今回は、今から約13年前の2011年5月31日(火)、英国領のジブラルタルの港にある海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設で廃液タンクが爆発し、当時、港に停泊していたクルーズ船のわずか数メートルのところで発生したため、船の乗客など15名の死傷者を出した事例を紹介します。
< 発災地域の概要 >
■ 発災があったのは、欧州の英国領のジブラルタル(Gibraltar)にある海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設である。ジブラルタルはスペインの南海岸の岬にあるが、英国領である。
■ 事故があったのは、ジブラルタル港にある廃液の入った貯蔵タンクである。ネイチャア・ポート・ペセプション・ファシリティ社は海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設を保有している。
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2011年5月31日(火)午後3時30分頃、ジブラルタルの港にあった廃液タンクが爆発し、火災となった。
■ 爆発でタンクの屋根が噴き飛び、炎が数メートルの高さまで上がった。タンクから上がる濃い黒煙の柱は遠くからも見え、濃い黒煙は港全体に広がった。
■ 目撃者によると、爆発は港に停泊していた船のすぐ近くで起きた。停泊していたのは、火曜の朝に到着したクルーズ船「インディペンデンス・オブ・ザ・シーズ号」(長さ340m)で、事故はわずか数メートルのところで発生した。
■ この爆発により「インディペンデンス・オブ・ザ・シーズ号」の乗客ら15名が火傷などのケガを負った。内訳は乗客12名、港湾労働者2名、警察官1名である。負傷した観光客は英国人とスイス人で、1名が破片に当たって骨折し、11名が軽度の火傷を負った。港湾労働者2名はスペイン人だった。救助活動中に警察官1名が軽傷を負った。軽傷を負った乗客は「インディペンデンス・オブ・ザ・シーズ号」内で治療を受けた。
■ 発災に伴い、ジブラルタル市の消防隊や救急隊が出動した。
■ 安全上の理由から 「インディペンデンス・オブ・ザ・シーズ」は事故直後に港から離れ、出航した。この船は約5,000名を収容でき、米国とノルウェーのロイヤル・カリビアン・クルーズ・ライン社に所属している。
■ 火災の原因について当初はテロ攻撃の可能性が懸念されていたため、英国軍も警戒を強めていた。しかし、警察はテロ攻撃の可能性を示す証拠はないと指摘した。
■ 爆発は、油が入ったタンクの溶接作業中に発生した。このため、溶接作業が爆発を引き起こしたとみられている。爆発当時、港湾労働者2名はタンク上におり、うち1名は重傷である。重傷だった港湾労働者1名は、事故後2か月後にセビリアの病院で死亡した。
■ 最初の情報によると、廃液タンクは船舶にディーゼル燃料を補給するために使用されていたと報じられていた。
■ 濃い煙のため、すぐ近くにあるジブラルタル空港行きの航空便はキャンセルされ、港湾地域にあるオフィスビルは予防措置として避難したところもある。
■ 事故後、廃液や油が海に流出し、対岸にあるスペイン南部の港湾都市アルヘシラス周辺の海岸が汚染されたところがある。
■ユーチューブでは、火災の状況を撮った映像が投稿されている。
●Youtube、「FUEL
TANK EXPLOSION AT NORTH MOLE IN GIBRALTAR」(2011/06/01)
●Youtube、 「GIBRALTAR
WASTE OIL TANK EXPLOSION & FIRE - INDEPENDENCE OF THE SEAS MAKES HASTY」
(2011/06/08)
●Youtube、 「
Independence of the seas. Gibraltar explosion 31 05 11.mp4」 Independence of the seas. Gibraltar explosion 31 05 11」 (2011/06/12)・・・ クルーズ船から撮影した動画がある
●Youtube、 「waste
fuel explosion, north mole, gibraltar, may 2011」 (2011/06/01)・・・消火活動
被 害
■ 廃液タンクが2基損傷した。内部の油が焼失した。
■ 15名の死傷者が出た。
■ タンクから流出した油で近くの海岸が汚染された。
■ 近くのオフィスビルの住民が避難した。ジブラルタル空港行きの航空便がキャンセルされた。
< 事故の原因 >
■ 直接原因は、廃液(油と水の混合液)の入ったタンクの上で溶接作業中を行っていたため、爆発を引き起こした。
間接要因としては、タンク所有者のネイチャア・ポート・ペセプション・ファシリティ社がタンクの適切な維持管理をせずに屋根部の腐食を放置していたことである。2基合計約60箇所の開口部があり、それらの開口部から放出された可燃性ベーパーに溶接の火が引火し、爆発した。
< 対 応 >
■ タンク火災は制圧できず、午後7時40分頃、火災により高熱が発生し、隣接したタンクも火災になった。このため、消防隊は陸部から後退せざるを得ず、海から火災の炎と戦わなければならなかった。
■ 消防隊は海からの消火活動を実施したが、夜になっても鎮火せず、数回の爆発音が聞こえた。
■ 当初、ジブラルタル政府は湾岸地域のスペインの自治体からの援助の申し出を拒否していた。ジブラルタルの消防隊は数時間にわたって懸命に消火活動を行ったものの火災の制御ができず、火災現場に隣接する2番目の貯蔵タンクが発火した後、ジブラルタル政府はスペインの援助を受け入れた。
当時のジブラルタル市の消防隊は、消防車4台、60フィートの高所用はしご車1台、軽量救助車1台、多目的車1台、救急車を1台を保有していた。これらの車両はジブラルタルの非常に狭い道路でも移動できるよう設計・製造されていた。消防士60名が3交代制で24時間勤務し、3名の消防隊長が指揮を執り、通信や管理など15名ほどの人員が補助する組織・体制だった。
一方、スペインのアルヘシラス湾周辺では、カディス州消防局が6つの地元消防署を統括しており、約 140名の消防士などが勤務していた。アルヘシラス、ラ・リネア、サン・ロケの各消防署は、湾岸地域の緊急対応が可能だった。さらに、必要に応じて州消防局を構成する他の13署から消防資機材と人員を動員し、迅速に12台以上の消防車と100名近くの消防士を現場に派遣することが可能な組織・体制だった。
■ 火災現場には、周辺地域のいくつかの町から消防士や消防車両のほか、3隻のタグボートが出動した。ジブラルタルとスペインの船舶は朝まで消火活動を続けた。
■ ジブラルタル政府は、5月31日(火)午後8時30分に、つぎのような声明を発表した。「本日午後3時35分、ノースモールの汚水タンクが爆発し、火災が発生しました。タンクには水と使用済み油の混合物が入っていました。最初の報告によると、爆発当時、2人の作業員が爆発したタンクの上で溶接作業を行っていました。事故の正確な原因は調査中です」
■ この声明の発表時点ではまだ火災は鎮火されていなかった。市消防隊の3つのユニットと国防消防救助隊の2つのユニット、合計32名の消防士が、消火用ウォータージェットを備えたタグボート3隻とともに現場に派遣された。さらに、ジブラルタル政府はスペインの請負業者から消防タグボート2隻の追加契約を締結し、スペイン当局もタグボートなどの提供を開始した。
■ 消火活動は、火災タンクの消火と爆発を防ぐための隣接タンクの冷却の両方に重点が置かれていた。しかし、午後7時40分頃に隣接タンクでも火災が発生し、火災がさらに拡大したため、陸上の消防隊は撤退を余儀なくされ、消火活動は海上から行われた。
■ 火災はほぼ2日間燃え続け、その後制御され、消火された。
■ 2011年11月17日、ジブラルタル政府は事故の調査報告書を公表した。それによると、タンク所有者のネイチャア・ポート・ペセプション・ファシリティ社は、タンクの適切な維持管理をせずに屋根部の腐食を放置していた。事故後の調査で2基合計約60箇所の開口部が見つかった。それらの開口部から放出された可燃性ベーパーに溶接の火が引火し、爆発したものである。
■ 発災時、クルーズ船が現場近くにいて事故が起こってから船がドックを離れるまでに4分かかったが、これは船長と乗組員のプロ意識だと評価されている。船長らはすぐに全員の乗客を避難させた。さらに船後方エリアに近い乗客の一部は写真を撮ろうと近づこうとしたが、乗組員は乗客を安全なエリアに迅速に移動させた。船長など乗組員がすでに出航のために乗船しており、すぐに船のエンジンの準備ができたことは幸運だった。事故発生から4分以内に船は桟橋から離れ、海上に出た。乗客の負傷は、爆発の残骸が船の後方の外部デッキに落ちたことが原因だった。
■ クルーズ船の乗客にひとりは、事故後、つぎのように語っている。「ジブラルタルでの事故が発生したとき、私は乗船していました。私たち家族3人は船尾近くのランニング・デッキにいました。突然シューという音が聞こえ、船の側面から炎のようなものが現れるのを見ました。約5秒後に大きな音がして、突然、貯蔵タンクの屋根部が空中を飛んでいきました。爆発でタンク屋根部が船から遠い方のジブラルタルの港湾エリアに噴き飛んだのは幸運でした。逆方向に飛んでいたら、クルーズ船や近くの船に着地していたでしょう」
補 足
■「ジブラルタル」(Gibraltar)は、スペインのイベリア半島最南端に位置し、広さはわずか数平方キロメートルであるが、英国の一部で約3万人が住んでいる。
■「ネイチャア・ポート・ペセプション・ファシリティ社」(Nature Port
Peception Facilities)は、ジブラルタルにある港湾受入れ施設で廃棄物処理サービスを行う民間企業である。同社はジブラルタルの海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設を保有している。国際法で船舶から発生する汚染物質は海洋に直接排出することができないため、港湾受入れ施設に入れなければならない。外洋航行船舶から発生する残留物、油性混合物、ゴミを収集するために国際海運港が提供しなければならない施設である。
今回の事故で亡くなった作業員は、スペインの請負会社Surmeycaの従業員で、「ネイチャー・
ポート・ レセプション・ファシリティーズ社」から定期的に下請けとして働いていた。
■「発災タンク」の大きさなどの仕様は報じられていない。現在では、発災タンクは撤去されている。グーグルマップで調べると、跡地にタンク撤去跡があり、測定してみると、直径約17mだった。高さを16mと仮定すれば、容量は3,600KLである。ネイチャア・ポート・ペセプション・ファシリティ社は海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設を運用しており、船からの廃棄油や廃棄水などの廃液を受入れていたものとみられる。処理した油はディーゼル燃料として舶用に使用していたのであろう。このブログでは、廃液タンクとしたが、スラッジタンクと称しているものや、事故直後にはディーゼル燃料というものもあり、実態の分からないタンクである。
所 感
■ 今回の事故は、廃液(油と水の混合液)の入ったタンクの上で溶接作業中を行っていたため、爆発を引き起こしたというもので、原因は何度も紹介している「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」(2011年7月)で指摘しているものだろう。
さらに調査報告書によると、タンク所有者がタンクの適切な維持管理をせずに屋根部の腐食を放置していたという。約60箇所の開口部があり、そこから放出された可燃性ベーパーに溶接の火が引火し、爆発したものだった。肩をすくめたくなる事例である。
■ 国際法で船舶から発生する汚染物質を海洋に直接排出することができないため、港湾受入施設に受け入れなければならないが、タンク保有者はジブラルタルの海上廃棄物の受入れ・処理・保管施設を運営していたもので、危険な油を貯蔵しているという意識に欠けていた。おそらく、事故の前に受け入れた油が揮発性の高いものだったと思われる。今回の事故は、海外の話や海上廃棄物の受入施設の話だけでなく、日本でも廃油の受入施設で同種事例がある。たとえば、つぎのような事例がある。
●「韓国華城市の廃油リサイクル会社の貯蔵タンクが爆発・火災、死者1名」(2024年5月)
●「茨城県稲敷市の廃溶剤リサイクル処理施設で火災、死傷者3名」( 2017年3月)
●「千葉県野田市の廃油処理施設の爆発事故」( 2015年4月)
■ 消防活動も決して適切なものでなかった。ジブラルタルの道路が狭く、重装備の消防車両を保有できないという不利な点があるにしても、スペインの消防署の援助の申し出を最初にことわっているのは感心しない。消火戦術にしても、被災写真では泡薬剤を使った活動をしたのか疑問であるし、オイルフェンスを展張している様子に見えない。結局、スペインのアルヘシラス周辺の海岸を汚染させてしまった最悪の事例だと感じる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
・Welt.de, Kreuzfahrt-Passagiere bei Öltank-Explosion verletzt, June
01, 2011
・Volksstimme.de, Öltank explodiert im Hafen von Gibraltar, June
03, 2011
・T-online.de, Öltank-Explosion im Hafen von Gibralta, June
01, 2011
・Swissinfo.ch, 15 Verletzte bei Tank-Explosion in Gibraltar, June
01, 2011
・Bazonline.ch,
Tank-Explosion in Gibraltar – Öl strömt ins Meer, June
02, 2011
・Spiegel.de, Kreuzfahrt-Passagiere bei Explosion verletzt, June
01, 2011
・Bild.de, Kreuzfahrt-Passagiere bei Explosion verletzt, June
01, 2011
・Thb.info, Öltank explodierte neben Kreuzfahrtschiff, June
03, 2011
・20min.ch, Schweizer in Gibraltar verletzt, June
01, 2011
・En.vijesti.me, 15 injured in an explosion in Gibraltar, June
01, 2011
・Nzz.ch, 15 Verletzte bei Tank-Explosion in Gibraltar, June
01, 2011
・Gbc.gi, ?Nature Port Reception Facilities? convicted of five counts
of breaching health and safety legislation, December 09,
2014
・Bbc.co.uki, Gibraltar fuel depot blast hurts 12 cruise
passengers, June 01,
2011
・Fireengineering.com,
Explosion and Fire at Diesel Storage Tank in Gibraltar Injures 15, July
28, 2011
・Boards.cruisecritic.co.uk, explosion INCIDENT IN GIBRALTAR, June
06, 2011
・En.mercopress.com, Gibraltar: Major disaster in port, June
01, 2011
・Jstage.jst.go.jp, 2011年に発生したエネルギー貯槽関連事故, JHPI Vol. 50 No.5, 2012
・Archive.md, PORT EXPLOSION REPORT REVEALS TANK CORROSION ‘EASILY’
DETECTABLE, November 18,
2011
後 記: 2011年5月と新しくない事例ですが、このブログを始めたときと同じ年月です。当時は知りませんでした。クルーズ船とタンク火災という興味深い事故ですが、10年以上も前の事例ですので、インターネットで調べても、まだ残されている報道記事があるかどうか疑問視していましたが、あにはからんや多くの情報がありました。ここ数年の状況を見てくると、インターネット検索のベース技術が各段と進歩していると感じます。今回の情報の中にはクルーズ船の乗客の話までありました。これは“足で稼ぐ” 取材の力です。最近の淡泊な情報と比較すると、よく分かります。
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