このブログを検索

2014年1月28日火曜日

外部式浮き屋根型タンクの漏洩ポンツーンの補修方法

 外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根が沈没した事例は少なくありません。この沈没に至る要因はいろいろありますが、ポンツーン内の微小割れ発生による油の滲みから始まる場合、発見が早ければ、浮力回復の応急補修が可能です。今回は、米国と日本における漏洩ポンツーンの補修方法の事例を紹介します。
   漏洩ポンツーンで浮き屋根が傾斜したタンク (写真は2011年APIタンク会議資料から引用)
 <概 要> 
■  外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根が沈没した事例は少なくない。この沈没に至る要因は、浮き屋根のルーフドレン(雨水排水配管)の詰まりや排水能力を上回る豪雨によって屋根上に滞留した水で浮き屋根の浮力が失われることのほか、浮き屋根のポンツーン内に地震や強風により、溶接部に過剰な応力がかかり、割れが発生し、この割れから内部の油が浸入することによって浮き屋根の浮力が失われることによる。前者は時間的な余裕はないが、後者の割れ発生による事象はポンツーン内の油の滲みから始まるので、発見が早ければ、浮力回復の応急補修が可能である。
 ここでは、米国と日本における漏洩ポンツーンの補修方法の事例を紹介する。
  ● ウレタン製ポンツーン・ライナー・ブラダーによる補修方法(米国)
  ● ポリウレタンフォーム材による補修方法(米国)
  ● 缶工法による補修方法(日本)
  ● バルーン工法による補修方法(日本)


 <内 容> 
■ ポンツーン・ライナーとは、“まくら形”の膨らませたブラダー(浮き袋)をいい、浮き屋根のポンツーン内に挿入する。

■ ポンツーン・ライナーの特長 
   ●ポンツーンの浮力を付加する。
   ●浮き屋根の安定性を増す。
   ●ポンツーンの補修時期まで仮りの設置。
   ●屋根の沈下を防ぐ。

■ ポンツーン・ライナーはウレタンゴム製で、以下にポンツーン内に挿入する施工写真を示す。 




補 足
■ 本情報はAPI(American Petroleum Institute)で定期的に開催されるAPIタンク会議(API Tank Conference)において2011年10月に発表された「Use of Urethane Pontoon Liner Bladders in Leaking Pontoons」(Mesa Industries, Inc.  David J. Maurer)の説明用プロジェクター資料をもとにしたものである。

■ 発表者David J. Maurer氏の所属会社であるMESA Industries Inc.は、1967年に設立し、オハイオ州シンシナティに本拠をおき、主として石油および貯蔵タンク業界に特化した製品を製造し、販売している会社である。主な製品は、浮き屋根の排水システム、フレキシブルパイプシステム、浮き屋根のシールシステムなどである。

■ ウレタンゴムは、活性水素をもつポリオールとイソシアネートを反応させて作られる高分子化合物のゴムである。ウレタンゴムは他のゴムに比べて強度が大きく、耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性が優れている。一方、耐熱性に乏しく、ポリエステルタイプは酸、アルカリ、熱水、水蒸気などの加水分解に弱い欠点がある。ウレタンゴムは、低速のタイヤなど耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性を必要とする工業用ゴム製品に用いられる。


 <内 容> 
■ ポンツーン内にポリウレタンフォーム材を注入する補修方法である。

■ 補修用ポリウレタンフォーム材の補修方法の特徴はつぎのとおりである。
   ●漏れをシールできる。
   ●タンクの供用中や供用中でないかにかかわらず、設置が可能である。
   ●耐油性がある。 
   ●大気中に放散するベーパー分の放出を防ぐ。
   ●フォーム材を取付ける前に、ポンツーン内を清掃する必要はない。
   ●ポンツーン内を充填すれば、屋根は沈下することはない。
   ●一方、耐熱性に乏しい。
ポンツーンの一部に内部液が漏れ入った状況
着底した状態で、全ポンツーンへポリウレタンフォーム材を注入させることを示す

補 足
■ 本情報はAPI(American Petroleum Institute)で定期的に開催されるAPIタンク会議(API Tank Conference)において2011年10月に発表された「A Method for the Repair of Leaking Pontoons on Floating Roof Tanks Using Polyurethane Foam」(Unicoat International Inc. Tommy Lightfoot)の説明用プロジェクター資料をもとにしたものである。

■ ポリウレタンフォーム(発泡ポリウレタン)は、慣用的にはウレタンフォームと呼ばれ、ポリオールとイソシアネートを主成分として、発泡剤、整泡剤、触媒、着色剤などを混合し、発泡させた樹脂材である。耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性が優れている。一方、耐熱性に乏しい。発泡倍率によっていろいろな製品が可能で、スポンジ、クッション、シーリング材、吸音材、断熱材などに用いられている。

■ 発表者Tommy Lightfooot氏の所属会社であるUnicoat International Inc.は、1997年に設立し、テキサス州サウス・ヒューストンに本拠をおき、工業用コーティング材を製造している会社である。石油工業、橋梁、石油リグなどにおける耐食コーティング材を専門領域としている。
 最近、浮き屋根式タンクのポンツーン補修用ポリウレタンフォームUI 7500を開発し、貯蔵タンクの漏洩ポンツーンに採用されている。
 同社のホームページには、米国では貯蔵タンク所有者の憂慮している事に一つに浮き屋根の沈下問題があり、実際の屋根沈下の写真が掲載されている。(右写真)
 このような状況の中でポリウレタンフォームUI 7500の採用例が紹介されている。適用されたタンクは、直径296フィート(89m)でダブルパン式浮き屋根で、ポンツーンは33個の仕切り室に区切られているが、このうち数個の室に油漏れが見られたため、 UI 7500が採用された。(下写真)


 
<内 容> 
■ ポンツーン内に鋼製の缶を設置して余裕浮力をもたせる補修方法である。この工法については石油連盟が「缶工法浮力向上対策運用指針」としてまとめている。

■ 缶工法の適用と特徴はつぎのとおりである。
   ●使用する用いる缶は、灯油等を入れる通常の18リットル缶と同等品。
    ただし、重量をできる限り軽量にするため、板厚が通常缶(JIS Z1602 金属板製18リットル缶)の
    0.32㎜より薄い0.27㎜ のゲージダウン缶を選定し、液体の出入れ口、ハンドリング用の取手を
    なくし、巻き締め部にシーリング剤を使用しない。 
   ●缶の寸法;天地巻き締め辺長:238mm×高さ:350mm、容量:19リットル
   ●1缶あたりの浮力13.33kg、1缶あたりの重量1.025kg
   ●比重0.7以上の油種を貯蔵するタンク

■ 缶の設置に関する配慮事項はつぎのとおりである。
   ●缶は縦置き、横置きを組み合わせて浮き室空間に効率的に設置する。ただし、最下段の缶は、
    縦置きにして缶下部四隅にエッジガードを装着し、缶を浮き室下板鋼板に直置きしない。
    ●リング火災の輻射熱の影響を浮き室側板や上板から直接受熱しないように、喫水線より上に
        位置する缶は、外リムや上板に接触しないように設置する。
   ●浮き室底板腐食防止のため、底板と接する缶底のエッジ部四隅に、ナイロン66製のエッジガード
        (約10cm)を装着する。装着するのは2段積みの場合は下段の缶のみ。
浮力補助容器による浮き屋根の浮力確保に係る概要(イメージ)

 <設置例> 
■ 台風や大雨の影響によって2012年に起こった浮き屋根の沈降事故は、浮き屋根の構造強化の改修工事を実施するが、水平展開として他のタンクについて点検した結果、ポンツーンに同様な損傷が3基のタンクに確認された。このため、この3基のタンクは改修工事を開始するまでの間の浮き屋根の浮力確保を目的として缶工法による補修工事が実施された。

■ 缶工法は、滞油のあるポンツーンの両側のポンツーンに適用された。施工期間は8日間で、浮き屋根1基分の作業に要する時間は、浮き屋根上への缶の搬入が約5人で1日、ポンツーン内への缶挿入が約5 人で1日半だった。

■ 本工事施工に係る経費の概算は、浮き屋根タンクのポンツーン2室に設置して、タンク1基分が約150万円だった。内訳は材料費約90万円、工事費約60万円である。

浮き屋根上への缶の搬入
缶の設置配置の例
缶の固定方法

補 足
■ 本情報は危険物保安技術協会がまとめた「屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策に係る検討会報告書」(2013年10月)の中の「耐震基準に適合していない特定屋外貯蔵タンクの浮き屋根に係る当面の対応及び破損した浮き屋根ポンツーンに危険物の浸入が生じた場合等の緊急的な対応」、および「 屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策等の推進について」(消防庁危険物保安室長、2013年11月20日)の別添2をもとにまとめたものである。

■ 缶の設置について「リング火災の輻射熱の影響を浮き室側板や上板から直接受熱しないように、喫水線より上に位置する缶は、外リムや上板に接触しないようにする」となっているが、落雷時の放電有無について言及されていない。浮き屋根部に落雷があった場合のアーク発生は一般に図のように考えられている。米国では、浮き屋根用接地設備のシャンツが逆に火災(リング火災)の要因になっているという議論がある。日本では、このようなシャンツは使用されていないが、ポンツーン内に置かれた缶との間に放電してアークが発生しないかという疑問は残る。しかし、リム部と異なり、ポンツーン内に爆発混合気が形成する可能性は低いので、火災発生へ至る可能性は小さいと思われる。
(図は2010年のAPIタンク会議から引用)

ポンツーン内にバルーン(弾性浮体)の挿入例
 <内 容> 
■ ポンツーン内にバルーンと呼ぶ弾性浮体を挿入する補修方法である。

■ バルーン工法の特徴はつぎのとおりである。
   ●事前に施工したバルーンを浮き室内で膨らませ、バルーンの浮力によって浮き屋根の浮力性能
    を確保する。
      ●バルーン(弾性浮体)の耐油性は、2か月間の油の浸漬試験に対して耐性は十分であった。
        使用したゴム体は10日間で膨潤が飽和し、以降1年間は変化しなかった。ナイロン布は耐薬品性に
        優れているものを使用する。

■ バルーン工法の施工時に配慮事項はつぎのとおりである。
   ●バルーン(弾性浮体)を損傷から守るため、不燃性粘土やアルミテープ等でポンツーン内の
    突起物等を養生する。
   ●床面へゴムシートを設置することによりバルーンの損傷を防止する。

 <設置例> 
■ 2003年に発生した十勝沖地震におけるナフサタンク全面火災事例を踏まえ、大規模地震時におけるシングルデッキ型浮き屋根の浮力を確保することを目的として施工された。耐震強化の改修を実施するまでの間の対応として、リスクが高いと考えられたライトナフサを60,000KL以上貯蔵するタンクの浮き屋根(6基)に適用された。

■ 対象タンク6基の全ポンツーンに、弾性浮体(バルーン)を設置した。

■ 施工期間は、実際に設置した1基(ポンツーン18室、設置弾性浮体数216個)の例で15日間だった。内訳は、養生が8日間、約70工数で、空気充填が7日間、約60工数だった。

■ 本工事施工に係る経費の概算は、浮き屋根タンク1基分(ポンツーン数18~22室分)で約4,000万円だった。内訳は材料・製作費約3,500万円、工事費約500万円である。 
バルーン(弾性浮体)の設置における状況

補 足
■ 本情報は危険物保安技術協会がまとめた「屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策に係る検討会報告書」(2013年10月)の中の「耐震基準に適合していない特定屋外貯蔵タンクの浮き屋根に係る当面の対応及び破損した浮き屋根ポンツーンに危険物の浸入が生じた場合等の緊急的な対応」、および「 屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策等の推進について」(消防庁危険物保安室長、20131120日)の別添3をもとにまとめたものである。

所 感
■ 外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根沈没事例として最近では、「沖縄ターミナルの原油タンク浮き屋根の沈没事故(2012年)」がある。このほかに日本では浮き屋根の沈没やポンツーン内部への液浸入の事例は少なくない。しかし、これは日本だけでなく、米国でもポンツーン内部への液漏れによる浮き屋根沈下の事例は珍しくないようである。
■ ウレタンゴム製ポンツーン・ライナー・ブラダーやポンツーンへのウレタンフォーム充填のアイデアは米国らしい製品の技術力と対応の発想力だと感じる。特にウレタンフォームの充填による方法は単なる漏れ補修だけでなく、浮き屋根の浮力を増加させたいという要求(例えば、最近の豪雨は従来と比べて極めて強い)やポンツーン内部の構造部材の補強に良いと思われる。
■ 缶工法は日本らしい“カイゼン・アイデア”であろう。実施例によると、ポンツーン1室当たりの費用は缶工法が約75万円であり、バルーン工法の約180~220万円に比べて安価である。落雷時の放電の疑問点を除けば、応急措置としては有利である。

後 記: 「缶工法浮力向上対策運用指針」(石油連盟)は、消防法令の趣旨を踏まえて作成されただけに随分小難しく書かれています。先日、瀬戸内海で自衛隊の輸送船と釣り船が衝突した事故で助かった人はクーラーボックスを抱いていたそうです。クラーボックスを買う際、浮力を事前に算定し、自分の重さを支えることができるか確認しておくのが良いでしょう(?) 冗談はともかく、消防行政も昔と異なり、現実的な方策を認めるようになってきたと感じる例です。ところで、1986年、米国オハイオ州ニューポートで起こった全面火災のタンクは1930年代に建設されたもので、屋根が木製でした。鋼製のタンク屋根の浮力はポンツーンで得るようになりましたが、今だに漏洩ポンツーンの浮力向上の対策が議論されるのも、何か寂しいものですね。










2014年1月18日土曜日

沖縄ターミナルの原油タンク浮き屋根の沈没事故(2012年)


今回は、一昨年の2012年11月7日、沖縄県うるま市にある沖縄ターミナル㈱の10万KL原油タンクの浮き屋根が沈降し、浮き屋根のルーフドレン(雨水排水配管)から原油がタンク外へ漏洩し、その後、浮き屋根が完全に沈没したという事故を紹介します。
浮き屋根式タンクの浮き屋根が沈没して原油液面が露出したTK-207タンク
(写真は沖縄ターミナルの公表資料から引用)
 <事故の状況> 
■  2012年11月7日(水)15時頃、沖縄県うるま市にある石油貯蔵基地の原油タンクの浮き屋根が沈降し、浮き屋根のルーフドレン(雨水排水配管)から原油がタンク外へ漏洩するという事故があった。事故があったのは、うるま市平安座にある沖縄ターミナル㈱が所有する油タンク18基のうちの1基で、容量10万KLの原油タンク(TK-207)の浮き屋根が沈降したもので、内部の原油が約4.5KL漏洩した。原油タンクの大きさは 容量99,600KL、直径84.7m、側板高さ19.5mで、事故発生時、タンク内には約5万KLの油が入っていた。 浮き屋根は沈降を続け、15日23時半に完全に沈没した。
             沖縄県うるま市の石油タンク施設地区   (写真はグーグルマップから引用)
■ 沖縄タイムスによると715時頃、沖縄ターミナルの職員が原油の流出を発見、15分後に土のうでせき止め、20時半過ぎに約4.5KLを回収した。施設外への流出はなかった。その後、屋根が沈んでいるのを同社が確認した。沖縄タイムスは、8日の取材によって、原油タンクの1基の浮き屋根が沈み、原油が露出したことが分かったとし、ガス化して引火する恐れもあり、地元消防が空気に触れないようにするため、二酸化炭素を注入すると報じた。

■ 事故原因の調査結果報告によると、「71445分、TK-207原油タンクの山側ルーフドレンから防油堤内への原油の流出を発見した。また、浮き屋根上にも滞油を確認したので、ルーフドレン元弁を閉止すると共に、土のう構築し、油の下流への流出を防止した。その後、浮屋根が傾きはじめ、徐々に沈下し、同日2332分に浮屋根が完全に油中に埋没した」という。
 消防庁の公表資料で補足すると、16時30分、北側に向かって浮き屋根が傾き始め、浮き屋根のきしみ音が聞こえた。20時00分、浮き屋根の傾斜が大きくなり、ゲージポールが湾曲してきた。23時32分、浮き屋根が完全に油中に沈没した。
2012117日~ (写真は1111日)
■ 事故タンクからの原油移送は1110日(土)から開始された。出火防止として、急激な液面降下を避け、付属物の落下防止措置を行なわれ、雷注意報が出た場合、作業は中断することとされた。液面降下中は常時監視とし、作業は8時から17時半の昼間のみ実施された。 11日(日)には雷注意報が発令されたため、解除まで作業は中断した。その後、たびたび雷注意報により作業中断する日があった。

■ 13日(火)午前9時 、二酸化炭素(炭酸ガス)注入装置の設置が完了し、午前11時から注入の本運転が開始された。17時30分、当日の原油移送と炭酸ガス注入を終了した。
20121110日~17
■ 127日(金)の原油移送終了時において、移送量は約46,320KLとなった。この時点で、ルーフデッキが現れ、翌8日(土)からルーフデッキの洗浄とポンツーン内の洗浄工程に入った。ポンツーン内の油回収作業のため、12日(水)~19日(水)の期間、側板を切断し、開口部を設けた。(19日に復旧) 18日(火)までの原油移送量は約46,870KLとなった。

■ 12月20日(木)からはタンク内の残油水の回収作業を行い、12月28日(金)まで継続された。この間、側板マンホールを開放して残油を回収し、移送量は約47,215KLとなった。翌年1月4日(金)から残油水の回収作業を再開し、16日(水)まで行われ、 原油の移送量は約47,640KLとなった。

■ 1月17日(木)からは、タンク内のスラッジ回収作業の工程に入り、このためにA重油90KLが張り込まれた。 2月7日(木)までの作業で移送量は 48,210KLとなった。
20121117日~28  
20121129日~1210日 (写真は128日)
20121211日~18日 (写真は1213日) 
20121218日~年末 
20131月~2
■ TK-207原油タンクの浮き屋根沈降に伴い、他のタンクの点検が行われた。消防庁の発表によると、11月15日(木)に関係機関との協議により、TK-206およびTK-208タンクの危険回避のため、優先して油の移送が行われた。移送は11月16日(金)~20日(火)までの間で行われた。このほか、TK-212タンクにも、ポンツーン室内の隔壁付近の底板に亀裂破損があり、室内に滞油していたという。

 <事故の原因>
  事故原因の調査結果報告が2013年5月30日に公表された。
■ 事故タンクの浮屋根は、以下のような複合的弱点要因を生じていた。
 ① ポンツーンが液密構造(油の漏出および浸入防止構造)になっていない。
    ●バルクヘッドと上板は断続溶接となっているので、ポンツーン内に滞油して喫水が内リムを超える液レベルになると隣のポンツーンに移行する。
    ●マンホール(作業用出入り口)蓋は固定されておらず、液密構造および離脱防止化が行われていない。従って、ポンツーンが沈むと、蓋が開き、浸油が加速される。
 ② 構造的に強度が弱い部位がある。
    ●バルクヘッドとトラス間に隙間がある。また、トラスと下板は断続溶接部となっている。
 ③ 当該タンクの液レベルは満液でなく中位の位置にあった。
    ●液レベルが中位の場合、満液に比べ強風や大雨の浮屋根に対する影響が大きく、より大きな応力が構造的弱点部位に掛かる。
 ④ 当て板補修を行なっていたことにより浮屋根重量が増加し、ポンツーンの喫水位置が上がっていた。
■ このような状況下、以下のような推移により沈没したものと推定される。 
 ① 台風時の強風で、構造的に強度が弱い部位に小さな疲労き裂が発生し、進展した。
 ② この疲労き裂部が貫通して、ゆっくりとポンツーン内に油が浸入した。
 ③ 2012年夏に大型台風が来襲し、上記のような滞油ポンツーンが増加した。
 ④ 集中豪雨による浮屋根上の滞水により浮屋根が傾斜沈降し、浸油したポンツーンと滞水したデッキは浮力を消失してたわむ。
 ⑤  浮力を消失したポンツーンおよびデッキが沈み込む反動で両隣のポンツーンの下板に過大な応力が作用してき裂が発生し、両隣のポンツーンも浸油し、浸油ポンツーン室がだんだん増加した。
 ⑥ ポンツーン内の油が仕切り板の上端まで至り、隣室を経由して連鎖的に浸油していった。
 ⑦ 浮屋根全体の浮力を確保できなくなり、最終的に沈没に至った。

■ この推移については、消防庁が2013年7月に出した通知の中の資料でつぎのように言及されている。
浮き屋根沈降までの経過の概要(消防庁)

 <事故再発防止策>
■ 事故タンクについてはつぎのような対応策を行う。
   ① 消防法で規定されている浮き屋根構造の強化およびポンツーン蓋の液密構造化を行う。
   ② ポンツーンが連続4室破損しても、浮力を維持できる構造とする。
   ③ ポンツーンの改造を行い、構造的に弱い部位を解消させる。
■ 他のタンクへの対応はつぎのとおりである。
   ● 浮き屋根新基準未適合タンク(6基) は、TK-207タンクと同様の改造を、各タンクの定期開放工事時に実施する。(2016年度末までに完了)
   ● 浮き屋根新基準適合済みタンク(11基) は、上記③の構造的に弱い部位を解消するための改造を、各タンクの定期開放工事時に実施する。

■ 原油タンク点検方法は、従来、4か月毎のポンツーン内定期点検、基準以上の地震、台風通過後の点検を実施していたが、これに加えて下記の事項を実施する。
   ① 異常降雨時(50mm/時以上)があった場合、浮屋根上の滞水・排水状況の確認を行い、一定以上の滞水がある場合には、速やかに排水作業を行う。
   ② 自主点検、異常気象時の点検は、目視点検の後、ポンツーン内の詳細点検を行い、油の浸入の有無を確認するとともに、応急措置または異常箇所の損傷拡大の有無を確認する。

 <環境汚染および悪臭の状況>
■ 琉球新報は、11月10日、「7市町村で異臭、平安座・原油流出」と題してつぎのように報じた。
 「事故の影響で、タンク内に残る原油からガスが発生し、7日から9日にかけてうるま市や沖縄市など中部を中心に異臭が発生した。各消防本部には9日までに異臭に関する通報が約200件あった。沖縄ターミナル社によると、タンク内の原油液面を二酸化炭素で覆うことで臭いは緩和されるというが、県外から機材を搬入するため、作業開始は早くても12日以降になる見込みだ。
 7日の事故以降、同石油基地がある平安座区内には強い異臭が漂った。8日、区内にある彩橋小中学校(全児童生徒181人)では異臭のため20人が体調不良を訴えたため、同校は全児童にマスクを配布した。
 異臭の人体への影響を確認するため、同社は9日から平安座区内で環境測定を開始。10日から、うるま市役所と沖縄市役所でも行う。12日の作業開始まで周辺では異臭が発生する可能性がある」

■ うるま市は、8 日(木)17時 および19時30分、事故の発生に伴う異臭について、平安座自治会から防災行政無線で広報を実施した。沖縄市は、 9 日(金)午前中、 事故の発生に伴う異臭について、広報を実施した。10 日(土)15時、 うるま市は、近隣の約30 自治会を集めて事故の説明および意見交換を実施した。

■ 沖縄タイムスは、11月19日、環境汚染の状況についてつぎのように報じた。
 「沖縄ターミナル社が14日~15日にかけて実施した環境測定で、貯蔵タンク付近から大気汚染防止法に基づく環境基準の133倍のベンゼンが検出されたことが18日、分かった。11日~12日に測定された80倍を上回り、最大。タンクに近い平安座区内でも基準の2.7倍の数値が出た。住民の不安は高まっている。
 また、最短で11月26日に完了するとしていた原油の回収作業が12月上旬までずれ込むことが明らかになった。同社は、「原因不明」とした上で「瞬間的な値であり、ただちに健康被害を及ぼすものではない。風向きによって大きく数値が変化する」と説明している。同社は18日、タンク内の状態を確認し、作業スケジュールを見直した。“より慎重を要するため、タンク底部から水を注入しながら浮き屋根上の原油を回収を行う” という」

■ 沖縄ターミナル社は、11月21日、初めて住民説明会を平安座自治会館で開催した。
 琉球新報は、23日、この説明会について社説でつぎのように報じている。
 「事故発生から2週間。この間会社側が異臭に苦しむ住民の声をどのように受け止めていたのか。対応の遅さは批判を免れまい。うるま市与那城平安座で発生した原油流出事故について、沖縄ターミナル(三溝芳春社長)は21日、ようやく平安座区民を対象にした説明会を開いた。(中略)
 三溝社長は、説明会の開催が遅れたことに“(同社設立から)40年間の甘えが出た。深く反省し、おわびする”と陳謝した。そうであるならば、異臭による健康被害で医療機関を受診した人への補償など、住民に対して誠意を見せることだ。事故後の広報の在り方にも、説明責任を果たしていないとの批判がある。安全管理がどうなっていたかなど疑問点は多い。徹底した情報開示なくして、住民の信頼回復はないと肝に銘じてほしい」
 沖縄タイムスも23日、社説「原油流出事故 住民と真摯に向きあえ」と題し、事故発生から2週間が経過した後の説明会開催を批判し、「このまま対応を誤ると、住民の不安と不満は失望に変わる。事故後の対応のまずさを率直に反省し、住民が求めた事故原因の徹底究明、再発防止策の構築、迅速な情報公開に取り組むべきだ。それが信頼回復への近道である」と述べている。

■ 沖縄ターミナル社は、12月6日、専門医、中部地区医師会、うるま市、中部保健所、周辺8自治会による「原油タンク事故健康影響調査委員会」を開催し、特定化学物質(ベンゼン等)による健康被害調査のための特殊健康診断を住民対象に行うこととした。健康診断は12月10日から1月31日にかけて実施された。3月29日にこの結果が公表され、総受診者数652名、異常なし222名、心配なし233名、要観察114名、 要指導2名だった。

 <消防活動の状況>
■ 事故発生を受け、うるま市消防本部は沖縄ターミナル社事業所の事務所内に指揮本部を設置した。出動部隊は当該指揮本部にて待機した。(発災タンクから約800mの位置に消防活動上の警戒区域を設定。発災タンクから約1km の事務所内に指揮本部を設置。また、発災タンクから、約150m の位置に現場指揮本部を設置) 

■ 出動した人員・車両は、事業所の自衛防災組織およびうるま市消防本部から大型高所放水車3台、泡原液搬送車2台、大型化学消防車2台などで計17名ある。(自衛防災組織:甲種普通化学消防車1台,
人員3名、共同防災組織:型高所放水車2台、泡原液搬送車2、人員5名、うるま市消防:高所放水車、大型化学消防車、広報車、事務車計4台、人員9名)

■ 火災発生の危険性から、特別防災区域として隣接する沖縄石油基地㈱に配備されている大容量泡放射システム(放射能力30,000L/min×2台)が配置された。
 消防庁が2013年3月に公表した資料よると、このシステム設置の課題についてつぎのように述べている。
 「この例は地震時ではなく平時に発生した事案であり、システムの配備場所は発災事業所の隣接事業所であった。発災タンクに対するシステムの設置場所は事前計画において定められており、また、当該事業所にはシステム専用の遠距離送水システムが備えられていた。 このような条件での活動であったが、システムの設置にあたっては 10時間以上の時間を要している。その要因としては、夜間であったため活動が慎重になったことと、通路が極めて狭隘であったことがあげられている」

■ 事故対応に当たった関係機関は、うるま市役所、うるま市消防本部、沖縄県防災危機管理課のほか、 うるま市消防本部からの要請を受け、消防庁、消防庁消防研究センター、危険物保安技術協会の職員が派遣された。

補 足                 
■ 外部式浮き屋根型タンクの「浮き屋根の沈下事例」としては、つぎのような事例がある。
 ● 2003年9月、北海道十勝沖地震後に起きた「出光北海道製油所のナフサタンク火災事故」
  ● 20052月、大分市の九州石油のスロップタンクの浮き屋根がルーフドレンの詰まりをきっかけに沈下した事例

■ 外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根が沈下した場合の対処方法の指針はない。一方、内部式浮き屋根タンクの場合、浮き用デッキが沈下あるいはデッキ上への油滞留の事例が少なくないため、消防庁特殊災害室によって「内部浮きぶた付き屋外タンクの異常時における対応マニュアル作成に係る検討報告書」(2009年12月)がまとめられている。
 この資料によると、対応フローはつぎのとおりである。内部式浮き屋根タンクの場合、比較的小型タンクが多く、シール性がある程度保たれるので、通常、液面には不活性ガスが導入される。なお、泡消火剤を投入した場合、導電率の小さい精製油(灯油、ナフサなど)の沈降帯電に対する配慮が記載されている。この検討書は、外部式浮き屋根型タンクを対象にしておらず、当てはまらないが、不活性ガスまたは泡消火剤の選択肢フローで判断すると、泡消火剤となる。(「困難」の定義が曖昧であるが)
 1987年倉敷市のナフサタンク浮き屋根沈没事故では、当初、二酸化炭素が注入されたが、3日後に泡消火剤に切り替えられている。2005年九州石油のスロップタンク浮き屋根沈没事故では、泡消火剤が投入せれている。
内部浮きぶた付き屋外タンクの 異常時における対応フロー
■ 浮き屋根が沈没してタンク火災になり、大容量泡放射砲で消火できた事例として「2001年米国オリオン製油所のガソリンタンク火災」が有名であるが、鎮火後の措置はつぎのとおりで、参考になる。 
 「この地区に、まだ落雷が続いているという報告を受け、泡放射量15,100L/minで2時間継続した。その後、65時間でタンクを空にする間、1時間に15分間、泡の投入を続けた」(タンク直径82.4m、残油量25,700KL)

■ 沖縄地区の「大容量泡放射システム」は、沖縄ターミナル㈱に隣接する沖縄石油基地㈱に配備されている。大容量泡放射砲の能力は30,000L/min×2台である。
沖縄地区に配備されている大容量泡放射砲および送水ポンプ・混合装置設置

所 感
■ 結果論であるが、タンク液面上に二酸化炭素(炭酸ガス)を注入して対応するのではなく、泡消火剤を投入すべきだった。
 浮き屋根が沈没した時点では、泡消火剤の投入は既存設備で実施可能であり、二酸化炭素はすぐに調達できる状態になかった。実際に設置完了までに6日間を要している。この間に雷注意報が出ており、落雷があった場合、引火した可能性は高い。泡消火剤を投入して原油移送を24時間体制で早く完了させるべきであった。二酸化炭素注入と昼間だけの原油移送の判断を行なった結果、住民に異臭や健康被害の問題を長期化させることにつながってしまった。
 泡消火剤の投入をしなかった理由はわからないが、2003年北海道十勝沖地震後に起きたナフサタンク火災事故の沈降帯電による着火源のトラウマが考えられるが、導電率が小さく帯電しやすいナフサと異なり、今回は原油であり、沈降帯電や攪拌帯電を配慮する必要はなかった。また、今回のような大型タンクで開放されている場合、シール性は乏しく、二酸化炭素の注入効果の実効性にも疑問が残る。

■ 日本では、大容量泡放射砲は導入されたが、これからは高発泡(中発泡)の泡放射ノズルの導入を行うべきである。防油堤内のようなプール火災や油流出箇所へは高・中発泡の泡が有効である。今回の事例を見ると、国内の消防機関や自衛消防隊の保有する消防資機材が不備である。海外の消防活動を見ると、高・中発泡の泡放射ノズルが使用されており、最近では、例えば、「ロシア・シベリアの石油施設でタンク火災」「中国・貴州省でパイプラインが破損してガソリン2,000トン流出」の事故時に、高・中発泡の泡放射ノズルが使用されている。

■ 環境汚染および悪臭に関する異常事態発生時の危機管理対応としては、良くない悪い事例となってしまった。いろいろあるが、主な事項をあげると、つぎのとおりである。
 ● 会社側を含めた情報公開(広報)が後手後手になっている。特に、住民説明会の開催が遅く、住民や報道機関の印象を悪くした。当ブログで紹介した「カナダで石油タンク車が脱線して市街地で爆発・炎上」事故では、鉄道会社の最高経営責任者(CEO) が現地に入ったのが、事故後5日を経過した時点ということで町長や住民から非難を浴びている。
 ● 市および県の地方自治体が機能していない。本来、環境汚染や悪臭に対する住民への対応は地方自治体の環境部門(または防災危機管理部門)が主導して行わなければならない。環境測定を行い、住民への広報を行い、対応策(環境汚染回避策の提言、住民の健康被害の調査)は地方自治体の役目である。これらに係る費用は事業者へ負担させるにしても、主導は地方自治体で行うべき役割である。
 当ブログで何度も言うが、海外では役割認識がきちんとしていることが多い。例えば、「ウェールズの貯蔵タンク施設で油流出」事故では、ウェールズ環境庁など関係行政機関が主導して事故対応にあたっています。一方、日本では、この問題は今回だけでなく、例えば、当ブログで紹介した「東ソーの塩ビモノマー製造設備で枕型タンクへ抜出し中に爆発火災」事故でも、同様に地方自治体の対応のまずさが見られ、国内に共通した課題である。

備 考
 本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・「 沖縄ターミナル(株)原油漏洩事故(第70報)」、消防庁、2013年2月8日
  ・「沖縄ターミナル(株)原油漏洩事故の概要と対応状況について」(Safety&TomorrowNo.147)、消防庁特殊災害室、2013年1月
  ・「沖縄ターミナル㈱原油漏洩事故(第21報)」、沖縄県防災危機管理課、2012年12月2日
  ・「タンクNo.207事故状況及び原油回収作業について」、沖縄ターミナル㈱、2012年12月15日
  ・「タンクNo.207事故収束へ向けた取り組みのご報告」、 沖縄ターミナル㈱、2013年1月18日
  ・「No.207原油タンク浮屋根事故原因の調査結果報告について」、沖縄ターミナル㈱、2013年5月30日
   ・「タンク№207浮屋根事故に関するご報告」、沖縄ターミナル㈱、2013年6月13日
      ・「浮き屋根式屋外タンク貯蔵所の保安対策の徹底及び応急措置体制の整備について(通知)」、消防庁危険物保安室長、 2013年7月31日
  ・「沖縄ターミナル原油漏洩事故関連報道」、沖縄タイムス、2012年11月9日~30日
  ・「沖縄ターミナル原油漏洩事故関連報道」、琉球新報、2012年11月10日~30日
  ・「大容量泡放射システムの運用に関する調査報告書」、消防庁特殊災害室、2013年3月
  ・「内部浮きぶた付き屋外タンクの異常時における対応マニュアル作成に係る検討報告書」、消防庁特殊災害室、2009年12月


後 記: 事故が起こったのは2012年11月7日、事故原因報告書が公表されたのが2013年5月30日、消防庁通知が2013年7月31日です。改めて資料を調べ直してみると、疑問を感じることや未公表の情報もあるようですが、整理するのに時間を費やすほどたくさんありました。うるま市の市民ネットグループとうるま市(消防本部)の質疑応答会議は2013年11月にも行われており、事故の後遺症は長く続いているようです。また、大容量泡放射システムの運用上の課題が顕在化しており、別なところにも波及しています。ここでは、貯蔵タンクの危機管理を考える上で参考になる事項に絞ってまとめました。