なデータとしては、当ブログの「貯蔵タンクにおける事故の発生頻度」を参照。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Ci.pittsburg.ca.us, 2013 WesPac Recirculated DEIR Chapters [PDFs], 「Recirculated Draft Environmental Impact Report -WesPac Pittsburg Energy Infrastructure Project 」,  10.0 HAZARDS AND HAZARDOUS MATERIALS,  July, 2013


後 記: ハザード評価のうち貯蔵タンクの部分だけですが、いろいろ参考になる面白い内容です。石油ターミナル計画の「環境影響報告書」は24章に分けられ、全文で942頁の大作です。ハザードの第10章は全75頁です。今は計画に際して、こんなにたくさんの文章をまとめる必要があるんですね。
 一方、計画を進めるための資料ですので、ハザード評価の評価そのものに限界があるのも見えてきます。例えば、発生確率1/1,000,000の数値を合理的に読めば起こりえないということです。確かに合理的に見れば予見性は出ないでしょう。しかし、宝くじと同じで、個人的に見ると到底当たらないだろうということですが、マクロに見れば誰かが当たっているのです。 “事実は小説より奇なり”というように、2005年の英国バンスフィールド火災や2009年プエルトリコ火災など壊滅的な事故が現実には起こっています。それでも世の中は、石油タンクのハザードを認識してつきあっていくことになると思います。救われるのは、報告書に記載されているように大火災であっても“数日間”の辛抱(避難など)で済むということで、この点が元の場所や環境に戻れない(正確には10万年で戻れる?)原子力発電所の事故と決定的に違うところでしょう。

2016年1月15日金曜日

リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災

 今回は、2016年1月4日、北アフリカのリビアのエスサイダーとラスラーヌーフにあるナショナル・オイル・コーポレーションの2つの石油施設基地で、イスラミック・ステート(IS)による襲撃があり、石油タンクが火災となる事故を紹介します。
(写真はDailymail.co.ukから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、 “オイル・クレセント”と呼ばれるリビアの北海岸のエスサイダー(エスシデル:Es Sider)とラスラーヌーフ(ラスラヌフ:Ras Lanuf)にある国営石油公社のナショナル・オイル・コーポレーション(National Oil Corp.:NOC)の2つの石油施設基地である。各施設には原油貯蔵用の石油タンクがあり、貯蔵能力1基当たり40万~46万バレル(63,000~73,000KL)のタンクが10基以上ある。

■ エスサイダーとラスラーヌーフは、首都トリポリ(Tripoli)の東640kmにあり、リビア最大の石油港であるが、2014年12月以降、港の機能は停止している。しかし、両石油施設基地の石油タンクにはまだ大量の原油が貯蔵されている。両石油施設基地はシルテ(スルト:Sirte)とベンガジ(バンガージー:Benghazi)東部との間にあり、シルテはイスラム教スンニ派過激組織であるイスラミック・ステート(IS)の制圧下にある。

■ 両方の石油施設基地とも港から陸側へ約7~8km入ったところにある。エスサイダーとラスラーヌーフの石油施設基地間の距離は約20kmである。
リビアの北海岸のエスサイダーとラスラーヌーフ付近 (矢印部が石油施設)
(写真はグーグルマップから引用)
事故前のエスサイダー石油施設(左)とラスラーヌーフ石油施設(右)
(写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
(写真はIritimes.comから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)の武装勢力は1月4日(月)、エスサイダーとラスラーヌーフの石油施設基地を襲撃した。ラスラーヌーフでは、1月4日(月)に戦闘によって生じた火災を消そうと近づいたときに、別な石油タンクから火災が起った。

■ エスサイダーでは、1月4日(月)にイスラミック・ステート(IS)による車両の自爆テロがあり、警備を担当していた石油施設警備隊(PFG)が応戦した。襲撃2日目の1月5日(火)、集中砲火があり、ロケット砲の被弾によってタンク火災が起きた。その後、3基の石油タンクへ延焼して計4基が火災になった。

■ 両石油施設とも、消防隊がタンク火災を制圧しようと消火活動を試みている。

■ 最初の攻撃で石油施設警備隊(PFG)の隊員2名が死亡し、16人名負傷したという。その後、7日(木)時点では、隊員11名が死亡、40名が負傷したと伝えられている。石油施設警備隊は、リビアのトブルク政権の空爆支援を受けて、石油施設の守備を続けている。

■ 1月7日(木)の状況としては、ラスラーヌーフで起った2基のタンク火災は消防隊が消火し、燃えているタンクはなくなった。一方、エスサイダーで起きた5基のタンク火災は依然として燃えている。

< 事故の原因 >
■ ロケット砲などによる攻撃でタンク火災を起こした。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。

■ 石油タンクへの攻撃の背景: イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクで行った石油産業への攻撃戦略を再現しようとしているとみられる。イスラミック・ステート(IS)の前身であるイラクのイスラミック・ステート(Islamic State of Iraq)は、イラク西部地方において油田やパイプラインの操業を妨害したり、攻撃を行った。これらの施設が損害を被ると、防護するだけのリスクを掛ける価値が低下し、施設を手放すことになり、イラクのイスラミック・ステート(IS)が施設を支配下に入れていった。 
                エスサイダー石油施設の火災状況  (写真はDailymail.co.ukから引用)
          エスサイダー石油施設の火災と消火活動の状況 写真はDailymail.co.ukから引用)
         エスサイダー石油施設の火災と消火活動の状況 (写真はDailymail.co.ukから引用)
            エスサイダー石油施設の火災と戦う消防士  (写真はDailymail.co.ukから引用)
        エスサイダー石油施設の火災と出動した消防車  (写真はDailymail.co.ukから引用)
< 対 応 >
■ 1月6日(水)、ナショナル・オイル・コーポレーション(NOC)は、石油輸出港エスサイダーにある石油施設基地がイスラミック・ステート(IS)に襲撃され、タンクが火災となり、火災を鎮めることができないとして支援を要請した。
 約1年半前の2014年7月、首都トリポリでリビア国内の派閥間による内戦中に石油タンクが火災になったとき、ナショナル・オイル・コーポレーション(NOC) は国際的な支援を要請し、最終的に火災を消すことができた。しかし、今回、リビアの石油産業は、イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団による容赦ない攻撃に直面している。

■ 石油施設警備隊(PFG)は、イスラミック・ステート(IS)との応戦により隊員11名が死亡、40名が負傷したが、一方、イスラミック・ステート(IS)の戦闘員30名を倒し、2台の戦車などを捕捉したという。1月7日(木)時点、戦闘が続いている。

■ 1月7日(木)の時点では、ラスラーヌーフで起った2基のタンク火災は消防隊が消火し、燃えているタンクはなくなった。一方、エスサイダーで起きた5基のタンク火災は依然として燃えている。

■ 1月8日(金)、NASAはタンク火災の衛星写真を公開した。1月4日~6日のリビアにおける戦闘の後に、シルテとベンガジ間の海岸に近い石油生産・貯蔵施設で複数の火災が観測され、複数の石油タンクや施設から出る煙の流れが地中海沿岸に黒煙の暗い影を落としている。さらに、欧州宇宙機関の観測衛星センチネル-2による1月5日撮影の鮮明な火災画像を公開している。 
石油施設火災に伴う黒煙の流れを示すNASAの衛星写真17日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
石油施設の火災状況を示す観測衛星センチネル-2の衛星写真15日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクの拠点から移動してリビアへ進出している。イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団は、シルテを制圧下に入れ、アジュダービーヤー(Ajdabiya)への侵攻を進めている。また、トリポリの西にあるサブラタ(Sabratah)にも集結しているという。サブラタには、イタリアの石油・ガス企業のエニ社(Eni SpA)が所有する西リビア石油・天然ガスターミナルがある。
                   リビアの北部付近  (写真はグーグルマップから引用)

補 足 
■  「リビア」は、地中海に面する北アフリカに位置し、人口約640万人の共和制国家である。海を隔てて旧宗主国のイタリアが存在する。原油はリビアの主要な天然資源であり、埋蔵量はアフリカ最大の480億バレルと推定されている。
 2011年、カダフィ打倒を旗印にしたリビア国民評議会とカダフィ政権側の間でリビア内戦が勃発した。10月にカダフィがシルテで射殺され、42年間続いたカダフィ政権は崩壊するに至った。しかし、カダフィ政権崩壊後も内政は混乱し、特に内戦によってリビアの原油生産量は2011年当時の160万バレル/日の1/4~1/3に低下しているという。
                      リビアと周辺国  (写真はグーグルマップから引用)   
■ 「ナショナル・オイル・コーポレーション」(National Oil Corp.:NOC)は1970年に設立されたリビアの国営石油会社で、石油・天然ガスの掘削・生産のほか、製油所・石油化学工場を有する。通常、各石油施設基地はナショナル・オイル・コーポレーション系列の会社で操業しており、例えば、エスサイダー石油施設はワハ・オイル社(Waha Oil Co.)であったが、今回の情報では明らかでない。

■ エスサイダー石油施設は原油の輸出基地であり、グーグルマップによれば、この施設には、直径約80m×4基、直径約60m×15基、合計19基の浮き屋根式タンクが設置されている。従って、推定100,000KL級×4基、50,000KL級×15基の貯蔵タンクで合計115万KL級の貯蔵能力を有しているとみられる。(今回の情報では、1基当たり63,000~73,000KLという)
 基地内の石油タンクのうち、1基は崩壊しており、このほかに3基は側板に変形がみられる。これは2014年12月にあった内戦による原油貯蔵タンク火災の被災跡だと思われる。従って、今回の5基を合わせれば、19基のうち9基以上が使用不可能になったものとみられる。
 
■ ラスラーヌーフ石油施設も原油の輸出基地であり、グーグルマップによれば、この施設には、直径約80m×13基の浮き屋根式タンクが設置されている。従って、推定100,000KL級×13基で合計130万KL級の貯蔵能力を有しているとみられる。ただし、1基はタンク屋根がなく、改造中と思われる。 

所 感
■ リビアでは、2014年に内戦によるタンク火災が2件起こっている。
  両方とも、発災写真を含めて事故の状況を伝える情報は多かった。しかし、今回は情報源が極めて限定され、石油施設警備隊から出されるものがほとんどで、タンク火災の状況についてははっきりしない。これまでのような内戦でなく、イスラミック・ステート(IS)が関わってくると、情報の入手が難しくなることを感じる。原因の項で記載したように、タンク砲撃の背景は原油資源の奪取にあると思われ、タンク事故のレベルを越えている。

■ 砲撃によるタンク火災は、リムシール火災や全面火災など通常の分類にはない火災状況だと思われる。砲弾によってタンク側板が開口して、そこから油が噴き出し、堤内火災を伴う状況になる。たとえ、固定式の泡消火設備が設置されていても、ほとんど役に立たないと思われる。消防隊が現場で消火活動を行う必要があるが、特に今回のように容赦ない砲火の中で消火活動を行うことは無理である。
 発災状況の写真が報じられるようになり、その中に消防隊による消火活動を示す写真があるので、施設地区は石油施設警備隊の制圧下にあるとみられる。しかし、消火活動について積極的戦略は難しく、防御的戦略または不介入戦略で燃え尽きるのを待つしかないと思われる。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Reuters.com, More Guards Killed in Islamic State Attacks on Libya’s Oil Ports,  January 5,  2016
      ・News.yahoo.com, Libya Oil Storage Tanks Set on Fire during IS Assault,  January 6,  2016
      ・WSJ.com, Libya Appeals for Help to Extinguish Burning Oil Tanks after IS Attacks,  January 6,  2016
      ・VOAnews.com, Five Oil Tanks on fire at Libyan Ports after Clashes,  January 6,  2016
      ・Aljazeera.com, Fires Sparked by ISIL Attacks Spread at Libya Oil Ports,  January 6,  2016
      ・Reuters.com, Two Fires Extinguished at Libyan Oil Terminals, Five Still Burning,  January 7,  2016
      ・BBC.com, Libya Oil Storage Tanks Ablaze after Assault by IS,  January 7,  2016
      ・PressTV.ir, Libya Oil Storage Tanks on Fire after Daesh Attacks,  January 7,  2016
      ・Earthobservatory.NASA.gov, Oil Tanks Fires in Libya: Image of the Day,  January 7,  2016
      ・SankeiBiz.jp, IS、リビア石油タンク襲撃 国営公社が支援要請,  January 8,  2016
      ・WSJ.com, Fires at Libyan Oil Terminals Extinguished, January 9,  2016
      ・Dailymail.co.uk, ISIS Militants Attack Major Oil Terminal in Libya Causing Massive Explosions and Fires…,  January 9,  2016 



後 記: 今回のタンク火災の情報を知ったのは、リビアの警察訓練施設にイスラミック・ステート(IS)がトラックで自爆テロを起こし、55人が亡くなったというNHKのニュースの中で、「石油貯蔵施設が攻撃を受けたばかり」と報じられたことからです。日本国内ではあまり報じられませんでしたし、通常のタンク火災事故というキーワードでは掴みづらい情報でした。
 海外報道の記事では、リビアにおけるイスラミック・ステート(IS)の支配地域の話を抜きにできず、地名と地図を見比べて調べました。しかし、なじみがなく、読み方に違いもあり、わかりずらかったので、当ブログでは日本語読みを併記しました。また、「イスラム国」は海外報道で一般的に使用されている「Islamic State」、すなわち「イスラミック・ステート(IS)」にしました。今回は、タンク事故情報というより、リビア情勢を知る事故(事件)でした。
 推測の余談ですが、イスラミック・ステート(IS)の攻撃戦術はエスサイダー石油施設を集中砲撃して大きな損害を与え、ラスラーヌーフ石油施設は最小の損害にとどめるというものだったのではないでしょうか。衛星写真による被災状況からみると、明らかに違いがあります。石油資源の奪取という目的があるようですので、必ずしもすべての石油施設を壊滅的に破壊するのではないように思いました。