今回は、2021年11月13日(土)、インドネシア中部ジャワ州にあるインドネシア国営石油会社プルタミナ社のチラチャップ製油所でアルミニウム製ドーム型浮き屋根式のガソリン・タンクが火災になり、大容量泡放射砲が出動して消火活動を行った事故を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、インドネシア(Indonesia)中部ジャワ州(Central Java)にあるインドネシア国営石油会社;プルタミナ社(Pertamina)のチラチャップ製油所(Cilacap Refinery)である。チラチャップ製油所の精製能力は348,000バレル/日で、貯蔵タンクは約200基ある。
■ 事故があったのは、製油所の貯蔵地区にあるガソリン・タンクNo.36T-102である。タンクの油量は31,000KLで、オクタン価90のペルタライト・ガソリン入っていた。
<事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2021年11月13日(土)午後7時20分頃、ガソリン・タンクで火災が発生した。空にオレンジ色の大きな炎が舞い上がった。
■ 発災に伴い、消防隊が出動した。消防隊は消防車による泡消火活動を行うとともに、周辺のタンクを冷却した。その後、放射能力9,000ガロン/分(34,000L/min)の大容量の泡モニターを使用して消火活動が行われた。
■ 警察は、事故の対応で支援を申し入れているが、製油所は最高のセキュリティ・エリアであるため、プルタミナ社と調整しているという。
■ プルタミナ社は、周辺地区の大気汚染の状況を監視した。また、予防措置としてバキューム車を待機させ、トレンチに吸収剤を配備した。
■ 近くのロマニス村(Lomanis Village)の地元住民約80人が予防措置として避難した。
■ 火災は貯蔵タンクに限定されており、製油所の操業は継続している。
■ プルタミナ社は火災の原因は分からないと言っている。目撃者によると、発災時は嵐の最中で、落雷があった後、炎が上がったという。
■ プルタミナ社は徹底した事故原因の調査を行うと語った。
■ プルタミナ社は、ガソリンやディーゼル燃料の在庫は消費をカバーするのに十分あり、パニックになって買い占めをしないようと発表している。この背景には、事故がインドネシアの国内需要の回復に対応するため発電用の高硫黄軽油と超低硫黄ディーゼル燃料を購入しようとしていたときに発生したことがある。
■ 事故に伴う死傷者は報告されていない。
被 害
■ ガソリン・タンク1基が火災で損傷し、内部のガソリンが焼失した。
■ 人的被害は無かった。
■ 近郊の村民約80人が避難した。
< 事故の原因 >
■ 事故原因は調査中で、プルタミナは事故原因の追及するため、内部調査を開始した。
■ 事故当時、落雷を伴う大雨が現場を襲ったが、落雷が原因であることは確認されていない。
< 対 応 >
■ プルタミナ社によると、11月13日(土)午後11時頃、火災は制御下に入ったという。このとき、火災は消え、85分間消火が保持できていた。しかし、泡の覆いが切れ、再び消火活動が続けられた。
■ 火災は2021年11月14日(日)午前7時45分に消え、90分後の午前9時15分に最終的な鎮火の確認が行われた。
■ ロマニス村の地元住民が避難していたが、 11月14日(日)に全員帰宅した。
■ 今年、チラチャプ複合施設で発生したこのような事件は2回目であり、 6月11日に「インドネシア中部ジャワ州で製油所のベンゼン・タンクが火災」の事故が発生している。チラチャプ製油所は、プルタミナ社が操業する6つの製油所の1つであり、国内需要の約34%を供給している。
補 足
■「インドネシア」(Indonesia)は、正式にはインドネシア共和国といい、インド洋と太平洋の間にある東南アジアとオセアニアに属し、スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島(カリマンタン)など17,000以上の島々で構成される人口約2億7,000万人の国である。
「中部ジャワ州」(Central Java) は、ジャワ島の中央にあり、人口約3,650万人の州である。
「チラチャップ」(Cilacap)は、中部ジャワ州の西に位置し、人口約194万人である。
■ 「プルタミナ社」(Pertamina)は、1957年に設立され、インドネシア政府が株式を所有する国有の石油・天然ガス会社である。国内に6箇所の製油所を持ち、5,000箇所以上のガソリンスタンドを有している。
「チラチャップ製油所」(Cilacap refinery)は、プルタミナ社の保有する6つの製油所のひとつで、1974年に建設を開始し、1976年から操業を開始した。製油所内には、約200基のタンクがある。
プルタミナ社の事故例は、つぎのとおりである。
● 2016年10月、「インドネシアの製油所でアスファルト・タンクが爆発・火災」
● 2021年3月、「インドネシア西ジャワ州で製油所の大型ガソリン・タンクが複数火災」
● 2021年6月、
「インドネシア中部ジャワ州で製油所のベンゼン・タンクが火災」
■ プルタミナ社では、5種類のガソリンを製造している。名称とオクタン価(カッコ内の値)はプレミアム(88)、ペルタライト(90)、ペルタマックス(92)、ペルタマックス・ターボ(98)、ペルタマックス・レーシング(100)である。発災のあったタンクはペルタライト・ガソリンだった。
■「発災タンク」はガソリン用で、油量が31,000KLということは報じられている。油量がタンク容量を指すのかは曖昧である。発災写真とグーグルマップから貯蔵タンク地区の北東側のあるアルミニウム製ドーム型(浮き屋根式)タンクであることが分かった。このタンクの直径は約54mであり、油量31,000KLから推定すれば、高さは約13.5mとなる。両隣のタンクも浮き屋根式タンクであるが、なぜ発災タンクだけがアルミニウム製ドーム型に改造したかは分からない。なお、被災写真によると、タンクには固定泡消火設備と散水配管が設置されているとみられる。
■ 発災時間は11月13日(土)の午後7時20分で、午後11時頃、一旦火が消えている。この火災時間は3時間40分である。その後85分消火が保持されたが、泡の覆いが切れ、再び火災になっている。従って11月14日(日)午前0時25分に再着火し、その後、 14日(日)午前7時45分に消えているので、この火災時間は7時間20分である。全火災時間は11時間となる。
最初の3時間40分の火災時間において、初期はタンク屋根上の火災と推定される。アルミニウム製ドームは火災に弱いので、比較的早く損壊してしまったとみられる。いつの時点で大容量の泡モニターが配備されたか分からないが、大容量の泡モニターのおかげで消火できたと思う。一方、大量の水を屋根上に注いだので、浮き屋根が沈降したと思われる。ここに大容量の泡モニターの功罪がある。
2回目の火災時間では、1回目で在庫が無くなった泡薬剤の手配に時間を費やしたのだろう。このときには、全面火災(または障害物あり全面火災)の様相を呈していると思われ、ガソリンの燃焼速度を約33cm/時とすれば、7時間20分で液位は約242cm(2.42m)低下することになる。消火後の発災タンクの側板をみると、高さの1/2~1/3が塗装部の剥離がみられ、この高さは4.5~ 6.75m相当である。仮に全燃焼時間11時間が全面火災だったとしても、液位の低下は363cm(3.63m)となる。これから推測すると、火災が起こった後、内液のガソリンを他のタンクへ移送したものと思われる。
■ 発災タンクの直径は約54mであり、日本の法令ならば、放射能力20,000L/minの大容量泡放射砲システムが必要である。発災現場に配備された大容量の泡モニターの放射能力は9,000ガロン/分(34,000L/min)であり、タンクへの泡放射量を10L/min/㎡としても投入量は22,900L/minとなり、容量的には消火可能である。
消火時間の観点からは、泡消火剤投入後、火勢が急激に衰えた時間を「ノックダウン時間」といい、通常、10~30分以内といわれている。2001年の「米国オリオン製油所のタンク火災ー2001」では、タンク直径82.4mのガソリン・タンク火災を大容量泡放射砲2基を使い、泡消火剤を投入してから65分間で火災を消火している。このときは10分経過後、火災状況が弱まりそうな変化が見られ、泡放射後25分で火勢が小さくなった。この事例から、泡放射開始から10~30分(ノックダウン時間)で火勢が衰えなければ、火災の鎮圧は難しいと考えるべきである。この点、今回のタンク火災では、1回目の火災が3時間40分、2回目の火災が7時間20分と消火に時間がかかり過ぎている。
所 感
■ 火災の原因について、プルタミナ社は調査をするといい、落雷と断定していない。これはアルミニウム製ドーム型タンクは、外部式浮き屋根タンクと違って屋根があるので、落雷に対する火災発生の危険度が少ないと感じているからではないだろうか。しかし、アルミニウム製ドーム型タンクでも、落雷によるタンク火災の事例はある。
● 2010年6月、「落雷によるアルミニウム製ドーム式タンクの火災」
一方、落雷によるタンク火災について「大型石油タンクのハザード評価の方法」(2014年7月)の中では、つぎのような状態のときに事故の発端になると述べている。
● 直撃雷に対して機能するよう付けられたタンク接地の不良
● 落雷によって火災に至る恐れのある可燃性液の漏れやリムシールの漏れ
● 故障や油漏れにつながるようなタンク側板への直撃雷
プルタミナ社では、2021年6月に落雷によるとみられる 「インドネシア中部ジャワ州で製油所のベンゼン・タンクが火災」を起こしており、タンク接地状況の検査不良、タンク屋根上の漏れ点検の不良に課題があると思われる。しかし、この課題はタンク事業者に共通の問題である。
■ 発災後の消防活動は、断片的な情報をもとに、つぎのように推測してみた。
● 11月13日(土)午後7時20分火災発生、当初はリムシール火災と思われる。固定泡消火設備の作動とともに消防車による泡消火を始める。隣接タンクについては冷却放水を始める。
● 固定泡消火設備が機能を発揮せず、リムシール部が火災で損傷し、火炎の勢いが強まる。次第に火災はタンク浮き屋根上の屋根火災になった。火災の熱によりアルミニウム製ドームが損壊し始める。
● 火災規模が大きくなり、大容量の泡モニターの出動を決め、現場でホース展張を行い、泡薬剤の準備を含めて配備を始めた。
● 大容量の泡モニターによる泡消火を始め、午後11時頃に消火に至った。この消火活動時に大容量の泡モニターで大量に注水したことによってタンク浮き屋根が沈降し始めていた。
● 消火はできたが、泡薬剤が不足し、85分間で泡の覆いが切れ、11月14日(日)午前0時25分に再着火し、火災が再発した。
● 泡薬剤の手配中、泡消火活動は実質的に中断し、タンクは障害物あり全面火災の様相を呈していた。泡薬剤が到着して、大容量の泡モニターによる泡消火の再開を始めた。
● タンク浮き屋根が傾いて沈降し、障害物ありの全面火災を容易に消火できない状況が続いた。何かのきっかけで屋根が完全に沈下した全面火災の様相になった。
● 14日(日)午前6~7時頃に大容量の泡モニターの効果が出て、火勢が弱まるノックダウンの状況になった。その後、引き続き大容量の泡モニターの消火活動によって午前7時45分に火災が消えた。この後90分間、泡モニターで泡を供給し、泡の覆いが切れるのを防ぎ、午前9時15分に鎮火が確認された。
当初のリムシール火災の段階で、なぜ消火できなかったかという疑問や問題があるが、大容量泡放射砲を実際のタンク火災で使用した貴重な実例であり、消火戦略や消火戦術について考えてみる価値ある事例である。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Tankstoragemag.com, Pertamina Cilicap refinery suffers another tank
fire, November 15,
2021
・Reuters.com, Fire at Indonesia's Pertamina refinery complex
extinguished, November 14,
2021
・Argusmedia.com, Pertamina says Cilacap operations unaffected by
fire, November 14,
2021
・Thejakartapost.com, ‘No shutdown’ at Cilacap refinery after blaze:
Pertamina, November 15,
2021
・Straitstimes.com, Fire at Indonesia’s Pertamina refinery complex
extinguished, November 14,
2021
・Globaltimes.cn, Residents to be evacuated after oil refinery tank on
fire in Indonesia's Central Java,
November 14, 2021
・Process-worldwide.com, Fire at Pertamina’s Cilacap Refinery Complex
Extinguished, November 14,
2021
・Bangkokpost.com, Fire at Indonesia's Pertamina refinery complex
extinguished, November 14, 2021
・Diglogs.com, Pertamina Evacuates 80 Residents Around the Burnt
Cilacap Refinery Tank, November 13,
2021
・English.jpnn.com, Pertamina Oil Refinery in Cilacap Catches
Fire, November 13,
2021
・Indonesiaexpat.id, Pertamina Cilacap Tank Fire Extinguished, November
14, 2021
後 記: 今回、地元メディアの記事の中に、タンクの油量、大容量の泡モニターの放射能力、火災が一旦消えたという断片的ではありますが、興味深い情報がありました。また、発災写真や被災写真があり、グーグルマップで調べると、発災タンクが通常の浮き屋根式タンクでなく、アルミニウム製ドーム型タンクだったことが分かりました。これらをつなげると、火災の状況や消防活動の状況が垣間見えてきます。ノックダウン時間という言葉を久しぶりに使いましたし、大容量泡放射砲を使った実例として興味深い事例になりました。