結氷したイエローストーン川に流出した油のクリーンアップ作業
(写真はEPA.govから引用)
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<事故の初期情報>
■ 2015年1月17日(土)午前10時過ぎ、米国モンタナ州でパイプラインからの油漏洩があり、公共河川に流出する事故があった。事故があったのは、モンタナ州ドーソン郡グレンダイブ近くで、ブリッジャー・パイプライン社(Bridger
Pipeline Co.)の所有するポプラー・パイプラインから原油が漏洩し、イエローストーン川に流出したものである。
■ 当局が18日日曜に語ったところによると、パイプラインからの漏洩によってモンタナ州グレンダイブ近くのイエローストーン川へ50,000ガロン(190KL)の油が流出したという。しかし、当局は公共安全や健康への問題は懸念していないと語った。
モンタナ州グレンダイブ付近の結氷したイエローストーン川
(写真はBillingsGazette.comから引用)
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■ ブリッジャー・パイプライン社が18日日曜に行なった声明によると、漏洩は17日土曜午前10時頃に発生したという。同社の推算では、漏洩量は300~1,200バレル(47~190KL)だと語った。
■ モンタナ州スティーブ・バロック知事の広報担当であるデーブ・パーカー氏は、漏洩した油の一部が水系へ流れたが、現在、この地区は結氷しており、影響の程度が軽減されたといい、「漏洩は割合早く分かり、パイプラインは停止されました。州として川のクリーンアップは確実に行うよう約束します」と語った。ブリッジャー・パイプライン社の声明によると、呼び径12インチのパイプラインは17日土曜の午前11時前に停止したといい、ブリッジャー社タッド・トゥルー副社長は、「私どもの最大の関心事は、流出油による環境への影響を最小にすることと、遺憾ながら起こってしまった事故の対応として行うべきクリーンアップ作業を安全に遂行することです」と語った。
■ モンタナ州知事の広報担当パーカー氏は、米国環境保護庁とモンタナ州環境品質局がグレンダイブから約6マイル(10km)上流の地域で対応していると語った。
■ 18日日曜に、グレンダイブの住民から飲料水に油の臭いや味がするというクレームがつぎつぎと寄せられた。市の担当者は、水面から14フィート(4.2m)下から取水しているので、この報告に驚いた。
<パイプラインの状況>
■ モンタナ州環境品質局はパイプライン漏洩事故について情報を公表しており、事故時の状況に関してつぎのように発表している。
● 1月17日(土)午前10時30分頃、ブリッジャー・パイプライン社のワイオミング州キャスパーの計器室にあるポプラー・パイプライン監視装置がモンタナ州グレンダイブ地点で異常な圧力値を示した。システムの警報が鳴り、パイプラインが停止された。
● ポプラー・パイプラインは呼び径12インチ×肉厚1/2インチ(12mm)で、グレンダイブの少し上流側付近でイエローストーン川の川床の下を通っており、この部分のパイプの肉厚は1-1/2インチ(38mm)である。
● 漏洩は、川を横断しているパイプライン部分で起こっており、この部分は約6,800フィート(2,070m)で、2個の孤立用バルブで仕切られている。漏洩の位置は川床の下と判断された。油はイエローストーン川へ漏れ出ている。
● 事故当時、パイプラインはバッケン原油主体の油を移送していた。ブリッジャー・パイプライン社によれば、漏洩量は300~1,200バレル(47~190KL)としていたが、その後の推算では40,000ガロン(150KL)としている。
■ ポプラー・パイプラインは、カナダからモンタナ州ベーカーまで走っており、バッケン油田の原油を42,000バレル/日(6,600KL/日)で移送している。パイプラインは敷設されてから55年を経過している。最近の検査は2012年に実施されている。この検査では、パイプラインがイエローストーン川の川床から8フィート(2.4m)の深さに埋設されていることが確認されている。
2011年に出された政府のレポートによると、このパイプラインの損傷リスクは中程度であった。2012年に作成されたイエローストーン・パイプライン・リスク評価書によれば、川を横断しているパイプラインの南側の河岸浸食が激しく、弱点になる可能性があるとしていた。
■ 19日月曜、パイプラインの現場では、パイプラインが川を横断している両岸箇所において掘り起こし作業が行われた。ブリッジャー・パイプライン社は、損傷したパイプライン内に残っているとみている油を回収しようとしていた。実際、パイプラインの正確な漏洩位置はまだ分かっていない。パイプラインの川横断部の長さは1マイル(1,600m)ほどあり、川岸近くにある2個の孤立用バルブではさみ込まれた形になっている。パイプライン監視データでは、孤立用バルブで流れを止めるまでに破損部から少なくとも300バレル(47KL)漏れ出たことを示している。一方、孤立したパイプライン部には、まだ900バレル(143KL)ほど残っている勘定になる。しかし、パイプライン停止後、川へどのくらい流出したのかははっきりしない。当局は漏洩量を1,000バレル(159KL)と推定している。
ブリッジャー・パイプライン社ポプラー・パイプラインの掘削部
(写真はEPA.govから引用)
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<上水道汚染>
■ 州政府とモンタナ州の環境保全当局によると、19日月曜、予備的な試験によってグレンダイブ市の上水道に微量の油分を示すことが分かったという。米国環境保護庁は、上水道の汚染が健康に問題があるかどうかの判断が出るまで、予防的措置として町の6,000人の住民に対して水を供給するようにした。試験結果は20日火曜に出るという。
■ モンタナ州環境品質局は、上水道の水質汚染についてつぎのように発表した。
● グレンダイブ市の上水道は、漏洩のあった場所から約7マイル(11km)下流のイエローストーン川から取水している。取水口は水面から約14フィート(4.2m)下にある。
● 20日火曜、グレンダイブ市が行なった水質試験の結果、揮発性有機化合物(VOC)、特にベンゼンが含まれていることがわかった。住民にはこの水を料理用に使わないよう警告が出されている。水系の監視は継続して行われている。
● 水処理プラントは除染され、上水道のフラッシングは市の消火栓を通じて行われた。家庭や事務所などのフラッシングは、要領書が住民に配られ、実施されることになっている。22日木曜には、市の高等学校でパブリック・ミーティングが開催され、フラッシングに関する説明が行われた。
● 油膜はリッチランド郡のシドニーでも確認された。ただし、イエローストーン川の油漏洩場所から下流では、上水道として取水しているところはない。
消火栓を使用しての上水道フラッシング
(写真はpoplarresponse.comから引用)
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<クリーンアップ作業>
■ イエローストーン川は、この時期、結氷し、厚いところでは氷層が2フィート(60cm)になるところがある。川の結氷はクリーンアップ作業を煩雑にした。グレンダイクから6マイル(10km)上流のパイプラインの破損箇所から漏れた油の大半は、氷層の下に閉じ込められており、上から見ることができない。
結氷している川で油を捕捉することは極めて難しい。海や川への油流出で通常使用されるオイルフェンスのような囲い込み装置は氷の上では使いものにならない。一方、結氷した川では、油の流れは遅くなる。凍結した氷の層の裏側は粗く、油の移動速度を減じることになる。場合によっては、通常の川における速度の1/5~1/3になるかもしれない。
■ 油流出対応のコンサルティング会社であるダウカー・エンビロンメンタル・マネジメント社(DOWCAR
Environmental Management Inc.)のディー・ブラッドリー副社長は、「今回のような流出事故は極めて稀な事例です。油流出対応の最終ゴールはすべてをクリーンにすることです。この点、氷が関係していると、クリーンアップ作業は進まず、そして多くの困難が伴います」と指摘し、流出対応に23年の経験をもっているブラッドリー副社長はつぎのような話をしている。
氷のある条件では、作業員に危険性がつきまとう。油回収作業にはいる前に、氷の強度を判断する必要がある。氷が強度を持っているかの見分け方は、まず氷がきれいで、白いことである。厚さを計り、人が歩行でき、作業できることを確認して初めて安全だといえる。薄くて汚い氷は割れやすい。
氷の上で作業することが安全だと確認されれば、「アイス・スロッティング」(Ice
Slotting)と呼ばれる氷の溝作りの作業工程にはいる。これは、氷上に狭い幅の溝(水路)を作り、水面に浮いてきた油をすくったり、吸い取ったりして回収する。
アイス・スロッティング
(写真はEPA.govから引用)
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■ ブリッジャー・パイプライン社は、クリーンアップ作業のため、SWATコンサルティング社(SWAT
Consulting Inc.)と契約を結んだ。作業隊はクリーンアップのための資機材を川に搬入する必要があるが、多くのエリアでは氷が薄すぎて作業にならない。漏洩箇所から30マイル(48km)下流のクレーン付近では、氷がかなり厚いとみられた。そこで、作業隊は氷を溝状に切断し、ここから合板(ベニヤ板)を挿入して油を吸い取るようにした。クレーン地区で油を捕捉して下流に行かないようにする計画だった。
氷上でのクリーンアップ作業 (写真はEPA.govから引用)
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エアボートでのクリーンアップ作業 (写真はEPA.govから引用)
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■ クリーンアップ作業がどのくらい掛かりそうだということについて、州や地方の当局者は何も答えない。グレンダイブのジェリー・ジミソン市長は、しばらく掛かるだろうと予測している。川の氷は3月中旬まで残るだろうとジミソン市長はいい、「川に氷が無くならなければ、クリーンアップの成果に大きな期待はもてないだろう」と語った。米国環境保護庁広報担当のリチャード・マイロッド氏は、川が結氷しているなかで、油の集積と回収を行なうことは非常に難しいと述べている。
■ 1月22日(木)以降、米国環境保護庁、モンタナ州、ブリッジャー・パイプライン社は共同で「ポプラー・パイプライン対応」の状況をインターネットで情報公開している。
流出油の状況を示す公表写真(1月23日)
(写真はpoplarresponse.comから引用)
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パイプライン川横断部における氷上および試験穴の流出油の状況(1月23日)
(写真はpoplarresponse.comから引用)
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■ 2011年7月、エクソン・モービル社(Exxon
Mobil Corp.)のパイプラインからイエロストーン川に油流出する事故があった。この事故では、63,000ガロン(238KL)の原油が漏洩し、下流の川岸85マイル136km)がクリーンアップされた。同社がクリーンアップ作業などに費やした金額は135百万ドル(135億円)に上った。
補 足
■ 「モンタナ州」は米国西北部にあり、カナダと国境を接している州で、人口は約99万人である。陸地面積では全米第4位であるが、人口では少ない方から第7位、人口密度では小さい方から第3位である。東部では牧畜業、小麦農業、石油と石炭の採掘、西部では林業、観光業および岩石採掘業が盛んな州である。
「ドーソン郡」は、モンタナ州東部に位置し、人口約9,000人である。
「グレンダイブ」は、ドーソン郡の郡庁所在地で、人口約6,000人の市である。グレンダイブはステップ気候帯に属し、冬は長くて寒く、夏は暑くて湿度が高い。1月は日平均気温-9.7℃、最低平均温度-15.8℃、過去の最低気温は-44℃を記録している。
モンタナ州グレンダイブ付近の夏季のイエローストーン川
(写真はグーグルマップから引用)
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■ 「結氷」(けっぴょう)とは、湖や河川などの水面や流水が凍結することである。結氷の条件としては、流れのない湖などでは、水面の温度が0℃以下になることが必須条件で、-10℃前後になれば例外なく凍結する。滝の結氷の場合、-10℃~-30℃くらいである。河川の場合、水量が少なく水深が浅いほど、流速が遅いほど高い温度で凍結する。
■ 「ブリッジャー・パイプライン社」(Bridger
Pipeline Co.)は、1948年に設立された石油企業のトゥルー・カンパニー(True
Companies)系列に属し、石油輸送を行なう物流会社である。モンタナ州のポプラー・パイプライン、ノースダコタ州のフォー・ベアーズ・パイプラインなどを保有している。
「ポプラー・パイプライン」(Poplar
Pipeline)は呼び径12インチで、カナダからモンタナ州ベーカーまで走っており、バッケン油田の原油を6,600KL/日で移送している。パイプラインには、ルーズベルト郡のポーラー、リッチランド郡のフィッシャとリッチー、ドーソン郡のグレンダイブにステーションがある。
ポプラー・パイプライン (図はEPA.govら引用)
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■ 「SWATコンサルティング社」(SWAT
Consulting Inc.)は、2002年に設立された水質・土壌汚染の対応を専門に行なう環境保全会社で、主に油田開発の盛んなカナダ西部、米国北部で活動している。
■ 2011年7月のエクソン・モービル社パイプライン漏洩事故は、当ブログの「エクソンモービル、イエローストーン川へ油流出」(2011年7月31日投稿)を参照。この油流出事故は、対応に問題があったとして米国では大きな社会(政治)問題になった。このほか、最近に起ったつぎのような油流出事故でも、対応に課題のあった事例となっている。
● 2012年8月17日、「カリブ海キュラソー島で油流出して環境汚染」
● 2013年9月18日、「米国コロラド州で洪水によって被災したタンクから油流出」
● 2014年4月3日、「米国ケンタッキー州で地滑りによりタンクから油流出」
● 2014年7月22日、「メキシコで原油パイプラインからの油窃盗失敗で流出事故」
所 感
■ 結氷した川への油流出という極めて稀な事例であり、その情報は興味深いものであった。流出油の動きは2つに分かれるものと思われる。ひとつは、凍結した氷裏面にへばりつくように留まる油があること。もうひとつは、10km先の水深4.2mの位置にある取水口に入るような乱れた流れに乗る油があることである。結氷していないオープンな川で、大半が水面上を流れていく油とは随分様相が違う。
しかし、米国北部およびカナダの油流出対応を行なう環境保全分野では、このことを認識しており、難しいながらも「アイス・スロッティング」などのクリーンアップ方法を考案してきていると思われる。
■ 一般に油流出事故が発生した時、適切な対応のとられないことが多い。過去の事例をみると、つぎような要因がある。
● 漏洩量の推測が甘いこと: 当事者は失敗をできるだけ小さくみせようという意識がある。しかし、
漏洩量はクリーンアップ作業に必要な人員・資機材の規模を計画するためのベースデータであり、
漏れた量を過小評価すると、対応が後手にまわる。
● 主導する組織が明確でないこと: 発災事業所から構外(公共地域)に出た油流出事故は、住民の
安全と健康を守る立場から地方自治体の環境保全部署が主導すべきである。しかし、地方自治体は
縦割り組織であり、日頃から各組織の役割を明確にしていないと、対応が後手にまわる。
● クリーンアップ作業チームの結成の遅れ: 油流出のクリーンアップの優劣は、人の動員と有効な
資機材の調達にかかる。時間が遅れれば、遅れるほど、漏洩が広がり、後手にまわる。油流出対応
専門会社の機動力を早く活かすことである。
■ 今回の事例でも、本来主導すべき組織である地方自治体の州や市が、当初、甘い見通しだった。飲料水の異常クレームによって初めて当事者意識になっている。2014年7月「メキシコで原油パイプラインからの油窃盗失敗で流出事故」は、窃盗という事件が背景にあり、発災事業所と地方自治体が責任を持って対応する意識が弱く、最悪の対応事例であった。
備 考
本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・ABCNews.com, Pipeline Breach Spills Oil into
Yellowstone River, January 18, 2015
・HuffingtonPost.com,
Pipeline Breach Spills Oil into Yellowstone River, January 18,
2015
・BillingGazette.com, Crews
to Clean up Oil Spilled into Yellowstone River,
January 19, 2015
・Reuters.com, Oil Spills in Montana’s Yellowstone
River after Pipeline Leak, January
19, 2015
・EditionCNN.com, After
Oil Spilled in Yellowstone River, Residents Told Not to Drink Water, January 21,
2015
・InsideClimateNews.org, Ice
Hinders Cleanup of Yellowstone Oil Pipeline Spill, January 21,
2015
・Deq.mt.gov, Bridger
Pipeline’s Oil Spill on the Yellowstone River near Glendive, January 22,
2015
・EPA.gov , Bridger
Pipeline Release, January 23, 2015
後 記: 結氷した川において、川床を横断しているパイプラインから油が漏洩するという事例は初めて知りました。2011年のエクソン・モービル社パイプラインのイエローストーン川への原油流出事故を知っていたので、またイエローストーン川で油流出事故が起ったのかと思いました。初期情報で州や市が意外に甘い見通しをしているのに驚きました。「悲観的に準備し、楽観的に対処せよ」といいますが、状況がわからずに楽観的にとらえるのは疑問ですね。
しかし、その後は米国環境保護庁とモンタナ州(環境品質局)がよく動いていると感じました。両機関とも情報をインターネットのウェブサイトに掲載しています。さらに米国らしいと感じるのは、両機関と発災事業所が共同で事故対応の状況を特別に開設したウェブサイトに掲載していることです。このようなことは日本ではありえないですね。(断定してはいけないかな) 昨日(27日)も情報が発信されています。