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2023年8月4日金曜日

イエメン沖の浮体式貯蔵施設から国連が原油移送を開始

  今回は、2023725日(火)、イエメン沖の浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号から原油を抜き取る作業が国連主導で始まった話題を紹介します。背景などは「イエメンの浮体式貯蔵施設から原油移送のため国連がタンカーを購入」20234月)を参照。

< 環境汚染のリスク >

■ 国連は、数年前から、イエメン(Yemen)のラス・イッサRas Issa半島から約9km沖に停泊する劣化した旧大型タンカーのセーファー号Saferが紅海とイエメンの海岸線を危険にさらしていると警告してきた。全長360m34個の貯蔵タンクをもつ407,000DWTのタンカーには約110万バレル(175,000KL) の原油が入っており、1989年にアラスカ沖で起きたエクソン・バルディーズ号Exxon Valdezの事故の4倍の油を流出させる可能性がある。

■ 1976年に日本で建造されたセーファー号は1980年代にイエメン政府に売却された。1987年にタンカーは浮体式貯蔵・積出し施設Floating Storage and OffloadingFSOとして改造され、イエメンの紅海オイルターミナルであるラス・イッサに係留されている。2014年に始まったイエメンの内戦により、貧困にあえぎ、タンカーは2015年から積出しはもちろん、メンテナンス作業が中断されたままになっている。乗組員は10名を除いてほとんどがタンカーから引き揚げた。

■ 劣化した浮体式貯蔵・積出し施設のタンカーから油を移送し、貯蔵する代替のタンカーの計画が持ち上がった。しかし、イエメンの国連高官は、状況がかなり落ち着いてきたが、内戦下で使用されることになる代替のタンカーを寄贈する人はおらず、リースを申し出る企業も無かったと語っている。

■ イングランドのソフトウェア企業であるリスクアウェア社Riskawareは、セーファー号が油流出を起こした場合の汚染のリスク評価を行っている。リスク評価は、油流出による汚染リスクのほか、火災になった場合の環境汚染のリスクについて分析している。(詳細は、同社のウェブサイト「FSO SAFER: Risk Impact Analysis Information」を参照。

< 国連の対応 >

■ 202339日(木)、国連は、環境破壊を回避するため、イエメン沖で係留されて劣化して腐食が進行している浮体式貯蔵・積出し施設から約110万バレル(175,000KL)の石油を移送して貯蔵する大型タンカーVLCCノーティカ号Nauticaを購入したと発表した。代替の大型タンカーは長さ332mの二重殻構造である。ノーティカ号は、その後、イエメン号Yemenと改称されている。

■ 2023420日(木)、国連は、浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号からの実際の原油抜取り作業について、オランダのボスカリス社Boskalisの子会社であるSMITサルベージ社SMIT Salvageと合意に達した。

■ SMIT社は大手のサルベージや海難救助を行う会社であり、 2023530日(火)に現場に到着して以来、セーファー号で抜取りの準備作業を行っている。不活性ガスを注入してタンカーの油室から大気中の酸素を除去する作業を開始している。

■ 2023614日(水)、国連は、浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号から110万バレルの原油を別の船に移す作業を開始するための保険を確保した。国連は、破裂や爆発の危険性がある浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号の原油を回収するため、長年にわたって努力してきたが、この保険は「極めて重要なマイルストーン」であると語り、 「保険はこの引き揚げ作業を進める上で非常に重要な要素である。保険がなければ、この作戦を進めることはできなかった」と述べている。

■ SMIT社は、20236月下旬、セーファー号に搭載された機器の検査と修復やダイバーによる船体の水中検査を行った。

■ 2023715日(土)、国連は、原油を移送する予定のイエメン号(旧ノーティカ号)がジブチから出航し、浮体式貯蔵・積出し施設のセーファー号の現場に向かっており、すべての技術的な準備と合意は完了したという。

< 国連による油移送の開始 >

■ 2023725日(火)午前1045分、浮体式貯蔵・積出し施設のセーファー号から原油を抜き取る作業が国連主導で始まった。

■ 国連の事務総長は同日発表したビデオ声明で「巨大な規模の環境・人道的な大惨事を回避するための重要なステップです」と述べた。国連によると、今後20日間程度かけて、24時間態勢で原油を別のタンカーに移し替える。

■ 国連の技術者たちは、灼熱の夏の気温、老朽化したパイプ、周辺海域に潜む地雷など、すべてが作業の脅威となると憂慮し、「石油を除去するプロジェクトの緊急段階の開始であるため、私たちは非常に慎重でなければなりません」と語っている。

■ サウジアラビアは、726日(水)の朝に発表した声明で、この作戦の開始を歓迎した。また、728日(金)、サウジアラビアは浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号からの油移送作業に対して追加で800万ドルの支援を行った。イエメン政府によると、今回の新たな援助は、サウジアラビアからのこれまでの1,000万ドルの支援と合わせて、イエメン西部のホデイダ州沖で進行中の国連主導による朽ち果てたタンカーの引き揚げ作業にも拡大される予定だという。

■ 国連とボスカリス社によれば、81日(火)時点で、浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号から36万バレルの原油を移送用の大型タンカーに無事移送されたという。この量は移送予定量の3分の1に当たる。

■ ポンプによる油移送が負えても、浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号のタンク底に厚い油の層が残るが、これは移動式スプレータンク洗浄機で除去される予定である。最終的には曳航され、スクラップされることになるという。

■ 国連は、2023731日(月)、油移送を開始したことをユーチューブに投稿した。(Youtube.com FSO Safer Start of the Operation(浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号が移送操作を開始)2023/07/31

■ ボスカリス社は、油移送準備から油移送開始までの状況を動画で発表している。(https://twitter.com/beleefboskalis を参照)


< 国連のこれまでの資金対応 >

■ 国連は、流出事故の清掃には200億ドル(26,000億円)かかると述べているが、それでもセーファー号から油を移送するために必要な12,900万ドル(168億円)と、ベルギーの国際海運会社ユーロナブ社(Euronav)から5,500万ドル(72億円)で購入したタンカーの代金を支払うために必要な費用を集めるのに苦労している。

■ 国連によるクラウドファンディングの募集は、国連のウェブサイトの「UN Plan for the FSO Safer Tanker Stop the Red Sea Catastrophe」(FSOセーファー号タンカーに関する国連計画は紅海の大惨事を阻止)に掲載された。 

■ すべてのことが計画通りに進めば、20235月上旬にセーファー号から代替のタンカーへの移送作業が開始される予定であった。

■ 国連によると、実際に誰が石油を所有しているかは明らかではないため、石油を売却して事業の費用を賄うことはできないという。

■ 20237月上旬、国連はセーファーの緊急救助プロジェクトの推定予算14,800万ドルのうち約11,800万ドルを調達したと発表した。

補 足

■「イエメン」Yemenは、正式にはイエメン共和国で、中東のアラビア半島南端部に位置する人口約3,050万人の共和制国家である。首都はサナアで、インド洋上の島々の一部も領有している。産油国ではあるが、 2014年の内戦勃発以来、400万人以上が避難を強いられており、 終わらない紛争と食料難で人道支援を待っている人は2,000万人以上に及び、アラブ最貧国といわれている。

「紅海」Red Seaは、地球の裂け目である地溝帯に海水が溜まった場所で、アフリカ・プレートとアラビア・プレートが始新世に裂け始め、現在も拡大している。長さ2,250km、幅最大355 km、平均水深491m、最深部2,211 mで、海水は降雨が少なく、蒸発作用が強く、流入河川が無く、アデン湾との限られた循環などによって塩分濃度は3.63.8%と高い。紅海といっても赤い色をしているのではなく、透明度の高い海である。

■「エクソン・バルディーズ号Exxon Valdezの事故」は、1989324日(金)、米国アラスカ沖で起きた原油流出事故である。原油約20万トンを満載し、アラスカのプリンス・ウィリアン海峡で座礁し、約41,000KLの原油を流出させた。事故の概要は保険会社UK P&I のウェブサイトに掲載されている「Exxon Valdez 座礁事故」を参照。

■ 今回の「浮体式貯蔵・積出し施設」Floating Storage and OffloadingFSOは大型タンカーを改造したものであるが、本来は、海洋油田生産方式の固定式プラットフォームに代わる施設として1970年代から使用されたものである。多くは船舶の形をしており、固定式プラットフォームと比較して様々なメリットがあり、現在では海洋石油・ガス生産設備の主流となっている。

 日本の浮体式貯蔵・積出し施設としては、1988年に建設された長崎県にある上五島国家石油備蓄基地がある。この浮体式貯蔵・積出し施設(洋上タンク方式の浮遊式海洋構造物)は世界で最初の洋上石油備蓄システムで、貯蔵船を並列に配置したものである。貯油能力は88KLの貯蔵船が5隻あり、総貯蔵量は440KLである。貯蔵船は二重殻構造で10KLの容量を持つタンクが7つある。各タンクは水封タンクで囲まれ、貯油タンクの内圧よりも水封タンクの水圧を高く保持することにより、油が貯油タンク外に漏れない工夫がされている。

■ ボスカリス社Boskalisは、オランダの浚渫、海事構造物、海事サービス分野で事業を展開する土木工事会社である。ボスカリス社は、沿岸防護、川岸の保護、土地埋め立てなどの中核的な活動のほか、増大する気候変動へのニーズにもソリューションも提供している。再生可能風力エネルギーを含む海洋エネルギーインフラの開発を促進し、港湾や水路の建設と維持にも取り組んでいる。ボスカリス社は海洋サルベージの専門会社でもあり、SMITサルベージ社SMIT Salvageが子会社になる。

所 感

■ やっと国連による浮体式貯蔵・積出し施設セーファー号からの油移送作業が始まった。順調に移送は進んでいるようで何よりである。実作業はどこが行うのだろうと思っていたが、オランダのボスカリス社(作業は子会社であるSMITサルベージ社)だという。セーファー号は1976年に日本で建造されたものであり、当時、サルベージ(沈没、転覆、座礁、座洲した船の引揚げ・浮揚・曳航などの作業)も日本の得意分野だったが、今回日本に話があったかどうか分からないけれども中東の原油に関する課題に何もしない(できない)ことに複雑な思いである。 (一応、資金協力はやっているが)

■ 移送に関わる費用捻出、イエメン内戦によるイランと連携するイスラム教フーシ派武装組織との交渉、大型タンカーの購入・整備、保険の契約、実作業を行うサルベージ会社との契約など多くの課題を解決してきたのは国連の地道な活動結果である。世界が嫌がる問題の解決にこぎ着けたのは国連の成果だと感じる。しかし、記事の中で、イエメン西部のホデイダ州沖で進行中の国連主導による朽ち果てたタンカーの引き揚げ作業にも拡大される予定だとあるが、これなどは国連の本来の業務を外れているように思う。  


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

     Asahi.com,   時限爆弾と化した日本製の老朽タンカー 紅海で石油の抜き取り始まる,  July  25, 2023

     Mainichi.jp,  イエメン沖の放置タンカー 原油抜き取り開始 国連「最悪の時限爆弾」,  July  27, 2023

     Arabnews.jp,  国連、イエメン沖の老朽化が進むタンカーからの原油回収作業を開始,  July  26, 2023 

     Undp.org,  United Nations poised to begin transfer of 1 million barrels of oil from decaying tanker in Red Sea,  July  15, 2023

     Aljazeera.com, UN starts moving oil from Yemen tanker in bid to stop disaster,  July  25, 2023

     Reuters.com, UN starts removing oil from decaying tanker near Yemen in Red Sea,  July  25, 2023

     Reliefweb.int, FSO Safer: Ship-to-ship transfer of oil underway,  July  26, 2023

     Thenationalnews.com, Oil recovery on 'time bomb' tanker FSO Safer begins,  July  16, 2023

     Marineinsight.com, Saudi Arabia Welcomes Start Of UN’s Plan To Salvage FSO Safer Oil Tanker,  July  26, 2023

     Canindia.com, Yemen welcomes new Saudi aid for Safer tanker salvage operations,  July  28, 2023

     Arabnews.jp, UN: Nearly one third of oil on Red Sea FSO Safer tanker transferred,  August  01, 2023

     Safety4sea.com, UN transferred the first third of crude oil from FSO Safer,  August  01, 2023


後 記: 国連がタンカーを購入した話は日本であまり報道されなかったのですが、今回は日本のメディアも報じています。一回の記事で油移送の背景まで書くには難しいと思います。公海上で大型タンカーを横付けして油を抜く作業の大変さは伝わりにくいですね。これは日本に限ったことでなく、ほかの国でも同じですね。浮体式貯蔵・積出し施設と大型タンカーの2隻が並んでいる映像はボスカリス社(SMITサルベージ社)が撮ったもので、独壇場という感じです。映像が無ければ、単に船から船へ油を移しただけという話で終わってしまいそうです。

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