今回は、2022年5月31日(火)、ウクライナの東部ルガンスク州セベロドネツクにある肥料メーカのアゾット社の化学工場にロシア軍の攻撃によって硝酸タンクが爆発した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災施設は、ウクライナ(Ukraine)の東部ルガンスク州セベロドネツク(Severodonetsk)にあるアゾット社(Severodonetsk Azot
Association)の化学工場である。
■ 攻撃を受けたのは、化学工場にある硝酸タンクである。
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2022年5月31日(火)午後2時頃、ロシア軍はセベロドネツクを空爆したほか、化学工場を砲撃した。
■ 工場内にあった硝酸タンクが爆発し、空に巨大な茶褐色の噴煙が空高く舞い上がった。
■ 州知事は、硝酸タンクの爆発に伴い、「硝酸ガスは吸い込んだり、飲み込んだり、肌に触れたら危険だ」と指摘し、市内に残っている住民に「シェルターから出てはいけない」と呼び掛けた上で、「防護用マスクを準備するよう」求めた。
■ 硝酸は、黄色または赤色の液体で腐食性があり、皮膚に接触すると重度の火傷、潰瘍、瘢痕化を引き起こす可能性があり、その蒸気はを吸入すると肺水腫を引き起こす可能性がある。
■ 硝酸タンクの爆発は、空爆によるとものと砲撃によるものだという情報があり、明確ではない。新ロシア派の武装勢力はウクライナ軍の攻撃によるものだと主張している。硝酸タンク爆発により、有毒ガスが放出されたが、狭い範囲で済んだという情報があるが詳しくは分からない。
■ 硝酸タンク爆発によって死傷者が出たかは不明である。
■ 化学工場の地下には、避難施設があり、工場の領域は依然としてウクライナ政権の武装部隊によって管理されている。
■ 硝酸タンクの大きさや入っていた硝酸の量は分かっていない。
■ ユーチューブには、タンクの爆発した瞬間の映像ではないが、ウクライナ軍の兵士の近くで茶褐色の噴煙の上がる様子をとらえた映像が流れている。(YouTube、「Ukrainian soldiers hit by ‘giant cloud of ACID as Russia takes city’」(ロシアが都市を占領するにつれて硝酸の巨大な雲に襲われたウクライナの兵士)を参照)
被 害
■ 化学工場の硝酸タンクが爆発し、有毒なガスが放出され、環境汚染を引き起こした。
■ 硝酸タンク爆発による死傷者は分かっていない。
< 事故の原因 >
■ 戦争による軍事行動で、平常時の“故意の過失”に該当。
< 対 応 >
■ ウクライナで硝酸が爆発したのは、今回で5回目だという情報がある。
そのひとつは、2022年4月9日(土)、ウクライナ東部ルガンスク州で有毒な硝酸の貯蔵タンクが攻撃された。(動画サイト;Itemfix、「Acid Tank Blows Up In Chemical
Plant In Ukraine」(ウクライナの化学プラントで酸タンクが爆発)2022/04/10を参照、またはYouTube、「КАК ГОРЕЛА АЗОТНАЯ КИСЛОТА В
РУБЕЖНОМ! ВИДЕО С ДРОНА!」(国境で硝酸がどのように燃えたのか!ドローンからのビデオ)2022/04/11を参照)
■ このほか、3月21日(日)、ロシア軍は、ウクライナ北東部スムイの化学工場を攻撃し、これによって有害物質のアンモニアの入ったタンクが損傷して工場の周囲約2.5kmにわたってアンモニアが漏れ出した。幸い、人的被害は報告されていない。(YouTube、「ロシア軍が化学工場を攻撃 アンモニア漏れる(2022年3月21日)」を参照)
専門家の中には、化学兵器を使用しない場合にも、化学工場を攻撃しただけで、化学兵器として取り扱う必要があるという。
補 足
■ 「ウクライナ」(Ukraine)は、東ヨーロッパに位置し、南に黒海と面する人口約4,500万人の国である。天然資源に恵まれ、鉄鉱石や石炭など資源立地指向の鉄鋼業を中心として重工業が発達している。2014年3月に、クリミア半島についてロシアによるクリミア自治共和国の編入問題があり、世界的に注目された。その前年の2013年に同国内で親ロシア派と親欧米派の対立が激化し、2014年に州庁舎を占拠した親ロシア派が一方的にドネツク州の一部を「ドネツク人民共和国」の樹立を宣言した。同5月に行われた住民投票では独立支持が多数を占めたが、ウクライナ政権や欧米は投票の正当性を否定しており、情勢は混乱していた。その後、2022年2月24日(木)、ロシアは、突如、ウクライナに侵攻し、軍事衝突が起こった。
「セベロドネツク」 (Severodonetsk) は、ウクライナ東部ルハンスク州の西部に位置し、人口約10万人の市である。ルハンスク州はロシア派の自称「ルガンスク人民共和国」に実効支配されているため、ウクライナ政府の管理が届かず、州行政庁をセベロドネツクへ臨時に移管している。
■「アゾット社」(Azot)は、1951年に設立されたウクライナの化学会社である。アゾット社は、ウクライナの世界的な窒素肥料企業であるオストケム・ホールディング(Ostchem Holding)の一員で、セベロドネツクの化学工場はセベロドネツク・アゾット・アソシエーション(Severodonetsk Azot Association)が運営している。
■「硝酸」(HNO3)は、通常、無色~黄色の刺激臭のある強酸の液体で、発煙性が激しい。融点-41℃、沸点86℃で、普通に硝酸というときには、水溶液を指す。98%硝酸の比重は1.50以上、50%硝酸の比重は1.31以上である。肥料、硝酸エステル、ニトロ化合物の原料のほか、液体ロケット燃料の酸化剤として用いられる。
濃硝酸からは常に硝酸のガスや微粒子あるいは窒素酸化物が発生しており、水や金属などの物質との反応で爆発的に発生する危険性物質である。漏洩時の事故処理に当たっては、保護衣と防毒マスクを着用する必要がある。多量に流出した場合、漏洩した液は土砂等で流れを止め、それに吸着させるか、または安全な場所に導いて、遠くから徐々に注水してある程度希釈した後、消石灰やソーダ灰などで中和して多量の水を用いて洗い流す。
所 感
■ 客観的にみれば、硝酸タンクの爆発はロシアによる空爆または砲撃という“戦争による軍事行動” で、平常時の“故意の過失”に該当するものであろう。
硝酸タンクに関する事故をこのブログで取り上げたのは、つぎのとおりである。硝酸単体では化学兵器ではないが、通常時でさえ、漏洩事故があると広域で避難する必要があったり、人身災害の生じる恐れがある。このほか、化学工場のアンモニア・タンクの漏洩による人身災害事例もある。
●2017年4月、「ベルギーで硝酸タンクの漏洩によって全村避難」
●2020年6月、「インドの化学工場で硝酸用貯蔵タンクが爆発、死傷者87名」
●2019年6月、「スペインのカタルーニャ州でアンモニア・タンクから漏洩、死傷者15名」
今回のロシアのウクライナ侵攻における化学工場への攻撃を見ると、“戦争で化学兵器を使用しない場合にも、化学工場を攻撃しただけで、化学兵器として取り扱う必要がある”という意見は正論だと思う。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Nikkei.com, ロシア軍、硝酸タンクを空爆 ウクライナ東部州知事, June 01,
2022
・News.tv-asahi.co.jp, ロシア軍、東部で硝酸の貯蔵タンクを爆撃 占領地域でロシア化進, June 01,
2022
・Afpbb.com, ロシア軍が硝酸タンク空爆
ウクライナ東部の激戦地、住民に注意喚起,
June 01, 2022
・Nordot.app, ロシア、インフラ狙い攻撃継続 英国防省が分析, April 10,
2022
・Thesun.co.uk, TOXIC BLAST Harrowing moment giant cloud of
face-melting nitric ACID spews into the sky as Russian forces lay waste to key
city, June 01,
2022
・Tass.com, Container with chemicals blown up at Kiev-controlled Azot
plant in Severodonetsk, June 01,
2022
・Nypost.com, Giant cloud of face-melting nitric acid spews into the
sky as Russian forces lay waste to Ukrainian city, June
01, 2022
・Pref.aomori.lg.jp, 化学テロ対策 (東北大学 医学系研究科
三村敬司), August 23,
2013
0 件のコメント:
コメントを投稿